雪印乳業株式会社(ゆきじるしにゅうぎょう、Snow Brand Milk Products Co., Ltd.)は、かつて存在した乳製品製造販売する会社。

雪印乳業株式会社
Snow Brand Milk Products Company, Limited
Snow Brand Milk Products (head office 2).jpg
雪印乳業(現:雪印メグミルク)本社
種類 株式会社
市場情報
東証1部 2262
2009年9月25日上場廃止
札証 2262
2009年9月25日上場廃止
略称 雪印
本社所在地 日本の旗 日本
160-8575
東京都新宿区本塩町13番地
本店所在地 065-0043
札幌市東区苗穂町6丁目1番1号
設立 1950年昭和25年)6月10日(創業:1925年大正14年))
業種 食料品
事業内容 バターチーズマーガリンなど
代表者 井戸田正(代表取締役社長)
資本金 148億46百万円(2009年3月31日現在)
売上高 単体 1,455億円
連結 2,946億円
2009年3月期)
純資産 単体 516億円
連結 700億円
(2009年3月31日現在)
総資産 単体 1,526億円
連結 2,037億円
(2009年3月31日現在)
従業員数 1,397名(2009年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 雪印メグミルク株式会社:100%
(2009年10月1日現在)
テンプレートを表示

2009年平成21年)10月1日には、日本ミルクコミュニティと共に経営統合の上設立された持株会社雪印メグミルクの子会社となったが、その後2011年(平成23年)4月1日には、日本ミルクコミュニティと共に雪印メグミルクへ吸収合併された。

目次

概要編集

 
雪印乳業(現:雪印メグミルク)本社(別角度から)

1925年大正14年)創業。かつては牛乳乳飲料などの市乳事業をはじめとして、バターチーズなどの乳食品事業や、育児品アイスクリーム冷凍食品医薬品なども手掛ける、総合乳業メーカーのトップであり、グループ全体の連結売上高が1兆円を超える巨大食品グループであった。

しかし、後述する2度にわたった不祥事発覚後は、乳食品事業以外の各部門を分社化し、バター・チーズマーガリンの製造を主な事業とするようになった。この乳食品事業部門は、その後もシェアが1位であった[要出典]

社章は結晶の中に、北海道を象徴する北極星を組み合わせたものである。「スノーブランド」(雪印)としても知られている。

営業上の本社(現:雪印メグミルクの本社)は東京都新宿区本塩町13番地(最寄駅は四ッ谷駅)であったが、登記上の本店(現・雪印メグミルクの登記上の本店)は札幌市東区苗穂町6丁目1番1号(最寄り駅は苗穂駅:敷地内には、同社の北海道支店と資料館、持株会社時代の雪印メグミルクの登記上の本店、および旧日本ミルクコミュニティの北海道事業部と札幌支店・札幌工場もある。)であった。

沿革編集

不祥事・事件編集

雪印八雲工場脱脂粉乳食中毒事件編集

1955年(昭和30年)に、東京都で学校給食に使用された脱脂粉乳による集団食中毒事件が発生した(雪印八雲工場脱脂粉乳食中毒事件)。前年、北海道八雲町の工場内で、たまたま停電と機械故障が重なる日があった際、原料乳の管理が徹底されず、長時間にわたり原料乳が加温状態にさらされたことから、溶血性ブドウ球菌が大量に増殖したと考えられている。また、前日の原料乳が使い回されるといった杜撰な製品管理も重なり、被害が拡大したとされる。

雪印集団食中毒事件編集

2000年(平成12年)の6月から7月にかけて、雪印乳業大阪工場で製造された乳飲料によって、近畿地方で集団食中毒が発生した(雪印集団食中毒事件)。食中毒の原因は北海道広尾郡大樹町にある大樹工場で製造された低脂肪乳の主原料だった脱脂粉乳製造時の停電事故による毒素(エンテロトキシン)の発生にあった。

雪印牛肉偽装事件編集

2002年(平成14年)には、ハムソーセージなどの肉製品の製造・販売を行っていた子会社雪印食品による雪印牛肉偽装事件BSE対策として、農林水産省が疑いのある牛肉を買い上げる補助金制度を悪用)が発覚した。

雪印グループ全体が会社存続の危機に立たされ、事業全体の再編成を余儀無くされる結果となった。さらに、雪印食品から発生した問題は、日本の農畜産業に内在する不正隠匿体質を暴露する結果となったり、グループ創業の地である北海道の農畜産業までもが存亡の危機にまで追い込まれるなどしたため、単なる食品メーカー1社の不祥事では済まされなかった。

支援企業については国内外から候補が上がったが、所轄官庁である農林水産省の意向で国内企業を主体とすることとなり、主に農協系(メインバンクの農林中央金庫及び全農)が主体となって経営再建の支援をすることとなった。

