京都サンガF.C.

日本のサッカークラブ

京都サンガF.C.(きょうとサンガエフシー、Kyoto Sanga F.C.)は、日本京都府京都市宇治市城陽市向日市長岡京市京田辺市木津川市亀岡市南丹市京丹波町福知山市舞鶴市綾部市八幡市宮津市をホームタウンとする、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。

京都サンガF.C.
原語表記 京都サンガF.C.
呼称 京都サンガF.C.
愛称 サンガ
クラブカラー    [1]
創設年 1992年
所属リーグ 日本プロサッカーリーグ
所属ディビジョン J1リーグ
クラブライセンス J1
ホームタウン 京都府京都市[1]宇治市[1]城陽市[1]向日市[1]長岡京市[1]京田辺市[1]木津川市[1]亀岡市[1]南丹市[1]京丹波町[1]福知山市[1]舞鶴市[1]綾部市[1]八幡市[1]宮津市[1]
ホームスタジアム
Sanga stadium by kyocera03.jpg
サンガスタジアム by KYOCERA[1]
収容人数 21,623人[1]
運営法人 株式会社京都パープルサンガ[1]
代表者 伊藤雅章[1]
監督 曺貴裁
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
株式会社京都パープルサンガ
Kyoto Purple Sanga Co.,Ltd.[2]
種類 株式会社
本社所在地 600-8009
京都市下京区四条通室町東入凾谷鉾町87 ケイアイ興産京都ビル[1]
設立 1994年1月13日[2]
業種 サービス業
法人番号 5130001019476 ウィキデータを編集
事業内容 プロサッカークラブの運営他
代表者 伊藤雅章[1]
資本金 36億0,500万円[2][3]
売上高 22億0931万5000円
(2021年12月31日時点)[3]
営業利益 1億1795万1000円
(2021年12月31日時点)[3]
経常利益 1億3244万6000円
(2021年12月31日時点)[3]
純利益 1億0501万2000円
(2021年12月31日時点)[3]
純資産 4億6795万円
(2021年12月31日時点)[3]
総資産 10億0676万4000円
(2021年12月31日時点)[3]
決算期 12月期
主要株主 京セラ[2]
任天堂[2]
関係する人物 稲盛和夫
外部リンク https://www.sanga-fc.jp/
特記事項:1994年6月に株式会社京セラパープルサンガから商号変更。
テンプレートを表示

概要編集

1922年に創設された京都紫光クラブが前身となり[1]1994年に一般公募で京都パープルサンガ(きょうとパープルサンガ)[1] のクラブ名に変更し、1996年にJリーグへ加盟[1]

2007年に現在のクラブ名となる京都サンガF.C.へ改称した[1]。運営会社は株式会社京都パープルサンガである[1]

旧クラブの由来は、京都光サッカークラブの英語の『パープル』と、サンスクリット語で「仲間・群れ」を表す『samgha』と[1]、山紫水明の京都をイメージさせる「山河」の響きを掛け合わせた『サンガ』を合わせたもの。

ホームタウンは2010年8月まで京都府京都市1市。2010年8月より宇治市城陽市向日市長岡京市京田辺市の5市[1]、2012年4月より木津川市、2014年4月より亀岡市、2017年9月より南丹市京丹波町[4]、2019年9月より福知山市舞鶴市綾部市[5]、2020年3月より八幡市[6]、2022年4月より宮津市[7]がホームタウンに追加された。なお、宇治市などへ広域化された際に、クラブ側は「よりホームタウンを活性化させるには試合の本拠地である京都市やクラブハウスのある城陽市を含め京都府南部の市町村の連携が不可欠」とコメントしている[8]

ホームスタジアムは亀岡市サンガスタジアム by KYOCERA。練習場は京都サンガF.C.東城陽グラウンド[1](通称:サンガタウン城陽)である(詳細は#スタジアム・練習場を参照)。クラブマスコットは1995年に誕生した「パーサくん」と2003年に誕生した女の子のお友達「コトノちゃん」であり、いずれも「鳳凰」と「不死鳥」をモチーフとしている[1][2]

歴史編集

前史編集

1922年創設の京都紫光クラブ(設立時の名称は紫郊クラブ)が前身となり[1]、Jリーグ加盟クラブの前身チームの中で最も古い。1993年に「教育研究社FC京都パープルサンガ」が発足[1]。1994年1月、運営会社となる「株式会社京セラパープルサンガ」が設立された(6月に株式会社京都パープルサンガへ商号変更)[1]

1994年8月[注釈 1]Jリーグ準会員に承認[2]。1995年にジャパンフットボールリーグ(JFL)で2位の成績を収めて、1996年からJリーグ加盟が決定した[1]

1996年 - 1999年(Jリーグ)編集

1996年
1996年のJリーグ開幕17連敗のスコア
会場 スコア 相手 会場 スコア 相手
1 等々力 0-1● V川崎   10 西京極 0-3● 福岡
2 西京極 0-2● 市原 11 日立柏 0-2●
3 カシマ 1-5● 鹿島 12 三ツ沢球 0-1● 横浜M
4 西京極 0-2● C大阪 13 西京極 1-2v● 磐田
5 三ツ沢球 0-3● 横浜F 14 国立 0-1v● 浦和
6 西京極 1-5● 清水 15 鳥取 2-3● 名古屋
7 広島ビ 0-3● 広島 16 西京極 0-3● 横浜M
8 万博 2-4● G大阪 17 磐田 1-2● 磐田
9 西京極 0-2● 平塚 18 西京極 1-0○ 浦和

大野俊三松橋力蔵といったJリーグ経験者を補強。開幕戦はV川崎に敗北。その後、シーズン開幕後17連敗を喫して、ジョゼ・オスカー・ベルナルディがシーズン途中で監督を解任された。5月にV川崎からラモス瑠偉藤吉信次、ガンバ大阪から山口敏弘を獲得し、後半戦は8勝7敗と勝ち越した。

1997年

ペドロ・ローシャを監督に迎えたが、カポネクレーベルの両外国人選手が振るわず、更にラモスが退団した。年間成績は17チーム中14位。なお、この年に西田吉洋日本代表候補に選ばれた。

