競技結果編集

日本プロ野球編集

ペナントレース編集

セントラル・リーグ
順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差
優勝 読売ジャイアンツ 76 43 11 .639 -
2位 中日ドラゴンズ 68 51 11 .571 8.0
3位 広島東洋カープ 65 55 10 .542 11.5
4位 ヤクルトスワローズ 58 64 8 .475 19.5
5位 横浜大洋ホエールズ 56 68 6 .452 22.5
6位 阪神タイガース 41 83 6 .331 37.5
パシフィック・リーグ
順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差
優勝 西武ライオンズ 71 45 14 .612 -
2位 阪急ブレーブス 64 56 10 .533 9.0
3位 日本ハムファイターズ 63 60 7 .512 11.5
4位 南海ホークス 57 63 10 .475 16.0
5位 ロッテオリオンズ 51 65 14 .440 20.0
6位 近鉄バファローズ 52 69 9 .430 21.5

日本シリーズ編集

1987年 日本シリーズ
日付 試合 ビジター球団(先攻) スコア ホーム球団(後攻) 開催球場
10月24日(土) 第1戦 雨天中止 西武ライオンズ球場
10月25日(日) 読売ジャイアンツ 7-3 西武ライオンズ
10月26日(月) 第2戦 読売ジャイアンツ 0-6 西武ライオンズ
10月27日(火) 移動日
10月28日(水) 第3戦 西武ライオンズ 2-1 読売ジャイアンツ 後楽園球場
10月29日(木) 第4戦 西武ライオンズ 0-4 読売ジャイアンツ
10月30日(金) 第5戦 西武ライオンズ 3-1 読売ジャイアンツ
10月31日(土) 移動日
11月1日(日) 第6戦 読売ジャイアンツ 1-3 西武ライオンズ 西武ライオンズ球場
優勝:西武ライオンズ(2年連続7回目)

個人タイトル編集

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
タイトル 選手 球団 成績 選手 球団 成績
最優秀選手 山倉和博 巨人   東尾修 西武  
最優秀新人 荒井幸雄 ヤクルト   阿波野秀幸 近鉄  
首位打者 篠塚利夫 巨人 .333 新井宏昌 近鉄 .366
正田耕三 広島
本塁打王 リチャード・ランス 広島 39本 秋山幸二 西武 43本
打点王 カルロス・ポンセ 大洋 98点 ブーマー・ウェルズ 阪急 119点
盗塁王 屋鋪要 大洋 48個 西村徳文 ロッテ 41個
大石第二朗 近鉄
最高出塁率 落合博満 中日 .435 門田博光 南海 .428
最優秀防御率 桑田真澄 巨人 2.17 工藤公康 西武 2.41
最多勝利 小松辰雄 中日 17勝 山沖之彦 阪急 19勝
最多奪三振 川口和久 広島 184個 阿波野秀幸 近鉄 201個
最高勝率 川端順 広島 .833 工藤公康 西武 .789
最優秀救援投手 郭源治 中日 30SP 牛島和彦 ロッテ 26SP

ベストナイン編集

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
守備位置 選手 球団 選手 球団
投手 桑田真澄 巨人 工藤公康 西武
捕手 山倉和博 巨人 伊東勤 西武
一塁手 ランディ・バース 阪神 ブーマー・ウェルズ 阪急
二塁手 篠塚利夫 巨人 白井一幸 日本ハム
三塁手 原辰徳 巨人 石毛宏典 西武
遊撃手 宇野勝 中日 水上善雄 ロッテ
外野手 ウォーレン・クロマティ 巨人 秋山幸二 西武
カルロス・ポンセ 大洋 新井宏昌 近鉄
吉村禎章 巨人 トニー・ブリューワ 日本ハム
指名打者   石嶺和彦 阪急

高校野球編集

PL学園が作新学院中京商業箕島に続く史上4校目の春夏連覇

大学野球編集

社会人野球編集

メジャーリーグ編集

できごと編集

  • セ・リーグの観客動員数が初めて1200万人を突破し、1試合あたりの平均観客動員数が初めて3万人を越える[1]

