マリン・チリッチ

マリン・チリッチMarin Čilić, 1988年9月28日 - )は、ユーゴスラビア(現ボスニア・ヘルツェゴビナ領)・メジュゴリエ出身のクロアチアの男子プロテニス選手。自己最高ランキングはシングルス3位、ダブルス49位。これまでにATPツアーでシングルス20勝を挙げている。身長198cm、体重89kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。

マリン・チリッチ
Marin Čilić
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2018年ウィンブルドンでのマリン・チリッチ
基本情報
国籍 クロアチアの旗 クロアチア
出身地 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ
メジュゴリエ
居住地 モナコの旗 モナコモンテカルロ
生年月日 (1988-09-28) 1988年9月28日(33歳)
身長 198cm
体重 89kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2005年
ツアー通算 20勝
シングルス 20勝
ダブルス 0勝
生涯獲得賞金 29,164,610 アメリカ合衆国ドル
4大大会最高成績・シングルス
全豪 準優勝(2018)
全仏 ベスト8(2017・18)
全英 準優勝(2017)
全米 優勝(2014)
優勝回数 1(米1)
国別対抗戦最高成績
デビス杯 優勝(2018)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 3位(2018年1月29日)
ダブルス 49位(2013年4月15日)
獲得メダル
テニス
オリンピック
2020 東京 男子ダブルス
2021年6月15日現在

2014年全米オープン男子シングルス優勝者。2016年ウエスタン・アンド・サザン・オープン男子シングルス優勝者。2017年ウィンブルドン選手権男子シングルスと2018年全豪オープン男子シングルスで準優勝している。

選手経歴編集

ボスニア・ヘルツェゴヴィナの、メジュゴリエという人口4000人ほどの小さな町に生まれる。のちに東京オリンピックでダブルスを組んで銀メダルを獲得することになるイワン・ドディグも同出身地である[1]。チリッチは7歳の時から、ドイツに住んでいた従兄弟と共にテニスを始めた。

2005年 プロ転向編集

ジュニア時代の戦績としては2005年全仏オープン男子ジュニアシングルス部門優勝[2]、同年の世界スーパージュニアテニス選手権大会単複優勝などがある。2005年にプロ入り。この頃から、彼は同国の先輩選手ゴラン・イワニセビッチマリオ・アンチッチのコーチとしても知られたボブ・ブレットのコーチを受け始める。

2006年 トップ100位入り編集

デビスカップ2006からのデビスカップクロアチア代表入りを果たす。この年はスイス・オープン・グシュタードで早くもATPツアーベスト4に進出するなどの活躍があり、同年末にはランキングを100位台に乗せた。

2007年 トップ80位入り編集

2007年にはチャイナ・オープンサンクトペテルブルク・オープンの2大会で、当時世界ランキング4位につけていたニコライ・ダビデンコを倒す活躍があり、シングルスランキング71位でこのシーズンを終えた。

2008年 ツアー初優勝編集

2008年は年初のチェンナイ・オープンでベスト4の好成績を収めた後、全豪オープン4大大会に初出場した。この大会では1回戦で第27シードのニコラス・アルマグロを破って波に乗り、一気にジェームズ・ブレークとの4回戦まで勝ち進んだ。この年はウィンブルドンでも4回戦に進出し、アルノー・クレマンに3-6, 5-7, 2-6で敗れた。8月北京五輪にクロアチア代表として選出され、フェルナンド・ゴンサレスとの2回戦まで進出した。翌週に行われた全米オープン最後の前哨戦パイロット・ペン・テニスで、チリッチは決勝で大会前年度準優勝者のマーディ・フィッシュを6-4, 4-6, 6-2で下し、ツアー初優勝を遂げた。これらの活躍により、全米オープンで初めて「第30シード」に選出され、ノバク・ジョコビッチとの3回戦まで進出した。

