立川バス株式会社(たちかわバス)は、本社を東京都立川市高松町2丁目27番27号[2]に置くバス会社である。小田急グループに属し、小田急電鉄連結子会社である。

立川バス株式会社
Tachikawa bus co. ltd.
立川バス本社
立川バス本社
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 立川バス,TBK
本社所在地 日本の旗 日本
190-0011
東京都立川市高松町2丁目27番27号 TBK第1高松ビル
北緯35度42分13.7秒
東経139度25分8.4秒
座標: 北緯35度42分13.7秒 東経139度25分8.4秒
設立 1929年10月
業種 陸運業
法人番号 4012801000850
事業内容 一般乗合旅客自動車運送事業
一般貸切旅客自動車運送事業
特定旅客自動車運送事業
旅行業
不動産業・不動産賃貸業
代表者 代表取締役社長 菅澤 一郎
資本金 2億円
純利益 8822万6000円(2020年03月31日時点)[1]
純資産 20億8445万3000円(2020年03月31日時点)[1]
総資産 52億4629万1000円(2020年03月31日時点)[1]
主要株主 小田急電鉄 38.3%(間接所有を含めると81.1%)
他、個人株主、個人商店
外部リンク https://www.tachikawabus.co.jp/
特記事項:小田急電鉄の連結子会社
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立川バスの一般路線仕様

2000年から2018年まで、一部路線が分離子会社のシティバス立川へ移管されていたが、再統合により全路線が立川バスの運行となっている。

概要編集

一般路線バス東京都多摩地域北多摩中西部(立川市国立市武蔵村山市東大和市昭島市小平市国分寺市)、西多摩東部(福生市羽村市瑞穂町)で運行しており、一部埼玉県入間市所沢市まで乗り入れている。立川駅玉川上水駅国立駅箱根ケ崎駅拝島駅昭島駅矢川駅谷保駅福生駅羽村駅花小金井駅東中神駅国分寺駅西武立川駅などが運行拠点である[3]

空港連絡バス高速バス(2018年6月まで子会社のシティバス立川が担当)、および観光バスの運行、特定輸送も行なっている。

車両総台数は219台(国交省、移動円滑化基準適用除外認定車両を除く)、うちノンステップ車は200台である(2017年3月31日現在)[4]

バス以外での業種は、TBKビルでの不動産業旅行業、清掃請負業などがある。

沿革編集

立川バスは1929年に前身である立川自動車運輸として創立され、翌1930年には路線の運行を開始した。当時の運行区間は、立川(立川駅北口) - 宮沢 - 拝島(現・拝島大師付近)と立川 - 村山 - 箱根ケ崎である。本社は立川町字吾妻町(現・立川市曙町二丁目)におかれた。拝島線は現在とほぼ同じ経路であるが、村山線の方は当時の道路状況から、旧立川飛行場付近で現在と一部異なっていた。

立川自動車運輸は1937年に五日市鉄道の傘下に入ることになる。なおこの「五日市鉄道」とは、現在のJR五日市線拝島駅 - 武蔵五日市駅[注釈 1]を経営していた会社であるが、1930年 - 1944年は立川 - 拝島間に青梅電気鉄道(現:JR青梅線)と別の線を持っていた。この路線と立川自動車運輸の拝島線がほぼ並行していたことが買収を行った理由である。

五日市鉄道傘下となった後、立川自動車運輸は五日市鉄道沿線とさらに奥へ、拝島 - 牛浜 - 平井 - 五日市、五日市 - 檜原本宿、五日市 - 養沢について免許申請を行っている。しかし、この区間は五王自動車(現・西東京バスの五日市エリア付近)の既存区間であり、戦時中で不要不急という判断から、却下された。

1940年、南武鉄道(現在のJR南武線)が五日市鉄道を合併し、それと同時に立川自動車運輸も南武鉄道の傘下となった。その際南武鉄道も川崎市溝口にバス路線を有していたため、同社の路線は立川自動車運輸に引き継がれた(溝口営業所)が、まもなく軍需輸送上の国策によって南武鉄道と青梅電気鉄道は国有化の矢面に立たされ、結局、1944年4月に両社は国に買収され、南武線、青梅線となる。なお、被買収企業はしばらく会社の解散をせず、南武鉄道も立川自動車運輸など子会社の管理と関連事業を経営するために存続した(現在の太平洋不動産)。

