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ジョー=ウィルフリード・ツォンガ

ジョー=ウィルフリード・ツォンガJo-Wilfried Tsonga, 1985年4月17日 - )は、フランスル・マン出身の男子プロテニス選手。これまでにATPツアーでシングルス16勝、ダブルス4勝を挙げている。自己最高位ランキングはシングルス5位、ダブルス33位。身長188cm、体重91kg。右利き、バックハンド・ストロークは主に両手打ちだが時折スライス以外でも片手打ちする[要出典]

ジョー=ウィルフリード・ツォンガ
Jo-Wilfried Tsonga
Tennis pictogram.svg
Tsonga WM17 (15) (35379195113).jpg
ジョー=ウィルフリード・ツォンガ
基本情報
フルネーム Jo-Wilfried Tsonga
国籍 フランスの旗 フランス
出身地 同・ル・マン
居住地 スイスの旗 スイスジャンジャン
生年月日 (1985-04-17) 1985年4月17日(33歳)
身長 188cm
体重 91kg
利き手
バックハンド 両手打ち (時折片手打ち)[要出典]
ツアー経歴
デビュー年 2004年
ツアー通算 20勝
シングルス 16勝
ダブルス 4勝
生涯獲得賞金 20,953,134 アメリカ合衆国ドル
4大大会最高成績・シングルス
全豪 準優勝(2008)
全仏 ベスト4(2013・15)
全英 ベスト4(2011・12)
全米 ベスト8(2011・15・16)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 2回戦(2008)
全仏 1回戦(2002・03・09)
国別対抗戦最高成績
デビス杯 準優勝(2010・14)
ホップマン杯 優勝(2014)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 5位(2012年2月27日)
ダブルス 33位(2009年10月26日)
獲得メダル
男子 テニス
オリンピック
2012 ロンドン ダブルス
2018年6月5日現在

2008年全豪オープン男子シングルス準優勝、2011年ATPワールドツアー・ファイナル準優勝、マスターズ1000優勝2回。

ツォンガはすべてのグランドスラムでベスト8進出を果たしてる数少ない現役選手の1人であり、グランドスラム通算でBIG4全員に勝利した初の選手である。

目次

選手経歴編集

キャリア初期編集

大会 2001 2002 2003
ジュニアグランドスラム
全豪オープン A SF SF
全仏オープン 1R QF SF
ウィンブルドン A 3R SF
全米オープン A 3R W

ツォンガはフランス人の男子テニス選手として、リシャール・ガスケガエル・モンフィスらと同年代に位置している。ツォンガの醸し出す独特な雰囲気から“テニス界のモハメド・アリ”と呼ばれることがある。プロサッカー選手のシャルル・ヌゾクビアは、ツォンガのはとこにあたる。

ツォンガの父親はコンゴ共和国から移住した元ハンドボール選手で、母親はフランス人の教師であった。ツォンガはジュニア選手時代、2003年全米オープンのジュニア男子シングルス決勝でマルコス・バグダティスを7-6, 6-3 で破って優勝したことがあり、2004年からプロテニス選手になった。ところが、ツォンガはプロ転向直後から数多くの病気に悩まされる。2004年11月から2005年3月まで椎間板ヘルニアを患い、2005年後半から2006年にかけては右肩・背中・腹部などの故障を抱えたため、テニスツアーへの出場さえおぼつかない時期が長期間続いた。

2007年 世界50位入り編集

ツォンガが初めて世界的な知名度を獲得したのは、2007年ウィンブルドンの4回戦進出である。この大会では、ツォンガは世界ランキング110位から勝ち上がり、4回戦で少年時代からのライバルの1人だったリシャール・ガスケに敗れた。この頃から、ツォンガの雰囲気は「モハメド・アリに似ている」と評判になったという[1]。続く全米オープンでも、ツォンガは3回戦まで勝ち進んだが、この時の2回戦でティム・ヘンマン4大大会最後の対戦相手になっている。長年イギリスの国民的英雄だった33歳のヘンマンは、9月中旬のデビスカップ「ワールドグループ・プレーオフ」イギリス対クロアチア戦を最後に現役を引退することを表明していた。そのヘンマンを7-6, 2-6, 7-5, 6-4で破ったツォンガは、続く3回戦で第2シードのラファエル・ナダルに6-7, 2-6, 1-6で敗退した。10月に母国フランスでの南フランス・オープンのダブルスで同国のセバスチャン・グロジャンと組み、男子ツアーのダブルス初優勝を果たす。

