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稲城市

東京都の多摩地域に位置する市

稲城市(いなぎし)は、東京都多摩地域南部にある人口約9万人の日本住宅公団(現:独立行政法人都市再生機構)による1970年代以降の多摩ニュータウン建設や京王相模原線および小田急多摩線の沿線開発に伴い、多摩川流域の既存住宅地と合わせた人口が急増した。古くからナシブドウの産地である。サッカーJリーグ東京ヴェルディホームタウンでもある。

いなぎし
稲城市
Inagi montage.JPG
Flag of Inagi, Tokyo.svg Emblem of Inagi, Tokyo.svg
稲城市旗 稲城市章
1967年10月14日制定
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 東京都
市町村コード 13225-0
法人番号 2000020132250
面積 17.97km2
総人口 91,649[編集]
推計人口、2019年10月1日)
人口密度 5,100人/km2
隣接自治体 調布市府中市多摩市
神奈川県川崎市
市の木 イチョウ
市の花 ナシ
他のシンボル -
稲城市役所
市長 高橋勝浩
所在地 206-8601
東京都稲城市東長沼2111番地
北緯35度38分16.6秒東経139度30分16.4秒
稲城市役所
外部リンク 公式ウェブサイト

稲城市位置図

― 区 / ― 市 / ― 町・村

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毎年ライトアップされる京王相模原線稲城駅南口ロータリー内のクスノキ。「Iのまち稲城」と書かれている[1](2008年12月)

地理編集

東京都心から西南に約25km多摩川右岸に位置し、市内大丸にて取水した大丸用水が東部を潤し、東西方向に三沢川が横断する。多摩丘陵の北東部に位置し、現在は多くが住宅地となっているが、古くから谷戸地形を活かした農業が営まれており、森林も比較的多く残っている。

市域は「勾玉」の形をしており、よみうりランド内の一部が飛地となっている。

 
1990年1月15日、よみうりランド観覧車から見た京王よみうりランド駅と稲城市街

地形編集

大まかに分けると多摩丘陵と多摩川周辺の沖積地の二つとなり、多摩周辺の沖積地(平地)が北部を、多摩丘陵が南部を形成する。また多摩川支流の三沢川が、多摩丘陵部を北西と南西に分ける形で流れる。

多摩川沿いにはJR線の「矢野口」「稲城長沼」「南多摩」の3つの駅、三沢川沿いには京王相模原線の「京王よみうりランド」「稲城」の2つの駅がある。

三沢川にほぼ平行して建設された鶴川街道を北上すると稲城大橋があり、中央道に続くこの稲城大橋が多摩南部とのパイプ的役割を果たしている。

地質編集

稲城には、坂浜や平尾の丘陵地や台地に関東ローム層が堆積しており、その中の立川ロームという層位から14か所の旧石器時代遺跡が発見されている。

市域の概要編集

東・北部編集

多摩川と多摩丘陵南山(みなみやま)と呼ばれる)にはさまれた地域。南武線川崎街道南多摩尾根幹線鶴川街道)、京王相模原線が横断し、市の中心部を形成する。もともとは多摩川の氾濫原であり、平坦な地形である。南山の際には川崎市麻生区黒川を水源とする三沢川が流れている。古代から稲作が行われてきた地域で、江戸期には大丸用水が開削されている。大丸から多摩市連光寺に通じる斜面では奈良時代武蔵国分寺に使用する瓦を焼いており、窯跡が発掘されている(大丸遺跡)。鶴川街道の拡張など急速に宅地開発が進んでいるが、広々とした敷地に古格のある土蔵が建っている古くからの農家もまだまだ残っている。

市内の多摩丘陵は南山(みなみやま)と呼ばれ、新宿から30分という近さにも関わらずタヌキ、オオタカなど豊かな自然が残る大規模な里山として知られているが、その東側は現在、区画整理組合方式による宅地開発が行われている。ただし、これに反対する意見も根強い。

