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パリ・サンジェルマンFC

パリ・サンジェルマンから転送)

パリ・サン=ジェルマン・フットボール・クルブParis Saint-Germain Football Club, PSG)は、フランスパリに本拠地を置くサッカークラブ。

パリ・サンジェルマンFC
原語表記 Paris Saint-Germain Football Club
愛称 PSG (ピーエスジー)
クラブカラー 紺・赤
創設年 1970年
所属リーグ Ligue de Football Professionnel (LFP)
所属ディビジョン リーグ・アン
ホームタウン パリ
ホームスタジアム Parc des Princes - Tribune Borelli.jpgパルク・デ・プランス
収容人数 47,929
運営法人 カタール投資庁英語版
代表者 カタールの旗 ナーセル・アル=ヘライフィー英語版
監督 ドイツの旗 トーマス・トゥヘル
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

目次

概要編集

1970年8月12日、パリFCスタッド・サン=ジェルマンフランス語版が合併して創設された。1974年以来リーグ・アン(1部、旧ディヴィジョン・アン)に在籍し続けている。リーグ・アンで3回、クープ・ドゥ・フランスで8回、クープ・ドゥ・ラ・リーグで7回、トロフェ・デ・シャンピオンで2回優勝しており、フランスで成功を収めているクラブのひとつである。1995-96シーズンにはUEFAカップウィナーズカップで優勝している。ヨーロッパの主要大会でのタイトル獲得経験があるフランスのクラブは、PSGとオリンピック・マルセイユの2クラブのみである[1]。1994年には国際サッカー歴史統計連盟 (IFFHS) のクラブ世界ランキング1位に選出され、1998年にはUEFAクラブランキングで1位となった[2][3]。PSGはこれらの称号を持つフランス唯一のクラブである。2012年は、IFFHSでは16位、UEFAクラブランキングでは46位にランクインしている[4][5]。サポーターの愛称はサンジェリスタ

1973年以来、48,712人収容のパルク・デ・プランスをホームスタジアムとしている[6][7]。1974年以来、カン・デ・ロッジュを練習施設として使用している[8]。1975年以来、パルク・デ・プランスを開催地としてトゥルヌワ・ドゥ・パリを主催している[9]。マルセイユに対して激しいライバル意識を抱いており、両者の対戦はル・クラスィクと呼ばれる[10]。ライバルのマルセイユに次いで、フランスで2番目にサポーター数が多いクラブである[11]。2011-12シーズンの平均観客数は42,892人であり、リーグ・アン最多だった[12]。最も一般的なスローガンは「Ici c'est Paris」(ここがパリだ)である[13]

クラブのエンブレムは青色を基調とし、中央部分にはパリのシンボルであるエッフェル塔が赤色で描かれている。現在のモデル(8代目)は2013年にデザインされたものであり、それまで塔の足下に置かれていたルイ14世の白色の揺りかごが姿を消した[14][15]。1974年から1978年まではファッションデザイナーのダニエル・エシュテルが会長を務め、ユニフォームはエシュテルによってデザインされた。シャツは紺色をベースとし、白色で縁取られた赤色の縦線が中央部に入っている[16]。特徴的な太い一本線を持っていたAFCアヤックス(オランダ)のユニフォームを参考にデザインされた。女子チーム(パリ・サンジェルマンFC・フェミニン)は1991年から存在する[17]ジャン=ポール・ベルモンド(俳優)、アンリ・サルヴァドール(歌手)、トニー・パーカーミカエル・ピートラス(バスケットボール選手)、ニコラ・サルコジ(第23代フランス大統領)などがパリ・サンジェルマンのファンとして知られている[18]

2014年1月、世界最大の会計事務所である『デロイト』の調査によると、2012-13シーズンのクラブ収入は3億9880万ユーロであり、レアル・マドリードFCバルセロナバイエルン・ミュンヘンマンチェスター・ユナイテッドFCに次ぐ世界5位である[19]

2016年3月13日、4年連続6度目のリーグ優勝が決まり、リーグ・アン史上最速優勝であった[20]

歴史編集

 
パルク・デ・プランスにあるトロフィー壁

1970年代編集

ヨーロッパや南米のサッカークラブは、総合スポーツクラブの一部門として誕生したクラブが多いが、パリ・サンジェルマンの創設過程はこれらのクラブとは異なる。パリに本拠地を置くサッカークラブとしては1896年創立のラシン・クラブ・ド・フランスがあった[21] が、1967年にリーグから脱退してプロサッカー部門を撤収した[18]。1970年8月12日、スタッド・サン=ジェルマンパリFCが合併し、ピエール・エティエンヌ・グヨフランス語版[22] を創設者兼初代会長としてパリ・サンジェルマンFCが設立された。設立時にはジャン=ポール・ベルモンドなどパリ出身の著名人も出資している。しかし、サン=ジェルマン=アン=レーを本拠地としたパリ・サンジェルマンFCに対してパリ市が資金援助を渋ったため、パリ・サンジェルマンFCはアマチュアクラブとして、パリFCはプロクラブとして2クラブが併存した。しかし、パリ・サンジェルマンFCはパリ社交界の著名人を味方につけて急成長し、1973年にはディヴィジョン・アン(1部、現リーグ・アン)に到達した。同時期にはパリFCが衰退したため、パリ・サンジェルマンFCはそれまでパリFCが使用していたパルク・デ・プランスにホームスタジアムを変更し、1970年代末までには躍進の土台となる足元を固めた。

