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朝乃山 英樹(あさのやま ひでき、1994年3月1日 - )は、富山県富山市出身で、高砂部屋所属の現役大相撲力士。本名は石橋 広暉(いしばし ひろき)。身長187cm、体重170kg(2019年初場所現在)。血液型はA型。得意技は寄り、上手投げ。最高位は西前頭5枚目(2018年9月場所・11月場所)。好物は寿司、甘い物(特にショートケーキ[4]

朝乃山 英樹 Sumo pictogram.svg
Asanoyama 2017 March.jpg
基礎情報
四股名 石橋 → 朝乃山
本名 石橋 広暉
愛称 イシバシ[1]、バッシー[1]、富山の人間山脈[2]
生年月日 (1994-03-01) 1994年3月1日(25歳)
出身 富山県富山市
身長 187cm
体重 170kg
BMI 48.61
所属部屋 高砂部屋
得意技 右四つ、寄り、上手投げ
成績
現在の番付 西前頭8枚目
最高位 西前頭5枚目
生涯戦歴 142勝95敗(19場所)
幕内戦歴 78勝72敗(10場所)
優勝 幕下優勝1回
敢闘賞2回
データ
初土俵 2016年3月場所
入幕 2017年9月場所
趣味 格闘技観戦[3]
備考
2019年4月30日現在

目次

来歴編集

富山市立呉羽小学校4年生から、ハンドボールと並行して相撲を始めた。ハンドボールでは富山県の強化選手に選ばれるほどの実績を残している。母校の呉羽小学校のグラウンドの一角にある土俵の名前は「太刀山道場」であり、もし太刀山ゆかりの土俵がなかったら「(相撲を)やってなかったかな。相撲部もなかったんじゃないですか。横綱がいたからこそ、土俵ができたと思う」という[2]。しかし、富山市立呉羽中学校進学後はハンドボール部の厳しい練習に耐えられずに退部し、相撲部へ入部した[5]。相撲部の練習はハンドボール部の練習より厳しいものであったが、退部を切り出す機会が無いまま稽古に励んだ結果、中学3年次には全国都道府県中学生相撲選手権大会に出場している。この大会で左肘を負傷したことで相撲を辞めることも検討したが、富山県立富山商業高等学校相撲部監督の浦山英樹に「富商に来い。俺が強くしてやる」と声をかけられて同高校に進学した[6]。高校3年生では選抜高校相撲十和田大会準優勝の実績を残した。

高校時代からプロ入りを意識しつつ近畿大学経済学部経営学科に進学すると団体戦でも活躍した。大学1年生の3月には高砂部屋が春場所の前に行う恒例行事である近大との合同稽古で当時幕下であった朝弁慶と稽古を行い、この時を石橋は「あれだけ重い人が思い切りぶつかってくるなんて、それまで経験したことありませんでした。まさしく戦車です。受け止められなくて吹っ飛ばされましたよ」と入幕後に述懐している。そのため、石橋は大相撲など自分とは無縁だと痛感し、角界に飛び込む気持ちなど全くなかった。2年生の時には玉木が早くから若松(元幕内・朝乃若)に誘われていたが、石橋には声が掛からなかった。[7]それでも、国体でも富山県代表選手に選抜され、2015年の国体で富山県の団体優勝に貢献した[8]。大学時代に個人タイトルは最終的に7つ獲得したが、主要な大会のタイトルは無かった。しかし、4年生で国体成年の部4位、全日本相撲選手権大会ベスト4の実績を残したことで、2015年5月に創設されたばかりの三段目付出資格を取得した[9]。全日本選手権をもって大学生としての全ての試合が終了した後は、大学2年次に受けた近畿大学OBの若松親方(元幕内・朝乃若)の勧誘が決め手となり[10]、12月24日に高砂部屋への入門を発表した[11]。入門に当たり、1年後の春には関取になって富山に帰りたいと抱負を語った[12]。若松に勧誘された経緯について石橋は「最初は、若松親方が玉木を誘っているのを横で、直立不動で聞いているだけだったんですけど、気が付いたら自分も誘われていたっていう感じです」と話している[7]。本来は勧誘を受けてもなお入門するつもりは無く、卒業後は富山に帰郷するつもりであったが、恩師の浦山から「お前には富山に就職先はない。高砂部屋に入れ」と言われており、石橋は後に「若松親方と浦山監督とで話を進めていたようです。監督にしてみれば、教え子が関取になっていないので寂しかったんじゃないかなと思います」と分析している[7]。高砂部屋は師匠の高砂親方(元大関・朝潮)も近畿大学卒業生であり、同級生でチームメイトだった玉木も1場所早く初土俵を踏んでいる。その玉木は入門当初「朝玉木」を名乗ったが、石橋が入門すると本名で揃えたいという理由で四股名から「朝」の字を外している[13]。石橋の三段目付出入門は2016年1月28日に日本相撲協会の理事会で承認され、同制度の初適用第1号となった[14]

