和光市

日本の埼玉県の市

和光市(わこうし)は、埼玉県の南部にある人口約8万3千人のである。

わこうし
和光市
Riken HQ Main Gate.jpg
Flag of Wako Saitama.JPG Wako Saitama chapter.JPG
和光市旗
1970年10月31日制定
和光市章
1970年10月31日制定
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 埼玉県
市町村コード 11229-1
法人番号 4000020112291 ウィキデータを編集
面積 11.04km2
総人口 84,307[編集]
推計人口、2020年6月1日)
人口密度 7,637人/km2
隣接自治体 朝霞市戸田市
東京都板橋区練馬区
市の木 イチョウ
市の花 サツキ
和光市役所
市長 松本武洋
所在地 351-0192
埼玉県和光市広沢1番5号
北緯35度46分52.4秒東経139度36分20.5秒
和光市役所
外部リンク 公式ウェブサイト

和光市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

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概要編集

東京23区に隣接することから、戦後急速にベッドタウンとして人口が増え、本田技研工業の工場建設(現在は工場は廃止)によって工業都市として発展した。市域の一部はキャンプ・ドレイクの跡地に位置しており、本田技研工業の和光本社、国立病院機構埼玉病院国立研究開発法人理化学研究所のほか、近年では司法研修所税務大学校裁判所職員総合研修所などのや民間の研究・研修施設などの立地が進んでいる。

住宅地として造成が進んでいるが、かつての武蔵野の面影を残すような雑木林や畑が点在するほか、県営の和光樹林公園など緑の多い公園もある。

地理編集

歴史編集

近世まで編集

  • 白子川沿いの台地には縄文期の遺跡が発見されている。隣接する成増地区にも同様に遺跡があり、台地上に集落が築かれていたと思われる。現在、その集落跡には寺社が建てられているケースが多い。
  • 古墳時代から奈良時代にかけて、帰化人の移住があったとされる。その理由として白子(シラコ)は新羅(シラギ)の、新倉は新座(すなわち新羅)の転化とする説や、百済王子の住んだとされる牛房城伝説があるが、考古学的には何ら実証されていない。ただ江戸時代中期までは新倉は「新座」と表記されており(読みは同じ“にいくら”)、志木市新座市にも同様の伝説があることから、単なる伝説ではないと考えられている。新座郡の項も参照されたい。
  • いずれにせよ、かなり古い時代から白子台地には集落が築かれており、現に寺社も多く、その中心地は現在バス停に名をとどめているだけだが「市場」辺りだったらしい。
  • 戦国期には白子台地上で上杉勢と北条勢の争い「白子の戦い」があった。
  • 江戸期には川越街道の宿場として白子宿が栄えた。当時の街並みはほとんど残っていないが、当時の中心地だった熊野神社周辺には旧家が残っている。中でも花火を稼業とした富沢家は中心的役割を占めており、現在も富沢姓の旧家が多い。また、江戸時代には新河岸川を通る水運も盛んであり、新倉には河岸が設けられていた。
  • 鉄道が敷かれ、川越街道のルートが変更されると、白子宿や新倉の河岸は寂れた。白子宿周辺では豊富な清水を利用して魚の養殖、水車営業も行われたが、市の中心地は駅周辺に移行した。以前の白子には湧水が盛んに沸き出ており、明治9年(1876年)には白子村の熊野神社境内に日本最初の養魚場ができ、明治23年(1890年)に養魚場は閉鎖された。又、近くには、以前湧き水が流れ落ちていたため、滝坂と呼ばれる坂が現在でもある。
  • 川越街道は、15世紀江戸城川越城を築いた太田道灌が部分的にあった古道をつないだものが起源と考えられており、元々は近世の川越街道(現在の旧川越街道、埼玉県道109号新座和光線)の東を蛇行していた。近世の川越街道の完成は松平信綱が川越城に入った寛永16年(1639年)以後のことである。

近代以降編集

市名(町名)の由来編集

  • 町制施行時に町名に関してもめた為、「大いなる和」で一つになると言う意味から「大和町」と名付けられた。
  • 市制施行時にすでに神奈川県大和市が存在したため区別する為に新市名を一般公募し、「和光市」と名付けられた。大和町の「和」と栄光の「光」を組み合わせ、平和・栄光・前進を象徴し明るく住みよい街に躍進するように、という願いが込められている[2]。応募された市名で一番多かったのが「和光市」で、続いて「新倉市」「美和市」「埼玉市」「東埼市」「白子市」「埼南市」「本田市」「新和市」「栄市」「新大和市」「昭和市」「東和市」「南埼玉市」だった[3]

市制施行記念の文鎮編集

 
市制施行記念の文鎮(表)
 
市制施行記念の文鎮(裏)

1970年の市制施行時に当市では市章を模った記念の文鎮を制作して市内小学校の児童に配布した。文鎮の底面には「市制施行記念、昭和45年10月31日、和光市」と記されている。鋳鉄製、大きさ=縦65mm、横80mm、厚7mm。