 
稲城市東部・西部遠景。手前から矢野口、大丸、向陽台。右手が東長沼。
 
1990年12月、百村から見た稲城駅、よみうりランド方向
 
1990年12月、百村から見た稲城駅、よみうりランド方向2
一部が神奈川県川崎市多摩区菅仙谷への飛び地となっている。
  • 押立(おしたて)
  • 東長沼(ひがしながぬま)
近世には長沼村と呼ばれていた。明治になって南多摩郡が設置された時、郡内にもう一つ、現在の八王子市長沼町も「長沼」という地名だったため、東にある長沼ということで東長沼と改称された[2]

西部編集

 
若葉台の街並み

多摩ニュータウンの東端となる地域である。向陽台は最も早く開発された地域で、駅からの距離は若干遠いものの、中央図書館、市立病院、中央公園などの主要インフラが隣接している。長峰は向陽台と若葉台の間の地域である。若葉台は近年急速に開発が進んだ地域で、大型マンションやショッピングセンターが次々に建設されている。若葉台は稲城市の中でも独特の土地で、黒川はるひ野や多摩市聖ヶ丘・永山など、市外との結びつきが強い。

南部編集

坂浜は三沢川沿いの狭隘な地域であるが、比較的古くから人間が住んだ地域であり、郷土資料館にはこの地域の江戸時代の様子を復元した大型の立体模型が展示されている。三沢川に流れ込む支流が形成した数多くの谷戸で農業が営まれているが、若葉台側の谷戸は急速な宅地化が進んでいる。南側の斜面には駒沢女子大がある。平尾は坂浜から南に高勝寺坂・天神坂を越えた地域で、川崎市麻生区、特に新百合ヶ丘との結びつきが強い。なお平尾には都内で唯一の「十三塚」が残っている[3]

隣接している自治体・行政区編集

歴史編集

旧石器時代編集

現在稲城市がある地域は比較的古くから人間が住んだ土地であり、旧石器時代遺跡も多数確認されている。それらの多くは、数点の石器が出土しただけの小規模な遺跡で、約2万年前から1万3千年前のものと考えられている。出土した遺物のほとんどすべてが尖頭器(せんとうき)、細石器(さいせっき)、ナイフ形石器などの石器である。当時の人々はこれらの石器を使い、オオツノジカ、野牛、ナウマン象などの大型獣を追って、丘陵のなかを移動しながら狩猟活動を中心とした生活をしていたと考えられる。

縄文時代編集

市内最大の縄文遺跡は多摩ニュータウンNo.471, 473遺跡(現在の稲城第4公園付近)で、縄文中期の住居跡が数十箇所発見されている。しかし縄文後期に入ると気候の寒冷化や富士山の噴火による降灰によって、市域は縄文人の生活に適さない地域になったと考えられており、この時期以降の遺跡の数は激減している。

弥生時代編集

弥生時代の遺跡は少なく、集落遺跡は平尾台原遺跡のみである。この遺跡では、弥生時代中期と後期、そして後期末から古墳時代前期にかけて三度にわたり集落がつくられ、住居跡22軒、方形周溝墓5基が発見された。この地に最初に米づくりを伝えた弥生時代人は、平尾台原の地を拠点として集落をつくり、活動していたと見られる。

奈良時代編集

 
青渭神社(稲城市東長沼)

奈良時代には現在の中央図書館の東側、日帰り温泉施設がある一帯に窯が築かれ、須恵器や武蔵国府・武蔵国分寺の瓦を焼いていたことが判っている(多摩ニュータウン No.513 遺跡、通称大丸遺跡)[4]。また市内には式内古社あるいは式内古社論社が三つ存在しており(青渭神社大麻止乃豆乃天神社および穴澤天神社)、古墳時代以降に再びこの地域に一定規模の集落が存在したことを伺わせる。