1月編集

2月編集

3月編集

4月編集

5月編集

  • 5月2日
    • 広島市民球場での広島対中日4回戦の六回表中日の攻撃で、二死一塁の場面で一塁走者の川又米利が盗塁し広島の二塁手の正田耕三からタッチアウトされるが、この際川又が正田にタッチが強過ぎると正田の胸をついて抗議し、これをきっかけに両軍選手が飛び出て乱闘に発展、審判は中日の監督の星野仙一と広島のコーチの伊勢孝夫に退場を宣告。審判は星野に対し「全員を退場させたら野球が出来なくなるので代表として退場を宣告する」と説明[12]
    • 南海の門田博光が川崎球場での対ロッテ4回戦の六回表に二塁打を放ち、プロ通算300に塁打を達成[13]
    • 大洋の永射保が甲子園球場での対阪神4回戦の9回表一死からリリーフ登板し、プロ通算500試合登板を達成[14]
  • 5月4日 - 阪神の真弓明信が甲子園球場での対大洋6回戦の七回裏に3号本塁打を放ち、プロ通算200号本塁打を達成[15]
  • 5月7日 - 南海ホークス加藤英司が大阪球場での対阪急6回戦の六回裏に山田久志から2号本塁打を放ち、プロ通算2000本安打を達成[16][17]
  • 5月15日 - ロッテのレロン・リーが平和台球場での対日本ハム7回戦の三回裏に安打を打ち、日本プロ野球通算1500安打を達成。外国人選手では史上初[18]
  • 5月16日 - ヤクルトのレオン・リーが対阪神戦(神宮)で日本プロ野球通算250号本塁打、史上26人目。
  • 5月17日 - 横浜大洋ホエールズシクスト・レスカーノが球団に対し打撃不振で自信を失ったとして退団を申し入れ、了承される[19]
  • 5月19日 - 中日の落合博満がナゴヤ球場での対巨人7回戦の六回裏に8号本塁打を放ち、プロ通算250号本塁打を達成[20]
  • 5月21日 - パ・リーグの会長に堀新助が就任。
  • 5月23日 - 新潟県の柏崎市佐藤池野球場でのプロ野球初公式戦の南海対ロッテ7回戦が行われたが、試合は悪天候で進行が遅れたため8回表1死で日没サスペンデッドゲームとなる。7月7日の平和台球場での南海対ロッテ戦の前に再開となる。
  • 5月26日
    • 西武の秋山幸二が 西武球場での対日本ハム7回戦の六回裏に15本塁打を放ち、プロ通算100号本塁打を達成[21]
    • 巨人の中畑清が後楽園球場での対大洋7回戦に出場し、プロ通算1000試合出場を達成[22]
  • 5月30日 - 大洋増本宏イースタン・リーグの対日本ハム戦において、リーグ史上2人目の完全試合を達成[23]

6月編集

  • 6月2日 - 中日の落合博満がナゴヤ球場での対大洋9回戦の七回裏に12号本塁打を放ち、プロ通算1000本安打を達成[24]
  • 6月5日 - 神宮球場にて中日対ヤクルト5回戦で中日がヤクルトに9-6で勝利し、球団通算3000勝を達成[25]
  • 6月7日 - 阪急の弓岡敬二郎が対ロッテ9回戦の七回表に犠打を決め、プロ通算通算200犠打を達成。パ・リーグの選手で史上初めて通算200犠打の達成者となった[26]
  • 6月11日
    • 広島の衣笠祥雄が広島市民球場での対大洋9回戦に出場し、メジャー・リーグのルー・ゲーリッグの記録と並ぶ2130試合連続出場を達成[27]
    • 藤崎台県営野球場で行われた 中日対巨人12回戦で7回2死二塁の場面で、中日の宮下昌己の初球がウォーレン・クロマティのヘルメットに直撃し、これに激昂したクロマティが宮下に殴りかかり、両チーム入り乱れての乱闘となる。クロマティは退場処分を受け、殴られた宮下はその後の乱闘もあり、全治10日間のけが。試合は5-1で巨人が勝利[28][29]
  • 6月12日 - 巨人は11日の中日戦で乱闘騒ぎを起こしたウォーレン・クロマティに対し12日から謹慎5日間、罰金30万円の処分を課したと発表[30]
  • 6月13日 - 広島の衣笠祥雄が広島市民球場での対中日10回戦に出場して2131試合連続出場を達成し、ルー・ゲーリッグの持つメジャー記録の2130試合連続試合出場の記録を更新[31]
  • 6月15日 - 政府は連続試合出場の新記録を達成した広島の衣笠祥雄に対し国民栄誉賞を贈ることを決定[32]
  • 6月16日 - 南海の門田博光が前橋で行われた南海対日本ハム9回戦の七回表一塁走者として加藤英司の本塁打で生還し、プロ通算1000得点を達成[33]
  • 6月19日 - 南海の山村善則が川崎球場での対ロッテ11回戦の一回表に3号満塁本塁打を放ち、これがパ・リーグ通算500号満塁本塁打となる[34]
  • 6月23日 - 巨人の原辰徳が後楽園球場での対阪神10回戦の九回裏に16号2点本塁打を放ち、プロ通算200号本塁打を達成[35]
  • 6月25日 - 広島の高橋慶彦が広島市民球場での対中日4回戦の五回裏に二盗を決め、プロ通算400盗塁を達成[36]