1980年代編集

1981-82シーズンにクープ・ドゥ・フランスで優勝し、クラブ初の主要タイトルを獲得した。1982-83シーズンには同大会で2連覇を果たした。1985-86シーズンにはディヴィジョン・アンで初優勝し、ヨーロッパの舞台へと飛び出した[23]

1990年代編集

1991年5月、有料テレビ局のCanal+によって買収された。Canal+は潤沢な資金をパリ・サンジェルマンに投入し、1990年代はクラブの黄金期となった。1992年にはリベリア代表ジョージ・ウェアフランス代表ダヴィド・ジノラを獲得。1993年には、前年にサンパウロFCインターコンチネンタルカップを制していたブラジル代表ライーを獲得。1993-94シーズンには2度目のリーグ優勝を果たし、ウェアは1995年にバロンドールを受賞した。カメルーンのパトリック・エムボマも2度に渡って在籍したが、出場機会に恵まれなかった。1992年から1998年の間にはUEFAカップウィナーズカップで2回決勝に進出し、1995-96シーズンに優勝した。UEFAチャンピオンズリーグでも1回準決勝に進出し、UEFAカップでは2回準決勝に進出した。国内大会に目を向けても満足のいく成績を残し、1990年代にはクープ・ドゥ・フランスで3回優勝、クープ・ドゥ・ラ・リーグとトロフェ・デ・シャンピオンで2回ずつ優勝を果たした[23]

1995-96シーズンにはユーリ・ジョルカエフが柱となってUEFAカップウィナーズカップを獲得。このシーズンにはジネディーヌ・ジダンを擁するFCジロンダン・ボルドーUEFAカップで準優勝し、FCナントUEFAチャンピオンズリーグでベスト4に入るなど、その後のフランス代表チームの活躍を予感させる年であった。後に、フランス代表は1998 FIFAワールドカップUEFA EURO 2000で優勝を飾っている。

1996-97シーズンは、ユーリ・ジョルカエフをインテルへ放出。ボスマン判決の影響を受けたが、この年に加入したレオナルドの活躍やパトリス・ロコの復調などで戦力低下は免れた。UEFAカップウィナーズカップ決勝進出するもバルセロナ相手に敗れて準優勝。

1997-98シーズンは、レオナルドをACミランへ放出したが、逆にミランからマルコ・シモーネを獲得。リーグでは低迷するもカップ2冠を達成。

1998-99シーズンは、オーガスティン・オコチャクリスティアン・ヴェアンスらが加入したが、新戦力が相次いで期待を裏切り、リーグ、カップ共に低迷した。

1999-2000シーズンは、オコチャをボランチにコンバートしたことでチームのバランスが修復される。リーグでは2位に入ってUEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得。

2000年代編集

2000年にレアル・マドリードからニコラ・アネルカを獲得。2001年にはグレミオFBPA(ブラジル)からロナウジーニョを獲得した。ロナウジーニョは2003年まで在籍し、移籍金3000万ユーロでFCバルセロナ(スペイン)に移籍した。2003年には移籍金1200万ユーロでポルトガル代表ペドロ・パウレタを獲得。パウレタは2008年まで在籍し、2度のリーグ得点王に輝くなど、クラブ通算100得点を達成した。

2000年代前半に獲得したタイトルはわずかひとつ(2003-04シーズンのクープ・ドゥ・フランス)。2004-05シーズンと2005-06シーズンはリーグ戦で9位に転落し、2006年、Canal+は2600万ユーロ(約27億3000万円)の安価でコロニー・キャピタル(不動産投資会社)、バトラー・キャピタル・パートナーズ(個人投資会社)、モルガン・スタンレー(投資銀行)に株式を売却したが、Canal+撤退後には深刻な財政難に陥った[24]。なお、同年にはエミレーツ航空がメインスポンサーとなり、2008年にはスポンサー契約を2014年まで更新している[25]。2006-07シーズンは残留争いに加わって15位に終わり、いずれのカップ戦でも決勝に進めなかった。2007-08シーズンも16位に終わったが、カップ戦では健闘した。クープ・ドゥ・ラ・リーグを制し、クープ・ドゥ・フランスでは決勝に進出したが、リーグ王者のオリンピック・リヨンに敗れて準優勝に終わった。2008-09シーズンは優勝争いに絡んだが、欧州カップ戦出場権を逃す6位に終わった。コロニー・キャピタルがモルガン・スタンレーから95%の株式を購入して筆頭株主となった。2009-10シーズンにはクープ・ドゥ・フランスで8回目の優勝を飾ったが、このシーズンには女子チームも同大会で優勝した。同一クラブの男女チームがクープ・ドゥ・フランスを独占するのはフランス史上初だった[23]

