OSK日本歌劇団(オーエスケーにっぽんかげきだん)は、日本劇団宝塚歌劇団松竹歌劇団(SKD)と並ぶ三大少女歌劇のひとつ。

株式会社 OSK日本歌劇団
OSK Nippon Revue Company
種類 株式会社
略称 OSK
本社所在地 日本の旗 日本
541-0057
大阪府大阪市中央区北久宝寺町4-3-11
ネクストウェアビル
設立 2009年2月
(創業:1922年4月
業種 サービス業
法人番号 2120001136374 ウィキデータを編集
事業内容 演劇の企画・興行
代表者 代表取締役社長:豊田崇克
資本金 5000万円
純利益 ▲2937万9000円(2020年03月31日時点)[1]
総資産 5921万円(2020年03月31日時点)[1]
主要株主 (株)ネクストウェア 100%
外部リンク http://www.osk-revue.com/
テンプレートを表示

1922年(大正11年)4月、松竹楽劇部として創設。2003年(平成15年)5月に一時解散したが、同年8月から団員有志による「OSK日本歌劇団存続の会」として実質的に活動を継続し、翌年4月に「New OSK日本歌劇団」として再結成。2007年(平成19年)、再び「OSK日本歌劇団」に改称し、現在に至る。

「OSK」は、以前の劇団名であった「大阪松竹歌劇団(Osaka Shochiku Kagekidan)」の略称。

概要編集

 
1932年大阪松竹座の「春のおどり」フィナーレ
 
1923年大阪松竹座の松竹楽劇部による第一回公演「 アルルの女

未婚の女性により構成されるレビュー劇団。団員の正装は桜色の着物に緑の袴、テーマソングは「桜咲く国」、公式ファンクラブは「桜の会」、会報は「Sakura Times」、ファンとの交流イベントは「桜まつり」など、の花がシンボルとして使われている。

少女歌劇の常として、劇団員は男役と娘役(女性役)に分かれている。劇団内では、男役から娘役への転向だけでなく、娘役から男役への転向例もある[注釈 1]。生年および本名は非公表だが、芸名に本名を用いることができる[注釈 2]。入団年次とは関係なく、劇団員全員によって序列が組まれる。かつては上から幹部技芸員、準幹部技芸員、技芸員と明確に区別されていたが、現在ではこの呼称は用いられていない。代わって、ベテラン脇役を除いた序列最上位の男役がトップスターと呼ばれ、松竹座や南座などの重要な公演で主演を務める[注釈 3]。娘役の場合は、序列上位の数名が複数または交代でヒロインを務める。これにより演目によって柔軟な配役が可能となっている。

旧来より「ダンスのOSK」として知られ、特に速いテンポで高く足を上げるラインダンスは劇団名物の一つにもなっている[注釈 4]。レビュー公演の最後に、桜パラソルと呼ばれるピンク色の傘を回しながら、テーマソング「桜咲く国」を歌うのが定番。これは、1929年(昭和4年)の公演「第4回 春のおどり ~開国文化~」の最後の場面で、主題歌「春の唄」を歌ったフランスの歌手リュシエンヌ・ドフランヌが紙吹雪を吸い込んで歌えなくなったことを受け、防止のために傘をさすようになったのが起源である。

かつて宝塚歌劇団とは同じ関西でしのぎを削り、「歌の宝塚、ダンスのOSK」と並び称された。やがて松竹はOSKに続く劇団として東京を本拠とするSKDを創設するが、大阪を本拠とするOSKとの棲み分けを図るため、OSKの東京での公演は長らく休止となってしまう[注釈 5]。この間に東京宝塚劇場を開設することで東京においても常時公演できる体制を整えた宝塚歌劇団に、OSKは関東圏など全国レベルでの人気・知名度で大きく差をつけられることとなる。

現在は、大阪松竹座京都南座での松竹主催公演、福井県越前市たけふ菊人形会場での1か月公演[注釈 6]、大丸心斎橋劇場や近鉄アート館での年間5、6本の自主公演、2011年より9月に恒例となった東京・三越劇場公演、イベント出演、ディナーショー等で活動している。松竹座と南座での公演は二部構成のレビューとなっていて、和物の第一部と洋物の第二部を合わせて約2時間で構成されていることが多い。上演時間が約1時間で、休憩を挟まないたけふ菊人形公演も、2013年までは和物と洋物の二部構成のレビューであった。

歴史編集

松竹時代編集

 
1930年大阪松竹座「松竹大レヴュウ」のポスター

松竹は洋式劇場である大阪松竹座の開業に当たり、白井松次郎社長の発意により、新たな出し物として少女歌劇に取り組むこととなった。すでに成功を収めていた宝塚少女歌劇団から、舞踏家の楳茂都陸平、作曲家の原田潤松本四郎を招聘し、1922年(大正11年)4月、松竹楽劇部を創設した。

同年12月の大阪・中之島公会堂でのダンス披露および翌年2月の京都・南座での試演を経て、1923年(大正12年)5月、大阪松竹座専属となり「アルルの女」を上演。創設当初は映画との併演で日舞・洋舞を披露していたが、実力・人気はいまひとつであった。大きな転機となったのが、日舞を中心とした本格的なショーである1926年(大正15年)4月の「春のおどり 花ごよみ」であった。タイトルは関西の名物だった花柳界の「浪花踊り」「都踊り」に負けぬようにと名付けられ、特に当時の仮名遣い(歴史的仮名遣い)では“をどり”が正しいにも関わらず、白井松次郎の意見で意図的に“おどり”と表記して以降、今日まで一貫して“おどり”表記を用いている。さらに宝塚少女歌劇団のフランス風レビュー「モン・パリ」が成功したことを受け、楽劇部でも洋舞を取り入れつつ試行錯誤が重ねられ、徐々に人気を増していった。1928年(昭和3年)の「春のおどり」でレビュー様式が確立され、同年8月の「虹のおどり」にて東京公演を実施した。これをきっかけに東京松竹楽劇部(後の松竹歌劇団)が誕生している。

