王将戦

日本の将棋の棋戦

王将戦(おうしょうせん)は、スポーツニッポン新聞社毎日新聞社および日本将棋連盟が主催する将棋棋戦で、タイトル戦のひとつ。棋戦名は駒の「王将」が由来で、毎日新聞社が公募で命名した[1]。1950年に一般棋戦として創設され、翌1951年にタイトル戦に格上げされた。七番勝負の勝者は王将のタイトル称号を得る。

王将戦
棋戦の分類 タイトル戦
正式名称 ALSOK杯王将戦
開催概要
開催時期 予選:1月 - 8月
挑戦者決定リーグ:9月 - 12月
タイトル戦:翌年1月 - 3月
初回開催 一般棋戦:1950年度(第1回)
タイトル戦:1951年度(第1期)
持ち時間 予選:3時間
挑戦者決定リーグ:4時間
タイトル戦:8時間(2日制)
番勝負 七番勝負
主催 スポーツニッポン新聞社
毎日新聞社
日本将棋連盟
協賛 綜合警備保障(特別協賛)
囲碁・将棋チャンネル
立飛ホールディングス
inゼリー
富士フイルム
公式サイト 王将戦:日本将棋連盟
記録
現王将 藤井聡太第73期
永世資格者 大山康晴(永世王将)
羽生善治(永世王将資格)
最多優勝 大山康晴(通算20期)
最長連覇 大山康晴(9連覇)
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2021年度の第71期からは、綜合警備保障が特別協賛に加わり正式棋戦名称をALSOK杯王将戦として行われている[2]

また、2019年度の第69期において外食チェーン「大阪王将」を運営しているイートアンドが特別協賛に加わり、正式名称を大阪王将杯王将戦として行われた[3][4]

方式

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一次予選・二次予選・挑戦者決定リーグによって挑戦者を決定する。挑戦者は王将と七番勝負を戦い、先に4勝した棋士が新たな王将となる。

持ち時間は、一次予選および二次予選が3時間、挑戦者決定リーグが4時間(以上第72期よりチェスクロック方式)、王将戦七番勝負が2日制(封じ手採用)の8時間。

一次予選

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シード者と二次予選から出場する棋士を除く、順位戦B級1組以下の棋士によりトーナメント形式で行われる。各組のトーナメント勝者が二次予選に進む。予選通過枠は年度によって異なるが8~10人である。

二次予選

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トーナメント形式で18人[注 1]から挑戦者決定リーグ進出者3人を選ぶ(第33期以降)。参加者は

  • 前期挑戦者決定リーグ陥落者(3人、二次予選2回戦からの参加)
  • タイトル保持者および永世称号[注 2]永世王将資格者
  • 順位戦A級の棋士
  • 一次予選通過者

挑戦者決定リーグ

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シード者4人(前期王将戦敗者と前期挑戦者決定リーグ残留者、前期成績順に順位1-4位)と二次予選通過者3人(いずれも順位5位)の計7人による総当たりのリーグ戦を行い、成績最上位者が王将戦の挑戦者となる。成績最上位者が複数出た場合は、原則として順位上位の2人によるプレーオフが行われる[注 3]

成績上位者4人が次年度の挑戦者決定リーグに残留し、その順位に従いシード権を得る[注 4]。勝ち星が並んだ場合は当年度のシード順位が優先される。二次予選通過者(順位5位者)同士で勝ち星が並んだ場合、リーグ残留(成績2位または3位)の場合は当該者は次年度も同順位となり[注 5]、成績4位で複数(或いは成績3位で3名)が並んだ場合は残留決定戦が行われる[注 6]

リーグ戦は、原則として先ず1回戦の対局を行い、7回戦を同日一斉対局の最終戦として行う(各回の抜け番を除く)。2回戦-6回戦の対局については、順不同に対局日程が組まれる場合がある。

在籍期限を満了したフリークラス編入棋士の特例参加
挑戦者決定リーグを残留した者が、フリークラス規定の在籍期限を満了したフリークラス編入棋士である場合[注 7]、その在籍期限満了者は他棋戦については出場資格がなくなるが、王将戦については次年度の棋戦に参加が可能となり、引退とはならない(2010年7月9日以降)[5][注 8]

王将戦七番勝負

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王将と挑戦者が七番勝負を戦う。七番勝負は全国各地の旅館や料亭などで催される。2012年から2023年にかけては、第1局を静岡県掛川市掛川城(二の丸茶室)で行っていた[6][注 9]。また、栃木県大田原市でも2006年から17回連続で開催されている[7][注 10]

方式の遍歴

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王将戦七番勝負
(2日制)
挑戦者決定リーグ 二次予選 一次予選
持ち時間 被挑戦者 持ち時間 出場
人数
シード条件 同率首位時
プレーオフ
進出者
残留条件 持ち時間 出場→
予選通過
シード条件 二次予選
進出者
出場資格
第1回 10時間
(二日制)
名人 7時間 5名 順位戦A級上位5名 該当者全員
プレーオフ
トーナメント
- 実施せず 実施せず
第1期 王将名人
(三番勝負)
2 7名 第1期王将を含む
順位戦A級上位4名
リーグ4位以内
5位が複数の場合
該当者全員
残留者決定
トーナメント
不明 [注 11]
16名
→4名
順位戦A級下位6名 10名 順位戦B・C級
棋士全員
3 8名 4名
・七番勝負敗者
・前期リーグ残留者3名
順位戦A級 8-10名
[注 12]
4-12 王将

シード以外の
棋士全員
13-17 ・順位戦A級
前期リーグ陥落者
18 09時間
(二日制)
6時間
19-30 ・順位戦A級
・前期リーグ陥落者
タイトル保持者
永世称号者
永世王将資格者
31-33 7名 [注 13]
18名
→3名
34-40 5時間
41-42 08時間
(二日制)
43-71 4時間 順位上位2名
の直接対決
リーグ4位以内
5位が複数の場合
同順位の場合のみ
残留者決定戦
3時間
72- 4時間
チェスクロック
3時間
チェスクロック