2016年3月場所で初土俵を踏むと[15]、1番目から共に三段目付出となった同期入門の小柳と取組が組まれ、黒星発進となった[16]。最後の7番目の相撲でも水戸司に逆転負けを喫して最終的に5勝2敗の成績だった[17]。続く5月場所で初めて番付表に四股名が載ると6連勝の好発進となったものの、三段目優勝がかかった最後の7番目で前場所の序二段優勝者だった琴太豪に寄り切りで敗れて6勝1敗に終わった[18]。翌7月場所も無傷の4連勝で幕下入りを有力な状況とし、5番目も幕下力士に勝利したが、6番目でこの場所を幕下優勝する竜勢に敗れた[19]。最終的に6勝1敗の好成績により、9月場所で幕下へ昇進した。この場所も6勝1敗の好成績だったため、翌11月場所では関取昇進の可能性がある幕下15枚目以内の番付に昇格した。この場所は全勝すれば関取昇進というチャンスの場所であったが、同時に創設以来138年間必ず番付にいた関取がゼロになるピンチでもあった。結果、石橋は5勝2敗で関取昇進を逃し、朝赤龍が幕下陥落を余儀なくされたため、ピンチを回避することは叶わなかった。石橋は千秋楽の打ち上げの席で朝赤龍が高砂に泣いて詫びたことに関して「自分は直接、その場面を見ていなかったんですが、後から知らされました。(朝赤龍は)部屋の伝統をいちばん重く受け止めていたに違いありませんし、自分が勇み足なんかしないで勝てていればと、悔しくて、不甲斐なかったですね」と語っている[7]

2017年は西幕下7枚目と初めて幕下一桁台の地位となって始まったが、その1月場所では7戦全勝の幕下優勝を果たし、同時に新十両昇進も確実とした。この場所は1878年の高砂部屋創設以来、初めて部屋所属の関取が不在となった場所であったが、これにより、関取不在は1場所で解消されることになった[20]。また、富山県出身の関取は1997年5月場所限りで引退した琴ヶ梅以来途絶えていたが、こちらも20年ぶりに復活することとなった[21][22]。そして、場所後の1月25日に開かれた番付編成会議にて、石橋の3月場所での新十両昇進が正式決定すると、同場所からそれまで本名のままだった四股名を「朝乃山 英樹」へと改名することを発表した。部屋伝統の「朝」の字に、故郷の富山や恩師浦山、同郷の大先輩である第22代横綱・太刀山に肖った「山」の字を四股名に含めた。下の名は、石橋が幕下優勝を決めた一番をテレビで見届けた翌日に病死した恩師浦山の名前をそのままつけており、四股名の考案は葬儀の日に高校の先輩と行った[23]。所要6場所での新十両昇進に「大阪で初土俵を踏んだのが1年前。第2の故郷の大阪に、関取で帰ってくる目標を達成できて良かった」と安堵(あんど)の笑みを浮かべ、新十両の土俵では「幕下までは1場所7番。これからは15番取れるのが楽しみ。右四つ、左上手の自分の相撲を思い切り取りたい」と抱負を語った。高砂親方も「伸びしろは、まだある。しこ名を有名にするも、しないも、本人次第。いろいろと吸収して自分の力、血に替えることが大事」と期待した。[24]。なお、朝乃山の昇進で2017年3月場所の関取70人の内平成生まれが36人を数え、史上初めて番付上平成生まれの関取が昭和生まれの関取を上回った[25]

