インディアナポリス500マイルレースIndianapolis 500, インディアナポリス500、インディ500とも呼ぶ)は、アメリカ合衆国インディアナ州インディアナポリス市近郊のスピードウェイにあるインディアナポリス・モーター・スピードウェイで毎年5月に開催されるアメリカンモータースポーツイベントである。

Indianapolis 500
開催地 インディアナポリス・モーター・スピードウェイ
初開催 1911
全長 500マイル (805 km)
周回 200
旧名 International Sweepstakes (1911–1915, 1920-1980)
Liberty Sweepstakes (1919)
最多勝利
(ドライバー)
A.J.フォイト (4)
アル・アンサー (4)
リック・メアーズ (4)
最多勝利
(チーム)
ペンスキー (17)
最多勝利
(マニファクチャー)
Chassis: ダラーラ (18)
Engine: オッフェンハウザー (27)
Indy 500(1994年)

目次

概要編集

 
Panoz G-Force GF09B
(2004年優勝のバディ・ライスのマシン)

インディ500の決勝レースは毎年5月最終月曜日・メモリアルデーの前日の日曜日、すなわち5月24日から30日までの日曜日に開催される。インディアナポリス・モーター・スピードウェイのオーバルトラック1周2.5マイル(約4.023km)を200周、走行距離500マイル(804.672km)で争う。第1回開催は1911年F1モナコGP(開催日程の都合上、近年はモナコGPと同日に開催されることが多い)、ル・マン24時間レースと並び世界3大レースのひとつに数えられるが、その中でもインディ500は「世界で最も偉大なレース」ともされている。

世界最速の周回レース編集

インディ500の周回平均速度は予選で362km/h、決勝でも354km/hを超える。これは同じマシンでレースが行われるインディカー・シリーズの中はもちろん、世界の周回レースカテゴリーの中でも最も速い。また、最高速度は380km/hに達する。これはF1の瞬間最高速度記録(372.4km/h)を上回り、これより速いカテゴリーはドラッグレース(NHRAトップフューエルクラスで520km/h超)のような非周回レースに限られる。33台のマシンがテール・トゥー・ノーズ、サイド・バイ・サイドで競り合い、スリップストリームを駆使してオーバーテイクするアメリカンモータースポーツの典型とも言える展開が広がる。

選手権としての位置付け編集

1951年から1960年までは世界選手権という体裁を整えるためにF1の一戦として組み込まれていた。しかしF1ドライバーの参戦は少なく、ほとんど名目上のものであった[注釈 1]1996年以降はインディカー・シリーズの最大イベントレースとして組み込まれている。

普段のインディカーレースが平均して50万人程度の視聴者数なのに対し、インディ500は500万人以上がTV観戦するほど注目度は高い[1]。現地でも、普段は空席の目立つオーバルに40万人が大挙し埋め尽くす、まさに国民的ビッグイベントとして存在している。こうした注目度の差から、インディカーシリーズの王者よりインディ500で勝つことの方が価値があると言われている。

車両編集

1960年代までのインディ500は、様々なエンジン形式、駆動方式が参加可能であった。1952年ポールポジションを獲得したターボディーゼルエンジン搭載のカミンズ・ディーゼル・スペシャルや1967年1968年に登場したガスタービンエンジン搭載車が有名である。

CARTやインディカー・シリーズなどのオープンホイールレース選手権の1戦に組み込まれるようになると、参戦車両は選手権のレギュレーションに対応したものに変わった。インディ500では「スーパースピードウェイ・パッケージ」と呼ばれる高速オーバル用のエアロパーツが取り付けられる。これは前後共に一枚板構造(シングルエレメント)を持ち、空気抵抗を最小限に抑えることで超高速走行を実現している。

危険性編集

速度域の高さや接戦の多さから、毎年事故が多発するレースとしても知られている。代表的な死亡事故には1964年のデイブ・マクドナルドエディー・ザックス、1982年のゴードン・スマイリー、1996年のスコット・ブレイトンなどがあるが、詳細はインディ500死亡事故一覧(英語)を参照。

伝統編集

小さなサポートイベントなどを含めると約2週間にわたって行なわれること、予選グリッドの決め方が独特であることや、レース優勝者には牛乳が与えられるなど(下述)、他のレースと異なる「伝統」を持ったレースである。また、準優勝者(二位)には「最も速かった敗者」、初参戦のドライバーで最上位を獲得した者には「ルーキー・オブ・ザ・イヤー」の称号が与えられる。また、決勝の順位ごとに賞金が与えられるほか、「決勝1周目をトップで通過したドライバー」、「最後に予選を通過したドライバー」など、さまざまなケースのボーナス賞金が多々ある。

