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としまえんは、東京都練馬区向山三丁目で、西武グループに属する株式会社豊島園が運営する遊園地

株式会社 豊島園
Toshimaen Co.,Ltd.
Toshimaen main gate 2019-01-13 (2).jpg
入口(2019年1月)
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
176-8531
東京都練馬区向山三丁目25-1
設立 1984年5月26日
(インターベストトレーディング株式会社)
業種 サービス業
法人番号 8011601000652
事業内容 遊園地、クアハウス、運動場、興業場および遊技場の経営など
代表者 依田龍也(代表取締役社長
資本金 1000万円(2018年3月31日現在)
純利益 ▲22万1000円(2018年3月期)
純資産 3632万円(2018年3月31日現在)
総資産 2億9814万7000円
(2018年3月31日現在)
従業員数 134名(2016年4月1日現在)
決算期 3月末日
主要株主 西武鉄道 100%
外部リンク http://www.toshimaen.co.jp/
特記事項:現法人は、2005年3月25日にインターベストトレーディング株式会社が商号変更したもの。詳細は歴史の項を参照。
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目次

概要編集

西武豊島線豊島園駅の北西に隣接している。室町時代に築城された練馬城の城址を中心に造園された。園名は同城を築城し治めた豊島氏に由来している[1]。その園名から誤解されがちであるが、豊島区内或いは北区豊島所在ではなく、練馬区向山三丁目に所在している。ただし、豊島園(としまえん)が開園した当時の地名は、東京府北豊島郡上練馬村であった。

所有者は西武鉄道で、株式会社豊島園へ業務委託をしている[2]

首都圏有数の規模を誇る遊園地であり、各種遊戯施設がある他、春のソメイヨシノ、初夏のアジサイの名所として、或いはプールなどで多くの地域住民が訪れる都会のオアシスとなっている。最近はジャパンコスプレフェスティバルを開催するなどイベント企画も多い。併設のグラウンドは企業、学校の運動会に利用されている。

と緑の遊園地」と自称しているように、園内には水や自然とふれあえる施設が用意されている。

ローカルルールとして、シールを含む入れ墨がある人の入場は禁止としている。

歴史編集

前史編集

石神井川の南側、ウォータースライダー「ハイドロポリス」のある付近はかつて矢野山と呼ばれ、室町時代豊島氏によって築城された練馬城があった。太田道灌との戦いに敗れ廃城となった跡地に再び城が築かれることも無く、雑木林や畑作地となった。後に板橋の「なべや」が同地を所有し、更に上練馬村長の増田が入手した。石神井川の北側は沼地・湿地であったが、後に田地となった。

  • 明治後期 - 練馬城址が豊島公園となる。
  • 1916年大正6年) - 樺太工業(後の王子製紙)専務であった藤田好三郎が自身の静養地として、石神井川南側の12000坪を入手[3]
    景勝地だったため、この間には家屋を建てず自然のままで、休日ごとに家族で訪れていた[3]
  • 1922年(大正12年) - 藤田自身の住居を建てるため、土地の形を整える接続地6000坪を追加入手[3]
    手始めに小さな温室を作り、将来のために庭を造る(後に開園式が行われる日本庭園)[3]
  • 1925年(大正14年)秋 - 藤田好三郎が、石神井川北側の18000坪を入手[3]
    当時石神井川北側は悪田で、川の南北で土地の価値に大きな隔たりがあった。そこで藤田は悪田に池を掘って埋め立てをすれば、立派な土地になると見込み、2年がかりで入手した。しかし時勢が変わり、大邸宅を構えるのは不謹慎と藤田は考え、景勝地を公開して大衆と娯しむこととした[3]