新十両となった3月場所では、途中で連敗もあったが最終的に10勝5敗の好成績を挙げて優勝決定巴戦にも進出したが、豊響に敗れて優勝とはならなかった。5月場所は8勝7敗で勝ち越し、西十両5枚目で迎えた7月場所は、初日に前場所で小柳から改名した豊山を破ってから8連勝で中日勝ち越しとなり、十両の優勝争いで単独トップに立った。9日目に魁聖に敗れて初黒星となり、初日に自身に敗れた後8連勝とした豊山と並ぶ形となった。10日目・12日目も黒星がついたが、優勝争いで並んでいた豊山も揃って負けたため、優勝争いの先頭には残り続けたが、12日目に3敗となった時点で大奄美も優勝争いの先頭に並んだ。13日目に豊山が大奄美に敗れて4敗に後退し、14日目に大奄美が敗れて4敗となると再び優勝争いの単独トップとなったが、千秋楽の本割で大奄美に敗れて4敗となったことで、優勝争いの決着は再び優勝決定戦に、それも豊山を交えた自身2度目の巴戦になったが、大奄美に敗れて2度目の決定戦も敗退となった。8月2日に行われた夏巡業富山場所では長い時間土俵で胸を出し、錦木などと稽古を行った。懸賞が3本懸っていた千代丸との取組は寄り切りで勝利[26]。翌9月場所は新入幕で東前頭16枚目となった。

新入幕の9月場所は、7日目まで白星と黒星が交互に並ぶ星取りもあったが、上位力士の不調もあり13日目終了時点で3敗で単独首位の豪栄道を1差の4敗で追うという展開で、新入幕ながら優勝争いにも関与した。14日目に自身が敗れて豪栄道が勝ったため優勝争いからは脱落したが、10勝5敗の好成績で敢闘賞を獲得した。もしこの場所で優勝すれば、1914年の両國勇治郎以来103年ぶりとなる新入幕での幕内最高優勝となったため、そのことから報道上でも話題になった[27]。敢闘賞を手にした朝乃山は千秋楽の支度部屋で「上位とも当たり、いい経験になった。新入幕で勝ち越しで終われるとは思っていなかったので、自分が一番驚いている。幕内で二桁勝利は自信になります」と話していた[28]。10月15日の秋巡業京都場所ではぶつかり稽古で白鵬に胸を出してもらった。すぐにスタミナ切れした朝乃山だったが「自分に近い。柔らかさ、重さ、力強さがある」と白鵬は素質を認めた[29][30]。17日の岐阜場所では稀勢の里と三番稽古を9番行い3勝6敗。稀勢の里も「当たりが強い。伸びしろもまだまだある」と評価した[31]。11月場所は番付運にやや恵まれず、4枚半上昇の西前頭11枚目で迎えた。この場所は2度の4連敗を喫するなど先場所から一転不調に陥り、5勝10敗と二桁の負け越しとなった。幕内残留も危ぶまれる星であったが、2018年1月場所は西前頭16枚目に留まり、9勝6敗で勝ち越した。この場所は初日から6連勝を挙げているが、本人は「幕尻なのでうれしくない」と場所後の雑誌のインタビューで答えている[4]。5月場所は10日目の安美錦戦で肩透かしにより敗れ、その際に左足首を負傷した影響で終盤戦は1勝4敗と失速、この場所は7勝8敗と勝ち越しを逃した。周囲からは「なんであと1番、欲を出していかなかったんだ」と苦言を呈され、高砂からも不甲斐ない相撲を一喝された[32]。西前頭13枚目で迎えた7月場所は序盤から好調で、9日目を終えた時点で8勝1敗の成績だった。この時点で既に全勝の御嶽海の他に1敗までの力士がおらず、唯一自力優勝の可能性がある立場となったが、10日目に北勝富士に敗れて2敗に後退。終盤は上位力士との割が組まれたことで少し失速したが、それでも幕内では自己最高となる11勝4敗の成績を挙げ、最終盤まで優勝争いに加わったことで自身2度目となる敢闘賞を受賞した。5月場所に勝ち越しを逃した悔しさから奮起し、欲を出して三賞を狙いにいった結果であった[32]。9月場所は自己最高位となる西前頭5枚目まで番付を伸ばした。この場所は久しぶりに横綱・大関陣が揃って出場したこともあって、15日間のうち自身より番付上位の力士との取組は僅か3番しかないなど割に恵まれて序盤は白星を先行させた。しかし7勝3敗から5連敗を喫するなど終盤に急失速して7勝8敗の向こう給金に終わった。2019年3月場所は10日目まで7勝3敗と好調であったが、11日目から5日連続で給金相撲を逃し、千秋楽負けて7勝8敗と勝ち越しを逸した。西前頭8枚目で迎えた5月場所は絶好調で、9日目に勝ち越しを確定させた。