1998年

元日本代表監督のハンス・オフトが監督に就任。元日本代表の森保一岩本輝雄山田隆裕黒崎久志を獲得したが、下位に低迷。オフトは6月に監督を退任し、清水秀彦が後任となり、2ndステージは勝ち越し。なお、横浜フリューゲルスが横浜Mと合併したことでJ1参入決定戦への出場は回避した。

1999年

清水体制2年目。1stステージが14位。6月に清水が退任して、7月に元日本代表監督の加茂周が監督に就任。また、同じ7月に元日本代表の三浦知良を獲得。2ndステージは9位。年間成績は12位となった。

2000年(J1)編集

加茂体制2年目。黒部光昭松井大輔朴智星が入団。リーグ戦は当初より不振で6月に加茂を解任。ゲルト・エンゲルスが後任の監督に就任したが、年間成績は15位に終わり、J2へ降格した。

2001年(J2)編集

エンゲルス体制2年目。三浦知良が神戸、遠藤保仁がG大阪へ移籍した。J2リーグ戦は28勝5分11敗の成績で優勝し、J1復帰を決めた。黒部は30得点を挙げ、J2得点ランク2位となった。

2002年 - 2003年(J1)編集

2002年

エンゲルス体制3年目。開幕直後こそ4連敗するものの、黒部、松井、朴に加えて平井直人角田誠といった下部組織出身の選手も活躍。年間順位で5位に躍進。第82回天皇杯全日本サッカー選手権大会は決勝で鹿島を破り、関西にホームを置くクラブでJリーグ発足後初のタイトルを獲得した。

2003年

朴がPSVアイントホーフェンへ移籍した一方、韓国・水原三星より高宗秀を獲得した。1stステージは最下位。6月にエンゲルスを解任、後任のピム・ファーベークも11月に解任し、木村文治が監督に就任。2ndステージも14位に終り、年間で最下位となり、2度目のJ2降格が決定した。

2004年 - 2005年(J2)編集

2004年

西村昭宏が監督に就任。市原から崔龍洙を獲得。一方、9月に松井がフランス・ル・マンUCへ期限付き移籍した(2005年7月に完全移籍へ移行)。リーグ戦は序盤戦から勝利に恵まれず、6月に西村を解任し、柱谷幸一を監督に迎えたが5位に終わった。

2005年
クラブスローガン :「ONE for TEAM -すべては勝利のために-

柱谷体制2年目。黒部がC大阪へ移籍した一方、山形から星大輔、福岡から米田兼一郎、湘南から加藤大志を完全移籍で獲得した。シーズンは7試合を残して2位以内が確定、第39節で2度目のJ2優勝を決めた。最終節は甲府に敗れて、2004年の川崎に次ぐシーズン勝点100以上はならなかった。なお、パウリーニョが22得点でJ2得点王を獲得し、15得点のアレモンと2人でチーム総得点(89)の4割強を占めた。

2006年(J1)編集

クラブスローガン :「ONE FOR TEAM -情熱旋風-

柱谷体制3年目。4月にG大阪から手島和希、5月に名古屋から角田誠を期限付き移籍で獲得したが、シーズン当初より低迷し10月に柱谷を監督から解任。ヘッドコーチの美濃部直彦が監督に就任したが、11月26日のG大阪戦に敗れ、最下位が決まり、J2降格が決定した。

2007年(J2)編集

美濃部体制2年目。2月からクラブ名称を京都サンガF.C.へ変更[1](ただし運営法人の商号は現在も株式会社京都パープルサンガのまま)。同時に新しいエンブレムも制定された。名古屋から元日本代表DF秋田豊清水から森岡隆三、甲府から倉貫一毅を、福岡から平島崇を獲得した。開幕から大きな連勝はしないものの1度の連敗もなく安定して勝ち点を積み重ね、第44節終了時点で暫定3位と昇格圏内につけていた。10月13日に美濃部を解任して、総監督の加藤久が監督へ就任。リーグ戦は3位となり、J1・J2入れ替え戦広島に勝利を収めてJ1復帰を決めた。また、当初は残り試合に限定された暫定監督扱いとして就任した加藤の総監督留任も決定した。

2008年 - 2010年(J1)編集

2008年
 
2008年J1第20節 川崎フロンターレ戦
クラブスローガン :「SMILE KYOTO for the better future

加藤体制2年目。からGK水谷雄一G大阪から9シーズンぶりの京都復帰となるDFシジクレイFC東京からレンタル移籍でDF増嶋竜也千葉からMF佐藤勇人鹿島からFW柳沢敦と、各ポジションで実力者を獲得し、2年ぶりのJ1に臨んだ。シーズン途中にも、ディフェンス安定のためにG大阪からDF水本裕貴、怪我で長期離脱(登録抹消)したFWパウリーニョの穴を埋めるため、清水からFWフェルナンジーニョを獲得した。なお、シーズン成績は14位。天皇杯は5回戦で柏に敗北。

2009年
クラブスローガン :「前へ。PASSION REALITY OVATION

加藤体制3年目。名古屋から豊田陽平東京Vからディエゴ韓国代表李正秀などを獲得。また、前年怪我でシーズン途中に登録抹消されたパウリーニョも復帰した。しかし、主力に怪我人が相次ぎ、パウリーニョがシーズン途中で退団しブラジルに帰国するなどメンバー編成に苦しんだが、第33節(11月28日)の浦和戦に勝利し、残り1試合を残してJ1残留を決め、同時にJ1通算100勝を達成し、12位でシーズンを終えた。天皇杯は3回戦で甲府に敗北した。

2010年
クラブスローガン :「SHI・N・KA

加藤体制4年目。李正秀鹿島アル・サッド)、林丈統佐藤勇人千葉)、松井謙弥C大阪)が完全移籍、豊田陽平鳥栖)がレンタル移籍、手島和希が引退、シジクレイが退団した。

一方で、大分から7年ぶりの復帰となる鈴木慎吾や、大宮から片岡洋介が移籍。ドゥトラ郭泰輝チエゴ(レンタル移籍)、ハウバート・ダン児玉剛福村貴幸らを獲得した。

リーグ戦は第4節終了時の8位が最高。第10節および第13節から第21節まで最下位で推移し、第14節終了後の7月27日に加藤を監督及びチーム統括職より解任し、コーチの秋田豊が後任の監督に就任した。第22節で17位に順位を上げたが以降も17位から順位は変わらず、第30節の浦和戦に敗れて4回目のJ2降格が決定した。天皇杯も3回戦で千葉に大敗した。