1947年に立川自動車運輸は現在の立川バスに社名を変更し、再スタートをきった。開業以降、ほとんど路線の新設・改変もなかった立川自動車運輸だったが、この年に奥多摩振興(現在の西東京バス青梅営業所が相当)より路線を買収することで、路線の拡充が始まることとなる。そのときの区間は、国分寺 - 拝島、拝島 - 小荷田等の4区間であり、これにより砂川や国分寺なども営業エリアとすることとなった。

1951年には川崎市より川崎市北部地区の路線を整備するため、溝口営業所の路線を買収したいとの要請があった。この交渉がまとまり、同営業所は川崎市交通部(当時。現:川崎市交通局)に譲渡された。引き継がれた路線は以下の4線である。

1950年(昭和25年)8月に小田急電鉄の傘下となり、小田急グループの1社となった[5]。これを機に、立川バスはその営業域の拡充をさらに押し進めることとなった。しかし、昭和30年代には多摩地域でのエリア分けが一段落しつつあったので、新規開業路線は他社との相互乗り入れという形で進められた。その例として、五王自動車(現・西東京バス)との相互乗り入れによる立川駅北口 - 福生 - 五日市線等が挙げられる。一時期は埼玉県所沢市北野地区へも路線を延ばしていた。

昭和40年代から50年代にかけては路線の整理が行われるようになる。立川バスに限らず都内のバス路線は、それまでエリア拡大のために他事業者との相互乗り入れ路線を多数持っていたが、交通渋滞やそれに伴う乗客の減少などによりメリットよりデメリットが多くなってきた。このことから、各事業者とも長距離路線を短縮し、自社のエリア内のみを走る路線にまとめていくようになった。これと同時に、鉄道の速度が上がっていったこともあり、鉄道と完全に並行する路線は分割され、隣接する駅の間を補完する性格の路線に転化させるか、廃止させる方向に向かっていった。それと同時に多摩の各市には大規模な団地造成が行われ、立川バスも他社と同じく団地輸送路線を次々と新設した。

営業域の拡充と整理の傍らで、1951年から立川バスが所有する観光バスの車体に「サザエさん」の登場人物を描き「サザエさん観光」として運行していたが、許可を得ていなかったとして1970年に作者の長谷川町子から使用差し止め要求があり、裁判の結果、立川バスは長谷川へ損害賠償金を払う結果となった(サザエさんバス事件)。

1976年に立川基地が返還され、立川駅北西部の跡地を新たに使用することができるようになった。そこで、この跡地に道路および施設が整備された。まず、高松町一丁目から基地跡沿いに北に進む道路(南北)が整備された。その後、曙町一丁目から泉町まで滑走路を転用した道路が新造され、その道路沿いに防災センターが新設された。これに伴い、立川バスも箱根ヶ崎線の一部が新道経由となり、砂川循環線(現在は廃止)・防災循環線などが新設された。その後立川消防署・立川警察署国立立川病院の移転に伴い、立川消防署循環線なども新設され、さらにルートの一部も変更されている。

1993年には「TAMAらいふ21」のイベントが長期間にわたって開催され、立川基地跡の北西部(窪方停留所付近)に簡単な遊園地が作られたり、昭和記念公園でもステージが行われたりした。立川バスも期間中に立川駅北口 - TAMAらいふ会場間に臨時バスを運行した。

また1991年より、空港連絡バス・夜行高速バス(神戸線シャルム号)の運行が開始された。1990年 - 1998年には深夜急行バス運行の実績がある。

1998年11月27日には多摩都市モノレール立川北 - 上北台間に営業を開始した。これにより村山団地線・芋窪線・芝中団地線・南街線などが多摩都市モノレール線と競合することになり、上水営業所担当路線を中心に大幅な路線改変が行われた。さらに、2000年1月10日のモノレール延伸開業に合わせる形で全営業所の路線改変(一部路線は1999年11月に先行実施)が行われた。