平安時代編集

平安末期には現在の市域は小沢郷に含まれ、武蔵七党のうち秩父党に属する小山田氏の支配となった。小山田氏は多摩川の対岸にあった官牧の小山田牧が私有化された小山田荘を所有した豪族であるが、後に稲毛氏と名乗り、鎌倉幕府の有力御家人となる。

鎌倉時代編集

稲毛氏は鎌倉時代も引き続き武蔵国小沢郷(現在の大丸から矢野口)を所有した。しかし北条時政執権の時、稲毛重成・小沢重政の父子は畠山重忠とともに滅ぼされている。その後、小沢郷は、重成の妻が北条政子の妹だった縁で北条氏の支配下に入ったと考えられている。またこのころ、大丸の窯址には砦(大丸城)が築かれていた。14世紀には現在の坂浜地区に高勝寺が創建されているが、この寺に所蔵されている聖観音像(もとは同じ坂浜の妙福廃寺のもの)は12世紀半ばの制作と推定されている。また東長沼の常楽寺は寺伝では行基の開基とされているが、少なくとも本尊の阿弥陀如来像は12世紀前半まで遡るものと考えられている。

南北朝時代編集

南北朝期には市域も足利尊氏と足利直義の戦闘の舞台となり、穴澤天神社の南にある小沢城が尊氏側の部隊によって焼き払われている。この時期の小沢郷は摂津親秀を当主とする摂津氏が所有していたが、親秀の孫の満親は小沢郷を京都の南禅寺に寄進してしまう。その後の小沢郷の消息は文献上はしばらくたどれない。

戦国時代編集

次に小沢郷が文献に登場するのは戦国時代である。小沢城は世田谷城などとともに、後北条氏の支配下にあり、1530年には上杉朝興の部隊に攻め落とされるなど、最前線の軍事拠点となっていたことがわかる。後北条氏の家臣団で小沢郷を与えられていたのは垪和氏である。北条氏照八王子城で戦死し後北条氏が滅亡すると、氏照に従っていた市域の武士たちは帰農したり、あるいは徳川家に仕えて旗本となったと考えられている。例えば坂浜に在住した冨永家は後北条氏に仕えた後、徳川家の旗本になったとされている。

江戸時代編集

江戸期には大丸村、長沼村、押立村、矢野口村、百村、坂浜村、平尾村の六つの村落が点在していたことが、1845年に制作された『調布玉川惣画図』などから確認出来る。これらの村は現在では「稲城市域六ケ村」と呼ばれている。ただし、この時代までは稲城という地名も存在せず、また現在の稲城市域に地域としての一体性も存在していなかった。

なお、それぞれの村の支配体制であるが、大丸と長沼は旗本の朝倉氏、百村は同じく坪内氏。矢野口は加藤氏と中根氏が支配した後、18世紀半ばに幕府直轄領となる。平尾も18世紀半ばまで黒沢氏で、その後は幕府直轄領。坂浜は天野氏。ただし新田は全て幕府直轄領だった。

明治時代・稲城村の誕生編集

この地域が地域としての一体性を持ったのは稲城村の成立をもって嚆矢とする。稲城という地名も稲城村の成立時に考案されたものである。その由来ははっきりしない。最も有力な説によれば、稲城村の母体となった東長沼外五か村連合の戸長であり、後に初代の村長となった森清之助が、域内で私塾「奚疑塾」を主宰していた漢学者窪全亮に諮問した結果であるという。この地域が中世に稲毛氏の所領だったことや、かつては良質の米を産したこと、域内にいくつもの山城跡が存在することなどから、「いなげ」に通じる名前として「稲城」が考案されたのではないかと推測されている。

市制施行まで編集

市制施行後編集

多摩ニュータウン開発編集

 
三沢川分水路入り口(稲城市坂浜)

もともと稲城は多摩ニュータウン計画の範囲外であり、1956年施行の首都圏整備法では、稲城村域はグリーンベルトとして農村を残す予定だった。しかし稲城村議会は、開発から取り残されることを懸念して全会一致でこの構想への反対を決議。1965年の同法改正でグリーンベルト構想は撤回され、稲城村域も多摩ニュータウン計画に組み込まれたという経緯がある。