なお、秋田とは2011年までの契約で「J2に降格しても続投してもらう」方針[9] であったが、12月7日に監督を退任した[10]

2011年 - 2021年(J2)編集

クラブスローガン :「Change

監督に甲府元監督の大木武[11]ゼネラルマネージャー(GM)に千葉元GMの祖母井秀隆がそれぞれ就任した。

柳沢敦角田誠仙台渡邉大剛片岡洋介が大宮、増嶋竜也水本裕貴広島郭泰輝Kリーグ蔚山現代FC西野泰正讃岐へ移籍、平井直人が引退、中谷勇介が退団(のちに東京Vへ入団)、チエゴはレンタル移籍期間満了により退団した。また、8月にディエゴが仙台へレンタル移籍した。

一方で、工藤浩平(千葉)、秋本倫孝甲府)、アライール愛媛)を完全移籍で獲得、酒井隆介チョン・ウヨン内藤洋平が加入、駒井善成伊藤優汰らがユースから昇格した。

リーグ戦は、6月5日(第15節)まで2引き分けを挟んで5連敗を喫するなど、同節時点で僅か1勝(2分6敗)の19位に落ち込んだ。後半戦に入り、2種登録選手ながら10得点を挙げて、チーム得点王になった高校生FW久保裕也などの活躍もあり、最終順位は7位。

天皇杯は、第82回以来の決勝進出。決勝で同じJ2所属のFC東京に敗れたが、準優勝の成績を収めた。

2012年
クラブスローガン :「Changing〜俺たちは変わり続ける〜

大木体制2年目。森下俊川崎へ完全移籍、中村太亮新潟へ期限付き移籍した。

一方、中国・陝西宝栄からバヤリッツァ徳島から倉貫一毅を完全移籍で、浦和から原一樹らを期限付き移籍で獲得した。

開幕前は天皇杯準優勝などの実績より昇格候補に挙げられ、第8節の東京V戦まで4連勝、第16節の北九州戦まで5連勝で同節で首位に立ったが、第17節から3連敗を含む7戦連続勝ちがなく、第23節時点で8位へ順位を下げた。第27節の鳥取戦まで4連勝して6位に浮上(その後連勝を6に伸ばす)して以降、J1昇格プレーオフ圏内となる6位以上を保ち、第39節ホーム岐阜戦の勝利で自動昇格圏内の2位に浮上。第41節時点で2位をキープしたが、最終節の甲府戦でスコアレスドローに終わり、最終節勝利した湘南と入れ替わって3位となり、J1昇格プレーオフへ回った。J1昇格プレーオフは準決勝で6位の大分にホームで敗北し、J1昇格はならなかった。天皇杯は3回戦で磐田にPK負けした。

2013年
クラブスローガン :「必昇

大木体制3年目。中村充孝が鹿島、水谷雄一福岡へ完全移籍、チョン・ウヨンが磐田へ期限付き移籍した。

一方、川崎から山瀬功治湘南から三平和司(2012年は大分に期限付き移籍)、徳島からオ・スンフン、愛媛から田森大己Honda FCから中村祐哉を完全移籍で、G大阪から横谷繁を期限付き移籍で獲得した。7月に久保裕也BSCヤングボーイズへ完全移籍した。

開幕から4試合を2勝2分とし第4節時点で2位。第5節から2連敗を含め第9節まで1勝3敗1分に留まり第9節時点で11位に順位が低下するが、その後は第28節から第30節の3連敗を除いて連敗することなく推移し、第16節で4位に浮上して以降は昇格プレーオフ圏内をキープ。第32節からは7連勝し、第34節終了時点で3位に浮上したが、第40節・G大阪戦に敗れて自動昇格圏内の2位以内が消滅。なお、最終順位は2年連続の3位。J1昇格プレーオフ準決勝はホームで長崎に引き分け。規定により決勝へ進出したが、徳島に敗れて2年連続でプレーオフ敗退。天皇杯は3回戦で鹿島に敗北。シーズン終了後に大木が監督を退任した。

2014年
クラブスローガン :「NEVER GIVE UP 勝利へ

イラン代表元監督のヴァルデイル・ヴィエイラが監督に就任。安藤淳染谷悠太がC大阪、倉貫一毅鳥取秋本倫孝富山原一樹が北九州、中村祐哉が長崎、児玉剛が愛媛へ完全移籍した。

一方、名古屋から石櫃洋祐、ブラジル・アメリカFCからアレッサンドロらを完全移籍で、神戸から有田光希横浜FMから比嘉祐介杭州緑城から大黒将志を期限付き移籍で獲得した。

開幕節終了直後に首位に立ったが、その後第18節時点で7勝5敗6分の11位に留まり、6月18日にバドゥを監督から解任。後任決定までコーチの森下仁志が監督代行を務めた後、6月29日より元東京V監督の川勝良一が監督に就任し、徳島からドウグラスを期限付き移籍で獲得したが第41節・富山戦での引き分けにより昇格プレーオフ進出が消滅し、最終順位も9位に終わった。シーズン終了後に監督の川勝、GMの祖母井秀隆、強化部テクニカルディレクターの高間武らが退任した。なお、新加入の大黒が26得点でJ2得点王を獲得した。

2015年
クラブスローガン :「SANGA INNOVATION

元神戸監督の和田昌裕が監督に就任。オ・スンフンジャイロが退団。ドウグラス、比嘉祐介田中英雄が期限付き移籍期間満了につき退団。高橋祐治が讃岐、田村亮介が鳥栖へ期限付き移籍。酒井隆介松本工藤浩平が広島、横谷繁が大宮、三平和司が大分、内野貴志長野へそれぞれ完全移籍した。

一方で、宮吉拓実が富山から、原川力が愛媛から復帰。清水圭介(大分)、山口智(千葉)、菅沼駿哉(磐田)、金南一全北現代)、黄辰成AFCテュビズ)、佐々木勇人(仙台)、ダニエル・ロビーニョ群馬)を完全移籍で獲得。奥川雅也らがユースから昇格した。

前半戦を終えて6勝12敗4引き分け。7月8日の徳島戦で敗北し、7月10日に成績不振を理由として和田が監督を解任され、ヘッドコーチの石丸清隆が後任の監督に就任した。10月25日の大宮戦の引き分けで7位以下が確定。最終順位は17位。