立川駅 - 玉川上水駅間は主力路線の村山団地線と並行しており、通勤通学客の多くがモノレールに移行した影響は大きかった[6]少子高齢化などにより他地域の不採算路線をカバーしていた主力路線が大幅減収となったため、同社は企業再生の対象となり自主再建の道を選択した[6]

企業再建策として、2000年4月1日には分社化と不採算路線の管理受委託制度を開始し、子会社としてシティバス立川を設立。拝島営業所内にシティバス立川拝島営業所を置き、同年10月1日より福生団地線を移管、4路線の運行を委託した[6]。また9月30日をもって国立営業所を閉鎖し3営業所体制とするなど、再建に向けてさまざまな経営合理化が行われた[6]。さらに2008年11月には、高速バス路線と田中町団地線もシティバス立川に移管した[6]

その後2000年代に入り、立川駅周辺の再開発による発展、日産自動車村山工場跡地のダイヤモンドシティ・ミュー(現:イオンモールむさし村山)開業、宗教施設「真如苑応現院」の進出などが後押しし、企業再建は着実に進んだ[6]。2006年には応現院シャトルバス輸送のため、曙営業所が新設されている[6]

2018年7月1日、福生営業所を開設し、拝島営業所および瑞穂営業所を閉鎖。両営業所の機能は福生営業所に統合され、担当路線は移管された。同時にシティバス立川を吸収合併し、同社担当路線はすべて立川バスが運行することとなった[7]

営業所編集

各営業所の担当路線の詳細は、営業所の記事を参照のこと。現行営業所・廃止営業所ごとに開設年順。

現行営業所編集

廃止営業所編集

  • 高松町営業所
    • 東京都立川市高松町に所在
    • 1950年開設[8]
    • 立川バス最初の営業所。1950年に本社を高松町へ移転し、同時に本社併設の営業所として開設[8]
  • 溝口営業所
    • 川崎市高津区に所在
    • 1950年開設[8]
    • 1952年、川崎市交通局に譲渡されて廃止[8]
    • 詳細は「川崎市交通局#廃止された営業所」を参照。
    • 立川自動車運輸が五日市鉄道に買収され、さらに五日市鉄道が南武鉄道に買収される。戦時統合により鉄道路線が国有化され、南武鉄道のバス溝口営業所が立川自動車運輸に引き継がれた。
    • 戦後の1950年に立川バスに譲渡され、1952年に川崎市交通部(現:川崎市交通局)が買収し、川崎市バス溝口営業所とした。
    • 所在地は武蔵溝ノ口駅溝の口駅の駅前だったが、川崎市バス溝口営業所となってから、駅前の敷地が手狭なため移転している(その後廃止)。
  • 砂川営業所
    • 東京都立川市に所在
    • 1954年開設[8]。廃止時期不明。
    • 戦後の路線・車両の増加にともない、本社併設の高松町営業所が手狭になったため開設された。
    • 1990年代まで営業を続け、末期は高速バス・貸切バスの営業所となっていた。
    なお立川バスでは、1991年2月に空港連絡バス、同年4月に夜行高速バス立川 - 神戸線「シャルム号」に参入している[5]
    • その後、拝島営業所に統合されて廃止された。
  • 拝島営業所(記号:H
    • 東京都昭島市拝島町3丁目15番4号[9]
    • 1963年開設[8]
    • 閉鎖時の担当路線:すずかけ循環線、拝島本線、昭島線、立川・東中神線、大山団地線、東中神北循環、松中線、砂拝線、堀向線、拝島循環、堀向線、昭島・福生団地線、音高線・郵政循環、富士見町団地線、立川南口線、Aバス(昭島市コミュニティバス)
    • シティバス立川拝島営業所が敷地内に併設されていた[9]
    • 瑞穂営業所と統合し、福生営業所へ移行したことにより閉鎖。
    • 営業所廃止後も拝島操車場として使用され「拝島操車場」バス停留所も現存する。
  • 国立営業所(記号:K
    • 東京都国立市谷保3158-3
    • 1966年、国立操車場として開設[8]
    • 1970年、国立営業所に昇格[8]
    • 2000年9月30日をもって廃止、上水営業所国立操車場となる
    • 国立地区の路線拡充にともない、操車場として暫定開設後、営業所に昇格した。多摩都市モノレール開業の影響による経営合理化と路線再編により廃止。管轄路線は上水営業所と拝島営業所に移管された。
    • 営業所廃止後も国立操車場として使用され「国立操車場」バス停留所も現存する。
  • 瑞穂営業所(記号:M
    • 東京都西多摩郡瑞穂町箱根ケ崎字池廻り640-1[9]
    • 1989年開設(当初は拝島営業所瑞穂支所)[5]
    • 閉鎖時の担当路線:箱根本線、市民会館線、瑞穂営業所線、三ツ藤線、立川イオン線、立川消防署線、昭島・箱根ヶ崎線、昭島・IHI線、瑞穂線、団地東線、長岡線、長岡循環線、羽村高校線、武蔵村山市内循環(MMシャトル)
    • 拝島営業所と統合し、福生営業所へ移行したことにより閉鎖。
    • 閉鎖後に「瑞穂営業所」バス停留所は「岩蔵街道入口」に改称された。

