柴崎岳

日本のサッカー選手
柴崎 岳 Football pictogram.svg
名前
愛称 日本のモドリッチ
カタカナ シバサキ ガク
ラテン文字 SHIBASAKI Gaku
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1992-05-28) 1992年5月28日(24歳)
出身地 青森県上北郡野辺地町
身長 175cm
体重 64kg
選手情報
在籍チーム スペインの旗 CDテネリフェ
ポジション MF(DMF、OMF、SMF)
背番号 20
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2011-2016 日本の旗 鹿島アントラーズ 172 (17)
2017- スペインの旗 CDテネリフェ
代表歴2
2014-2015 日本の旗 日本 13 (3)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年1月31日現在。
2. 2015年10月13日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

柴崎 岳(しばさき がく、1992年5月28日 - )は、青森県出身のプロサッカー選手[1]セグンダ・ディビシオンCDテネリフェ所属。ポジションはMF(ボランチ/攻撃的MF)。日本代表

目次

来歴編集

プロ入り前編集

地元の野辺地SSSへ参加し、サッカーを始める[2]。小学6年の時に県大会優勝に貢献するなど、この頃から県内では名が知られていた[1]。青森山田高校サッカー部の黒田剛監督は「一人だけ次元が違った。小学生なのにあれだけ周りが見えていて、プレーに変化をつけることが出来る」と、出会った当時の印象を語っている[2]。黒田の勧誘を受けた柴崎は中学から親元を離れて青森山田中学に入学[2]。中学3年でレギュラーの座を獲得すると、全国中学校サッカー大会でチームを準優勝に導く原動力となった[3]

青森山田高校に入学すると1年生にして、チームの司令塔として背番号10を背負う[3]。2009年、2年生の時には1学年先輩である椎名伸志とボランチを組み、櫛引政敏らと共に第88回全国高等学校サッカー選手権大会で準優勝の成績を収めた[4]。大会後、高校2年生の時点で鹿島アントラーズと仮契約し、2011年1月19日に正式契約を交わした[5]

鹿島アントラーズ 時代編集

2011年4月29日、J1第8節アビスパ福岡戦で後半40分からJリーグ初出場を果たした。10月9日、ナビスコカップ準決勝の名古屋グランパス戦で公式戦初得点を挙げ、決勝までの3試合全てで延長120分をスタメンフル出場した。

2012年11月3日、ナビスコカップ決勝の清水エスパルス戦で2得点を挙げる活躍を見せ、鹿島のナビスコカップ連覇に貢献し、最優秀選手賞を受賞。12月にはJリーグアウォーズにてベストヤングプレーヤー賞を受賞した。

2014年、チームメイトの遠藤康とともに、常陽銀行の9代目イメージキャラクターに就任[6]。9月16日には、8月のJ1月間MVPを受賞[7]。12月9日のJリーグアウォーズで、Jリーグベストイレブンを初受賞した[8]

2015年、第94回全国高校サッカー選手権の大会応援リーダーに就任した。

2016年、本山雅志ギラヴァンツ北九州への移籍により、日本人2人目となる背番号10を背負うことになった。2ndステージになると本職のボランチだけでなく、左右のサイドハーフとしてレギュラーに定着した。12月18日、クラブワールドカップの決勝ではレアル・マドリードと対戦し、レアル相手に2得点をあげるも逆転負けをして準優勝に終わった。イギリス紙『ザ・サン』は「日本のアンドレス・イニエスタ」と評し、「彼が国外から関心を集めることは確実」ともつづっている[9]

CDテネリフェ 時代編集

クラブワールドカップの活躍もあり、2016年シーズン終了後から海外移籍のニュースが増え、年明けにはスペイン1部リーグUDラス・パルマスへの移籍が噂された。入団会見を行うために準備し、パルマスへの移籍は決定したかと思われたが、1月30日に移籍は消滅し、鹿島と契約更新すると報じられた[10]。しかし翌日の31日に、自身初の海外挑戦となるスペイン2部リーグCDテネリフェへの移籍がテネリフェの公式HPに正式に発表された[11]。移籍後、慣れない環境への順応に苦しんだが、地元の日本食レストランなどで英気を養い、2月23日から施設での練習を再開[12]。3月1日から全体練習に合流した[13]。3月18日、第30節のレウス・デポルティウ戦で途中出場からスペインデビューを果たした。4月3日、第32節のレアル・オビエド戦で移籍後初先発を果たした。4月24日には出場機会に恵まれないことを理由に夏に鹿島へ復帰する可能性があると報じられた[14]。しかし、5月7日のCDルーゴ戦では2試合連続フル出場を果たし、来シーズンも残留することが報じられた。