2016年
クラブスローガン :「一丸 よみがえる不死鳥(サンガ)

石丸体制2年目。ユース出身の駒井善成が浦和へ、伊藤優汰が新潟へ、原川力が川崎へ、宮吉拓実が広島へそれぞれ移籍。

一方で、名古屋から牟田雄祐本多勇喜、柏から菅野孝憲、松本から岩沼俊介、甲府から堀米勇輝、長崎からイ・ヨンジェ、C大阪から染谷悠太などを獲得。名古屋などでスカウトを務めた小島卓が強化担当で入団した。

開幕から4試合連続引き分けを含む5試合勝利なしで、第5節終了時には15位まで順位を下げるものの、第6節でシーズン初勝利を挙げてからの10試合で7勝2分1敗と躍進、第15節終了時にはプレーオフ圏内の5位に浮上する。その後はシーズン終了までプレーオフ圏内となる6位以上をキープしたものの、第18、26各節終了時の4位が最高で、J1自動昇格となる2位以上とは勝点で引き離されたまま5位でシーズンを終えた。3シーズンぶりに出場したJ1昇格プレーオフは、準決勝でC大阪と引き分け。規定により決勝進出はならなかった。

シーズン終了後、石丸が監督を解任。また、平井、古邊の両コーチ、U-18監督の森岡隆三が退任。矢島卓郎が現役を引退した。

2017年
クラブスローガン :「Josho(上昇-常勝)魂 サンガノタメニ

監督に前柏ヘッドコーチの布部陽功が就任。

山瀬功治(福岡)、有田光希(愛媛)、佐藤健太郎山口)らが完全移籍により、アンドレイ・ジロットが期限付き移籍満了でそれぞれ退団。永島悠史岐阜沼大希鳥取石田雅俊が群馬、山田元気が山口へ期限付き移籍した。

一方で、名古屋から小屋松知哉望月嶺臣(昨年は山口に所属)、田中マルクス闘莉王を、熊本から永井建成を、山形から伊東俊、韓国クラブからハ・ソンミンケヴィン・オリスを完全移籍で、柏から湯澤聖人を期限付き移籍で獲得。大黒将志が山形から復帰、仙頭啓矢(東洋大学)、大野耀平常葉大学)、岩崎悠人(京都橘高校)が入団した。

闘莉王等の獲得によりJ1昇格候補にも挙げられていたが、シーズンが始まると一時期はJ3降格圏内まで低迷、その後はDF登録の闘莉王がFWで15得点を挙げるなど奮起したがシーズン中1度も1桁順位に浮上することが出来ず最終順位は12位。天皇杯は初戦で沼津に敗れた。

2018年
クラブスローガン :「団結心

布部が監督を続投。小島卓が強化部長、前名古屋監督のボスコ・ジュロヴスキーがコーチに就任した。山口から宮城雅史、水戸から湯澤洋介が完全移籍。重廣卓也(阪南大学)が入団した一方、高橋祐治が鳥栖、李勇載が岡山に完全移籍した他、吉野恭平(広島に復帰)らが退団した。

開幕から低迷し、10試合を終えた時点で1勝3分け6敗でクラブ史上初のJ2最下位に転落[12]。第13節は休養した布部に代わりコーチのボスコ・ジュロヴスキーが指揮を執った[13]。5月11日、布部の退任とジュロヴスキーの監督就任が発表された。第28節まで最下位で推移。第30節に残留圏内となる20位に上がり、以降は残留圏内を維持したが、最終順位はチーム史上最低の19位に終わった。シーズン終了後、11月18日に強化部長の小島、監督のジュロヴスキーがそれぞれ退任した。

2019年

クラブ設立25年目の節目のシーズン。中田一三が監督に就任。第22節から第24節まで首位に立ったが、8月以降に4連敗を喫した他、アウェイ戦でも2勝7敗と苦戦。最終節でに勝利すれば、プレーオフ進出の可能性があったが、まさかの13-1と大敗した。この記録は、1998年のC大阪磐田戦で磐田が1-9と大勝した記録を大幅に更新した。この試合で、オルンガに8得点された。最終順位は8位[14]。シーズン終了後、中田が監督を退任した他、ゲルト・エンゲルスがコーチを退任した(INAC神戸レオネッサ監督に就任)。DF田中マルクス闘莉王がこの年限りでの現役引退を発表した。

2020年

新監督にトップチームコーチの實好礼忠が就任。本拠地をサンガスタジアム by KYOCERAに移した最初のシーズンとなったが、ホームでは前半戦9試合無敗(7勝2分)と圧倒的な強さを見せたものの、逆にアウェーでは12試合で僅か2勝(5分5敗)に留まったこともあり、前半戦終了時点では勝点34、首位北九州に勝点差10の5位に留まった。後半戦に入るとホームでも5勝2分5敗と五分、アウェーでは2勝2分5敗で後半戦は勝点25と前半戦より勝点を挙げられず、年間では勝点59、最終順位は8位に終わった。新加入のピーター・ウタカは22得点でクラブ3人目のJ2得点王を獲得した。シーズン終了後實好が退任した。 また、この年限りで安藤淳石櫃洋祐が現役を引退した。

2021年
クラブスローガン :「一心[注釈 2]
チームスローガン :「HUNT3[注釈 3][15]

新監督に元湘南ベルマーレ監督 曺貴裁が就任。湘南から曹監督のかつての教え子である、松田天馬中川寛斗、浦和から武富孝介、岡山から武田将平(昨季は甲府に期限付き移籍)、鳥取から三沢直人が完全移籍加入。札幌から白井康介、FC東京から木村誠二、浦和から福島春樹荻原拓也が期限付き移籍にて加入した。関西大学から長井一真が加入、ユースから中野桂太がトップ昇格。

上夷克典大分へ、黒木聖仁富山へ完全移籍。中川風希は過去在籍していた琉球へ期限付き移籍。

9選手が契約満了となり、宮城雅史宮崎に、江川慶城いわきFCに、金久保順水戸に、ジュニーニョ栃木に、荻野広大ジェイリースFCに、服部航平FC.Bomboneraに、加藤順大マッチャモーレ京都山城レナンモッタAAポンチ・プレッタへそれぞれ移籍。 期限付き移籍の選手では、大野耀平が富山へ完全移籍移行。C大阪へ移籍中の島村拓弥今治に完全移籍。横浜FMより加入していた仙頭啓矢は期間満了により退団した(後に鳥栖へ完全移籍)。

