オリンピックのサッカー競技

オリンピックのサッカー競技(オリンピックのサッカーきょうぎ)は、各大陸予選の上位チームが集う夏季オリンピックで行われるサッカー競技である。男子については1900年のパリオリンピックから競技が行われ、1908年のロンドンオリンピックから公式種目になった[注 1]。以後、1932年のロサンゼルスオリンピックを除いて毎大会実施されている。女子については1996年のアトランタオリンピックから実施されている。

オリンピック男子サッカー競技
Football pictogram.svg
開始年 1900年
主催 IOC
地域 世界
参加チーム数 16(本大会)
前回優勝  ブラジル(2回目)
最多優勝 イギリスの旗 イギリス(3回)
 ハンガリー(3回)
サイト 国際オリンピック委員会
備考 国代表別の試合となったのは1908年より
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オリンピック女子サッカー競技
開始年 1996年
主催 IOC
地域 世界
参加チーム数 12(本大会)
前回優勝  カナダ(1回目)
最多優勝  アメリカ合衆国(4回)
サイト 国際オリンピック委員会
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概要編集

大会の位置づけ編集

オリンピックのサッカー競技に対する位置づけは、男子と女子でその捉え方に明らかな違いが見られる。

女子競技は、女子ワールドカップに並ぶ権威ある大会として扱われ、オリンピック自体の注目度を利用して国際サッカー連盟(FIFA)も女子サッカーの普及のために大会に対して概ね協力的である。また、女子ワールドカップはオリンピックの前年に開催されているため、各国はオリンピックを一つの区切りとしてチーム作りを進める。

これに対して男子競技は、ワールドカップU-20ワールドカップの間の中途半端なカテゴリーの世界大会として捉えられることが多い。アジア、アフリカ、北中米カリブ海、南米の諸国は若年層の強化、あるいは五輪という大会のステータスを重視して力を入れることが多いのに対し、欧州では同年に欧州選手権があることも関係し、年齢制限つきの大会であるオリンピックサッカーへの注目度は極めて低い。また、シーズン開幕直後の時期のケガや疲労を恐れ、所属する選手を五輪に出場させることに消極的なクラブも多い。特に優秀な若手選手を抱える欧州のビッグクラブではそれが顕著であり、欧州各国はもちろん、非欧州各国においても欧州クラブ側の抵抗によってベストメンバーを揃えるのに苦労するサッカー協会は少なくない。

2008年の北京オリンピックでは、ベストメンバーを揃えようとするブラジルアルゼンチンの両サッカー協会と、選手の参加を拒む欧州のクラブとの対立が激しくなった。FIFAはクラブに対し、国際Aマッチと同様に五輪への選手参加を妨げないよう指示したが、FCバルセロナの訴えを受けたスポーツ仲裁裁判所(CAS)が2008年8月6日、「クラブには選手を五輪男子サッカーに解放すべき法的な義務はない」と結論づけた[1]。そのため、例え五輪男子本大会でもクラブ側が代表招集を拒否できることになっていた。その後、FIFAは2012年3月29日から30日のFIFA理事会で、オリンピック男子本大会に出場する代表に選出された「23歳以下の選手(厳密にはオリンピックが行われる前年の12月31日時点で23歳未満の選手)」の代表招集をクラブ側は拒否できないと決めた。なお、24歳以上(厳密にいえば、前年の12月31日時点で23歳以上)の選手のオーバーエイジの選手については、クラブ側が五輪代表招集を拒否できる[2]。FIFAはこの五輪男子派遣義務決定事項は既存のFIFA規則[3]で強制力を持たせられるとの考えを示した。強制力の根拠として、選手の地位に関するFIFA規則の「FIFA理事会の特別決議に基づく、選手の派遣義務」を引用している[4]。なおFIFAは2016年リオデジャネイロオリンピックについては、クラブ側が代表招集に応じる義務はないとする一方、選手がオリンピックの場を経験できるようクラブに働きかけていくとしている[5]

多くのスポーツ競技が最終目標としてオリンピック種目への採用を目指す中で、「オリンピックへの協力を渋る競技側と、それを引き止めるIOC側」というサッカー界の構図は異例であり、オリンピックを凌ぐ規模の国際大会を持つサッカー特有のねじれ現象だと言える。[独自研究?]

オリンピック委員会とサッカー協会編集

オリンピック選手団を派遣するのは各国の国内オリンピック委員会であり、サッカーのナショナルチームを編成するのは各国のサッカー協会である。日本オリンピック委員会日本サッカー協会のように、オリンピック委員会の構成単位となる国・地域は、基本的にサッカー協会と一致する。その例外がイギリスであり、イギリス全体を管轄するサッカー協会が存在しない。