開園後編集

  • 1926年大正15年)9月15日 - 戸野琢磨造園家)の設計により部分開園。当初の名称は「練馬城址 豊島園」[4]
  • 1927年昭和2年)4月29日 - 開園式を日本庭園で挙行。
  • 1931年(昭和6年)11月20日 - 競売にかけられ安田信託銀行(現在のみずほ信託銀行)が自己落札。この後経営者が転々とする。
  • 1937年(昭和12年)5月 - 第1回「森永母の日大会」を開催し、20万人が参加[5]
  • 1941年(昭和16年)11月1日 - 武蔵野鉄道(現在の西武鉄道)が、当時の経営会社である日本企業(社長は小川栄一。後に藤田観光初代社長となる)を吸収合併。
  • 1944年(昭和19年)4月 - 戦況悪化により一時閉園。
    この頃は太平洋戦争であり、空襲に備えて園内の練馬城跡に、練馬監視哨軍事施設)が設置される。
  • 1946年(昭和21年)3月 - 営業再開。
  • 1951年(昭和26年)1月31日 - 株式会社豊島園臨時株主総会により同社は解散し、事業を西武鉄道株式会社が継承することを決議[6]
  • 1952年(昭和27年)9月 - 豊島園ホテル開業。
  • 1953年(昭和28年)2月29日 - 閉館した大橋図書館新宿区若宮町38)の蔵書を引き継いだ堤康次郎が大橋図書館事務所を置く。
  • 1957年(昭和32年)11月22日 - 大橋図書館事務所は財団法人三康図書館と改称する。
  • 1958年(昭和33年)11月23日 - こども劇場を改装し、世界初のインドアスキー場開業。
  • 1959年(昭和34年)9月 - 三康図書館が港区芝公園へ移転する。
  • 1963年(昭和38年)8月23日 - 株式会社豊島園は解散し、事業を西武鉄道株式会社が継承。
    • 10月1日 - 株式会社豊島園を設立。
  • 1964年(昭和39年)4月30日 - 堤康次郎の葬儀を挙行。
  • 1967年(昭和42年) - 花火大会を開始。
  • 1970年(昭和45年)2月16日 - 株式会社ワンダーズを設立(遊園地関連事業運営)。
  • 1974年(昭和49年)7月22日-8月31日 - おはようサイクリングとして早朝開放する。
    • 8月1日 - 初代一日練馬区長の檀ふみがおはようサイクリングに参加。
  • 1976年(昭和51年)1月20日 - 西武鉄道株式会社が、武蔵野地所株式会社を設立し、[7]遊園地資産を保有。
  • 1992年平成4年)8月13日 - 開園前の点検作業中にフライングカーペットで、58歳男性作業員一名がカーペット部分の下敷きになって死亡。
  • 2004年(平成16年) - 夏の花火大会が終了。
    • 10月1日 - 株式会社ワンダーズ(株式会社豊島園の100%子会社で、西武鉄道の曾孫会社)の事業を株式会社豊島園に移管。
      これ以降、としまえんの運営状況の改善と累積損失の解消を目的として、関連企業の再編を実施する。
  • 2005年(平成17年)1月1日 - 株式会社豊島園の従業員は、インターベストトレーディング株式会社(株式会社ワンダーズの100%子会社(西武鉄道の玄孫会社))に全員転籍し、遊園地運営を受託。
    • 2月28日 - 株式会社ワンダーズが解散。
    • 3月22日 - 株式会社豊島園が武蔵野地所株式会社を吸収合併し、同日、商号を武蔵野地所株式会社に変更[7]
    • 3月25日 - インターベストトレーディング株式会社が、株式会社豊島園商号変更。
  • 2010年(平成22年)11月1日 - 武蔵野地所株式会社が西武鉄道へ吸収合併され解散[8]

プール編集

 
ハイドロポリス

としまえんプールは1929年(昭和4年)開業で、園内では1つの名物となっている。

昭和時代、第二次世界大戦前は競泳用プールが在り、慶應義塾大学水泳部がとしまえん(当時は豊島園)で夏季合宿を行っていたこともある[9]

現在では波のプール(1973年(昭和48年)7月14日開業)、流れるプール(1965年(昭和40年)6月19日開業)、ナイヤガラプール(1959年(昭和34年)7月1日開業)、競泳プール(1959年(昭和34年)7月1日開業)などの7つのプールがメインである。

1977年(昭和52年)夏に、小型のウォータースライダー(水の滑り台)を開業し、1988年(昭和63年)7月23日に、23区内では最大規模の大型ウォータースライダー「ハイドロポリス」を開業した。本格的な飛び込み用プール(1959年(昭和34年)7月1日開業)は2006年で営業終了したが、代りにノーティックジェットという一人乗りウォーターシュートが登場した。