高速バス路線編集

1991年空港連絡バス夜行高速バスシャルム号」(2009年撤退)を運行開始して高速バス事業に参入。2008年より高速バス路線の運行はシティバス立川へ移管されていたが、2018年のシティバス立川の吸収合併に伴い、立川バス本体へ再移管された。

  • 1991年
    • 2月 - 立川 - 成田空港線を運行開始、高速バス路線に参入。
    • 4月 - 玉川上水・立川 - 神戸線「シャルム号」を運行開始。初の夜行高速バス参入。
  • 2000年7月 - 拝島営業所・立川 - 羽田空港線を運行開始。
  • 2008年11月16日 - この日をもって高速バス・空港連絡バスの運行がシティバス立川へ移管される。
  • 2009年5月13日 - この日の出発便を最後に、シティバス立川が「シャルム号」から撤退。
  • 2013年11月22日 - 中央高速バス立川飯田線を運行開始[11]
  • 2016年9月16日 - 立川飯田線で運行系統の見直しを実施。
  • 2018年7月1日 - シティバス立川の消滅に伴い、高速バスが立川バスへ再移管(福生営業所が担当)。

高速バス (現行路線)編集

 
空港連絡バス羽田線(2006年、立川パレスホテル前)

<>内は共同運行会社。括弧内は一部便のみ停車。

空港連絡バス編集

2008年11月16日、上記の空港連絡バス2路線が立川バスから移管された。

2017年4月28日に羽田空港線でダイヤ改正が行われ、新たに一部便で国立駅・谷保駅への停車が開始された[12]

立川 - 飯田線編集

2013年11月22日中央高速バスの路線(昼行便)として「立川飯田線」が運行開始された[13]。当初は、京王バス・立川バスが各一日2往復、伊那バスが一日2往復、合計一日4往復で運行されていた。また京王バスは南大沢駅発(八王子工業団地経由)、立川バスと伊那バスは昭島駅経由で拝島車庫が終点であった。

2016年9月16日に運行系統の見直しを行い、南大沢駅・八王子工業団地・拝島車庫の停留所が廃止された(この時点ではまだ一日4往復が維持されていた)[14]

その後、3社が各一日1往復に減便され、一日3往復となっている。

高速バス (廃止路線)編集

夜行高速バス「シャルム号」編集

 
神戸行き「シャルム号」の車両(2007年、立川駅北口)

1991年4月より夜行高速バス立川 - 神戸線「シャルム号」(玉川上水・立川 - 神戸三宮・垂水・舞子)を運行開始。立川バスとしては初となる夜行高速バスへの参入であった。山陽電鉄バス(当時)との共同運行。「シャルム号」は立川バス側の愛称で「シャルム」はフランス語で「魅力」を意味する。

2009年5月13日をもってシティバス立川が撤退。撤退後は、南海バスが運行し立川バスが運行支援をしてきた立川 - 京都・大阪線(立川バス拝島営業所、玉川上水駅南口、パレスホテル立川、立川駅北口-京都駅八条口、南海なんば高速バスターミナル、湊町バスターミナル、JR堺市駅前、南海堺東駅前、南海堺駅前)と、「シャルム号」を統合した立川 - 京都・大阪 - 神戸線へと移行し、南海バスと山陽電鉄バス(2011年3月1日以降は山陽バス)による運行となった。山陽バスでは「レッツ号」の愛称を用いている。立川バスは撤退後も引き続き運行支援を行っていたが、同路線の予約・乗車券発券業務は行っていない。