イギリス代表編集

イギリスはFIFAからイギリス本土4協会(以下英本土4協会)(イングランドサッカー協会スコットランドサッカー協会北アイルランドサッカー協会ウェールズサッカー協会)およびイギリス海外領土6協会(モントセラトサッカー協会、イギリス領ヴァージン諸島サッカー協会、ケイマン諸島サッカー協会、タークス・カイコス諸島サッカー協会、バミューダ諸島サッカー協会、アンギラサッカー協会)の各代表をそれぞれ認可されているが、そのままでは国内オリンピック委員会単位としての参加しか認められないオリンピックには出場できない。オリンピックを主催するIOCは、イギリス本土においてはイギリスオリンピック委員会(BOA)のみを認可しているので、オリンピックのサッカー競技には、英本土4協会が個別に出場することはできない。IOCはイギリス海外領土のうち、バミューダ諸島、イギリス領ヴァージン諸島、ケイマン諸島の3地域の国内オリンピック委員会を認可しているため、それらの地域はそれぞれオリンピックに出場できる。当初はオリンピックのみの特例として、英本土4協会が「サッカーイギリス代表」を結成して参加していたが[注 2]、協会間の確執が絶えなかった。そのため、オリンピックの欧州予選を兼ねるUEFA U-21欧州選手権で英本土4協会のいずれかが本大会出場権を獲得する順位に入っても、自動的に出場権を放棄するようになった。

自国開催となる2012年ロンドンオリンピック(男子はU-23、女子はA代表)では、久々にイギリス代表を結成しようとする動きもあったが、英本土4協会のうち、イングランド以外の3協会が反発。結局「混成チームは英本土4協会の自立を脅かす」との理由から、イングランド代表が単独でイギリス代表として出場することを決定し、FIFAも2009年総会で一旦はこれを了承した。しかし、BOAを中心として調整をした結果、英本土4協会統一チームの結成で合意した。最終的にはロンドンオリンピックに出場する本登録の選手18名中、男子には、イングランドから13名、ウェールズから5名選ばれ、スコットランドと北アイルランドからは選ばれなかった[6]女子は、男子とは異なり、イングランドから16名、スコットランドから2名選ばれ、ウェールズと北アイルランドからは選ばれなかった[7]

歴史編集

男子編集

黎明期編集

オリンピックの創成期、すでにサッカーは世界的にもメジャーなスポーツの1つとなりつつあった。競技として採用されたのは1900年のパリオリンピックからであるが、第1回大会であるアテネオリンピックでは非公式に試合が行われたとする文献もある。それによると、アテネのチームがオスマン帝国イズミルのチームと対戦し、さらにこれに勝ったイズミルのチームがスウェーデンのチームと試合を行ったという[8]。一方で、それを誤りとする文献もある[9]

1900年のパリオリンピックではサッカー競技が公式に開催された。当時は急ごしらえのチーム同士で試合を行っており、一部のチームには外国人の選手が混じっていたという。そのため、IOCはこの大会から正式に実施されたと認定しているものの、FIFAは認めていない。1906年のアテネ中間大会にはデンマークがアテネのチームを9-0で下して勝ったという記録が残っている。FIFAは1908年のロンドンオリンピックを「初めて正式種目としてサッカー競技が実施された五輪」としており[10]、この大会のころから国別対抗戦という性格が固まる。

この時期、すでにイングランドではプロフェッショナルの選手が当たり前の存在となり、この影響を受けて他のヨーロッパ諸国でも実質的なプロフェッショナルプレーヤーが誕生しつつあった。さらに1900年代末には、ヨーロッパ各国でこうしたプロフェッショナル化へのアマチュア側の最後の反抗が試みられていた時期に当たっていた。一方で、国際オリンピック委員会(IOC)はアマチュア主義に固執していたため、サッカー界とIOCの関係は決して良好なものではなかった。

ワールドカップ創設以後編集

1904年に結成された国際サッカー連盟(FIFA)は、サッカーにおける真のナショナルチーム世界王者を決める大会として1930年にFIFAワールドカップを創設した。当時はアマチュアのみが出場できたオリンピックと違い、ワールドカップはアマチュアとプロフェッショナルの両方が出場可能であった。ワールドカップが徐々にその権威を高めていくと、FIFAはオリンピックへの興味を失っていった。そのため、1932年のロサンゼルスオリンピックで種目から外された[11]第二次世界大戦後にはFIFAがアマチュア主体のオリンピックからプロフェッショナル主体のワールドカップに完全にその軸足を移すようになった。

ステート・アマの時代編集

こうしたアマチュアとプロフェッショナルのギャップを突いてオリンピックでの強豪国として登場してきたのがソビエト連邦を初めとする共産主義国家、いわゆる「東側諸国」である。東側諸国では、報酬を国家から支給され競技に専念できる環境が整えられながらも、身分は国家公務員=アマチュアとして維持できるステート・アマという形態が常態化していた。そのため、プロを送り込めず「アマチュア選抜」で臨む西側諸国に対し、東側諸国はほぼA代表に等しい編成で代表チームを参加させることができた[12]。こうした東側の国々が1952年から1980年まで、8つの金メダルを独占した。この間の東側以外の国は、デンマークが銀メダルを1回、スウェーデンと日本が銅メダルを1回ずつ獲得したのみであり、ほぼ全てのメダルを東側が独占的に手に入れる時代であった[注 3]。東側諸国に有利なこの状況を打破するため、FIFAは1980年のモスクワオリンピックからワールドカップの予選もしくは本大会に出場した欧州と南米の選手は五輪に出場できないことにしたが[10]、ソ連のアフガニスタン侵攻に反発した西側諸国がモスクワオリンピックをボイコットしたため東側諸国の優位が続いた。結果的に各国のオリンピック代表チームは非常に若い年代で構成されたチーム編成となり、後の年代別代表の一環としてのオリンピック代表の原型が形作られた。