取り口編集

基本的に右四つになると非常に強い。右を差して胸を合わせて足を寄せて寄るか上手投げで仕留める速攻相撲が持ち味。懐が深く、廻しを取る手がよく伸びる[33]。右差しを深くねじ込み左前みつを掴むと十分の体勢になる[34]。しかし半身になる癖があり、2017年3月場所後の座談会で錣山が「右四つなので半身にならなければいいです。右四つならばとても強いですが、たまに半身になることがあります。それさえ直せば、朝乃山も小柳に負けないくらいの力士になれると思います」と指摘している[35]。基本的に右四つ左上手に徹しており、四つに組めないと相撲が長引く傾向がある。下手からの投げはほとんどない。2017年7月場所後の座談会では錣山が「朝乃山は右四つのいい形を持っています。ただ、大きい相四つの相手には通じません。左上手を深く取る悪い癖があります。魁聖戦でも胸を合わせて簡単に寄り切られています。もっと左の上手を浅く取って、すぐ頭をつける方がいいです」と論評をしている[36]。錦木など並々ならぬ力強さのある力士には四つに組んで負けることもあるが、突き崩してから上手投げを放つと強く、2017年9月場所10日目などはそのような相撲で勝っている[37]。2017年9月場所は5秒以内に終わった相撲が15番中2番にとどまっており、そのことから武蔵川(元横綱・武蔵丸)から場所後のコラムで「まだ相撲が遅い。いい体を持ってるんだから、早く動く稽古をすればいい」と言われている[38]。2017年11月場所前の座談会で舞の海は「均整の取れた体型で、突っ張りもあるし、右四つに組んでも強引にかいなを返して胸を合わせていくあたりはすごく魅力があります。将来性を感じますね。悪い癖もないですし、このままおおらかに育っていけば、大器になっていくと思います。上背もあるし、膝のケガをしていない。これは大きいですね」と絶賛しており、阿武松も「朝乃山は本格派ですよ。秋場所は突っ張りが効いていました。また上手を取ると腰がぐーんと下がるのはかっこいいですよ。形がいいなと思います。上背がある人は立腰で寄るので、逆転されたり中に入られたりするんですが、朝乃山は四つになったときの形がすごくいいです。突っ張りも何番も出ていましたので、相当力をつけているように見えます」と高評価していた[39]。同時期の黒姫山のコラム内では、相撲を覚えられて以前のように簡単に右四つには差せてもらえないはずなので、相手を弾き飛ばすようなものを身に付けるべきだと言われている[40]。11月場所前の相撲雑誌の記事ではメンタル面が弱いことを公言していると書かれている[41]。2018年9月場所前の記事では花田虎上から「腰も高くないし、まりが弾むような取り口で昭和のお相撲さんといった感じがしました」という評価をされた[42]。同時期、舞の海からは「上背があって変な癖も小細工もなく、グイグイと右を差し込んで上手を取って、攻めながら自分の形をつくっていく取り口に将来性を感じます」と評されており、また「朝乃山のスケールの大きさが強く印象に残ったのも、ここ最近は押し相撲が増えているからです」とも言われている[43]。同じ右四つ得意の力士に対しては左上手を取れないと脆く、2019年3月場所7日目の隠岐の海戦で右四つになったにもかかわらず敗れたのはその好例である[44]。2019年頃になると右からの掬い投げを武器とするようになり2019年5月場所5日目の戦はその好例である。だがこの取組をAbemaTVで解説していた9代陸奥は「この相撲では上に行ったら勝てない。自分が先に上手を取って、相手に上手を取らせない。そういう相撲を取らなければ」と注文を付けた[45]