「シャルム号」の撤退により、立川バスの夜行高速バス便は消滅した。

車両編集

概説編集

大型路線車は日野自動車いすゞ自動車三菱ふそう製、中型路線車は三菱ふそうといすゞ自動車製、小型路線車は日野自動車と三菱ふそう製、高速車・観光車は日野自動車、三菱ふそう製を導入している。特定輸送用にトヨタ自動車マイクロバスが導入されている。

過去には1960年代には日野、2000年代前半までは日産ディーゼルの車両も一部使用されたほか、日デや三菱、いすゞでは首都圏で少数派であった前後引戸の扉配置を採用していた。また過去には川重車体架装の大型観光車が導入されていたほか、近年まで7m車のガーラ[要曖昧さ回避]を所有していた。[要出典]

いすゞの大型路線車は、過去には純正車体のIKコーチ製架装車体と富士重工業製架装車体の両方が導入されていたが、エルガにモデルチェンジされてからは全てジェイ・バス製の純正車体で導入されている。中型路線車も同様に車体メーカーがIKコーチ製と富士重工業製のものが混在していたが、エルガミオの導入以降は大型車とともに純正車体での導入となっている。

三菱ふそう車は、高速車・観光車はエアロクィーン・エアロエース、大型路線車の三菱ふそう・エアロスターおよびエアロスター-S、中型路線車・中型長尺車のエアロミディMK、小型車のエアロミディMEが在籍する。また昭島市コミュニティバス「Aバス」用にローザを使用している。過去には呉羽車体製の車両を採用し、UDトラックスのバス製造事業撤退以前はスペースランナーRAのOEM供給車であるエアロスター-Sを導入するなど、小田急バスとは異なる車種を導入していた。

日野車は大型路線車が最近まで在籍していなかったが、現在は数十年ぶりの大型路線車そして同社初の大型ハイブリッドバスとしてブルーリボンハイブリッドが導入されている。しかし小田急バスに導入されたHU系ブルーリボンシティハイブリッドと異なりHL系となるこのバスのボディはいすゞエルガと共通化されており、外観上の違いはハイブリッド機構とHybridの文字だけである。なお、この車は立川バス一般路線車として初めて客席にモバイル機器の充電用USB端子が備え付けられている。 中型長尺車は後述の「エルガJ」としていすゞブランドの車両のみが導入されている。小型車両はコミュニティバス用としてポンチョ(2代目)を広く導入し、過去にはくるりんバスくにっこ初代ポンチョを使用し、MMシャトルぶんバスではリエッセも使用していた[注釈 2]。コミュニティバス車両は委託元の自治体により仕様の違いがあり、2代目ポンチョはショートボディ、ロングボディの両方を導入している。大型高速・貸切車としてはセレガ、中型貸切車としてはメルファを導入している。

トヨタ車は、コースターハイエースが貸切・特定車として導入されている。

小田急電鉄の傘下入り以降、初期のノンステップバス専用カラー(の模様が描かれていたため「木バス」と呼ばれていた)などを除き、小田急バスとほぼ同一のカラーになっている(細部の塗り分けが異なる)。高速バスにはリラックマ仕様や復刻塗装を除き小田急グループ統一カラーが用いられる。車両は小田急グループマテリアルズを介して購入され、小田急グループ各社で仕様の統一を図ることによるコスト削減を図っている。

いすゞ・エルガJ編集

 
いすゞ・エルガJ(H407)
2009年、立川駅北口にて撮影

過去の特徴的な車種として、日野・レインボーHRのOEM供給車であるいすゞ・エルガJが8台在籍していたが、2015年3月までに全車が除籍され、さよなら運転も行われた[15]

エルガJは供給量が非常に少なく、立川バスは全国最大のユーザーであった(首都圏ではその他、京成バス市川営業所に2台導入されている)。除籍後の車両は熊本電気鉄道道南バスへ移籍している。


