ロードサイド店舗

集客相乗効果を狙ってロードサイド店舗が集中している場所(兵庫県篠山市

ロードサイド店舗(ロードサイドてんぽ)とは、幹線道路など通行量の多い道路の沿線において、自家用車オートバイ原動機付自転車)・自転車でのアクセスが主たる集客方法である店舗のこと。特に都市郊外の主要幹線沿いに立地するものを指す場合が多い。「ロードサイド」とは沿道のこと。

目次

概要編集

自家用車を主な交通手段とし、車道をアクセス動線として店舗に付帯する大規模な駐車場を集客装置とする商店形態をとっている。また、鉄道駅から無料の送迎バスを運行している商業施設もある。

営業時間は深夜もしくは24時間営業する店舗もあり、業態についてはコンビニエンスストアラーメン店から、大型複合ショッピングモールまで多岐に渡る。

由来編集

ロードサイド店舗の名付け親は、チヨダの社長であった舟橋政男とされる[1]。舟橋が日本経済新聞社からインタビューを受けた際、記者から「チヨダの郊外店は」というように「郊外」という言葉を何度も聞かされた。それに対して舟橋は「郊外というのは周りに何もないようなところを言うのではないか、私達が出店しているのは人口急増地帯だ」と答えた。記者が「では何と言えばいいのか」と問うたところ、舟橋は「ロードサイドとでも言えばいいんじゃないの」と何気なく答えた。これを記者が気に入り、「ロードサイドショップ」という言葉で行こうということになった。

メリットとデメリット編集

メリット編集

ロードサイド店舗は都市部の商店街(アーケード)などと比較して地価が安いため床面積を広く取ることができ、通常の店舗では販売されていない大型商品も取り揃えることができるなど、品揃えも充実している。

このため、バイパス道路沿いなどに全国展開している店舗(フランチャイズ店舗など)が連なり集客力を高めている。

その他の利点
  • 敷地が広大で店舗面積が大きく、また、複数の店舗が入居しているため、圧倒的に豊富な品揃えで大抵の物が手に入る。
  • 大量生産・大量仕入れ・大量販売方式により、旧業態の店舗に比べ商品価格が安価である。
  • 複数の店舗が一堂に会しており、多くの商品を一度の買物でまとめ買いできるため、多くの場合、一日で買物が済み極めて効率的に買物ができる。
  • 自動車で来店できる(想定している)ので、通常の店舗では販売されていない様な大型商品なども購入でき、品揃えも充実している。
  • 大量生産・販売するため、価格に比して開発力が高く、高性能な商品が多い。
  • 個人商店の場合、店によって当たり外れがあり、悪質な店舗になると不良品等の返品や交換に応じない場合があるが、大型店では大抵の場合、すぐに返品・交換に応じる(統一された対応マニュアルで決められている)。
  • 十分な数の駐車場が整備されているため、車の置き場所に困らず、違法駐車がほとんど発生しない。
  • 都心部から外れた場所に店舗が設置されるため、都心部の人口過密や慢性渋滞を緩和できる。
  • 利用客のほとんどが車を利用するため、満員電車を緩和できる。

デメリット編集

  • 店舗の敷地面積が広く、広大な駐車場を持つことで駐車場から店舗間の距離が遠大になるため、高齢者や障害者による徒歩でのウィンドウショッピングが難しい。
  • 交通量の増加による周辺地域の渋滞交通事故が誘発されることがある。
  • 自動車や原付を持てない利用者の来店が困難(自転車の場合、あまり多くの荷物を運ぶことができない)。
  • 客の大半は自動車で来店する事から、ガソリン価格の推移が客足にも影響を与える。

歴史編集

1960年代後半、高度経済成長とともに自家用車を所有する家庭が増え、モータリゼーションが発達した。生活圏の範囲が広がったことにより郊外ではガソリンスタンドスーパーマーケット、都市部ではドライブインモーテル、24時間経営の自動販売機を集めたオートレストラン(オートスナックまたはコインスナック)といった商業施設が現れ始めた。

1969年昭和44年)に、日本初の郊外型ショッピングセンターである玉川高島屋ショッピングセンターが二子玉川にオープン。しかし、開店当初は客寄せに苦労したと言われている。

1970年代になると、無料駐車場を完備したファミリーレストランホームセンターが出店し始め、ファミリーレストランのすかいらーく1970年(昭和45年)に東京都府中市に、ホームセンターのドイト1972年(昭和47年)に埼玉県与野市(現在のさいたま市中央区)に初出店している。その後、洋服の青山(青山商事)が1974年(昭和49年)に広島県東広島市に、東京靴流通センター(チヨダ)が1977年(昭和52年)に埼玉県入間郡鶴ヶ島町(現在の鶴ヶ島市)に初出店した。これらの店舗は、当時「大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律大規模小売店舗法)」が施行されていたため、店舗面積を500m2未満に押さえたスタイルで出店を進めていった。

1980年代になると、特に地方においては1人1台自動車を保有するようになってきた。また、中心市街地を回避するバイパス道路完成とともに道路沿線に比較的大規模な土地が供給され、カー用品タイヤ専門店・自動車ディーラーなども出店し始めた。

1990年代に入ってバブル崩壊地価が下落し始めると郊外にはさらに多様な業種が参入し、コンビニエンスストアレンタルビデオ店、量販店家具店、ホームセンターなどが出店攻勢に出た。

2000年代になると「大規模小売店舗立地法」が施行されたことにより、アウトレットモール家電量販店総合スーパーの郊外化が急速に進んだ。数百台から数千台規模の駐車場があり、映画館シネマコンプレックス)や遊技場などを兼ね備えた複合商業施設も誕生した。

ロードサイド店鋪の主な種類編集

地域編集

関東地方北関東工業地域ではモータリゼーションが比較的早くから発達しており、大規模なロードサイド店鋪が相次いで進出した。群馬県高崎市高崎市道高崎環状線栃木県宇都宮市宇都宮環状道路西〜北西区間、茨城県水戸市国道50号水戸バイパスの各沿線などは「ロードサイド銀座」と呼ばれることがある。また、千葉県印西市国道464号沿線(千葉ニュータウン)や千葉県から神奈川県にかけての国道16号沿線もロードサイド店舗が多く見受けられ、神奈川県内の国道246号沿線(東京・横浜バイパス大和厚木バイパス)や埼玉県さいたま市から戸田市にかけての国道17号新大宮バイパスや、同県草加市から越谷市にかけての国道4号草加バイパス沿線にも多い。

北陸地方では、新潟県上越市北陸自動車道上越IC付近、石川県金沢市国道8号金沢バイパス沿線などでロードサイド店舗が発達している。

沖縄県では国道58号沿いにロードサイド店舗がある。これは「駅前商店街」の概念がなく、密集する商店街の発展が見込めなかったことや、旧市街地が戦後アメリカ軍に接収されたことなどが考えられる。

その他の都市編集

都市圏人口が少ない地域(県庁所在地から離れた地域)の場合でも、利便性に優れているなどの場合は10万人未満の地方でもある程度の店舗密集地になっている。

脚注編集

関連項目編集

外部リンク編集