合併の状況編集

長らく関係の深い朝霞市志木市新座市との合併を目指す運動がしばしみられる。

1960年代には、当時の朝霞町・足立町[4]・大和町・新座町4町で合併し市制施行を目指す動きがあったが、話がまとまらないうちに1967年(昭和42年)に朝霞町が単独で市制施行し、合併はついえた。また、市制施行の人口要件が3万人に下げられたことから、大和町も含めた他の3町も単独で市制施行した。

平成の大合併では、2001年(平成13年)4月に「朝霞市・志木市・和光市・新座市合併協議会」が設置された。しかし、2003年(平成15年)4月13日に4市で実施された、合併の是非を決める住民投票で朝霞市、志木市は賛成多数、新座市はわずかに賛成多数となったものの、和光市では77%が反対という結果となり合併は破談となった。

合併に否定的な背景には、1986年から2010年まで[5]、および2016年以降、唯一[6]地方交付税の普通交付税不交付団体であり、その不均衡が影響したと考えられる。

人口編集

 
和光市と全国の年齢別人口分布(2005年) 和光市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 和光市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

和光市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より
  • 平均年齢は39.6歳2010年(平成22年)度)で、埼玉県内では1番若い。
  • 生産年齢人口(15〜64歳)割合は71.6%2010年(平成22年)度)で、埼玉県内では1番多い。
  • 2018年4月1日現在、82,017人

地域編集

町名編集

和光市では、一部の区域で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。

住宅団地編集

郵便編集

郵便番号

郵便局

  • 和光郵便局(風景印あり)
    • 和光新倉郵便局(風景印あり)
    • 西大和郵便局(風景印あり)
    • 司法研修所内郵便局(風景印あり)
    • 和光白子南郵便局(風景印あり)
    • 和光白子郵便局(風景印あり)
  • 東京北部郵便局 - 区分作業専門で、集荷は行わず窓口もない

行政編集

市長松本武洋

  • 歴代市長
    • 柳下潔(在任 1970年 - 1989年)
    • 田中茂(在任 1989年 - 2001年)
    • 野木実(在任 2001年 - 2009年)
    • 松本武洋(在任 2009年 - 現職)

行政機関等編集

市の機関・施設編集

公民館・コミュニティセンター編集

  • 中央公民館
  • 坂下公民館
  • 南公民館
  • 白子コミュニティセンター
  • 新倉コミュニティセンター
  • 牛房コミュニティセンター
  • 吹上コミュニティセンター

国の機関等編集

県の施設編集

 
新河岸川水循環センター

消防編集

警察編集

  • 警察は和光市全域を朝霞警察署が管轄している。
    • 和光市駅前交番
      • 西大和団地派遣所
    • 和光交番(白子二丁目・東京都との境界近くにある)
    • 新倉交番

その他の施設編集

広域行政編集

  • 朝霞地区一部事務組合 - 朝霞市、志木市、和光市及び新座市の4市が設立している一部事務組合

議会編集

和光市議会編集

  • 定数:18人
  • 任期:2019年4月30日 - 2023年4月29日[7]
  • 議長:吉田武司(無会派)
  • 副議長:待鳥美光(新しい風・国民民主)
会派名 議席数 議員名
緑風会 4 内山恵子、齊藤誠、冨澤勝広、安保友博
公明党 3 伊藤妙子、富澤啓二、齊藤克己
新しい風・国民民主 3 菅原満、猪原陽輔、待鳥美光
まちづくり市民の会 2 金井伸夫、赤松祐造
日本共産党 2 熊谷二郎、鳥飼雅司
歩みの会 1 小嶋智子
やさしい未来の会 1 松永靖恵
和光市民の会 1 萩原圭一
無会派 1 吉田武司
18

埼玉県議会編集

  • 選挙区:南22区和光市選挙区
  • 定数:1人
  • 任期:2019年4月30日 - 2023年4月29日
  • 投票日:2019年4月7日
  • 当日有権者数:65,266人
  • 投票率:34.19%
候補者名 当落 年齢 党派名 新旧別 得票数
井上航 39 無所属 13,666票
片山義久 44 自由民主党 8,277票

産業編集

 
本田技研工業和光ビル(和光本社)
かつて市内に本社を置いた企業
など。

和光市駅南口は近年、区画整理が完了したことに伴い、多くの商業ビル、銀行などが立ち並ぶようになった。今後は北口地区の区画整理が実行される。

駅周辺は、当市の中心地であるが都内に近いこともあって、駅前への商業集積はそれほど多くないと言える。しかし、当市にある研究機関や会社で働く人が多いためか、居酒屋が多いのが特徴的である。駅前通り、旧川越街道にはマンションが建ち並び、昔ながらの商店は姿を消しつつあるが、現在も少なからず残っている。笹目通り沿いには近年発展した住宅街と、かつてからあるセメント会社や倉庫が点在している。新倉・白子近辺はかつて宿場町であったため、銭湯や小売店などが今でも存在する。又、荒川付近には産業廃棄物の集積場などがある。