ボルグワーナー・トロフィー編集

インディ500の優勝トロフィーとして「ボルグワーナー・トロフィー」がある。このスターリングシルバー製トロフィーのチェッカーフラッグ状の壁面にはインディ500の歴代優勝者全員の顔を立体的にかたどったレリーフが埋め込まれ、それぞれ下のブロックに優勝者の氏名・開催年・優勝者の決勝レースにおける平均速度(マイル毎時)が刻まれている。トロフィーという名称ではあるが優勝者が持ち回りで所有できるわけではなく、また約153ポンド (約69.4kg)という重さのため持ち上げることもできない。普段はIMS内のミュージアムに展示されていて、インディ500決勝日にヴィクトリーレーンに飾られるモニュメント的な存在である。インディ500優勝者にはトロフィーの壁面に自分の顔のレリーフを埋め込む権利、決勝レースの翌日にトロフィーと一緒に写真を撮る権利が与えられ、後日ボルグワーナー・トロフィーを模したミニトロフィーが授与される(こちらは永久保持が可能)。1935年に制作されてから82年間、アメリカ国外に出たことがなかったが、2017年佐藤琢磨が優勝したことを記念した日本での凱旋ツアーのために史上初めて国外に出ることとなった。

大会日程編集

インディ500は5月初頭に開幕し、練習走行・予選・決勝レースなどのレースプログラムと、サイン会やパレードなどの観客向けイベントが1ヶ月(2010年から2013年までは2週間)の長期に渡って開催される。期間中にはインディカー・シリーズの公式戦である「グランプリ・オブ・インディアナポリス」やインディ・ライツの「フリーダム100」といったレースイベントも開催される。以下は例年行われるレース関連行事である。

ルーキー・オリエンテーション・プログラム (ROP)編集

いわゆるルーキーテストのことで、決勝レースの3週間前、5月第1日曜日に行われる。初出場のドライバーや長らくオーバルでのレースに出場していないドライバー(「リフレッシャー」と呼ばれる)が対象となっていて、これに合格しないとインディ500への出走が認められない。インディ500では常に350km/h以上の巡航速度でレースが進むため、極端に遅いマシンはレースの妨げになり大変危険である[注釈 2]。そこでコースレイアウトに慣れることと、安定したペースで周回を重ねられるようになることが主な到達目標に据えられている。細かい部分は年によって異なるが、目標となる平均速度毎にいくつかの「フェーズ」が用意され、それらを1つずつクリアしていく方式がとられる。

練習走行編集

5月第3週の月曜日から金曜日および第4週月曜日に行われる自由練習期間。前半概ねマシンセッティングの確認が行われる。後半は予選に向けたハイペース走行や、決勝を意識したスリップストリームを使う練習が行われる。特に最終日の金曜日は"ファストフライデー"と呼ばれ、この日のトップタイムを記録したドライバーには賞金が贈られる。

予選編集

5月第3週の土曜日、及び翌日曜日の2日間で行われる(2001-2009年などは4日間)。複雑な方式によって行われるため、それについては下記の予選方式にて解説する。

カーブ・デイ編集

決勝レース2日前、金曜日(2004年までは木曜日)午前に1時間だけ行われる最終練習。予選を通過した33台すべてが決勝レース用のセッティングを施してコースに入り、ドラフティングを利用しながらレースを想定した練習走行をする。カーブ・デイとはカーブレーション・デイの略であり、かつて決勝レースの前にカーブレーター=キャブレターを調整できる最後の時間であったためにこの名がついた。また、この日の正午過ぎにフリーダム100が開始される。午後には一部のドライバーと担当ピットクルーがピット作業の速さを競う「ピットストップ・コンテスト」が行なわれる。

予選方式編集

インディ500の予選方式は何度か変更されているが、2018年現在はおおむね以下の方式によって行なわれている。

基本事項編集

  • 予選通過枠は33台、スターティンググリッドは3台✕11列。
  • エントリーはシャシー単位で、一つのカーナンバー(ドライバー1人)につき車を2台までエントリーさせることができる。2台目は「Tカー」と呼ばれ、カーナンバーの後ろに「T」を付けることで区別される。
  • 予選1日目を土曜日、2日目を日曜日に行う。
  • ドライバーは1回の計測(アテンプト)で4周走行し、その平均速度が参照される。
  • 雨が降ればその日の予選は中止になり、残り1日ですべての順位を確定させる。

ドライバー交代編集

インディ500では、予選と決勝でドライバーを交代させることができる。ただし、ドライバー交代が行われたシャシーはグリッドが最後尾に降格する。2台以上で交代があった場合、選手権ポイントが少ない方が最後尾につく。

予選1日目編集

予選1日目でまず決勝進出者が決定する。エントリーする全ての選手が最低1回のアテンプトを行い、その暫定順位によって以下のように振り分けられる。

  • 1位-9位:予選通過確定、ファストナイン・シュートアウト進出
  • 10位-33位:予選通過確定
  • 34位以下:予選落ち

1日目は予選時間中であれば、回数に制限なくアテンプトを行える。2回目以降のアテンプトに臨む際は、直前に記録されたタイムを取り消すか残すかを選択できるが、取り消した選手が優先的に出走できる。