プロ参加解禁とU-23大会化編集

こうした状況に変化をもたらしたのは、1984年のロサンゼルスオリンピックでのIOCによるプロ選手参加の容認であった(オリンピック憲章アマチュア条項自体は、このロサンゼルスオリンピックの10年前の1974年の第75回IOC総会で削除されていた[13])。当時のオリンピックにおけるプロ解禁という潮流の一環であったが、これはIOCとFIFAの間に新しい対立を引き起こした。すなわち、集客性に富んだサッカーの充実を図りたいIOC(A代表をオリンピックに出すことを求める)とFIFAワールドカップの威厳とプレミアを守りたいFIFA(A代表をオリンピックに出せばワールドカップと差別化できなくなる)の利害の対立である。最終的には、ロサンゼルスオリンピックでもモスクワオリンピックと同様に、ワールドカップに参加したヨーロッパと南アメリカのアスリートはオリンピックに参加できません。この大会ではほとんどの東側諸国が出場をボイコットした影響も大きいが、これまでの東側諸国優位を覆しフランスが優勝、ブラジルが準優勝を果たした。1984年のルールは1988年版でも維持されましたが、追加の段落があります。以前にワールドカップの1試合で90分未満しかプレーしていなかったヨーロッパと南アメリカのサッカー選手が対象でした。

FIFAは1988年ソウルオリンピックから23歳以下の選手の大会にする方針だったが[10]、IOCの強硬な反対によりロサンゼルスオリンピックと同じ出場資格の大会になった。1大会遅れて1992年バルセロナオリンピックから現在まで続く23歳以下の規定が導入された(五輪本大会時点で23歳以下の選手のみの大会。厳密にいえば、五輪前年の12月31日時点で23歳未満の選手のみの大会)。これによりオリンピックにおけるサッカー競技はU-17ワールドカップU-20ワールドカップと並ぶ年代別世界選手権大会の一環として再編成されることになった。

バルセロナオリンピックの観客数が思ったほど伸びなかったIOCはA代表を出場させるよう改めてFIFAに要請したが、FIFAは再度拒否。妥協として1996年アトランタオリンピックから本大会時点で23歳以下の選手という出場資格はそのままで、本大会のみ24歳以上の選手(オーバーエイジ)を最大3人まで加えることができることにした[10]

2009年3月、FIFAは選手の年齢制限を21歳以下に引き下げる方針を定め、同年6月の第59回FIFA総会に諮ることを決定した[14]。IOCは収入が見込める競技の一つである男子サッカーに、世界的に著名な選手が多く出場することを希望し続けており、この年齢制限改訂に対しては五輪競技からの除外[15]や参加チーム数の削減[16]を持ち出して抵抗した。これに対しFIFAは第59回FIFA総会における議題から年齢制限変更案を取り下げ、代替案として「ワールドカップに出場経験のない選手であれば年齢に関わらず出場可能」とする、モスクワオリンピックとほぼ同様[10]の参加資格を提案した[17]。2009年12月のFIFA理事会(2016年2月26日以降FIFA評議会)では、2012年のロンドンオリンピックにおける男子サッカー競技は従来通りの「23歳以下+オーバーエイジ最大3人」で行うこととした。ロンドンオリンピックの次の2016年のリオデジャネイロオリンピックについても、2010年6月の第60回FIFA総会で、従来通りの「23歳以下+オーバーエイジ最大3人」で行うことを決定した[18]

女子編集

女子の競技は1996年アトランタオリンピックで採用され、最初から女子A代表の大会として開始された。

開催方式編集

日程編集

2000年のシドニーオリンピックから、五輪開会式の数日前にサッカー競技のグループリーグが開始されている。ただし、開会式に先行して試合が行われた期間は、公式なオリンピックの開催期間には入れられていない。

オリンピック憲章では「競技実施期間は16日を超えてはならない」とされている[注 4]。1996年のアトランタオリンピックまでは、サッカーも開会式後から日程が組まれていたが、16日間に収めるために中1日の過密日程を強いられていた。夏季オリンピックは北半球の夏に開催されることが多く、暑さによる選手の健康面への悪影響が懸念されていた。そのため、FIFAがIOCと協議し、グループリーグに中2日の間隔を取るため、特例で開会式よりも前にサッカーを開始することがシドニー五輪から認められた[22]

試合会場編集

日程と参加チーム数の関係から、試合会場は広域(主開催都市から数百キロ離れた都市[注 5])に渡る複数の会場で行われることも多い。

ユニフォーム編集

IOCからの通達により、北京オリンピック以降はFIFAワールドカップやその予選、各大陸別選手権などで使う通常の代表用ユニフォームとは別のユニフォームを着用している。胸の各国サッカー協会・連盟マークやサプライヤーのデザイン(アディダスの3本線など)の使用は禁止され、多くは胸に各国旗マークを付けている。ただし各大陸別連盟が主催するオリンピック予選では適用されず、通常のユニフォームが使われる。

男子編集

出場資格編集

オリンピックにおけるサッカー競技に出場する選手には年齢制限が設けられている。規定ではオリンピックが行われる前年の12月31日時点で23歳未満の選手に出場権がある。したがってオリンピック代表のことをしばしばU-23代表と言い換える場合がある。先述の通り、本大会に限り前年の12月31日時点で23歳以上の選手を最大3人まで加えることができる(オーバーエイジ枠)。