7月編集

  • 7月4日 - 巨人の篠塚利夫が甲子園球場での対阪神14回戦に出場し、プロ通算1000試合出場を達成[37]
  • 7月8日
    • 巨人の桑田真澄が札幌円山球場での対広島11回戦で勝利投手となってシーズン10勝目を挙げ、1967年の江夏豊堀内恒夫が記録して以来の20年ぶり10代での2ケタ勝利を記録[38]
    • 5月23日に柏崎で日没サスペンデッドゲームとなった南海対ロッテ7回戦の続きが、八回表ロッテの攻撃の一死無走者の場面で平和台球場にて再開される。試合は5対4で南海がサヨナラ勝ち[39]
  • 7月18日 - 阪神の掛布雅之が対中日16回戦に先発出場し、プロ通算1500試合出場を達成[40]

8月編集

9月編集

  • 8月8日 - 南海の門田博光が西武球場での対西武20回戦に先発出場し、プロ通算2000試合出場を達成[52]
  • 9月10日 - 阪急の石嶺和彦が藤井寺球場での対近鉄22回戦の七回表に28号本塁打を放ち、パ・リーグ記録となる6試合連続本塁打を記録[53]
  • 9月11日 - ヤクルトの角富士夫が神宮球場での対巨人23回戦に出場し、プロ通算1000試合出場を達成[54]
  • 9月14日 - 初の開催となるジュニア日本選手権が平塚球場で行われ、巨人が、中日に9-0で勝利し、初の二軍日本一達成、MVPは加茂川重治[55]
  • 9月15日 - 近鉄の大石大二郎が登録名を「大石第二朗」に変更。
  • 9月17日 - 中日の大島康徳がナゴヤ球場での対大洋26回戦の六回裏に代打で出場して12号3点本塁打を放ち、これで通算代打本塁打が16となり淡口憲治の持つセ・リーグ最多代打本塁打15を更新[56]
  • 9月19日 - 阪神の永尾泰憲弘田澄男が球団と甲子園球場にて今後の進退について話会い、永尾、弘田ともに引退を申し入れ、球団は了承[57]
  • 9月20日 - ロッテの村田兆治川崎球場での対西武22回戦の三回表に石毛宏典から三振を奪い、プロ通算2000奪三振を達成[58]
  • 9月21日 - 広島の衣笠祥雄が広島市中央区の広島グランドホテルにて午後1時過ぎより記者会見し、現役引退を発表[59]
  • 9月29日 - 広島の北別府学が甲子園球場での対阪神25回戦に先発して勝利投手となって9勝目を挙げ、プロ通算150勝を達成[60]