2008年 グランドスラム準優勝・マスターズ優勝編集

ツォンガは全豪オープンで旋風を起こし、世界ランキング38位のノーシードから決勝に勝ち進んだ。1回戦で第9シードのアンディ・マリーを破った勝利から始まり、4回戦でライバルのガスケ、準々決勝でミハイル・ユージニーを破ると、準決勝でも第2シードのナダルを6-2, 6-3, 6-2のストレートで破り、旋風を沸き起こした。ツアー経歴で最初のシングルス決勝進出をグランドスラムで決めた選手は、1997年全仏オープンで世界ランキング66位から初優勝したグスタボ・クエルテン以来の快挙となった。決勝では準決勝で世界1位のロジャー・フェデラーを破った第3シードのノバク・ジョコビッチに6-4, 4-6, 3-6, 6-7で敗れ、この大会の準優勝者となった。

全豪オープン終了後、ツォンガは男子テニス国別対抗戦・デビスカップフランス代表選手に初選出され、ワールドグループ1回戦の対ルーマニア戦で代表デビューした。ところが、デビスカップのシングルス第2試合のアンドレイ・パベル戦で右膝の故障に見舞われ、全仏オープンウィンブルドンの出場を断念する。その後全米オープンから復帰し、第19シードとしてトミー・ロブレドとの3回戦まで進出した。全米オープン終了後のタイ・オープン決勝で、ツォンガは全豪決勝で敗れたジョコビッチを7-6, 6-4のストレートで下し、男子ツアーのシングルス初優勝を果たす。初来日となったジャパン・オープン・テニス選手権ではビクトル・トロイツキとの3回戦を途中棄権したが、10月末のパリ・マスターズ決勝でダビド・ナルバンディアンを6-3, 4-6, 6-4で破り、マスターズでも初優勝を決めた。これにより、ツォンガの世界ランキングは7位に上がった。男子ツアー年間最終戦のテニス・マスターズ・カップにも初出場したが、ここではラウンドロビン敗退に終わっている。

2009-2010年編集

2009年度の成績は、全豪オープンはベスト8で止まったが、全仏オープン全米オープンで初の4回戦進出があった。10月第2週に、ツォンガは2年連続2度目のジャパン・オープン・テニス選手権に出場し、第2シードから大会初優勝を果たした。

2010年全豪オープンで、ツォンガは2年ぶり2度目のベスト4に勝ち上がった。準々決勝では、2年前の同大会決勝戦で敗れたジョコビッチを7-6(8), 6-7(5), 1-6, 6-3, 6-1で破ったが、続く準決勝で第1シードのフェデラーに2-6, 3-6, 2-6で完敗し、2年ぶりの決勝進出はならなかった。

2011年 ワールドツアーファイナル準優勝編集

ウィンブルドンでは、準々決勝で第3シードのフェデラーを3-6, 6-7, 6-4, 6-4, 6-4の大逆転[2]で破り、自身初の準決勝進出を決める。準決勝では第2シードのジョコビッチに6-7, 2-6, 7-6, 3-6で敗れた。全米オープンでは全米では初のベスト8に進出。準々決勝ではフェデラーに4-6, 3-6, 3-6で敗れた。9月のモゼール・オープンでは決勝でイワン・リュビチッチを6–3, 6–7(4), 6–3で破り2年ぶりのツアー6勝目を挙げた。最終戦のATPワールドツアー・ファイナルで初めての決勝に進出したが、フェデラーに3–6, 7–6(6), 3–6で敗れた。2011年のATPワールドツアーでエース数825本がツアー1位にランクインされた。

2012年 世界5位入り編集

開幕戦のカタール・エクソンモービル・オープン決勝でガエル・モンフィスを7–5, 6–3で破りシングルス8勝目を挙げた。しかし、全豪オープンでは4回戦で錦織圭に6-2, 2-6, 1-6, 6-3, 3-6で敗れた。2月27日付のランキングで自己最高の5位を記録している。全仏オープンでは自己初のベスト8に進出した。準々決勝では第1シードのジョコビッチに1–6, 7–5, 7–5, 6–7(6), 1–6でマッチポイントを逃して敗れた。ウィンブルドンでは2年連続のベスト4に進出し準決勝でマリーに3–6, 4–6, 6–3(6), 5–7で敗れた。

