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グランツール

グランツール: Grand Tour: Grands Tours: Grande Giro西: Grandes Vueltas: Grote Ronde)は、ヨーロッパで開催される自転車のプロロードレースのうちジロ・デ・イタリアツール・ド・フランスブエルタ・ア・エスパーニャの3つのステージレースの総称である。三大ツールともいう。

目次

概要編集

ステージレースはジロ・デ・イタリアツール・ド・フランスブエルタ・ア・エスパーニャ以外にも数多存在するがこの3レースはいずれも実施期間及び走行距離がとりわけ長い。2013年現在、UCI競技規則で原則として定められている主な概要は

  • 日程は15日以上23日以内。
  • 競技区間の総走行距離は3500km以内。
  • 日程の途中に2回の休息日を設けること、なお1回目の休息日は大会8日目以降に設定すること。

という過酷なもので、しかも平地・山岳・タイムトライアルというそれぞれ要求される能力が異なる種目で総合的な力を発揮できなければ良い成績を収められないという点において共通しており「最大・最高のステージレース」という意味合いから「グランツール」の名が冠せられている。それゆえ過酷さも他のレースとは桁違いであり、優勝することはもとより完走すること、果ては出場することさえ困難である。しかしその一方で知名度や賞金額も高いため、総合優勝者ともなれば最上級の賞賛が贈られるのはもちろんのこと出場するだけでも名誉なレースである。

中でもツール・ド・フランスはグランツールの中で最も歴史があり他の2レースと比較した場合、出場選手のレベルが相対的に高い。さらに知名度も高くロードレースに関心のない人もツールだけは特別に興味を持っていることが多く、大会期間中にテレビ中継等で観戦する人は世界で10億人を超すとも言われている。そのためツール・ド・フランスを「世界最大の自転車レース」と呼び、スポーツイベントとしてはオリンピックサッカーワールドカップと同格の「世界三大スポーツ競技大会」に位置づける人もいる。

しかしながらツール・ド・フランスがグランツールの中で最も過酷なレースかというと必ずしもそうとは言えず、山岳コースの設定はジロ・デ・イタリアのほうが厳しいと見る人も多い。そのためツール・ド・フランスが「世界最大の自転車レース」ならジロ・デ・イタリアは「世界最高の自転車レース」と評されることがある。

各グランツールの特徴編集

ツール・ド・フランス編集

ツール・ド・フランスにおいては、「山岳コースではなるべく消耗が少ない走りに終始し、個人タイムトライアルで一気に勝負をつける」という戦略[1]を総合争いの選手が使う場合が多く、5連覇を達成したミゲル・インドゥラインはそうした走り方の典型であった。また1989年の大会で大逆転優勝を収めたグレッグ・レモンもプロローグを除くタイムトライアルで常に勝利した。

そのほかエディ・メルクスや、後にドーピング疑惑で優勝を剥奪されたランス・アームストロングフロイド・ランディスら山岳で積極的に攻撃を仕掛けたことで有名な選手たちもタイムトライアルでは圧倒的な力を示している。逆に8度の表彰台を経験しながらも、ついに中央に立つことがなかったレイモン・プリドールや6度の総合2位を経験しているヨープ・ズートメルクは個人タイムトライアルで総合首位者に差を広げられるケースが多かった[2]

グランツールの中で唯一、アルプスピレネーの両方を走るレースでもある。

ジロ・デ・イタリア編集

ジロ・デ・イタリアはツール・ド・フランスよりも山岳コースの設定回数が多く、またツール・ド・フランスより山岳コースの難度が高い傾向がある[3]。そのため山岳が得意な選手に有利な大会とされる[4][5]。場合によっては短距離ではあるが山を登るだけのステージ[6]もあり、ツールのように山でのロスを防ぎTTで勝負という展開には持ち込みにくい。

またツール・ド・フランスにおいてはポイント賞スプリンター型の選手が獲得するのが常だが、2013年までのジロ・デ・イタリアは平坦と山岳を区別しないポイント制度であったため、総合成績上位のクライマーオールラウンダーの選手が獲得するケースも少なくなかった(ブエルタにも同様の傾向がある)。

1970年代から1990年代半ばの総合優勝者については選手の国籍が多様化していたが、ブエルタ・ア・エスパーニャが1995年に従来の春開催から夏場の開催へと移行したことやツール・ド・フランス7連覇中時代にランス・アームストロングがジロを回避しツール一本に照準を定める形を取っていたことから、それに倣う選手が増加しはじめた。ちなみに1996年に優勝したパヴェル・トンコフロシア)以降、2008年アルベルト・コンタドールスペイン)が優勝するまでイタリア国籍以外の優勝者が出ていなかった。