社番編集

一般路線車の社番は、営業所記号(アルファベット1〜2文字)と、1〜3桁の固有番号で表記される[16]

J 780
営業所 固有番号
  • 営業所
    • アルファベット記号は、#営業所を参照。
  • 固有番号(百の位)
    • なし:小型車(メーカー不問、1〜2桁)
    • 1:日野中型・大型(在籍なし)
    • 2:三菱ふそう中型・中型長尺(固有番号251〜)
    • 3:いすゞ中型
    • 4:いすゞ中型長尺(2015年3月に全廃)、日野大型ハイブリッド車
    • 5:日産ディーゼル大型(2004年に全廃)
    • 6・7:いすゞ大型
    • 8・9:三菱ふそう大型(日産ディーゼルからのOEMを含む)

上記の付番法則により、J780は上水営業所所属のいすゞ大型車ということになる。

なお、600・800番は欠番となる。このため、M999の次はM801となり、M800は存在しない。

コミュニティバス用などの小型路線車は、メーカーにかかわらず1〜2桁の固有番号となる。

貸切車・高速路線車・特定輸送車は、営業所記号は付与されず、4桁の固有番号のみとなる。(1000・1200番台:特定輸送車、1100番台:貸切車、2000番台:高速路線車)

廃車車両の譲渡編集

立川バスで役目を終えた車両は海外や全国の地方事業者に譲渡されている。2000年代に入り首都圏が排出ガス規制強化地域に指定され、車両の使用可能期間が短くなったことなどから、近年では国内地方の事業者に退役車両を多数供給するようになった。

主な譲渡先は、くしろバス北海道中央バス岩手県交通宮城交通茨城交通関東自動車北鉄奥能登バス広島バス佐世保市交通局いわさきグループなどである。

エルガJについては熊本電気鉄道熊本都市バス道南バスに譲渡された。

リラックマとのタイアップ編集

2007年8月から拝島営業所の大山団地線において、サンエックスのキャラクターリラックマをあしらったラッピングバス「リラックマバス(1号車)」が運行された。

2006年から2007年当時、若年層の乗客離れが深刻な状態となり、沿線に観光資源がない通勤特化型の立川バスは「乗りに来てもらう」「バスをテーマパークに」という当時在籍した若手社員らのアイディアで、立川バス=リラックマバスのイメージを認知するために始まったのがのラッピングバスだった。実施に当たってはかつてのサザエさんバス事件の教訓もあり、事前に版権元のサンエックスの許諾・承認手続きが取られている。

外装は元よりシートにもリラックマが描かれ、前面の行先表示にもリラックマやキイロイトリが表示されるようになっている[17]。この「リラックマバス(1号車)」は同年11月から上水営業所に移籍し、現在は国立地区(上水営業所所轄)での運行となっている[17]

その後、2009年11月より水色の「リラックマバス2号車」がデビューし、若葉町団地線(同じく上水営業所所轄)にて運行を開始した[18]

現在、この「リラックマバス」は5台存在し、ボディカラーは1号車がイエロー(福生営業所所属の三菱ふそう・エアロスターS)、2号車がスカイブルー(上水営業所所属のいすゞ・エルガ)、3号車がブルーベースのスペーシーなデザインカラー(福生営業所所属の三菱ふそう・エアロスター)、4号車がグリーン(上水営業所所属のいすゞ・エルガミオ)、新4号車がピンクベースのいちごなどをあしらったりしたカラー(上水営業所所属の三菱ふそう・エアロスター)、5号車が水色(立川地区~羽田空港間のリムジンバス)となっており、立川バスの運行エリア全域で運行している[19]

初代1号車は2013年3月で代替わりとなり、新旧の1号車同士が2013年3月9日開催の「立川バスファン感謝祭」で並んだ。また旧3号車は上水営業所から瑞穂営業所への転属により、リラックマにちなみナンバープレートが「5656(ゴロゴロ)」となっている。[注釈 3]5号車も同じく、ナンバープレートが「5656(ゴロゴロ)」となっている[注釈 4]