10月編集

  • 10月9日 - 2位の広島がヤクルトに敗れたため、巨人の4年ぶりセ・リーグ優勝が決まる[61]
  • 10月9日 - ロッテの牛島和彦が対日本ハム戦(後楽園)で日本プロ野球通算100セーブ、史上4人目。
  • 10月10日 - 西武が近鉄を9-7で破り、リーグ優勝決める[62]
  • 10月12日
    • 阪神は大阪市北区の阪神電鉄本社で役員会議を開き、監督の吉田義男を解任を決定したと発表[63]
    • ヤクルトの梶間健一が対中日戦(ナゴヤ)で日本プロ野球通算1000奪三振、史上75人目[10]
  • 10月15日 - 南海の加藤英司が大阪球場内の会議室で記者会見し、現役引退を発表[64]
  • 10月16日
  • 10月18日 - 後楽園球場での公式戦通算7127試合目でセ・リーグ最後の公式戦となる巨人対広島戦が行われる。4回に吉村禎章の打席で球審の山本文男がカウントを間違え2ストライク4ボールから、吉村が30号本塁打を放つ[66]。この本塁打は球場シーズン公式戦史上10416本塁打目で最後の本塁打となった。試合は5-2で広島が勝利。
  • 10月19日 - 【MLB】ニューヨーク・ヤンキースビリー・マーチンの監督就任を発表。マーチンはこれでヤンキースの監督に5度目の就任となる[67]
  • 10月22日
    • セ・リーグのシーズン公式戦全日程が終了、首位打者はセ・リーグ史上初めて同率で正田耕三篠塚利夫が獲得。
    • 広島の衣笠祥雄が公式戦最終戦130試合目に出場し、連続試合出場記録は2215試合となった[68]
    • 近鉄の監督の岡本伊三美が大阪市内の近鉄本社へ今シーズンの報告と監督に辞任を申し出、了承される。
  • 10月23日 - 近鉄は新監督にヘッドコーチの仰木彬が就任したと発表[69]
  • 10月25日 - 【MLB】ワールドシリーズの第7戦が行われミネソタ・ツインズセントルイス・カージナルスを4-2で下し、球団創設初のワールドチャンピオンの座についた。シリーズMVPはフランク・バイオーラ[70]
  • 10月27日 - 沢村賞に巨人の桑田真澄が選出される[71]
  • 10月28日 - ロッテはレロン・リーを自由契約にしたと発表、西新宿のロッテ本社でお別れ会見を開いた[72]
  • 10月30日 - この日の日本シリーズ第5戦が後楽園球場最後の日本プロ野球公式戦となる。

