岸谷五朗

日本の俳優、演出家、DJ

岸谷 五朗(きしたに ごろう、1964年9月27日 - )は、日本俳優ディスクジョッキー演出家。所属事務所アミューズ東京都武蔵野市出身。東京都立小平高等学校卒業。中央大学商学部中退。O型。妻は元プリンセス プリンセス岸谷香(旧姓・奥居)。身長175cm。

きしたに ごろう
岸谷 五朗
本名 同じ
生年月日 (1964-09-27) 1964年9月27日(56歳)
出生地 日本の旗 日本東京都武蔵野市
身長 175cm
血液型 O型
職業 俳優演出家
ジャンル 舞台テレビドラマ映画
活動期間 1984年 - 現在
配偶者 岸谷香1996年 - )
主な作品
テレビドラマ
この愛に生きて
妹よ
みにくいアヒルの子』シリーズ
ブラザーズ
らせん
てるてる家族
江〜姫たちの戦国〜
ぼんくら』シリーズ
地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子
天 天和通りの快男児
中学聖日記
映画
月はどっちに出ている
returner
藁の楯
テンプレートを表示

人物紹介編集

中大在学中の1983年三宅裕司が主宰する劇団スーパー・エキセントリック・シアターに入団。履歴書に特攻服姿の自分の写真を使う、入団試験の課題の一人芝居として、土下座する相手を死刑にするという芝居を行うなどして三宅を驚かせた。同年に若手公演の『夜明けのミステリーはローズマリー風味』で初舞台を踏み、看板俳優として活躍。1987年に同劇団の寺脇康文山田幸伸とユニット「SET隊」(せったい)を結成し、ラジオドラマやコントなどの活動を行う。昔、詐欺事件に関与して告訴された経験がある事(のちに告訴取り下げ)をテレビの深夜番組本番中に三宅に暴露されたことから劇団との溝ができ(岸谷は何も語っていないが三宅本人が情報誌の中で語っている)、また役者として独り立ちする為1994年に劇団を退団。この後、テレビ局のメイクルームで三宅と鉢合せし、三宅からは『大物になった』という趣旨で冷やかされ、恐縮したと話している。同時に退団した寺脇とは、企画ユニット「地球ゴージャス」を結成。寺脇とは、地球ゴージャス公演の脚本を執筆する際にお互いの家を行き来する仲でもある。

1990年10月から1994年9月までTBSラジオで放送していた『岸谷五朗の東京RADIO CLUB』(以下『レディクラ』)で初めてディスクジョッキーとなり、中継コーナーや後期の金曜日→木曜日にはホンジャマカ恵俊彰と共演。この番組がきっかけで2人の知名度が急上昇。映画『月はどっちに出ている』では主役に抜擢され、以後(寺脇康文より若干遅く)テレビドラマや映画に引っ張りだことなる。テレビ小説「てるてる家族」では関西弁を音符に置き換えて習得した。

また、『レディクラ』開始前の事前番組(レギュラー開始直前の週に番組紹介を目的とした帯番組が放送された)「レディオクラブ発射寸前」にて『ポップンルージュ』担当のプリンセス プリンセスのヴォーカリスト奥居香がゲストとして登場した時、番組中に壮絶な喧嘩を開始し「このアマ!」と放送禁止用語を生放送で叫んだ。しかし奥居はその後も同番組には頻繁にゲスト出演しており、1996年6月28日に2人は結婚。プロポーズはその4 - 5日前で、岸谷の自宅でビールを飲み、柿の種をつまみながら「オレと一緒に記者会見を開きませんか」と切り出し、奥居が「そうしますかー」と応じた。現在、2児の父親。岸谷は、奥居制作の番組企画用デモテープを奥居宅まで取りに行った、奥居宅の近所で一緒に飲んだ、一緒にJリーグの試合を観に行った、と『レディクラ』内で奥居との交際をリスナーに報告していた。

金曜日の『レディクラ』直後に放送されていたTMNの『スーパーギャング』の番組中、突発的に小室哲哉が、『(小規模の)イベントをやりたい』、『そのMCに岸谷はどうか』という趣旨の発言をしたため、スタッフの配慮からか既に帰宅途中であった岸谷が当時のTBS社屋(TMNが『スーパーギャング』を生放送していたラジオスタジオ)まで呼び戻されたことがある。その際、TMNのメンバーから『女の部屋にいたのか?』と質問をされて、『サウナにいた』と答えている。流れで『レディクラ』に度々ゲスト出演していたTMNのメンバーからは、『五朗ちゃん』と呼ばれていた。

岸谷は『レディクラ』、又は、その後発のラジオ番組内にて、『TMNの小室にフェラーリをくれるよう頼んだことがある』、『同小室は夜中に急に中華料理が食べたくなり、ヘリコプターを手配して香港へ食べに行ったことがある』という趣旨の逸話を話している。