ブエルタ・ア・エスパーニャ編集

山がちなスペインの地形上、しばしば厳しい勾配の激坂が登場する(2008年には最大23.6%、1km平均でも20%オーバーというステージもあった)。それに加えTTが短い(15km台のTTが設定された年もある)、山岳山頂ゴールステージそのものが多い(2013年には全21ステージの半数以上にあたる11ステージが山頂ゴールに設定された)、平坦ステージでも150km台と短いステージが多く大逃げが決まりにくいなどあり、ジロ・デ・イタリア以上に山を登れるクライマー系に近いライダーが総合上位へ来やすい。年によってはTTでライバルに先着を許したのにも関わらず総合順位では上位に来るというライダーも少なくない[7]

かつて春期開催だった頃はジロ・デ・イタリアと開催期間が近い、ないし重なってしまうという日程的な問題があり有力なオールラウンダーやクライマーはジロ・デ・イタリアやその後のツール・ド・フランスに回ることも少なくなかった。一方、有力スプリンターのなかにはブエルタ・ア・エスパーニャを選択する選手もおりスプリンタータイプの選手が総合優勝を果たすこともあった。

今のように秋口の開催になってからは9月末に行われる世界選手権への調整レースと割り切り、最初から2週目途中まで走りきり計画的なリタイアを決行する選手も多いため、最終日にはプロトンが150人程度に減っている事も珍しくない。


グランツールにおける主な記録編集

顕著な記録編集

グランツールとしての公式的記録に関する事項は主に完全制覇(全ての大会で総合優勝を果たすこと)、同一年度に2つ以上大会を制覇すること、同一大会における主要3部門(総合優勝、ポイント賞、山岳賞)獲得、同一年度における全大会区間優勝達成などに集約されるが、達成されたこと自体が困難であるという意味合いから同一年度にツール・ド・フランス、ジロ・デ・イタリアの2つのグランツールレース及び、ワンデイレースである世界選手権のいわゆるトリプルクラウンを達成した場合についても公式的記録事項とみなす場合がある。

顕著な生涯記録編集

全グランツール総合優勝達成者編集

全ての大会で総合優勝を果たした選手。過去に7人の達成者がいる(達成順に列挙)。

ジャック・アンクティル  フランス
大会名 優勝回数 優勝年度
ツール・ド・フランス 5回 1957年 1961年 1962年 1963年 1964年
ジロ・デ・イタリア 2回 1960年 1964年
ブエルタ・ア・エスパーニャ 1回 1963年
フェリーチェ・ジモンディ  イタリア
大会名 優勝回数 優勝年度
ツール・ド・フランス 1回 1965年
ジロ・デ・イタリア 3回 1967年 1969年 1976年
ブエルタ・ア・エスパーニャ 1回 1968年
エディ・メルクス  ベルギー
大会名 優勝回数 優勝年度
ツール・ド・フランス 5回 1969年 1970年 1971年 1972年 1974年
ジロ・デ・イタリア 5回 1968年 1970年 1972年 1973年 1974年
ブエルタ・ア・エスパーニャ 1回 1973年
ベルナール・イノー  フランス
大会名 優勝回数 優勝年度
ツール・ド・フランス 5回 1978年 1979年 1981年 1982年 1985年
ジロ・デ・イタリア 3回 1980年 1982年 1985年
ブエルタ・ア・エスパーニャ 2回 1978年 1983年
アルベルト・コンタドール  スペイン
大会名 優勝回数 優勝年度
ツール・ド・フランス 2回 2007年 2009年 
ジロ・デ・イタリア 2回 2008年 2015年 
ブエルタ・ア・エスパーニャ 3回 2008年 2012年 2014年
ヴィンチェンツォ・ニバリ  イタリア
大会名 優勝回数 優勝年度
ツール・ド・フランス 1回 2014年
ジロ・デ・イタリア 2回 2013年 2016年 
ブエルタ・ア・エスパーニャ 1回 2010年
クリス・フルーム  イギリス
大会名 優勝回数 優勝年度
ツール・ド・フランス 4回 2013年 2015年 2016年 2017年
ジロ・デ・イタリア 1回 2018年
ブエルタ・ア・エスパーニャ 1回 2017年