永世称号など

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永世王将

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永世称号である「永世王将」は1973年に制定され、王将のタイトルを通算10期以上保持した棋士に与えられる。現行の将棋タイトル戦における永世資格の要件はタイトル戦ごとに異なるが、永世王将のみ5期連覇では獲得できない[注 14]。その意味で、タイトル戦ではないが10回優勝が要件の名誉NHK杯選手権者と類似している。

日本将棋連盟が1973年9月26日の臨時総会において大山康晴に「永世王将」を名乗ることを認めたのが最初の事例である[8]。2023年4月現在、永世王将の棋士は大山康晴第15期 達成、達成後に「永世王将」制定)。永世王将の資格を持つ棋士は羽生善治第56期 達成)。なお、大山は1973年の王将失冠(無冠)後、長年に渡るタイトル保持者としての功績により、特例的に現役で永世王将を名乗った。

  1. 大山康晴 - 1966年03月29日 達成(当時43歳00か月)、1973年9月制定、1973年10月31日 就位(現役のまま、当時50歳7か月)
    - 通算10期(第2期-第4期第7期-第11期第13期-第15期
  2. 羽生善治 - 2007年03月20日 獲得(当時36歳05か月 、現役引退後に就位予定)
    - 通算10期(第45期-第50期第52期第54期-第56期
(以上2名、永世王将 資格獲得順)

なお、中平邦彦『棋士・その世界』(講談社文庫、1979年)の巻末の「将棋百科」の項目「九段制度」(P.304)では、「王将位は五期で名誉王将、十期で永世王将が与えられることになり、大山がそれに該当する」という記述がある。「五期の名誉王将」はその他の著書などに記述がなく、またこの条件が正しいとした場合でも、その時点で王将を六連覇している中原誠が「名誉王将」にあたるがその記述はなく、「五期で名誉王将」という記述は誤記述と判断するしかない。

贈王将

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坂田(阪田)三吉は、関根金次郎十三世名人と激戦を繰り返したことで知られ、『王将』という題名で数多くの舞台や映画、歌のモデルになったが、没後の昭和30年(1955年)に日本将棋連盟により「名人位」とともに「王将位」を追贈されている。

エピソード

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王将戦は、将棋史における代表的なエピソードが生まれている棋戦でもある。

  • 1950年、名人戦の契約を朝日新聞社に奪われた毎日新聞社が、王将戦を創設した。
  • 後に王将戦の観戦記者になった倉島竹二郎は、「王将戦」という棋戦名は、当時流行していた北条秀司による戯曲「王将」に由来しているのではと、推測している[9]。また、棋戦創設当時は、非常に違和感がある棋戦名だっとも回想している[9]
  • 王将戦は、発足当初に「指し込み制」が適用されていて、升田幸三による陣屋事件や「名人に香車を引いて」などの舞台となった(後述)。
  • 大山康晴は、永世王将就位・十五世名人襲位後で、日本将棋連盟会長の在職中に1979年度(第29期)に56歳で加藤一二三から王将位を奪還し、1981年度(第31期)まで王将位を防衛していた。58歳のタイトル保持は、2021年時点において史上最高齢となっている。また戦後に日本将棋連盟が発足してから唯一、会長とタイトルホルダーを兼任していたのが大山である。
  • 前述通り当期戦の挑戦者決定リーグ戦は残留すら非常に難しいリーグとして知られるが、1987年度(第37期)のリーグ戦にて島朗が史上初[注 15]となる2勝4敗での残留に成功した(最終的な順位は4位)。当期以前のリーグ残留者は全員最低でも3勝はしていて、負け越しでのリーグ残留自体も、王将戦史上初だった。なお、当期の島は残留決定戦を制しての残留であり、2001年度(第51期)には谷川浩司が同成績かつ残留決定戦をせずに残留、を初めて達成した。そして2005年度(第55期)のリーグ戦でも同様に、久保利明が2勝4敗で決定戦無しに残留を果たした(順位も同じく4位)。以降、2023年現在まで2勝(負け越し)でのリーグ残留者はいない。
  • 1989年度(第39期)は、挑戦者に米長邦雄が名乗りを上げ、七番勝負開幕前のスポニチ誌上でのインタビュー[10]で、南芳一(王将)への「横歩も取れない男に負けては、ご先祖様に申し訳ない」という発言が出る[11]。これは、当時横歩取りを指すことがなかった南への挑発だったが、南はこの七番勝負、先手番となった3局のうち2局で横歩を取った(結果は1勝1敗)。七番勝負はフルセットまでもつれ込み、米長が王将復位。
  • 1993年度(第43期)第5局(1994年2月)は青森県三沢市で行われたが、対局者や副立会人を乗せた飛行機が天候不良によって三沢空港に着陸できず羽田空港へ引き返したために2日制が時間的に不可能になってしまい、持ち時間各5時間の1日制で行われた。
  • 1994年度(第44期)の七番勝負では、羽生善治の七冠独占を谷川浩司がフルセットの末に阻止した。谷川は七番勝負の途中に阪神・淡路大震災で被災していた。
  • 1995年度(第45期)は、羽生が4勝0敗ストレートで谷川から奪取し、ついに七冠独占を達成した。
  • 2000年度(第50期)は、二次予選通過者全員(3名)がリーグ残留を果たした[注 16]。これは、二次予選通過者はいずれも順位最下位(5位)となり、リーグ残留が厳しくなった1993年度(第43期)からは唯一の例である(2023年度終了時点)。逆に、二次予選通過者全員が陥落することは度々あり、2005年度(第55期)からは3期続けて全員陥落した。
  • 1994年度の羽生の挑戦後、羽生は2009年度(第59期)まで16年連続で七番勝負に登場した(挑戦者として4回、王将として12回)。2009年度に羽生が久保利明に敗れて失冠し、2010年度(第60期)の挑戦者決定リーグで羽生が3勝3敗の3位に終わった(1位は豊島将之)ことで連続登場が途切れた。
  • 前述の通り、2010年度の挑戦者となった豊島将之は、王将戦挑戦者の最年少記録(当時)を更新(20歳)。同時に、全タイトル戦を通じて初の平成生まれの挑戦者となった。
  • 2014年度(第64期)第5局(2015年3月)は新潟県佐渡市で行われたが、荒天により佐渡汽船のフェリーが欠航したため前日のうちに佐渡島に渡ることができなかった[12]。最終的に日程が短縮され、初日午後より対局開始・持ち時間各7時間・2日目に夕食休憩有りという変則2日制での対局となった[13]
  • 2017年度(第67期)は、王将位保持者である久保利明と挑戦者の豊島将之がいずれもA級順位戦史上初の6人によるプレーオフに出場することになったことで、王将戦七番勝負の最中に順位戦プレーオフを最大5局挟む異例の過密スケジュールとなった。プレーオフの第1局も久保と豊島の対戦となり、豊島が久保戦も含めプレーオフで3局連続勝利するも、4局目で羽生善治に敗れた。久保はプレーオフで豊島に敗れるも、王将戦は4勝2敗でタイトルを防衛した。
  • 番ごとの勝者は『スポーツニッポン』紙面掲載用に記念撮影を行なう。パティシエに扮してロールケーキをつくったり、安来節を踊ったり、海岸で将棋を指したりとユニークな写真が多く、「勝者罰ゲーム」の異名を持つ[14][15][16][17]。しかし、当の『スポーツニッポン』は「決して罰ゲームではありません」と否定している[18]。しかし、第67期は両対局者から「緩い」との指摘があり、これを受けた『スポーツニッポン』は第68期での企画強化を宣言している[18]。この企画は1986年の第35期から始まったものとされている[19]
  • 王将戦の挑戦者決定リーグは「将棋界最高峰とも言われる屈指の難関リーグ」[20]といわれている。リーグ全勝を達成した歴代棋士は7人制導入の第31期以後では、米長邦雄(第32期)、南芳一(第37期)、佐藤康光(第51・55期)、渡辺明(第62期)、羽生善治(第63・72期)の5人(7例)であり[21]、第31期以前は中原誠(第22期)の1例のみ。また、リーグで全勝して王将の挑戦者になっても、王将を奪取できなかった例は佐藤(第55期)と羽生(第63・72期)の3例だけである。
  • 2021年度(第71期)は、史上初の「三冠」(渡辺明名人・棋王・王将)対「四冠」(藤井聡太竜王・王位・叡王・棋聖)の対決となった。また、藤井の王将戦挑戦は最年少記録を更新した(19歳)。藤井が4勝0敗ストレートで渡辺から奪取し、19歳3か月で最年少王将と最年少五冠(竜王・王位・叡王・王将・棋聖)を達成した[22]。また、最年少王将を決めた第4局の立会人は、奇しくも最年少王将記録を持っていた中村修(当時23歳4か月)であった。
  • 2022年度(第72期)は、羽生善治が王将戦挑戦者決定リーグで全勝で挑戦権を獲得した。王将在位者の藤井聡太とは31歳9カ月差であり、棋王戦南芳一に大山康晴が挑戦した際の40歳2カ月差に次ぐ史上2番目の年齢差タイトル戦となった。大山は1勝もできずに敗退してしまったため、年長者側の勝利としては羽生が最年長記録(31歳9カ月下の相手にタイトル戦で勝利)である。藤井においては、2020年の第61期王位戦七番勝負で木村一基に挑戦した年齢差の29歳0カ月を上回った。
  • 王将戦七番勝負では、持将棋が成立したことはまだない。