大陸別予選でも本大会への出場が可能な選手でチームが構成されるのが基本である(ただし予選では、23歳以上の選手を加える規定は導入されない)。例えばアジア地区予選では、本大会の前々年には21歳未満の選手に、本大会の前年では22歳未満の選手に出場権が与えられる。これらから五輪予選に出場する代表チームをその実施時期に応じてU-21代表U-22代表と呼ぶ場合もある。なお、これに沿わない年齢資格で予選大会が実施される場合もあり(欧州予選、2016年大会までの南米予選など。詳細は後述)、この場合はオリンピック本大会では予選とは異なる年代の選手から代表選手を選出することになる(予選出場選手が本大会で年齢制限超過の場合については、オーバーエイジ枠で出場することは可能)。なお、2020年大会は新型コロナウイルスによる影響で1年の延期が決まったため、当初大会が予定されていた2020年に23歳になった選手も出場可能とする措置が取られた。

予選編集

各大陸別に予選を行う。FIFAワールドカップの予選と同様、各大陸に出場枠が割り当てられ、予選の方式は各大陸のサッカー連盟に方法が一任されている(このため予選の方法が毎回変わることがある)。

U-23の大会となった1992年以降、各大陸別のオリンピック出場枠は以下の通りである。FIFAワールドカップの予選と同様、大陸間プレーオフ枠が設けられる場合もあり、以下の表ではこれを0.5枠で表記する。(H:開催国枠、(W):大陸間プレーオフ勝利、(L):大陸間プレーオフ敗戦)

大会 AFC CAF CONCACAF CONMEBOL OFC UEFA 合計 大陸間プレーオフ
(太字のチームが勝者)
  1992 3 3 2 2 0.5(W) H+4.5(L) 16   AUS 3-3(a)   NED(2試合合計)
  1996 3 3 H+1.5(L) 2 0.5(W) 5 16   AUS 7-2   CAN(2試合合計)
  2000 3 3.5(W) 2 2 H+0.5(L) 4 16   RSA 4-2   NZL(2試合合計)
  2004 3 4 2 2 1 H+3 16
  2008 H+3 3 2 2 1 4 16
  2012 3.5(L) 3.5(W) 2 2 1 H+3 16   SEN 2-0   OMA(1試合)
  2016 3 3 2.5(L) H+1.5(W) 1 4 16   COL 3-2   USA(2試合合計)
  2020 H+3 3 2 2 1 4 16

大陸連盟により、五輪独自の予選を実施する場合と、別の大会が予選を兼ねる場合がある。

  • アジアサッカー連盟(AFC)では、2012年ロンドン大会までは個別の予選を実施していたものの、2016年リオデジャネイロ大会以降は前年のAFC U23アジアカップがオリンピック予選を兼ねている。
  • アフリカサッカー連盟(CAF)は2012年ロンドン大会より、五輪前年のアフリカ U-23ネイションズカップ(実際は大会時点でU-22)がオリンピック予選を兼ねている。
  • 南米サッカー連盟(CONMEBOL)は、2004年までは五輪独自の予選を実施していたものの、2008年から2016年については南米ユース選手権(U-20の大会。2年に一度開催)のうち五輪前年に開催される大会がオリンピック予選を兼ねるものとしていた(五輪出場権を得たチームは、五輪時にU-23になる選手で改めてチームを構成する)。2020年より五輪独自の予選を再開すると発表した[23]
  • 北中米カリブ海サッカー連盟(CONCACAF)では、五輪独自の予選を実施することが通例となっているものの、決勝戦まで実施して優勝チームを決定するなど、大陸選手権としての位置づけもあるフォーマットとなっている(例:2012年ロンドン大会予選)。
  • オセアニアサッカー連盟(OFC)では、2016年リオデジャネイロ大会の予選は前年のパシフィックゲームズサッカー競技が兼ねた。
  • 欧州サッカー連盟(UEFA)はUEFA U-21欧州選手権にオリンピックの予選を兼ねさせている。U-21の名称は予選開始時のレギュレーションによるものであり、予選開始から2年後の本大会では五輪と同じく23歳以下の選手による大会となる。2004年アテネオリンピックまではU-21欧州選手権の本大会と五輪の開催年が重なっており、本大会を戦った選手がそのまま五輪に出ることが多かった。しかし2006-07年大会からはワールドカップとオリンピックの中間年に本大会が開催されるため、本大会を23歳のときに戦った選手は翌年の五輪にはオーバーエイジで加入しない限り出場できない。したがって、現在の欧州の五輪代表はU-21欧州選手権時のメンバーの多くの選手を五輪時にU-23になる選手に入れ替えて五輪に出場している。例えば、2012年ロンドンオリンピックに出場したU-23サッカーベラルーシ代表は、2011年U-21欧州選手権時のメンバーから11人を入れ替えて出場した。

本大会編集

当初は全試合ノックアウトトーナメントで行われていたが、その後1960年ローマオリンピックより1次ラウンドはグループリーグ方式で実施されるようになった。1964年東京オリンピック以降は、1次ラウンドは出場16チームを4チームずつ4組に分けて1回総当りのリーグ戦を行い、各組2位までの8チームでノックアウト方式の決勝トーナメントを行っている。 他の競技ではこのリーグ戦に「予選(preliminary)」という用語が使われるが、サッカーにおいては当初より"First Round"または"First Stage"としており、東京オリンピックの組織委員会および日本蹴球協会はこれに「1次リーグ」という訳語を使用するよう要請した。