連続全グランツール総合優勝達成者編集

同一年度における全グランツール総合優勝達成者は2018年シーズン終了時点で1人もいないが[8]、年をまたいだ場合、過去に3人の達成者がいる。 (達成順に列挙)。

エディ・メルクス  ベルギー) - 4
レース名
ジロ・デ・イタリア
ツール・ド・フランス
1972年
ブエルタ・ア・エスパーニャ
ジロ・デ・イタリア
1973年
ベルナール・イノー  フランス) - 3
レース名
ジロ・デ・イタリア
ツール・ド・フランス
1982年
ブエルタ・ア・エスパーニャ 1983年
クリス・フルーム  イギリス) - 3
レース名
ツール・ド・フランス
ブエルタ・ア・エスパーニャ
2017年
ジロ・デ・イタリア 2018年

出場機会連続総合優勝記録編集

エディ・メルクス  ベルギー) - 10
レース名
ツール・ド・フランス 1969年
ジロ・デ・イタリア
ツール・ド・フランス
1970年
ツール・ド・フランス 1971年
ジロ・デ・イタリア
ツール・ド・フランス
1972年
ブエルタ・ア・エスパーニャ
ジロ・デ・イタリア
1973年
ジロ・デ・イタリア
ツール・ド・フランス
1974年
ジャック・アンクティル  フランス) - 5
レース名
ツール・ド・フランス 1962年
ブエルタ・ア・エスパーニャ
ツール・ド・フランス
1963年
ジロ・デ・イタリア
ツール・ド・フランス
1964年
ミゲル・インドゥライン  スペイン) - 5
レース名
ツール・ド・フランス 1991年
ジロ・デ・イタリア
ツール・ド・フランス
1992年
ジロ・デ・イタリア
ツール・ド・フランス
1993年
ベルナール・イノー  フランス) - 4(2回)
レース名
ブエルタ・ア・エスパーニャ
ツール・ド・フランス
1978年
ツール・ド・フランス 1979年
ジロ・デ・イタリア 1980年
レース名
ツール・ド・フランス 1981年
ジロ・デ・イタリア
ツール・ド・フランス
1982年
ブエルタ・ア・エスパーニャ 1983年
アルベルト・コンタドール  スペイン) - 4
レース名
ツール・ド・フランス 2007年
ジロ・デ・イタリア
ブエルタ・ア・エスパーニャ
2008年
ツール・ド・フランス 2009年
クリス・フルーム  イギリス) - 3
レース名
ツール・ド・フランス
ブエルタ・ア・エスパーニャ
2017年
ジロ・デ・イタリア 2018年

顕著な年間記録編集

「ダブルツール」に関連する記録編集

「ダブルツール達成」とは1949年にファウスト・コッピが初めて同一年度にツール・ド・フランスとジロ・デ・イタリアで総合優勝を達成したことに起因して、以後もツール・ド・フランス、ジロ・デ・イタリアの2つのレースを同一年度に制することに対する俗称として用いられてきた。しかし現在はブエルタ・ア・エスパーニャを含めた3つのグランツールレースのうち、同一年度に2つのレースを制覇したことへの意味合いに変わりつつある。

なお、ブエルタ・ア・エスパーニャは1994年までは春期(おおむね4~5月)開催、1995年以後が夏期(8~9月)開催。

ツール・ド・フランスとジロ・デ・イタリア編集

過去に7人の達成者がいる(達成順に列挙)。

ファウスト・コッピ  イタリア
達成回数 達成年度
2回 1949年 1952年
ジャック・アンクティル  フランス
達成回数 達成年度
1回 1964年
エディ・メルクス  ベルギー
達成回数 達成年度
3回 1970年 1972年 1974年
ベルナール・イノー  フランス
達成回数 達成年度
2回 1982年 1985年
ステファン・ロッシュ  アイルランド
達成回数 達成年度
1回 1987年
ミゲル・インドゥライン  スペイン
達成回数 達成年度
2回 1992年 1993年
マルコ・パンターニ  イタリア
達成回数 達成年度
1回 1998年
ツール・ド・フランスとブエルタ・ア・エスパーニャ編集

