難民(なんみん、: refugee)は、対外戦争民族紛争、人種差別、宗教的迫害、思想的弾圧、政治的迫害、経済困窮自然災害飢餓伝染病などの理由によって、国境を越えて庇護を求めて外国へ逃げた人々。母国を自分の意志で離れた、又は強制的に追われた人々を指す[1][2][3][4][5][6][7][注釈 1]

その多くは路、路、路で国外に脱出し、他国の庇護と援助を求める。統計上、先進国等の母国より豊かな国に難民認定された場合は母国が停戦又は復興が開始されても母国への帰国は望まない傾向が示されている。短期間の滞在許可だけを求め、母国の復興開始時に帰宅を希望する避難民(evacuees)と異なる[11]。日本でも第二次世界大戦後の国境警備が完全回復するまでの1960年頃まで、朝鮮半島から日本への密入国・自由意志で来日した者らの帰国拒否・送還拒否が問題になった[11][12][13][14][15]

現在の国際法では、狭義の「政治難民 (せいじなんみん、Political Refugee)」を一般に難民と呼び、弾圧や迫害を受けて難民化した者に対する救済・支援が国際社会に義務付けられている。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は2022年5月23日、難民申請者や国内避難民を含めた総数が、2022年ロシアのウクライナ侵攻などによる増加で初めて1億人を超えたと発表した[16]。2021年末時点で故郷を追われた人の数は約8930万人。世界の人口77億人の1%にあたり、全人類の1%が紛争や迫害、そして暴力等により、避難を余儀なくされたことになっている[17]

語源編集

Refugee(難民)

ラテン語 "refugium"=

re : 戻る 
fugere : 逃げる 
ium : のための場所

1685年ナント勅令終結後に移住した、フランス・ユグノーを指し示す語として古フランス語refugié を使用。「亡命者」などの意[18]

日本では「本国の保護を受けることが出来ない、あるいはそれを望まないために外国での生活を求める人」を「難民」「亡命者」と表現する。そのため、難民と亡命者を同じ意味で使用されることがあるが、国外逃亡理由で政治的理由が比較的稀薄な人々を難民、政治的理由で庇護を求める人々を亡命者と呼ばれる傾向にある[19]

難民条約と難民の定義編集

1951年7月28日スイスジュネーヴで行われた「難民及び無国籍者に関する国際連合全権会議」において「難民の地位に関する条約(Convention Relating to the Status of Refugees)」(難民条約)」[注釈 2]が採択された。

難民の定義、難民保護のための行政措置、ノン・ルフールマン原則(Principle of Non-refoulement)[注釈 3]を定めた同条約は、難民法の「マグナ・カルタ」と称され尊ばれる。

「難民条約」の制定に先立つ1950年12月に難民支援活動の監督団体として国際連合難民高等弁務官事務所(UNHCR)[注釈 4]が設立されている。

しかし、同条約の対象地域はヨーロッパに限定しており、さらに対象となる人々もUNHCRが活動を開始した1951年1月1日以前に発生した難民に限られていたため、1967年1月31日国際連合の「難民の地位に関する議定書 (Protocol Relating to the Status of Refugees)」(難民議定書[注釈 5]により、対象地域の限定を原則解消し、対象難民の時限性を撤廃した。通常、「難民条約」と「難民議定書」の両方を統合したものを「難民条約」と呼称する[注釈 6]

難民議定書を含む「難民条約」が定義する難民とは、日本国外務省発行のパンフレット[8]に次のように述べている。

人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの及びこれらの事件の結果として常居所を有していた国の外にいる無国籍者であって、当該常居所を有していた国に帰ることができないもの又はそのような恐怖を有するために当該常居所を有していた国に帰ることを望まないもの。(難民条約第1条A(2)より抜粋)

これは狭義の政治難民にあたる。しかし、元来難民は政治的理由に限定されていたわけではなく、自然災害飢餓伝染病などの災害難民[注釈 7]のほか、宗教的追放や域内外の紛争から逃れるため、住む場所を追われた者(避難民)[注釈 8]が多数を占めていた。

また、経済的貧困から外国へ逃避する難民は経済難民(Economic Refugee)と呼ばれ、政治難民との識別が困難になりつつある。原則、UNHCRや第一次庇護国での難民認定を通過しないと人道支援は受けられなかったが、近年では人権に配慮し、庇護申請者[注釈 9]国内避難民[注釈 10](域内難民)といった難民の字義から外れた地位のもとで緊急支援が受けられるようになっている。

なお、クーデターや民衆蜂起によって国外へ逃亡を図る「亡命」という語には、自主的に出国するという語感を与えるが、法的な解釈は難民と同義であり、政治犯罪人不引渡原則に適用させるか否かは到着国によって対応が異なる。

難民のイメージとラベル編集

『「難民である」というのは例えば「日本人である」「女である」というような生まれ持った属性ではなく、社会がつけたカテゴライズであって、本人のアイデンティティーを表すものではない。』と東京大学大学院のとある研究者がコンゴ民主共和国における紛争暴力をテーマにした映画『女を修理する男』の上映会・トークショー「私たちは私たちの(無)関心と どう付き合うか」の中で述べている(難民支援協会との共催)[23]