エピソード編集

  • 2017年3月8日、大阪市中央区の高砂部屋宿舎で北日本新聞社から新化粧まわしを贈られた。富山湾で跳びはねる出世魚のブリが刺しゅうされたデザイン。朝乃山は「とても格好良くて、一目ぼれしました。魚の化粧まわしをつけている人を見たことがないので、目立つ。ブリは小さいころから食べていて、好きです。1年以内に幕内に行きたい」と誓った[46]
  • 2017年4月9日、大相撲春巡業静岡場所で日馬富士に胸を出してもらい、バテバテになって休み休みながら20分間に渡ってぶつかり稽古が続けられた。途中で立てなくなると足で気合を入れられ、集中力欠いていると見るや否や、強烈なかち上げで喝を入れられた。日馬富士は「良い思い出になれば」としつつ「つい、昔の自分や白鵬関、稀勢の里と比べちゃう。おれたちは横綱に胸を出してもらったら、命懸けで必死だった。休んでいる場合じゃなかった」と苦言。「顔を張られて強くなるのが相撲道。遊びじゃない。厳しい稽古をしてほしい」と注文をつけた。朝乃山は「いい経験ができた」と話すのがやっとだった[47][48]
  • 2017年4月19日には大相撲春巡業富山場所であった。富山場所は17年ぶり[49]
  • 2017年6月17日、富山市市婦中町下轡田のファボーレで朝乃山のトークショーがあった。新十両から二場所連続で勝ち越しを決めた故郷のヒーローを一目見ようと大勢の市民らが駆けつけた。司会者の「ご飯はどれぐらい食べるのか」との質問には「米は丼三杯とおかずを少し。結構小食なので」と返し、笑いを誘った。プロの力士になる上で必要なものを問われると「何事にも挑戦する気持ちが必要だ」と力を込めた。7月場所に向け「勝ち越しを目指すので、応援よろしくお願いします」と話し、大きな拍手が送られた。その後の握手会には数百人の長蛇の列ができ、朝乃山関は笑顔で応じていた[50]
  • 2017年5月3日、高砂部屋で新化粧廻しの贈呈式が行われた。東京富山県人会から贈られ、富山湾から立山連峰を望む構図。朝乃山は「うれしい。シンプルでかっこいい。『ザ・富山』ですね」。同年5月場所初日から占めた[51]
  • 2017年8月2日に行われた夏巡業富山場所では、会場の外に掲げられたのぼり数は、27本中15本と半数以上で、地元テレビ局を含めカメラ6台が朝乃山の動向を追い、「人気はまさに横綱級」と報じられた[52]
  • ライバルの豊山に先に入幕された際には「小柳(豊山の本名)は先に幕内に上がりましたけど、焦りはないですよ。それよりも、あいつが上がれるなら俺もという気になれました」と落ち着いてはいたが「やっぱりライバル。あいつに抜かれたら悔しいし、それはあいつも同じはず」とも話している[23]
    • 一方で2018年の記事では豊山を「小柳さん」と呼んでいることがうかがえ、巡業中は明け荷を隣において一緒に話をしたり共に食事を行ったりして仲良くしている[4]
  • 好きなタレント磯山さやか[23]
  • 左四つの名手である稀勢の里は右四つの強い朝乃山としばしば稽古を行う[3]。2017年10月6日の横浜場所でも喧嘩四つの相手と稽古をしたいということからか、稀勢の里に指名された[53]
