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昌子 源(しょうじ げん、1992年12月11日 - )は、兵庫県神戸市北区出身のプロサッカー選手[2]リーグ・アントゥールーズFC所属。日本代表ポジションディフェンダー(センターバック)[2]

昌子 源 Football pictogram.svg
Gen Shoji.jpg
昌子源(2018年7月)
名前
カタカナ ショウジ ゲン
ラテン文字 SHOJI Gen
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1992-12-11) 1992年12月11日(26歳)
出身地 兵庫県神戸市北区[1]
身長 182cm
体重 76kg
選手情報
在籍チーム フランスの旗 トゥールーズFC
ポジション DF (CB)
背番号 3
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2011-2018 日本の旗 鹿島アントラーズ 157 (8)
2019- フランスの旗 トゥールーズ 18 (0)
代表歴2
2015-  日本 18 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2019年5月25日現在。
2. 2019年6月9日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

来歴編集

プロ入り前編集

小学生時代にフレスカ神戸でサッカーを本格的に始める[2]。入団当初のポジションはフォワードであった[2]。 中学生になると、ガンバ大阪ジュニアユースに入団してプレーを続ける[2]。当時のチームメイトに宇佐美貴史大森晃太郎がおり、中学1年時は共に同じピッチに立ってプレーをしていた[2]。中学2年に入る頃に膝を負傷し、満足にプレーできない日々が続いた[3]。 中学3年の途中でG大阪のジュニアユースを退団し、しばらくサッカーをしない空白期間があった。当時JFAのB級ライセンス受講者を対象としたインストラクターを務めていた父にインストラクターのアシスタントとして講習会に参加していた米子北高校サッカー部のコーチの中村真吾は進路が決まっていなかった昌子の練習参加を提案。当初昌子自身は高校でサッカーを続ける意思は無かったが、練習参加がきっかけとなり、米子北高校へ進学し、新たなスタートを切った[4]。しかし、大型フォワードとして期待されて入学したものの、満足に試合に出られない日々が続いていた。1年の夏に当時JFLのガイナーレ鳥取との練習試合で味方DFが負傷した際に、たまたま監督の真横に座っていたFWの昌子に声がかかった。そしてコートジボワールの世代別代表経験を持つ5歳上のFWコン・ハメドを相手に堂々とプレーしたため、監督の城市よりセンターバックへのコンバートを命じられ、サッカー選手としての大きな岐路に立つこととなった[3]。昌子は当時の心境について「最初は本当に嫌だった。FWをやらせてくれよとずっと思っていた。でも、監督やコーチからは『絶対にFWはやらせない』と言われて、高校2年にあがる時には、CBを真剣にやらないと試合に出られなくなると思って、取り組むようになった」と述べている[3]。 気持ちを切り替えた昌子は次第にレギュラーとして定着し、経験を積む毎にCBとしての才能を開花させていった[5]。2010年4月、高校3年に上がる頃にはU-19日本代表候補として招集されるまでに成長し、神戸合宿に参加、ヴィッセル神戸との練習試合に出場する[6]。しかし、この試合で目立った活躍を見せられなかった昌子は代表候補から落選することとなる[6]

鹿島アントラーズ編集

挫折を経験して自身の武器であったフィジカルとキックにさらに磨きをかけるようになり、2011年、柴崎岳梅鉢貴秀土居聖真らとともに鹿島アントラーズへ入団した[2][7]。2014年のリーグ戦では自身初の全試合出場を果たし、Jリーグ優秀選手賞を獲得した。

2016年、12月3日のチャンピオンシップ決勝・浦和レッズ戦ではセンターバックとして守備陣を支えて優勝に貢献した[8]。開催国代表として挑んだFIFAクラブワールドカップではディフェンスの中心としてプレーし、世界2位に貢献した守備力が評価された[9]

