サッカーサウジアラビア代表

サウジアラビアの男子サッカーナショナルチーム

サッカーサウジアラビア代表(サッカーサウジアラビアだいひょう、: منتخب السعودية لكرة القدم‎)は、サウジアラビアサッカー連盟(SAFF)によって構成される、サウジアラビアサッカーナショナルチームである。

サッカーサウジアラビア代表
国または地域 サウジアラビアの旗 サウジアラビア
協会 サウジアラビアサッカー連盟
FIFAコード KSA
愛称 The Green Falcons
監督 フランスの旗 エルヴェ・ルナール
最多出場選手 モハメド・アル=デアイエ(178試合)
最多得点選手 マジェド・アブドゥラー(72得点)
ホームカラー
アウェイカラー
初の国際試合
サウジアラビア サウジアラビア 1 – 1 レバノン 
(レバノン、1957年8月18日) [1]
最大差勝利試合
サウジアラビア サウジアラビア 10 – 0 東ティモール 
(東ティモールディリ、2015年11月17日)
最大差敗戦試合
サウジアラビア サウジアラビア 0 – 13 アラブ連合共和国 
(カサブランカ、1961年9月9日)
FIFAワールドカップ
出場回数 6回(初出場は1994
最高成績 ベスト16 (1994)
AFCアジアカップ
出場回数 10回
最高成績 優勝 (1984, 1988, 1996)
FIFAコンフェデレーションズカップ
出場回数 4回
最高成績 準優勝 (1992)

歴史編集

1970~1990年代編集

サウジアラビアの国際試合への参加は、1978年FIFAワールドカップ・アルゼンチン大会の予選からである。1984年・1988年のAFCアジアカップでは砂漠のペレと称されたマジェド・アブドゥラーらの活躍で大会連覇を成し遂げた。1984年のロサンゼルスオリンピック出場も果たしている。しかし、ワールドカップ本大会初出場は1994年アメリカ大会まで待たなければならず、1993年のアジア最終予選では、1位で同予選を通過した。同予選では初戦の日本戦で主将のアブドゥラーが負傷し、第3戦の韓国戦ではアル=ディアイエのミスから先制を許し攻勢にさらされたが、終了間際にアフマド・ジャミール・マダニーのヘディングで同点に追いついて危機を乗り切った。

本大会ではオランダモロッコベルギーのグループリーグを2勝1敗のグループ2位で通過。第3戦のベルギー戦では、アブドゥラーが前半で負傷したもののサイード・オワイランが4人抜きドリブルからゴールを決め、グループリーグを通過。決勝トーナメント1回戦でスウェーデンに敗れるもベスト16の成績を残している。これがワールドカップにおけるサウジアラビアの最高成績である。世代別代表では、1989年FIFA U-16世界選手権で優勝を果たしている。これは当時の男子サッカーでは、アジア唯一のFIFA主催の世界大会における優勝であった。このメンバーが中心となり、1994年のワールドカップ出場に導いている。オリンピックのサッカー競技では、年齢制限が設けられた以降では1996年アトランタ大会に出場したが、それ以後2008年北京大会まで3大会連続で出場を逃している。

2000年代編集

アジアでの成績はガルフカップ優勝3回、AFCアジアカップ優勝3回。特にアジアカップでは初出場から5大会連続で決勝に進み、そのうち3度制覇している。敗れた2回はいずれも日本が相手で0対1のスコアで準優勝に終わった。アジアカップでは、4回のPK戦全てに勝利を収めている。ガルフカップ2004、アジアカップ2004でのグループリーグ敗退など、AFCアジアカップ2007では復活し決勝まで進んだ。しかし、FIFAワールドカップ・南アフリカ大会アジア最終予選では韓国北朝鮮イランUAEと同組で3位になり、アジア5位決定戦に進んだもののアディショナルタイムに勝ち越し、すぐに追いつかれるという形でバーレーンに敗れ、大陸間プレーオフ進出を逃し予選敗退を喫した。

2010〜2020年代編集

AFCアジアカップ2011では、シリアヨルダンといった新興国に敗北を喫し、日本には0対5のスコアで大敗、2度目のグループリーグ敗退に終わる。さらにこの件を受けて2011年2月からの対外試合禁止を発表し、中東遠征を行ったU-22日本代表がサウジアラビアU-22代表戦のキャンセルを余儀なくされた。その後、2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選ではグループ3位に終わり、最終予選に進めずに2大会連続でワールドカップ出場を逃した。AFCアジアカップ2015でもグループリーグで敗退し、2大会連続でベスト8進出に失敗して低迷からは抜け出せなかった。