また2015年3月から、同じサンエックスのキャラクターすみっコぐらしをあしらった「すみっコぐらしバス」を登場させた。

参考文献編集

  • バスジャパンニューハンドブックシリーズ 31 小田急バス 立川バス』BJエディターズ/星雲社、2000年8月1日。ISBN 4-7952-7796-6
  • 『バスジャパンハンドブックシリーズ R65 小田急バス 立川バス』BJエディターズ/星雲社、2008年9月1日。ISBN 978-4-434-11565-3
  • バスラマ・インターナショナル 125 バス事業者訪問 No.145 立川バス』ぽると出版、2011年4月25日。ISBN 978-4-89980-125-2
  • 『バスジャパンニューハンドブックシリーズ S98 小田急バス 立川バス』BJエディターズ/星雲社、2018年5月1日。ISBN 978-4-434-24614-2

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 当時は武蔵五日市駅 - 武蔵岩井駅もあった。
  2. ^ 武蔵村山市内循環バスのリエッセはリース車両で車椅子用リフトなし。ぶんバス西町ルート専用車のリエッセ(J30号車1台のみ)は共同受託の京王バス中央の車両と同様にCNG車であった。いずれも除籍済。
  3. ^ 所属変更の際にナンバープレート管轄エリアが多摩から八王子に変更されたことによるもの。
  4. ^ 5号車は2016年に用途変更で立川飯田線の高速バスに転用され、貸切車の復刻塗装に変更されたためリラックマバスではなくなっている。

出典編集

  1. ^ a b c 立川バス株式会社 第134期決算公告
  2. ^ a b c d e 会社情報 立川バス公式サイト
  3. ^ 路線図”. 2018年12月3日閲覧。
  4. ^ ノン77ステップバス導入率が高い事業者ベスト30 (PDF, 国土交通省)
  5. ^ a b c d e f g h バスジャパンニューハンドブックシリーズ 31 小田急バス 立川バス』BJエディターズ、2000年8月1日。ISBN 4-7952-7796-6
  6. ^ a b c d e f g バスラマ・インターナショナル 125 バス事業者訪問 No.145 立川バス』ぽると出版、2011年4月25日。ISBN 978-4-89980-125-2
  7. ^ 社名変更のお知らせ (PDF) - 立川バス公式サイト、2020年2月22日閲覧
  8. ^ a b c d e f g h i j バスジャパンハンドブックシリーズ R65 小田急バス 立川バス』BJエディターズ、2008年9月1日。ISBN 978-4-434-11565-3
  9. ^ a b c d 立川バス 会社情報 2018年7月1日以前の営業所一覧・関連会社。2018年6月20日閲覧。archive.isウェブアーカイブ
  10. ^ a b c d バスジャパンニューハンドブックシリーズ S98 小田急バス 立川バス』BJエディターズ、2018年5月1日、50頁。ISBN 978-4-434-24614-2
  11. ^ 2013年11月22日から 新しく「南大沢・立川~飯田線の運行を開始します 京王電鉄ニュースリリース、2013年10月31日
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  13. ^ 2013年11月22日から 新しく「南大沢・立川~飯田線の運行を開始します 京王電鉄ニュースリリース、2013年10月31日
  14. ^ 高速バス 立川 - 飯田線 運行時刻表 平成28年9月16日改正 京王バス・西東京バス バスナビ.com
  15. ^ 立川バスさよなら運転【第7弾】エルガJ さよなら運転 いすゞエルガJ さよなら運転を実施します 2015年2月26日、立川バス公式サイト、2018年6月12日閲覧。 (PDF)
  16. ^ 『BJハンドブックシリーズ R65 小田急バス・立川バス』BJエディターズ/星雲社、2008年、p.33。ISBN 978-4-434-11565-3
  17. ^ a b 立川バス株式会社 (2008年11月16日). “リラックマバスNEWS”. 2009年1月12日閲覧。
  18. ^ 立川バス株式会社 (2009年11月18日). “リラックマバスNEWS”. 2009年11月25日閲覧。
  19. ^ 「立川バス、リラックマバスを4台に増車。路線全域で運行へ」『バスラマ・インターナショナル』第133号、ぽると出版、2012年9月、 p.9。

関連項目編集

外部リンク編集