2009年 全米ベスト8編集

 
2009年ウィンブルドン選手権でのチリッチ

2009年は1月のチェンナイ・オープンと2月のPBZザグレブ・インドアでシングルス優勝を果たす。この年は全仏オープンで初の4回戦進出を果たした後、全米オープンのベスト8進出があった。4回戦で前年度準優勝者のアンディ・マリーを7-5, 6-2, 6-2で破ったチリッチは、続く準々決勝でフアン・マルティン・デル・ポトロに6-4, 3-6, 2-6, 1-6で敗れた。

2010年 全豪ベスト4 トップ10入り編集

2010年エアセル・チェンナイ・オープン決勝でスタニスラス・ワウリンカを破って大会2連覇を達成。この後、チリッチは全豪オープンで初のベスト4進出を決めた。4回戦では、前年の全米準々決勝で敗れたデルポトロを5-7, 6-4, 7-5, 5-7, 6-3のスコアで倒し、準々決勝では第7シードのアンディ・ロディックに7-6(4), 6-3, 3-6, 2-6, 6-3で勝って、上位シード選手を2人連破した。初進出の準決勝ではアンディ・マリーに6-3, 4-6, 4-6, 2-6で敗れ、決勝進出を逃した。全豪オープン終了後、チリッチは世界ランキング10位に入り、初の世界トップ10入りを果たした。

2011年 ツアー6勝目編集

2011年7月の地元クロアチア・オープンでは単複で決勝に進出。シングルスではアレクサンドル・ドルゴポロフに4–6, 6–3, 3–6、ロブロ・ゾブコと組んだダブルスでもイタリアのボレリ/フォニーニ組に3–6, 7–5, 7–10で敗れともに準優勝となった。10月のチャイナ・オープンでも決勝に進出したが、トマーシュ・ベルディハに6–3, 4–6, 1–6で敗れた。10月末のサンクトペテルブルク・オープンの決勝でヤンコ・ティプサレビッチを6–3, 3–6, 6–2 で破りツアー6勝目を挙げた。

2012年 ツアー8勝目編集

2012年6月のエイゴン選手権ではダビド・ナルバンディアンの失格により7勝目を挙げた。地元でのクロアチア・オープンではマルセル・グラノリェルスを6–4, 6–2で破り8勝目を挙げた。

ロンドン五輪で2度目のオリンピックに出場した。シングルスでは2回戦でレイトン・ヒューイットに4-6, 5-7で敗れた。イワン・ドディグと組んだダブルスではベスト8に進出している。全米オープンでは3年ぶりのベスト8に進出した。準々決勝ではアンディ・マリーに6–3, 6–7, 2–6, 0–6で敗れた。

2013年 薬物陽性による出場停止処分編集

2013年5月のBMWオープンでのドーピング検査で禁止薬物に陽性反応を示した。9月に2014年1月末まで9ヶ月の出場停止処分を受けた[3]。チリッチはスポーツ仲裁裁判所に異議を申し立てて[4]、4ヶ月間に短縮され、11月のBNPパリバ・マスターズから復帰した。

2014年 全米初優勝編集

2014年よりチリッチは母国の先輩ゴラン・イワニセビッチをコーチに迎えた。地元のPBZザグレブ・インドアデルレイビーチ国際テニス選手権で優勝し復調を見せた。ウィンブルドン選手権で3回戦で第6シードのトマーシュ・ベルディハに7-6(5), 6-4, 7-6(6)で勝利し自身初のベスト8進出。準々決勝でも第1シードのノバク・ジョコビッチに1-6, 6-3, 7-6(4), 2-6, 2-6と敗れるも善戦した。続く北米マスターズ2大会でも善戦し、第14シードで全米オープンを迎えた。全米オープンでは4回戦でジル・シモンに5-7,7-6,6-4,3-6,6-3で4時間13分の激闘の末勝利してベスト8進出を果たすと、準々決勝でベルディハを6-2, 6-4, 7-6で、準決勝でロジャー・フェデラーを6-3, 6-4, 6-4といずれもストレートで下し4大大会では自身初の決勝進出[5]。決勝では、第5シードのミロシュ・ラオニッチ、第3シードのスタン・ワウリンカ、第1シードのジョコビッチを撃破してこちらも自身初めてグランドスラム決勝に進出した錦織圭と互いに初優勝をかけて対戦し、6-3, 6-3, 6-3で破り、グランドスラム初優勝を果たした[6][7]。大会後のランキングで9位に浮上。さらに10月13日付のランキングで自己最高の8位に浮上した。