女子編集

出場資格編集

女子には年齢制限がない。以前、男子に制限として設けられた、ワールドカップに出場した選手はオリンピックに出場できないという制限も設けられていない。参加国数はFIFA女子ワールドカップより少ない。

予選編集

最初の2大会(1996年アトランタオリンピック2000年シドニーオリンピック)は、それぞれ前年のFIFA女子世界選手権(現:FIFA女子ワールドカップ)が予選を兼ね、上位7チームおよび開催国の計8チームで競技が行われた。2004年アテネオリンピックからは、男子同様に各大陸ごとの予選により出場チームが選出されることになった。男子同様、予選の方式は各大陸のサッカー連盟に一任されている。

各大陸ごとの予選により出場チームが選出されるようになった2004年以降、各大陸別のオリンピック出場枠は以下の通りである。(H:開催国枠、(W):大陸間プレーオフ勝利、(L):大陸間プレーオフ敗戦)

大会 AFC CAF CONCACAF CONMEBOL OFC UEFA 合計 大陸間プレーオフ
(先のチームが勝者)
  2004 2 1 2 1 1 H+2 10
  2008 H+2 1.5(L) 2 1.5(W) 1 3 12   BRA 5-1   GHA(1試合)
  2012 2 2 2 2 1 H+2 12
  2016 2 2 2 H+1 1 3 12
  2020 H+2 1.5(L) 2 1.5(W) 1 3 12   CHI 2-1   CMR(2試合合計)

ヨーロッパ地区については、2004年アテネオリンピック以降もFIFA女子ワールドカップを予選として用いている。ただし方式は変更されており、「ヨーロッパのチームをFIFA女子ワールドカップの成績で順位付けし、オリンピックへの出場チームを決定する」ものとしている。FIFA女子ワールドカップの結果のみで出場チームを決定できなかったため、別途プレーオフを実施した例もある(2008年大会予選2016年大会予選)。

南米地区については2008年北京オリンピックより、オリンピックの2年前に実施されるコパ・アメリカ・フェメニーナが予選を兼ねており、女子ワールドカップ(オリンピック前年に実施)の出場国と同時に決定される。またオセアニア地区については、2020年東京オリンピックと2019年女子ワールドカップの双方の予選大会として2018 OFC女子ネイションズカップを実施した。

結果編集

男子編集

開催年 開催地 決勝戦 3位決定戦 出場
国数
優勝 結果 準優勝 3位 結果 4位
- 1896年   アテネ サッカー競技は非開催 -
1 1900年   パリ   イギリス -----   フランス   ベルギー 3
2 1904年   セントルイス   カナダ -----   アメリカ合衆国1   アメリカ合衆国2 3
3 1908年   ロンドン   イギリス 2 - 0   デンマーク   オランダ 3 - 2   スウェーデン 6
4 1912年   ストックホルム   イギリス 4 - 2   デンマーク   オランダ 9 - 0   フィンランド 11
- 1916年   ベルリン 第一次世界大戦のため中止 -
5 1920年   アントワープ   ベルギー -----[注 6]   スペイン   オランダ -----   フランス 14
6 1924年   パリ   ウルグアイ 3 - 0   スイス   スウェーデン 1 - 1
3 - 1 R
  オランダ 22
7 1928年   アムステルダム   ウルグアイ 1 - 1
2 - 1 R
  アルゼンチン   イタリア 11 - 3   エジプト 17
- 1932年   ロサンゼルス サッカー競技は非開催 -
8 1936年   ベルリン   イタリア 2 - 1   オーストリア   ノルウェー 3 - 2   ポーランド 16
- 1940年   東京 第二次世界大戦のため中止 -
- 1944年   ロンドン 第二次世界大戦のため中止 -
9 1948年   ロンドン   スウェーデン 2 - 1   ユーゴスラビア   デンマーク 5 - 3   イギリス 18
10 1952年   ヘルシンキ   ハンガリー 3 - 2   ユーゴスラビア   スウェーデン 2 - 0   西ドイツ 25
11 1956年   メルボルン   ソビエト連邦 1 - 0   ユーゴスラビア   ブルガリア 3 - 0   インド 11
12 1960年   ローマ   ユーゴスラビア 3 - 1   デンマーク   ハンガリー 2 - 1   イタリア 16
13 1964年   東京   ハンガリー 4 - 1   チェコスロバキア   東西統一ドイツ 3 - 1   アラブ連合共和国 13
14 1968年   メキシコシティ   ハンガリー 4 - 1   ブルガリア   日本 2 - 0   メキシコ 16
15 1972年   ミュンヘン   ポーランド 2 - 1   ハンガリー   ソビエト連邦
  東ドイツ
2 - 2 aet
(両チーム3位)
16
16 1976年   モントリオール   東ドイツ 3 - 1   ポーランド   ソビエト連邦 2 - 0   ブラジル 13
17 1980年   モスクワ   チェコスロバキア 1 - 0   東ドイツ   ソビエト連邦 2 - 0   ユーゴスラビア 16
18 1984年   ロサンゼルス   フランス 2 - 0   ブラジル   ユーゴスラビア 4 - 2 aet   イタリア 16
19 1988年   ソウル   ソビエト連邦 2 - 1   ブラジル   西ドイツ 3 - 0   イタリア 16
U-23
20 1992年   バルセロナ   スペイン 3 - 2   ポーランド   ガーナ 1 - 0   オーストラリア 16
21 1996年   アトランタ   ナイジェリア 3 - 2   アルゼンチン   ブラジル 5 - 0   ポルトガル 16
22 2000年   シドニー   カメルーン 2 - 2 aet
(PK 5 - 3)
  スペイン   チリ 2 - 0   アメリカ合衆国 16
23 2004年   アテネ   アルゼンチン 1 - 0   パラグアイ   イタリア 1 - 0   イラク 16
24 2008年   北京   アルゼンチン 1 - 0   ナイジェリア   ブラジル 3 - 0   ベルギー 16
25 2012年   ロンドン   メキシコ 2 - 1   ブラジル   韓国 2 - 0   日本 16
26 2016年   リオデジャネイロ   ブラジル 1 - 1 aet
(PK 5 - 4)
  ドイツ   ナイジェリア 3 - 2   ホンジュラス 16
27 2020年   東京   ブラジル 2 - 1 aet   スペイン   メキシコ 3 - 1   日本 16