11月編集

12月編集

  • 12月21日 - 西武の東尾修が麻雀賭博の容疑で書類送検[4]。西武球団は東尾に対して謹慎6カ月(1988年6月20日まで)、減俸2500万円の処分。

誕生編集

1月編集

2月編集

3月編集

4月編集

5月編集

6月編集

7月編集

8月編集

9月編集

10月編集

11月編集

12月編集

死去編集

脚注編集

  1. ^ セントラル・リーグ年度別観客動員数(1950-2015) (PDF)”. 日本野球機構公式サイト. 2015年12月24日閲覧。
  2. ^ a b 『中日ドラゴンズ70年史』 中日ドラゴンズ 編、中日新聞社2006年、160頁。ISBN 4806205141
  3. ^ 日付は出典の記述に基づく公示日。『ライオンズ60年史 1950-2010 ―獅子の記憶―「西鉄」から「埼玉西武」まで』 ベースボール・マガジン社〈B.B.MOOK スポーツシリーズ〉、2010年、116頁。ISBN 9784583616858
  4. ^ a b c 『日本プロ野球事件史 1934-2013 秘蔵写真で振り返る衝撃のプロ野球史』 ベースボール・マガジン社〈B.B.MOOK スポーツシリーズ〉、2013年、97頁。ISBN 9784583619323
  5. ^ 読売新聞1987年4月2日夕刊15面「パ・リーグ会長 元共同通信社長 福島慎太郎氏が死去」読売新聞縮刷版1987年4月p89
  6. ^ 【4月8日】1987年(昭62) 開幕2日前 広島“内乱”オーナー代行激怒「出なくていい」”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2009年4月11日). 2015年12月24日閲覧。[リンク切れ]
  7. ^ 読売新聞1987年4月13日8面「阪急が2500勝」読売新聞縮刷版1987年4月p524
  8. ^ 読売新聞1987年4月16日17面「ホーナー、ヤクルトと正式契約」読売新聞縮刷版1987年4月p661
  9. ^ 読売新聞1987年4月26日17面「田島の現役登録抹消 コーチに暴言」読売新聞縮刷版1987年4月p1125
  10. ^ a b 球団のあゆみ1980年代”. 東京ヤクルトスワローズ公式サイト. 2015年12月24日閲覧。
  11. ^ 読売新聞1987年4月30日17面「巨人・篠塚が1000本安打」読売新聞縮刷版1987年4月p1261
  12. ^ 読売新聞1987年5月3日17面「星野監督"暴力"退場 タッチめぐり伊勢コーチも 杉本沈着、初完投」読売新聞縮刷版1987年5月p101
  13. ^ 読売新聞1987年5月3日16面「南海・門田が300二塁打」読売新聞縮刷版1987年5月p100
  14. ^ 読売新聞1987年5月3日17面「大洋も14安打 阪神8連敗」読売新聞縮刷版1987年5月p101
  15. ^ 読売新聞1987年5月5日17面「阪神・真弓明信外野手(三三)が通算200号本塁打」読売新聞縮刷版1987年5月p157
  16. ^ 読売新聞1987年5月8日16面「加藤英2000本安打を達成 旧友・山田から記念アーチ」読売新聞縮刷版1987年5月p254
  17. ^ 【5月7日】1987年(昭62) 渡り歩いて5球団…加藤英司、古巣の同期から2000本安打”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2009年5月11日). 2015年12月24日閲覧。
  18. ^ 読売新聞1987年5月16日15面「リー、1500本安打 ハムは5連勝」読売新聞縮刷版1987年5月p603
  19. ^ 読売新聞1987年5月18日15面「レスカーノ(大洋)が退団 『投手の球、怖くなった』」読売新聞縮刷版1987年5月p679
  20. ^ 読売新聞1987年5月20日17面「中日・落合が通算250本塁打と71勝利打点」読売新聞縮刷版1987年5月p777
  21. ^ 読売新聞1987年5月27日16面「秋山100号"スピード"達成 ブコビッチは連発 西武、日ハムに大勝」読売新聞縮刷版1987年5月p1094
  22. ^ 読売新聞1987年5月27日17面「巨人・中畑が1000試合出場」読売新聞縮刷版1987年5月p1095
  23. ^ ベースボールマガジン』、ベースボール・マガジン社、2012年11月、 72頁。
  24. ^ 読売新聞1987年6月3日17面「中日・落合は1000本安打」読売新聞縮刷版1987年6月p111
  25. ^ 読売新聞1987年6月6日15面「中日が3000勝」読売新聞縮刷版1987年6月p241
  26. ^ 読売新聞1987年6月8日16面「阪急・弓岡敬二郎内野手(二八)がパ初の通算200犠打」読売新聞縮刷版1987年6月p318
  27. ^ 読売新聞1987年6月12日1面「衣笠選手、世界タイ 連続出場2130試合」読売新聞縮刷版1987年6月p483
  28. ^ 読売新聞1987年6月12日17面「死球で暴力 クロマティ退場」読売新聞縮刷版1987年6月p499
  29. ^ 【6月11日】1987年(昭62) “火の国”騒然!クロマティのパンチ炸裂で世界記録もかすむ”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2008年6月8日). 2015年12月24日閲覧。
  30. ^ 1987年6月13日15面「巨人 謹慎5日間、罰金30万 暴力のクロマティを処分」読売新聞縮刷版1987年6月p541
  31. ^ 1987年6月14日1面「鉄人衣笠、世界新 18年間、連続出場2131」読売新聞縮刷版1987年6月p571