その後、調整の為、休養に入り、10月中旬から開催されたクレムリン・カップに出場。決勝まで順調に進出し、ロベルト・バウティスタ・アグートに6ー4,6ー4で破り、この年4勝目を挙げ、自身初のATPワールドツアー・ファイナルズの切符を手に入れた。ATPワールドツアー・ファイナルズではジョコビッチベルディハワウリンカに敗れた。年間最終ランキングは9位。

2015年 ツアー14勝目編集

全豪オープンは肩の怪我のため欠場。3月のBNPパリバ・オープンで復帰。4月のモンテカルロ・マスターズでマスターズでは約2年ぶりのベスト8。 全仏オープンでは3回戦までストレート勝ちで5年ぶりの4回戦に進出するも、ダビド・フェレールにストレート負けした。ウィンブルドン選手権では2回戦でリチャルダス・ベランキスに6-3, 4-6, 7-6(6), 4-6, 7-5のフルセットで、3回戦ではジョン・イズナーに7-6(4), 6-7(6), 6-4, 6-7(4), 12-10の日没サスペンデッドを挟んだ接戦に勝利など厳しい勝ち上がりながら2年連続のベスト8入り。準々決勝では第1シードのジョコビッチに6-4, 6-4, 6-4でストレート負けした。8月のシティ・オープンでは準決勝で錦織圭と昨年の全米オープン以来の再戦し、6-3, 1-6, 4-6で敗れた。

前回優勝の全米オープンでは準々決勝でジョー=ウィルフリード・ツォンガに6-4, 6-4, 3-6, 6-7(3), 6-4で勝利し、2年連続の準決勝進出。準決勝でジョコビッチに0-6, 1-6, 2-6で完敗した。10月のクレムリン・カップでは決勝でロベルト・バウティスタ・アグートを破り連覇。

2016年 マスターズ初優勝 デビス杯準優勝編集

全豪オープンでは3回戦でロベルト・バウティスタ・アグートに4-6, 6-7(5), 5-7で敗れた。 2月の南フランス・オープンABNアムロ世界テニス・トーナメントではそれぞれ2回戦でアレクサンダー・ズベレフ、準々決勝でフィリップ・コールシュライバーに敗れた。オープン13では決勝でニック・キリオスに敗れた。 3月のBNPパリバ・オープンでは4回戦で世界ランク10位のリシャール・ガスケに勝利し、ベスト8に進出するも、準々決勝でダビド・ゴファンに敗れた。

4月からのクレーコートシーズンは怪我のため欠場を続けていたがジュネーブ・オープンで復帰。準決勝でダビド・フェレールに7-5, 7-5で勝利し決勝進出。決勝ではスタン・ワウリンカに4-6, 6-7(11)で敗れ、準優勝となった。大会後の世界ランキングで10位に復帰。しかし全仏オープンでは初戦でマルコ・トルンヘジーティに6-7(4), 6-3, 4-6, 2-6で敗れた。 ウィンブルドンでは3年連続ベスト8に進出。準々決勝でロジャー・フェデラーから2セット先取し、第4セットでは3度のマッチポイントまで追い込むも、7-6(4), 6-4, 3-6, 6-7(9), 3-6で敗れた[8]。 7月にゴラン・イワニセビッチとのコーチ関係を解消、8月、ヨナス・ビョルクマンをコーチに迎えた。