オックスフォード大学の『難民研究ジャーナル』[24]でR・ゼッターが「最も強力なラベルのひとつ」と述べているように、「難民」ラベルの持つ効力が人道支援の必要性を強力に世界へ訴えかける一方、ラベルを援用した実務家らによる人権ビジネスへの加担も指摘されている。そのラベル効力で得た膨大な支援物資や活動費は、人類学者B・E・ハレル=ボンド[25]の言うところの「押し付け援助 (Imposing Aid)」へと繋がり、逆に難民の労働意欲や生活維持力を減退させ、難民キャンプ内をただの「要求集団化」させてしまう[26]

難民の発生地域と数値編集

下掲した国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)による2022年6月15日公表『Global Trends FORCED DISPLACEMENT IN 2021』[27]の統計では、2021年12月31日時点で世界における難民庇護申請者の合計は約2,595万人に上る。国内避難民や無国籍者などを含めた場合、約9,466万人となる。

地域別では、中東を含めたアジアが最大の難民(46.2%)を有しており、次いでアフリカ(35.1%)、ヨーロッパ(15.0%)の順である。

それに対して、庇護申請者では北アメリカ(30.1%)が最も多く、次いで南アメリカ(24.5%)、ヨーロッパ(16.5%)の順となる。

国内避難民や無国籍者などを含めた総数では、アフリカ(41.4%)が最も多く、次いで、アジア(33.1%)、南アメリカ(15.8%)の順となる。南アメリカの場合、国外に避難したベネズエラ人達の影響が大きい。

2021年度版 グローバル・トレンド:難民、帰還民、国内避難民そして無国籍者及び国外避難ベネズエラ人
地域名 難民(A) 難民と同等の
状況に置かれている者(B)
A+B 庇護申請者 帰還民
(難民)
国内避難民 帰還民
(国内避難民)
無国籍者 その他 国外避難
ベネズエラ人
合計
アフリカ 745万7,184 2万6,000 748万3,184 66万2,233 38万9,883 2,542万3,555 395万1,066 103万4,567 21万9,242 - 3,916万3,730
アジア 946万4,604 38万999 984万5,603 59万1,498 3万9,330 1,762万7,232 131万4,197 278万224 33万3,010 - 3,133万6,620
ヨーロッパ 318万9,270 133 318万9,403 76万1,758 14 116万2,244 359 51万377 144万6,688 - 700万1,501
南アメリカ 23万5,306 3万 26万5,306 113万3,560 7 708万4,592 - 216 221万6,659 422万1,723 1492万2,053
北アメリカ 47万3,211 - 47万3,211 139万983 - - - 4,334 590 18万4,686 205万3,260
オセアニア 6万6,210 4,000 7万210 8万3,722 - 2万5,000 - 7,840 7,638 - 18万6,570
総数 2,088万5,785 44万1,132 2,132万6,917 462万3,754 42万9,234 5,132万2,623 526万5,622 433万7,558 422万3,827 440万6,409 9,466万3,734
00
  • 注1:難民:紛争や迫害により自国を離れることを余儀なくされた人々。
  • 注2:庇護申請者:出身国外に逃れ、国際的な保護を受けながら難民認定を待っている人々。
  • 注3:国内避難民:自国内で移動を強いられた人々。3つのグループの中で最も数が多い。
  • 注4:国内避難民は同様の状況に置かれた者も含む。
  • 注5:無国籍者は、世界94カ国の政府、他機関の集計に基づいた2021年末時点の人数である。しかし、多くの国で無国籍者に関するデータがないため、実際の数はさらに多いと推測される。
  • 注5:総数は、難民+庇護申請者+国内避難民+無国籍者+その他+国外避難ベネズエラ人-(難民と国内避難民の帰還民)+パレスチナ難民
  • 出典:Global Trends FORCED DISPLACEMENT IN 2021 [27]、数字で知る難民・国内避難民の事実[28]

「Global Trends FORCED DISPLACEMENT IN 2021」によれば、難民に関して、以下の事実を重要なポイントとしている[28]

  1. 約78人に1人、全世界人口の1%以上が難民であること。
  2. 2022年5月には、難民が1億人突破したこと。
  3. 2018年から2021年の間に難民から生まれた子供が約150万人誕生したこと。
  4. 難民10人につき8人(83%)が中低所得国に逃れていること。
  5. 難民の72%が近隣国に逃れていること。トルコは約380万人の難民を、コロンビアは約180万人の難民を受け入れている。
  6. 無国籍の難民が約430万人おり、その内約130万人がミャンマーから逃れた人々であること。
  7. 18歳未満の未成年難民が難民全体の約41%を占めていると推計されること。

次に、国別でみた場合、2021年末時点で最も多い難民の出身国は、シリア(684万8,845人)である。次いで、ベネズエラ(460万5,611人、国外ベネズエラ人含む)、3番目がアフガニスタン(271万2858人)であり、4番目が南スーダン(236万2,759人)、5番目がミャンマー(117万7,029人)であった。上位3カ国で約55.1%を占め、南スーダン・ミャンマーを含めた場合、約68.8%となる[27]