2010年代編集

 
現会長ナーセル・アル=ヘライフィー

2011年5月、カタール投資庁英語版 (QIA) の子会社であるカタール・スポーツ・インベストメント (QSI) がクラブ株式の70%を購入して筆頭株主となった[26]。2012年にはコロニー・キャピタルやバトラー・キャピタル・パートナーズから残りの30%の株式も購入し、QSIが単独株主となった[27]。カタールのタミーム皇太子(現首長)の友人のナーセル・アル=ヘライフィー英語版が会長に就任し、数年間で1億ユーロもの移籍金をチーム強化のために移籍市場に投じることを示唆した[28]。QSIによる買収で、パリ・サンジェルマンはフランスのみならず世界でもっとも裕福なクラブのひとつとなった[29]。かつて選手として在籍し、インテルで監督を務めていたレオナルドをスポーツ・ディレクターとして抜擢。2011年夏には8000万ユーロ近くを投じ、アルゼンチン代表ハビエル・パストーレウルグアイ代表ディエゴ・ルガーノ、フランスのケヴィン・ガメイロジェレミー・メネスイタリア代表サルヴァトーレ・シリグといった実力者を獲得した。特にパストーレ獲得の際には、リーグ・アン史上最高額の移籍金4200万ユーロをUSチッタ・ディ・パレルモ(イタリア)に支払った[30]。2011年12月にはリーグ首位に立っていたが、アントワーヌ・コンブアレ監督を解任し、ACミラン(イタリア)やチェルシーFC(イングランド)でタイトルを獲得したカルロ・アンチェロッティを監督に招聘[24][31]。2012年1月の移籍市場ではマクスウェルアレックスティアゴ・モッタら実力者を獲得し、結局はモンペリエHSCに優勝をさらわれて2位に甘んじたものの、8シーズンぶりとなる好成績を収めた[24][31]

2012年夏には1億5000万ユーロ(約180億円)を投じ、SSCナポリ(イタリア)からエセキエル・ラベッシを、ACミランからブラジル代表のチアゴ・シウバスウェーデン代表ズラタン・イブラヒモビッチといったビッグネームを獲得した[30]。特に、チアゴ・シウバはディフェンダー史上2番目に高額な4200万ユーロの移籍金で獲得した。8年ぶりに出場したCLでは準々決勝でFCバルセロナにアウェーゴール差の僅差で敗れた。リーグ戦では開幕から好調を維持し19年ぶり3度目の優勝を果たした。

2012-13シーズン終了後、アンチェロッティが退任し、前フランス代表監督のローラン・ブランを招聘した。選手では、SSCナポリのFWエディンソン・カバーニ、LOSCリールのDFリュカ・ディニュ、ASローマのDFマルキーニョスを獲得、約1億1000万ユーロを市場に投下し、積極的に補強計画を進めている。 特にカバーニはリーグアン史上最高額の移籍金6500万ユーロ、マルキーニョスは10代のDFとして破格の移籍金3000万ユーロである。

クープ・ドゥ・フランスでは10回戦で2011-12シーズンにリーグ優勝を攫われたモンペリエに敗れたものの、クープ・ドゥ・ラ・リーグでは2007-08シーズン以来6シーズンぶりの優勝を果たした。チャンピオンズリーグでは準々決勝でチェルシーに3-3ながらアウェーゴールの差で敗れベスト8。リーグ戦では昇格1年目ながら、総額で1億4000万ユーロの莫大な資金を投じファルカオハメス・ロドリゲス等を補強したASモナコの抵抗にあったが、2年連続4度目のリーグ優勝。2014年5月10日、第37節の試合が行われ、3-1でLOSCリール・メトロポールに勝利した。この勝利で、2006年にオリンピック・リヨンが樹立したシーズン最多勝ち点84を上回り、最終節のモンペリエ戦も勝利したのでリーグ新記録の勝ち点89を樹立した。またイブラヒモビッチが2年続けて2位に10ゴールの大差をつけて得点王になった。

2014-15シーズンはスタッド・ドゥ・ランスとの開幕戦に引き分けると、トゥールーズエビアンといった格下相手に引き分けて勝ち点を取り零す不安定な戦いが続いた。更にUEFAのファイナンシャルフェアプレーに引っ掛かった影響でチーム強化に使える予算が6,000万ユーロに制限された事で思いの外補強が出来ず、チアゴ・シウバや新戦力で6000万ユーロの大半にあたる4950万ユーロを補強に充てたダビド・ルイスらのブラジル代表メンバーがワールドカップ準決勝でドイツに7-1という衝撃的な大差で敗れた事へのトラウマに苛まれた。また、イブラヒモビッチの影響で右ウィングでの起用に不満を訴えるカバーニも冴えないパフォーマンスに終始する等、主力が不調だったりリヨンやマルセイユが大躍進したのもあってなかなか首位に立てず、一時はブランの解任騒動にまで発展した。そうした中で、一撃必殺のスルーパスに超絶技巧を武器とするパストーレの活躍を皮切りに、怪我や出場停止で最終的に24試合の出場ながらも19ゴールを挙げたイブラヒモビッチら主力もチームも徐々に復調。 チャンピオンズリーグでは昨年敗れたチェルシーとベスト16で対戦し、ブラジル代表センターバック2人の活躍で劇的な展開で勝利しながらも、準々決勝でグループステージでも対戦したFCバルセロナに敗れた。直後のリーグ戦で第30節のロリアン戦から8連勝で突っ走り3年連続5回目のリーグ制覇。他にクープ・ドゥ・フランスは9回戦で2011-12シーズンのリーグ王者・モンペリエ、10回戦で2008-09シーズンのリーグ王者・ボルドー、11回戦で7度の優勝を誇るナント、準々決勝で昨年優勝を争ったモナコ、準決勝ではリーグ・アン最多10回の優勝を誇るASサンテティエンヌ、決勝は準々決勝までは3部のチームや同じリーグ・ドゥのチームを倒し、準決勝でリーグ・アンのEAギャンガンを倒したAJオセールと難敵を次々に倒し5年ぶり9回目の優勝。クープ・ドゥ・ラ・リーグは2011-12シーズンのリーグ・アン王者・リールを準決勝で倒し決勝でバスチアに4-0で快勝。2年連続5回目の優勝を果たし、フランス史上初となる国内三冠。2014-15シーズンの開幕節の前に中立地で一発勝負を行うトロフェ・デ・シャンピオンギャンガンを倒しているので、こちらもフランス史上初の国内4冠も成し遂げた。