リオ五輪シングルスでは3回戦でガエル・モンフィスに敗れた。翌週のシンシナティ・マスターズでは3回戦で第6シードのトマーシュ・ベルディハに勝利。準々決勝で同じクロアチアのボルナ・チョリッチが第2セットで棄権し、自身初のマスターズ1000ベスト4に進出。準決勝でグリゴール・ディミトロフに4-6, 6-3, 7-5で勝利し、マスターズでは初めての決勝に進出を決めた。決勝ではアンディ・マリーに6-4, 7-5で勝利し、マスターズ初優勝を果たした[9]全米オープンでは3回戦でジャック・ソックに4-6, 3-6, 3-6で敗れた。上海マスターズではシングルスでは初戦敗退したが、ダブルスではマテ・パビッチと組んでベスト4に進出した。スイス・インドアでは決勝で錦織圭に6-1, 7-6で勝利しATPワールドツアー・500シリーズ初優勝を果たした[10]。続くBNPパリバ・マスターズでは3回戦でゴファンに初勝利を上げ、2年ぶりのATPワールドツアー・ファイナル出場を決めた。準々決勝ではジョコビッチに15回目の挑戦で6-4, 7-6(2)で初勝利を上げた。準決勝ではジョン・イズナーに敗れた。ATPワールドツアー・ファイナルズではマリースタン・ワウリンカに敗れるも、第3戦で錦織圭に勝利し、ATPワールドツアー・ファイナルズ初勝利をあげた。

デビスカップではクロアチアのエースとして起用される。1回戦の前回準優勝国ベルギー戦では第1試合でキマー・コッペヤンスに勝利するが、相手のエースゴファンに4-6, 4-6, 6-3, 7-5で敗れたが、第5試合でチョリッチが勝利し、クロアチアは3-2で勝利した。準々決勝のアメリカ戦では第1試合でジャック・ソックに4-6, 3-6, 6-3, 6-4, 6-4で逆転負けし、クロアチアも0-2で追い込まれた。しかし、第3試合のダブルスでイワン・ドディグと組んで起用されると、ブライアン兄弟組を6-2, 2-6, 6-2, 6-4で勝利。第4試合では相手のエースイズナーを7-6(9), 6-3, 6-4で勝利。さらに第5試合でチョリッチソックに勝利し、クロアチアは逆転で準決勝進出を果たす。準決勝のフランス戦では第2試合でリュカ・プイユに勝利。第3試合ではドディグと組んで、世界ランク1,2位ペアのエルベール/マユ組に7-6(6), 5-7, 7-6(6), 6-3で勝利をあげる。第4試合でもリシャール・ガスケに6-3, 6-2, 7-5で勝利し、クロアチアの決勝進出を決めた。決勝ではアルゼンチンと対戦。第1試合でフェデリコ・デルボニスに6-3, 7-5, 3-6, 1-6, 6-2で勝利。第3試合のダブルスはドディグと組んで、7-6(2), 7-6(4), 6-3で勝利。第4試合はフアン・マルティン・デル・ポトロから第1,2セットを取り、第3セット5-5まで追い詰めるも、そこからデルポトロが逆転し、7-6(4), 6-2, 5-7, 4-6, 3-6で敗れた。第5試合でデルボニスイボ・カルロビッチに勝利したため、アルゼンチンが優勝、クロアチアは準優勝となった。年間最終ランキングは自己最高の6位となった。

2017年 ウィンブルドン準優勝編集

全豪オープンでは2回戦でダニエル・エバンスに敗れた。春の北米マスターズではテイラー・フリッツジェレミー・シャルディー相手に2大会連続の初戦敗退を喫した。イスタンブール・オープンでは第1シードミロシュ・ラオニッチを下し優勝。全仏オープンでは順当に勝ち進み全仏オープンでははじめての準々決勝に進出したものの、第3シードのスタン・ワウリンカに敗れた。エイゴン選手権では決勝に進出したがフェリシアーノ・ロペスに敗れた。 ウィンブルドン選手権は第7シードで出場。準決勝で、世界ランク1位・第1シードのアンディ・マリーを破ったサム・クエリーに勝利し初の決勝進出を果たす。決勝でロジャー・フェデラーに3-6, 1-6, 4-6のストレートで敗れ準優勝。2度目のグランドスラム優勝はならなかった。全米オープンでは3回戦で敗退するも、9月11日付のランキングで初のトップ5入り。10月の上海マスターズでベスト4に入り、10月16日付のランキングで自己最高の4位を記録した。ATPファイナルズでは全敗しラウンドロビン敗退となった。最終ランキングは6位。