国内避難民や無国籍者などを含めた総数では、最も多い国は、シリア(1,396万7,959人)である。次いで、コンゴ民主共和国(752万1,777人)であり、その次がコロンビア(746万6,829人)、4番目がアフガニスタン(731万9,717人)、5番目はベネズエラ(696万6,724人)であった。上位3カ国で約30.6%を占め、アフガニスタンとベネズエラを含めた場合、約45.7%となる。また、コロンビアとコンゴ民主共和国及びアフガニスタンは、国内避難民の方が多い[27]

国別でみた国外へ避難した難民の出身国と避難先の国で見た場合、2021年末時点で、最も多かったのが、シリアからトルコへ避難している人は373万7,369人であり、約3人に1人近くがUNHCRにより支援された。次いで、ベネズエラからコロンビアの184万3,687人であり、約7人に2人がUNHCRにより支援された。その次が、アフガニスタンからパキスタンであり、 149万562人であり、全員が支援された。

また、世界の難民(難民及び難民と同等に置かれた者を含めた数)及びベネズエラ出身難民(ベネズエラ国外避難民だけでなく、難民も含めた数)を合わせた数全体では、2021年で2,573万3,326人である。その内UNHCRに支援されたのは、全体の約57.2%(2,559万3,088人中1,464万6,817人[29])であった[30]

難民出身国と避難先国のトップ10(庇護申請者除く)[30]
難民出身国 避難先国 難民数(2021年末時点) UNHCRに支援された難民数
  シリア   トルコ 3,737,369 1,246,000
  ベネズエラ   コロンビア 1,843,687 490,663
  アフガニスタン   パキスタン 1,490,562 1,490,562
  南スーダン   ウガンダ 958,927 958,927
  ミャンマー   バングラデシュ 918,898 918,898
  シリア   レバノン 840,929 840,929
  南スーダン   スーダン 803,634 517,525
  ベネズエラ   ペルー 795,540 111,426
  アフガニスタン   イラン 780,504 780,504
  シリア   ヨルダン 672,952 672,952
  • 難民数は、難民及び難民と同等に置かれた者を合わせた数である。
  • この表でのベネズエラ出身難民は、ベネズエラ国外避難民だけでなく、難民も含めた数である。

難民の種類編集

上述した通り難民には様々な形態があり、また国連機関、国家当局、国際NGOが捉える難民観に差異があるため、各組織を貫いて難民を理解するには無理が生じている。以下、様々な難民の類型を二項対立で示したが、二項のはざまに布置された人々や、難民に酷似しながら類型に含められない人々も存在している。

  • 「真の難民 (Bona Fide Refugee)」と「偽の難民 (Mala Fide Refugee)」
  • 「伝統難民 (Traditional Refugee)」[注釈 11]と「新難民 (New Refugee)」[注釈 12]
  • 「避難民 (DP: Displaced Person)」と「国内避難民 (IDP: Internally Displaced Person)」
  • 「条約難民 (Convention Refugee)」と「非条約難民 (Non-convention Refugee)」
  • 「自発的難民 (Voluntary Refugee)」と「非自発的難民 (Involuntary Refugee)」
  • 「政治難民 (Political Refugee)」と「経済難民 (Economic Refugee)」
  • 「法定難民 (Statutory Refugee)」と「マンデート難民 (Mandate Refugee)」[注釈 13]
  • 「海路難民 (Boat People)」と「空路難民 (Air People)」
  • 「庇護申請者 (Asylum Seeker)」と「支援対象者 (POC: People of Concern)」
  • 「強制移動民 (Forced Migrant)」と「自発移動民 (Voluntary Migrant)」[26]
  • 「事前避難型難民 (Anticipatory Refugee Movement)」と「事後避難型難民 (Acute Refugee Movement)」[31]

日本への難民・偽装難民問題編集

歴史編集


百済からの難民

朝鮮半島において百済が滅亡した時には数多くの百済人が事実上の難民として友好国であった日本に身を寄せた記録がある[32][33]。 

ネーデルラント連邦共和国からの難民

いくつかの例外を除いて外国との通商を断絶していた江戸時代鎖国体制でも出島オランダ商館にいたヘンドリック・ドゥーフなどが祖国のネーデルラント連邦共和国オランダ)がフランスに滅亡させられたために一種の難民の状態となって日本に取り残された。

ロシア革命時の日本への亡命者(白系ロシア人)

大正の時代でもロシア革命による祖国の共産主義化(赤化)で、ロシアを追われた白系ロシア人タタール人などの一部が満州や樺太経由で日本に亡命してきた事例もある[34]。プロ野球選手のスタルヒン、実業家のフョドル・ドミトリエヴィチ・モロゾフヴァレンティン・フョードロヴィチ・モロゾフ、菓子職人マカロフ・ゴンチャロフなどがいる。