女子編集

開催年 開催地 決勝戦 3位決定戦 出場
国数
優勝 結果 準優勝 3位 結果 4位
1 1996年   アトランタ   アメリカ合衆国 2 - 1   中国   ノルウェー 2 - 0   ブラジル 8
2 2000年   シドニー   ノルウェー 3 - 2 GG   アメリカ合衆国   ドイツ 2 - 0   ブラジル 8
3 2004年   アテネ   アメリカ合衆国 2 - 1 aet   ブラジル   ドイツ 1 - 0   スウェーデン 10
4 2008年   北京   アメリカ合衆国 1 - 0 aet   ブラジル   ドイツ 2 - 0   日本 12
5 2012年   ロンドン   アメリカ合衆国 2 - 1   日本   カナダ 1 - 0   フランス 12
6 2016年   リオデジャネイロ   ドイツ 2 - 1   スウェーデン   カナダ 2 - 1   ブラジル 12
7 2020年   東京   カナダ 1 - 1 aet
(PK 3 - 2)
  スウェーデン   アメリカ合衆国 4 - 3   オーストラリア 12

統計編集

男子編集

国・地域
1   ハンガリー 3 1 1 5
2   イギリス 3 0 0 3
3   ブラジル 2 3 2 7
4   アルゼンチン 2 2 0 4
5   ソビエト連邦 2 0 3 5
6   ウルグアイ 2 0 0 2
7   ユーゴスラビア 1 3 1 5
8   スペイン 1 3 0 4
9   ポーランド 1 2 0 3
10   東ドイツ[国 1] 1 1 2 4
11   ナイジェリア 1 1 1 3
12   チェコスロバキア 1 1 0 2
  フランス 1 1 0 2
14   イタリア 1 0 2 3
  スウェーデン 1 0 2 3
16   ベルギー 1 0 1 2
  メキシコ 1 0 1 2
18   カナダ 1 0 0 1
  カメルーン 1 0 0 1
20   デンマーク 0 3 1 4
21   アメリカ合衆国 0 1 1 2
  ブルガリア 0 1 1 2
  ドイツ[国 2] 0 1 1 2
24   オーストリア 0 1 0 1
  パラグアイ 0 1 0 1
  スイス 0 1 0 1
27   オランダ 0 0 3 3
28   ノルウェー 0 0 1 1
  日本 0 0 1 1
  ガーナ 0 0 1 1
  チリ 0 0 1 1
  韓国 0 0 1 1
27 27 28 82
国・地域 00 04 08 12 20 24 28 36 48 52 56 60 64 68 72 76 80 84 88 92 96 00 04 08 12 16 20 出場
UEFA
  アイルランド Y Y 2
  イギリス 1 1 1 Y Y 4 Y Y Y Y 10
  イスラエル[国 3] Y Y 2
  イタリア Y 4 Y 3 1 Y Y 4 4 4 Y Y Y 3 Y 15
  エストニア Y 1
  オーストリア Y 2 Y Y 4
  オランダ 3 3 3 4 Y Y Y Y 8
  ギリシャ Y Y Y 3
  スイス 2 Y Y 3
  スウェーデン 4 Y Y 3 Y 1 3 Y Y Y 10
  スペイン 2 Y Y Y Y Y 1 Y 2 Y 2 11
  スロバキア Y 1
  セルビア Y 1
  セルビア・モンテネグロ Y 1
  ソビエト連邦 Y 1 3 3 3 1 6
  チェコ Y 1
  チェコスロバキア Y Y 2 Y 1 5
  デンマーク 2 2 Y 3 Y 2 Y Y Y 9
  ドイツ[国 2] Y Y Y 4 Y Y Y 3 2 Y 10
  トルコ Y Y Y Y Y Y 6
  ノルウェー Y Y 3 Y Y 5
  ハンガリー Y Y Y 1 3 1 1 2 Y 9
  東ドイツ[国 1] 3 3 1 2 4
  フィンランド 4 Y Y Y 4
  フランス 2 Y Y Y Y Y Y Y Y Y 1 Y Y 13
  ブルガリア Y Y 3 Y 2 5
  ベラルーシ Y 1
  ベルギー 3 1 Y Y 4 5
  ポーランド Y 4 Y Y 1 2 2 7
  ポルトガル Y 4 Y Y 4
  ユーゴスラビア Y Y Y 2 2 2 1 Y 4 3 Y 11
  ラトビア Y 1