過去に3人の達成者がいる(達成順に列挙)。

ジャック・アンクティル  フランス
達成回数 達成年度
1回 1963年
ベルナール・イノー  フランス
達成回数 達成年度
1回 1978年

以下はブエルタが8〜9月開催に移行してツールと連続した大会になった以後の達成者。

クリス・フルーム (  イギリス)
達成回数 達成年度
1回 2017年
ジロ・デ・イタリアとブエルタ・ア・エスパーニャ編集

過去に3人の達成者がいる(達成順に列挙)。

エディ・メルクス  ベルギー
達成回数 達成年度
1回 1973年
ジョヴァンニ・バッタリン  イタリア
達成回数 達成年度
1回 1981年

以下はブエルタが8〜9月開催に移行してツールを跨いだ大会になって以後の達成者。

アルベルト・コンタドール  スペイン
達成回数 達成年度
1回 2008年

同一レース主要3部門獲得(完全優勝)者編集

同一レース主要3部門獲得とは総合成績、ポイント賞、山岳賞の3つの賞について同一レースでそのいずれにおいても1位になることを指す(いわゆる完全優勝)。過去に3人の達成者がいる(達成順に列挙)。

エディ・メルクス  ベルギー
大会名 達成年度
ジロ・デ・イタリア 1968年
ツール・ド・フランス 1969年
トニー・ロミンゲル  スイス
大会名 達成年度
ブエルタ・ア・エスパーニャ 1993年
ローラン・ジャラベール  フランス
大会名 達成年度
ブエルタ・ア・エスパーニャ 1995年

同一年度全グランツール区間優勝達成者編集

過去に3人の達成者がいる(達成順に列挙)。

ミゲル・ポブレット  スペイン
達成回数 達成年度
1回 1956年
ピエリーノ・バフィ  イタリア
達成回数 達成年度
1回 1958年
アレサンドロ・ペタッキ  イタリア
達成回数 達成年度
1回 2003年

その他、2006年にカルロス・サストレがチームタイムトライアルを含んだ同一年度全大会ステージ優勝を達成している。

なお、グランツールの山岳賞に関連する項目は山岳賞、ポイント賞に関連する項目はポイント賞を参照のこと。

「トリプルクラウン」に関連する記録編集

ツール・ド・フランスとジロ・デ・イタリア両レースの総合優勝に加え、世界選手権ロードレースの個人ロードレース種目も併せて同一年度に制覇することを俗に「トリプルクラウン」と呼ぶことがある。過去に2人の達成者がいる(達成順に列挙)。

エディ・メルクス  ベルギー
達成回数 達成年度
1回 1974年
ステファン・ロッシュ  アイルランド
達成回数 達成年度
1回 1987年

その他、同一年での制覇でない生涯三冠制覇選手として、ファウスト・コッピイタリア)、フェリーチェ・ジモンディ(イタリア)、ベルナール・イノーフランス)の3名、かつ世界選手権ロードレースの個人ロードレースでなく個人タイムトライアルで優勝した選手として、ミゲル・インドゥラインスペイン)がいる。また、同一年制覇ながら世界選手権をトラック(個人追い抜き)で優勝した選手にファウスト・コッピ(イタリア)がいる。

なお、全てのグランツールレースへの同一年度出場が日程的に可能[9]となり、UCIプロツアーにおいてブエルタ・ア・エスパーニャがジロ・デ・イタリアと同格の位置づけをされていた上に、レースの形態が違う世界選手権を同一視することは望ましくないという観点から考えると、現在ではこのような呼び方は適当ではないと考えられている向きもある。但し達成そのものは非常に困難であるが、近年もツール・ド・フランス総合優勝と世界選手権個人ロードレースを隔年だが制覇した選手がいることもあり、今後も継承されていくものと考えられる。