曺は使用内容の良さよりも合理性を重視し、湘南監督時に使用していた「湘南スタイル」(ミスを割り切りアグレッシブにトライする攻守一体の堅守速攻)的な堅守速攻を使用した[16][17][18][19][20]。また2021年の京都はリヴァプールFCとの類似性があり[21]、フォーメーション 4-3-3・ゲーゲンプレス的なハイプレス・ハイライン・中央突破のショートカウンター・3ボランチのハードワークなどアグレッシブな戦術が顕著となった[21]。その結果、第6節からの6連勝を含む15戦は無敗で、第15節終了時に3位から首位浮上すると同年のJ1昇格圏の2位以内に留まり続ける。第21節に磐田に首位を明け渡したものの、後半戦も磐田と激しい首位争いを繰り広げ、5回首位が入れ替わった。しかし第31節長崎戦に敗れて首位を明け渡した後は首位に戻れず第38節の磐田との直接対決にも敗れてJ2優勝は逃した。しかし、その後も昇格圏内はキープし、11月28日の第41節千葉戦の引き分けによって、曹貴裁監督就任1年目で2010年以来12シーズンぶりのJ1復帰を果たした。ウタカがリーグ2位の21得点、2019年から復帰していた宮吉が10得点を挙げたが、総得点ではリーグ8位タイの59にとどまりながらリーグ最少の31失点の堅守が上位争いの原動力となった。

なお、シーズン途中の7月9日、福島からイスマイラが完全移籍加入。7月26日に木村が期限付き移籍期間満了により退団。同日に相模原への期限付き移籍が発表された。7月29日に谷内田哲平栃木への期限付き移籍を発表。

2022年 - (J1)編集

2022年
クラブスローガン :「みんな輝け ~サンガに関わる全ての人々が"笑顔で生き生き"と~
チームスローガン :「S Adventure 今、冒険が始まる

曺体制2年目。12年ぶりJ1に向けて大型補強を敢行し、群馬から大前元紀松原修平名古屋から山﨑凌吾C大阪から豊川雄太岡山から井上黎生人甲府からメンデス仙台からアピアタウィア久徳島から上福元直人山形からマルティノス、オランダのアルメレ・シティFCからニュージーランド代表GKのマイケル・ウッドが完全移籍にて加入。浦和から金子大毅が期限付き移籍にて加入。法政大学から田中和樹が加入。昨季札幌から期限付き移籍にて加入していた白井康介が完全移籍加入に移行。荻原拓也浦和からの期限付き移籍期間を延長し、この年も京都でプレー。谷内田哲平栃木への期限付き移籍期間を延長している。

契約満了により退団したヨルディ・バイス岡山へ、森脇良太愛媛へ、李忠成アルビレックス新潟シンガポールシンガポールプレミアリーグ)へ、庄司悦大岐阜へ、中野克哉琉球へ、上月壮一郎1.FCデューレン(ドイツ4部)へ移籍した。

中川寛斗大分に、野田隆之介琉球へ、曽根田穣水戸へ、清水圭介C大阪へ、冨田康平今治へそれぞれ完全移籍。期限付き移籍にて加入していた福島春樹が期間満了により退団。琉球へ期限付き移籍中の中川風希が、今治へ完全移籍にて退団した。

前年のスタイルを維持し、開幕戦ではウタカのゴールで1-0と浦和からJ1での12年ぶりの勝利を挙げる。序盤はウタカが3試合連続得点を挙げるなど4月終了時点でリーグトップの7得点の活躍を見せ、チームも第6節から第9節までの4試合を3勝1分と好調をキープ。第9節時点で5位と上位争いに絡む。しかし第10節以降は一転してなかなか勝ち星を挙げることができず、第16節では前年優勝チームの川崎に勝利したものの、後半戦は得点力不足が響いて徐々に順位を下げ、最終成績8勝12分14敗の16位でJ1参入プレーオフにまわった。38失点はリーグ3位タイと前年からの持ち味の堅守をJ1でも発揮した一方、30得点もリーグワースト3位だった。プレーオフでは参入決定戦でJ2・4位の熊本に1-1で引き分けてJ1残留を果たした。

12年ぶりに参戦したルヴァンカップでは、グループ首位でクラブ史上初のグループリーグ突破を果たしたが[22][注釈 4]、プレーオフステージで名古屋に連敗で敗退した。

天皇杯では高知ユナイテッドSC高知県代表)、清水栃木東京Vを破って11年ぶりに準決勝進出。サンガスタジアムオープン後天皇杯初開催となった準決勝の広島戦は延長戦の末に敗れて敗退となった。

なお、シーズン中には、松原が3月31日に札幌へ完全移籍。6月14日には鳥栖から曹の流通経済大学時代の教え子・佐藤響、8月4日にはアル・アラダーFCからアラン・カリウスが完全移籍で、8月10日にはFCメタリスト・ハリコフからパウリーニョが期限付き移籍にて加入した。8月18日には加藤久が強化アカデミー本部長を退任し、クラブのブランドアンバサダーの安藤淳が同職を退任して強化部長代理に就任した。

成績編集

タイトル編集

クラブ編集

個人別編集

ハットトリック編集

得点数 選手名 開催日 対戦クラブ スタジアム 得点時間
J1 3得点 黒崎比差支 1998年8月8日(1st第17節) コンサドーレ札幌 西京極   49分55分89分
三浦知良 2000年11月23日(2nd第14節) ヴェルディ川崎   37分52分89分
黒部光昭 2002年4月6日(1st第5節) 東京ヴェルディ1969   08分46分65分
2003年9月13日(2nd第5節) セレッソ大阪 長居   39分43分57分
J2 4得点 ピーター・ウタカ 2020年8月8日(第10節) モンテディオ山形 NDスタ   31分37分53分87分
3得点 崔龍洙 2004年8月21日(第29節) コンサドーレ札幌 西京極   68分81分89分
パウリーニョ 2005年10月1日(第34節) モンテディオ山形 NDスタ   08分78分87分
アンドレ 2007年5月13日(第15節) アビスパ福岡 博多球   35分54分66分
パウリーニョ 2007年6月6日(第22節) ベガルタ仙台 福井   21分55分76分
久保裕也 2013年6月9日(第18節) ロアッソ熊本 うまスタ   49分64分72分
大黒将志 2014年4月5日(第6節) 大分トリニータ 大銀ド   03分30分81分
2014年6月21日(第19節) ロアッソ熊本 うまスタ   45分55分65分
田中マルクス闘莉王 2017年4月15日(第8節) 愛媛FC 西京極   52分72分90+2分
ピーター・ウタカ 2021年4月17日(第8節) ギラヴァンツ北九州 サンガS   17分23分52分
天皇杯 3得点 宮吉拓実 2011年11月16日(3回戦) モンテディオ山形 NDスタ   15分44分48分