再編編集

各事業部門毎に、他社との提携・分社化により再編された。

現在では、雪印乳業の乳食品部門のほか、日本ミルクコミュニティに移管された「雪印コーヒー」などでも「雪印」ブランドが使用されている(宅配製品を除く)。

雪印食品の北海道早来工場はその後、春雪さぶーるに移管された。

ほかは旧雪印製品であっても別ブランドとなった。日本ミルクコミュニティ農協全酪連を参照のこと。

主な商品編集

☆は別会社に移管されたもの。

バター

  • 北海道バター
  • 北海道バター(10gに切れてる)(特許取得)
  • 北海道バター・ハーフ
  • SNOW ROYAL コクと香りの北海道バター(日本では珍しい発酵バター
  • ガーリック&バター

マーガリン類

  • ネオソフト
  • ネオソフト クリームブレンド
  • ネオソフト ハーフ
  • ネオソフト キャノーラハーフ
  • ネオソフト べに花
  • ネオソフト コクのあるバター風味
  • ネオソフト 生乳入りマーガリン
  • ネオソフト 北海道バター入り
  • リセッタソフト 日清オイリオグループとの共同開発品。
  • バター仕立てのマーガリン
  • 生クリーム仕立てのマーガリン
  • 焦がしバター風味マーガリン
  • ケーキ用マーガリン
  • ラード
  • ショートニング

プロセスチーズ

  • 6Pチーズ
  • 8Pチーズフード
  • アルペンホルン
  • スライスチーズ
  • スライスチーズとろける北海道バターブレンド
  • スライスチーズ北海道バターフレンド
  • ストリングチーズ
  • とろけるスライス
  • サンドイッチスライス
  • ドラえもんスライス
  • ドラえもんスティック
  • 雪印チーズミニ
  • 雪印チーズキャッチ
  • ベビーチーズ
  • 北海道100チーズ
  • クリームチーズ

ナチュラルチーズ

  • 北海道100さけるチーズ
  • 北海道100カマンベールチーズ
  • 北海道100芳醇ゴーダ
  • 北海道100チェダー
  • 北海道100マスカルポーネ

育児用粉乳 : 2007年9月より発売。製造は「ビーンスターク・スノー」(元は雪印のブランドであった「すこやか」・「つよいこ」を販売)が担当。

  • ぴゅあ
  • たっち

牛乳・乳飲料類

  • 成分無調整雪印牛乳☆(日本ミルクコミュニティ、現在は雪印の創業地である北海道地区だけでの販売)
  • アカディ☆(日本ミルクコミュニティ、のちに「おなかにやさしく」にリニューアル)
  • 毎日骨太☆(日本ミルクコミュニティ、2010年(平成22年)3月にリニューアル)
  • 雪印低脂肪乳
  • 雪印コーヒー入り牛乳
  • 雪印ナチュレ
  • 雪印Newナチュレ
  • 雪印ナチュレライブ
  • 雪印ナチュレ+2
  • 雪印のむヨーグルトナチュレライブ
  • 雪印ナチュレのむヨーグルト
  • 雪印ナチュレ+2のむヨーグルト

果実・その他飲料

  • 毎日旬菜
  • ライチ

デザート

  • クリーム&プリン☆(日本ミルクコミュニティ)
  • 雪印モナデザート
  • 雪印牛乳たまごプリン
  • 雪印とってもオレンジ
  • 雪印とってもピーチ
  • 雪印とってもグレープフルーツ
  • 雪印とってもマスカット
  • 雪印とってもパイン
  • 雪印とってもメロン
  • 雪印とってもキウイフルーツ
  • 雪印とってもグレープ
  • 雪印とってもアップル
  • 雪印ヨグール
  • 雪印ヨーグルトセレ
  • 雪印ヨーグレージュ

ドリンク

  • 雪印毎朝元気
  • 雪印ミルクコーヒー
  • 雪印ビタミン牛乳
  • 雪印ビタミンミルク
  • 雪印ビタミン入り牛乳

冷凍食品

  • 雪印この頃のパスタ
  • 雪印えびピラフ
  • 雪印鶏ごぼうピラフ
  • 雪印高菜ピラフ
  • 雪印野沢菜ピラフ
  • 雪印プルコギ炒飯
  • 雪印フレンチポテト
  • 雪印ポテック
  • 雪印ミックスピザ
  • 雪印クリスピースナックピザ
  • 雪印カーネルコーン
  • 雪印グリーンピース
  • 雪印レンジであつあつ
  • 雪印ミックスベジタブル
  • 雪印中華五菜
  • 雪印煮物五菜
  • 雪印鹿児島ソースとんかつ
  • 雪印お弁当ミニ小鉢
  • 雪印カップのまんま
  • 雪印ミルクで煮込んだポテトのコロッケ
  • 雪印ふんわりたまごのオムハムカツ
  • 雪印手作りたこ焼
  • 雪印北海道カマンフライ
  • 雪印手結びミニ袋煮
  • 雪印おくらえびしんじょ
  • 雪印Ca家族
  • 雪印フローズンホイップ
  • 雪印クリームチーズケーキプレーン