1933年(昭和8年)、桃色争議が発生。このときスタークラスの劇団員を大量に失い、不振に陥る。翌1934年(昭和9年)、心機一転を図って大阪松竹少女歌劇団(OSSK)に改称し、千日前大阪劇場を本拠地とする。改称後の第一回公演「カイエ・ダムール」では、コロムビア・レコードともタイアップしてレコードを発売するなど大々的に宣伝を行った結果、人気を取り戻している。同年より松組・竹組の2班に分けて公演が行われるようになり、三笠静子美鈴あさ子が人気を集めた。1936年(昭和11年)に、松組・竹組は解消され、新たに若手の秋月恵美子芦原千津子をスターとして売り出した。

1943年(昭和18年)、大阪松竹歌劇団(OSK)に改称。1945年(昭和20年)3月13日の大阪大空襲で本拠地の大阪劇場が破壊されたが、突貫工事で修復され、7月26日から「夏まつり」の公演を再開している[2]

戦後は、松組・竹組に梅組を加え三組制となった。この頃、秋月・芦原が絶大な人気を集めるとともに、さまざまなユニットが結成されている。1950年代までは、OSKとSKDの合同公演も行われていた。1957年(昭和32年)には松竹から独立して「株式会社大阪松竹歌劇団」となっている。

1963年(昭和38年)3月3日午前2時ごろ、大阪劇場で釣り舞台が落下する事故が発生し、団員・スタッフ44名が重軽傷を負う。公演直前[注釈 7]の深夜の舞台稽古が労働基準法の禁じる女子の深夜労働に当たる可能性が明るみに出て、芸能界における深夜稽古の常態化が問題視された[注釈 8]労働省は翌3月4日に主要劇場での抜き打ち査察を行い、全国に波紋が広がる事態となった。

同年、日本歌劇団(NKD)に改称するが、すでに愛称のOSKが定着していたため、1970年(昭和45年)にOSK日本歌劇団と改称する。

近鉄時代編集

1971年(昭和46年)以降は近畿日本鉄道グループの子会社となる。本拠地は近鉄沿線でもある奈良市近鉄あやめ池遊園地の円型大劇場に移った。宝塚歌劇団と同じく鉄道会社の支援のもと遊園地を本拠地にすることとなる[注釈 9]

少女歌劇そのものの人気が低迷するなか、宝塚歌劇団が「ベルサイユのばら」「風と共に去りぬ」などのミュージカル化で起死回生の大ヒットを飛ばして今日につながる人気を築いたのとは対照的に、OSKは低迷の一途をたどる。特に1970年代後半には、劇団員総数および新規入団者が激減している[3]。さらにOSKはダンスのレベルの高さを大きな特徴としていたが、そのことが、1980年代のミュージカルブームに乗り遅れる遠因となる[4]

1982年(昭和57年)、創立60周年記念公演「楊貴妃」が大好評を博して観客も6割増加。あやめ池遊園地からの撤退と新劇場(後の近鉄劇場)での常打ち公演の計画も持ち上がった[5]。劇団創立65周年を機に、1987年(昭和62年)より近鉄劇場でのミュージカル公演を定例化、大阪中心部での公演をようやく再開させるが、当初の発表とは異なり常打ちではなく年1回の公演に留まった。

1990年代には、あやめ池遊園地で童話を題材にしたファミリーミュージカル路線を打ち出す。2000年代には、北林佐和子らによる和物ミュージカル「闇の貴公子」がヒット作となっている。

1998年(平成10年)頃より、親会社である近鉄の業績悪化に伴い、歌劇団にも経営自立が求められるようになった[4]。しかし、本来はレビュー劇団であるにもかかわらず、劇場での公演回数は減少。この頃までに、近鉄グループのテーマパークである・志摩スペイン村都ホテルグループの宴会場などでのショー、プロ野球球団の大阪近鉄バファローズの応援パフォーマンスなどが、主な収入源であったが[4]これらの出演機会も激減し業績が悪化。

2002年(平成14年)6月27日、近鉄からの支援打ち切りに伴う解散が発表され、翌日には劇団員にも正式に通達された[注釈 10]。通告を受けた翌日から当時の最上級生・吉津たかしと男役スターの一人大貴誠を中心に劇団の存続活動が開始され、同年8月には当時の団員71名全員によりOSK存続の会(代表:吉津たかし)が結成された。OSK存続の会は翌2003年5月までに約20万人分のOSK日本歌劇団存続の嘆願署名を集めたが、近鉄側の決定を覆すことはならず、2003年(平成15年)5月の近鉄劇場公演「Endless Dream~終わりなき夢~」を最後に解散し、81年の歴史に一旦幕を下ろした。解散公演時の団員数は69名。

この解散は、近鉄グループリストラ策、特にレジャー部門見直しの一環であった。なお、解散時の出資比率は近鉄が15%、子会社の近鉄興業が85%である。翌2004年には大阪近鉄バファローズも同様に解散し、あやめ池遊園地と近鉄劇場も閉鎖される。

新OSK時代編集

 
2010年、京都・南座「レビュー in KYOTO」

劇団解散後も団員は存続運動を続け、2003年(平成15年)8月にはOSK存続の会による立上げ公演「熱烈歌劇 re-Birth~OSK復活のススメ~」が近鉄劇場でおこなわれた。同年9月にはOSK存続の会を支援していた経営コンサルタントを社長とし、残存の団員全員を株主とする「株式会社OSK存続の会」が設立される。近鉄側との話し合いにおいて「OSK存続の会がOSK日本歌劇団の正当な後継者であること」が確認され[6]、同月12日に商標権問題に決着がついたことが、存続の会より公表された[注釈 11]。同年9月には劇団付属の研修所を開設し、日本歌劇学校の閉鎖以来途絶えていた新人の育成も再開され、同年12月に松竹座公演「春のおどり」開催が決定した。

2004年(平成16年)4月、大阪松竹座での「春のおどり」公演復活を機にNew OSK日本歌劇団として旗揚げ。この時点で、近鉄時代から残留した団員は23名(他に研修生が9名)。同年7月に近鉄レジャーサービスより正式に名称の使用を認められ、同年10月1日付で会社名も「NewOSK日本歌劇団」に変更した。これに伴い旧劇団時代の衣装・音源などを無償で引き継いでいる[7]

松竹座および小劇場・世界館での定期公演を軸に活動していたが、約20社の企業および約130人の個人による寄付支援はあったものの大きなスポンサーはなく、当初から赤字経営が続いた[8]。法人としてのNewOSK日本歌劇団は、2004年12月期決算で約2500万円、2006年12月期決算では約8400万円の営業赤字であった[9]。その後も状況は改善されず、劇団員への給料の遅配が続いたため、自主再建を断念。大阪地方裁判所に民事再生法による再生手続き開始申請を行い、2007年(平成19年)9月17日付で再生手続き開始の決定が出される。再生手続き開始後も公演活動は予定通り行われた。