またプールが使える夏季には、「水着のまま園内も遊べる」というユニークなシステムも存在している。

主な施設編集

 
カルーセルエルドラド
アトラクション
プール(夏期営業)
7つのプール(波のプール、流れるプールなど)
ハイドロポリス(ウォータースライダー)
ノーティックジェット(小型ウォーターシュート)
温泉
としまえんのもり昆虫館
矢島稔が創設した「豊島園昆虫館」をリニューアルしたもの。約40種類の外国原産の昆虫や、それに関する生物が展示されている。多摩動物公園昆虫園と交流があり、日本の昆虫飼育展示施設としては、初めてオオクワガタ繁殖に成功したことでも知られる。
ASOBRAVO!(アソブラボー!)
屋内型のファミリー向けの遊び場で、ボーネルンドがプロデュースを手掛けている。入園料は不要だが別途利用料が必要で、のりもの1日券や木馬の会パスポートは使用できない。としまえんの休園日でも営業している(原則第3水曜が定休日となっている)。
としまえん4Dシアター(営業終了)
偏光メガネを利用した3D映像とギミックチェアによる急降下、エア噴射、エアチューブなどのギミックを体感できる。
上映時間は数分から十数分程度。作品は以下のとおり。
  • バイオハザード4Dエグゼクタープレミアムバージョン」:2007年6月10日に上映終了。
  • 「爆笑4Dエンタラクション スペースゲーニンズ」:FUJIWARA小林恵美ハイキングウォーキングが出演。上映終了。
  • 「4D零」上映終了。
  • 「プリキュアオールスターズDX 3Dシアター」:2013年3月22日 - 7月14日。上映終了。
  • 「稲川淳二の怪談映画館3D」:2013年7月20日 - 10月27日。上映終了。
  • 「ゲゲゲの鬼太郎 妖怪JAPANラリー3D」:2014年3月21日 - 7月6日。

イベント編集

成人式
練馬区に在住の新成人はここで成人式を行う。かつてはとしまえんの1日フリーパスを渡されていたが、フリーパスの配布は2006年度をもって中止された。
打ち上げ花火
1967年から毎年夏に、週末に打ち上げ花火を上げ、地元の夏の風物詩となり、かなり遠くからでも観ることができた。だが予算の関係や周辺住民への配慮から、毎週末→月に数度→月に1回と回数を減らし、2004年以降は行われていなかったが、2017年に13年ぶりに再開した。

世界初・日本初の施設編集

日本初世界初を以下に並べる。

  • 流れるプール
    1965年(昭和40年)に世界初の流れるプール設置[10]
  • ウォーターシュート
    1927年(昭和2年)に開業した。営業用として日本初。1968年(昭和43年)廃止。なおウォーターシュート自体は、1903年に大阪で開かれた第5回内国勧業博覧会が日本初。
  • ハイドロポリス
    曲線型の大型ウォータースライダーとしては日本初。ウォータースライダー自体は、1963年に船橋ヘルスセンターに設置されたものが日本初。
  • ツイン型フライングパイレーツ
    1984年(昭和59年)4月28日開業。大型のフライングパイレーツとしては日本初。
  • プロペラ駆動(後に電動式に変更)の懸垂型モノレール
    1951年、鉄道技術者の三木忠直が開発したものが日本初。園内でアトラクションとして設営されていた。車両は日立製作所笹戸工場製。ジェットコースターが開発されて引退するまで、「空飛ぶ電車」として好評を博した。日立懸垂式モノレールであり、走行桁上部に設置された案内用の1線の鉄軌道により、走行し、架線は走行桁下部より集電する。架線電圧はDC600Vである。単一方向での環状運転であり、運転台は運転方向にのみ存在する。また、車体前部のプロペラはプロペラ推進計画での名残である。1両での単車運用である。運転台は主幹制御器とブレーキ弁、圧力計のみと旧性能車両の運転台そのものと見える。台車は1車両当たり2基のボギー式である。駆動は吊り掛け式(ノーズサスペンション)。制御器は日立製電磁単位スイッチ式MCD10-1。直列抵抗制御である。制動は抑速発電併用SME。電動機はHS30-1を1台車につき1基、1車両当たり1基を装備する。設計最高速度は40km/h(メーカー車両パンフレットの記載による)であり、実運転速度はこれより低速での運転だったと思われる。また、廃止後の車両動向は一切不明である。また、現在では遺構等も存在しない。