2015-16シーズンオフ前に2011-12シーズンにモンペリエのリーグ優勝を支えたベンジャミン・スタンブリレイヴァン・クルザワフランクフルトからやってきたケヴィン・トラップに加え、2013-14シーズンのカバーニに次ぐリーグアン史上歴代2位の6300万ユーロを投じてマンチェスター・ユナイテッドからアンヘル・ディ・マリアを獲得。2015-16シーズンはリーグ戦を無類の強さで独走し、2016年3月13日に8節を残して欧州サッカー史上最速で4シーズン連続のリーグ優勝を決定させた。しかし最大目標と掲げていたチャンピオンズリーグではエースのイブラヒモビッチがインテルやミラン、バルサ時代から指摘されているチャンピオンズリーグでは輝けないというレッテルを剥がせず、4年連続でベスト8の壁を崩せなかった。他にクープ・ドゥ・フランスは決勝でリール倒し2年連続10回目の優勝。クープ・ドゥ・ラ・リーグは決勝でマルセイユに4-2で勝利。3年連続6回目の優勝を果たし、2シーズン連続となる国内三冠。2015-16シーズンの開幕節の前に中立地で一発勝負を行うトロフェ・デ・シャンピオンもリヨンを倒しているので、こちらも2シーズン連続となる国内4冠も成し遂げた。

2016-17シーズンは、ブラン監督を解任し、セビージャFCUEFAヨーロッパリーグ3冠に導いたウナイ・エメリを招聘した。ニースで復活を遂げたハテム・ベン・アルファをフリーで獲得し、他にもトーマス・ムニエグジェゴシュ・クリホビアクヘセ・ロドリゲスを獲得したが、本来の[4-3-3]を土台にしたこれまでの流動的なスタイルからポジションチェンジを制限する[4-2-3-1]のシステムが上手く機能せず、またその[4-2-3-1]が選手に受け入れられず一部の選手の反発を招き、[4-3-3]に戻しても一度失った機能性は回復せず前半戦だけで4敗を喫し順位を落としていく。冬の移籍市場では即戦力としてユリアン・ドラクスラーゴンサロ・ゲデスを獲得。[4-3-3]にフォーメーションを戻してからはトップの位置に入ったカバーニが35ゴールと孤軍奮闘し調子を取り戻して行くもののファルカオやキリアン・ムバッペらを擁するモナコにリーグタイトルを奪われる形となった。チャンピオンズリーグでは因縁のバルセロナ相手に1stレグで4-0の大勝を挙げるも、敵地カンプ・ノウでの2ndレグで3-0(2戦合計4-3)となって後半17分に一度はカバーニのゴールであと3点必要な状況に追い込んだものの、勢いの止まらないMSNネイマールリオネル・メッシルイス・スアレス)を止められずネイマールに終了間際の後半43分とアディショナルタイム1分に続け様に決められるとロスタイムの5分にセルジロベルトに決められて2戦合計1-6と4-0からの大逆転劇を決められベスト16で敗退した。クープ・ドゥ・ラ・リーグは決勝でモナコに4-1で勝利、クープ・ドゥ・フランスは準決勝でモナコを5-0とリーグ5連覇を逃した鬱憤を晴らし決勝では2年前まではリーグ・ドゥに所属し昨年9位だったアンジェSCOに1-0で下しどちらのカップ戦も3連覇を達成した。

2017-18シーズンはユベントスとの契約を解除したダニエウ・アウベスをフリーで、バルセロナからネイマールを史上最高額の移籍金2億2200万ユーロで獲得した。[32]さらにライバルのモナコからキリアン・エムバペを買取オプションのついたレンタルの形で獲得した。[33]その余波を受け、サルヴァトーレ・シリグヘセ・ロドリゲスブレーズ・マテュイディゴンサロ・ゲデスグジェゴシュ・クリホビアクセルジュ・オーリエを放出した。[34][35][36][37][38][39] エムバペとカバーニとネイマールの前線トリオはそれぞれの頭文字をとってMCNと呼ばれ、期待された通りの爆発的な攻撃力によってチームを牽引しリーグ・アンの首位を独走。チャンピオンズリーグでもグループステージで歴代最多得点記録となる25得点を記録し、バイエルン・ミュンヘンを抑えて首位通過するなど史上初の優勝が期待されたが、前年王者との対決となったトーナメント初戦のレアル・マドリード戦では敵地の1stレグで先制するも逃げ切りに失敗して1-3と逆転負けし、逆転を狙ったホームの2ndでも、ネイマールを負傷で欠き、試合途中にマルコ・ヴェッラッティが退場になるなどして優位に立てずに1-2で敗れ、合計スコア2-5で2年連続ベスト16で敗退した。