その後、吹田市のイベント企画会社「ワンズ・カンパニー」に事業譲渡され、名称は再びOSK日本歌劇団となった。2009年(平成21年)2月に、株式会社として独立した。

2010年(平成22年)の上海万博以降、外国人向け公演の経験を重ね、2017年(平成29年)1~2月、JTB西日本の主催による、訪日外国人向けの日本物レビュー公演「Revue JAPAN」を開催したところ好評であったことから、同年12月より、さらに松竹の協賛も得て道頓堀角座で常打ち公演として継続されることとなった[10]

2013年(平成25年)に、大阪のITコンサルタント企業・ネクストウェアの支援によりマネジメント・マーケティング分野を強化。劇団員自ら販売するチケットの販売実績をベースに、劇場の大きさに沿った団員配置・公演回数を設定するなどITコンサルティングの手法を取り入れ、観客の増加につなげた[11]。また、日本芸術文化振興協会や大阪府の助成事業を手掛けたことに伴いOSK日本歌劇団の収益も大きく改善し、単年度の黒字決算を挙げるまでになった[12]

2018年(平成30年)8月、ネクストウェアと簡易株式交換を行い、完全子会社となった[13]

2022年(令和4年)、創立100周年を迎える[14]

年表編集

 
1928年大阪松竹座の「寿のおどり」
 
1956年大阪劇場の「春のおどり」上演中の劇場前
この年封切りのハリウッド映画アカデミー賞作品「サヨナラ」に劇団が出演。
  • 1958年4月、日本歌劇学校が大阪市から奈良市敷島町(現・あやめ池南1丁目)のあやめ池温泉場へ移転。
  • 1963年、「日本歌劇団(NKD)」に改称。同年3月に大劇にて舞台稽古中に事故が発生し40余名が重軽傷。
  • 1967年、大阪劇場が閉鎖、あやめ池遊園地に本拠地を移転。
  • 1971年近畿日本鉄道が子会社化して「OSK日本歌劇団」(株式会社日本歌劇団)となる。朝日放送が経営に参加。
  • 1978年4月、日本歌劇学校があやめ池遊園地へ再移転。
  • 1988年東大阪市に本社事務所を移転、稽古場を併設。
  • 1992年、創立70周年を記念し、東京公演を再開。
  • 1995年、千土地興行の後身・日本ドリーム観光を吸収合併して以来株主だったダイエーが撤退。
  • 1997年近鉄バファローズ大阪ドーム移転に伴い、若手20名を起用して「OSKチアリーディングチーム」結成。
  • 2001年日本歌劇学校の新規募集を停止。
  • 2002年6月、近鉄から支援打ち切りと翌年解散の通告。団員有志により「OSK存続の会」が結成。
  • 2003年5月、最終公演「Endless Dream」をもって解散。
同年8月、「存続の会」が近鉄劇場にて「熱烈歌劇 re-BIRTH」上演、10月たけふ菊人形公演等、活動を継続。
同年10月1日、「存続の会」が正式に名称を「NewOSK日本歌劇団」に改称。
  • 2007年、民事再生手続きを開始し、劇団は譲渡されてワンズカンパニーの傘下になる。名称は再び「OSK日本歌劇団」に改称。
同年11月、52年ぶりに京都南座で公演を実施。
  • 2009年、株式会社OSK日本歌劇団として独立。
同年7月、劇団公式サイトにて劇団員ブログを開始。
  • 2011年9月、東京(三越劇場)にて8年ぶりの公演。
  • 2012年4月、創立90周年記念として大阪松竹座、京都南座、東京日生劇場(2013年春)などで公演。
  • 2013年LINEにて情報配信を開始。
同年7月、ニコニコチャンネルにOSK日本歌劇団チャンネルを開設。
  • 2014年8月、東京・新橋演舞場にて「レビュー 夏のおどり」を上演。
同年9月、特別専科が設立され、緋波亜紀が移籍第1号となる[15]
同年10月、日本・キューバ友好400周年交流事業として、キューバで海外公演を実施[16]
  • 2015年2月、ニコニコ生放送で舞台生中継を開始。7月に出演者(時には演出家も)が公演について語る「ニコニコ生トーク」の放送を始め、9~11月公演の「紅に燃ゆる~真田幸村 紅蓮の奏乱」、2016年1~2月公演の「カンタレラ2016~愛と裏切りの毒薬~」は製作発表をニコニコ生放送で生中継した。
  • 2017年12月、道頓堀角座にて「REVUE JAPAN」の定期公演開始
  • 2018年8月、簡易株式交換により、株式会社OSK日本歌劇団はネクストウェアの完全子会社となる。

公演システム編集

松竹時代編集

  • 春のおどり - 大阪劇場3月興行。松竹映画併映。
  • 夏のおどり - 大阪劇場7月興行。松竹映画併映。
  • 秋のおどり - 大阪劇場10月興行。松竹映画併映。(別途浅草国際劇場等にてSKDとの合同公演もあり。)

近鉄時代編集

  • あやめ池公演 - 春・夏・秋に実施。(夏季は実施されない年度もあり)
  • 近鉄劇場公演 - 春に特別公演を実施。劇団員の初舞台公演。

新OSK時代(現在)編集

  • 春のおどり - 大阪松竹座にてレビュー上演。
  • 秋のおどり - 大阪松竹座にてレビュー上演。(2004年、2006年のみ)
  • レビュー in KYOTO - 京都南座にてレビュー上演。2007年、2015年のみ秋、それ以外の年は夏。2016年~2018年は改装のため公演は無し。2019年夏に改装完了後初の公演を予定。
  • たけふ菊人形 - 秋(10-11月)に1ヶ月程度公演。
  • 自主公演 - 大丸心斎橋劇場、近鉄アート館などで年5,6回実施。
  • 東京・三越劇場公演 - 2011年~2016年まで毎年9月に上演。
  • オ・セイリュウ公演 - 大阪・心斎橋のゲストハウス、オ・セイリュウにて2011年~2015年に上演。年に2、3回、2~3か月の長期公演を行う。
  • OSK Revue Café - セント・ラファエロ大聖堂(現・セントラファエロチャペル御堂筋)にて2015年より開始。少人数の出演者による歌を中心としたショー。
  • REVUE JAPAN - 訪日外国人をターゲットにした日本物ノンバーバルレビュー。2017年1~2月、JTB西日本の主催により、近鉄アート館公演『鬼ノ城』期間中の併演作品として試験的に開始。同年12月からは道頓堀角座での常打ち公演がスタートし、メンバーチェンジを行いながら継続。2019年も継続が決定し、DAIHATSU 心斎橋角座で公演[17] を行う。
  • 世界館公演(終了)