スタジアム・練習場編集

ホームスタジアム編集

ホームスタジアムは、京都府が亀岡市に建設した球技専用のサンガスタジアム by KYOCERA(京都府立京都スタジアム)。京都府が主導する球技専用スタジアム建設計画は建設規模や建設候補地の調整に時間がかかり、さらに亀岡への建設が決まっても天然記念物かつ国内希少野生動植物種であるアユモドキの生息地であったことから設計が二転三転したが、2018年に工事着手し、2020年1月に竣工式が行われた。

2019年シーズンまでは京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場を使用していた。西京極はJリーグが定めるクラブライセンスでスタンドの屋根の占有率や、トイレ数などが充足していないが、今後、西京極のライセンス充足化工事の実施、及び新スタジアムの建設が計画されていることを理由に、同クラブに対するライセンス交付上の制裁は2015年度以後については行われていない[23][24]。なお、過去のホームゲーム開催スタジアムは「当項目」を参照のこと。

練習場編集

1998年より京都サンガF.C.東城陽グラウンド[1](通称:サンガタウン城陽)を使用している。なお、クラブ創設当初は京都府立山城総合運動公園京都府宇治市)などの京都府及び滋賀県内のグラウンド、1995年から1997年まで「京セラ八日市総合グラウンド」(滋賀県東近江市)を使用していた[25]

ユニフォーム編集

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st)
FP(2nd) 白×グレー グレー グレー
GK(1st) オレンジ×赤 オレンジ オレンジ
GK(2nd) 緑×黒
 
 
 
 
 
 
 
 
 
FP 1st
 
 
 
 
 
 
 
 
 
FP 2nd
 
 
 
 
 
 
 
 
GK 1st
 
 
 
 
 
 
 
 
GK 2nd

チームカラー編集

ユニフォームスポンサー編集

掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
京セラ KyOCERa 1994年 - 1995年 - 2021年は「京セラ」表記
鎖骨 ワコール WACOAL 2019年 - 右側に掲出
1996年 - 2006年は袖
2007年 - 2018年はユニフォームサプライヤー
2019年 - 2020年は「Wacoal」表記
堀場製作所 HORIBA 2020年 - 左側に掲出
背中上部 任天堂 任天堂 1994年 -
背中下部 KDDI au 5G(1st)
au(2nd)
2017年 - 2017年 - 2020年は「au」表記
京都銀行 京都銀行 2007年 -
パンツ前面 大和証券 大和証券 2002年4月 - 2002年 - 2005年の2ndは「大和証券SMBC」表記
パンツ背面 なし - -

トレーニングウェア編集

  • KDDI(ロゴマークは2013年からau表記)、日本電産

スーツサプライヤー編集

ユニフォームサプライヤーの遍歴編集

  • 1994年 - 1995年:プーマ
  • 1996年:リーグ戦はミズノ、カップ戦はプーマ
  • 1997年 - 2002年:アンブロ
  • 2003年 - 2006年:ミズノ
  • 2007年 - 2018年:ワコール(2007年 - 2012年は「CW-X」、2013年 - 2018年は「Wacoal」表記)
  • 2019年[27] - 現在:プーマ

歴代ユニフォーム編集

FP 1st
 
 
 
 
 
 
 
 
 
1997 - 1998
 
 
 
 
 
 
 
 
 
1999
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2000
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2001 - 2002
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2003 - 2004
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2005 - 2006
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2007 - 2008
 
 
 
 
 
 
2009 - 2010
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2011 - 2012
 
 
 
 
 
 
 
2013
 
 
 
 
 
 
2014
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2015 - 2016
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2017 - 2018
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2019
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2020
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2021
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2022 -
FP 2nd
 
 
 
 
 
 
 
 
 
1997 - 1998
 
 
 
 
 
 
 
 
 
1999 - 2000
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2001 - 2002
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2003 - 2004
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2005 - 2006
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2007 - 2008
 
 
 
 
 
 
2009
 
 
 
 
 
 
 
2010
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2011 - 2012
 
 
 
 
 
 
 
2013
 
 
 
 
 
 
2014
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2015 - 2016
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2017 - 2018
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2019
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2020
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2021
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2022 -
FP Other
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2007 - 2008 3rd

歴代ユニフォームスポンサー表記編集

年度 箇所 サプライヤー
鎖骨左 鎖骨右 背中上部 背中下部 パンツ前面 パンツ背面
1994 KyOCERa 解禁前 任天堂 解禁前 - 解禁前 解禁前 PUMA
1995 京セラ
1996 Wacoal Mizuno /
PUMA
1997 UMBRO
1998
1999
2000
2001
2002 大和証券
(1st)
大和証券
SMBC

(2nd)
2003 Mizuno
2004
2005
2006 大和証券
2007 京都銀行 CW-X
2008
2009
2010
2011
2012
2013 Wacoal
2014
2015
2016 -
2017 au
2018 - -
2019 Wacoal PUMA
2020 HORIBA -
2021 WACOAL au 5G
(1st)
au
(2nd)
2022 KyOCERa

スポンサー編集

アカデミー・育成編集

概要編集

育成組織(アカデミー)として、U-18、U-15、U-12SPコースを有する他、サッカースクールとして幼稚園・保育園在園児を対象とした「KIDSコース」、中学生、大人、女子、GKの4コースから構成される「クリニックコース」、小学2年生から6年生を対象とするプレミアコース・プレミアクラスも設置されている[26]。また、U-18年代を対象とした「スカラーアスリートプロジェクト」も併せて運営している。