日本経由希望のユダヤ人難民

昭和期には、ドイツナチス政権が誕生し大量のユダヤ人の難民が発生すると、日本の外務省日本本土中国大陸の日本支配地域である満州国を経由してアメリカ合衆国などの国に亡命する「ユダヤ人の取り扱いを定めた規則」や「猶太人対策要綱」などを制定した。1938年3月8日にユダヤ難民が満州国のハルビン駅に殺到ふると、ハルビン特務機関長の樋口季一郎(太平洋戦争(大東亜戦争)開戦の翌1942年8月1日から北海道札幌市に司令部を置く北部軍司令官)は人道上の問題として独断で救援列車を手配し、ビザの発給を指示した。このユダヤ難民脱出ルートは後に「ヒグチルート」と呼ばれ、救出されたユダヤ難民の数は2万人に上ったとされる。この2年後の1940年に駐リトアニア日本大使であった杉原千畝が「命のビザ」を発給している。彼らは日本を経由し、アメリカ合衆国を中心に各希望居住地に移住した[35]

戦後

1979年8月には「ベトナム難民第一号」としてルー・フィン・チャウが来日し大きく報道された。チャウはのちに日本で歌手デビューした。20世紀インドシナ難民に対する国際貢献の必要性が契機となり1981年10月3日日本は「難民条約」に、1982年1月1日には「難民議定書」にそれぞれ加盟し1982年1月1日両条約と議定書を発行した。そして、それまでの「出入国管理令[注釈 14]に基き制定を大幅に改正・改定した「出入国管理及び難民認定法」(以下、入管難民法)によって難民の認定手続制度を規定している (外国人登録法を廃止)。入国管理当局の認定作業は当初より非公開かつ過酷であったが、1980年代後半にベトナムからの偽装難民が大量に流入するようになるとスクリーニング制度が導入され更に認定基準が引き上げられた。以降日本の難民認定手続が外国人である難民申請者側にとって複雑であるとされることや、法務大臣及び難民調査官[注釈 15]という法務省官吏のみが難民認定の権限を有することが人道的配慮に欠けるとして国際社会から批難されるようになると、これを受けて法務省は2002年6月から難民問題に関する専門部会を開催し[38]2005年5月に入管難民法を改正して外部からの有識者や実務経験者などを難民認定手続に関与させる「難民審査参与員制度」を導入するとともに、日本入国後60日以内に難民申請を行わなければ入国管理局は当事者を違法滞在として強制退去させるとしていた、いわゆる「60日ルール」を廃止した。日本国際連合に毎年多額の資金を提供しており、2017年から2019年にかけての拠出額は世界3位である[39]。しかし国内への難民受け入れには慎重な姿勢をとっており、難民認定の数は諸外国と比べても著しく低い[40][41]。近年、日本では難民認定を求める者が急増している。2005年に日本で難民認定を求める者は384人だったが2013年には3260人、2014年には5000人となった。しかし日本では難民と認定する基準が厳しく、この5000人の申請者のうち難民として認定されたのは11人であった[42]2009年7月、日本政府はミャンマー難民第三国定住受け入れを表明し、翌2010年9月より3年間タイ西部のメラ・キャンプに避難しているカレン難民30名ずつ、計90名の受け入れをパイロット・ケースとして開始し国際貢献をアピールした[注釈 16]。ただし、日本のミャンマー難民の受け入れには、母国民主化への判断違いや民族問題に対する理解不足[46]があり、かつ難民の日本への移住希望者不在[47]や日本社会不適応性[48]といった問題がある。いくつかの高等教育機関である大学では難民を対象にした入学推薦制度を整備している。明治大学[49]青山学院大学[50]関西学院大学[51]などは国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と協定を結び難民の子弟の入学を進めている。2017年には難民認定申請数が、前年比80%増の1万9629人となった。申請者の国籍は82カ国にわたり、主な国籍はフィリピンベトナムスリランカインドネシアネパール。難民認定手続の結果、在留を認めた者は65人であった[52]。2018年の難民認定申請数は1万493人、難民認定者42人、在留を認めた者と合わせ104人であった[53]

偽装難民問題編集

日本の難民認定制度への申請は何度でも可能である。申請中は本国に強制送還されず在留資格を持てば就労も可能であることから、出稼ぎ目的で来日した「偽装難民」も存在する[42]2010年からは難民申請から6カ月が経過すれば一律に仕事に就くことができる[54]。近年日本で難民認定の申請が急増しているのもこの「偽装難民」が原因の一つである指摘されている[55]。日本国内で難民を支援する弁護士グループや非政府組織は「偽装難民」の存在や問題を認識しつつも、制度の乱用対策よりも認定制度の改善を優先させてから「偽装難民」問題に取り組むべきとしている。法務省では極端に低い難民認定の基準を国際水準に高めるための議論が行われている[56]。2015年9月、法務省は難民の認定制度について「新しい形態の迫害」を認めることや認定に対して外部の有識者による「難民審査参与員」の意見を採り入れる事を決めた[57]。はお、実際に受入数を増やしたいとの思いで難民審査参与員を引き受けたとする吹浦忠正によれば、100人以上を担当した中で1人として難民認定すべきとの意見提出には至っていないとされる[58]2010年、難民申請をすれば、申請の6カ月後からフルタイムで労働に従事することが可能になったが、その結果、日本での労働を希望する者が「難民」として申請するケースが多く出ているとされる。結果として、法務省の難民受付の事務がパンクし、申請に多大な時間がかかるようになった。結果待ちは、偽装難民にはその分、結果が出るまで長期間の労働が可能となり好都合だが、本来の難民にとっては長期間待たされる状況になっている。遠山清彦(当時公明党議員)は、この規制緩和を「民主党政権の隠れた大失政」と批判している[59]。こうした問題から法務省は難民認定の運用を変更、難民になった理由が借金、正当な理由のない再申請者など明らかに難民とみなされない申請者に対して手続き中での就労及び在留の不許可となった[60][61]