主なスター編集

男役編集

娘役編集

ユニット編集

ダンシングチーム
1931年結成。柏晴江・美鈴あさ子ら16名。
ロケット・ガールズ
1937年結成のラインダンスチーム。
東京国際劇場「国際大阪おどり」(1937年10月)で、2場面に30名と36名のチームが登場。
大阪劇場「秋のおどり ~輝く艦隊~」(1937年11月)で、静波秀子・瀧川はやみ京マチ子ら36名のチームが登場。
ジェルモンシスター
1939年結成。
葉山かほる・瀧川はやみ・高月夢子・草鹿多美子・福屋芳子・國光博子
ラッキーフラワー
鈴川清美・京マチ子・水川千鶴・花房たか子・住之江美子・足立昇子
フォアシスターズ
1949年
松浪千里・若草かほる・汐月満子・浅路八重子
ピッコロシスターズ
1949年
千鳥浪路・朱雀京子・音羽町子
ポプコーンガールズ
1950年結成
香取町子・水穂しづく・見國輝子・花園町子・春名そよぐ
ピンナップシスターズ
1951年結成
歌川糸子・小町瑠美子・小桜諄子
バンビー・ファイブ
1955年結成
水城克巳・潮路明美・香川陽子・水野光・志摩慶子
キーボウド・エイツ
1955年結成
糸春江・瞳英子・由起志げみ・千歳恵美・春名そよぐ・早百合公子・峰弘子・夕月ひかる
スパンキーファイブ→キューティー・Q
1963年結成
葉月美嘉・時千鶴・九重ひずる・美好有子・三浦道子
コメディ・レディス
1964年結成
城一芳・天野良子・三浦徳子
チェック・シックス
1965年結成
潮かほり・一条京子・真弓田香代・真咲きよの・静真澄・黒木あけみ
花のエトワール5人組
1965年結成
麻三京子・巴真理・東美香・奈千玲子・百合かほる
トリオ
1965年結成
小松みどり・日月加奈・利美由起
ジュエリーギャル
1982年結成~1985年
初代 - 奈美ちはる・緒形樹梨・雅都貴
江利奈レイ・隼花るり・恋香うつる
チェリー・ガールズ
2007年南座公演より、若手娘役スター5名によるユニットが結成され、舞台やイベントで活躍している。退団や昇格に伴い、メンバーが入れ替わる。
2014年度の活動を最後に、実質的に活動停止中。
第1期 - 春咲巴香牧名ことり・珂逢こころ・恋羽みう・瀬乃明日華
第2期 - 珂逢こころ・恋羽みう・白藤麗華・瀬乃明日華・和紗くるみ
第3期 - 和紗くるみ・瀬乃明日華・舞美りら城月れい
第4期 - 恋羽みう・和紗くるみ・舞美りら・城月れい・遥花ここ
ブルーパンサー
2010年6月結成。大人の歌を聴かせるユニットとして2010年8月に「ラ・マスケラ」にてCD発売デビュー。
折原有佐・美砂まり・平松沙理
2012年9月 美砂まりの退団により解散。

OSK日本歌劇団研修所編集

2003年開設。2001年日本歌劇学校の休校(事実上の廃校、2000年募集停止)以後、新規の入団が途絶えていた。9月に81期生が入所。以後、従来の歌劇学校の期数と異なり、期数と入所年の劇団創設年数が合うようになっている。そのため75期生から80期生は存在しない。初年度のみ1年制のため、2004年に入団。

現在は大阪市中央区に所在。本科・研究科の2年制。定員20名。受験資格は中卒以上23歳未満の未婚女性。研修生は舞台実習があり、成績上位者は大阪松竹座・京都南座等の公演にも出演する。卒業後に入団試験があり、その成績により入団の可否が決まる。

授業時間は1科目が2時間で1日3科目。バレエ・日舞・声楽などに研鑽を重ねる。講師は辻野満理(声楽)、黒瀬美紀(バレエ)、藤間豊宏(日舞)、鈴木健之亮(演劇)、中野栄里子(ジャズダンス)ら。所長は奥山賀津子

  • 服装:グレーの制服に、本科は青リボン、研究科は赤リボン。

主な楽曲・等編集

楽曲
作詞:岸本水府、作曲:松本四良
1930年(昭和5年)、大阪松竹座公演「春のおどり〜さくら〜」で発表。以来OSKのテーマソングである。
  • 「ビロードの夢」
作詞:藤浦洸、作曲:服部良一
1949年(昭和24年)、SKDとの東西合同公演にて発表。以来「秋のおどり」をはじめ秋季公演のテーマソングとして使われることが多かったが、1990年代以降ほとんど使用されていなかった。2009年(平成21年)のたけふ公演にて20年ぶりに使用された。
  • 「虹色のかなたへ」
作詞:海野洋司、作曲:宮川泰
1992年(平成4年)に創立70周年記念に作られたイメージソングである。歌詞又は曲を一般公募し、作詞:549点、作曲:161点の合計710作品の中から、大阪府の岩野恵造の詞が最優秀賞に選ばれた[18]。これを原案に作詞・海野洋司、作曲・宮川泰がそれぞれ担当し、同年の記念公演「ARABESUQUE」にて発表された。
団歌
  • 「花の馬車にのって」
作詞:横沢秀雄、作曲:倉田志朗
日本歌劇団時代の正式な団歌
  • 「ビバ!OSK」
作詞:横澤英雄、作曲:中川昌
近鉄時代(1970年以降)