日本代表編集

2009年11月にU-17日本代表として出場したFIFA U-17ワールドカップで背番号10を背負う。

2012年2月24日のキリンチャレンジカップアイスランド戦に向け、日本代表(A代表)メンバーに初選出された。

2013年7月15日、東アジアカップに出場する日本代表メンバーに選出され、1年5ヶ月ぶりの代表復帰となった。しかし、直後のJ1第17節・ジュビロ磐田戦で体調不良を訴え、19日に参加辞退が発表された。

2014年8月28日、キリンチャレンジカップの日本代表メンバーに選出された。9月9日、ベネズエラ戦で日本代表デビューを果たし、代表初得点も決めた。

2015年1月に開催されるAFCアジアカップ2015に臨む日本代表のメンバーに選出される。大会を通して先発出場する事はなかったが、準々決勝のUAE戦では後半から途中出場し、本田圭佑とのパス交換から同点弾となるミドルシュートを決める。PK戦においても3人目のキッカーとしてPKを成功させるが、PK戦の末にチームは敗れた。

プレースタイル編集

運動量豊富なプレーメーカー[15]ゴール数、アシスト数は年々増加しており、3列目から飛び出しゴールに直結するプレーを得意とする[16]名波浩曰く、「パス精度やゲームの流れを読む力に長けており、キックの質、とりわけインサイドキックはパーフェクト」であるという[17]。また、二列目・トップ下としての適性があり[18]、鹿島や日本代表においても、より前目のポジションで起用される事がある。反面、玉際での勝負には課題があり、日本代表の本田圭佑からアンドレス・イニエスタのプレーを参考にするよう助言を受けた[19]

エピソード編集

鹿島時代

2016年12月11日に行われた高円宮杯プレミアリーグFC東京U-18戦で母校の青森山田高校がスパイク盗難被害にあい、同じ青森山田出身の櫛引政敏ともにチャンピオンシップまでにスパイクを寄付して優勝をアシストした[20]

テネリフェ時代

2部リーグへの移籍という選択に武田修宏は「改めて感じたのは、日本人選手の地位というか、優先順位は低いということ」「だからといって柴崎がスペインで通用しないとは思わない」とコメントした[21]前園真聖は「24歳という年齢を考えると、今渡欧するのは間違いではない」「スペインの2部はレベルが低くはない」とコメントしている[22]

渡欧後に現地への適応に苦しみチームに早急に合流できず、不安障害とも報道された[23]。テネリフェのゼネラルディレクター、ペレス・ポレゴは「岳の生活は食事や文化、スケジュール、環境などあらゆる面で大きく変わった。これだけ短時間で劇的に大きな変化が起こると、人間ならば適応できなくなるケースは起こりうること。彼は西洋の国へとやって来た東洋人。まだ24歳の若さで日本以外のクラブチームでプロ経験がないのだから、このようなこと(不安障害)になっても驚きはない」とコメントした[24]

この状況に対して、セルジオ越後は「欧州移籍に固執する必要はないんじゃないか。柴崎は以前から海外志向が強かっただけに焦りがあったのかもしれない。でも、状況を見極める目も必要だった。代理人との契約上、動かざるを得なかったのかもしれないが、もっと周囲とコミュニケーションをとるべきだったとも思う」とコメントした[25]。それに対して、乾貴士は「そこで苦しんで頑張ることにも絶対に意味がある。(中略)海外に出て、違う環境で、言葉も通じない、監督の考え方も違う中でやるのは、日本サッカーのためでもあるし、選手自身のためでもある」「欧州にこだわる必要がないみたいに言うのは、まったくリスペクトがない。海外に行かないと分からないこともあるし、そこで培ったものは絶対プラスになると思う」と擁護した[26]

所属クラブ編集

ユース経歴
プロ経歴

個人成績編集

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2011 鹿島 20 J1 13 0 3 1 3 0 19 1
2012 31 1 9 3 4 0 44 4
2013 34 2 8 0 2 0 44 2
2014 34 6 6 0 1 0 41 6
2015 29 5 1 0 0 0 30 5
2016 10 31 3 4 0 4 1 39 4
スペイン リーグ戦 国王杯 オープン杯 期間通算
2016-17 テネリフェ 20 セグンダ -
通算 日本 J1 172 17 31 4 14 1 217 22
スペイン セグンダ -
総通算 172 17 31 4 14 1 217 22