2018年 全豪準優勝 デビス杯初優勝 世界3位編集

全豪オープンでは第1シードのラファエル・ナダルカイル・エドマンドらを破って初の決勝進出を果たす[11]ロジャー・フェデラーに2-6, 7-6(5), 3-6, 6-3, 1-6で敗れ準優勝となったが、この大会でフェデラーから唯一セットを獲得した。これにより翌週付の世界ランキングを自己最高の3位とした。

欧州クレーコートシーズン初戦、第2シードとして出場したモンテカルロ・マスターズでは準々決勝に進出したものの錦織圭に2年半ぶりに敗北した。この大会でひざを痛め、ムチュア・マドリード・オープンは欠場した。全仏オープンでは2年連続で準々決勝に進出するが、フアン・マルティン・デル・ポトロに敗れた。

6月のゲリー・ウェバー・オープンは決勝でノバク・ジョコビッチに勝利しツアー18勝目を挙げる。しかし前年に準優勝したウィンブルドン選手権は2回戦でギド・ページャに、雨天順延から再開後に逆転負けを喫した[12]全米オープンでは3回戦でアレックス・デミノーを2セットダウンからの逆転で破り、4回戦では第10シードのダビド・ゴファンにストレート勝ちを収めるが、準々決勝で第21シード錦織圭に6-2, 4-6, 6-7(5), 6-4, 4-6のフルセットで敗退した。ATPファイナルズは1勝2敗に終わった。最終ランキングは7位。

フランスと対戦したデビスカップ決勝ではシングルス二試合に出場。ジョー=ウィルフリード・ツォンガリュカ・プイユに勝利し、2005年以来のクロアチアの優勝に貢献した[13][14]。また自身初のデビスカップ優勝となった。

2019年 世界39位まで下降編集

2019年全豪オープンは4回戦でロベルト・バウティスタ・アグートにフルセットの末敗れた。春の大会では早期敗退が続き、約2年半ぶりにトップ10から陥落した。ムチュア・マドリード・オープンでベスト8入りしたが、準々決勝は食中毒のため棄権した[15]全仏オープンは2回戦でグリゴール・ディミトロフにフルセットの末敗れた。ウィンブルドン選手権は2回戦でジョアン・ソウザに敗退。全米オープンでは4回戦まで進出した。2007年以来となるツアー優勝なしで、年間最終ランキングは39位に下がった。

2020年 不調編集

年始のATPカップではクロアチア代表として出場。グループステージでクロアチアはオーストリアポーランドアルゼンチンと対決することになった。チリッチはオーストリア、ポーランド戦で勝利し、アルゼンチン戦ではギド・ペラに破れた。結果は2勝1敗。アルゼンチンと僅差でクロアチアはラウンドロビン敗退となった。

全豪オープンは3回戦で当時世界9位のロベルト・バウティスタ・アグートを6-7(3),6-4,6-0,5-7,6-3のフルセットで破って4回戦まで進み、2019年のリベンジを果たした。4回戦ではミロシュ・ラオニッチに4-6,3-6,5-7のストレートで破れた。その後の大会では上位まで行くことができず、全米オープンは3回戦で今大会優勝するドミニク・ティームに2-6,2-6,6-3,3-6で敗退。全仏オープンは初戦でティームに当たり、4-6,3-6,3-3のストレートで敗退した。2020年は新型コロナウィルスの影響もあり、ツアーが少なく、チリッチ自身も不調のため大会で4回戦より先まで進出することができず、結果が振るわなかった。年間最終ランキングは42位。

2021年 東京五輪ダブルス銀メダル獲得 ツアー20勝目 編集

全豪オープンでは1回戦で第18シードのグリゴール・ディミトロフ と対決し、4-6, 2-3, 6-7(5)のストレートで破れた。全仏オープンでは初戦を突破したが、2回戦で第8シードのロジャー・フェデラーに2-6, 6-2, 6-7(4), 2-6で敗退。しかし、その後のシュトゥットガルト・オープンでは決勝まで進出。ツアー初優勝を目指すフェリックス・オジェ=アリアシムに7-6(2), 6-3で勝利し、3年ぶりのツアー優勝。ツアー19勝目を記録した。ウィンブルドンでは3回戦まで進出し、第2シードのダニール・メドベージェフに7-6(3), 6-3, 3-6, 3-6, 2-6の日を跨いでの熱戦の末、フルセットで敗れた。