 
1990年12月、尾根幹線道路完成前の向陽台近辺
 
1990年12月 長峰、尾根幹線が出来る前の向陽台の様子

1971年に建設大臣の事業承認が下りたものの、稲城市域の多摩ニュータウン開発は、用地買収の難航とニュータウン区域の雨水排水問題のために遅々として進捗しなくなる。前者は用地転売益を狙った民間企業が土地を買い漁ろうとしたために、市域の地価が吊り上がったという経緯がある。後者は、ニュータウン区域の雨水を三沢川に排出する場合には三沢川の大規模改修が必須となるものの、三沢川は上流域と下流域が神奈川県川崎市であり、川崎市が三沢川改修費用負担を拒否したこと、三沢川周辺は宅地化が進んでおり、立ち退き費用が巨額に上ることから、事業費用が膨らむことが問題となった。

結局、雨水排水の問題は三沢川中流域からトンネルを掘削して多摩川に直接、ニュータウン区域の雨水を落とす「三沢川分水路」のアイデアが生まれるまで、解決不能の難題となった。なお三沢川分水路は1986年に完成しており、向陽台地区は1987年に分譲開始となる。

開発遅滞のメリット編集

先行する多摩市域に大幅に遅れて開発が進んだことで、稲城市域の多摩ニュータウン開発は、多摩市域の先行事例の教訓を生かすことが可能になった。具体的には1977年に開始された「多摩ニュータウン環境計画」による先行事例の課題調査の結果を踏まえ、以下のような特徴を持つ地区としてデザインされた。

「緑の環」
稲城市は多摩川から米軍多摩サービス補助施設、多摩カントリークラブ、坂浜・平尾地区、読売カントリークラブ、南山(みなみやま)という緑地帯を市域のグランドデザインに設定していた。稲城市域の多摩ニュータウン計画を立案した日本都市総合研究所はこの「緑の環」構想を生かし、城山公園稲城中央公園、上谷戸公園という大規模な緑地を残したデザインを行った。
生活環境軸
多摩ニュータウンの先行事例は徹底的な歩車分離デザインを採用していた。これは結果的に住民の住みやすさを減じ、ロードサイド店の普及とともに住民流出を招いてしまった。この反省を踏まえ、稲城市域では自家用車の利用にもある程度配慮したデザインが行われた。
カルチャーパス
同じく先行事例では小中学校が町はずれに立地しており、日常生活から分離してしまっているという反省があった。これを踏まえ、稲城市域では街区の中央に小学校や中学校を置き、周囲に歩行者専用道路を張り巡らせるというデザインを採用した。また向陽台地区では、集合住宅のうち、通り沿いの1階部分に店舗用の空間を持つ物件を設定したプラスワン住宅も建設されたが、こちらは目論みが外れ、店舗に活用される事例は全く見られない。

人口編集

 
稲城市と全国の年齢別人口分布(2005年) 稲城市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 稲城市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
 

稲城市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


  • 世帯数 : 33,520世帯(2007年10月1日)
  • 外国人登録者数 : 1,033人(2007年10月1日)

昼夜間人口編集

2005年に夜間人口(居住者)は76,394人である。市外からの通勤者と通学生および居住者のうちの市内に昼間残留する人口の合計である昼間人口は58,913人。昼は夜の0.771倍で、間に比べて昼の人口は1万6千人強ほど減る。この昼間人口/夜間人口比0.771は、東京都区市部では狛江市についで低い数字である。

通勤者・通学者で見ると市内から市外へ出る通勤者26,528人、市外から市内へ入る通勤者は11,046人と通勤者では市外へ出る通勤者のほうが多く、学生でも市内から市外に出る通学生は4,063人市外から市内へ入る通学生は2,064人と学生でも昼は市外へ流出する人数のほうが多い[10]。なお、国勢調査では年齢不詳のものが東京都だけで16万人おり、この項の昼夜間人口に関しては年齢不詳の人物は数字に入っていないので数字の間に若干の誤差は生じる。