主な公演編集

公演
  • 「アルルの女」(1923年)
  • 「クリスマス・イヴ」(1923年)
  • 「火の鳥」(1924年)
  • 「ジャズ・ダンス」(1924年)
  • 「蜂」(1925年)
  • 「(第1回)春のおどり ~花ごよみ~」(1926年)
  • 「(第2回)春のおどり ~御空ごよみ~」(1927年)
  • 「日本八景おどり」(1927年)
  • 「(第3回)春のおどり ~花五色~」(1928年)
  • 「寿のおどり」(1928年)
  • 「(第4回)春のおどり ~開国文化~」(1929年)
  • 「(第5回)春のおどり ~さくら~」(1930年)
  • 「シャラバン」(1930年)
  • 「松竹大レヴュウ」(1930年)
  • 「(第6回)春のおどり ~八つの宝玉~」(1931年)
  • 「(第7回)春のおどり ~ラッキイセブン~」(1932年)
  • 「夏のおどり ~べら・ふらんか~」(1932年)
  • 「(第1回)秋のおどり ~輝く日本~」(1932年)
  • 「(第8回)春のおどり ~フランス人形~」(1933年)
  • 「メリゴラウンド」(1933年)
  • 「青夜調」(1933年)
  • 「秋のおどり ~女鳴神~」(1933年)
  • 「(第9回)春のおどり ~さくら音頭~」(1934年)
  • 「カイエ・ダムール」(1934年)(※大阪劇場第1回公演)
  • 「青春の花束」(1934年)
  • 「秋のおどり ~七草まつり~」(1934年)
  • 「薔薇の乙女」(1935年)
  • 「(第10回)春のおどり ~さくら祭り~」(1935年)
  • 「(第1回)大阪おどり」(1935年)
  • 「江戸歌舞伎 夏のおどり」(1935年)
  • 「(第11回)春のおどり ~さくら娘~」(1936年)
  • 「ハッピー・フェロー」(1936年)
  • 「ふるさとの唄」(1936年)作:内海重典
  • 「ベラ・エスパニア」(1936年)作:内海重典
  • 「(第12回)春のおどり ~櫻咲く國~」(1937年)
  • 「バラライカ」(1937年)
  • 「秋のおどり ~輝く艦隊~」(1937年)
  • 「春のレビュウ」(1937年)
  • 「(第13回)春のおどり ~日本むすめ~」(1938年)
  • 「大劇をどり」(1938年)
  • 「秋のおどり」(1938年)
  • 「(第14回)春のおどり ~むすめ日本/興亜の春」(1939年)
  • 「輝く日本」(1940年)
  • 「(第15回)春のおどり ~建国の春/さくら日本~」(1940年)
  • 「紅灯籠 レッドランタン」(1940年)
  • 「時局早わかり・松竹ショウ~銃後の秋~」(1940年)
  • 「秋のおどり」(1940年)
  • 「(第16回)春のおどり ~御代のさくら/友邦の花束~」(1941年)
  • 「踊る色彩」(1941年)
  • 「夏のおどり」(1941年)
  • 「(第7回)秋のおどり」(1941年)
  • 「東亜の花束」(1941年)
  • 「(第17回)春のおどり ~皇国の礎/輝く大東亜~」(1942年)
  • 「(第8回)秋のおどり ~枢軸人形~」(1942年)
  • 「冬のおどり」(1942年)
  • 「(第18回)春のおどり ~撃ちてし止まむ~」(1943年)
  • 「起ち上る印度」(1943年)
  • 「(第9回)秋のおどり ~大東亜共栄圏~」(1943年)
  • 「冬のおどり」(1943年)
  • 「海と軍艦旗」(1944年)
  • 「(第19回)春のおどり ~戦士に捧ぐ/必勝さくら~」(1944年)
  • 「神鷲賛歌」(1945年)
  • 「(第20回)春のおどり ~歌劇・猿飛佐助~」(1945年)
  • 「夏まつり」(1945年)
  • 「秋のおどり」(1945年)(※戦後、最初の公演)
  • 「(第21回)春のおどり」(1946年)
  • 「秋のおどり」(1946年)
  • 「(第22回)春のおどり」(1947年)
  • 「安南の悲歌」(1947年)作・演出:飛鳥亮
  • 「秋のおどり」(1947年)
  • 「(第23回)春のおどり」(1948年)
  • 「(第24回)春のおどり」(1949年)
  • 「南蛮絵更紗」(1949年)構成・演出:白井鐡造
  • 「夏のおどり ~KIT☆HIT☆SHOW~」(1949年)
  • 「秋のおどり」(1949年)
  • 「(第25回)春のおどり」(1950年)
  • 「グランド・レビュー 花まつり」(1950年)構成:吉村捨男(※近鉄あやめ池遊園地第1回公演)
  • 「(第1回)歌舞伎おどり」(1950年)
  • 「秋のおどり」(1950年)
  • 「グランド・レビュー 忠臣蔵」(1950年)
  • 「(第26回)春のおどり」(1951年)
  • 「(第2回)歌舞伎おどり」(1951年)
  • 「秋のおどり」(1951年)
  • 「(第27回)春のおどり」(1952年)
  • 「(第3回)歌舞伎おどり」(1952年)
  • 「秋のおどり ~日本一の桃太郎~」(1952年)
  • 「秋のおどり 大仏開眼」(1952年)作・演出:楳茂都陸平
  • 「(第28回)春のおどり」(1953年)
  • 「春のおどり おもちゃの世界」(1953年)作・演出:飛鳥亮
  • 「秋のおどり」(1953年)
  • 「(第29回)春のおどり」(1954年)
  • 「春のおどり トンキー物語」(1954年)
  • 「秋のおどり 白菊の騎士」(1954年)作・演出:京都伸夫
  • 「(第30回)春のおどり」(1955年)
  • 「春のおどり 港のロマンス」(1955年)作・演出:京都伸夫
  • 「楊貴妃」(1955年)作・演出:香村菊雄(※再演:1982年, 1987年)
  • 「秋のおどり」(1955年)
  • 「秋のおどり 続・白菊の騎士」(1955年)作・演出:京都伸夫
  • 「(第31回)春のおどり 義経絵巻/憧れの皇太子」(1956年)
  • 「春のおどり 祝言・三本の柱/百万人の花嫁」(1956年)(※あやめ池円型大劇場杮落とし公演)
  • 「秋のおどり 忠臣蔵」(1956年)作・演出:大森正男
  • 「(第32回)春のおどり」(1957年)(※映画『サヨナラ』撮影)
  • 「春のおどり 氷河のロマンス」(1957年)
  • 「秋のおどり 出世太閤記」(1957年)作・演出:津山啓二
  • 「(第33回)春のおどり」(1958年)
  • 「春のおどり 平和の歌」(1958年)作・演出:香村菊雄
  • 「(第34回)春のおどり」(1959年)
  • 「春のおどり 七彩の電波」(1959年)作・演出:津山啓二