総合優勝回数ランキング編集

選手名 合計 ツール・ド・フランス ジロ・デ・イタリア ブエルタ・ア・エスパーニャ
  エディ・メルクス 11 5 (1969, 1970, 1971, 1972, 1974) 5 (1968, 1970, 1972, 1973, 1974) 1 (1973)
  ベルナール・イノー 10 5 (1978, 1979, 1981, 1982, 1985) 3 (1980, 1982, 1985) 2 (1978, 1983)
  ジャック・アンクティル 8 5 (1957, 1961, 1962, 1963, 1964) 2 (1960, 1964) 1 (1963)
  ファウスト・コッピ 7 2 (1949, 1952) 5 (1940, 1947, 1949, 1952, 1953)
  ミゲル・インドゥライン 7 5 (1991, 1992, 1993, 1994, 1995) 2 (1992, 1993)
  アルベルト・コンタドール 7 2 (2007, 2009) 2 (2008, 2015) 3 (2008, 2012, 2014)
  クリス・フルーム 6 4 (2013, 2015, 2016, 2017) 1 (2018) 1 (2017)
  ジーノ・バルタリ 5 2 (1938, 1948) 3 (1936, 1937, 1946)
  アルフレッド・ビンダ 5 5 (1923, 1925, 1927, 1928, 1929)
  フェリーチェ・ジモンディ 5 1 (1965) 3 (1967, 1969, 1976) 1 (1968)
  トニー・ロミンゲル 4 1 (1995) 3 (1992, 1993, 1994)
  ロベルト・エラス 4 4 (2000, 2003, 2004, 2005[10])
  ヴィンチェンツォ・ニバリ 4 1 (2014) 2 (2013, 2016) 1 (2010)
  ルイゾン・ボベ 3 3 (1953, 1954, 1955)
  ジョヴァンニ・ブルネーロ 3 3 (1921, 1922, 1926)
  ペドロ・デルガド 3 1 (1988) 2 (1985, 1989)
  ローラン・フィニョン 3 2 (1983, 1984) 1 (1989)
  カルロ・ガレッティ 3 3 (1910, 1911, 1912)
  シャルリー・ゴール 3 1 (1958) 2 (1956, 1959)
  グレッグ・レモン 3 3 (1986, 1989, 1990)
  フィオレンツォ・マーニ 3 3 (1948, 1951, 1955)
  フィリップ・ティス 3 3 (1913, 1914, 1920)
  デニス・メンショフ 2 1 (2009) 1 (2007)[10]
  フランコ・バルマミオン 2 2 (1962, 1963)
  イヴァン・バッソ 2 2 (2006, 2010)
  ジョヴァンニ・バッタリン 2 1 (1981) 1 (1981)
  フリアン・ベレンデロ 2 2 (1941, 1942)
  オッタヴィオ・ボテッキア 2 2 (1924, 1925)
  フスターフ・デロール 2 2 (1935, 1936)
  ニコラ・フランツ 2 2 (1927, 1928)
  ホセ・マヌエル・フエンテ 2 2 (1972, 1974)
  イヴァン・ゴッティ 2 2 (1997, 1999)
  ヤン・ヤンセン 2 1 (1968) 1 (1967)
  ユーゴ・コブレ 2 1 (1951) 1 (1950)
  フィルマン・ランボー 2 2 (1919, 1922)
  アンドレ・ルデュック 2 2 (1930, 1932)
  シルヴェール・マース 2 2 (1936, 1939)
  アントナン・マーニュ 2 2 (1931, 1934)
  ルイス・オカーニャ 2 1 (1973) 1 (1970)
  マルコ・パンターニ 2 1 (1998) 1 (1998)
  ルシアン・プティブルトン 2 2 (1907, 1908)
  ロジェ・パンジョン 2 1 (1967) 1 (1969)
  ステファン・ロッシュ 2 1 (1987) 1 (1987)
  パオロ・サヴォルデッリ 2 2 (2002, 2005)
  ジュゼッペ・サロンニ 2 2 (1979, 1983)
  ジルベルト・シモーニ 2 2 (2001, 2003)
  ベルナール・テヴネ 2 2 (1975, 1977)
  ヤン・ウルリッヒ 2 1 (1997) 1 (1999)
  ジョヴァンニ・ヴァレッティ 2 2 (1938, 1939)
  ヨープ・ズートメルク 2 1 (1980) 1 (1979)
  アレックス・ツェーレ 2 2 (1996, 1997)
  ナイロ・キンタナ 2 1 (2014) 1 (2016)