歴代七番勝負・挑戦者決定リーグ

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番勝負勝敗(王将側から見た勝敗)
○:勝ち / ●:負け / □:不戦勝 / ■:不戦敗 / 千:千日手 / 持:持将棋 / *:指し込み
王将戦七番勝負
太字 :王将獲得者(七番勝負勝者) 太字 :永世資格獲得者(七番勝負勝者)
挑戦者決定リーグ
 0  :王将挑戦者 ( 太字 は全勝達成者)0
 0P :挑戦プレーオフ出場者0
 0  :残留決定戦出場者
 0  :リーグ陥落

創設~第42期

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年度 名人 勝敗 挑戦者 挑戦者決定リーグ (順位戦A級 上位5名)[注 17]
第1回 1950 木村義雄
【優勝】
○●○○●○○* 丸田祐三 大山 升田 丸田 塚田正 高島一
第1期 1951 木村義雄

升田幸三
第1期王将
丸田 升田P◎ 大山 坂口 塚田正P[注 18]
年度 被挑戦者 勝敗 挑戦者 被挑戦者決定戦 挑戦者決定リーグ
王将 勝敗 名人 シード(A級上位4名)[注 19] 二次予選通過者[注 20]
2 1952 (名人)
大山康晴
第2期王将
丸田祐三 升田幸三
(リーグ残留)
○-●
●-○
●-○
大山康晴 丸田P◎ 塚田正P 板谷四P 高島一 小堀P 山本武 山中
年度 被挑戦者 勝敗 挑戦者 王将 勝敗 名人 リーグ残留者 二次予選通過者
3 1953 (王将・名人)
大山康晴

升田幸三 大山康晴 (実施せず)
[注 21]
大山康晴 升田 丸田 小堀 塚田正▽▼ 板谷四 原田 高柳 二上
年度 王将戦七番勝負 挑戦者決定リーグ
王将 勝敗 挑戦者 リーグ残留者 二次予選通過者
4 1954 大山康晴



松田茂行 升田 原田 高柳 二上▽▼ 大野源 花村 松田茂
5 1955 大山康晴

升田幸三 松田茂 大野源 花村P 升田P◎ 丸田P 高島一 松下
6 1956 升田幸三


大山康晴 大山 花村 丸田 松田茂 原田 松下 加藤一
7 1957 升田幸三
大山康晴 大山 松田茂 丸田 塚田正 大野源 高島一 有吉
8 1958 大山康晴