広告編集

博報堂所属のコピーライター岡田直也と、アートディレクター大貫卓也を主軸とするクリエィティヴチームによる、ユニークなキャッチコピーを用いた広告が話題となった。

  • 1980年代初頭 - 「木馬の会」のテレビCMに林家九蔵(現・三遊亭好楽)が出演したことがある。
  • 1986年 - 「プール冷えてます」という広告を掲載[11]。その後日本の広告史に残る名キャッチコピーして、今でも評価が高い。
  • 1989年 - 山崎努が「山崎はいい人だ」というキャッチコピー[12]でCMに出演。
  • 1990年4月1日 - 「史上最低の遊園地。TOSHIMAEN」と題したエイプリルフールの一面広告を新聞に掲載[11]
  • 1992年 - 前年発売された宮沢りえヘアヌード写真集「Santa Fe」にあやかり、「としまえんにサンタフェの扉がやってきた!!」と題した広告を新聞に掲載。
  • 1993年 - バブル崩壊に伴い、景気回復を祈るパロディとして「祈・景気回復[11]、当時発足したJリーグ人気を自虐的に「うらやましいぞ!!Jリーグ」と題した広告を新聞に掲載。
  • 1996年 - 東京都が中止を決定した世界都市博覧会(通称:都市博)が本来行われるはずだったこの年の夏に「とし博開催決定!」と広告を掲載し話題になった。
  • 1997年 - 都営地下鉄12号線(後の大江戸線)の練馬駅 - 新宿駅間が延伸開業したのを機に、「としまえんにすごいマシンがやってくる!! 構想25年、総工費2,600億円、地下最深41.7mを疾走! その名も都営地下鉄12号線」という広告を新聞に掲載。
  • 1998年 - 野村沙知代野村克也<当時ヤクルトスワローズ監督>夫人)を水着姿でポスターに起用し、話題になった。
  • 2005年夏 - 「クール・ビズ」にあやかり、「クール、ミズ。」と題したプールの広告を展開。
  • 2008年 - 都営地下鉄大江戸線のホームに「もうすぐ土曜日」の広告を展開。
  • 2008年夏 - プールに浮かべた浮き輪に乗った温水洋一の写真に「冷し温水。」と題したプールの広告を展開。
  • 2009年夏 - プールサイドにあるデッキチェアに座って日焼けを楽しむやくみつるの写真に「プールで、やく。」と題したプールの広告を展開。
  • 2010年夏 - アイドルグループ「AKB48」にあやかり、プールサイドに集まった48人の水着姿の中年女性(平均年齢48歳)の写真に「TSM48(トシマ・フォーティーエイト)」と題したプールの広告を展開。グループ名は年増(としま)と掛けている[13]
  • 2010-2011年冬 - デーブ・スペクターの顔写真に「一刻も早くすべりたいです[14]と題した屋外スケートリンクの広告を展開。
  • 2011年夏 - 「ALWAYS 三丁目の夕日」と節電、そしてとしまえんの所在地(向山3丁目)[15]にあやかり、「三丁目の節電。」と題したプールの広告を展開。
  • 2012年夏 - ミゲル・ゲレイロの顔写真に「ミゲル、泳ゲル。」と題したプールの広告を展開。
  • 2012-2013年冬 - スキンヘッドになった小島よしおの写真に「ピカピカですね。としまえんイルミネーション」「ツルツルですね。としまえんアイススケート」と題したイルミネーションと屋外スケートリンクの広告を展開。
  • 2013年夏 - 赤いスーツ姿の田原俊彦の写真に「としプー!」と題したプールの広告を展開。
  • 2013-2014年冬 - 赤いスーツ姿[16]の田原俊彦の写真に「としッパ!」と題したイルミネーションの広告を展開。
  • 2014年夏 - プールに浮かべた浮き輪に座り、鍛え上げた肉体を披露するテリー伊藤の写真に「テリ焼き」と題したプールの広告を展開。
  • 2014-2015年冬 - デヴィ・スカルノの写真に「デヴィ、ヒカルノ」と題したイルミネーションの広告と、スケート靴を履いた(手袋、マフラーも着用)イヤミが「シェー!」をしながらジャンプし「183点[17]」と記録されるイラストが描かれた屋外スケートリンクの広告を展開。
  • 2015年夏 - 1965年に世界初の流れるプール設置してから50周年であることを記念し、流れるプールの一部を写した写真を厳かな色彩に加工し、「世界遺産、狙ってます。」とコピーが記された広告を展開。広報によると「明治日本の産業革命遺産の世界遺産登録が世間の話題となっている今、としまえんだって『皆さまに長年愛され続けた歴史的プール』を誇らしげに自慢したい」をコンセプトにしている[18]。ただし、実際には登録申請は行っていない。
  • 2016年夏 - ラッコが気持ち良さそうに泳ぐユルいイラストが話題に。余白を活かしたデザインに手書きのラッコとコピーの「どんぶらっこ〜」もイラストレーターの手書きで表現。ここ数年の路線から想像できないシュールで大胆なアプローチ。同時期に、おそらく世界で初と思われるプールの音だけによるラジオ番組「冷やしラジオ」を一ヶ月にわたって放送。番組の最後に「どんぶらっこの歌」がウクレレをバックに歌われた。
  • 2017年春 - カルーセル・エルドラド110周年を記念して、セオドア・ルーズベルトマリリン・モンローのモノクロ写真をポスターに使用。
  • 2017年夏 - 白い水着を着たマリリン・モンローのカラー写真をポスターに使用。
  • 2017-2018年冬 - 「明治うがい薬」のカバくん友情出演による「うがい 手洗い イルミネーション」「うがい 手洗い アイススケート」と題したイルミネーションと屋外スケートリンクの広告を展開。
  • 2018年度 - トムとジェリーとのコラボによる広告を多数展開。