グランツール歴代総合優勝者編集

  ジロ・デ・イタリア   ツール・ド・フランス   ブエルタ・ア・エスパーニャ
1903年     モリス・ガラン  
1904年   アンリ・コルネ
1905年   ルイ・トゥルスリエ
1906年   ルネ・ポティエ
1907年   ルシアン・プティブルトン
1908年   ルシアン・プティブルトン(2)
1909年   ルイジ・ガンナ   フランソワ・ファベール
1910年   カルロ・ガレッティ   オクタブ・ラピーズ
1911年   カルロ・ガレッティ(2)   ギュスタヴ・ガリグー
1912年   アタラチーム[11]   オディル・ドフレイエ
1913年  カルロ・オリアーニ   フィリップ・ティス
1914年  アルフォンソ・カルツォラーリ   フィリップ・ティス(2)
1915年 第一次世界大戦の影響により中止
1916年
1917年
1918年
1919年  コスタンテ・ジラルデンゴ   フィルマン・ランボー
1920年  ガエターノ・ベローニ   フィリップ・ティス(3)
1921年  ジョバンニ・ブルネーロ   レオン・シウール
1922年  ジョバンニ・ブルネーロ   フィルマン・ランボー(2)
1923年  コスタンテ・ジラルデンゴ   アンリ・ペリシエ
1924年  ジュゼッペ・エンリーチ   オッタビオ・ボテッキア
1925年  アルフレッド・ビンダ   オッタビオ・ボテッキア(2)
1926年  ジョバンニ・ブルネーロ  ルシアン・ビュイス
1927年  アルフレッド・ビンダ  ニコラ・フランツ
1928年  アルフレッド・ビンダ  ニコラ・フランツ
1929年  アルフレッド・ビンダ  モリス・ドゥワエル
1930年  ルイジ・マルキジオ  アンドレ・ルデュック
1931年  フランチェスコ・カムッソ  アントナン・マーニュ
1932年  アントニオ・ペゼンティ  アンドレ・ルデュック
1933年  アルフレッド・ビンダ  ジョルジュ・スペシェ
1934年  レアルコ・グエラ  アントナン・マーニュ
1935年  ヴァスコ・ベルガマスキ  ロマン・マース  フスターフ・デロール
1936年  ジーノ・バルタリ  シルベール・マース  フスターフ・デロール
1937年  ジーノ・バルタリ  ロジェ・ラペビー スペイン内戦の影響により中止
1938年  ジョヴァンニ・ヴァレッティ  ジーノ・バルタリ
1939年  ジョヴァンニ・ヴァレッティ  シルベール・マース
1940年  ファウスト・コッピ 第二次世界大戦の影響により中止
1941年 第二次世界大戦の影響により中止  フリアン・ベレンデーロ
1942年  フリアン・ベレンデーロ
1943年 第二次世界大戦の影響により中止
1944年
1945年  デリオ・ロドリゲス
1946年  ジーノ・バルタリ  ダルマシオ・ランガリカ
1947年  ファウスト・コッピ  ジャン・ロビック  エドワード・ファン・ダイク
1948年  フィオレンツォ・マーニ  ジーノ・バルタリ  ベルナルド・ルイス
1949年  ファウスト・コッピ  ファウスト・コッピ 中止
1950年  ユーゴ・コブレ  フェルディナント・キュプラー  エミリオ・ロドリゲス
1951年  フィオレンツォ・マーニ  ユーゴ・コブレ 中止
1952年  ファウスト・コッピ  ファウスト・コッピ
1953年  ファウスト・コッピ  ルイゾン・ボベ
1954年  カルロ・クレリーチ  ルイゾン・ボベ
1955年  フィオレンツォ・マーニ  ルイゾン・ボベ  ジャン・ドット
1956年  シャルリー・ゴール  ロジェ・ワルコビャック  アンジェロ・コンテルノ
1957年  ガストネ・ネンチーニ  ジャック・アンクティル  ヘスス・ロローニョ
1958年  エルコーレ・バルディーニ  シャルリー・ゴール  ジャン・スタブリンスキ
1959年  シャルリー・ゴール  フェデリコ・バーモンテス  アントニオ・スアレス
1960年  ジャック・アンクティル  ガストネ・ネンチーニ  フランス・デ・ムルダー
1961年  アルナルド・パンビアンコ  ジャック・アンクティル  アンヘリノ・ソレル
1962年  フランコ・バルマミオン  ジャック・アンクティル  ルディ・アルティヒ
1963年  フランコ・パルマミオン  ジャック・アンクティル  ジャック・アンクティル
1964年  ジャック・アンクティル  ジャック・アンクティル  レイモン・プリドール
1965年  ビットリオ・アドルニ  フェリーチェ・ジモンディ  ロルフ・ウォルフショール
1966年  ジャンニ・モッタ  ルシアン・エマール  フランシスコ・ガビカ
1967年  フェリーチェ・ジモンディ  ロジェ・パンジョン  ヤン・ヤンセン
1968年  エディ・メルクス  ヤン・ヤンセン  フェリーチェ・ジモンディ