高島一岐代 升田 丸田 高島一 大野源 五十嵐 ▽▼ 松浦卓 廣津
9 1959 大山康晴

二上達也 高島一 廣津 丸田 大野源 二上 加藤一 加藤博 清野
10 1960 大山康晴 ●●○○○○- 二上達也 二上 丸田 大野源 加藤一 高島一 北村昌 芹沢
11 1961 大山康晴
○○○
---
加藤一二三 二上 高島一 芹沢 加藤一 升田 加藤博 佐藤大▽▼
12 1962 大山康晴 ○●●●○●- 二上達也 加藤一 升田 二上P 加藤博 松田茂 有吉P 山田
13 1963 二上達也
●●●
---
大山康晴 大山 有吉 松田茂 升田 丸田 五十嵐 芹沢
14 1964 大山康晴 ○○●○○*- 加藤博二 二上 松田茂 升田P 有吉 大野源 加藤博P 山田 大内
15 1965 大山康晴 ●○●●○○○ 山田道美 加藤博 升田 山田 有吉 丸田 芹沢 内藤
16 1966 大山康晴 ○○●○○-- 加藤一二三 山田P 升田 有吉 内藤 大野源 丸田P 加藤一P 加藤博
17 1967 大山康晴 ○○●○●○- 加藤一二三 加藤一P 山田 丸田 内藤P 松田茂 二上P 加藤博 高島弘
18 1968 大山康晴 ○○○○*-- 内藤國雄 加藤一 内藤 二上 高島弘 塚田正 丸田 加藤博 大友
19 1969 大山康晴 ○●○○○-- 二上達也 内藤 加藤一 二上 大友 升田 山田 有吉 大内
20 1970 大山康晴 ○●●○●○○ 中原誠 二上 加藤一 大内 内藤 升田P 中原P 西村P 森安秀
21 1971 大山康晴 ●○○○●●○ 有吉道夫 中原P 升田 西村 二上 有吉P 内藤P 米長 星田
22 1972 大山康晴 ●●●●*-- 中原誠 有吉 中原 内藤 米長 二上 板谷進 吉田利 勝浦
23 1973 中原誠 ○●●○○○- 米長邦雄 大山P 米長P 内藤 勝浦 原田 高島弘 西村 石田和
24 1974 中原誠 ○●○○●●○ 米長邦雄 米長P 大山 内藤P 原田 丸田 二上 関根茂 板谷進
25 1975 中原誠 ○○●○○-- 有吉道夫 米長 内藤 大山P 板谷進 二上 熊谷 有吉P 桐山
26 1976 中原誠 ○●●○○○- 大山康晴 有吉 大山P 米長P 内藤 加藤一 花村 板谷進 森雞
27 1977 中原誠

有吉道夫 大山 米長 加藤一 森雞 有吉 勝浦 西村 淡路
28 1978 中原誠 ○●●●●-- 加藤一二三 有吉 米長 加藤一 西村 大山 二上 大内 石田和
29 1979 加藤一二三 ●●○●○●- 大山康晴 中原 米長 大山 二上 内藤 有吉 大内 勝浦
30 1980 大山康晴 ●○○○○-- 米長邦雄 加藤一 中原 米長 大内 板谷進 勝浦 佐藤義 小林健
31 1981 大山康晴

中原誠 米長 加藤一 大内 小林健 中原 勝浦 森安秀
32 1982 大山康晴 ○●●●●-- 米長邦雄 中原 米長 加藤一 小林健 内藤 森安秀 谷川
33 1983 米長邦雄 ○○●○○-- 森雞二 大山 中原 小林健 加藤一 桐山 森雞P 青野P
34 1984 米長邦雄 ●○●●●-- 中原誠 森雞 青野 中原P 桐山 谷川P 加藤一P 有森
35 1985 中原誠

中村修 米長 加藤一 谷川 森雞 高橋道 中村修 塚田泰
36 1986 中村修 ●○○●○○- 中原誠 中原P 米長 加藤一 塚田泰P 谷川 有吉 森雞
37 1987 中村修 ●○●○○●● 南芳一 中原 塚田泰 米長 森雞 高橋道
38 1988 南芳一 ○○○○*-- 島朗 中村修 中原 米長 谷川 塚田泰 加藤一
39 1989 南芳一 ●○○○●●● 米長邦雄 中原P 米長P 谷川P 加藤一 中村修 屋敷
40 1990 米長邦雄 ○●○●●●- 南芳一 P 中原 谷川 中村修 屋敷P 淡路 森下P
41 1991 南芳一 ○●●●●-- 谷川浩司 米長P 屋敷 森下 中原P 谷川P 羽生 森内P
42 1992 谷川浩司 ○○○○*-- 村山聖 米長P 中原 森内 羽生P 屋敷 村山聖P

第43期~現在

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第43期以降は挑戦者決定リーグに前期順位に基づく「順位」を設定。

  • 二次予選通過者はいずれも順位5位。
  • プレーオフは順位上位2名により行われる。
年度 王将戦七番勝負 挑戦者決定リーグ (数字はリーグ勝敗)
王将 勝敗 挑戦者 前期残留者 二次予選通過者
順位1位 順位2位 順位3位 順位4位 順位5位
43 1993 谷川浩司 ○○●○●○- 中原誠 村山P
4-2
米長
2-4
羽生
3-3
中原P◎
4-2
森内
3-3
郷田
4-2
畠山
1-5
44 1994 谷川浩司
○○●●○●
羽生善治 中原
3-3
村山
3-3
郷田P
5-1
羽生P◎
5-1
有吉
1-5
塚田
1-5
森内
3-3
45 1995 谷川浩司 ●●●●*-- 羽生善治
【七冠達成】
羽生
5-1
郷田
2-4
中原
4-2
村山
4-2
有吉
2-4
森内
3-3
丸山
1-5
46 1996 羽生善治 ○○○○*-- 谷川浩司 谷川P◎
4-2
中原
3-3
村山P
4-2
森内
2-4
高橋
2-4
藤井
2-4
丸山
4-2
47 1997 羽生善治 ○○●○○-- 佐藤康光 谷川
4-2
村山
1-5
丸山
3-3
中原
3-3
高橋
2-4
森内
3-3
佐藤
5-1
48 1998 羽生善治 ●○○○○-- 森下卓 佐藤
3-3
谷川
3-3
丸山
4-2
中原
3-3
森下
5-1
中村
1-5
屋敷
2-4
49 1999 羽生善治 ○○○○*-- 佐藤康光 森下
4-2
丸山
3-3
佐藤
5-1
谷川
2-4
中原
1-5
郷田
4-2
久保
2-4
50 2000 羽生善治 ○●○○○-- 谷川浩司 佐藤
3-3
森下
1-5
郷田
1-5
丸山
3-3
中原
4-2
谷川
5-1
久保
4-2
51 2001 羽生善治 ●●○●○●- 佐藤康光 谷川
2-4
(2位)00 1-5