2012年7月のロンドン五輪で五輪に初出場した。シングルス2回戦ではミロシュ・ラオニッチに3-6, 6-3, 25-23で勝利した。試合時間は3時間57分でゲーム数の66は五輪最多記録となった。準々決勝でジョコビッチに 1-6, 5-7 で敗れた。ミカエル・ロドラと組んだダブルスでは、準決勝でスペインのフェレール/F・ロペス組に6-3, 4-6, 18-16で勝利し決勝に進出した。決勝ではブライアン兄弟組に4-6, 6-7で敗れはしたものの銀メダルを獲得した。

2013年 全仏ベスト4編集

全豪オープンでは準々決勝でフェデラーにフルセットで敗れた。2月の地元フランスでのオープン13の決勝でトマーシュ・ベルディハを破り、シングルス通算10個目のタイトルを手に入れた。全仏オープンでは準々決勝でフェデラーに7-5, 6-3, 6-3で勝利し、地元の全仏で初めてベスト4に進出。準決勝でダビド・フェレールに1-6, 6-7(3), 2-6で敗れ、地元の全仏での決勝進出はならなかった。

2014年 2度目のマスターズ優勝編集

2014年5月14日、BNLイタリア国際2回戦にて通算300勝を達成、フランス人選手通算勝利数第10位となった[3]。この年はグランドスラムは全て4回戦敗退だったが、8月のロジャーズ・カップにおいて3回戦でジョコビッチを、準々決勝でマリーを、決勝でフェデラーを7–5, 7–6(3)で破り、マスターズ2度目の優勝を果たした。またデビスカップでも4年ぶりに決勝に進出するが、フェデラースタン・ワウリンカ擁するスイスに敗れ、準優勝となった。

2015年 2度目の全仏ベスト4編集

2015年全仏オープンでは4回戦で第4シードのベルディハ、準々決勝で第5シードの錦織圭に6-1, 6-4, 4-6, 3-6, 6-3のフルセットで勝利し、地元の全仏での2年ぶり2度目のベスト4進出を果たした。準決勝ではワウリンカに3-6, 7-6(1), 6-7(3), 4-6で敗れ、またしても地元の全仏での決勝進出はならなかった。上海マスターズでは準決勝でナダルに6-4, 0-6, 7-5で勝利し、決勝進出。決勝でジョコビッチに2-6, 4-6で敗れた。

2016-2017年編集

2016年はウィンブルドン全米オープンでベスト8入りした。ウィンブルドンでは優勝したマリーと6-7(10), 1-6, 6-3, 6-4, 1-6の接戦で敗れた。

2017年全豪オープンでもベスト8入りし、自身初めての3大会連続ベスト8入りを果たすが、準々決勝でワウリンカに敗れた。2月のABNアムロ世界テニス・トーナメントの準決勝でベルディハに勝利し、ツアー通算400勝を達成した[4]

プレースタイル編集

パワフルで重いフォアハンド、強力なサーブを武器とするオールラウンドプレイヤー。 サーブは最速237km/h(147 mph)を記録している。ネットプレーもうまく、リズムにのると最強プレイヤーであるジョコビッチフェデラー等を破る爆発力も持っている[5][6]

主要大会決勝編集

グランドスラム決勝編集

シングルス: 1 (1 準優勝)編集

結果 大会 サーフェス 相手 スコア
準優勝 2008年   全豪オープン ハード   ノバク・ジョコビッチ 6–4, 4–6, 3–6, 6–7(2-7)

年間最終戦決勝編集

シングルス: 1 (1準優勝)編集

結果 大会 サーフェス 相手 スコア
準優勝 2011年   ロンドン ハード (室内)   ロジャー・フェデラー 3–6, 7–6(8-6), 3–6

マスターズ1000決勝編集

シングルス: 3 (2タイトル, 1準優勝)編集

結果 大会 サーフェス 相手 スコア
優勝 2008年   パリ ハード (室内)   ダビド・ナルバンディアン 6–3, 4–6, 6–4
準優勝 2011年   パリ ハード (室内)   ロジャー・フェデラー 1–6, 6–7(3-7)
優勝 2014年   トロント ハード   ロジャー・フェデラー 7–5, 7–6(7-3)