予選2日目(ポール・デイ)編集

予選2日目は、3つのセッションが行われる。前日の記録はすべてリセットされる(暫定順位は保存される)ため、全ての選手が再びアテンプトを行う必要がある。

  • まず、10番手から33番手のスターティング・グリッドが確定させるセッションが行われる。暫定10位から33位の選手を対象に、順位の低い選手から一度だけアテンプトを行い、その最終順位がスターティング・グリッドとなる。
  • ファストナイン・シュートアウト

ファストナイン・シュートアウトではポール・ポジションから9番手までのスターティング・グリッドが確定する。暫定1位から9位の選手を対象に、セグメント1同様順位の低い選手から一度だけアテンプトを行う。ファストナイン進出者は最終予選結果に応じてポイントが与えられる。

歴代優勝者編集

優勝者 車体・エンジン チーム/オーナー レース距離[歴代 1]
マイル
平均時速[歴代 2]
マイル毎時
1 1911年   レイ・ハルーン マーモン マーモン 500 74.602
2 1912年   ジョー・ドーソン ナショナル ナショナル・モーター・ビークル 500 78.719
3 1913年   ジュール・グー プジョー プジョー 500 75.933
4 1914年   ルネ・トーマ ドラージュ ドラージュ 500 82.474
5 1915年   ラルフ・デパルマ メルセデス E.C Patterson 500 89.840
6 1916年   ダリオ・レスタ プジョー プジョー 300[歴代 3] 84.001
1917年・1918年: 第一次世界大戦の影響により開催されず
7 1919年   ハウディ・ウィルコックス プジョー I.M.S Corporation 500 88.050
8 1920年   ガストン・シボレー フロンテナック ウィリアム・スモール・カンパニー 500 88.618
9 1921年   トミー・ミルトン フロンテナック ルイ・シボレー 500 89.621
10 1922年   ジミー・マーフィー デューセンバーグ・ミラー ジミー・マーフィー 500 94.484
11 1923年   トミー・ミルトン ミラー H. C. S.モーターカンパニー 500 90.545
12 1924年   ローラ・L・コラム
  ジョー・ボイヤー[歴代 4]
デューセンバーグ デューセンバーグ 500 98.545
13 1925年   ピーター・デパオロ デューセンバーグ デューセンバーグ 500 101.127
14 1926年   フランク・ロックハート ミラー ピーター・クライス 400(雨) 95.904
15 1927年   ジョージ・サウダース デューセンバーグ ウィリアム・S・ホワイト 500 97.545
16 1928年   ルイス・メイヤー ミラー アルデン・サンプソン2世 500 99.904
17 1929年   レイ・キーチ ミラー M. A. Yagle 500 97.585
18 1930年   ビリー・アーノルド サマーズ・ミラー ハリー・ハルツ 500 100.448
19 1931年   ルー・シュナイダー スティーブンス・ミラー B. L. シュナイダー 500 96.629
20 1932年   フレッド・フレイム ウェッタロス・ミラー ハリー・ハルツ 500 104.144
21 1933年   ルイス・メイヤー ミラー ルイス・メイヤー 500 104.162
22 1934年   ビル・カミングズ ミラー H. C. ヘニング 500 104.863
23 1935年   ケリー・ペティロ ウェッタロス・オッフィー ケリー・ペテイロ 500 106.240
24 1936年   ルイス・メイヤー スティーブンス・ミラー ルイス・メイヤー 500 109.069
25 1937年   ウィルバー・ショウ ショウ・オッフィー ウィルバー・ショウ 500 113.580
26 1938年   フロイド・ロバーツ ウエッタロス・ミラー ロウ・ムーア 500 117.200
27 1939年   ウィルバー・ショウ マセラティ ボイル・レーシング 500 115.035
28 1940年   ウィルバー・ショウ マセラティ ボイル・レーシング 500 114.277
29 1941年   フロイド・デイビス
  マウリ・ローズ[歴代 5]
ウェッタロス・オッフィー ロウ・ムーア 500 115.117
1942年~1945年: 第二次世界大戦の影響により開催されず
30 1946年   ジョージ・ロブソン アダムス・スパークス Thorne Engineering 500 114.820
31 1947年   マウリ・ローズ デート・オッフィー ロウ・ムーア 500 116.338
32 1948年   マウリ・ローズ デート・オッフィー ロウ・ムーア 500 119.814
33 1949年   ビル・ホランド デート・オッフィー ロウ・ムーア 500 121.327