0中原
(2位)00 4-2

0久保
佐藤
6-0
郷田
4-2
米長
2-4
森内
2-4
52 2002 佐藤康光 ●●●●*-- 羽生善治 羽生P◎
4-2
久保
3-3
郷田P
4-2
谷川
2-4
森内
4-2
藤井
3-3
森下
1-5
53 2003 羽生善治

●●○●-
森内俊之 佐藤
3-3
郷田
3-3
森内P◎
4-2
久保P
4-2
谷川
4-2
米長
0-6
森下
3-3
54 2004 森内俊之 ●●●●*-- 羽生善治 羽生
4-2
久保
3-3
谷川
2-4
佐藤
3-3
丸山
3-3
郷田▽▼
3-3
阿久津▽▼
3-3
55 2005 羽生善治 ○○○●●●○ 佐藤康光 森内
3-3
久保
2-4
佐藤
6-0
丸山
4-2
郷田
2-4
深浦
2-4
行方
2-4
56 2006 羽生善治

○○○●
佐藤康光 佐藤P◎
4-2
丸山P
4-2
森内
4-2
久保
3-3
谷川
1-5
藤井
2-4
郷田
3-3
57 2007 羽生善治 ○○●○○-- 久保利明 佐藤
4-2
丸山
3-3
森内
4-2
久保
5-1
深浦
3-3
谷川
2-4
藤井
0-6
58 2008 羽生善治 ○●●○●○○ 深浦康市 久保
3-3
佐藤
3-3
森内
3-3
丸山
3-3
深浦
4-2
高橋
2-4
郷田
3-3
59 2009 羽生善治 ●○●●○●- 久保利明 深浦
3-3
久保
5-1
佐藤
4-2
森内
3-3
渡辺
2-4
三浦
2-4
豊島
2-4
60 2010 久保利明 ○●○○●○- 豊島将之 羽生
3-3
佐藤
4-2
深浦
2-4
森内
1-5
渡辺
3-3
三浦▽▼
3-3
豊島
5-1
61 2011 久保利明 ●●●○●-- 佐藤康光 豊島P
5-1
佐藤P◎
5-1
羽生
3-3
渡辺
4-2
森内
0-6
広瀬
3-3
三浦
1-5
62 2012 佐藤康光 ●●○●●-- 渡辺明 久保
2-4
豊島
3-3
渡辺
6-0
羽生
3-3
郷田
3-3
深浦
4-2
飯島
0-6
63 2013 渡辺明 ○○●●○●○ 羽生善治 佐藤
4-2
深浦
3-3
豊島
3-3
羽生
6-0
久保
1-5
谷川
0-6
郷田
4-2
64 2014 渡辺明 ○○●●○●● 郷田真隆 羽生P
4-2
佐藤
3-3
郷田P◎
4-2
深浦
3-3
屋敷
2-4
三浦
3-3
豊島
2-4
65 2015 郷田真隆 ○●●○○○- 羽生善治 渡辺
1-5
羽生P◎
5-1
佐藤
1-5
深浦
3-3
糸谷
4-2
森内
2-4
久保P
5-1
66 2016 郷田真隆 ●●●○○●- 久保利明 羽生
2-4
久保
5-1
糸谷
4-2
深浦
1-5
渡辺
3-3
豊島
4-2
近藤
2-4
67 2017 久保利明 ●○○○●○- 豊島将之 郷田
3-3
糸谷
3-3
豊島
5-1
渡辺
3-3
佐藤
1-5
深浦
3-3
斎藤
3-3
68 2018 久保利明 ●●●●*-- 渡辺明 豊島
3-3
郷田
2-4
糸谷P
4-2
渡辺P◎
4-2
佐藤
3-3
中村
1-5
広瀬
4-2
69 2019 渡辺明 ○●○●●○○ 広瀬章人 久保
2-4
糸谷
1-5
広瀬
5-1
豊島
4-2
羽生
4-2
三浦
1-5
藤井
4-2
70 2020 渡辺明
○○○●●
永瀬拓矢 広瀬
3-3
豊島P
5-1
(3位)00 3-3

藤井
(3位)00 4-2

0羽生
永瀬P◎
5-1
木村
0-6
佐藤
1-5
71 2021 渡辺明 ●●●●*-- 藤井聡太 永瀬
4-2
豊島
2-4
羽生
4-2
広瀬
2-4
藤井
5-1
糸谷
0-6
近藤
4-2
72 2022 藤井聡太 ○●○●○○- 羽生善治 渡辺
1-5
永瀬
3-3
羽生
6-0
近藤
3-3
豊島
4-2
糸谷
2-4
服部
2-4
73 2023 藤井聡太 ○○○○*-- 菅井竜也 羽生
4-2
豊島
2-4
永瀬
4-2
近藤
3-3
渡辺
1-5
菅井
5-1
佐々木
2-4
74 2024 藤井聡太 ------- 菅井
_-_
羽生
_-_
永瀬
_-_
近藤
_-_
広瀬
_-_
佐々木
_-_
西田
_-_