地域編集

町名編集

稲城市では、住居表示に関する法律に基づく住居表示は実施されていない(多摩ニュータウン地区などの一部の区域では、町界町名地番整理が実施されている)。

住宅団地編集

 
平尾団地
  • 平尾住宅
  • 東京都住宅供給公社平尾団地 - 昭和46年 : 多摩都市計画事業(一団地の住宅施設)
  • 稲城団地
  • リベレ向陽台 向陽台 (稲城市) (旧住宅・都市整備公団)、キャラクタープラン、1988年、
  • 都営向陽台6丁目団地 (東京都建築局 円型、高齢者対応、1992年

行政編集

市長編集

職員編集

2018年4月1日現在、市の職員数は875人[11]

財政編集

  • 当初予算規模(2013年度)
308.90億円(一般会計)
255.12億円(特別会計)

議会編集

稲城市議会編集

  • 定数:22人
  • 任期:2019年5月1日 - 2023年4月30日[12]
  • 議長:渡辺力(新政会)
  • 副議長:津野地寛美(公明党
会派名 議席数 議員名(◎は代表者)
新政会 8 ◎北浜堅一、中山賢二、坂田健史、池田英司、角田政信、渡辺力、川村綾、梶浦美佐子
公明党 3 ◎市瀬寿子、津野地寛美、佐藤慎司
日本共産党 3 ◎岡田学、田島菊子、山岸太一
生活者ネット・立憲民主・
育むいなぎの会
3 ◎村上洋子、武田雅人、磯村亜希子
起風会 2 ◎鈴木誠、中田中
改革稲城の会 2 ◎岩佐行浩、榎本久春
無所属 1 荒井健
22

東京都議会編集

  • 選挙区:南多摩選挙区(多摩市、稲城市)
  • 定数:2人
  • 任期:2017年7月23日 - 2021年7月22日
  • 投票日:2017年7月2日
  • 当日有権者数:195,071人
  • 投票率:54.20%
候補者名 当落 年齢 党派名 新旧別 得票数
斉藤礼伊奈 38 都民ファーストの会 32,525票
石川良一 65 都民ファーストの会 29,269票
小礒明 65 自由民主党 23,162票
菅原重美 68 日本共産党 16,538票
土居範洋 35 無所属 2,946票

公共機関編集

役所・出張所編集

施設名 画像 備考
稲城市役所  
平尾出張所[13]
若葉台出張所[13]

警察編集

  • 多摩市にある多摩中央警察署が両市を管轄する。稲城市では、市民の安全と事務手続きの利便性向上を図るため、大型交番の誘致に取り組んでいる。既に145坪の用地を確保している[14]。ただし、計画は具体化していない。
施設名 備考
矢野口交番
大丸交番
平尾交番
若葉台駅前交番
東長沼駐在所
百村駐在所
坂浜駐在所
向陽台駐在所
長峰駐在所

消防編集

当市は単独で消防本部を持っている。都内の他の市町村は東京消防庁へ消防業務を委託しているため、都内唯一の市町村消防組織である。

医療編集

福祉編集

  • 稲城市介護支援ボランティア制度
    • 2007年9月に、全国で初めて「介護支援ボランティア制度」を導入した[15]。考案者は稲城市高齢福祉課長である。同制度は現在、多くの自治体で採用されている。

ゴミ処理編集

 
クリーンセンター多摩川

大丸の多摩川沿いに処理施設「クリーンセンター多摩川」がある。この施設は多摩地域の他市と構成する「多摩川衛生組合」が運営している。組合は長らく稲城市、多摩市狛江市の3市で構成されていたが、1990年代に多摩市が脱退、府中市国立市が加入し、現在は4市で構成されている。

