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概要編集

2006年(平成18年)6月2日小泉改革の負の側面として格差がクローズアップされる中、改革の姿勢は継続しつつも機会の平等という観点を重視して誰もが再挑戦ができる社会の実現する再チャレンジ政策について議論するための議員連盟として発足した。しかし、真の目的は時の内閣総理大臣小泉純一郎の最有力後継者であった安倍晋三(当時内閣官房長官)を支援するための議連であり、安倍応援団の中核組織として平成18年自民党総裁選での安倍圧勝の流れを決定付けた。

議連の設立は、菅義偉が安倍に出身派閥である森派(当時、現細田派)に頼らずに、超派閥で臨むべきだとの進言によってなされた。政策を旗印とすることで、参加へのハードルを低くすると同時に各派閥の締め付けを難しくし、議員の囲い込みに成功した。また、世論に対しても安倍の派閥色を打ち消す効果があった。

更に、世代交代を打ち出すために衆院の参加者は当選6回以下、参院は2回以下の議員に絞り、ベテラン議員を中心に待望論が広がっていた福田康夫に対抗する形となった。

発足総会には、代理出席を含めて94名の国会議員が集結し、党内での安倍支持の広がりを見せつけて福田を出馬断念に追い込んだ。総裁選では、選対本部の構成などで森派と主導権争いを繰り広げた。

山本有二が会長を、菅が幹事長を務めている。

所属議員編集

関連項目編集

出典編集

  • 文藝春秋』 平成18年11月号 赤坂太郎 「安倍内閣『功名が辻』の吉と凶」