東京五輪ではシングルスは2回戦でパブロ・カレーニョ・ブスタに敗退した。しかし、イワン・ドディグと組んで出場したダブルスでは、日本の西岡良仁/ダニエル太郎組やシングルス連覇者のアンディ・マリー/ジョー・ソールズベリー組らを破り決勝進出を果たした。決勝では同胞で世界トップのニコラ・メクティッチ/マテ・パビッチ組に惜敗し、銀メダルを獲得した[1][16]

全米オープンでは第30シードとして出場したが1回戦のフィリップ・コールシュライバー戦で7-6(4), 7-6(3), 2-6, 1-6, 0-2の時点で途中棄権。それでもクレムリン・カップで準優勝すると、続くサンクトペテルブルク・オープンでは決勝でテイラー・フリッツに勝利し、ツアー20勝目を挙げた。

2022年編集

年初のアデレード国際1,2はともにベスト4。

人物・エピソード編集

プレースタイル編集

長身から放たれる高速サーブと安定したバックハンドショットが武器。サーブはこれまで体格の割にスピードが出ていなかったが、同じくサーブを武器としたゴラン・イワニセビッチをコーチに付けることにより威力が増加した[18][19]

主要大会決勝編集

グランドスラム決勝編集

シングルス: 3 (1タイトル, 2準優勝)編集

結果 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 2014   全米オープン ハード   錦織圭 6–3, 6–3, 6–3
準優勝 2017   ウィンブルドン   ロジャー・フェデラー 3–6, 1–6, 4–6
準優勝 2018   全豪オープン ハード   ロジャー・フェデラー 2–6, 7–6(5), 3–6, 6–3, 1–6

マスターズ1000決勝編集

シングルス: 1 (1タイトル)編集

結果 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 2016   シンシナティ ハード   アンディ・マリー 6–4, 7–5

オリンピック決勝編集

ダブルス: 0 (1準優勝)編集

結果 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 2021年   東京 ハード   イワン・ドディグ   ニコラ・メクティッチ
  マテ・パビッチ
4-6, 6-3, 6-10