34 1950年   ジョニー・パーソンズ カーティス・オッフィー カーティス 345(雨) 124.002
35 1951年   リー・ワラード カーティス・オッフィー Murrell Belanger 500 126.244
36 1952年   トロイ・ラットマン クズマ・オッフィー Christopher J.C. Agajanian 500 128.922
37 1953年   ビル・ブコビッチ カーティス・オッフィー ハワード・ケック 500 128.740
38 1954年   ビル・ブコビッチ カーティス・オッフィー ハワード・ケック 500 130.840
39 1955年   ボブ・スウェイカート カーティス・オッフィー ジョン・ジンク 500 128.209
40 1956年   パット・フラハーティ ワトソン・オッフィー ジョン・ジンク 500 128.490
41 1957年   サム・ハンクス エパリー・オッフィー Geoge Salih 500 135.601
42 1958年   ジミー・ブライアン エパリー・オッフィー Geoge Salih 500 133.719
43 1959年   ロジャー・ウォード ワトソン・オッフィー Leader Cards 500 135.875
44 1960年   ジム・ラスマン ワトソン・オッフィー Ken-Paul 500 138.767
45 1961年   A.J.フォイト トレビス・オッフィー Bignotti-Bowes Racing 500 139.130
46 1962年   ロジャー・ウォード ワトソン・オッフィー Leader Cards 500 140.293
47 1963年   パーネリー・ジョーンズ ワトソン・オッフィー Christopher J.C. Agajanian 500 143.137
48 1964年   A.J.フォイト ワトソン・オッフィー Ansted-Thompson Racing 500 147.350
49 1965年   ジム・クラーク ロータスフォード チーム・ロータス[歴代 6] 500 150.686
50 1966年   グラハム・ヒル ローラ・フォード メコン・レーシング・チーム 500 144.137
51 1967年   A.J.フォイト コヨーテ・フォード Ansted-Thompson Racing 500 151.207
52 1968年   ボビー・アンサー イーグル・オッフィー Leader Cards 500 152.882
53 1969年   マリオ・アンドレッティ ホーク・フォード STP 500 156.867
54 1970年   アル・アンサー PJコルト・フォード Vel's Parnelli Jones Ford 500 155.749
55 1971年   アル・アンサー PJコルト・フォード Vel's Parnelli Jones Ford 500 157.735
56 1972年   マーク・ダナヒュー マクラーレン・オッフィー ペンスキー・レーシング 500 162.692
57 1973年   ゴードン・ジョンコック イーグル・オッフィー オール・アメリカン・レーサーズ 332.5(雨) 159.063
58 1974年   ジョニー・ラザフォード マクラーレン・オッフィー マクラーレン[歴代 6] 500 158.589
59 1975年   ボビー・アンサー イーグル・オッフィー A.J.フォイト・エンタープライゼス 500 161.331
60 1976年   ジョニー・ラザフォード マクラーレン・オッフィー マクラーレン 255(雨) 148.725
61 1977年   A.J.フォイト コヨーテ・フォイト A.J.フォイト・エンタープライゼス 500 161.331
62 1978年   アル・アンサー ローラ・コスワース シャパラル・レーシング 500 161.363
63 1979年   リック・メアーズ ペンスキー・コスワース ペンスキー 500 158.899
64 1980年   ジョニー・ラザフォード シャパラル・コスワース シャパラル・レーシング 500 142.862
65 1981年   ボビー・アンサー ペンスキー・コスワース ペンスキー・レーシング 500 139.084
66 1982年   ゴードン・ジョンコック ワイルドキャット・コスワース STPパトリック・レーシング 500 162.029
67 1983年   トム・スニーバ マーチ・エンジニアリング・コスワース Bignotti-Cotter 500 162.117
68 1984年   リック・メアーズ マーチ・コスワース ペンスキー 500 163.612
69 1985年   ダニー・サリバン マーチ・コスワース ペンスキー 500 152.982
70 1986年   ボビー・レイホール マーチ・コスワース トゥルースポーツ 500 170.722
71 1987年   アル・アンサー マーチ・コスワース ペンスキー 500 162.175