2017年4月30日のサガン鳥栖戦で茨城県立カシマサッカースタジアムの公式戦通算800点の得点を決めた。

2018年、6月に行われたロシアW杯ではJリーグ組唯一のレギュラーとして活躍し、夏には巨額オファーを受けるも鹿島でACLを優勝する事を目標にオファーを断った[10]。しかし、7月に左足首を負傷し約3カ月の離脱を余儀なくされた[11]。10月にチームに復帰後は、レギュラーとして試合に出場し、11月には鹿島通算20冠目であり、初のタイトルであるAFCチャンピオンズリーグをキャプテンとして優勝。試合後に、大岩剛監督から「お前を主将にして良かった」という言葉をかけられている[12]

トゥールーズFC編集

2018年12月29日、リーグ・アン所属のトゥールーズFCへ完全移籍すると発表された[13]レキップ紙によれば、横浜F・マリノス元監督のエリク・モンバエルツの推薦があった[14]。2019年1月19日、第21節のニーム・オリンピック戦でスタメンでデビューを果たした[15]

日本代表編集

2014年10月1日、日本代表に初選出されたが、発表直後の10月5日のJ1第27節・G大阪戦後に負傷による辞退が発表された[16]。その後、2014年内最後の強化試合メンバー発表となった11月5日に代表復帰。2015年3月31日、JALチャレンジカップのウズベキスタン戦で代表デビュー。

2016年3月17日、2018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選の代表発表で復帰。2017年12月12日、EAFF E-1フットボールチャンピオンシップ2017の中国戦で代表初得点を決めた。

2018年6月12日の国際親善試合パラグアイ代表戦で槙野智章に代わりスタメンに起用され、勝利に貢献すると、そのまま2018 FIFAワールドカップ初戦のコロンビア代表戦でW杯初出場を果たし、アジア勢としてワールドカップ史上初の南米勢に対する勝利に貢献した[17]。レギュラー組唯一のJリーガーとして海外クラブも注目する活躍を見せ、GL突破に貢献するも決勝トーナメント1回戦で敗れた[18]

プレースタイル編集

フィジカルが強く、足もとの技術もしっかりとしたセンターバック[19] で、スピードを生かしたカバーリング、ポジショニングに長けたタイプであったが、試合経験を重ねるごとに一対一の強さ、激しさ、泥臭さといった対人守備が大きく向上し、2015年10月31日のナビスコカップ決勝では相手チームのガンバ大阪FWのパトリックを空中戦でも地上戦でも封じ込めた[20]

ヘディングも強く、高校時代に当時京都サンガF.C.秋田豊から[21]、鹿島の練習参加時には岩政大樹から、直接指導を受けた[22]。ロングキックの質も高く[23]、安定したフィード、跳躍力を生かした空中戦の強さ、守備範囲の広さも特長である[24]

人物編集

所属クラブ編集

ユース経歴

プロ経歴

個人成績編集

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2010 米子北高 4 - - - 1 0 1 0
2011 鹿島 23 J1 0 0 0 0 2 0 2 0
2012 9 0 5 0 4 1 18 1
2013 15 4 0 1 0 0 0 5 0
2014 34 2 6 0 0 0 40 2
2015 3 29 3 4 0 0 0 33 3
2016 31 1 2 1 4 0 37 2
2017 34 1 0 0 3 1 37 2
2018 16 1 1 0 2 0 19 1
フランス リーグ戦 F・リーグ杯フランス杯 期間通算
2018-19 トゥールーズ 3 リーグ・アン 18 0 0 0 2 0 20 0
2019-20
通算 日本 J1 157 8 19 1 15 2 191 11
日本 - - 1 0 1 0
フランス リーグ・アン 18 0 0 0 2 0 20 0
総通算 175 8 19 1 18 2 212 11

その他国内公式戦

国際大会個人成績 FIFA
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
AFCACLクラブW杯
2011 鹿島 23 0 0 -
2015 3 5 0 -
2016 - 4 0
2017 8 0 -
2018 9 0 2 0
通算 AFC 22 0 6 0