ATPツアー決勝進出結果編集

シングルス: 35回 (20勝15敗)編集

大会グレード
グランドスラム (1–2)
ATPファイナルズ (0–0)
オリンピック
ATPツアー・マスターズ1000 (1–0)
ATPツアー・500シリーズ (2–4)
ATPツアー・250シリーズ (16–9)
サーフェス別タイトル
ハード (15–8)
クレー (2–4)
芝 (3–3)
カーペット (0–0)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 2008年8月23日   ニューヘイブン ハード   マーディ・フィッシュ 6–4, 4–6, 6–2
優勝 2. 2009年1月11日   チェンナイ ハード   ソムデブ・デブバルマン 6–4, 7–6(7–3)
優勝 3. 2009年2月8日   ザグレブ ハード (室内)   マリオ・アンチッチ 6–3, 6–4
準優勝 1. 2009年10月11日   北京 ハード   ノバク・ジョコビッチ 2–6, 6–7(4–7)
準優勝 2. 2009年11月1日   ウィーン ハード (室内)   ユルゲン・メルツァー 4–6, 3–6
優勝 4. 2010年1月10日   チェンナイ ハード   スタニスラス・ワウリンカ 7–6(7–2), 7–6(7–3)
優勝 5. 2010年2月7日   ザグレブ ハード (室内)   ミヒャエル・ベラー 6–4, 6–7(5–7), 6–3
準優勝 3. 2010年5月9日   ミュンヘン クレー   ミハイル・ユージニー 3–6, 6–4, 4–6
準優勝 4. 2011年2月20日   マルセイユ ハード (室内)   ロビン・セーデリング 7–6(10–8), 3–6, 3–6
準優勝 5. 2011年7月31日   ウマグ クレー   アレクサンドル・ドルゴポロフ 4–6, 6–3, 3–6
準優勝 6. 2011年10月9日   北京 ハード   トマーシュ・ベルディハ 6–3, 4–6, 1–6
優勝 6. 2011年10月30日   サンクトペテルブルク ハード (室内)   ヤンコ・ティプサレビッチ 6–3, 3–6, 6–2
準優勝 7. 2012年5月6日   ミュンヘン クレー   フィリップ・コールシュライバー 6–7(8–10), 3–6
優勝 7. 2012年6月17日   ロンドン   ダビド・ナルバンディアン 6–7(3–7), 4–3 失格
優勝 8. 2012年7月15日   ウマグ クレー   マルセル・グラノリェルス 6–4, 6–2
優勝 9. 2013年2月10日   ザグレブ ハード (室内)   ユルゲン・メルツァー 6–3, 6–1
準優勝 8. 2013年6月16日   ロンドン   アンディ・マリー 7–5, 5–7, 3–6
優勝 10. 2014年2月9日   ザグレブ ハード (室内)   トミー・ハース 6–3, 6–4
準優勝 9. 2014年2月16日   ロッテルダム ハード (室内)   トマーシュ・ベルディハ 4–6, 2–6
優勝 11. 2014年2月23日   デルレイビーチ ハード   ケビン・アンダーソン 7–6(8–6),6–7(7–9),6–4
優勝 12. 2014年9月8日   全米オープン ハード   錦織圭 6–3, 6–3, 6–3
優勝 13. 2014年10月19日   モスクワ ハード (室内)   ロベルト・バウティスタ・アグート 6–4, 6–4
優勝 14. 2015年10月25日   モスクワ ハード (室内)   ロベルト・バウティスタ・アグート 6–4, 6–4
準優勝 10. 2016年2月21日   マルセイユ ハード (室内)   ニック・キリオス 2–6, 6–7(3–7)
準優勝 11. 2016年5月21日   ジュネーブ クレー   スタン・ワウリンカ 4–6, 6–7(11–13)
優勝 15. 2016年8月21日   シンシナティ ハード   アンディ・マリー 6–4, 7–5
優勝 16. 2016年10月30日   バーゼル ハード   錦織圭 6–1, 7–6(7–5)
優勝 17. 2017年5月7日   イスタンブール クレー   ミロシュ・ラオニッチ 7–6(7–3), 6–3
準優勝 12. 2017年6月25日   ロンドン   フェリシアーノ・ロペス 6–4, 6–7(2–7), 6–7(8–10)
準優勝 13. 2017年7月16日   ウィンブルドン   ロジャー・フェデラー 3–6, 1–6, 4–6
準優勝 14. 2018年1月28日   全豪オープン ハード   ロジャー・フェデラー 2–6, 7–6(7–5), 3–6, 6–3, 1–6
優勝 18. 2018年6月24日   ロンドン   ノバク・ジョコビッチ 5–7, 7–6(6–4), 6–3
優勝 19. 2021年6月13日   シュトゥットガルト   フェリックス・オジェ=アリアシム 7–6(6-2), 6–3
準優勝 15. 2021年10月24日   クレムリン ハード (室内)   アスラン・カラツェフ 2-6, 4-6
優勝 20. 2021年10月31日   サンクトペテルブルク ハード (室内)   テイラー・フリッツ 7–6(6-3), 4-6, 6-4

ダブルス: 1回 (0勝1敗)編集

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2011年7月30日   ウマグ クレー   ロブロ・ゾブコ   シモーネ・ボレッリ
  ファビオ・フォニーニ
3–6, 7–5, [7–10]
準優勝 2. 2021年7月30日   東京 ハード   イワン・ドディグ   ニコラ・メクティッチ
  マテ・パビッチ
4-6, 6-3, 6-10