主な大会の結果・成績編集

出身選手編集

スカラーアスリートプロジェクト編集

2005年時点で育成組織専用の練習場などが無かったため、当時サンガの監督であった柱谷幸一サンフレッチェ広島のユースチームと地元高校の連携を例に挙げて育成組織の改善をクラブ幹部に提案した[28]

2006年度から、産の京セラ、学の立命館、民のサンガが提携し、高校年代の生徒が勉学は立命館宇治高校、練習は京都サンガF.C.東城陽グラウンドにある育成組織専用の照明を完備した人工芝グラウンドで、生活はサンガが建設した寮で行い、学費は立命館が、寮費・食費はサンガが全面的に負担する、「SCHOLAR-ATHLETE PROJECT(スカラーアスリートプロジェクト、以下SAP)」が開始された[29]。2011年度にSAP開始以降初めて、SAP対象者がトップチームへ昇格した。

SP京都FCとの提携編集

2014年1月22日、SP京都FC(当時は佐川印刷京都)と選手育成、強化などを目的とする業務提携を締結した。業務提携の契約期間は2014年2月から2016年1月までであった。2014年は森岡隆三(サンガ元コーチ)がSP京都FCのヘッドコーチに就任し、國領一平および齊藤隆成が育成型期限付き移籍で加入した[30]

エピソード編集

Jリーグ初の試合中止編集

1996年のJリーグカップ柏レイソル戦(8月14日大分市営陸上競技場=サンガ主催ゲーム)が台風のため中止となったが、Jリーグ公式戦が中止となった初めてのケースである。

なお、代替試合は西京極が芝生の張替え工事中につき使用できなかったため、G大阪の許可を得て、G大阪のホームスタジアムである万博記念競技場8月24日に開催された。

五山送り火と同日のホームゲーム編集

毎年8月16日の夜に、京都の夏を代表する風物詩として知られる「五山送り火」が行われる[31]。当日はネオンや照明灯などの灯火を自粛するよう京都市から呼びかけが行われるため、サンガのホームゲームが重複する際は以下のような対応がとられた。

1997年のJリーグ

Jリーグ2ndステージ・第5節の横浜M戦が8月15日に開催された(他クラブは8月16日開催)。なお、試合は1-4でサンガの敗戦。

2007年のJリーグ ディビジョン2

J2第34節の札幌戦が8月16日の17時20分キックオフの薄暮開催となった。なお、試合は2-3でサンガの敗戦。

守備放棄試合編集

メディア編集

KBS京都(テレビ)
  • エキサイティング!J(ホーム全試合と一部のアウェーゲームを中継)
  • VALUE!サンガ(1995年)
    • 旧JFL期の番組。TKOの2人が出演していた。
  • サンガレボリューション(1998年 - 2000年)
    • 1998年は週1回の15分番組として放送されたが、翌年以降縮小した。
  • 京スポ〜SPORTS NEWS ENTERTAINMENT〜(2004年 - 現在放送中)
  • サンガ@LOVE(2006年)
    • 試合ハイライトや選手のインタビューを中心とした番組であった。
  • ぽじポジたまご
KBS京都(ラジオ)
NHK京都放送局
J:COM 京都みやびじょん
  • Foot Style 京都(ホームゲームハイライトなどを放映)
α-STATION

決算編集

京都サンガの決算は、つぎのとおり。

損益編集

年度 収入 広告料 入場料 配分 その他 費用 事業費 人件費 管理費 利益 純利益
2005 2,058 1,308 245 153 352 1,830 1,435 N.A. 395 228 158
2006 2,230 1,447 334 251 198 2,120 1,738 1,072 382 110 47
2007 2,125 1,460 301 131 233 2,085 1,683 1,051 402 40 11
2008 2,502 1,571 450 233 248 2,505 2,095 1,334 410 -3 1
2009 2,416 1,515 419 227 255 2,596 2,216 1,503 380 -180 -248
2010 2,311 1,484 348 220 259 2,416 2,030 1,308 386 -105 -251

出典: 各年度のJクラブ決算一覧。 200520062007200820092010

金額の単位: 百万円

人件費は事業費に含まれる。

年度 収益 広告料 入場料 配分 育成 その他 費用 人件費 試合 トップ 育成 女子 販売 利益 純利益
2011 2,140 1,395 199 100 131 315 1,896 895 174 156 126 0 545 244 253
2012 2,039 1,354 250 89 129 217 1,521 591 134 166 126 0 504 518 297
2013 1,930 1,235 260 107 134 194 1,681 692 135 156 145 0 553 249 151
2014 1,761 1,136 229 100 138 158 1,667 695 128 155 129 0 560 94 61
2015 1,897 1,133 193 89 150 332 1,792 796 133 155 129 0 579 105 12

出典: 各年度のJクラブ決算一覧。 20112012201320142015

金額の単位: 百万円

年度 収益 広告料 入場料 配分 育成 物販 その他 費用 人件費 試合 トップ 育成 女子 物販 販売 利益 純利益
2016 1,743 1,122 200 93 136 58 134 2,008 965 143 154 127 0 34 585 -265 -284

出典: 各年度のJクラブ決算一覧。 2016

金額の単位: 百万円

資産編集

年度 総資産 総負債 純資産 資本金
2005 1,000 787 213 3,605
2006 926 666 259 3,605
2007 822 552 270 3,605
2008 1,577 1,304 272 3,605
2009 1,154 1,131 23 3,605
2010 1,269 1,497 -228 3,605
2011 1,159 1,134 25 3,605
2012 1,314 992 322 3,605
2013 1,045 572 473 3,605
2014 1,037 503 535 3,605
2015 1,055 508 547 3,605
2016 765 502 263 3,605

出典: 各年度のJクラブ決算一覧。 200520062007200820092010201120122013201420152016

金額の単位: 百万円

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 1993年9月に準会員申請をしたが、ホームスタジアムの整備などに問題があったため、11月の実行委員会・理事会では承認されず保留扱いとなった。
  2. ^ 「一心」は野性的とも言える石刻の鋭い打ち込みからゴールに突き刺さるシュートの軌跡をイメージした「一」、あえて安定感を求めず右上がりの勢いを持たせて躍動感やクラブの一体感をイメージした「心」、勝利を目指す不動の信念の表現。
  3. ^ 「HUNT3」は「HIGH INTENSITY」「ULTIMATE」「NEWBORN」「TOUGH」「勝点3」の頭文字5文字を途切れのない集合体にすることで強い結束を表現し、見ている人が引き込まれるインテンシティと究極に勝負にこだわる姿勢を見せ、新しいチャレンジを恐れずにタフに戦い続け、一年間を通じてエネルギーを保つために外側に見える一気なパワーだけではなく内側にも凝縮するエネルギーを込める事の表現。
  4. ^ 最初からトーナメント形式でグループリーグを行わなかったシーズンもあるため、Jリーグカップにおける過去最高成績ではない。