  リトアニア Y 1
  ルーマニア Y Y Y Y 4
  ルクセンブルク Y Y Y Y Y Y 6
  ロシア Y 1
CONMEBOL
  アルゼンチン 2 Y Y Y 2 1 1 Y Y 9
  ウルグアイ 1 1 Y 3
  コロンビア Y Y Y Y Y 5
  チリ Y Y Y 3 4
  パラグアイ Y 2 2
  ブラジル Y Y Y Y Y 4 2 2 3 Y 3 2 1 1 14
  ベネズエラ Y 1
  ペルー Y Y - 2
CONCACAF
  アメリカ合衆国 2[国 4] Y Y Y Y Y Y Y Y Y Y Y 4 Y 14
  エルサルバドル Y 1
  オランダ領アンティル Y 1
  カナダ 1 Y Y 3
  キューバ Y Y 2
  グアテマラ Y Y Y 3
  コスタリカ Y Y Y 3
  ホンジュラス Y Y Y 4 Y 5
  メキシコ Y Y Y 4 Y Y Y Y Y 1 Y 3 12
CAF
  アルジェリア Y Y 2
  エジプト Y Y 4 Y Y Y Y 4 Y Y Y Y 12
  ガーナ Y Y Y 3 Y Y 6
  ガボン Y 1
  カメルーン Y - 1 Y 3
  ギニア Y 1
  コートジボワール Y Y 2
  ザンビア Y Y 2
  スーダン Y 1
  セネガル Y 1
  チュニジア Y Y Y Y 4
  ナイジェリア Y Y Y 1 Y 2 3 7
  マリ Y 1
  南アフリカ Y Y Y 3
  モロッコ Y Y Y Y Y Y Y 7
AFC
  アフガニスタン Y 1
  アラブ首長国連邦 Y 1
  イラク Y Y Y 4 Y 5
  イラン Y Y Y 3
  インド Y Y 4 Y 4
  インドネシア Y 1
  オーストラリア[国 5] Y Y 4 Y Y Y Y Y 8
  カタール Y Y 2
  韓国 Y Y Y Y Y Y Y Y 3 Y Y 11
  北朝鮮 Y 1
  クウェート Y Y Y 3
  サウジアラビア Y Y Y 3
  シリア Y 1
  タイ Y Y 2
  チャイニーズタイペイ Y Y Y 3
  中国 Y Y 2
  日本 Y Y Y 3 Y Y Y Y 4 Y 4 11
  マレーシア Y 1
  ミャンマー[国 6] Y 1
OFC
  ニュージーランド Y Y Y 3
  フィジー Y 1
国・地域 00 04 08 12 20 24 28 36 48 52 56 60 64 68 72 76 80 84 88 92 96 00 04 08 12 16 20 出場
大会別出場国数 3 2 5 11 14 22 17 16 18 25 11 16 14 16 16 13 16 16 16 16 16 16 16 16 16 16 16

女子編集

国・地域
1   アメリカ合衆国 4 1 1 6
2   ドイツ 1 0 3 4
3   カナダ 1 0 2 3
4   ノルウェー 1 0 1 2
5   ブラジル 0 2 0 2
  スウェーデン 0 2 0 2
7   中国 0 1 0 1
  日本 0 1 0 1
7 7 7 21
国・地域 96 00 04 08 12 16 20 出場
UEFA
  イギリス Y Y 2
  ギリシャ Y 1
  オランダ Y 1
  スウェーデン Y Y 4 Y Y 2 2 7
  デンマーク Y 1
  ドイツ Y 3 3 3 1 5
  ノルウェー 3 1 Y 3
  フランス 4 Y 2
CONMEBOL
  アルゼンチン Y 1
  コロンビア Y Y 2
  チリ Y 1
  ブラジル 4 4 2 2 Y 4 Y 7
CONCACAF
  アメリカ合衆国 1 2 1 1 1 Y 3 7
  カナダ Y 3 3 1 4
  メキシコ Y 1
CAF
  カメルーン Y 1
  ザンビア Y 1
  ジンバブエ Y 1
  ナイジェリア Y Y Y 3
  南アフリカ Y Y 2
AFC
  オーストラリア[国 5] Y Y Y 4 4
  北朝鮮 Y Y 2
  中国 2 Y Y Y Y Y 6
  日本 Y Y 4 2 Y 5
OFC
  ニュージーランド Y Y Y Y 4
国・地域 96 00 04 08 12 16 20 出場
大会別出場国数 8 8 10 12 12 12 12