72 1988年   リック・メアーズ ペンスキー・シボレー ペンスキー 500 144.809
73 1989年   エマーソン・フィッティパルディ ペンスキー・シボレー パトリック・レーシング 500 167.581
74 1990年   アリー・ルイエンダイク ローラ・シボレー ダグ・シアソン・レーシング 500 185.981
75 1991年   リック・メアーズ ペンスキー・シボレー ペンスキー 500 176.457
76 1992年   アル・アンサーJr. ギャルマー・シボレー ギャレス・クラコ・レーシング 500 134.477
77 1993年   エマーソン・フィッティパルディ ペンスキー・シボレー ペンスキー 500 157.207
78 1994年   アル・アンサーJr. ペンスキー・メルセデス ペンスキー 500 160.872
79 1995年   ジャック・ヴィルヌーヴ レイナード・フォード チーム・グリーン 500 153.616
80 1996年   バディ・ラジアー レイナード・フォード ヘメルガーン・レーシング 500 147.956
81 1997年   アリー・ルイエンダイク Gフォースオーロラ(オールズモビル) トレッドウェイ・レーシング 500 145.827
82 1998年   エディ・チーバーJr. ダラーラ・オーロラ チーバー・レーシング 500 145.155
83 1999年   ケニー・ブラック ダラーラ・オーロラ A.J.フォイト・エンタープライゼス 500 153.176
84 2000年   ファン・パブロ・モントーヤ Gフォース・オーロラ チップ・ガナッシ・レーシング 500 167.607
85 2001年   エリオ・カストロネベス ダラーラ・オーロラ ペンスキー 500 153.601
86 2002年   エリオ・カストロネベス ダラーラ・シボレー ペンスキー 500 166.499
87 2003年   ジル・ド・フェラン パノスGフォース・トヨタ ペンスキー 500 156.291
88 2004年   バディ・ライス パノスGフォース・ホンダ レイホール・レターマン・レーシング 450(雨) 138.518
89 2005年   ダン・ウェルドン ダラーラ・ホンダ アンドレッティ・グリーン・レーシング 500 157.603
90 2006年   サム・ホーニッシュJr. ダラーラ・ホンダ ペンスキー 500 157.085
91 2007年   ダリオ・フランキッティ ダラーラ・ホンダ アンドレッティ・グリーン・レーシング 415(雨) 151.774
92 2008年   スコット・ディクソン ダラーラ・ホンダ チップ・ガナッシ・レーシング 500 143.567
93 2009年   エリオ・カストロネベス ダラーラ・ホンダ ペンスキー 500 150.318
94 2010年   ダリオ・フランキッティ ダラーラ・ホンダ チップ・ガナッシ・レーシング 500 161.623
95 2011年   ダン・ウェルドン ダラーラ・ホンダ ブライアン・ハータ・オートスポーツ 500 170.265
96 2012年   ダリオ・フランキッティ ダラーラ・ホンダ チップ・ガナッシ・レーシング 500 167.734
97 2013年   トニー・カナーン ダラーラ・シボレー KVレーシング・テクノロジー 500 187.433[歴代 7]
98 2014年   ライアン・ハンター=レイ ダラーラ・ホンダ アンドレッティ・オートスポーツ 500 186.563
99 2015年   ファン・パブロ・モントーヤ ダラーラ・シボレー チーム・ペンスキー 500 161.341
100 2016年   アレクサンダー・ロッシ ダラーラ・ホンダ アンドレッティ・オートスポーツ 500 166.634
101 2017年   佐藤琢磨 ダラーラ・ホンダ アンドレッティ・オートスポーツ 500 155.395
102 2018年   ウィル・パワー ダラーラ・シボレー チーム・ペンスキー 500 166.935
  1. ^ (雨)は降雨によって途中で打ち切られたレース。
  2. ^ 太字はその時点での最速記録。ただしインディ500ではフルコースコーション中も周回数が数えられるため、実際のレーシングスピードは記録を上回る。
  3. ^ 1916年のレースはレース距離300マイルとして開催
  4. ^ 1924年のレースでは、ローラ・L・コラムがスタートさせた車をレース途中でジョー・ボイヤーが引き継ぎ優勝したため、両名が優勝者として扱われている。
  5. ^ 1941年のレースでは、フロイド・デイビスがスタートさせた車をレース途中でマウリ・ローズが引き継ぎ優勝したため、両名が優勝者として扱われている。
  6. ^ a b 1965年のチーム・ロータスと1974年のマクラーレンは、同年にF1コンストラクターズタイトルも獲得している
  7. ^ 平均レース時速最速記録。時速301.644km。