過去の制度

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指し込み制

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創設当初の七番勝負では「三番手直り」の指し込み制を採用した[23]。これは、3勝差がついた時点で王将戦の勝負が決定し、次の対局から香落ちと平手戦で交互に指し(半香落ちの手合割)、必ず第7局まで実施するシステムである。当時、将棋連盟内では升田幸三を筆頭に、名人が指し込まれる可能性があると慎重論があったが、最終的に主催側の提案通りに施行する事となった。これは、「名人が指し込まれることはあり得ない」と当時の名人である木村義雄自身が発言したことによるものであったとされる。

皮肉なことに、1951年度の第1期王将戦で、升田八段(当時)が木村王将・名人を4勝1敗で指し込むこととなった。升田は香落ち戦となる第6局の対局を拒否し、事態を重く見た連盟から一時は1年間の対局禁止の裁定も下された(直後に取り消される)。この「陣屋事件」は将棋界のみならず、世間の大きな注目を浴びた。さらに1955年度の第5期王将戦では升田が大山康晴王将・名人に対し3勝0敗で指し込みを果たすと、1956年1月19日20日の第4局で香落ちの升田が大山名人に勝ち、「名人が香を引かれて負ける」事態が起こった。なお、升田は続く第5局(平手番)でも勝ち、対戦成績を5勝0敗とするが、体調を崩し対局に耐えられなくなったとして第6・7局は中止となった。

また、実際に起こることはなかったものの、一方の棋士が最初に3連勝した後に4連敗した場合でも最初に3連勝した段階で勝負が決定しているため、4連敗の中に香落ち戦が含まれるとはいえ、負け越した棋士が七番勝負の勝者となる可能性があった。

指し込み制は、1959年度の第9期から香落ち戦を1局だけ指すようになった。1965年度の第15期からは四番手直りに改められ、またどちらかが4勝した時点で対戦が終了することになったため、香落ち戦が指されることはなくなった。しかし、死文化しているものの、王将戦の指し込み制そのものは現在も規則に残っている。つまり、王将戦で4勝差がつく(七番勝負のため、4勝0敗のストレート決着でしか起こりえないことになっている)と実際に香落ち戦が指されることはないものの、「指し込み」は記録される。なお、四番手直り以降で名人在位者に「指し込み」が記録されたのは、第49期(1999年度)の佐藤康光(挑戦者)、第54期(2004年度)の森内俊之(王将保持者)、第71期(2021年度)の渡辺明(王将保持者)で、佐藤と森内は羽生善治に、渡辺は藤井聡太にいずれも0勝4敗でストレート負けしている。

被挑戦者決定戦

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創設当初は名人は挑戦者決定戦に参加せず、かわりに前年度の王将と「被挑戦者決定戦」三番勝負を行うこととなっていた。この制度は1953年度の第3期までで廃止され、第4期以降は名人も挑戦者決定戦に参加するようになった[24]

記録

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獲得 番勝負出場 挑戦 リーグ参加
最多 大山康晴 20期 大山康晴 26期 羽生善治 7期 大山康晴 34期
連続 大山康晴 9連覇 大山康晴 21連続 大山康晴
二上達也
加藤一二三
米長邦雄
羽生善治
佐藤康光 2連続
大山康晴 34連続
最年少 第71期 藤井聡太
19歳208日
第71期 藤井聡太
19歳174日[注 22]
第6期 加藤一二三
16歳209日[注 23]
最年長 第31期 大山康晴
59歳26日[注 24]
第32期 大山康晴
59歳311日[注 25]
第29期 大山康晴
56歳310日[注 26]
第33期 大山康晴
60歳209日[注 27]