脚注編集

注釈編集

  1. ^ IOCは公式種目採用大会を1900年パリ五輪としているが、FIFAは1908年ロンドン五輪としている。詳しくは歴史節を参照
  2. ^ 名前はイギリス代表だが、メンバーはイングランドアマチュア代表主体
  3. ^ なお、メキシコシティーオリンピックにおける日本の銅メダルは、男子サッカー競技におけるアジア勢初のメダル獲得である。
  4. ^ 2020年版の規則32付属細則[19]。1996年版の規則第36条付属細則では「競技期間は、開会式当日を含めて16日を超えてはならない。[20]」とされていたが、2000年版で「開会式当日を含めて」という文言は削除されている[21]
  5. ^ 2012年のロンドンオリンピックでは、ロンドンから700キロ余り離れたグラスゴーも会場となった
  6. ^ 決勝戦ハーフタイムにおいて、チェコスロバキアが審判に抗議し途中棄権。結果、対戦相手のベルギーの金メダルとチェコスロバキアの失格が決定。その後、スペインとオランダとの間で2位決定戦が行われ、3-1でスペインが勝利。
出場国に関する注釈
  1. ^ a b 1964年は東ドイツが「東西統一ドイツ」として出場した。
  2. ^ a b ドイツの成績は、1956年大会から1988年大会までは「西ドイツ」のものである。このうち、1956年は西ドイツが「東西統一ドイツ」として出場した。
  3. ^ イスラエルは、1976年大会まではアジア(AFC)予選に出場。1988年大会はオセアニア(OFC)予選に出場。1980年-1984年大会と1992年大会以降はヨーロッパ(UEFA)予選に出場。
  4. ^ 1904年大会は、3チーム中2チームがアメリカ合衆国のチームであり、銀メダルと銅メダルを獲得している。
  5. ^ a b オーストラリアは、2004年大会まではオセアニア(OFC)予選に出場。2008年大会以降はアジア(AFC)予選に出場。
  6. ^ 1972年のサッカー競技出場当時の名称は「ビルマ」(「ビルマ」の名称は1988年ソウル大会まで)。

出典編集

  1. ^ スポーツ仲裁裁判所(CAS)北京五輪メッシ招集問題プレスリリース-2008年8月6日
  2. ^ 五輪招集、クラブ義務付け FIFA理事会-MSN産経ニュース2012年3月31日付
  3. ^ FIFA規則-国際サッカー連盟(FIFA)公式HP2012年4月3日閲覧
  4. ^ FIFA、派遣強制に強制力あり-SANSPO.COM2012年4月3日付
  5. ^ FIFA executive vows to improve governance and boost female participation in football”. 国際サッカー連盟 (2015年9月25日). 2015年12月1日閲覧。 “It was also re-confirmed during the meeting that there would be no obligation for clubs to release players for the Men’s Olympic Football Tournament Rio 2016, given that the event is not part of the international match calendar. However, FIFA is asking for support from the clubs to allow players who are called up by their national teams to be given the chance to be part of the Olympic experience.”
  6. ^ サッカー英国統一代表決まる 五輪男子、52年ぶり-朝日新聞デジタル2012年7月3日
  7. ^ 五輪サッカー女子、初の「英国代表」発表 男子は未定 -朝日新聞デジタル2012年6月26日
  8. ^ Goldblatt, David (30 August 2007). The Ball Is Round: A Global History of Football. Penguin Books. p. 243. ISBN 978-0-14-101582-8 
  9. ^ Mallon, Bill; Widlund, Ture (1998). The 1896 Olympic Games. Results for All Competitors in All Events, with Commentary. Jefferson: McFarland. p. 118. ISBN 0-7864-0379-9. https://archive.org/details/resultsofearlymo00mall 
  10. ^ a b c d e 国吉好弘『サッカーマルチ大事典改訂版』2006年4月14日発行
  11. ^ ワールド・カップ物語”. 牛木素吉郎&ビバ!サッカー研究会 (1966年3月). 2013年8月31日閲覧。
  12. ^ 西部謙司. “五輪サッカー男子「歴代優勝国」が興味深い W杯とは異なる“勢力図”と時代背景” (日本語). Football ZONE web. 2021年7月31日閲覧。
  13. ^ オリンピック物語第五部 アマとプロ〈4〉読売新聞-2004年1月24日付
  14. ^ 「五輪サッカー、21歳以下」FIFA IOC承認必要朝日新聞2009年3月21日 2009年4月20日閲覧
  15. ^ FIFA、夏季五輪の男子で年齢制限の改正は先送りに産経新聞2009年6月1日 2009年6月16日閲覧
  16. ^ 「21歳以下ならチーム数削減」サッカー連盟案にIOC反発産経新聞2009年6月13日 2009年6月16日閲覧
  17. ^ FIFA、五輪サッカーでW杯出場選手に規制サンケイスポーツ2009年6月16日 2009年6月16日閲覧
  18. ^ 南アW杯 準決勝に警告持ち越さず スポニチ
  19. ^ オリンピック憲章2020年版 (pdf), (2020), p. 61, https://www.joc.or.jp/olympism/charter/pdf/olympiccharter2020.pdf 
  20. ^ オリンピック憲章 1996年版”. JOC. 2021年7月31日閲覧。
  21. ^ オリンピック憲章2000年版 (pdf), (1999), p. 56, https://www.joc.or.jp/olympism/charter/pdf/olympic_charter.pdf 
  22. ^ なぜサッカーは開幕前に実施? 選手の体調管理が理由-朝日新聞デジタル2012年7月26日
  23. ^ Colombia será sede del Campeonato Sudamericano Preolímpico Sub-23 del 2020”. 南米サッカー連盟 (2018年8月14日). 2018年8月16日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集