記録編集

予選速度の変遷編集

レース編集

  • 最多ポール・ポジション - リック・メアーズ/6回(1979, 1982, 1986, 1988, 1989, 1991年)
  • 最高レース平均速度 - 187.433mph(301.644km/h)/トニー・カナーン(2013年)
  • 最高予選速度(1周) - 237.498mph(382.216km/h)/アリー・ルイエンダイク(1996年)
  • 最高ファステストラップ - 236.103mph(379.971km/h)/エディ・チーバー(1996年)
  • 最多ラップリード - 198周(3-200周目)/ビリー・アーノルド(1930年)
  • 優勝ドライバーの最少ラップリード - 1周/ダン・ウェルドン(2011年)
  • 最多リーダー人数 - 14人(2013年)
  • 最多リードチェンジ - 68回(2013年)
  • 1位と2位の最小タイム差 - 0.043秒/1位:アル・アンサーjr,2位:スコット・グッドイヤー(1992年)
  • 最大ポジション上昇 - 32(38番手スタートから6位フィニッシュ)/ジーク・メイヤー(1932年)

ドライバー編集

  • 最年少優勝 - トロイ・ラットマン/22歳80日(1952年)
  • 最年少出走 - マルコ・アンドレッティ/19歳2ヶ月15日(2006年)
  • 最年長優勝 - アル・アンサー/47歳360日(1987年)
  • 最年長出走 - A.J.フォイト/57歳4ヶ月5日(1992年)

勝利数編集

回数 ドライバー
4   A・J・フォイト 1961年、1964年、1967年、1977年
  アル・アンサー 1970年、1971年、1978年、1987年
  リック・メアーズ 1979年、1984年、1988年、1991年
3   ルイス・メイヤー 1928年、1933年、1936年
  ウィルバー・ショウ 1937年、1939年、1940年
  マウリ・ローズ 1941年、1947年、1948年
  ジョニー・ラザフォード 1974年、1976年、1980年
  ボビー・アンサー 1968年、1975年、1981年
  エリオ・カストロネベス 2001年、2002年、2009年
  ダリオ・フランキッティ 2007年、2010年、2012年
2   トミー・ミルトン 1921年、1923年
  ビル・ブコビッチ 1953年、1954年
  ロジャー・ウォード 1959年、1962年
  ゴードン・ジョンコック 1973年、1982年
  エマーソン・フィッティパルディ 1989年、1993年
  アル・アンサーJr. 1992年、1994年
  アリー・ルイエンダイク 1990年、1997年
  ダン・ウェルドン 2005年、2011年
  ファン・パブロ・モントーヤ 2000年、2015年

連勝編集

2連勝したドライバーが5名いる(3連勝以上したドライバーは存在しない)。

他カテゴリとの間の記録編集

モナコグランプリル・マン24時間レースと関係する記録は世界三大レースを参照のこと
アメリカ合衆国の他カテゴリと複数制覇
ドライバー インディ500優勝 CART/インディカー・シリーズチャンピオン デイトナ500優勝 デイトナ24時間レース優勝
  ジミー・ブライアン 1958年 1956年、1957年
  ロジャー・ウォード 1959年、1962年 1959年、1962年
  A・J・フォイト 1961年、1964年、1967年、1977年 1960年、1961年、1963年、1964年、
1967年、1975年、1979年
1972年 1983年、1985年
  ボビー・アンサー 1968年 1968年、1974年
  マリオ・アンドレッティ 1969年 1965年、1966年、1969年、1984年 1967年 1972年
  アル・アンサー 1970年、1971年、1978年、1987年 1970年、1983年、1985年 1985年
  マーク・ダナヒュー 1972年 1969年
  ゴードン・ジョンコック 1973年、1982年 1976年
  ジョニー・ラザフォード 1974年、1976年、1980年 1980年
  リック・メアーズ 1979年、1984年、1988年、1991年 1979年
  トム・スニーバ 1983年 1977年、1978年
  ダニー・サリバン 1985年 1988年
  ボビー・レイホール 1986年 1986年、1987年、1992年 1981年
  エマーソン・フィッティパルディ 1989年、1993年 1989年
  アル・アンサーJr. 1992年、1994年 1990年、1994年 1986年、1987年
  ジャック・ヴィルヌーヴ 1995年 1995年
  バディ・ラジアー 1996年 2000年(IRL)
  ケニー・ブラック 1999年 1998年(IRL)
  ファン・パブロ・モントーヤ 2000年、2015年 1999年(CART) 2007年
  ジル・ド・フェラン 2003年 2000年、2001年(CART)
  ダン・ウェルドン 2005年、2011年 2005年(IRL)
  サム・ホーニッシュJr. 2006年 2001年、2002年、2006年(IRL)

ゲームソフト編集

日本では、トミー(現:タカラトミー)から、1997年5月23日に、プレイステーション用ゲームソフトとして、Indy500がリリースされた。 Indy500の日本での知名度は低いが、当時の大ヒットゲームとなった。また、セガからもアーケードゲームとしてインディ500 がリリースされた。

日本との関係編集

日本以外では、インディ500にアジアの国が関わった例はほとんどないため[注釈 3]、「日本初」としている記録はたいてい「アジア初」となる。

ドライバー編集

1991年のヒロ松下の初参戦以降、2018年までに計10名の日本人ドライバーが挑戦している[2][注釈 4]

  • 日本人ドライバー初の完走は1991年にヒロ松下によって記録された(16位[注釈 5])。
  • 日本人ドライバー初のルーキー・オブ・ザ・イヤー英語版[注釈 6]は2003年に高木虎之介によって記録された(5位完走)。翌年、松浦孝亮(11位完走)もルーキー・オブ・ザ・イヤーを授与された。
  • 日本人ドライバー初のリードラップは2003年に高木虎之介によって記録された(2周)。
  • 日本人ドライバー初の優勝は2017年に佐藤琢磨によって記録された。