  • 「夏のおどり マリアと悪童/花の凱旋門」(1959年)原作:吉川英治, 脚色:岡田憲和/作:今東光
  • 「秋のおどり」(1959年)
  • 「(第35回)春のおどり」(1960年)
  • 「春のおどり 歌ありて夢ありて」(1960年)作・演出:津山啓二
  • 「(第36回)春のおどり」(1961年)
  • 「春のおどり 桜競う西遊記」(1961年)作・演出:津山啓二
  • 「夏のおどり」(1961年)作・演出:花登筐
  • 「(第37回)春のおどり」(1962年)
  • 「春のおどり 美女とアリババ」(1962年)作・演出:津山啓二
  • 「(第38回)春のおどり」(1963年)
  • 「春のおどり とんだりはねたり世界の旅」(1963年)作・演出:飛鳥亮
  • 「秋のおどり 世紀の祝典」(1963年)
  • 「(第39回)春のおどり」(1964年)構成・演出:永六輔
  • 「春のおどり マジック千一夜」(1964年)作・演出:飛鳥亮
  • 「秋のおどり ジャンプ・ジャンプ・ジャンプ」(1964年)作・演出:横澤秀雄
  • 「(第40回)春のおどり」(1965年)作・演出:横澤秀雄
  • 「春のおどり 世界の楽園」(1965年)作・演出:飛鳥亮
  • 「秋のおどり 夢の回転木馬」(1965年)作・演出:津山啓二
  • 「(第41回)春のおどり 夢の狸御殿」(1966年)作・演出:香村菊雄
  • 「春のおどり 花とラテンの饗宴」(1966年)作・演出:津山啓二
  • 「秋のおどり」(1966年)
  • 「秋のおどり 華麗なる休日」(1966年)作・演出:津山啓二
  • 「(第42回)春のおどり 夢のファンタジア」(1967年)作・演出:飛鳥亮(※大阪劇場最終公演)
  • 「春のおどり 花ありて夢ありて」(1967年)作・演出:津山啓二
  • 「春のおどり レビューになったサザエさん」(1968年)作・演出:津山啓二
  • 「夏のおどり ジャックと豆の木」(1968年)作・演出:山田卓, 脚本:加味優
  • 「春のおどり カーニバル」(1969年)作・演出:津山啓二
  • 「春のおどり ニッポンバンザイ」(1970年)構成・演出:山本紫朗
  • 「春のおどり ハートで歌おう」(1971年)作・演出:宮本正吉
  • 「春のおどり 栄光のバラード」(1972年)作・演出:津山啓二(※創立50周年記念公演)
  • 「グランド・レビュー 春のおどり」(1973年)作・演出:花柳芳十郎・山田卓
  • 「春のおどり クィン・オブ・バイキング」(1974年)作・演出:原彰
  • 「春のおどり 日本のうた」(1975年)作・演出:津山啓二
  • 「春のおどり ラブ・イン・ザ・サーカス」(1976年)作・演出:津山啓二
  • 「春のおどり シンデレラ・パリ」(1977年)作・演出:津山啓二(※再演:1990年, 2012年)
  • 「春のおどり 虹いろのハネムーン」(1978年)作・演出:津山啓二
  • 「秋のおどり 華麗なる黄金絵巻」(1978年)
  • 「春のおどり 愛のメモリアル」(1979年)作・演出:植田紳爾
  • 「夏のおどり かぐや姫とスペースヒーロー」(1979年)作・演出:竹本浩三
  • 「春のおどり 吉野のさくら/夢みるブロードウェイ」(1980年)作・演出:原彰
  • 「夏のおどり 翔べ孫悟空」(1980年)作・演出:竹本浩三
  • 「秋のおどり シルクロードファンタジー ―すいれんの旅―」(1980年)
  • 「春のおどり 太陽と星のラプソディ」(1981年)作・演出:河上五郎
  • 「春のおどり 花と光の舞踏会 ―若き王子の愛の冒険―」(1982年)作・演出:あらたよしお(※創立60周年記念公演)
  • 「夏のおどり メルヘン・ファンタジー 妖精三銃士」(1982年)作・演出:吉峯暁子
  • 「春のおどり スーパースター誕生-愛の宇宙交響曲-」(1983年)作・演出:仲川利久
  • 「秋のおどり シルクロード・ファンタジー ―まんだら絵巻―」(1983年)作・演出:香村菊雄
  • 「春のおどり グランド・レビュー 新作・狸御殿・春らんまん」(1984年)作・演出:河上五郎
  • 「秋のおどり ジンギスカン」(1984年)総指揮:片岡我當, 作・演出:香村菊雄(※あやめ池100公演達成記念作品)
  • 「ダンシング・スピリッツ」(1985年)作・演出:高井憲
  • 「アイ・ガット・レビュー」(1985年)作・演出:吉峯暁子
  • 「光り輝く霊界への旅立ち」(1985年)総指揮:丹波哲郎
  • 「炎の女王・ヒミコへの愛」(1986年)作・演出:原彰
  • 「夢見桜ラプソディ」(1987年)作・演出:原彰
  • 「マルコポーロの冒険」(1987年)作・演出:小林勝
  • 果てしなき流れの果てに」(1988年)原作:小松左京
  • 「新・マルコポーロの冒険」(1988年)作・演出:小林勝
  • 「愛のサラダ記念日」(1988年)作・演出:原彰
  • 「花・いのちのきらめき」(1989年)作・演出:吉峯暁子
  • 「相合橋夢物語」(1989年)作:北林佐和子
  • 100万回生きたねこ」(1989年)原作:佐野洋子
  • 「大津皇子」(1990年)原作:黒岩重吾
  • 「恋夢幻」(1990年)
  • アップフェルラント物語」(1991年)原作:田中芳樹
  • 「ビート・ハリケーン」(1991年)作・演出:吉峯暁子
  • 「ブルースに抱かれて眠れ」(1991年)作・演出:吉峯暁子
  • 「レビュー・オブ・ラブ」(1992年)作・演出:原彰
  • 「Dancing Wave ARABESQUE(アラベスク)」(1992年)作・演出:海野洋司
  • 「シンドバットの冒険」(1992年)作・演出:吉峯暁子
  • 「ファンタジアランド」(1993年)作・演出:原彰
  • 「エル・アモール」(1993年)作・演出:吉峯暁子
  • 青い鳥」(1993年)原作:メーテルリンク, 作・演出:北林佐和子
  • 「ダンシング・ドリーム」(1994年)作・演出:吉峯暁子
  • 天上の虹~星になった万葉人~」(1995年)原作:里中満智子
  • 「ロックン桃太郎」(1995年)作・演出:吉峯暁子
  • 「青春革命~スローバラードは歌えない~」(1995年)
  • 「ラブ・スクランブル」(1995年)
  • レディ・アンをさがして~Looking for Lady Anne~」(1996年)原作:氷室冴子
  • セロ弾きのゴーシュ」(1996年)原作:宮沢賢治
  • 「上海夜想曲」(1997年)作・演出:海野洋司
  • 「ヘンゼルとグレーテル」(1997年)作・演出:吉峯暁子