最終処分場として日の出町の「二ツ塚廃棄物広域処分場」を利用している。この施設は多摩地域の多くの市で構成される「東京たま広域資源循環組合」が運営している。

2004年10月よりゴミ収集が有料となった。黄色の袋が燃えるごみ、ピンクのゴミ袋が燃えないごみ。

広域行政編集

経済編集

産業編集

農業編集

もともと農業を中心とした地域である。かつては市名にもなったように水稲栽培が盛んだったが、現在は水田の大半が宅地化されている。現在の農業の中心は野菜類やナシブドウなどの果物類である。特にナシは多摩川梨として名産地の一つである。市名を冠した品種「稲城」は、ほとんどが直売で販売されているため、市場に出回らない。

工業等編集

南多摩駅周辺には工場・倉庫が集中している。

サービス業編集

市南東部の丘陵にはよみうりランドやよみうりカントリークラブ等があり、レジャーゾーンとなっている。特にゴルフコースは多く、市域に占めるゴルフコースの割合は日本一である。

主な事業所編集

   
よみうりランドとコルグの本社は隣接している

姉妹都市・提携都市編集

学校教育編集

幼稚園編集

すべて私立。

小学校編集

中学校編集

高等学校編集

閉校した都立校

短期大学編集

大学編集

専門学校編集

  • 東京南看護専門学校

社会教育編集

 
中央図書館と体験学習館(2008年11月)
 
稲城中央公園総合体育館(2009年4月)

図書館編集

中央図書館城山公園内)の他、第一図書館、第二図書館、第三図書館、第四図書館、iプラザ図書館の5つの分室がある。また、配本所が、坂浜コミュニティ防災センターと稲城市立病院の2か所にある。中央図書館には、体験学習館が併設されている。図書館は、京王線沿線7市(稲城市、八王子市府中市調布市町田市日野市多摩市)および川崎市の在住者が、相互に利用が可能である。

体育施設編集

文化施設編集

 
稲城市立iプラザ
文化センター
教育と福祉の複合施設として、中央文化センター(東長沼)、第二文化センター(矢野口)、第三文化センター(平尾)、第四文化センター(東長沼)、城山文化センター(向陽台)の5か所にある。公民館、図書館、学童クラブ、児童館、老人福祉館などの機能を持っている。
iプラザ
2009年10月18日に「稲城市立iプラザ」(若葉台)が開館した[20]。410人を収容できるイベントホールや図書館、スタジオ、会議室などからなる複合文化施設である。

交通編集

 
南武線矢野口駅(2008年8月)
 
市内を縦断する武蔵野南線(2008年9月)
 
多摩川にかかる稲城大橋(2007年11月)

鉄道編集

かつては南多摩駅と稲城長沼駅の間に「大丸駅」、1931年以降は「多摩聖蹟口駅」と呼ばれた駅が存在したが、1939年に廃止された。
矢野口駅は2004年-2005年に、稲城長沼駅と南多摩駅は2011年-2013年に高架駅となった。それとともに矢野口駅から多摩川橋梁南側までの高架化が完了し、以降は稲城市による土地区画整理事業が行われている[21]
市域内の同線の駅は、前後を神奈川県(川崎市)に挟まれているため、神奈川県を通らないと東京都の他の駅に行くことができない。
稲城駅と若葉台駅間に、坂浜新駅(仮称)を設置する構想がある。

京王相模原線の若葉台駅川崎市麻生区黒川)は若葉台地区の中心街に隣接する市境にあり、同地区からの利用が多くなっている。また小田急多摩線はるひ野駅(川崎市麻生区はるひ野)も稲城市・多摩市との境に近接しており、若葉台地区西端から近い。市の南部、平尾地区は川崎市麻生区の小田急小田原線新百合ヶ丘駅小田急多摩線栗平駅が近く、後述の iバスも栗平駅前まで出ている。