ダブルス: 1 (1タイトル)編集

結果 大会 サーフェス パートナー 相手 スコア
優勝 2009年   上海 ハード   ジュリアン・ベネトー   マリウシュ・フィルステンベルク
  マルチン・マトコフスキ
6–2, 6–4

オリンピック決勝編集

ダブルス: 1 (1銀メダル)編集

結果 大会 サーフェス パートナー 相手 スコア
準優勝 2012年   ロンドン五輪   ミカエル・ロドラ   ボブ・ブライアン
  マイク・ブライアン
4–6, 6–7(2-7)

ATPツアー決勝進出結果編集

シングルス: 28回 (16勝12敗)編集

大会グレード
グランドスラム (0-1)
ATPワールドツアー・ファイナル (0-1)
ATPワールドツアー・マスターズ1000 (2-2)
ATPワールドツアー・500シリーズ (2-4)
ATPワールドツアー・250シリーズ (12-4)
サーフェス別タイトル
ハード (15-11)
クレー (1-0)
芝 (0-1)
カーペット (0-0)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2008年1月31日   全豪オープン ハード   ノバク・ジョコビッチ 6–4, 4–6, 3–6, 6–7(2-7)
優勝 1. 2008年9月28日   バンコク ハード (室内)   ノバク・ジョコビッチ 7–6(7-4), 6–4
優勝 2. 2008年11月2日   パリ ハード (室内)   ダビド・ナルバンディアン 6–3, 4–6, 6–4
優勝 3. 2009年2月2日   ヨハネスブルグ ハード   ジェレミー・シャルディー 6–4, 7–6(7-5)
優勝 4. 2009年2月16日   マルセイユ ハード (室内)   ミカエル・ロドラ 7–5, 7–6(7-3)
優勝 5. 2009年10月5日   東京 ハード   ミハイル・ユージニー 6–3, 6–3
準優勝 2. 2011年2月13日   ロッテルダム ハード (室内)   ロビン・セーデリング 3–6, 6–3, 3–6
準優勝 3. 2011年6月13日   ロンドン   アンディ・マリー 6–3, 6–7(2-7), 4–6
優勝 6. 2011年9月25日   メス ハード (室内)   イワン・リュビチッチ 6–3, 6–7(4-7), 6–3
優勝 7. 2011年10月30日   ウィーン ハード (室内)   フアン・マルティン・デル・ポトロ 6–7(5-7), 6–3, 6–4
準優勝 4. 2011年11月13日   パリ ハード (室内)   ロジャー・フェデラー 1–6, 6–7(3-7)
準優勝 5. 2011年11月27日   ロンドン ハード (室内)   ロジャー・フェデラー 3–6, 7–6(7-6), 3–6
優勝 8. 2012年1月7日   ドーハ ハード   ガエル・モンフィス 7–5, 6–3
優勝 9. 2012年9月23日   メス ハード (室内)   アンドレアス・セッピ 6–1, 6–2
準優勝 6. 2012年10月7日   北京 ハード   ノバク・ジョコビッチ 6–7(4-7), 2–6
準優勝 7. 2012年10月21日   ストックホルム ハード (室内)   トマーシュ・ベルディハ 6-4, 4-6, 4-6
優勝 10. 2013年2月24日   マルセイユ ハード (室内)   トマーシュ・ベルディハ 3–6, 7–6(7-6), 6–4
準優勝 8. 2013年9月22日   メス ハード (室内)   ジル・シモン 4-6, 3-6
準優勝 9. 2014年2月23日   マルセイユ ハード (室内)   エルネスツ・グルビス 6–7(5-7), 4–6
優勝 11. 2014年8月10日   トロント ハード   ロジャー・フェデラー 7–5, 7–6(7-3)
優勝 12. 2015年9月27日   メス ハード (室内)   ジル・シモン 7-6(7-5), 1–6, 6–2
準優勝 10. 2015年10月18日   上海 ハード   ノバク・ジョコビッチ 2-6, 4-6
準優勝 11. 2016年10月30日   ウィーン ハード (室内)   アンディ・マリー 3–6, 6–7(6–8)
優勝 13. 2017年2月19日   ロッテルダム ハード (室内)   ダビド・ゴフィン 4-6, 6-4, 6-1
優勝 14. 2017年2月26日   マルセイユ ハード (室内)   リュカ・プイユ 6-4, 6-4
優勝 15. 2017年5月27日   リヨン クレー   トマーシュ・ベルディハ 7–6(2), 7–5
優勝 16. 2017年10月22日   アントワープ ハード (室内)   ディエゴ・シュワルツマン 6–3, 7–5
準優勝 12. 2017年10月29日   ウィーン ハード (室内)   リュカ・プイユ 1–6, 4–6