アメリカ合衆国の難民・不法移民による国境危機問題編集

アメリカ合衆国の外国人受け入れは難民と移民を区別しており、難民の年間受け入れ者数には上限が設定されている(アメリカの移民についてはアメリカ合衆国への移民の項を参照のこと)。ただし、中南米からの移民希望者(不法移民希望者)・難民の区別が困難でメキシコとの国境危機に陥っている。2016年までのバラク・オバマ政権末期には年間11万人の難民受け入れ枠が設定されていた。しかし、2017年に発足したドナルド・トランプ政権では難民や移民を問わず外国人の受け入れに不寛容な姿勢を採ったため段階的に設定枠が削減、2020年度には1万5000人まで引き下げられた[62]。2021年に発足したジョー・バイデン政権を受けて、メキシコ経由の中南米からの希望者が9倍近く増加し、メキシコ国境沿いが難民キャンプと呼ばれる事態となった[63][64]。しかし、移民政策に関してはトランプ政権を引き継ぎ、年間受け入れ者数を1万5000人と抑制する方針を示した。そのため、民主党党内左派からの批判を受けて同年5月3日、受け入れ者数を6万2500人へ引き上げることを発表。次年度以降も引き揚げていく方針を示した[65]。その後の同年9月にはハイチから難民と主張する者らを不法移民として強制送還している[66]カマラ・ハリス副大統領は初外遊先のグアテマラでアレハンドロ・ジャマテイ大統領との会談後の共同記者会見にて、移民難民希望者らで国境危機になっているため、アメリカへの移民希望者に対し、「(アメリカに)来ないで。来ないで。アメリカはこれからも法を執行し、国境を守り続ける」「我々の国境に来れば追い返されるだろう」とアメリカに不法入国しないよう求めた。移民・難民希望者らへ対策を示さなかったことへ嘲笑する意見がある[67][68]

啓発活動編集

世界難民の日編集

6月20日は元々OAU(アフリカ統一機構)難民条約の発効を記念する「アフリカ難民の日[69][注釈 17]であったが、2000年12月4日国連総会において、2001年より毎年6月20日を「世界難民の日」とする旨が決議された。

以後、毎年6月20日は、難民の保護と援助に対する世界的な関心を高め、UNHCRをはじめとする国連機関やNGO (非政府組織) による活動に理解と支援を深める日にするため、世界各地で「世界難民の日イベント」[71][72]が開催されている。

難民選手団編集

2016年夏季オリンピックにて、初めて難民選手団が登場して注目を集めた。

男女合計10名でうち2名は開催国のブラジル在住で、陸上水泳柔道の各種目に出場した[73]

関連書籍編集

出版年順
  • Harrell=Bond, Barbara E. (1986). Imposing Aid: Emergency Assistance to Refugees. オックスフォード大学出版局. NCID BA00327489 
  • 本間浩 『難民問題とは何か』〈岩波新書〉1990年。全国書誌番号:91022030 
  • Castles, S.; Miller, M.J. (1993). The Age of Migration: International Population Movements in the Modern World. The Macmillan Press. NCID BA20929961 
  • 『難民』加藤節, 宮島喬 (編)、東京大学出版会、1994年。全国書誌番号:94039632 
  • Weiner, Myron (1995). The Global Migration Crisis: Challenge to States and to Human Rights. The HarperCollins series in comparative politics. HarperCollins College Publishers. NCID BA28608316 
  • Gorman, R.F. (2000). Historical Dictionary of Refugee and Disaster Relief Organization, 2nd Edition. International organizations series. The Scarecrow Press. NCID BA47544028 
  • 緒方貞子 『紛争と難民 -緒方貞子の回想-』集英社、2006年。全国書誌番号:21011461 
  • 岩田陽子「我が国の難民認定制度の現状と論点」『調査と情報-ISSUE BRIEF-』第710号、国立国会図書館、2011年5月12日。
  • 難民研究フォーラム『難民研究ジャーナル Refugee studies journal』、現代人文社、2011年、 ISSN 2186-4292
  • シモン・ストランゲル 著、枇谷玲子 訳 『このTシャツは児童労働で作られました。』汐文社、2013年。全国書誌番号:22204808 

