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浜村淳

タレント、ラジオパーソナリティ

浜村 淳(はまむら じゅん、1935年[1]1月10日[2][3] - )は、日本タレントパーソナリティ映画評論家司会者。本名は塩濱 眞[1](しおはま まこと)。既婚(妻は元タレント)。

はまむら じゅん
浜村 淳
浜村 淳
2009年赤穂市で開催された、赤穂義士祭にて司会を務める浜村淳。
本名 塩濱 眞[1]
(しおはま まこと)
生年月日 (1935-01-10) 1935年1月10日(84歳)
出生地 日本の旗 日本
京都府京都市
職業 ラジオパーソナリティ
映画評論家
司会者
配偶者 あり
主な作品
テレビ
全日本有線放送大賞
2時のワイドショー
ラジオ
ありがとう浜村淳です

目次

来歴編集

京都府京都市出身[4]。養父母に育てられる。京都市立旭丘中学校京都府立山城高等学校を経て、同志社大学文学部卒業俳優田村高廣小説家弁護士和久峻三阪神タイガース元監督の吉田義男は高校の先輩、俳優の山城新伍、元サッカー選手(日本代表)の釜本邦茂毎日放送 (MBS)元アナウンサーの野村啓司シンガーソングライター尾崎亜美は、高校の後輩である。また、オリコン創業者で前社長の小池聰行とは大学の同じゼミナールに所属していた。

大学在学中、京都市のクラブベラミアルバイト司会者として、音楽解説や映画紹介を手がけ、話芸を磨いた[5]。芸能界入りをめざし、一旦上京したが、親に反対され大阪に戻った。

大学卒業後、靴下メーカーの宣伝部で働きながら司会業を続けていた時に渡辺プロダクションの社長・渡辺晋に声をかけられ、ふたたび上京。本格的にタレント活動を始めた。所属事務所は渡辺プロダクション(1957年-1964年)→吉本興業昭和プロダクション。東京の渡辺プロ所属時代は、事務所の後輩であるザ・ピーナッツたちと同様、渡辺宅に下宿しながら司会業をこなしていた。また吉本興業所属の時期にはポケットミュージカルス吉本新喜劇にも出演した。

1974年からMBSラジオの『ありがとう浜村淳です』のパーソナリティを担当している。近畿以外の他地域では、NHK総合テレビの『ゲーム ホントにホント?』にレギュラーパネリストとして出演していたことで知られるが、その後はフジテレビの『夕やけニャンニャン』を最後に、特番や番組のゲスト出演など滅多なことがない限り仕事をしていない。

芸能人としては初めて、国立大学和歌山大学経済学部)の講師となった[4]1994年追手門学院大学文学部講師として再び教壇に立った[4]

受賞歴編集

芸風編集

「浜村節[2][5]」と評される独特の話芸で知られる。浜村はクラブ司会者の頃、宮田輝高橋圭三西条凡児徳川夢声8代目桂文楽5代目古今亭志ん生などを手本にしたという。

芝居の節回しを使い(「さてなさん(聞いて下さい)」(にアクセント)、「ゴいんです、ゴいんです。何がゴイかと言いますと…」など)、捲くし立てるような連呼の後に「…と、いうような」と、巧みな緩急をつけるのが特徴。映画やニュースを解説する際は、話題のキーワードにちなんだ雑学(映画に関するものが多い)を織り込むなど、豊富な教養と大仰な煽りを駆使し、「遠回りしながら」語る。また、「○○でしょうか? いえ、そんな事はありません!」などという反語的言い回しを多用する。

怪談の語り手としても知られ、『サタディ・バチョン』では「意外にも、反響が大きかった」「みんな布団をかぶりながら聴いていたらしい」と回想している[5]

評論書を複数上梓するなど(後述)、映画に極めて詳しく、また落語などの古典芸能にも精通する(1959年3代目桂春団治の襲名披露を客席から観覧していた)一方で、芸能関係では若手芸能人についての知識不足を露呈することがある。

番組の中で川柳をよく話題にしている。

映画評論家として編集

浜村の映画解説の仕方は独特で、映画の内容を詳細にわたって、ラストシーンはおろかエンドロールに至るまで言及してしまうため、これから映画を観ようとしている人も必然的にストーリーを知ってしまうことになる。また、アクション映画の解説の際には、邦画・洋画を問わず必ず「必殺飛燕一文字五段蹴り!」という掛け声を入れる。これらの解説はあらかじめ用意された台本などを読んでいるのではなく、完全なアドリブである。こういった特徴ある映画解説は、一つの芸と見なされてCD化もなされている。