現在CMは放映されていないが、過去には「暑中見舞い」をテーマに、木にとまったセミがミーンミーンミーンとただひたすらに15秒間鳴き続けるだけのCMや、同様のパターンで、グツグツ煮え立つ鍋料理や、燃えさかるストーブが画面一杯に映され、最後に一言「としまえん」とナレーションが流れ、ロゴが表示されるだけという、当時としてはシュールなテレビCMを流したりしていた。このため視聴者からクレームが多数寄せられたこともある[19]

高田馬場駅には一風変わった広告が、西武とJRのホームの間に、JR側から見えるよう設置されている。

入場料編集

としまえん内に入園する場合は必ず、当日の日付が入っている入場券が必要となる。入場券は、としまえん入り口付近のチケットブースにて購入することができる。隣接する豊島園 庭の湯に入場する際は別に指定されている券が必要となる。

各乗り物の指定料金および園内には現金でしか体験出来ない乗り物や施設がある。

入園券
としまえん内に入園する場合はこの券が必要となる。ただし、乗り物を体験したい場合は各乗り物で設定された分の金額を支払う必要となる。
大人(中学生以上):1,000円/子供(3歳 - 小学生):500円/幼児(3歳未満):無料
コスプレイベントに入場する場合:大人(中学生以上):1,800円/子供(3歳 - 小学生):1,000円(更衣室使用料・カメラ登録料込)
のりもの1日券
入園と園内の乗り物を1日無料で体験できる券。
大人(中学生以上):3,900円/子供(身長110 cm以上):2,900円
コスプレイベント開催時:大人(中学生以上):3,800円(入場料・更衣室使用料・カメラ登録料込)
プール入場券(入園+プール入場)
入園とプールに入れる券。プール営業日のみ販売している。
大人(中学生以上):4,000円/子供(身長110 cm以上):3,000円/子供(身長110 cm未満):2,000円
キッズのりもの1日券
入園と指定された乗り物を1日無料で体験できる券。
大人(付き添い用):2,200円/子供(身長110 cm未満):1,700円
駐車場料金
バイクで入園する場合には車種に応じた分の料金を支払う必要がある。
普通車:1,500円/大型車:2,000円/オートバイ:500円
木馬の会
年間3万円強で、家族4人分の乗り物、プールの入場が自由になるフリーパス制度が用意されている。