  • 2017年9月27日に富山県庁を訪れた際、石井隆一富山県知事から賞状と金箔の杯セット、富山県産のコメの新品種「富富富」10㎏に、コシヒカリ1俵の目録を受け取った。石井が「全国放送のテレビでたびたび富山県出身であることが取り上げられ、県のイメージアップにつながって大変ありがたいです」と話すと、朝乃山は「挑戦者の気持ちで挑んだことが好結果につながったと思います。九州場所も勝ち越し目指して頑張りたい」と答えていた。同日、と山北消防署で一日消防署長も務め、介護福祉施設や化学メーカーの事業所、病院などで火災予防のPR活動に取り組んだ。このうち富山県済生会富山病院では、朝乃山はあいさつの中で富山県の火災の出火率が低いことに触れて「二六年間連続して出火率がいちばん低いことは県民として誇りに思っています。これからも火災予防に取り組んでください」と呼びかけ、このあと朝乃山は笑顔で記念撮影に応じていた[54]
  • 趣味は格闘技観戦。ボクシングK-1はよく観戦していたが、プロレスは痛そうなのであまり観ていなかった[3]
  • 2017年10月30日、十両昇進確定から半年余りを要してようやく母校・近畿大学から化粧廻しを贈呈された。同大学関係者によると、通常は十両昇進時に化粧まわしを贈るが、想定以上のスピード昇進のため、準備が間に合わなかったという。朝乃山は「(九州)場所でつけて、化粧まわしの験がいいのか、悪いのか試したい。悪かったらすぐに変えます」と冗談交じりに話して笑いを誘った。贈られた化粧まわしは、九州場所の初日か中日につける予定にしている[55]
  • 朝乃山が入幕して以降、富山県内では朝乃山を応援する人々の熱気が加速している。相撲ライターの尾崎しのぶの友人などは、足を骨折した時も自身が経営しているバーの仕事場に立つなど仕事熱心な人物であるが、2017年9月場所中には「朝乃山が優勝したら店を早仕舞いしてでも優勝パレードに駆け付ける」と言っていた[56]
  • 2018年1月場所後の時点では化粧廻しを5本持っている[4]
  • 相撲界に入って一番つらいこととして、2018年1月場所の取材で「巡業が大変かな」と答えている[4]
  • 九州場所が開催されるたびに唐人町のカレー屋で振る舞われるフレンチトーストに舌鼓を打つ[57]
  • 2018年夏巡業中、日刊スポーツの絵日記企画で「夏はスイカよりメロン」と明かした。実際、同年7月場所も毎日メロンを4玉(可食部は約2kg)食べて乗り切ったという[58]
  • 2019年2月24日放送分の『ジャンクSPORTS』では、地元に帰ると実家の風呂が小さいのでスーパー銭湯に行くが、そこでミニ握手会のような状態になると地元での人気ぶりを自ら語った[59]

主な成績編集

2019年3月場所終了現在

通算成績編集

  • 通算成績:142勝95敗(22場所)
  • 幕内成績:78勝72敗(10場所)
  • 十両成績:29勝16敗(3場所)

各段優勝編集

  • 幕下優勝:1回(2017年1月場所)