かつて戦前陸軍施設があったため軍需工場が立ち並んでおり、戦後米軍施設(キャンプ・ドレイク)があったため、旧川越街道沿いには、朝霞市を中心に米軍相手の商店があった。1952年には本田技研工業が戦前からの工場用地を買収して白子工場(現在は白子ビル)、翌年には大和工場(後の和光工場・現在の和光ビル)を完成させ東京進出への足がかりとし、後に荒川テストコース(閉鎖)や本田技術研究所本社なども造られるなど、市としてホンダとの結びつきは強く企業城下町とも言えるようになった[8]

東京に接しているが農地も比較的残っており、大消費地への近さを生かした近郊農業が行われている。なお、当市で採れた野菜農協などで買うことができる。かつては豊富な湧水を生かした「酒造り」も行われ、2大銘柄として下新倉浅久保に「秀峰」、本村に「長泉(ながいずみ)」があったが、現在は2銘柄とも廃業している。

姉妹都市・友好都市編集

国内
すべて友好都市
海外

教育編集

大学院
専門学校
特別支援学校
高等学校
中学校
小学校

文化・史跡編集

新倉ふるさと民家園(旧冨岡家住宅)
冨岡家住宅は江戸中期頃に建築されたものと推定されており、長年解体保存されてきたが、2003年(平成15年)に市指定文化財として指定され、2006年(平成18年)に開園した。埼玉県下では最古の部類に入る民家といわれている[誰によって?]

交通編集

鉄道編集

東武東上本線東京地下鉄(東京メトロ)有楽町線副都心線和光市駅が当市唯一の鉄道駅である。なお、市内の都県境、及び、朝霞市との市境に近接している地域では、市外の成増駅地下鉄成増駅西高島平駅光が丘駅朝霞駅も利用できる。

バス編集

タクシー編集

タクシーの営業区域は県南西部交通圏で、川越市所沢市東松山市飯能市などと同じエリアとなっている。

道路編集

高速道路
一般国道
県道
主な市道
  • ニホニウム通り - 和光市駅南口と理化学研究所を、東武東上線に沿った後東京外環自動車道に沿って直角に結ぶ歩道。理研がニホニウムを発見したことを記念し、シンボルロードとして整備されることからこの名が付いた[9][10]

出身人物編集

ゆかりの人物編集

その他編集

  • 市外局番:048(市内全域)
  • ニッポン全国鍋合戦
    2005年(平成17年)から始まった和光市商工会主催のイベント(「彩の国鍋合戦」から名称を変更)。日本最大級の鍋合戦でもある。市役所前の広場で毎年1月末に開催され、市内の料理店を含め全国各地の鍋料理の中から最優秀鍋「鍋奉行」を決めるというもの。参加者は年々増えている。
  • 当市の近くに東映東京撮影所練馬区)があるため、市内では和光市役所などでドラマ・映画の撮影がしばしば行われている。
  • 比較的水道代が高額な東京23区に隣接していながら戸田市と並んで水道代が安いことで知られる。20mm口径での1か月の水道代は1951円となっている。
  • 和光市イメージキャラクター「わこうっち」と妹「さつきちゃん」は、市制施行40周年記念で決定した。
  • Honda硬式野球部は1960年の創部から2000年まで本田技術研究所本社のある和光市を本拠地としていたが、2001年から本田技研工業埼玉製作所のある狭山市へ本拠地を移転した。
  • アニメ「冴えない彼女の育てかた」の舞台となっている。

脚注編集

  1. ^ 図典 日本の市町村章 p77
  2. ^ 和光市40年のあゆみ
  3. ^ 広報わこう
  4. ^ 志木市の前身
  5. ^ 和光市ホームページ広報わこう掲載 市長コラム>第14回 26年ぶりに「交付団体」に(2011年9月号掲載)”. 和光市. 2017年7月27日閲覧。
  6. ^ 和光市6年ぶり 不交付団体に”. 東京新聞 (2016年7月30日). 2017年7月27日閲覧。
  7. ^ 任期満了日一覧”. 埼玉県庁 (2018年4月5日). 2019年2月3日閲覧。
  8. ^ ホンダのバイク展示 - 和光市ホームページ
  9. ^ 新元素の発見を記念してシンボルロードを整備します。”. 和光市. 2016年12月2日閲覧。
  10. ^ 新元素発見記念 シンボルロードの名称の決定について”. 和光市. 2016年12月2日閲覧。
  11. ^ 地元和光市の広報1月号に載せていただきました”. 梶原 悠未 KAJIHARA YUMI@Yumi_Kajihara. 2020年1月19日閲覧。
  12. ^ a b 湯元進一選手・清水聡選手! 銅メダルおめでとうございます! 和光市ホームページ 2012年8月14日

外部リンク編集