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 外務省はパンフレット「難民条約」を、「難民の地位に関する条約」と「難民の地位に関する議定書」に加入時に発行[8]、2004年3月[9]に増刷されている(A5版 68ページ)。改訂版は巻末に「難民の地位に関する条約」「難民の地位に関する議定書」のほか、参考資料として「条約及び議定書の締約国一覧」「条約と国連難民高等弁務官(UNHCR)事務所規程との関係」が添えてある[10]
  2. ^ 日本における法令番号は「昭和56年条約第21号」。発効は1982年1月1日。
  3. ^ ノン・ルフールマン原則:(避難民の)送致・送還の禁止の原則。
  4. ^ 緒方貞子は1991年から2000年の間、第8代難民高等弁務官を3期務め、「金の鳩賞」国際賞[20]を受賞。
  5. ^ 日本における法令番号は「昭和57年条約第1号」。発効は1982年1月1日。
  6. ^ 出入国管理及び難民認定法」第2条第3号の2[21]において難民の用語が「第一条の規定又は難民の地位に関する議定書第一条の規定により難民条約の適用を受ける難民をいう」と定義されており、当然に実運用も同一である[22]
  7. ^ 災害難民:多くの場合、被災者は国内の別の地域に移動するため国内避難民と呼ばれることがある。
  8. ^ 避難民 (DP):Displaced Person。
  9. ^ 庇護申請者 (Asylum Seeker):UNHCRによれば、自国を追われ、他国で難民としての地位と保護を求める人々を言う。UNHCRが難民と認定した場合でも、第一次庇護国の政府が難民と認めない場合がある。
  10. ^ 国内避難民 (IDP):Internally Displaced Person) — 難民は、国境を越えて初めて認定される。しかしUNHCRによれば、「国内にとどまりながらも故郷を追われ、難民と同じような境遇にある人々」が多数いるとする。
  11. ^ 伝統難民:難民条約の定義に該当する難民のこと。政治難民と同義。
  12. ^ 新難民:東西冷戦終結後、世界各地で顕在化した民族紛争を起因として生じる難民のこと。
  13. ^ マンデート難民:条約難民だけでなく、UNHCRが独自の解釈で認めた難民のこと (生命・身体の保全・自由に対する重大で無差別な脅威、なおかつ一般に広まる暴力や公的秩序に対する深刻な混乱から生じる脅威の理由によって、本国外におり本国に帰還できない国際的保護を要する者)。
  14. ^ ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件(昭和20年勅令第5412号)
  15. ^ 難民調査官の指名を受けるには[36]、「出入国管理及び難民認定法」(昭和26年政令第319号)第2条第11号、第12号及び第12号の2の規定に基づいて定められた「難民調査官を指定する訓令」第3項に従い(平成13年1月6日施行)、入国審査官であり行政職俸給(一)4級以上[37]とされている。
  16. ^ 初年度の2010年受入れは5家族27名として[43][44]、一行は体調不良の2家族9名を除いて予定の2010年9月28日に来日した。同2家族も遅れて2010年10月13日に到着[45]
  17. ^ 1997年、当時の南アフリカ大統領ネルソン・マンデラは「アフリカ難民の日」(現「世界難民の日」)である6月20日にアフリカ各国に協力を訴え、難民や避難民が発生する紛争解決を呼びかけている。また同氏は2001年、ブルンジ内戦の平和的解決を進める課程でタンザニア西部の難民キャンプを訪れ、ブルンジ難民の声に耳を傾けた[70]