  • 「オール・ザッツ・ラテン」(1997年)作・演出:原彰
  • 「ニューオーリンズの賑わい!」(1998年)原作:筒井康隆
  • 「ビート・シンフォニー」(1998年)作・演出:吉峯暁子
  • 「薔薇の街のロマンス」(1998年)作・演出:吉村英三
  • 魔剣士」(1999年)原作:菊地秀行
  • 「オー・マイ・ピエロ」(1999年)作:石橋尚一, 吉村英三
  • 「ザ・ショー・イズ・ビューティフル」(1999年)作・演出:吉村英三
  • 「エル・アモール・グランデ~愛に生き、恋に死す~」(2000年)作・演出:吉峯暁子
  • アラビアン・ナイト・ロマン~アラジンとアリババの宝物~」(2000年)作・演出:竹本浩三
  • 「ラ・ロマネスク」(2000年)作・演出:吉峯暁子
  • 闇の貴公子~源博雅と安倍晴明~」(2001年)原作:夢枕獏陰陽師
  • 「長ぐつをはいた猫」(2001年)作・演出:吉峯暁子
  • 「スパークリングレビュー」(2001年)作・演出:吉峯暁子
  • 「ASUKAの嵐/We Love Revue !」(2002年)(※創立80周年記念公演)
  • 「PLAY-BACK」(2002年)作・演出:北林佐和子
  • 「Dance for Tomorrow ~PLAY-BACKスペシャル~」(2002年)作・演出:北林佐和子
  • 「私は男役(おんな)―華やかに、そして潔く―」(2002年)
  • 「ヒートアップ・レビュー」(2002年)
  • 「Bon Voyage ! ~素晴らしい旅を~」(2003年)作・演出:吉峯暁子
  • 「新・闇の貴公子」(2003年)
  • 「THE POENIX ~不死鳥伝説~」(2003年)(※あやめ池円型大劇場最終公演)
  • 「Endless Dream ~終わりなき夢~」(2003年)構成・演出:吉峯暁子
  • 「熱烈歌劇 re-BIRTH -OSK復活のススメ-」(2003年)(※「OSK存続の会」立ち上げ公演)
  • 「レビュー春のおどり 桜咲く国/ルネッサンス」(2004年)(※「OSK存続の会」旗揚げ公演)
  • 「レビュー秋のおどり なにわ祭りファンタジー/愛抱きしめてジャンピング」(2004年)作・演出:横澤英雄
  • 「グランド・レビュー春のおどり 平安☆レジェンド/ダンシング・フォーリーズ」(2005年)作・演出:横澤英雄/中村一徳
  • 「レビュー春のおどり 義経桜絵巻/ハッピー・ゲーム~人生は素晴らしいゲーム!~」(2006年)
  • 「レビュー秋のおどり MOVE ON!! なにわ祭り抄~躍る道頓堀~/BE ON THE ROAD」(2006年)
  • 「レビュー春のおどり 桜咲く国2007~輝く未来へ~ 桜・舞・橋/桜ファンタジア」(2007年)
  • 「真田幸村~夢・燃ゆる~」(2007年,2008年,2009年,2011年)
  • 「レビュー春のおどり お祝い道中~浪花ともあれ桜花爛漫~/Dream Step !」(2008年)
  • 「レビュー春のおどり 桜彦 翔る!~必ず戻る 恋と友情のために~/RUN & RUN 」(2009年)
  • 「YUKIMURA ―我が心 炎の如く―」(2010年)
  • 「レビュー春のおどり 桜彦 翔る!エピソードⅡ~黄泉へ 桜ふたたび~/JUMPING TOMORROW !」(2010年)
  • 「バンディット! ―霧隠才蔵外伝―」(2010年)(※大阪文化祭賞グランプリ受賞作品)
  • 「みやこ浪漫~RYOMA~」(2010年)
  • 「女帝を愛した男~ポチョムキンとエカテリーナ~」(2010年)
  • 「レビュー春のおどり 繚乱~さくら 桜 サクラ/STARS LEGEND ~DANCE DANCE DANCE~」(2011年)
  • 「ADDIO」(2012年)
  • 「レビュー春のおどり 桜舞う九重に~浪花の春にいざ舞わん~/GLORIOUS OSK ~リズムコレクション~」(2012年)(※創立90周年記念公演)
  • 「レビュー春のおどり 桜咲く国 桜絵草紙/Catch a Chance Catch a Dream」(2013年)
  • 「レビュー春のおどり 桜花抄/Au Soleil ~太陽に向かって~」(2014年)
  • 「カルディアの鷹」(2014年)
  • 「Crystal passion ~情熱の結晶~」(2015年)
  • 狸御殿-HARU RANMAN-」(2015年、2016年)
  • 「レビュー春のおどり 浪花今昔門出賑/Stormy Weather」(2015年)
  • 「紅に燃ゆる~真田幸村 紅蓮の奏乱~」(2015年、2016年)
  • カンタレラ2016~愛と裏切りの毒薬~」(2016年)
  • 「レビュー春のおどり 花の夢 恋は満開/Take the beat !」(2016年)
  • 「レビュー春のおどり 桜鏡 ~夢幻義経譚~/Brilliant Wave ~100年への鼓動~」(2017年)
  • 「三銃士 La seconde」(2018年)
  • 巴里のアメリカ人」(2018年)
  • 「レビュー春のおどり 桜ごよみ 夢草紙/One Step to Tomorrow !」(2018年)
  • 「FIRE AGATE」(2018年5月)
  • 「LARIMAR」(2018年6月)
  • 第39回たけふレビュー「GERSHWIN NIGHT」(2018年)
  • 「MY Dear」(2018年8月)
  • 「円卓の騎士」(2018年12月)
  • 「新撰組」(2019年3月)
  • 大阪松竹座「レビュー春のおどり」(2019年)
  • 「Salieri & Mozart」(2019年6月)
  • 「歌劇 海神別荘サクラ大戦より~」原作:泉鏡花、作・構成:広井王子(2019年)
  • 「OSK SAKURA REVUE(2019年7月13日~25日)午前の部:11時 午後の部:15時 京都四條 南座
  • 「OSK SAKURA NIGHT」(2019年7月13日~24日)19時30分 京都四條 南座
  • 「Viva La Vida!!」(2019年8月)
  • 「LAST PARADISE」(2019年8月)
  • 「PRECIOUS STONES」(2019年9月)
  • 「Dandy」(2019年10月)
  • 「PRECIOUS STONES SeasonII」(2019年10月)
  • 「天使の歌が聞こえる」(2019年12月)
  • 「男舞」(2019年12月)
  • 「PRECIOUS STONES」(2020年1月)
  • 「PRECIOUS STONES」(2020年2月)
  • 「愛と死のローマ~シーザーとクレオパトラ~」(2020年2月)

