アレックス・デ・アンジェリス

アレックス・デ・アンジェリスAlex de Angelis, 1984年2月26日 - )は、イタリアリミニ生まれ、サンマリノ国籍のオートバイレーサー

アレックス・デ・アンジェリス
2010年 オーストラリアGP
国籍 サンマリノの旗 サンマリノ
生年月日 (1984-02-26) 1984年2月26日(38歳)
イタリアリミニ
現在のチーム オクト・プラマック MotoE
ゼッケン 5
ウェブサイト alexdeangelis.com
レースでの経歴
ロードレース世界選手権 MotoGPクラス
活動期間2008年2010年, 2013年2015年
マニファクチャラーホンダ, ドゥカティ, フォワード ヤマハ, ART
チャンピオン0
2015年 順位28位 (2 pts)
出走回数 勝利数 表彰台 PP FL 総ポイント
61 0 1 0 0 206
ロードレース世界選手権 Moto2クラス
活動期間2010年2014年, 2017年
マニファクチャラーフォースGP, モトビ, スッター, FTR, スピードアップ, カレックス
チャンピオン0
2017年 順位32位 (5 pts)
出走回数 勝利数 表彰台 PP FL 総ポイント
74 3 7 2 5 478
ロードレース世界選手権 250ccクラス
活動期間2004年2007年
マニファクチャラーアプリリア
チャンピオン0
2007年 順位3位 (235 pts)
出走回数 勝利数 表彰台 PP FL 総ポイント
65 1 25 4 13 761
ロードレース世界選手権 MotoEクラス
活動期間2019年2020年
マニファクチャラーエネルジカ
チャンピオン0
2020年 順位0
出走回数 勝利数 表彰台 PP FL 総ポイント
13 0 0 1 1 82
ロードレース世界選手権 125ccクラス
活動期間1999年2003年
マニファクチャラーホンダ, アプリリア
チャンピオン0
2003年 順位2位 (166 pts)
出走回数 勝利数 表彰台 PP FL 総ポイント
65 0 7 5 0 357
スーパーバイク世界選手権
活動期間2016年2017年
マニファクチャラーアプリリア, カワサキ
チャンピオン0
2017年 順位19位 (32 pts)
出走回数 勝利数 表彰台 PP FL 総ポイント
41 0 1 0 0 128
2011年 ポルトガルGP

経歴編集

1999年ロードレース世界選手権125ccクラス、第11戦イモラGPへのワイルドカード参戦でGPデビュー。翌2000年からフル参戦を開始。実質デビューシーズンのベストリザルトは6位が2回だった。4年間125ccクラスにフル参戦し、2003年には6度の表彰台を経験、未勝利ながらダニ・ペドロサに次ぐシリーズ2位を獲得した。

2004年からは250ccクラスにステップアップし、2度の表彰台でシリーズ5位となった。翌2005年は4度の表彰台でシリーズ7位、飛躍の年となった2006年最終戦バレンシアGPで初優勝を遂げ、シリーズ3位を獲得した。翌2007年には4戦連続の2位を含む8度の表彰台で235ポイントを獲得、またもシリーズ3位となった。ドイツGPでは2002年から2007年まで6年連続で表彰台に立っている。

2008年に最高峰MotoGPクラスに、サンカルロ・グレシーニ・ホンダチームからデビュー。第6戦イタリアGPではウォームアップセッションでファステストを記録し、決勝では4位でフィニッシュ。第10戦ドイツGPでも4位になるなど、18戦中13戦完走、11戦でポイントを獲得する安定した走りでルーキーイヤーを終えた。2009年も同チームで戦い、第10戦インディアナポリスGPでクラス初の2位表彰台を獲得するなどの活躍を見せ、シリーズ8位の成績を残した。

2010年はMotoGPクラスのシートを見つけることができず、シーズン当初は250ccクラス後継のMoto2クラスにチーム・スコットから参戦した[1]。シーズン中盤の第8戦ドイツGPから第10戦ドイツGPにかけてはMotoGPクラスに復帰し、インターウェッテン・ホンダチームで負傷欠場中の青山博一の代役を務めた。その後はスコットMoto2に戻るはずだったがチームは解散し、一時的にシートを失ってしまった[2]第12戦地元サンマリノGPからはJiRのシートを獲得し、残りシーズン7レースに参戦することになった[3]