  32. ^ 読売新聞1987年6月16日1面「衣笠選手に国民栄誉賞」読売新聞縮刷版1987年6月p619
  33. ^ 読売新聞1987年6月17日17面「南海門田が1000得点」読売新聞縮刷版1987年6月p685
  34. ^ 1987年6月20日15面「復帰藤本、完投5勝目 山村"お祝い"満塁アーチ」読売新聞縮刷版1987年6月p819
  35. ^ 1987年6月24日17面「原の200号遅かった 巨人1点差負け」読売新聞縮刷版1987年6月p989
  36. ^ 1987年6月26日16面「広島・高橋慶彦内野手(三〇)が通算400盗塁」読売新聞縮刷版1987年6月p1084
  37. ^ 読売新聞1987年7月5日17面「巨人・篠塚利夫内野手(二九)が通算1000試合出場」読売新聞縮刷版1987年7月p213
  38. ^ 読売新聞1987年7月9日17面「20年ぶり十代10勝だ 桑田"投打ショー"初完封」読売新聞縮刷版1987年7月p385
  39. ^ 読売新聞1987年7月9日17面「46日ぶり南海サヨナラ決着」読売新聞縮刷版1987年7月p385
  40. ^ 読売新聞1987年7月19日17面「阪神・掛布が1500試合出場」読売新聞縮刷版1987年7月p829
  41. ^ 毎日新聞1987年8月6日1面「浜松市(ヤマハ)15年ぶり優勝 4-3で川崎市(東芝)制す」毎日新聞縮刷版1987年8月p161
  42. ^ 読売新聞1987年8月9日16面「阪急・ブーマー内野手(三三)が通算150号本塁打」読売新聞縮刷版1987年8月p314
  43. ^ 読売新聞1987年8月10日17面「近藤、史上初の初登板快投 巨人をノーヒットノーラン 13三振、二塁も踏ませず」読売新聞縮刷版1987年8月p347
  44. ^ 【8月9日】1987年(昭62) 18歳11カ月、近藤真一 初登板でノーヒッター”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2007年7月29日). 2015年12月24日閲覧。
  45. ^ 読売新聞1987年8月23日17面「斎藤、1000奪三振」読売新聞縮刷版1987年8月p889
  46. ^ 読売新聞1987年8月24日17面「巨人・山倉が100号本塁打」読売新聞縮刷版1987年8月p927
  47. ^ 読売新聞1987年8月25日17面「山田、12人目の2000奪三振 久々5勝 阪急、西武にまた2差」読売新聞縮刷版1987年8月p979
  48. ^ 読売新聞1987年8月27日16面「門田、24人目2000本安打 ケガと戦い続け18年」読売新聞縮刷版1987年8月p1070
  49. ^ 読売新聞1987年8月28日16面「阪急・佐藤義則投手(三三)が通算1000奪三振」読売新聞縮刷版1987年8月p1118
  50. ^ 読売新聞1987年8月30日17面「南海・加藤英司内野手(三九)が2000試合出場」読売新聞縮刷版1987年8月p1219
  51. ^ 読売新聞1987年8月31日19面「3連連続三塁打のセ新」読売新聞縮刷版1987年8月p1257
  52. ^ 読売新聞1987年9月9日16面「門田、史上24人目の2000試合出場」読売新聞縮刷版1987年9月p374
  53. ^ 読売新聞1987年9月11日16面「阪急・石嶺和彦外野手(二六)6試合連続本塁打のパ・リーグタイ記録」読売新聞縮刷版1987年9月p468
  54. ^ 読売新聞1987年9月12日15面「ヤクルト・角、1000試合出場」読売新聞縮刷版1987年9月p527
  55. ^ 【9月14日】1987年(昭62) 初のファーム日本選手権 巨人VでMVPに加茂川重治”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2009年9月11日). 2015年12月24日閲覧。
  56. ^ 読売新聞1987年9月18日17面「中日の大島がセ新の代打本塁打16本」読売新聞縮刷版1987年9月p779
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  67. ^ 毎日新聞1987年10月21日22面「『けんか家マーチン』またまた復帰 監督5度目 ヤンキース」毎日新聞縮刷版1987年10月p796
  68. ^ 毎日新聞1987年10月23日23面「鉄人 フィナーレ 打った!!衣笠”有終”504号」毎日新聞縮刷版1987年10月p885
  69. ^ 毎日新聞1987年10月24日19面「『戦う猛牛に』仰木・近鉄がスタート」毎日新聞縮刷版1987年10月p925
  70. ^ 毎日新聞1987年10月27日19面「ツインズ逆転、決めた Wシリーズ初制覇」毎日新聞縮刷版1987年10月p1033
  71. ^ 読売新聞1987年10月28日17面「桑田に『沢村賞』十代では『堀内』以来」読売新聞縮刷版1987年10月p1305
  72. ^ 毎日新聞1987年10月29日23面「在日11年、ロッテのリー 自由契約に」毎日新聞縮刷版1987年10月p1111
  73. ^ 毎日新聞1987年11月2日1面「西武、2年連続日本一 4勝2敗 巨人破る」毎日新聞縮刷版1987年11月p25
  74. ^ 毎日新聞1987年11月3日19面「田中富『栄転なのか、左遷か』大島『引退後、また中日に』日ハム・中日トレード発表」毎日新聞縮刷版1987年11月p79
  75. ^ 毎日新聞1987年11月13日23面「江川『巨人の9年』に幕 引退発表 『肩痛治療も限界』」毎日新聞縮刷版1987年11月p437
  76. ^ 毎日新聞1987年11月20日23面「最下位球団から史上初のMVP ナ・リーグのドーソン」毎日新聞縮刷版1987年11月p701