映画のパンフレットを1枚見ただけでも長時間話すことが出来る。毎日放送の映画劇場にて『マイク・ザ・ウィザード』の解説を行った際に「それではアメリカの、お金のかかった凄い凄いSFXをたっぷりとご覧いただきましょう」と語ったが、この映画は監督のマイク・ジトロフによるホームメイドテイスト溢れる自主映画に近い存在の作品で、SFXは古典的なコマ撮りをメインにした内容である。このことから分かるように、実際は解説している作品全てを観ているわけではなく、ラジオなどで解説した内容と、実際の映画の内容が違うということはよくある。

浜村の映画解説は、面白くないと感じた映画のことについては、一切語らないというスタンスを取っている。なお、嫌いな映画としては『バットマン』を挙げている。理由は“背景も暗ければ、ストーリーも暗いから”とのこと。また、殺人を賛美、及び、誘発する等のような映画であるとして、『バトル・ロワイヤル』や『13日の金曜日』なども嫌っている。

浜村の講談調で語られる映画解説について落語家の笑福亭鶴瓶は、浜村が語る映画紹介は本編より面白く、魅力ある語りである事を賞賛している。一方で浜村当人としては「自分の拙い喋りなどより実際の映画の方がよほど面白い」というスタンスをとっている。

人物編集

学生時代から親交のあるバンドマンやシンガーからは、本名をもじった「まこチャン」と呼ばれることがある。和田アキ子とはバンド下積み時代からの親交があり、「和田アキ子」「まこチャン」と呼び合う。いしだあゆみ(本名・石田良子)を「ヨシコちゃん」と呼ぶ。オレンジ・ヒル森高茂一森高千里の父)とはジャズ喫茶時代からの友人。

「芸能人に年齢を尋ねるのは無粋」とのポリシーから、インタビュー等では年齢を聞かないと同時に自らの年齢についても進んでは語らない。ラジオで年齢を言う時は決まって38歳(嘘の三八から)である。人から年齢を聞かれると「アラン・ドロンと同じです」とだけ答え、相手がなおドロンの年齢を聞き返してくる場合は、「私と同じです」と答える。

ディベートに関しても高度な技術を持っている。

宝塚歌劇団ファンとしても知られており、自身のラジオ番組に現役のタカラジェンヌをゲストに招くこともある。また、第1回宝塚歌劇検定を受験し、そのときのレポートがTAKARAZUKA SKY STAGEのニュースで紹介された。

「MBS」を「毎日放送」と言い換えることが多い。

暑いのは平気だが、寒いのは苦手。

作品編集

書籍編集

[6]

CD編集

参加作品については下記「出演」節参照

ゲーム編集

出演編集

テレビ編集

ラジオ編集

金曜日のリスナーズ・チョイス「小西克哉のブラボーシネマ」の映画紹介で不定期出演。

ドラマ編集

映画編集

音楽作品編集

CM編集

その他編集

  • 赤穂観光大使 - 2009年より兵庫県赤穂市において催される赤穂義士祭の忠臣蔵パレード総合司会を担当。


脚注編集

  1. ^ a b c 浜村, 淳, 1935- 国立国会図書館典拠データ検索・提供サービス
  2. ^ a b 出演者プロフィール MBSラジオ『ありがとう浜村淳です』公式サイト
  3. ^ 浜村淳(はまむらじゅん) ザ・テレビジョン「スタスケ」
  4. ^ a b c 浜村 淳 昭和プロダクション
  5. ^ a b c やきそばかおる【ラジオな人】祝45年目!MBSラジオ『ありがとう浜村淳です』映画、音楽、時事ネタを語り続ける浜村淳さん【後編】』 radiko news、2018年6月7日。文中浜村は、ライブバーの要素があったベラミをジャズ喫茶と定義している。
  6. ^ 「浜村淳」に一致する資料の検索結果 国立国会図書館サーチ

関連項目編集

  • 大平サブロー - 浜村のものまねをすることで有名。『オレたちひょうきん族』などでよくものまねをしており、同番組で共演した事もあった。サブローのものまねは、浜村本人公認である。『ありがとう浜村淳です』の浜村の代役をすることもある。

外部リンク編集