2018-19シーズンはトーマス・トゥヘルを監督に招聘し、2年契約を締結した[40]

ライバル編集

 
2006年のクープ・ドゥ・フランス決勝におけるPSGのサポーター

ル・クラスィク(ザ・クラシックの意[41]、フランス・ダービーやル・クラシコとも呼ばれる)[42][43] は、PSGとオリンピック・マルセイユの間で行われるダービーマッチの名称である。対戦の名称は、レアル・マドリードFCバルセロナ(ともにスペイン)が対戦するエル・クラシコに由来している。 PSGとマルセイユのライバル意識が1980年代後半から1990年代初頭にかけて激しさを増すと、有料テレビ局でPSGの元オーナー・Canal+とマルセイユのベルナール・タピ会長が両者の対立を煽り、フランス中のサッカーファンにとって興味深い試合に仕立て上げた[44]。 両クラブはスタッド・ヴェロドローム(マルセイユ)とパルク・デ・プランス (PSG) という世界クラスのスタジアムを持ち、白熱した雰囲気や熱烈なサポーターを持つことで名高い。両クラブのサポーターは憎しみ合っており、両クラブサポーターの衝突を防ぐために万全の警備体制が敷かれるが、それでも両者が出会うと暴力事件に事欠かない[45]

それぞれの本拠地であるパリマルセイユは、フランスで最も大きな2都市である。両クラブのタイトル数を合わせると、リーグ・アンで11回優勝、クープ・ドゥ・フランスで18回優勝、クープ・ドゥ・ラ・リーグで7回優勝、トロフェ・デ・シャンピオンで5回優勝している。ヨーロッパの主要大会で優勝経験があるのは、PSG(1995-96シーズンのUEFAカップウィナーズカップ)とマルセイユ(1992-93シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ)のみである。2000年代にオリンピック・リヨンが台頭するまで、両者がリーグ・アンの覇権を握っていた。真に全国的なクラブであり、忠実で情熱的なファンクラブを持ち、ビッグゲームで特別な雰囲気を醸し出すのは、フランスではPSG、マルセイユ、ASサンテティエンヌの3クラブのみである[10]

所有物編集

スタジアム編集

 
パルク・デ・プランス

前身クラブのひとつであるスタッド・サン=ジェルマンカン・デ・ロッジュスタッド・ジョルジュ・ルフェーヴルをホームスタジアムとしており、1970年にパリFCと合併してPSGとなった後も、PSGは1974年までジョルジュ・ルフェーヴルをホームスタジアムとして使用していた[46]。1974年からはトップチームとリザーブチームの練習施設としてカン・デ・ロッジュを使用している。リザーブチームと女子チームはともにジョルジュ・ルフェーヴルをホームスタジアムとしている[8]。カン・デ・ロッジュは2008年に改修された[47]。1973年6月以来、パルク・デ・プランスを使用するクラブはPSGのみである[6]。1973年11月10日、FCレッドスター・サン=トゥアン戦で初めてパルク・デ・プランスを使用した[48]。親会社であるカナル・プリュスは1992年からパルク・デ・プランスの使用許可を有している。1999年、パリ市はスタジアムの使用許可を15年間延長した[6]。2002年、クラブハウスがスタジアムから新ビルに移転した[49]。過去最高の平均観客数を記録したのは1999-2000シーズンであり、1試合平均43,185人を記録した。1982-83シーズンのUEFAカップウィナーズカップ準々決勝・KRCヘンク戦では過去最高の観客数である49,407人を記録した[7]。メインスタンドから見て左側のサイドスタンドはブーローニュ・スタンド、右側のサイドスタンドはオートゥイユ・スタンドと呼ばれる[18]。1985年にはブーローニュ・ボーイズというサポーターグループが結成され、フランス最古のウルトラスとされていたが、2007-08シーズンのクープ・ドゥ・ラ・リーグ決勝でRCランスに対して過激な横断幕を掲げ、内務省が調査に乗り出す事態に発展したため、2008年春に自主解散した[18]

下部組織編集

クラブのリザーブチーム、ユースチーム、女子チームなどは、イル=ド=フランス地域圏サン=ジェルマン=アン=レー(パリの西側郊外)、カン・デ・ロッジュにある練習施設を使用しており、彼らは主に3,500人収容のスタッド・ジョルジュ・ルフェーヴルをホームスタジアムとしている。この施設は高水準の練習を行なったり多くの優れた選手を輩出してきたことでも知られている。下部組織の卒業生にはニコラ・アネルカルイス・フェルナンデスママドゥ・サコーロリック・カナジャン=マルク・ピロルジェジェローム・ルロワなどがいる。Bertrand Reuzeauが施設長を務めている[50]イヴリーヌ県のVerneuil-sur-Seineには15歳以下の選手用の練習施設がある[51]。カン・デ・ロッジュはフランスサッカー連盟 (FFF) によってフランス最高水準の練習施設のひとつと認識されており、2009年にエリートクラスに分類された[52]。パリ・サンジェルマンの下部組織は、クープ・ドゥ・パリで3回、U-19全国選手権で3回、Challenge du Meilleur Club de Jeunesで2回、Championnat DH Parisで1回、クープ・ガンバルデッラで1回、U-17全国選手権で1回、U-16全国選手権で1回、Tournoi Carisportで1回優勝している[50]