  • 挑戦者決定リーグ記録
第73期まで(非タイトル戦の第1回を含む)。第2期の被挑戦者決定戦をリーグ残留、リーグ参加に含む。リーグ残留は第2期から。
太字は永世王将獲得者または最多記録。王将在位者は*で注記。
挑戦者決定リーグ記録
氏名 王将在位 七番勝負出場 リーグ残留
(王将在位を含む)
リーグ参加
(王将在位を含む)
通算 連続 通算 連続 通算 連続 通算 連続
大山康晴 20 9 26 21 30 25 34 34
羽生善治 12 6 19 16 29 24 31 26
中原誠 7 6 13 7 28 17 32 32
渡辺明 5 3 7 4 11 6 15 15
谷川浩司 4 4 7 6 14 8 24 17
久保利明 4 2 7 3 16 12 20 15
藤井聡太* 3 3 3 3 4 3 5 5
米長邦雄 3 2 8 3 22 22 25 23
南芳一 3 2 5 5 5 5 6 6
升田幸三 3 2 5 3 11 5 18 9
郷田真隆 2 2 3 3 10 5 19 8
中村修 2 2 3 3 4 3 7 6
佐藤康光 2 1 8 2 18 18 19 19
加藤一二三 1 1 5 2 16 7 23 11
二上達也 1 1 5 2 11 5 18 6
森内俊之 1 1 2 2 10 8 19 11
木村義雄 1 1 2 2 0 0 2 2
有吉道夫 0 0 3 1 7 4 17 5
豊島将之 0 0 2 1 9 5 14 8
丸田祐三 0 0 2 1 7 5 16 6
内藤國雄 0 0 1 1 10 5 14 12
深浦康市 0 0 1 1 6 4 11 6
村山聖 0 0 1 1 5 5 6 6
永瀬拓矢 0 0 1 1 4 4 4 4
松田茂役 0 0 1 1 4 2 8 4
森雞二 0 0 1 1 4 2 7 5
山田道美 0 0 1 1 3 3 6 4
広瀬章人 0 0 1 1 3 3 5 4
加藤博二 0 0 1 1 3 2 8 5
森下卓 0 0 1 1 3 2 7 3
島朗 0 0 1 1 2 2 3 3
高島一岐代 0 0 1 1 2 1 8 5
菅井竜也 0 0 1 1 1 1 1 1
丸山忠久 0 0 0 0 8 4 11 6
糸谷哲郎 0 0 0 0 4 4 7 5
大野源一 0 0 0 0 4 3 8 4
灘蓮照 0 0 0 0 3 3 10 5
小林健二 0 0 0 0 3 3 4 4
近藤誠也 0 0 0 0 3 3 4 3
大内延介 0 0 0 0 3 2 7 4
塚田泰明 0 0 0 0 2 2 5 4
花村元司 0 0 0 0 2 2 4 3
廣津久雄 0 0 0 0 2 2 2 2
原田泰夫 0 0 0 0 2 1 5 2
西村一義 0 0 0 0 2 1 5 2
塚田正夫 0 0 0 0 1 1 6 4
屋敷伸之 0 0 0 0 1 1 6 4
勝浦修 0 0 0 0 1 1 6 3
板谷進 0 0 0 0 1 1 5 3
芹沢博文 0 0 0 0 1 1 4 2
高島弘光 0 0 0 0 1 1 3 2
桐山清澄 0 0 0 0 1 1 3 2
板谷四郎 0 0 0 0 1 1 2 2
小堀清一 0 0 0 0 1 1 2 2
高柳敏夫 0 0 0 0 1 1 2 2
大友昇 0 0 0 0 1 1 2 2
青野照市 0 0 0 0 1 1 2 2
五十嵐豊一 0 0 0 0 1 1 2 1
三浦弘行 0 0 0 0 0 0 5 3
高橋道雄 0 0 0 0 0 0 5 2
藤井猛 0 0 0 0 0 0 4 2
森安秀光 0 0 0 0 0 0 3 2
佐藤天彦 0 0 0 0 0 0 3 2
松下力 0 0 0 0 0 0 2 2
石田和雄 0 0 0 0 0 0 2 1
淡路仁茂 0 0 0 0 0 0 2 1
坂口允彦 0 0 0 0 0 0 1 1
山本武雄 0 0 0 0 0 0 1 1
山中和正 0 0 0 0 0 0 1 1
松浦卓造 0 0 0 0 0 0 1 1
清野静男 0 0 0 0 0 0 1 1
北村昌男 0 0 0 0 0 0 1 1
佐藤大五郎 0 0 0 0 0 0 1 1
星田啓三 0 0 0 0 0 0 1 1
吉田利勝 0 0 0 0 0 0 1 1
関根茂 0 0 0 0 0 0 1 1
熊谷達人 0 0 0 0 0 0 1 1
佐藤義則 0 0 0 0 0 0 1 1
有森浩三 0 0 0 0 0 0 1 1
畠山成幸 0 0 0 0 0 0 1 1
阿久津主税 0 0 0 0 0 0 1 1
行方尚史 0 0 0 0 0 0 1 1
飯島栄治 0 0 0 0 0 0 1 1
斎藤慎太郎 0 0 0 0 0 0 1 1
中村太地 0 0 0 0 0 0 1 1
木村一基 0 0 0 0 0 0 1 1
服部慎一郎 0 0 0 0 0 0 1 1
佐々木勇気 0 0 0 0 0 0 1 1
リーグ成績○連勝記録

(第43期以降)

リーグ成績●連敗記録

(第43期以降)

中継

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後援にCS放送の囲碁・将棋チャンネルが入った関係で、第65期より同チャンネルの独占配信となっている[25]。スカパー!での放送のほか、同チャンネルが行うインターネット配信「囲碁将棋プラス」(旧将棋プレミアム、囲碁将棋プレミア厶)では七番勝負の完全生中継、一次・二次予選の注目対局、挑戦者決定リーグの生中継(第65期は一部対局、第66期からは同リーグの全対局が対象)などが行われている。

囲碁・将棋チャンネルが後援につく前はニコニコ生放送などでも配信されていた。

ABEMAでは、他の7つのタイトル戦の無料生中継を行っているが、王将戦のみ第71期までは放送されなかった。2022年度の第72期王将戦七番勝負(藤井聡太王将 対 挑戦者羽生善治九段)では全局、ABEMAのPPVにて囲碁・将棋チャンネルと同内容の生中継が同時有料配信された[26]

棋譜

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第68期から正式にhtml5将棋盤で表示される。八大タイトルの中では、叡王戦竜王戦に続いて3例目でflash表示はない。毎日新聞スポーツニッポンのWebサイトにて公式配信されている。30日間は無料だが、その期間を過ぎると有料プランが必要。

書籍

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  • 王将戦七番勝負 第45期 (王将・谷川浩司/名人・羽生善治) 毎日新聞社編 毎日新聞社 1996