4大大会優勝編集

大会 対戦相手 試合結果
2014 全米オープン   錦織圭 6–3, 6–3, 6–3

シングルス成績編集

4大大会編集

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A P WG Z# PO G S SF-B NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, P=開催延期
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, SF-B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 通算成績
全豪オープン A 1R 4R 4R SF 4R A 3R 2R A 3R 2R F 4R 4R 1R 32–13
全仏オープン A 1R 2R 4R 4R 1R 3R 3R 3R 4R 1R QF QF 2R 1R 2R 26–15
ウィンブルドン A 1R 4R 3R 1R 1R 4R 2R QF QF QF F 2R 2R NH 3R 31–13
全米オープン LQ LQ 3R QF 2R 3R QF A W SF 3R 3R QF 4R 3R 1R 38–12

: 2013年ウィンブルドン2回戦の不戦敗は通算成績に含まない

大会最高成績編集

大会 成績
ATPファイナルズ RR 2014, 2016, 2017, 2018
インディアンウェルズ QF 2016
マイアミ QF 2013
モンテカルロ QF 2015, 2017, 2018
マドリード QF 2019
ローマ SF 2018
カナダ QF 2008, 2018
シンシナティ W 2016
上海 SF 2017
パリ SF 2016
オリンピック 3R 2016
デビスカップ W 2018
ATPカップ RR 2020

脚注編集

  1. ^ a b 人口4000人の村から金メダルへ。男子ダブルスで意欲に燃えるチリッチ[東京オリンピック]”. Yahoo!ニュース. 2022年1月23日閲覧。
  2. ^ (E) MARIN CILIC JUNIOR CHAMPION”. www.croatia.org. 2019年5月30日閲覧。
  3. ^ “テニス=チリッチに9カ月の出場停止処分、ドーピング違反で”. Reuters. (2013年9月17日). http://jp.reuters.com/article/sportsNews/idJPTYE98G02220130917 
  4. ^ “テニス=薬物違反のチリッチ、出場停止処分に異議申し立て”. Reuters. (2013年9月18日). http://jp.reuters.com/article/sportsNews/idJPTYE98H01F20130918 
  5. ^ 厳しい時間を乗り越えたチリッチ、自信を持って決勝へ”. www.afpbb.com. 2019年5月30日閲覧。
  6. ^ チリッチが錦織を退け全米オープン初優勝”. www.afpbb.com. 2019年5月30日閲覧。
  7. ^ 全米王者チリッチがNYで写真撮影、優勝は「奇跡」”. www.afpbb.com. 2019年5月30日閲覧。
  8. ^ “逆転フェデラー「信じ続けた」”. tennis365.net. (2016年7月7日). http://news.tennis365.net/news/today/201607/110469.html 
  9. ^ チリッチがW&Sオープン初制覇、リオ五輪金のマレー下す”. www.afpbb.com. 2019年5月30日閲覧。
  10. ^ 錦織、宿敵チリッチに敗れ今季2勝目ならず スイス・インドア”. www.afpbb.com. 2019年5月30日閲覧。
  11. ^ チリッチが全豪OP決勝進出! クロアチア人選手初の快挙”. www.afpbb.com. 2019年5月30日閲覧。
  12. ^ チリッチ、格下ペラに大逆転負けでウィンブルドン2回戦敗退”. AFP (2018年7月6日). 2018年7月8日閲覧。
  13. ^ クロアチアが2度目の栄冠、改革前最後のデ杯制す チリッチがけん引”. www.afpbb.com. 2019年5月30日閲覧。
  14. ^ サッカーW杯の雪辱! デ杯クロアチア代表が凱旋、熱烈歓迎受ける”. www.afpbb.com. 2019年5月30日閲覧。
  15. ^ チリッチが食中毒で棄権「ひどい夜を過ごした」”. nikkansports.com. 2019年5月30日閲覧。
  16. ^ メクティッチ/パビッチがクロアチア対決を制し、同国初の金メダルを獲得! [東京オリンピック]”. tennisclassic.jp. 2022年1月23日閲覧。
  17. ^ [1]
  18. ^ https://tennistranslations.wordpress.com/tag/marin-cilic/
  19. ^ http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/153189/2

外部リンク編集