その他の国内公式戦

国際大会個人成績 FIFA
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
AFC ACL クラブW杯
2011 鹿島 20 1 0 -
2015 6 2 -
2016 10 - 4 2
通算 AFC 7 2 4 2

その他の国際公式戦

出場歴

タイトル編集

代表歴編集

出場大会編集

試合数編集

国際Aマッチ 13試合 3得点 (2014年 - 2015年)


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2014 4 1
2015 9 2
通算 13 3

ゴール編集

# 開催年月日 開催地 対戦国 勝敗 試合概要
1. 2014年9月9日 日本横浜   ベネズエラ △2-2 キリンチャレンジカップ2014
2. 2015年1月23日 オーストラリアシドニー   アラブ首長国連邦 △1-1
(PK4-5)
AFCアジアカップ2015
3. 2015年3月31日 日本、調布   ウズベキスタン ○5-1 JALチャレンジカップ2015

脚注編集

  1. ^ a b 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.64
  2. ^ a b c 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.66
  3. ^ a b 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.67
  4. ^ 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.72
  5. ^ 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.73
  6. ^ 柴崎・遠藤両選手が常陽銀行イメージキャラクターに決定 - 鹿島アントラーズオフィシャルサイト 2014年2月6日 参考
  7. ^ 柴崎選手、8月のJ1月間MVP受賞 (2014年9月16日)
  8. ^ 柴崎選手 ベストイレブン受賞のお知らせ (2014年12月9日 閲覧)
  9. ^ 柴崎は「ジャパニーズ・イニエスタ」。レアル戦2ゴールの鹿島MFに英紙も注目 フットボールチャンネル 2016年12月19日
  10. ^ 柴崎岳のラス・パルマス移籍が消滅か…指揮官が補強終了の意向 サッカーキング 2017年1月30日
  11. ^ 柴崎岳、テネリフェへの移籍決定!半年契約でスペイン2部参戦 フットボールチャンネル 2017年1月31日
  12. ^ 柴崎が堪能した故郷の味。テネリフェ島の日本料理店で見せたピッチ外の素顔【現地取材】フットボールチャンネル 2017年3月6日
  13. ^ テネリフェ柴崎、全体練習合流でデビューへ前進! 今節メンバー入りの可能性もgekisaka 2017年3月2日
  14. ^ 柴崎、テネリフェ退団へ出場機会恵まれず契約満了の今夏にも鹿島復帰浮上”. サンケイスポーツ (2017年4月24日). 2017年4月24日閲覧。
  15. ^ 【J1】 全18クラブの走行距離とスプリント回数をまとめてみた。(鹿島アントラーズ編) サッカーコラムJ3 Plus+
  16. ^ 世界へ羽ばたく柴崎岳・その成長と課題 Football LAB
  17. ^ アギーレJの有力候補、鹿島・柴崎岳に唯一足りないモノ web Sportiva
  18. ^ 柴崎岳 2015 選手データ Football LAB
  19. ^ 「イニエスタを見習え」本田のヒントを突破口に課題克服が求められる柴崎岳 サッカーキング
  20. ^ 盗難被害の青森山田Vに、鹿島の柴崎&櫛引先輩がスパイク寄付のアシスト スポーツ報知(2016年12月18日)
  21. ^ 武田氏「柴崎の移籍で改めてわかった日本人選手の地位の低さ」 東スポWeb 2017年2月3日
  22. ^ 【前園真聖コラム】第125回「柴崎岳に対する報道に物申す」 ライブドアニュース 2017年2月13日
  23. ^ 山本孔一 (2017年2月15日). “柴崎岳は「不安障害」かテネリフェが受診勧める”. 日刊スポーツ. 2017年2月27日閲覧。
  24. ^ 臼北信行 (2017年2月24日). “スペインで、柴崎岳に何があったのか”. ITmedia ビジネスオンライン. 2017年2月27日閲覧。
  25. ^ セルジオ越後 (2017年2月24日). “柴崎に見る海外移籍の難しさ。欧州に行けば良いってもんじゃない”. サッカーダイジェストWeb. 2017年2月27日閲覧。
  26. ^ 山本孔一 (2017年2月26日). “エイバル乾「柴崎岳がいい例」に憤慨「意味ある!」”. 日刊スポーツ. 2017年2月27日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集