1969年  フェリーチェ・ジモンディ  エディ・メルクス  ロジェ・パンジョン
1970年  エディ・メルクス  エディ・メルクス  ルイス・オカーニャ
1971年  イェスタ・ペーテルソン  エディ・メルクス  フェルディナント・ブラック
1972年  エディ・メルクス  エディ・メルクス  ホセ・マヌエル・フエンテ
1973年  エディ・メルクス  ルイス・オカーニャ  エディ・メルクス
1974年  エディ・メルクス  エディ・メルクス  ホセ・マヌエル・フエンテ
1975年  ファウスト・ベルトリオ  ベルナール・テブネ  アグスティン・タマメス
1976年  フェリーチェ・ジモンディ  ルシアン・バンインプ  ホセ・ペサロドーナ
1977年  ミッシェル・ポランティエール  ベルナール・テブネ  フレディ・マルテンス
1978年  ヨハン・デミュインク  ベルナール・イノー  ベルナール・イノー
1979年  ジュゼッペ・サローニ  ベルナール・イノー  ヨープ・ズートメルク
1980年  ベルナール・イノー  ヨープ・ズートメルク  ファウスティーノ・ルペレス
1981年  ジョバンニ・バッタリン  ベルナール・イノー  ジョバンニ・バッタリン
1982年  ベルナール・イノー  ベルナール・イノー  マリノ・レハレタ
1983年  ジュゼッペ・サローニ  ローラン・フィニョン  ベルナール・イノー
1984年  フランチェスコ・モゼール  ローラン・フィニョン  エリック・カリトゥー
1985年  ベルナール・イノー  ベルナール・イノー  ペドロ・デルガド
1986年  ロベルト・ヴィセンティーニ  グレッグ・レモン  アルバロ・ピノ
1987年  ステファン・ロッシュ  ステファン・ロッシュ  ルイス・エレラ
1988年  アンドリュー・ハンプステン  ペドロ・デルガド  ショーン・ケリー
1989年  ローラン・フィニョン  グレッグ・レモン  ペドロ・デルガド
1990年  ジャンニ・ブーニョ  グレッグ・レモン  マルコ・ジョヴァンネッティ
1991年  フランコ・キオッチョーリ  ミゲル・インドゥライン  メルチョル・マウリ
1992年  ミゲル・インドゥライン  ミゲル・インドゥライン  トニー・ロミンゲル
1993年  ミゲル・インドゥライン  ミゲル・インドゥライン  トニー・ロミンゲル
1994年  エフゲニー・ベルツィン  ミゲル・インドゥライン  トニー・ロミンゲル
1995年  トニー・ロミンゲル  ミゲル・インドゥライン  ローラン・ジャラベール
1996年  パヴェル・トンコフ  ビャルヌ・リース[12]  アレックス・ツーレ
1997年  イヴァン・ゴッティ  ヤン・ウルリッヒ  アレックス・ツーレ
1998年  マルコ・パンターニ  マルコ・パンターニ  アブラハム・オラーノ
1999年  イヴァン・ゴッティ  ランス・アームストロング[13]  ヤン・ウルリッヒ
2000年  ステファノ・ガルゼッリ  ランス・アームストロング[13]  ロベルト・エラス
2001年  ジルベルト・シモーニ  ランス・アームストロング[13]  アンヘル・カセーロ
2002年  パオロ・サヴォルデッリ  ランス・アームストロング[13]  アイトール・ゴンサレス
2003年  ジルベルト・シモーニ  ランス・アームストロング[13]  ロベルト・エラス
2004年  ダミアーノ・クネゴ  ランス・アームストロング[13]  ロベルト・エラス
2005年  パオロ・サヴォルデッリ  ランス・アームストロング[13]  ロベルト・エラス[10]
2006年  イヴァン・バッソ  オスカル・ペレイロ[14]  アレクサンドル・ヴィノクロフ
2007年  ダニーロ・ディルーカ  アルベルト・コンタドール  デニス・メンショフ
2008年  アルベルト・コンタドール  カルロス・サストレ  アルベルト・コンタドール
2009年  デニス・メンショフ  アルベルト・コンタドール  アレハンドロ・バルベルデ
2010年  イヴァン・バッソ  アンディ・シュレク  ヴィンチェンツォ・ニバリ
2011年  ミケーレ・スカルポーニ  カデル・エヴァンス  フアン・ホセ・コーボ
2012年  ライダー・ヘシェダル  ブラッドリー・ウィギンス  アルベルト・コンタドール
2013年  ヴィンチェンツォ・ニバリ  クリス・フルーム  クリストファー・ホーナー
2014年  ナイロ・キンタナ  ヴィンチェンツォ・ニバリ  アルベルト・コンタドール
2015年  アルベルト・コンタドール  クリス・フルーム  ファビオ・アル
2016年  ヴィンチェンツォ・ニバリ  クリス・フルーム  ナイロ・キンタナ
2017年  トム・デュムラン  クリス・フルーム  クリス・フルーム
2018年  クリス・フルーム  ゲラント・トーマス  サイモン・イェーツ
年間トリプルクラウン達成
年間ダブルツール達成

