読売広告社

株式会社読売広告社(よみうりこうこくしゃ)は、東京都中央区に本社を置く広告代理店博報堂DYホールディングス傘下。

株式会社読売広告社
YOMIKO ADVERTISING INC.
種類 株式会社
略称 読広、YOMIKO
本社所在地 日本の旗 日本
107-6105
東京都港区赤坂五丁目2番20号
赤坂パークビル
北緯35度40分19.22秒 東経139度44分0.3秒 / 北緯35.6720056度 東経139.733417度 / 35.6720056; 139.733417座標: 北緯35度40分19.22秒 東経139度44分0.3秒 / 北緯35.6720056度 東経139.733417度 / 35.6720056; 139.733417
設立 1946年(昭和21年)7月11日
業種 サービス業
法人番号 3010401076255
事業内容 広告業
代表者 代表取締役社長 藤沼大輔
資本金 14億5,874万8,919円
売上高 71,754百万円(2017年3月期)[1]
営業利益 628百万円(2017年3月期)[1]
経常利益 521百万円(2017年3月期)[1]
純利益 287百万円(2017年3月期)[1]
純資産 13,352百万円(2017年3月31日現在)[1]
総資産 35,793百万円(2017年3月31日現在)[1]
従業員数 654名(2017年6月1日現在)
決算期 3月31日
主要株主 (株)博報堂DYホールディングス 100%
外部リンク http://www.yomiko.co.jp/
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目次

概要編集

  • 1929年に山元國三が設立した山元新光社が前身であり、1946年に株式会社となった際に現社名に変更する。
  • 社名に読売とあるが、これは読売新聞の広告枠買付けから発祥したものであり、読売新聞社および日本テレビなど読売グループとの資本関係を示すものではなかった。ただし社名の経緯もあり読売グループとは友好的な関係であった。
  • 経営統合後は、親会社となった博報堂DYホールディングスの大株主に日本テレビ(8位)、読売新聞社(9位)が名を連ねている(2006年3月現在)。
  • 売上構成上新聞の比率は1割強と高くはなく、主力は3割を超えるテレビ広告となっている(2007年4月現在)。
  • アニメ番組の広告枠買付けおよびプロデュース(製作)が得意分野で、1990年代に電通が参入するまでは旭通信社とシェアを二分していた。
  • 初製作作品は1965年タツノコプロ作品『宇宙エース』で、以来タツノコ作品のプロデュースを数多く手がけていた。
  • アニメ以外のテレビ番組枠買付けでは、1987年より続く日本テレビ系『東京箱根間往復大学駅伝競走』(箱根駅伝)が主に知られている(2004年度より博報堂DYメディアパートナーズ預かりとなる)。
  • 元社長の岩切靖治開高健椎名誠と交友が深く、椎名と共に映画制作プロダクション「ホネ・フィルム」を設立。また椎名と共に「やまがた林間学校」を主催した。
  • 2003年10月に博報堂大広と経営統合し、博報堂DYホールディングスの傘下となる。同時にメディア関連事業(広告枠買付け、コンテンツプロデュース等)を新設会社博報堂DYメディアパートナーズに移管したが、制作上のクレジットにおける読売広告社の社名は現在も残されている。
  • かつて存在した、読売新聞大阪本社の関連会社であった大阪読売広告社と、その大阪読売広告社の事業を継承した読売連合広告社など、別に読売新聞直系の広告代理店も存在する。

プロデューサー編集

製作に関わっているアニメ作品編集

1960年代編集

1970年代編集

1980年代編集

1990年代編集

2000年代編集

2010年代編集

製作に関わっている実写作品編集

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ a b c d e f 第71期決算公告、2017年(平成29年)6月23日付「官報」(号外第135号)118頁。
  2. ^ 但馬オサム 著『世界の子供たちに夢を タツノコプロ創始者 天才・吉田竜夫の軌跡』メディアックス、2013年1月30日初版、144頁
  3. ^ 但馬オサム 著『世界の子供たちに夢を タツノコプロ創始者 天才・吉田竜夫の軌跡』161頁
  4. ^ 但馬オサム 著『世界の子供たちに夢を タツノコプロ創始者 天才・吉田竜夫の軌跡』180頁
  5. ^ 磯野理 著『東宝見聞録 1960年代の映画撮影現場』アスペクト、2011年11月2日初版、306頁

外部リンク編集