出典編集

  1. ^ 難民保護・Q&A” (日本語). UNHCR 日本. 2022年3月15日閲覧。 “難民とは国境を越えて庇護を求めて外国へ逃げた人々のことをいいます。”
  2. ^ Who We Help > Refugees” (英語). UNHCR. 2013年1月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月25日閲覧。
  3. ^ About Us > History of UNHCR > The 1951 Refugee Convention (1951年難民条約)” (英語). UNHCR. 2013年5月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月25日閲覧。
  4. ^ 難民とは?”. UNHCR Japan. 2017年6月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年4月20日閲覧。
  5. ^ 基本情報 > 難民条約”. unhcr.or.jp. 2013年2月25日閲覧。[リンク切れ]
  6. ^ 難民条約について”. UNHCR Japan. 2017年6月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年4月20日閲覧。
  7. ^ 難民 > 難民問題と日本 I : -難民問題とは何か-”. 外務省. 2013年2月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月25日閲覧。
  8. ^ a b 最近のパンフレット 「難民条約」”. 外務省. 2006年12月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年4月20日閲覧。
  9. ^ 表紙 (「難民条約」)”. 日本国外務省. 2006年11月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年4月20日閲覧。
  10. ^ パンフレット「難民条約」 (pdf)”. 外務省. 2013年2月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月25日閲覧。
  11. ^ a b 日本經濟新聞』第43巻(1991年)p.34
  12. ^ 昭和27年02月27日 参議院地方行政委 鈴木一の発言「一昨年の十月から入国管理庁が発足いたしまして約一年間の間に三千百九十名という朝鮮人を送り帰しておる。今の密入国の大半は、九〇%は朝鮮人でございます」
  13. ^ 「密航4ルートの動態 日韓結ぶ海の裏街道 潜入はお茶のこ 捕わる者僅か2割」『産業経済新聞』1950年6月28日
  14. ^ 袖井林二郎訳『吉田茂=マッカーサー往復書簡集―1945-1951』法政大学出版局 2000年5月
  15. ^ 『朝日新聞』1959年7月13日2面「大半、自由意思で居住 外務省、在日朝鮮人で発表 戦時徴用は245人」
  16. ^ 「難民 世界で1億人超」毎日新聞』朝刊2022年5月24日(国際面)同日閲覧
  17. ^ 国連のサイトの「難民について」”. 2022年8月2日閲覧。
  18. ^ Harper, Douglas. “refugee” (英語). Online Etymology Dictionary. 2006年5月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月21日閲覧。
  19. ^ 小項目事典,世界大百科事典内言及, 精選版 日本国語大辞典,デジタル大辞泉,デジタル大辞泉プラス,ブリタニカ国際大百科事典. “亡命者とは” (日本語). コトバンク. 2022年3月15日閲覧。
  20. ^ “IX edition 1993 Golden doves for journalism—International Award” (英語). List of Winners 1986-2016, The Journalism Prize. 金の鳩賞. p. 2. http://www.archiviodisarmo.it/images/pdf/list.pdf 2019年4月17日閲覧。. 
  21. ^ 出入国管理及び難民認定法 - e-Gov法令検索
  22. ^ "法務省:難民条約とは"”. 法務省. 2019年7月24日閲覧。
  23. ^ 私たちは私たちの(無)関心とどう付き合うか”. Peatix Inc.. 2017年6月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年9月23日閲覧。
  24. ^ Zetter, R. 2007, pp. 172–192.
  25. ^ Imposing Aid: Emergency Assistance to Refugees 1986.
  26. ^ a b 小泉 2005.
  27. ^ a b c d UNHCR (2022-06-15) (PDF). Home>UNHCR Data>Global Trends Annexes> Table 1. Refugees, asylum-seekers, internally displaced persons (IDPs), returnees (refugees and IDPs), stateless persons, others of concern to UNHCR, host communities and Venezuelans displaced abroad, by country/territory of asylum, end-2021(ホーム>UNHCR データ>グローバル・トレンドの付属資料>表1.難民、庇護希望者、国内避難民(IDP)、帰還民(難民およびIDP)、無国籍者、UNHCRに関係するその他の人々及び国外避難ベネズエラ人、庇護国/地域別、2021年末) (Report). https://www.unhcr.org/flagship-reports/globaltrends/ 2022年7月31日閲覧。. 
  28. ^ a b UNHCR日本支部 (2022年6月15日). “数字で知る難民・国内避難民の事実”. 2022年7月31日閲覧。
  29. ^ 避難先の国で、避難した同じ出身国の1000人以上の難民グループを対象としており、全世界の難民(同等に置かれている者も含む。)の約98%をカバーしている。
  30. ^ a b UNHCR (2021-06-18) (Excel). GLOBAL TRENDS FORCED DISPLACEMENT IN 2021- Annex tables (グローバル・トレンド 2021年の強制移動) > table 3(グローバル・トレンド 付録表>表3),table 6グローバル・トレンド 付録表>表6) (Report). https://www.unhcr.org/flagship-reports/globaltrends/ 2022年7月31日閲覧。. 
  31. ^ E. F. Kunz 1973, pp. 125–146.
  32. ^ 知っておきたい日本の歴史=徳力啓三=(3)”. ニッケイ新聞. 2020年12月26日閲覧。
  33. ^ <韓国文化>韓日中が協力して「万葉集」研究を”. 東洋経済日報. 2020年12月26日閲覧。
  34. ^ 第2版, 精選版 日本国語大辞典,デジタル大辞泉,世界大百科事典. “白系ロシア人とは” (日本語). コトバンク. 2022年3月15日閲覧。
  35. ^ 賢太, 白岩 (2021年8月26日). “【正論モーニング】ユダヤ人救い、ソ連の野望阻止した中将 「軍人は悪」封印された功績” (日本語). 産経ニュース. 2022年3月15日閲覧。