脚注編集

  1. ^ ジャック・アンクティルが確立したとされる
  2. ^ 詳細は1961年から1982年頃までのツール・ド・フランス各年度の項目を参照。
  3. ^ 例えばツールでしばしば山岳ステージで登場するラルプ・デュエズは登坂距離15.5kmで平均勾配7.9%、最大勾配11.5%【山岳チェック】第16ステージ、ラルプ・デュエズモン・ヴァントゥは登坂距離21.1km、平均勾配7.6%、最大勾配10.6%コースプロフィール。これに対し、2007年のジロで登場したゾンコラン峠は登坂距離10.1km、平均勾配11.9%、最大勾配22%コースプロフィール、2008年の第16ステージ山岳個人TTで登場したプラン・デ・コロネスは登坂距離12.85km、平均勾配8.4%、最大勾配24%、さらに後半5kmは未舗装路になっているコースプロフィールなど、登坂距離は短いものの勾配の厳しい山岳が多く登場する。
  4. ^ 2001年、2003年のジルベルト・シモーニ、2004年のダミアーノ・クネゴなど近年もピュアクライマーとされる選手が総合優勝した例があるシモーニをクライマーとしている記事の例クネゴをクライマーとしている記事の例
  5. ^ ちなみにジロ・デ・イタリアで山岳賞が設けられたのは1933年ツール・ド・フランスも同年に最初に山岳賞が設けられたが、開催時期の点でグランツールにおける最初の山岳賞制定はジロ・デ・イタリアということになる。初代山岳賞受賞者はアルフレッド・ビンダであるが、同時に5度目の総合優勝を達成。過去4回の総合優勝を達成した際にも山岳コースでは圧倒的な強さを示している。
  6. ^ 2008年第16ステージに設定された長さ12.9km、最大傾斜24%の個人TT。2009年第17ステージ、途中に1つ大きな下りがあるがほぼスタート~ゴール間83kmが上りのみという日も登場。
  7. ^ 2009年のウィナー、アレハンドロ・バルベルデは第1ステージの個人TTでは1秒先着しているが、他2つの個人TTで2位サムエル・サンチェス、3位カデル・エヴァンスにかなりの差をつけられている。
  8. ^ 同一年度における全グランツール完走を達成する選手自体が、年に1名か2名いるかどうかである。2011年のブエルタから2018年のジロまでグランツール20大会連続完走を果たしているアダム・ハンセンは「鉄人」の愛称で親しまれている。
  9. ^ 1994年までは概ねブエルタが4月から5月、ジロが5月から6月の開催であったが両レースの日程間隔は非常に短く、年によっては日程が重複するケースもあった。
  10. ^ a b c 2005年のブエルタの総合首位は当初ロベルト・エラスだったが、レース後行われたドーピング検査の結果失格となり、同2位のデニス・メンショフが繰り上げ優勝となった。ただし、2012年12月21日、スペイン最高裁判所は、ドーピング検査の手続きに不適切があった、というエラスの訴えを認め、2005年のブエルタ優勝の剥奪処分を取り消し、再びエラスを優勝とする判決を下している。(検査手順不備によりエラスの処分が撤回  2005年ブエルタ総合優勝のタイトルが戻る - シクロワイアード2012年12月22日付。)これに基づけばエラスの総合優勝回数は4回、メンショフは2回となる。
  11. ^ 個人優勝表彰としてはカルロ・ガレッティジョバンニ・ミケレットエベラルド・パヴェージの3人が対象。したがってカルロ・ガレッティがジロ・デ・イタリア史上初の総合3連覇を達成した形となる。
  12. ^ 後日自身の口から当時禁止薬物を使用していたという告白がなされ、それに基づき国際自転車競技連合(UCI)がマイヨジョーヌの返還を求めている。当該記事
  13. ^ a b c d e f g ドーピング違反より抹消。
  14. ^ 全レース終了後に行われたドーピング検査において、総合1位となったフロイド・ランディスの体内から多数の禁止薬物が検出された。これを受けランディスの総合優勝は保留とされ、その後公聴会などの調査が続けられた。1年以上に亘る調査の結果、2007年9月20日に「アメリカ合衆国反ドーピング機関」(USADA)が後日ランディスの総合1位記録を取り消し失格とする告知を出したことからオスカル・ペレイロの繰り上げ優勝はこの時点で決定的となった。21日には、UCIが正式にランディスの失格とペレイロの優勝を認定し優勝が決定。そして同年10月15日に総合ディレクターのクリスティアン・プリュドムより優勝ジャージ(マイヨ・ジョーヌ)が授与された。当該記事

関連項目編集