脚注

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注釈

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  1. ^ 第34期、第48期、第55期、第59期は17人で、第40期、第63期は19人で行われた。
  2. ^ 現役で永世称号を名乗っていた中原誠永世十段(のちに十六世名人)と米長邦雄永世棋聖は、順位戦B級1組在籍時やフリークラス転出後も二次予選から出場していた。谷川浩司十七世名人は、襲位後の第73期(2023年度。順位戦はB級2組在籍)はタイトルホルダー枠による二次予選からの出場。
  3. ^ ただし、成績最上位者が二次予選通過者2人とそれ以外の棋士1人、または二次予選通過者3人となった場合は、3人でプレーオフが行われる。
  4. ^ 当期の挑戦者が王将位を奪取した場合は、陥落した前期王将が次年度のシード順1位となる。
  5. ^ 第50期(順位2位が2名)、第70期(順位3位が2名)の成績を参照。
  6. ^ 第54期第60期の成績を参照。
  7. ^ 順位戦C級2組からの降級・棋士編入試験の合格・奨励会三段リーグで次点(リーグ3位)2回獲得によりフリークラスに編入した棋士が対象となる。60歳以上で順位戦C級2組から降級した棋士を含む。ただし「フリークラス宣言」による転出者については含まれない。
  8. ^ 他棋戦においても同様の規定があるが、2023年時点での適用例は竜王戦のみとなっている。
  9. ^ 2024年(第73期)は第6局を予定していたが、第4局で決着したため未開催。
  10. ^ 2023年(第72期)は第7局を予定していたが、第6局で決着したため未開催。
  11. ^ 第11・19・20・22・29期は15名が出場、第3期は予選通過3名
  12. ^ 二次予選シードの人数により変動
  13. ^ 第34・48・55・59期は17名、第40・63期は19名が出場
  14. ^ そのため、中原誠は6期連覇しているものの永世王将の資格を得ることができていない。
  15. ^ リーグ陥落の制度が無かった第1回第1期および第2期(1950年度~1952年度)を除く。
  16. ^ この内、谷川浩司は挑戦者となった(七番勝負敗退)。
  17. ^ 最上位者が名人に挑戦
  18. ^ 高柳敏夫が病欠のため、塚田正夫が繰り上げ参加
  19. ^ 順位戦A級1位の升田は王将位のためリーグから除外
  20. ^ 第2期以降はシード者以外の全棋士が予選から参加する「全棋士参加棋戦」となった。
  21. ^ 当時、名人と王将の両タイトルを大山康晴が独占。
  22. ^ タイトル戦第1局当時。挑戦決定は近藤誠也戦(2021年11月19日)時点の19歳123日。
  23. ^ リーグ1回戦原田泰夫戦時点。二次予選決勝は16歳201日。
  24. ^ 在位は59歳356日まで。
  25. ^ 番勝負第1局1日目時点。最終局2日目時点では59歳356日。
  26. ^ 番勝負第1局1日目時点。挑戦決定は大内延介戦(1979年12月14日)時点の56歳276日。
  27. ^ リーグ1回戦小林健二戦時点。最終局時点では60歳292日。

出典

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  1. ^ 『なるほドリ 王将戦』毎日新聞2021年12月5日付3面記事
  2. ^ 第71期王将戦は「ALSOK杯」に、綜合警備保障が特別協賛”. スポニチAnnex (2021年3月30日). 2021年3月30日閲覧。
  3. ^ 「王将戦」イートアンド株式会社の特別協賛が決定|将棋ニュース|日本将棋連盟”. www.shogi.or.jp. 2018年12月14日閲覧。
  4. ^ 第69期王将戦 棋戦名が「大阪王将杯王将戦」に 来年1月から予選開始”. www.sponichi.co.jp. 2018年12月14日閲覧。
  5. ^ フリークラス棋士の引退について|将棋ニュース|日本将棋連盟” (2010年7月14日). 2010年7月14日閲覧。
  6. ^ 第67期王将戦第1局/上 10年連続開催へ意欲 振り駒を務める松井市長「大変光栄」/静岡 - 毎日新聞・2017年12月20日
  7. ^ 王将戦、19年2月に大田原で 14期連続の開催 下野新聞社、2018年12月12日(2019年5月11日閲覧)。
  8. ^ 『近代将棋 1973年11月号』丸山氏ら新九段に 大山九段は永世王将に」『国立国会図書館デジタルコレクション』近代将棋社、181頁。
  9. ^ a b 「昭和将棋風雲録」(講談社)P.222
  10. ^ 担当者が語る王将戦秘話”. 将棋ペンクラブログ. 2020年8月10日閲覧。
  11. ^ 昭和の名棋士逝く 米長さん、数々の名局”. 朝日新聞社. 2020年8月10日閲覧。
  12. ^ 王将戦 天候不良で佐渡に到着できず…第5局異例の日程変更 - スポーツニッポン・2015年3月11日
  13. ^ 「第64期王将戦七番勝負第5局」開始時刻等決定のお知らせ|将棋ニュース|日本将棋連盟”. www.shogi.or.jp. 2024年5月3日閲覧。
  14. ^ 返事 2014-08-11 22:48 - 伊奈めぐみ
  15. ^ 罰ゲーム映像配信中 【ニコ生放送中】 第64期王将戦 渡辺明王将 対 郷田真隆九段 https://nico.ms/lv206765503 #nicoch2587372 #王将戦 #将棋 #shogi - Twitter 田中誠
  16. ^ 王将戦“もう一つ”の見どころ 将棋とかけ離れた「勝者の写真」 - スポーツニッポン 2016年2月2日
  17. ^ 吉田剛撮影 佐藤棋聖 勝利翌日、海岸でまた一局? - スポーツニッポン
  18. ^ a b 株式会社スポーツニッポン新聞社マルチメディア事業本部「「緩い」と言われた王将戦“名物”一夜明け写真 68期はレベルアップ!? - スポニチ Sponichi Annex 芸能」『スポニチ Sponichi Annex』。2018年10月17日閲覧。
  19. ^ 藤井聡太竜王も事前研究? 王将戦「勝者の罰ゲーム」に注目”. 毎日新聞 (2021年12月30日). 2022年1月10日閲覧。
  20. ^ 最強の7人がしのぎを削る王将リーグ! 郷田王将への挑戦者を決める熾烈な戦いに注目|将棋コラム|日本将棋連盟”. www.shogi.or.jp. 2024年5月3日閲覧。
  21. ^ 王将リーグ全局終了! 藤井聡太竜王(19)全勝はならず 近藤誠也七段(25)殊勲の残留 - 松本博文・2021年11月24日
  22. ^ 藤井新王将誕生!最年少で史上4人目5冠獲得「実力を考えると出来すぎ」 王将戦で渡辺王将に4連勝 - スポニチ Sponichi Annex・2022年02月12日 18:23
  23. ^ 河口俊彦「将棋界奇々快々」(日本放送出版協会)
  24. ^ 第4期王将戦”. 将棋順位戦データベース. 2021年3月14日閲覧。
  25. ^ 将棋プレミアム、第65期王将戦七番勝負を完全「独占」生中継と発表。ニコ生などでは放送されないようです - 将棋ワンストップ・ニュース 2015年12月22日
  26. ^ ABEMA将棋ch(アベマ)

関連項目

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外部リンク

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