通過のみで駅は存在しない。その路線のほとんどがトンネル(第二稲城トンネル、第一稲城トンネル、百村トンネル、生田トンネル)で、地上を走る個所は3個所のみであり、その一部が高架橋となっている。稲城市を北西から南東に横切っており、おおよその経路は、稲城市立病院わき(第二稲城トンネル) - 京王相模原線稲城駅西側(高架橋による立体交差) - よみうりランド正面入口(生田トンネル)あたり。
  • 中心となる駅:稲城長沼駅

バス路線編集

京王電鉄バスグループ
小田急バスと同系統では稲城駅 - 若葉台駅がある。他にも稲城駅 - 聖蹟桜ヶ丘駅、府中駅 - 稲城市立病院、調布駅南口 - 稲城市立病院、若葉台循環など。
小田急バス
稲城駅 - 向陽台 - 長峰 - 若葉台駅系統(長峰で折り返すバスもあり)と、稲城市立病院 - 稲城駅 - 坂浜 - 新百合ヶ丘駅系統がある。若葉台系統は京王バスと同一路線。市内を通過する路線では、他にも調布駅南口 - 稲城市役所 - 柿生駅系統がある。
神奈川中央交通
鶴21(鶴川駅 - 下大蔵 - 団地南 - 和光学園 - 入谷戸 - 黒川 - 下黒川 - 若葉台駅)、鶴22(鶴川駅 - 若葉台駅 - 調布駅)、柿26(若葉台駅 - 柿生駅 - 市が尾駅)、柿27(若葉台駅 - 柿生駅)の4系統がある。但し、鶴21以外の3系統は休日1往復のみ運行。
iバス
稲城市内を運行しているコミュニティバス。赤い色でデザインされた専用車両を使用しており、運行は小田急バスへ委託している。市内を循環する路線(右回り循環・左回り循環)と、平尾団地 - よみうりランド丘の湯間、平尾団地 - 稲城市立病院間、はるひ野駅 - 稲城市立病院間の全5路線が運行されている。

道路編集

有料道路編集

後述の稲城大橋の無料開放以降、存在しない。また、中央自動車道稲城インターチェンジが存在するが、対岸の府中市に位置する。稲城大橋がかつては有料道路であったが、2010年4月より無料開放された[22]

都道府県道編集

外国の施設編集

  • 在日米軍多摩サービス補助施設 - 横田基地のレクリエーション施設として利用されており、かつては日本陸軍多摩火薬製造所であった。英語名はTama Hills Recreation Centerである。

地域放送編集

観光編集

 
稲城中央公園の標識とくじら橋(2008年11月)
 
ありがた山の石仏群(2006年4月)
 
穴澤天神社(2006年9月)

レジャー施設編集

  • よみうりランド(所在地は株式会社よみうりランド本社のある稲城市となっているが、敷地の大部分が川崎市多摩区に属する)
  • よみうりランド丘の湯
  • 稲城ふれあいの森・小田良の里(キャンプ場)
  • 大塚牧場
  • 稲城天然温泉・季乃彩

公園編集

名所・旧跡編集

祭事・催事編集

  • 市民ロードレース大会(1月中旬または下旬) - 稲城中央公園総合グラウンド及びその周辺にて開催。
  • 稲城手づくり市民まつり(5月上旬) - 城山公園にて開催。
  • 日米親善稲城市民ゴルフ大会(5月下旬) - 多摩サービス補助施設内多摩ヒルズゴルフコースにて開催。
  • 稲城フェスティバル(7月または8月の日曜日) - 通称は「稲フェス」。多摩サービス補助施設にて開催。
  • 穴澤天神社例大祭(8月25日に近い日曜日) - 国の重要無形民俗文化財である江戸の里神楽などが奉納される。
  • Iのまち いなぎ市民祭(10月下旬) - 稲城中央公園及び稲城市立iプラザホールにて開催。市内最大規模の祭事である。