女子チーム編集

クラブにはプロの女子チームも存在する。このチームは1991年からパリ・サンジェルマンFCの組織に組み込まれている。カン・デ・ロッジュのStade Georges Lefèvreをホームスタジアムとして使用している。2001年にフランス女子サッカーリーグ2部(ディヴィジオン・ドゥ)で優勝して1部(ディヴィジオン・アン)に昇格した。2009-10シーズンにはクープ・ド・フランス・フェミニンで優勝し、初のメジャータイトルを獲得した。2010-11シーズンのリーグ戦では2位となり、クラブ史上初めてUEFA女子チャンピオンズリーグの出場権を獲得した[17]

トゥルヌワ・ドゥ・パリ編集

パルク・デ・プランスを開催地とし、トゥルヌワ・ドゥ・パリという名称のプレシーズン親善大会を主催している。1957年から1976年まではシーズン閉幕後に開催し、1977年以降はシーズン開幕前に開催している。この大会はAFCアヤックス(オランダ)が主催するアムステルダム・トーナメントアーセナルFC(イングランド)が主催するエミレーツ・カップなどと同等の権威を持つ親善大会であり、Canal+によって放映される。主催クラブを含めて4クラブが出場し、2日間に渡って行なわれる[9]。パリ・サンジェルマン自身は1975年以降継続して出場しており、7回(最多)優勝している。RSCアンデルレヒト(ベルギー)が3回優勝しており、主催クラブ以外では最も優勝回数が多い[53]

タイトル編集

国内タイトル編集

  • リーグ・アン (ディヴィジョン・アン):7回
    • 1985-86, 1993-94, 2012-13, 2013-14, 2014-15, 2015-16, 2017-18

国際タイトル編集

親善大会 (非公式大会)編集

現所属メンバー編集

リーグ・アン 2018-19シーズン 基本フォーメーション
2018年8月31日現在
No. Pos. 選手名
1   GK ジャンルイジ・ブッフォン
2   DF チアゴ・シウヴァ  
3   DF プレスネル・キンペンベ ( )
4   DF ティロ・ケーラー ( )
5   DF マルキーニョス ( )
6   MF マルコ・ヴェッラッティ
7   FW キリアン・エムバペ ( )
9   FW エディンソン・カバーニ ( )
10   FW ネイマール
11   MF アンヘル・ディ・マリア ( )
12   DF トーマス・ムニエ
13   DF ダニエウ・アウヴェス ( )
14   DF フアン・ベルナト
16   GK アルフォンス・アレオラ ( )
No. Pos. 選手名
17   FW エリック・マキシム・シュポ=モティング ( )
19   MF ラッサナ・ディアッラ ( )
20   DF レイヴァン・クルザワ ( )
21   FW ティモシー・ウェア ( )
23   MF ユリアン・ドラクスラー
24   MF クリストファー・エンクンク ( )
25   MF アドリアン・ラビオ
27   FW ムサ・ディアビ ( )
28   MF アントワーヌ・ベルネード
29   MF ヤシン・アドリ ( )
31   DF コラン・ダグバ ( )
34   DF スタンリー・エンソキ ( )
50   GK セバスティアン・シボワ
--   FW ヘセ・ロドリゲス

※括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。

監督

ローン移籍編集

out
No. Pos. 選手名
18   MF ジオヴァニ・ロ・チェルソ (レアル・ベティス)
30   GK ケヴィン・トラップ (アイントラハト・フランクフルト)
40   GK レミ・デシャン (クレルモン・フット)
No. Pos. 選手名
--   MF グジェゴシュ・クリホビアク (FCロコモティフ・モスクワ)
--   MF ガエタン・ロバイユ (ヴァランシエンヌFC)
--   FW サミュエル・エサンド (KASオイペン)