ところがサンマリノGPで富沢祥也の後位で追走中、転倒した富沢に絡む事故に巻き込まれてしまう。しかし第16戦オーストラリアGPでは自身グランプリ2勝目を果たし、使用していた車体のメーカーであるTSRと共にMoto2クラス初勝利を飾った。なお、この時の2位だったスコット・レディングもサンマリノGPで富沢の事故に関わっていたため、話し合いによりシャンパンファイトは自粛している[4]

2011年シーズンもJiRチームから引き続きMoto2に参戦する[5]

2020年を持って現役を引退。

ロードレース世界選手権 戦績編集

  • 凡例
  • ボールド体のレースはポールポジション、イタリック体のレースはファステストラップを記録。
シーズン クラス バイク 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 順位 ポイント
1999年 125cc ホンダ MAL JPN SPA FRA ITA CAT NED GBR GER CZE IMO
Ret
VAL AUS RSA BRA ARG NC 0
2000年 125cc ホンダ RSA
16
MAL
16
JPN
Ret
SPA
15
FRA
15
ITA
12
CAT
Ret
NED
14
GBR
12
GER
Ret
CZE
Ret
POR
Ret
VAL
12
BRA
11
PAC
6
AUS
6
18位 40
2001年 125cc ホンダ JPN
14
RSA
9
SPA
7
FRA
14
ITA
10
CAT
9
NED
Ret
GBR
Ret
GER
12
CZE
12
POR
Ret
VAL
Ret
PAC
Ret
AUS
6
MAL
14
BRA
6
14位 63
2002年 125cc アプリリア JPN
Ret
RSA
6
SPA
Ret
FRA
Ret
ITA
7
CAT
Ret
NED
9
GBR
7
GER
2
CZE
8
POR
Ret
BRA
11
PAC
Ret
MAL
10
AUS
Ret
VAL
4
9位 87
2003年 125cc アプリリア JPN
Ret
RSA
6
SPA
3
FRA
Ret
ITA
7
CAT
3
NED
6
GBR
4
GER
3
CZE
3
POR
3
BRA
3
PAC
9
MAL
6
AUS
7
VAL
Ret
2位 166
2004年 250cc アプリリア RSA
5
SPA
6
FRA
5
ITA
8
CAT
Ret
NED
5
BRA
4
GER
3
GBR
4
CZE
Ret
POR
5
JPN
6
QAT
Ret
MAL
4
AUS
2
VAL
Ret
5位 147
2005年 250cc アプリリア SPA
3
POR
5
CHN
4
FRA
Ret
ITA
3
CAT
Ret
NED
5
GBR
Ret
GER
3
CZE
4
JPN
7
MAL
3
QAT
Ret
AUS
Ret
TUR
7
VAL
4
7位 151
2006年 250cc アプリリア SPA
2
QAT
Ret
TUR
12
CHN
Ret
FRA
5
ITA
2
CAT
3
NED
2
GBR
2
GER
2
CZE
Ret
MAL
3
AUS
2
JPN
2
POR
3
VAL
1
3位 228
2007年 250cc アプリリア QAT
2
SPA
4
TUR
4
CHN
4
FRA
3
ITA
2
CAT
2
GBR
2
NED
2
GER
3
CZE
11
SMR
5
POR
6
JPN
5
AUS
9
MAL
Ret
VAL
2
3位 235
2008年 MotoGP ホンダ QAT
Ret
SPA
14
POR
11
CHN
16
FRA
12
ITA
4
CAT
Ret
GBR
15
NED
Ret
GER
4
USA
13
CZE
8
SMR
Ret
IND
10
JPN
17
AUS
Ret
MAL
14
VAL
10
14位 63
2009年 MotoGP ホンダ QAT
6
JPN
13
SPA
14
FRA
11
ITA
15
CAT
12
NED
10
USA
11
GER
5
GBR
4
CZE
8
IND
2
SMR
Ret
POR
Ret
AUS
4
MAL
12
VAL
10
8位 111
2010年 Moto2 スコット・フォース QAT
Ret
SPA
DNS
FRA
Ret
ITA
11
GBR
DNS
NED
20
CAT
10
11位 95
モトビ IND SMR
Ret
ARA
Ret
JPN
4
MAL
2
AUS
1
POR
3
VAL
6
MotoGP ホンダ GER
12
USA
12
CZE
13
18位 11

脚注編集

外部リンク編集