2018 FIFAワールドカップではアジア3次予選に進出し、B組2位で3大会ぶりの本大会出場を決めた。本大会ではロシアエジプトウルグアイと同じグループAに入り、初戦のロシア戦では0-5と大敗、2戦目のウルグアイ戦でも0-1で敗れ、そのままグループリーグ敗退が決まるも、3戦目のエジプト戦では2-1と逆転勝利を収め、24年ぶりに勝利を収めた。

2022 FIFAワールドカップに向けたアジア3次予選では、グループBを首位で突破して3大会ぶりの本大会出場を決めた。本大会ではグループCに入り、初戦でFIFAランキング3位のアルゼンチンと対戦。10分にリオネル・メッシのPKで先制点を奪われるが、後半にサレー・アル=シェフリサーレム・アッ=ドーサリーのゴールで逆転。シュート数はわずか3本だったが、アルゼンチンの攻撃を最後まで耐え凌んでW杯優勝経験国から歴史的勝利を挙げた[2]。ところが、続くポーランド戦では終了間際にPKを獲得するも、GKヴォイチェフ・シュチェスニーに阻まれたことで0-2で敗れ[3]、勝利すれば無条件で1994年大会以来28年ぶりの決勝トーナメント進出が決まるメキシコ戦でも1-2で惜敗し、 2大会連続でグループリーグ敗退となった[4]

成績編集

FIFAワールドカップ編集

開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
  1930 不参加
  1934
  1938
  1950
  1954
  1958
  1962
  1966
  1970
  1974
  1978 予選敗退
  1982
  1986
  1990
  1994 ベスト16 4 2 0 2 5 6
  1998 グループリーグ敗退 3 0 1 2 2 7
   2002 3 0 0 3 0 12
  2006 3 0 1 2 2 7
  2010 予選敗退
  2014
  2018 グループリーグ敗退 3 1 0 2 2 7
  2022 3 1 0 2 3 5
合計 6/22 19 4 2 13 14 44

FIFAコンフェデレーションズカップ編集

開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
  1992 準優勝 2 1 0 1 4 3
  1995 グループステージ敗退 2 0 0 2 0 2
  1997 3 1 0 2 1 8
  1999 4位 5 1 1 3 8 16
    2001 不参加
  2003
  2005
  2009
  2013
  2017
合計 4/10 12 3 1 8 13 31

AFCアジアカップ編集

開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
  1956 不参加
  1960
  1964
  1968
  1972
  1976 棄権
  1980 棄権
  1984 優勝 6 3 3 0 7 3
  1988 6 3 3 0 5 1
  1992 準優勝 5 2 2 1 8 3
  1996 優勝 6 3 2 1 11 6
  2000 準優勝 6 3 1 2 11 8
  2004 グループリーグ敗退 3 0 1 2 3 5
        2007 準優勝 6 4 1 1 12 6
  2011 グループリーグ敗退 3 0 0 3 1 8
  2015 3 1 0 2 5 5
  2019 ベスト16 4 2 0 2 6 3
合計 10/17 48 21 13 14 69 48

ガルフカップ編集

開催年 結果
1970 3位
1972 準優勝
1974
1976 5位
1979 3位
1982 4位
1984 3位
1986
1988
1990 辞退
1992 3位
1994 優勝
1996 3位
1998 準優勝
2002 優勝
2003
2004 1回戦敗退
2007 3位
2009 準優勝
2010
2013 グループリーグ敗退
2014 準優勝
2017 グループリーグ敗退
2019 準優勝

アラブカップ編集

開催年 結果
  1963 予選敗退
  1964
  1966
  1985 3位
  1988 グループリーグ敗退
  1992 準優勝
  1998 優勝
  2002
  2012 4位
  2021 グループリーグ敗退

西アジアサッカー選手権編集

開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
  2000 不参加
  2002
  2004
  2007
  2008
  2010
  2012 グループリーグ敗退 3 1 1 1 1 1
  2014 2 0 1 1 1 4
合計 2/8 5 1 2 2 2 5

歴代監督編集


歴代選手編集

W杯の大会メンバー編集

FIFAワールドカップ

主な代表選手編集

脚注編集

[脚注の使い方]

関連項目編集

外部リンク編集