アクセス編集

鉄道

バス

事件・事故編集

  • 1992年8月13日:開園前フライングカーペットの試運転をしていた58歳男性作業員が遊具と床の間に挟まれて死亡。
  • 2010年5月7日:フライングカーペットで、遠足中の特別支援学校(埼玉県所沢市)の高等部1年の男子生徒 が転落する事故が発生した。乗客自ら安全バーから足を抜き、異変に気付いた係員が緊急停止を操作するが間に合わず転落。命に別状は無かった。乗客の事故は初めて[20]
  • 2011年3月12日-18日:前日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)とそれに伴う計画停電の影響により、当日の営業を見合すことを発表した。
  • 2011年3月29日ブラワーエンジンにて、都内の福祉施設に通う18歳の女性が乗車中、乗り場のプラットホームとコースターの間に足が挟まり、足の甲などを切るなど3か月間の重傷を負った事故が発生。女性は『怖くなって足を出した』と証言している[21]。この事故の影響により、ブラワーエンジンは2013年3月15日まで休止となった。
  • 2013年8月3日イーグルにて、24歳の女性がゴンドラの安全扉に右足首を挟まれ骨折する事故が発生。係員による安全確認が不十分のまま、扉を閉めた事が原因とされる。

東日本大震災の対応編集

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)を受けて、としまえんでは次のような対応を行った。

  • 2011年3月12日 - 18日
    • 営業休止
  • 2011年3月19日20日[22]
    • 10:00開園、17:00閉園
    • 入園券および機種限定1日券のみの販売、のりもの1日券とキッズのりもの1日券の販売は終日発売せず。
    • 乗り物は「サイクロン」「コークスクリュー」「フライングパイレーツ」「フリュームライド」「イーグル」を除き、運営を行った。
  • 2011年3月21日
    • この日は営業予定だったが、大雨のため終日休園となった。
  • 2011年3月22日 - 通常営業に戻るまで
    • 3月22日・23日は元々休園日のため、終日休園。3月24日は一部の大型遊戯施設を除いての運営を行った。
    • 毎年実施されている桜の開花に合わせ実施している夜桜ウィークは、節電と自粛の影響で中止となった。
  • 2011年夏季の平日
    • 電力使用制限令に伴い、乗り物は「サイクロン」「コークスクリュー」「フライングパイレーツ」「フリュームライド」「イーグル」の営業を終日取りやめた。

東京都による敷地買収・公園整備に関する一連の動き編集

2011年9月9日東京都がとしまえんの敷地を買収し、公園として整備する方針であることが明らかになったと一部マスコミが報じた。これらの報道では東京都は西武グループと近く買収交渉に入るというが[23]西武ホールディングスとしまえんを売却する予定はなく、今まで通り営業を続けるとコメントした[24]

なお、その1年前の2010年9月には、「練馬区がとしまえんの敷地内にサッカースタジアムを建設し、Jリーグ東京ヴェルディなでしこリーグ日テレ・ベレーザがホームスタジアムとする」と報じられており[25]、東京都による買収報道を受けて、これら2つの機能を統合した形となるのではという報道もされている[26]

2011年12月に東京都の都市計画公園・緑地の整備方針が改定され、としまえんの敷地は「練馬城址公園」として優先整備地区に新規設定された[27]。2012年9月に公表された『「練馬城址公園」の整備にかかる考え方』では、既存の遊具施設を一部残しつつも、アニメ・漫画関連施設、防災拠点としての機能を併設したサッカー場などを新設する基本方針が示されている[28]

映画編集

映画 としまえん
監督 高橋浩
脚本 高橋浩
製作 間宮登良松
加藤和夫(企画)
菅谷英智(プロデューサー)
出演者
音楽 海田庄吾
撮影 林淳一郎
編集 大畑英亮
配給 東映ビデオ
公開   2019年5月10日
上映時間 81分
製作国   日本
言語 日本語
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あらすじ編集

大学生の早希は、ある日、高校時代に仲の良かった女友達と一緒にかつてよく遊びに行った遊園地・としまえんを訪れる。 ネットで噂になっていた「としまえんの呪い」があるという古い洋館を見つけた早希たちは、噂を冗談半分で試すが、その直後から恐ろしい現象が次々と起こり、一緒に来ていたメンバーが一人、また一人と次々に消えていく…。 仲間たちを必死に探すうち、早希は呪いが誕生した、恐ろしい過去の秘密を知ってしまう。