成績編集

シーズン 国内リーグ CF CL TC 欧州カップ 最多得点者
リーグ 順位 選手 得点数
1988-89 ディヴィジョン・アン 2位 38 19 13 6 45 26 +19 70 ベスト16   シュエルプ 17
1989-90 ディヴィジョン・アン 5位 38 18 9 14 50 48 +2 42 ベスト64 UC 2回戦敗退   ヴヨヴィッチ 11
1990-91 ディヴィジョン・アン 9位 38 13 12 13 40 42 -2 38 ベスト16   スシッチ
  ヴヨヴィッチ
11
1991-92 ディヴィジョン・アン 3位 38 15 17 8 43 27 +16 47 ベスト32   ペレズ 13
1992-93 ディヴィジョン・アン 2位 38 20 11 7 61 29 +32 51 優勝 UC ベスト4   ウェア 24
1993-94 ディヴィジョン・アン 1位 38 24 11 3 54 22 +32 59 ベスト8 UCWC ベスト4   ジノラ 20
1994-95 ディヴィジョン・アン 3位 38 20 7 11 58 41 +17 67 優勝 優勝 UCL ベスト4   ウェア 18
1995-96 ディヴィジョン・アン 2位 38 19 11 8 65 36 +29 68 ベスト16 ベスト32 優勝 UCWC 優勝   ジョルカエフ 20
USC 準優勝
1996-97 ディヴィジョン・アン 2位 38 18 13 7 57 31 +26 67 ベスト16 ベスト32 UCWC 準優勝   ロコ 20
1997-98 ディヴィジョン・アン 8位 34 14 8 12 43 35 +8 50 優勝 優勝 UCL グループステージ敗退   シモーネ 22
1998-99 ディヴィジョン・アン 9位 34 10 9 15 34 35 -1 39 ベスト32 ベスト8 優勝 UCWC 1回戦敗退   シモーネ 10
1999-00 ディヴィジョン・アン 2位 34 16 10 8 54 40 +14 58 ベスト16 準優勝   クリスティアン 19
2000-01 ディヴィジョン・アン 9位 34 12 8 14 44 45 -1 44 ベスト32 ベスト32 UCL 2次グループステージ敗退   ロベール 18
2001-02 ディヴィジョン・アン 4位 34 15 13 6 43 24 +19 58 ベスト8 ベスト4 UIC 優勝   ロナウジーニョ 13
UC 3回戦敗退
2002-03 リーグ・アン 11位 38 14 12 12 47 36 +11 54 準優勝 ベスト32 UC 3回戦敗退   ロナウジーニョ 12
2003-04 リーグ・アン 2位 38 22 10 6 50 28 +22 76 優勝 ベスト32   パウレタ 23
2004-05 リーグ・アン 9位 38 12 15 11 40 41 -1 51 ベスト16 ベスト16 準優勝 UCL グループステージ敗退   パウレタ 19
2005-06 リーグ・アン 9位 38 13 13 12 44 38 +6 52 優勝 ベスト16   パウレタ 29
2006-07 リーグ・アン 15位 38 12 12 14 42 42 0 48 ベスト8 ベスト16 準優勝 UC ベスト16   パウレタ 24
2007-08 リーグ・アン 16位 38 10 13 15 37 45 -8 43 準優勝 優勝   パウレタ
  ディアネ
15
2008-09 リーグ・アン 6位 38 19 7 12 49 38 +11 64 ベスト16 ベスト4 UC ベスト8   オアロ 20
2009-10 リーグ・アン 13位 38 12 11 15 50 46 +4 47 優勝 ベスト16   エルディンチ 19
2010-11 リーグ・アン 4位 38 15 15 8 56 41 +15 60 準優勝 ベスト4 準優勝 UEL ベスト16   ネネ
  オアロ
20
2011-12 リーグ・アン 2位 38 23 10 5 75 41 +34 79 ベスト8 ベスト16 UEL グループステージ敗退   ネネ 27
2012-13 リーグ・アン 1位 38 25 8 5 69 23 +46 83 ベスト8 ベスト8 UCL ベスト8   イブラヒモヴィッチ 35
2013-14 リーグ・アン 1位 38 27 8 3 84 23 +61 89 ベスト32 優勝 優勝 UCL ベスト8   イブラヒモヴィッチ 41
2014-15 リーグ・アン 1位 38 24 11 3 83 36 +47 83 優勝 優勝 優勝 UCL ベスト8   カバーニ 31
2015-16 リーグ・アン 1位 38 30 6 2 102 19 +83 96 優勝 優勝 優勝 UCL ベスト8   イブラヒモヴィッチ 50
2016-17 リーグ・アン 2位 38 27 6 5 83 27 +56 87 優勝 優勝 優勝 UCL ベスト16   カバーニ 49
2017-18 リーグ・アン 1位 38 29 6 3 108 29 +79 93 優勝 優勝 優勝 UCL ベスト16   カバーニ 40
2018-19 リーグ・アン 38 優勝 UCL

歴代会長編集

1970年のピエール・エティエンヌ・グヨ初代会長以来、2011年に就任したカタール人のナーセル・アル=ヘライフィー会長までに17人がパリ・サンジェルマンの会長職に就いている[54]。最も成功を収めたチェアマンはベルナール・ブロシャン(1991年 - 2001年)であり、在任期間中に9個の主要タイトル(デニソ会長の獲得タイトルに加えてトロフェ・デ・シャンピオン優勝1回)を獲得した。ブロシャンは歴代最長の在任期間を持つチェアマンでもあり、10年に渡って同職を務めた。2012年からはベノワ・ルソーがチェアマンを務めている[55]