以下、参戦ドライバーと決勝順位を記載する。

1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018
ヒロ松下[注釈 7] DNQ 16 DNQ 18 14 10
桃田健史 DNQ
松田秀士 24 15 8 DNQ 10 DNQ
服部茂章 DNQ 20 30
中野信治 14
高木虎之介[注釈 8] 5 19
ロジャー安川[注釈 9] 10 10 18 16 21 DNQ
松浦孝亮 11 17 15 16
武藤英紀 7 10 28
佐藤琢磨 20 33 17 13 19 13 26 1 32
色と結果
優勝
2位
3位
4位・5位
6位-10位
完走
(11位以下)
リタイア[注釈 10]
予選落ち
(DNQ)

チーム編集

日本のチームがインディ500用の車両を製作したり、チームとして参戦したりした例はない。

実現に至らなかったものとしては、1960年代にホンダが参戦を検討した例がある[3]

サプライヤー編集

エンジン供給は、ホンダ(1995年、2003年以降)のほか、過去に日産自動車(1997~2002年;インフィニティ名義)とトヨタ(2003~2005年)が行っている。初優勝は2003年にトヨタによって記録された(ドライバーはジル・ド・フェランチーム・ペンスキー)。

エンジン関係では、1987年から1991年にかけてジャッドにより供給されていたエンジンは元々はホンダがインディ500を含むCART参戦用に開発していたエンジンから発展したという経緯を持つという関係がある。

タイヤ供給は、ブリヂストンファイアストン名義で行っている(1995年以降)[注釈 11]

日本インディ編集

1966年10月、神彰の呼びかけにより、当時のインディ500出走ドライバーを招聘して「日本インディー200マイルレース」(通称「日本インディ」)が富士スピードウェイで開催された[4]

テレビ放送編集

  • 日本では、地上波ではかつてTBSテレビ朝日で全国ネット生中継、2003年からは日本テレビで後日ダイジェスト放送(関東ローカル)がされていたが、2012年からは放送されていない。衛星放送ではインディカー・シリーズの一戦としてGAORAが生中継している。アメリカではABCが毎年生中継をしている。映画デルタ・フォースのテーマ曲The Delta Force Theme がオープニングや挿入曲として使われている。

エピソード編集

優勝者は牛乳を飲む編集

インディ500では、優勝したドライバーは牛乳を飲むという慣習がある。1933年、ルイス・メイヤーは自身二度目の優勝を飾ったが、レース終了後にバターミルクをリクエストした。ルイス・メイヤーは1936年にも自身三度目の優勝をし、この際もバターミルクをリクエストしたが、コップではなくボトルで手渡され、それをそのまま飲んだ。その飲んでいる写真が牛乳会社の目に止まり、それ以降優勝者には牛乳が提供されるようになった(1947年から1955年までの間を除く)。

この「ヴィクトリーレーンで牛乳を飲む」という行為にもスポンサー(2017年現在はインディアナ州酪農組合)がついており、仮に牛乳を飲まなかった場合は該当スポンサーからの賞金は与えられない。

なお実際には、通常の成分無調整乳(whole milk)以外に低脂肪乳(2% fat milk)、無脂肪乳(fat-free milk)も選択できる。このため予選通過が決まったドライバーは、優勝時にどれを飲むかを事前に選択することになっており、毎年選択の結果は「Milk List」として公表される[5]

唯一この慣習に従わなかったのがエマーソン・フィッティパルディで、1993年の優勝時には自身がブラジルでオレンジ農園を営んでいるという理由から、牛乳の代わりに(厳密には牛乳より先に)オレンジジュースを飲んでいる[6]

1998年に優勝したエディ・チーバーは、この「Winner's Milk」を表彰台でボトル二本も飲み干した。

「Back home again in Indiana」編集

オープニングセレモニーの終盤、スタートコマンドの直前に「Back home again in Indiana」の独唱が行われる。セレモニーにおいてアメリカ合衆国国歌よりも後に歌われるこの曲は、インディアナ州の「州歌」と言えるほど有名な曲だが、1946年にジェームス・メルトンが、自分が代表を務める自動車クラブのパレードに合わせて歌ったものがセレモニー内で歌われた最初である。この歌が好評となり、メルトンは1947年以降は招待されてこの歌を歌うようになった。この歌が正式にスタートコマンドの直前に歌われる現在の形に決められたのは、1948年のことである。以降、現在に至るまで何人もの歌手が独唱を披露してきたが、もっとも知られている歌手は、1972年から2014年までの42年間に渡り、36回歌ったカントリー歌手のジム・ネイバースである。2014年、36回目にして最後の歌唱を終えたネイバースは、マリ・ハルマン・ジョージとともにスタートコマンドも行っている。

スタートコマンド編集

レース開始前のエンジン始動の号令(スタートコマンド)「Ladies and gentlemen, start your engines!」は、現在インディアナポリス・モーター・スピードウェイを所有するハルマン家の当主マリ・ハルマン・ジョージが行っている。