世界エイズデーに全国で開かれていれる『AAA〜アクト・アゲインスト・エイズ』の発起人でもあり、1993年以降(近年は主に武道館で)自らチャリティコンサートをプロデュース・演出し、募金活動を続けている。AAA関連の人物との交流が深く、ファンでもある桑田佳祐のラジオ番組『桑田佳祐のやさしい夜遊び』にも出演している。また、桑田の事を公の場では「大将」と呼んでいる。

ドラマ『みにくいアヒルの子』で北海道から東京に出てきた教師を演じたことがきっかけで、北海道に関係のある商品のCMに出ることが多い。

舞台共演をきっかけに本田美奈子.とは親交があり、本田の葬儀では弔辞を捧げた。

映画『平成無責任一家東京デラックス』の出演者と共に『東京デラックスシンガーズ』として『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』に出演した際には、深夜のお笑い番組でSET隊とダウンタウンが共演していた頃のエピソードを披露した。当時の収録現場のダウンタウンは、後輩である今田耕司等とつるみ強面な空気を出していた、という趣旨の発言をした。ダウンタウンは、岸谷がお笑いを辞めて俳優として有名になったことを責めた。お互いに感慨深かったようで当時を懐かしみ、終始和気藹々とした空気であった。ダウンタウンからも『五朗ちゃん』と呼ばれていた。

2000年、ドラマ『最後のストライク』で闘病中の津田恒美を演じるため、8日間で約8キロの減量をした[1]

2009年公開のキラー・ヴァージンロードで初の映画監督に挑む。

2009年9月12日オールナイトニッポンサタデーナイトスペシャル福山雅治の魂のラジオにて愛車は未だにマツダ・RX-7と告白していた。5万キロ走行。2012年現在も所有。

2011年8月には、劇団EXILE W-IMPACT『レッドクリフ 〜愛〜』では、スタッフの一員として演出を担当する。

2011年10月公開の『夜明けの街で』について、「作品の結末を観に行った人と話すことで人間の多面性を感じることができる」、と語っている。[2]

出演作品編集

テレビドラマ編集

郷土創生譚キョードライザー(2019年)-ナレーター

  • 我が家のヒミツ(2019年3月)-第4話、第5話
  • ドラマスペシャル 最上の命医2019(2019年10月2日、テレビ東京) - 佐久間耕作
  • 孤独のグルメ Season8 第3話(2019年10月18日、テレビ東京) - 武者小路朱雀 役
  • 少年寅次郎 第4話・第5話(2019年11月9日・11月16日、NHK) - 坪内散歩 役
  • 横山秀夫サスペンス 沈黙のアリバイ(2020年10月26日、テレビ東京) - 村瀬恭一 役[7]
  • 横山秀夫サスペンス モノクロームの反転(2020年11月9日、テレビ東京) - 主演・村瀬恭一 役[7]

映画編集

インターネットドラマ編集

舞台編集

テレビアニメ編集

ゲーム編集

吹き替え編集

ラジオ編集

CM編集

音楽編集

CD編集

参加作品編集

EXILEのシングル。
M-3「愛すべき未来へ」のストーリーを担当。

演出編集

受賞歴編集

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ フジテレビ知っ得情報 - ウェイバックマシン(2003年6月8日アーカイブ分)
  2. ^ 有名人が語る男前の条件「岸谷五朗」 |インライフ より
  3. ^ “岸谷五朗、松坂慶子らが京都の職人スタッフにしごかれる!?”. ウォーカープラス. (2014年10月3日). http://news.walkerplus.com/article/50994/ 2014年10月5日閲覧。 
  4. ^ “岸谷五朗、1年ぶりに役との”再会”に感慨「ちゃんと生きていた」”. ORICON NEWS (oricon ME). (2015年10月2日). https://www.oricon.co.jp/news/2060139/full/ 2020年9月23日閲覧。 
  5. ^ “岸谷五朗、テレビ東京系ドラマ「天―」主演に雀荘で役作り 人気コミック初の実写化”. スポーツ報知. (2018年6月19日). https://www.hochi.co.jp/entertainment/20180618-OHT1T50284.html 2018年8月1日閲覧。 
  6. ^ “天 天和通りの快男児 赤木しげるの最期を実写化 続編の特別ドラマ「天 赤木しげる葬式編」放送決定”. 毎日新聞. (2019年9月26日). https://mainichi.jp/articles/20190926/dyo/00m/200/022000c 2019年9月26日閲覧。 
  7. ^ a b “仲村トオル&岸谷五朗、2人の刑事が織りなす横山秀夫サスペンスドラマ化”. ORICON NEWS (oricon ME). (2020年9月23日). https://www.oricon.co.jp/news/2172625/full/ 2020年9月23日閲覧。 
  8. ^ 柿沢勇人がキース・ヘリング役に挑戦「ワクワク」”. 日刊スポーツ (2015年9月10日). 2015年9月10日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集