別ブランド編集

日本ミルクコミュニティ編集

2011年(平成23年)4月1日に同社は雪印乳業と共に、雪印メグミルクへ吸収合併された。

  • メグミルク(日本ミルクコミュニティ設立時に作られたブランド)
  • 農協(全国農協直販が発売していたブランド)
  • 全酪(全国酪農業協同組合連合会が発売していたブランド)

雪印乳業編集

  • クロバー(旧クロバー乳業が製造販売していたブランド。雪印に合併した後もかなりの間併売していた。)

工場編集

吸収合併するまでに存在していた工場編集

 
雪印乳業(現・雪印メグミルク)幌延工場

道内

道外

閉鎖した工場編集

  • 茶内工場:北海道浜中町JR北海道茶内駅北方・1981年閉鎖、翌1982年より高梨乳業が北海道工場として操業)
  • 計根別工場:北海道中標津町JR北海道計根別駅北方・閉鎖時期不明につき情報求む)
  • 月形工場:北海道樺戸郡月形町(1930年創業 1964年閉鎖)
  • 足寄工場:北海道足寄郡足寄町南1条5丁目のち同町下愛冠1丁目に移転(1972年に下愛冠へ移転、1981年工場閉鎖)
  • 函館工場:北海道函館市亀田本町66‐5(JR北海道五稜郭駅北方・2003年(平成5年)2月28日閉鎖)
  • 釧路工場:北海道釧路市貝塚1丁目(JR北海道東釧路駅南方・1981年閉鎖 流通センターにする。)
  • 北見工場:北海道北見市
  • 清水工場:北海道上川郡清水町(2008年(平成20年)3月末で閉鎖)
  • 名寄工場:北海道名寄市(1928年(昭和3年)6月25日操業開始。1980年(昭和55年)2月29日閉鎖)
  • 中湧別工場:北海道紋別郡上湧別町(1979年2月閉鎖)
  • 浜頓別工場:北海道
  • 旭川工場:北海道旭川市
  • 問寒別集乳工場:北海道天塩郡幌延町JR北海道問寒別駅北方・1958年(昭和33年)設立。1975年(昭和50年)に閉鎖)
  • 青森工場:
  • 花巻工場:
  • 新潟工場:新潟県新発田市
  • 仙台工場:宮城県仙台市若林区若林7丁目13-1(2002年(平成14年)3月末に閉鎖 現在はパラディソ沖野店)
  • 東京工場:東京都北区(2002年(平成14年)3月末に閉鎖)
  • 品川工場:
  • 日野工場:
  • 静岡工場:静岡県静岡市
  • 名古屋工場:
  • 新潟工場:新潟県新発田市大字島潟字赤沼280番地(2001年(平成13年)12月末に閉鎖)
  • 京都工場:京都府京都市(食中毒事件より前に移転 現在はホームセンター)
  • 大阪工場:大阪府大阪市都島区都島南通一丁目21番41号(雪印集団食中毒事件の舞台になった工場。閉鎖後跡地にマンション・おおさかパルコープ都島支所が建設された)
  • 神戸工場:兵庫県神戸市垂水区
  • 倉敷工場:岡山県倉敷市片島町字地蔵院地187番地1(2002年(平成14年)9月末に閉鎖。同年10月に高梨乳業が買収、現在は同社の岡山工場)
  • 高松工場:香川県高松市多肥下町字汲仏1262番地3[2](2001年(平成13年)3月末に閉鎖。現在はマンション「サーパス太田中央公園」になっている)
  • 松山工場:愛媛県松山市
  • 都城工場:宮崎県都城市郡元町4577番地3

かつてスポンサーだった主な番組編集

☆マークは雪印グループ(雪印乳業、雪印食品、雪印ローリー、雪印種苗)名義で提供していた番組。

スポーツ活動編集

北海道を代表する企業であったこともあり、各種スポーツに力を注いでいた。特に日本アイスホッケーリーグに所属するアイスホッケー部やノルディックスキースキージャンプ)の実業団チームである「チーム雪印」は、数少ないウィンタースポーツを代表する企業スポーツ部として名を知られた。また、雪印は全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝)の常連チームといわれていた陸上競技部も所有していたが、一連の不祥事に伴うスポーツ活動の撤退に伴い、「チーム雪印」以外は2001年(平成13年)に廃部となった(なお、アイスホッケーチームは地元主体のクラブチーム「札幌ポラリス(のちの札幌ホッケークラブ)」に移行)。

唯一残ったスポーツ部となる「チーム雪印」は、ほかの多くの古参企業チームが撤退する中で、選手の雇用や競技のスポンサーなど積極的な支援を続けていた。その後雪印メグミルクへの再編に伴い、「雪印メグミルクスキー部」(英名はTeam Megmilk Snow Brand)へと改称した。

所属選手、スタッフ編集

関連項目編集

脚注編集

[ヘルプ]
  1. ^ 雪印乳業会社情報(工場・事業所一覧)[リンク切れ]には掲載されていない。
  2. ^ この住所は区画整理事業による換地処分により2008年(平成20年)10月1日に地番が変更されているため現存しない。現在ここは多肥下町1554番地3となっている。

外部リンク編集