  36. ^ 岩田 2011, p. 2.
  37. ^ 一般職の職員の給与に関する法律(昭和二十五年法律第九十五号)別表第一. https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=325AC0000000095 2019年4月20日閲覧。. 
  38. ^ 難民問題に関する専門部会開催状況等”. 法務省. 2017年9月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年9月23日閲覧。
  39. ^ 国連分担金の多い国”. 外務省. 2019年11月2日閲覧。
  40. ^ 「日本の難民審査は厳しすぎる」 難民支援協会の石川えりさん」『毎日新聞』、2015年3月20日。2014年3月29日閲覧。
  41. ^ 日本の難民政策:受け入れは「狭き門」”. 公益財団法人ニッポンドットコム (2015年5月6日). 2015年5月9日閲覧。
  42. ^ a b 太田泰彦「「難民で稼ぐ国」と「難民が稼ぐ国」…日本は「難民を見ない国」」『日本経済新聞』、2015年3月15日。2015年3月18日閲覧。
  43. ^ プレスリリース 『第三国定住によるミャンマー難民の来日』”. 外務省 (2010年9月28日). 2010年9月28日閲覧。
  44. ^ 初の「第三国定住」ミャンマー難民”. 読売新聞 (2010年9月28日). 2010年9月28日閲覧。
  45. ^ 報道発表 『第三国定住によるミャンマー難民の来日』”. 外務省 (2010年10月13日). 2010年10月13日閲覧。
  46. ^ 〔人間の安全保障〕すべてのミャンマーの人々とともに > 民主化されたミャンマーに残された課題の解決に向けて”. nippon-foundation.or.jp (2013年1月23日). 2013年4月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年9月27日閲覧。
  47. ^ 高橋弘司 (2012年11月28日). “第三国定住難民、希望者ゼロの衝撃”. 毎日新聞. オリジナルの2013年6月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130625111608/http://mainichi.jp/opinion/news/20121128k0000m070105000c.html 2013年4月20日閲覧。 
  48. ^ 二村伸 (解説委員) (2012年3月21日). “〔時論公論〕第三国定住 難民受け入れの課題”. 2012年3月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年4月20日閲覧。
  49. ^ UNHCR駐日事務所と難民対象の推薦入試実施に関する協定を締結”. 明治大学 (2010年7月28日). 2013年5月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年5月18日閲覧。
  50. ^ 国連難民高等弁務官(UNHCR)駐日事務所との協定による難民を対象とする推薦”. 青山学院大学. 2015年5月18日閲覧。
  51. ^ 国際教育・協力センター: “国連難民高等弁務官駐日事務所 (UNHCR Japan) との協定による難民を対象とする推薦入学制度について”. 関西学院大学 (2014年7月24日). 2014年8月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年5月18日閲覧。
  52. ^ 難民認定申請数、前年比80%増」『Qnewニュース』、2018年3月26日。2018年7月10日閲覧。
  53. ^ 我が国における難民庇護の状況等”. 法務省. 2019年11月2日閲覧。
  54. ^ 難民不認定で異議 最多の3120人 15年、審査未処理1.3万人」『日本経済新聞共同通信、2016年3月26日。2016年3月26日閲覧。
  55. ^ 難民に冷たい国でいいのか」『日本経済新聞』、2015年3月16日。2015年3月18日閲覧。
  56. ^ 吉富裕倫「Listening: <ニュース解説>対応急務の難民問題」『毎日新聞』、2015年4月30日。2015年5月2日閲覧。オリジナルの2015-05-01時点におけるアーカイブ。
  57. ^ 金子元希「難民認定の対象拡大へ 審査は厳格化、外部意見の導入も」『朝日新聞』、2015年9月5日。2015年9月5日閲覧。オリジナルの2015-09-05時点におけるアーカイブ。
  58. ^ 吹浦忠正日本の難民受け入れに関する誤解」『nippon.com』、2015年7月14日。2016年1月27日閲覧。
  59. ^ 前川祐補「ロヒンギャを襲う21世紀最悪の虐殺(後編)」『ニューズウィーク』2017年3月28日号、2017年9月21日、2017年9月23日閲覧。
  60. ^ 日本への難民申請が半減 「偽装申請」の抑制策に効果?”. 朝日新聞. 2019年11月2日閲覧。
  61. ^ 難民認定申請をすれば日本で就労できるというものではありません”. 法務省. 2019年11月2日閲覧。
  62. ^ 米国、難民受け入れ上限引き上げ 「トランプ前」水準に”. 産経新聞 (2021年5月4日). 2021年5月4日閲覧。
  63. ^ 米メキシコ国境、21年度の拘束者170万人超 過去最高(写真=ロイター)” (日本語). 日本経済新聞 (2021年10月23日). 2022年3月15日閲覧。
  64. ^ まるで難民キャンプ…「バイデンのアメリカ」へ押し寄せる人々 メキシコ国境地帯、米政権に試練 | プライムニュース” (日本語). 福井新聞D刊. 2022年3月15日閲覧。
  65. ^ 米国、難民受け入れ上限引き上げ「トランプ前」水準に”. 産経新聞 (2021年5月4日). 2021年5月4日閲覧。
  66. ^ https://www.newsweekjapan.jp/headlines/world/2021/09/346014.php
  67. ^ バイデン政権八方塞がり――米国の「民主党バブル」は崩壊するのか(大原 浩) @gendai_biz” (日本語). 現代ビジネス. 2022年3月15日閲覧。
  68. ^ 米副大統領、不法移民は「アメリカに来ないで」 初外遊の中米で” (日本語). BBCニュース (2021年6月8日). 2022年3月15日閲覧。
  69. ^ High Commissioner marks Africa Refugee Day (高等弁務官の「アフリカ難民の日」に寄せる演説)” (英語). unhcr.org (2000年6月20日). 2019年4月20日閲覧。
  70. ^ UNHCR、ネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領を追悼”. unhcr.org/jp (2013年12月17日). 2019年4月20日閲覧。
  71. ^ 2018年6月20日 世界難民の日 国連UNHCR協会関連イベントのお知らせ”. 国連UNHCR協会 (2018年). 2019年4月20日閲覧。
  72. ^ 野吾奈穂子 (2018年7月12日). “「世界難民の日」にちなんで、映画上映会&トークイベント「難民×SDGs」を開催!”. 独立行政法人国際協力機構. 2019年4月20日閲覧。
  73. ^ 佐々木正明「【リオ五輪】難民五輪選手団に脚光 男子6人、女子4人をIOCが承認」『産経新聞』、2016年6月6日。2017年9月23日閲覧。

参考文献編集

出版年順

関連項目編集

外部リンク編集

関連機関編集

大学付属研究所編集