三賞・金星編集

  • 三賞
    • 敢闘賞:2回(2017年9月場所、2018年7月場所)
  • 金星:なし

場所別成績編集

 
朝乃山 英樹
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2016年
(平成28年)
x 三段目付出100枚目
5–2 
東三段目66枚目
6–1 
西三段目11枚目
6–1 
西幕下36枚目
6–1 
東幕下14枚目
5–2 
2017年
(平成29年)
西幕下7枚目
優勝
7–0
東十両12枚目
10–5[60] 
東十両7枚目
8–7 
西十両5枚目
11–4[60] 
東前頭16枚目
10–5
西前頭11枚目
5–10 
2018年
(平成30年)
西前頭16枚目
9–6 
西前頭13枚目
8–7 
西前頭12枚目
7–8 
西前頭13枚目
11–4
西前頭5枚目
7–8 
西前頭5枚目
6–9 
2019年
(平成31年
/令和元年)
西前頭8枚目
8–7 
東前頭8枚目
7–8 
西前頭8枚目
 
x x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)


改名歴編集

  • 石橋 広暉(いしばし ひろき)2016年3月場所 - 2017年1月場所
  • 朝乃山 英樹(あさのやま ひでき)2017年3月場所 -

脚注編集

  1. ^ a b 『相撲』2018年3月号 p.57
  2. ^ a b 東京中日スポーツ 2017年9月21日
  3. ^ a b c 『大相撲ジャーナル』2017年12月号p18
  4. ^ a b c d e 『大相撲中継』2018年2月17日号 p.77
  5. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2017年2月号(初場所総決算号) 83頁
  6. ^ 朝乃山 応援よろしく 新十両昇進で県庁訪問 中日新聞 2017年1月28日
  7. ^ a b c d ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(3) 高砂部屋』p80-81
  8. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2015年12月号(九州場所総決算号) 121頁
  9. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2016年2月号(初場所総決算号) 95頁
  10. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2016年4月号(春場所総決算号) 107頁
  11. ^ “富山)富山市出身の近大・石橋選手、高砂部屋に入門”. 朝日新聞. (2015年12月25日). http://www.asahi.com/articles/ASHDS63T4HDSPTQP00P.html 2016年11月19日閲覧。 
  12. ^ “富山出身の石橋選手、市長に角界入り報告 「来春は関取に」 /富山”. 毎日新聞. (2016年2月6日). http://mainichi.jp/articles/20160206/ddl/k16/050/325000c 2016年11月19日閲覧。 
  13. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2016年6月号(夏場所総決算号) 69頁
  14. ^ “石橋の三段目付け出し承認 全日本3位”. 毎日新聞. (2016年1月28日). http://mainichi.jp/articles/20160129/k00/00m/050/086000c 2016年11月19日閲覧。 
  15. ^ “石橋広暉、小柳亮太ら新弟子検査合格者46人発表”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/1616228.html 2016年11月17日閲覧。 
  16. ^ “三段目付け出し初適用の小柳と石橋がいきなり直接対決 寄り切りで小柳に軍配”. スポーツ報知. (2016年3月14日). http://www.hochi.co.jp/sports/sumo/20160314-OHT1T50059.html 2016年11月19日閲覧。 
  17. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2016年5月号(夏場所展望号) 80頁
  18. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2016年6月号(夏場所総決算号) 75頁
  19. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2016年8月号(名古屋場所総決算号) 88頁
  20. ^ “石橋、幕下Vで十両昇進へ 高砂部屋1場所で関取復活 三段目は武政優勝”. スポニチアネックス. (2017年1月20日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2017/01/20/kiji/20170120s00005000160000c.html 2017年1月22日閲覧。 
  21. ^ “石橋改め朝乃山、デビュー1年で新十両に”. デイリースポーツ. (2017年1月25日). https://www.daily.co.jp/general/2017/01/25/0009860272.shtml 2017年1月25日閲覧。 
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関連項目編集

外部リンク編集