元々はマリの父であるトニー・ハルマンがアナウンスを行っていたが、1977年に死去し、翌1978年からはトニーの妻でありマリの母であるメアリー・フェンドリッチ・ハルマンが行うようになった。しかしメアリーも1998年4月に死去。それにともない、1998年から2015年までは娘のマリが引き継いだ。その後2016年はマリが嫁いだハルマン・ジョージ家の家族一同で行い、2017年はマリの息子で現IMSオーナーのトニー・ジョージが行っている。ただし1982年と2007年はインディアナポリス・モーター・スピードウェイの場内放送アナウンサーだったトム・カーネギーが行っている。

かつてはレースに参加するドライバーは男性ばかりだったので、スタートコマンドは「Gentlemen, start your engines!(紳士諸君、エンジンを始動しなさい)」だったが、女性ドライバーが参加するようになり、「A(One) lady and gentlemen, start your engines!(淑女と紳士諸君~)」と改められ、女性が複数人参加した際にはさらに複数形に改められ、「Ladies and gentlemen, start your engines!」となる。2017年以降は性別に関係なく使用できる「Drivers, start your engines!」というスタートコマンドが使われている。

優勝者にはキルトが贈られる編集

1976年以降、優勝者には手作りのキルトが贈られている。これは、地元のキルターであり、自らも元女性レーサーであったジャネッタ・ホールダーが手作りしたもの。レースをこよなく愛するホールダーは、レーサーのサインを集めて刺繍(ししゅう)したオリジナルのアップリケキルトを毎年作り、優勝者に贈っている。そのため、彼女は「キルト・レディ」として、レーサーや関係者に親しまれている。 そのうちの一人、数回の優勝経験をもつボビー・アンサーはヘンリー・フォード・博物館(ミシガン州ディアボーン)にキルトを寄贈した。また、アル・アンサーは自ら設立したアンサー・レーシング博物館(ニューメキシコ州アルバカーキー)に授与されたキルトを飾っている。 [7]

チャンピオンリング編集

他の多くのアメリカンスポーツ同様に、本レースでも優勝者にはチャンピオンリングが授与される。リングの製作は1983年から2016年までは同じインディアナポリスを本拠とする「Herff Jones」が担当していたが、2017年よりミネソタ州の「Jostens」に変更された。なおJostensは、他にもピットストップチャレンジの勝者等に渡されるリングや、主催者が同じNASCARブリックヤード400のチャンピオンリングなどの製作も担当する[8]

脚注編集

[ヘルプ]

注釈編集

  1. ^ 世界選手権から外れた直後の1960年代には、いくつかの参戦例がみられる。
  2. ^ これはインディ500に限らず他のオーバルレースでも同様であり、インディカーシリーズではシリーズに参戦するドライバーに対しROPとは別にルーキーテストを課している
  3. ^ 参戦したドライバーとしてはアラブ首長国連邦のライセンスを使っているエド・ジョーンズ(2017年初参戦)くらいしか例がない。
  4. ^ 人数には予選落ちして決勝を走っていない桃田健史と日系人のロジャー安川を含んでいる。
  5. ^ 優勝したリック・メアーズから51周遅れ。
  6. ^ メディアの投票によって選出される。いくつかの選出基準があるが、通常はルーキーの中で最上位の順位を記録した者に与えられることが多い。
  7. ^ 本名は松下弘幸だが、競技ライセンスでは「ヒロ松下(Hiro Matsushita)」をエントリー名としていた。
  8. ^ エントリー名は「Tora Takagi」
  9. ^ アメリカ合衆国生まれ、日本育ちの日系アメリカ人。アメリカ合衆国の競技ライセンスで出走している。
  10. ^ リタイアした場合も周回数に応じて順位が与えられる。そのため、完走したドライバーより上位となることもある。
  11. ^ ファイアストン社はブリヂストンに買収された1988年以前にも、1911年の第1回大会から1970年代までインディ500にタイヤを供給していた。

出典編集

  1. ^ UPDATED TV Ratings: Indy 500, Coca-Cola 600, Monaco GP
  2. ^ 場野守泰 (2017年). “コトバンク - インディ500” (Japanese). コトバンク、朝日新聞出版. 2018年5月20日閲覧。
  3. ^ 幻のHondaインディ計画” (Japanese). 本田技研工業. 2018年5月20日閲覧。
  4. ^ 大久保力・STINGER編集部. “第55回 日本インディは風の又三郎だったのか?!” (Japanese). STINGER. 2018年5月20日閲覧。
  5. ^ This Is The 2017 Indy 500 Milk List - BLACKFLAG・2017年5月25日
  6. ^ インディ500とは? Vol.3
  7. ^ "Quilter's Newsletter Magazine" No.421
  8. ^ IMS Shifts Winners Ring Supplier - Inside Indiana Business・2017年5月13日

関連項目編集

外部リンク編集