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大信田 礼子(おおしだ れいこ、1948年9月15日 - )は、京都府京都市出身の女優歌手

おおしだ れいこ
大信田 礼子
本名 大信田 礼子(同じ)
生年月日 (1948-09-15) 1948年9月15日(71歳)
出生地 日本の旗 日本 京都府京都市
国籍 日本の旗 日本
血液型 B型
職業 女優歌手
ジャンル テレビドラマ映画舞台
活動期間 1966年 - 現在
活動内容 1966年:ミス10代コンテスト(米国)世界大会優勝
同年:NHK『太郎』でデビュー
1970年:「女の学校」で歌手デビュー
配偶者 都倉俊一1974年 - 1978年
主な作品
テレビドラマ
プレイガール
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人物・来歴編集

父・一雄、母・常子。一人っ子。60年代の京都の名門校京都府立鴨沂高等学校に64年に入学。在学中の1966年、アメリカで開かれたミスコンテスト10代女王コンテスト世界大会で優勝したのがきっかけで、同年にNHKの「太郎」でデビュー。東京の私立女子高校に転向し1967年に卒業した。

抜群のスタイルを生かしてアクション映画を中心に多数の映画に出演、東映『ずべ公番長』シリーズ全4作の主演などで人気を得た。

1970年「女の学校」でCBSソニーから歌手デビュー。以後、歌手とテレビドラマの仕事が増えた。レコードプロデューサーは酒井政利だったが、酒井が権利を獲得した『同棲時代-今日子と次郎-』[1]1973年公開、由美かおる主演、上村一夫の劇画の映画化)の主題歌「同棲時代」を歌い、代表曲になった。大信田自身も映画に出演。

テレビドラマでは、東京12チャンネル1969年から始まった『プレイガール』の途中から出演した[2]

1974年、「同棲時代」を作曲した作曲家都倉俊一と結婚し引退状態となった。だが美術やクラシック音楽の知識があまりなかった大信田に、君はそんなことも知らないのか、と冷たく当たったことなどが原因で、1978年に離婚、カムバックした。その後も女優としてドラマ、舞台で活動している。

2013年には久しぶりにドラマ相棒 Season12に出演し、元気な姿を見せた。

エピソード編集

  • 歌手の沢田研二とは京都の小・中・高校の同級生。
  • 阪神時代の江夏豊が彼女の大ファンだった。
  • 映画『同棲時代』[3]は由美かおるのヌード・ポスターが話題になったが、脚本にSMシーンが登場するなどロマンに欠ける部分があり、映画の評価は低かった。
  • ドラマ『プレイガール』では70年の52話から85話まで出演した。[4]。このドラマでは西尾美枝子、片山由美子らと共演している。
  • ドラマ『旅がらすくれないお仙』のかみなりお銀役で、髪をアップにして男物の海パンを履いて走り回るのは彼女自身のアイデア。
  • シングル曲『同棲時代』は当初、作曲家の都倉とソリが合わなかったので彼女は「アカン」と思っていたが、それを聞いた酒井政利は「(それなら逆に)ヒットするかもしれない」と感じた。

フィルモグラフィ編集

映画編集

テレビドラマ編集

舞台編集

  • 銭形平次 ~きよしの平次 立志編~(2013年、明治座

音楽編集

シングル編集

※レーベルは、全シングル・アルバム共にCBS・ソニー

# 発売日 A/B面 タイトル 作詞 作曲 編曲 規格品番
1 1970年
8月
A面 女の学校 なかにし礼 鈴木邦彦 森岡賢一郎 SONA-86133
B面 あなたの女
2 1971年
5月
A面 女はそれをがまんできない 阿久悠 親泊正昇 森岡賢一郎 SONA-86180
B面 それがどうした きたみきたお 津島利章
3 1971年
11月
A面 ノックは無用 阿久悠 鈴木邦彦 SONA-86204
B面 かんこんロック[注釈 1] 小林亜星 筒井広志
4 1972年
5月
A面 何がどうしてこうなった なかにし礼 中村泰士 馬飼野俊一 SOLA-13
B面 あなたにおまかせ 高田弘
5 1972年
10月21日
A面 嵐を呼ぶ女 山口あかり 平尾昌晃 馬飼野俊一 SOLA-51
B面 あの愛をもう一度 大信田礼子 湯原昌幸 高田弘
6 1973年
2月21日
A面 同棲時代 上村一夫 都倉俊一 高田弘 SOLB-5
B面 今日子と次郎 石坂まさを
7 1973年
7月1日
A面 愛のくらし-同棲時代- 上村一夫 都倉俊一 高田弘 SOLB-46
B面 夏の日

アルバム編集

写真集編集

  • 「週刊プレイボーイ特別編集」(関口照生撮影)(1983年
  • 「ロドスへの招待状」(佐藤健撮影)(1992年

脚注編集

関連項目編集