キャスト編集

スタッフ編集


脚注編集

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  1. ^ としまえんの歴史”. 公式ホームページ. 2018年12月27日閲覧。
  2. ^ 株式会社西武ホールディングス第8期有価証券報告書 (PDF)”. 西武ホールディングス (2013年6月28日). 2013年8月10日閲覧。[リンク切れ]
  3. ^ a b c d e f 内山正雄、蓑茂寿太郎『東京の遊園地』財団法人東京都公園協会発行、1981年
  4. ^ 【東京探Q】「としまえん」なぜ練馬区に?豊島氏居城跡に遊園地/プールや花壇 当初は公園風『読売新聞』朝刊2018年12月3日(都民面)。
  5. ^ 歴史雑学探偵団『発見!意外に知らない昭和史:誰かに話したくなるあの日の出来事194』64および65ページ、東京書店、2007年、ISBN 9784885740510
  6. ^ 同年2月7日、『官報』第7221号にて公告。
  7. ^ a b c 連結子会社の合併及び解散に関するお知らせ (PDF)”. 西武鉄道 (2009年12月16日). 2013年7月23日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年9月12日閲覧。
  8. ^ 一時期、「東京スカイツリー」の建設現場案や、ナデシコミュージアムなどの建設も検討されたが、両者とも計画は白紙になっている 第160期 貸借対照表・損益計算書(平成23年3月期) (PDF)”. 西武鉄道 (2011年6月24日). 2015年4月28日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年8月3日閲覧。
  9. ^ インターカレヂ合宿日誌 慶應義塾大学水泳部 (PDF) 日本水上競技連盟機関誌『水泳』第3号 1930年12月
  10. ^ 2006.8.24朝日新聞夕刊P4「巨大フォータースライダー登場」
  11. ^ a b c 広告ギャラリー - としまえん
  12. ^ KOTOBAOLOGY年表博報堂
  13. ^ 広告にはAKB48と無関係である旨が記されていたが、AKB48の卒業生でSDN48メンバーの野呂佳代が参加していたため、秋元康公認グループである。
  14. ^ デーブがよく駄洒落を発することから、駄洒落が受けない(スベる)こととスケートとを掛けている。
  15. ^ 広告にはサブフレーズとして「今年の夏は、としまえんプール(練馬区向山三丁目)で涼みましょう。」と記されている。
  16. ^ 夏と同じ衣装だが今回は全身に電飾付き。
  17. ^ 名前の捩り。
  18. ^ としまえん、世界遺産狙う 世界最古の流れるプールで”. 練馬経済新聞 (2015年6月30日). 2015年7月1日閲覧。
  19. ^ 『大貫卓也全仕事』マドラ出版、1992年、ISBN 978-4944079063
  20. ^ “「としまえん」遊具から15歳少年転落 フライングカーペット、数メートル下に”. 産経新聞. (2010年5月7日). オリジナルの2010年5月10日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100510061449/http://sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/100507/dst1005071456004-n1.htm 2010年8月12日閲覧。 
  21. ^ “「としまえん」コースターで女性重傷、足はさまれる「怖くて…」”. 産経新聞. (2011年3月29日). オリジナルの2011年7月13日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110713155014/http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110329/dst11032920380055-n1.htm 2011年3月30日閲覧。 
  22. ^ 3月19日(土)〜21日(月・祝)の営業について[リンク切れ]
  23. ^ “東京都:「としまえん」の敷地買収へ 防災対策で公園整備”. 毎日新聞. (2011年9月9日). http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110910k0000m040086000c.html [リンク切れ]
  24. ^ “東京都、としまえん買収方針 西武HD「売却予定ない」”. 日本経済新聞. (2011年9月9日). http://www.nikkei.com/life/news/article/g=96958A9C93819695E2EBE2E1E08DE2EBE2EBE0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;da=96958A88889DE2E0E3EAEAE7E6E2E0E3E3E0E0E2E2EBE2E2E2E2E2E2 [リンク切れ]
  25. ^ “東京V 練馬区新スタジアムへ移転構想も”. スポーツニッポン. (2010年9月11日). オリジナルの2010年9月11日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100911224014/http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2010/09/11/01.html 
  26. ^ “としまえん敷地に女子の“聖地” 3万人収容スタジアム建設構想”. 中日スポーツ. (2011年9月13日). http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/soccer/news/CK2011091302000074.html [リンク切れ]
  27. ^ 「都市計画公園・緑地の整備方針(改定)」(平成23年12月)第3章第3 重点化した公園・緑地における優先整備区域の設定 (PDF) - 東京都都市整備局
  28. ^ 平成23年度検討のまとめ「練馬城址公園」の整備にかかる考え方 (PDF) - 練馬区

関連項目編集

外部リンク編集

座標: 北緯35度44分42.2秒 東経139度38分43.2秒