出典編集

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al クラブガイド:京都サンガF.C.”. 日本プロサッカーリーグ. 2020年3月17日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g プロフィール”. 京都サンガF.C.. 2018年1月17日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g 株式会社京都パープルサンガ 第29期決算公告
  4. ^ “京都サンガF.C.ホームタウン追加について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2017年9月28日), https://www.jleague.jp/release/post-50837/ 2017年9月28日閲覧。 
  5. ^ “ホームタウン追加のお知らせ” (プレスリリース), 京都サンガF.C., (2019年9月24日), https://www.sanga-fc.jp/news/p/14467/ 2019年9月25日閲覧。 
  6. ^ “ホームタウン追加のお知らせ~八幡市が新たに追加となり、13市1町がホームタウンに~” (プレスリリース), 京都サンガF.C., (2019年9月24日), https://www.sanga-fc.jp/news/p/15000/ 2019年9月25日閲覧。 
  7. ^ “宮津市のホームタウン追加のお知らせ~宮津市が新たに追加となり、14市1町がホームタウンに~” (プレスリリース), 京都サンガF.C., (2022年4月26日), https://www.sanga-fc.jp/news/p/16862/ 2022年4月26日閲覧。 
  8. ^ “京都サンガF.C.のホームタウン広域化について” (プレスリリース), Jリーグ, (2010年8月17日), http://www.jleague.jp/release/article-00003627 2017年1月16日閲覧。 
  9. ^ スポーツ報知 2010年11月2日
  10. ^ “秋田豊監督 退任のお知らせ” (プレスリリース), 京都サンガF.C., (2010年12月7日), http://www.sanga-fc.jp/news/detail/10556 2013年3月5日閲覧。 
  11. ^ “大木武氏 監督就任のお知らせ” (プレスリリース), 京都サンガF.C., (2010年12月10日), http://www.sanga-fc.jp/news/detail/10559 2013年3月5日閲覧。 
  12. ^ 自信喪失サンガ、J2最下位 課題山積も処方箋示せず”. 京都新聞 (2018年4月25日). 2018年5月11日閲覧。
  13. ^ 異例「監督不在」京都、コーチ指揮で黒星最下位転落”. 日刊スポーツ (2018年5月7日). 2018年5月11日閲覧。
  14. ^ “連載・J2サンガ「無念の失速」㊤ 一時首位も、最終節13失点… 新たな戦術、浸透は道半ば”. 京都新聞. (2019年11月29日). https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/86149 2020年1月30日閲覧。 
  15. ^ 2021シーズン スローガンロゴについて” (日本語). 京都サンガF.C.オフィシャルサイト. 2021年11月29日閲覧。
  16. ^ 京都が12年ぶりJ1復帰 乱闘寸前の荒れ模様も失点許さずドローで昇格達成/デイリースポーツ online” (日本語). デイリースポーツ online. 2021年11月29日閲覧。
  17. ^ J1昇格の京都・チョウ貴裁監督 チームも自身も改革 パワハラ問題反省し「選手に逃げ道つくれるように」 - スポニチ Sponichi Annex サッカー” (日本語). スポニチ Sponichi Annex. 2021年11月29日閲覧。
  18. ^ なぜ京都サンガは12年ぶりのJ1昇格を果たせたのか…パワハラ退任の過去がある指揮官が植え付けた挑戦のメンタル(Yahoo!ニュース オリジナル THE PAGE)” (日本語). Yahoo!ニュース. 2021年11月29日閲覧。
  19. ^ 湘南ベルマーレ 2021 チームスタイル[攻撃セットプレー | データによってサッカーはもっと輝く | Football LAB]”. www.football-lab.jp. 2021年11月29日閲覧。
  20. ^ トップチームフィロソフィ « 湘南ベルマーレ公式サイト”. www.bellmare.co.jp. 2021年11月29日閲覧。
  21. ^ a b 「Jで最も貪欲な集団」京都サンガが12季ぶりJ1で期待できる理由”. SPAIA. 2022年1月17日閲覧。
  22. ^ 【京都】脳振とう疑いから復帰豊川雄太 18日柏戦「思ったよりも動けた」完全復活アピール” (日本語). nikkansports.com. 2022年11月2日閲覧。
  23. ^ “鳥取は「停止条件付き」のJ2ライセンス…北九州はプレーオフ圏内でもJ1昇格はなし”. ゲキサカ. (2014年9月29日). http://web.gekisaka.jp/news/detail/?148337-148337-fl 2016年3月6日閲覧。 
  24. ^ “群馬と讃岐は練習場不備などでJ2ライセンスに…会計不正発覚した愛媛にもJ1ライセンス”. ゲキサカ. (2015年9月29日). http://web.gekisaka.jp/news/detail/?173068-173068-fl 2015年9月29日閲覧。 
  25. ^ 『京都サンガF.C. オフィシャルイヤーブック 2014』、p.154
  26. ^ a b 京都サンガF.C.フリーペーパーvol.11(p.8) (PDF) - 京都サンガF.C.
  27. ^ “プーマ ジャパン株式会社とのオフィシャルユニフォームサプライヤー契約締結のお知らせ” (プレスリリース), 公式サイト, (2018年12月10日), http://www.sanga-fc.jp/news/p/13601/ 2018年12月11日閲覧。 
  28. ^ Jリーグニュースプラスvol.12(P.8-P.12) (PDF) 2013年3月6日閲覧
  29. ^ スカラーアスリートプロジェクト”. 京都サンガF.C. 2018年1月17日閲覧。
  30. ^ “佐川印刷京都との業務提携について” (プレスリリース), 京都サンガF.C., (2014年1月22日), http://www.sanga-fc.jp/news/p/4936/ 2018年1月17日閲覧。 
  31. ^ 五山送り火”. 公益社団法人京都市観光協会公式サイト. 2013年3月11日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集