スポーツチーム編集

出身人物編集

福永興壱-慶應大学呼吸器科教授


ゆかりの人物編集

ゆかりの作品編集

  • 仮面ライダー - ストロンガーまでの初期シリーズでは生田のスタジオが使われたため、屋外ロケは本市などで行われた。
  • 電光超人グリッドマン - 1993年の特撮ヒーロー番組。主人公たちが暮らす町として向陽台が恒常的なロケ地となった。
  • 虹のかなた - 2004年の放映のドラマ。主人公の母小川久美子の内職先の工場が株式会社ナカノ多摩営業所矢野口工場。所轄警察署が矢野口警察署。
  • 南くんの恋人 - 1994年放映のドラマ。主人公たちの通う高校の外観として市立第5中学校正門付近が使われたり、市立体育館のアリーナ席や街中の風景などもよく撮影場所として使われた。
  • しあわせのシッポ - 2002年4月~6月TBS系列で、毎週木曜日の22:00~23:00に放映されたテレビドラマ。場面の多くで稲城市が使われている。京王線稲城駅付近の実在するマンションに主人公が住んでいる設定になっている。
  • 日輪の遺産 - 浅田次郎の小説。市内にある米軍多摩サービス補助施設(かつては陸軍多摩火工廠、その後米軍の多摩弾薬庫となり、現在は米軍のゴルフ場や乗馬場などとなっている)が舞台となっている。
  • 大好き!五つ子 - 桜井家が関連する小学校・高校等は稲城市内にある。

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 締結時は女満別町、大空町への合併後平成18年(2006年)に改めて調印。

出典編集

  1. ^ 稲城駅前と城山公園にイルミネーションが点灯されました - 稲城市ホームページ
  2. ^ 今尾恵介『多摩川絵図今昔』(けやき出版)
  3. ^ 入定塚・十三塚”. 稲城市. 2011年1月30日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2009年9月2日閲覧。
  4. ^ 大丸遺跡
  5. ^ 村を町とする処分”. 稲城市例規集. 2016年4月9日閲覧。
  6. ^ 図典 日本の市町村章 p85
  7. ^ 市章・市の木・市の花”. 稲城市. 2012年5月31日閲覧。
  8. ^ 町を市とする処分”. 稲城市例規集. 2016年4月9日閲覧。
  9. ^ a b 市民憲章・平和都市宣言”. 稲城市. 2012年5月31日閲覧。
  10. ^ 東京都編集『東京都の昼間人口2005』平成20年発行152-153ページ。
  11. ^ 統計いなぎ 平成30年度版 (pdf)”. 稲城市. p. 175. 2019年5月21日閲覧。
  12. ^ 任期満了日(定数)一覧 | 東京都選挙管理委員会
  13. ^ a b 稲城市出張所設置条例”. 稲城市例規集. 2012年5月31日閲覧。
  14. ^ 「いなぎ市議会だより 第184号」(2010年5月18日発行) 9頁
  15. ^ 稲城市ホームページ. “稲城市介護支援ボランティア制度”. 稲城市. 2010年9月7日閲覧。
  16. ^ 東京都稲城市”. 大空町. 2017年12月28日閲覧。
  17. ^ 稲城市と福島県相馬市が友好都市協定を締結しました”. 稲城市. 2015年8月22日閲覧。
  18. ^ 稲城市と長野県野沢温泉村が友好都市協定を締結しました”. 稲城市. 2016年6月5日閲覧。
  19. ^ 東京都稲城市 私立コマクサ幼稚園|トップページ
  20. ^ 稲城市ホームページ. “稲城市立iプラザが開館しました”. 2009年10月24日閲覧。
  21. ^ 稲城市ホームページ JR南武線連続立体交差事業
  22. ^ 都道路公社解散へ 通行量見通し甘く 税金投入、無料化 TOKYO web(東京新聞)2009年9月13日

参考文献編集

  • 宇野健一「1周遅れのトップランナー? 多摩ニュータウン稲城地区」『多摩ニュータウン研究』No.8、2006年
  • 『図典 日本の市町村章』小学館辞典編集部、小学館、2007年1月10日、初版第1刷。ISBN 4095263113

外部リンク編集