ダブルス: 8回 (4勝4敗)編集

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
優勝 1. 2007年10月28日   リヨン カーペット (室内)   セバスチャン・グロジャン   ルカシュ・クボット
  ロブロ・ゾブコ
6–4, 6–3
優勝 2. 2008年1月7日   シドニー ハード   リシャール・ガスケ   ボブ・ブライアン
  マイク・ブライアン
4–6, 6–4, [11–9]
優勝 3. 2009年1月11日   ブリスベン ハード   マルク・ジケル   フェルナンド・ベルダスコ
  ミーシャ・ズベレフ
6–4, 6–3
優勝 4. 2009年10月18日   上海 ハード   ジュリアン・ベネトー   マリウシュ・フィルステンベルク
  マルチン・マトコフスキ
6–2, 6–4
準優勝 1. 2011年2月20日   マルセイユ ハード
(室内)
  ジュリアン・ベネトー   ロビン・ハーセ
  ケン・スクプスキ
3–6, 7–6(4), [11–13]
準優勝 2. 2012年2月26日   マルセイユ ハード
(室内)
  ダスティン・ブラウン   エドゥアール・ロジェ=バセラン
  ニコラ・マユ
6–3, 3–6, [6–10]
準優勝 3. 2012年8月4日   ロンドン五輪   ミカエル・ロドラ   ボブ・ブライアン
  マイク・ブライアン
4–6, 6–7(2)
準優勝 4. 2013年9月22日   メス ハード
(室内)
  ニコラ・マユ   レイベン・クラーセン
  フレデリク・ニールセン
4-6, 6-7(5)

成績編集

シングルス編集

4大大会編集

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 通算成績
全豪オープン A A A A 1R F QF SF 3R 4R QF 4R A 4R QF 3R 36–11
全仏オープン LQ LQ 1R A A A 4R 4R 3R QF SF 4R SF 3R 1R A 27–10
ウィンブルドン A A A A 4R A 3R QF SF SF 2R 4R 3R QF 3R A 30–10
全米オープン A LQ A A 3R 3R 4R A QF 2R A 4R QF QF 2R 24–9

: 2009年ウィンブルドン2回戦の不戦勝は通算成績に含まない

大会最高成績編集

大会 成績
ツアーファイナル F 2011
インディアンウェルズ QF 2013
マイアミ QF 2009, 2010, 2012
モンテカルロ SF 2013, 2016
マドリード QF 2013
ローマ QF 2010, 2012
カナダ W 2014
シンシナティ 3R 2016
上海 F 2015
パリ W 2008
ハンブルグ 2R 2008
オリンピック QF 2012
デビスカップ F 2010, 2014

世界ランキング編集

2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017
順位 157 345 212 43 6 10 13 6 8 10 12 10 12 15

脚注編集

  1. ^ The Muhammad Ali of tennis”. BBC Sport (2008年1月25日). 2008年1月25日閲覧。
  2. ^ フェデラーが2セット先取した試合はこの試合を含めて179試合あったが、そこから負けたのは初めて。
  3. ^ http://news.tennis365.net/news/today/201405/100431.html
  4. ^ Tsonga Sails Past Berdych, To Meet Goffin In Final”. ATP. 20170219閲覧。
  5. ^ http://www.tennisnow.com/News/Murray-Squanders-Late-Lead-to-Rejuvenated-Tsonga.aspx
  6. ^ http://www.abc.net.au/news/2012-11-06/djokovic-beats-tsonga-in-london/4355220?section=sport

外部リンク編集

受賞
先代:
  ベンヤミン・ベッカー
ATP年間最優秀新人賞
2007
次代:
  錦織圭