主な出身者編集

以下には、著名な活動のある出身者をあげる。この他の出身者についてはCategory:OSK日本歌劇団出身の人物も参照。

海外公演編集

()内は訪問国。地名・国名、国旗は当時。

演目:「春のおどり」「100万ドルの饗宴」
演目:「キング・オブ・レビュー」
演目:「春のおどり」
演目:「夢の旅人 NAKAMARO」(※上海万博出演のため)

脚注編集

注釈編集

  1. ^ 宝塚歌劇団では娘役から男役への転向例は極めて少ない。
  2. ^ 宝塚歌劇団では芸名に本名を用いることは原則として認められていない。
  3. ^ 近鉄傘下時代に一度だけ、トップスターを二人置いた時期もあった。
  4. ^ 劇団によると、劇団史上最速の脚上げのテンポは「CRYSTAL PASSION 2016 ~情熱の結晶~ 第二部 BLACK AND GOLD」のラインダンスにおける、BPM=201。
  5. ^ 再開はOSK創立70周年を迎えた1992年。SKDは1990年にレビュー最終公演を行い、1992年よりミュージカル劇団となっていた。
  6. ^ 福井県と協同で、2022年を目標としたOSKの足跡を題材とした連続テレビ小説の構想がある。/OSK日本歌劇団をNHK朝ドラに 知事に協力要請”. 福井新聞 (2019年10月1日). 2019年12月1日閲覧。
  7. ^ 同3月3日より「世界に見せる 春のおどり」を上演予定だった。
  8. ^ その後の法改正により、現在では女子保護規定は廃止されている。
  9. ^ 宝塚歌劇団は阪急電鉄の直営であり、本拠地の宝塚大劇場は同電鉄傘下の宝塚ファミリーランド内にあった。
  10. ^ 解散通告に先立ち、劇団員の養成機関である日本歌劇学校2000年(平成12年)より募集を停止し、翌2001年に最後の卒業生を送り出して休校する
  11. ^ ただし、同年11月に旧劇団の清算人が、まだ合意に達していないと表明している。/2003年11月17日 読売新聞「OSKの名称継承 歌劇団清算人側が抗議」
  12. ^ 松竹座でのOSKの公演自体は、1946年の「ラ・ボンバ~踊る秋月恵美子~」以来58年ぶり。

出典編集

  1. ^ a b 株式会社OSK日本歌劇団 第12期決算公告
  2. ^ 岡本澄「OSKの軌跡追っかけ」、日本経済新聞2012年12月21日
  3. ^ 「舞台去ってもコンビは続く:上 - 東雲さん・友美さん」>1997年9月2日朝日新聞夕刊
  4. ^ a b c 「OSK正念場 親会社の近鉄、経営自立迫る」1998年3月11日 朝日新聞夕刊
  5. ^ 「OSK人気復活 押せ押せムード」1983年3月10日読売新聞
  6. ^ 「OSK存続の会」が名称継承 サンケイスポーツ、2003年9月13日
  7. ^ 読売新聞「OSK日本歌劇団の名称 『New OSK日本歌劇団』で決着」2004年7月30日
  8. ^ 読売新聞「ファン層広げられず 自主再建断念したNew OSKの谷康滋社長に聞く」2007年9月26日
  9. ^ 読売新聞「新生OSK、再生法申請 観客動員低迷で負債2億円」2007年9月19日
  10. ^ 株式会社ジェイティービー プレスリリース2017年11月30日「訪日外国人向けエンターテイメント「REVUE JAPAN」公演開催! 」 [1]
  11. ^ 【知っトク!ニュースなオカネ】OSK復活の裏側とは!?”. 報道ランナー. 関西テレビ放送 (2019年6月25日). 2019年6月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月30日閲覧。
  12. ^ 簡易株式交換による株式会社 OSK 日本歌劇団の完全子会社化に関するお知らせ ネクストウェア 2018年8月10日
  13. ^ 簡易株式交換による株式会社 OSK 日本歌劇団の完全子会社化完了のお知らせ ネクストウェア 2018年8月31日
  14. ^ 来年100周年 OSKの記念公演は和と洋2本立て”. 産経ニュース (2021年12月10日). 2021年12月11日閲覧。
  15. ^ 特別専科」新設のお知らせ”. OSK歌劇団公式サイト (2014年9月1日). 2014年12月18日閲覧。
  16. ^ 日本・キューバ友好400周年交流事業 参画のお知らせ”. OSK歌劇団公式サイト. 2014年12月18日閲覧。
  17. ^ 朔矢しゅう主演「REVUE JAPAN」公演が決定致しました”. OSK日本歌劇団. 2019年1月11日閲覧。
  18. ^ 1992年5月2日 朝日新聞「OSKのイメージソング 最優秀賞に岩野恵造さん」

関連項目編集

外部リンク編集