その他国際公式戦

出場歴

タイトル編集

クラブ編集

鹿島アントラーズ

個人編集

代表歴編集

出場大会編集

試合数編集

  • 国際Aマッチ 18試合 1得点(2015年 - )


日本代表国際Aマッチ
出場得点
2015 1 0
2016 1 0
2017 8 1
2018 5 0
2019 3 0
通算 18 1

ゴール編集

# 開催年月日 開催地 対戦国 勝敗 試合概要
1. 2017年12月12日   日本調布市   中国 ○2-1 EAFF E-1フットボールチャンピオンシップ2017

脚注編集

  1. ^ a b c “バンディオンセ加古川 日本代表DF昌子の経営参加を正式発表”. 神戸新聞. (2019年9月2日). https://www.kobe-np.co.jp/news/sports/201909/0012663152.shtml 2019年9月5日閲覧。 
  2. ^ a b c d e f g 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.132
  3. ^ a b c 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.133
  4. ^ 『CHANT』 【鹿島アントラーズ】 サッカー選手を支える人々 第3回~昌子源選手の父 昌子力さん 前編~
  5. ^ 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.134
  6. ^ a b 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.136
  7. ^ 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.139
  8. ^ 小笠原の表情見て闘志 昌子90分間最終ライン統率 スポニチアネックス(2016年12月4日)2016年12月4日閲覧。
  9. ^ 世界2位の鹿島CB・昌子源がDF陣で最高位…“目に見えづらい働き”を“可視化”した守備力に高評価/Goal25 Goal(2016年12月9日)2017年1月3日
  10. ^ 鹿島昌子、巨額オファー断り“オレ専用”師匠と抱擁 日刊スポーツ 2018年11月12日
  11. ^ 鹿島昌子3カ月ぶりベンチ入り「声出していく」 日刊スポーツ 2018年10月14日
  12. ^ 高額オファー断ってACL制覇 鹿島・昌子が語る舞台裏 朝日新聞 2018年11月11日
  13. ^ “昌子選手のトゥールーズFC移籍合意” (プレスリリース), 鹿島アントラーズ, (2018年12月29日), http://www.so-net.ne.jp/antlers/news/release/69304 2019年9月5日閲覧。 
  14. ^ 昌子仏移籍に元横浜モンバエルツ監督の助言あった”. 日刊スポーツ (2019年1月19日). 2019年1月21日閲覧。
  15. ^ トゥールーズ昌子源がデビュー戦で完封白星! 指揮官から紙で指示、口論仲裁も ゲキサカ(2019年1月20日)
  16. ^ 昌子選手 日本代表辞退のお知らせ (2014年10月5日 閲覧)
  17. ^ 昌子源がW杯初戦で貫いた信念。誰よりも「何が何でも守りきる」 Number 2018年6月21日
  18. ^ 昌子株高騰!欧州クラブが熱視線、W杯後に海外移籍も サンスポ 2018年7月3日
  19. ^ 昌子源選手の2011年加入内定について 鹿島アントラーズオフィシャルサイト
  20. ^ 鹿島の次世代担う昌子源。“常勝軍団”復活へ、若きDFリーダーが背負う使命感と覚悟 BIGLOBEニュース
  21. ^ 鹿島アントラーズが名DFを輩出し続ける理由—秋田豊×中田浩二×昌子源 ログミー
  22. ^ [Y☆voice_36]米子北DF昌子源「ヘディングは誰にも負けたくない、自信がある」 ゲキサカ
  23. ^ W杯のラストチャンスを得た23名の日本代表メンバーにみるザックの狙い サッカーキング
  24. ^ 昌子源|日本代表|2015AFCアジアカップ(オーストラリア) コリサカ
  25. ^ [若きサムライ インタビュー#1 ]DF昌子源「1対1では誰にも負けない」
  26. ^ Jリーグ鹿島アントラーズ昌子源さんに聞く10のこと
  27. ^ 鹿島DF昌子が一般女性との入籍を発表! 「より一層サッカーに集中し精進していきます」”. Football ZONE WEB (2017年1月5日). 2019年1月21日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集