2014年6月6日時点
会長 期間 タイトル 通算
国内 国際
L1 L2 CF CL TC UCL CWC UEL UIC USC FCWC
  ピエール・エティエンヌ・グヨ 1970.8-1971.6
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
  ギー・クレセン 1971.6-1971.12
-
1971
-
-
-
-
-
-
-
-
-
1
  アンリ・パトレイユ 1971.12-1974.6
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
  ダニエル・エシュテルシア 1974.6-1978.14
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
  フランシス・ボレリ 1978.1-1991.5
1986
-
1982, 1983
-
-
-
-
-
-
-
-
3
  ミシェル・デニソ 1991.5-1998.5
1994
-
1993, 1995, 1998
1995, 1998
1995
-
1996
-
-
-
-
8
  シャルル・ビエトリー 1998.5-1998.12
-
-
-
-
1998
-
-
-
-
-
-
1
  ローラン・ペペレ 1998.12-2003.6
-
-
-
-
-
-
-
-
2001
-
-
1
  フランシス・グライユ 2003.6-2005.5
-
-
2004
-
-
-
-
-
-
-
-
1
  ピエール・ブレイユ 2005.5-2006.6
-
-
2006
-
-
-
-
-
-
-
-
1
  アラン・カイザック 2006.6-2008.4
-
-
-
2008
-
-
-
-
-
-
-
1
  シモン・タハー 2008.4-2008.5
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
  シャルル・ヴィルニューブ 2008.5-2009.2
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
  セバスチャンヌ・バザン 2009.2-2009.9
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
  ロビン・レプルー 2009.9-2011.7
-
-
2010
-
-
-
-
-
-
-
-
1
  ベノワ・ルソー 2011.8-2011.11
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
  ナーセル・アル=ヘライフィー 2011.11- 2013, 2014, 2015, 2016, 2018
-
2015, 2016, 2017, 2018 2014, 2015, 2016, 2017, 2018 2013, 2014, 2015, 2016, 2017
-
-
-
-
-
-
19
通算 1970-2018 7 1 12 87 7 0 1 0 1 0 0 37
2010年7月21日時点
チェアマン 期間 タイトル 通算
国内 国外
L1 L2 CF CL TC UCL CWC UEL UIC USC FCWC
  ベルナール・ブロシャン 1991.5-2001.6
1994
-
1993, 1995, 1998
1995, 1998
1995, 1998
-
1996
-
-
-
-
9
  アラン・カイザック 2001.6-2006.6
-
-
2004, 2006
-
-
-
-
-
2001
-
-
3
  シモン・タハー 2006.6-2012.12
-
-
2010
2008
-
-
-
-
-
-
-
2
  ベノワ・ルソー 2012.12-
2013, 2014, 2015
-
2015
2014, 2015
2014
-
-
-
-
-
-
4
通算 1991-2011 3 0 6 4 3 0 1 0 1 0 0 18

歴代監督編集

1970年に初代監督となったピエール・フェリポンに始まり、PSGでは20人以上が監督を務めてきた。ルイス・フェルナンデス監督はクラブ史上最多の5個のタイトルを獲得した。1994-95シーズンのクープ・ドゥ・フランスクープ・ドゥ・ラ・リーグ、1995年のトロフェ・デ・シャンピオン、1995-96シーズンのUEFAカップウィナーズカップ、2001年のUEFAインタートトカップである。在任期間の最長記録はルイス・フェルナンデス監督とジョルジュ・ペロシェ監督の5年間(いずれも2期の通算)であり、采配試合数の最多記録はルイス・フェルナンデス監督の244試合である。2013年からは前フランス代表監督のローラン・ブランが監督を務めている[56]

2016年11月29日時点[57][58]
名前 在任期間 試合数 勝利 引分 敗北 得点 失点 点差 勝率 [A] タイトル 備考
国内 国外
L1 L2 CF CL TC UCL CWC UEL UIC USC
  ピエール・フェリポン 1970-1972 74 30 22 22 112 96 +12 40.54
-
1971
-
-
-
-
-
-
-
-
[B][C]
  ロベール・ビコ 1972-1975 131 66 33 32 267 178 +89 50.38
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
  ジュスト・フォンテーヌ 1973-1976 141 62 38 41 263 209 +54 43.97
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
  ベリボル・バソビッチ 1976-1977,
1978-1979
73 31 14 28 129 116 +13 42.47
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
  ジャン=ミシェル・ラルク 1977-1978 48 17 11 20 88 81 +7 35.42
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
[B]
  ピエール・アロンゾ 1977,
1978,
1979-1980
25 11 7 7 46 31 +15 44.00
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
  ジョルジュ・ペロシェ 1979-1983,
1984-1985
211 100 46 65 350 273 +77 47.39
-
-
1982, 1983
-
-
-
-
-
-
-
  ルシアン・レドック 1983-1984 38 17 12 9 56 39 +17 44.74
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
  クリスティアン・コステ 1985 15 6 6 3 19 21 -2 40.00
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
  ジェラール・ウリエ 1985-1987,
1988
123 55 34 34 150 117 +33 44.72
1986
-
-
-
-
-
-
-
-
-
  エリク・モンバエルツ 1987-1988 8 1 3 4 6 12 -6 12.50
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
  トミスラフ・イヴィッチ 1988-1990 86 41 21 24 111 88 +23 47.67
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
  アンリ・ミシェル 1990-1991 41 15 12 14 42 44 -2 36.59
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
  アルトゥール・ジョルジェ 1991.7-1994.6
1998.10-1999.3
167 84 54 29 235 118 +117 50.30
1994
-
1993
-
-
-
-
-
-
-
  ルイス・フェルナンデ 1994.7-1996.6
2000.12-2003.6
244 125 61 58 360 206 +154 51.23
-
-
1995
1995
1995
-
1996
-
2001
-
[B][D]
  リカルド・ゴメス 1996.7-1998.6 106 54 24 28 167 106 +61 50.94
-
-
1998
1998
-
-
-
-
-
-
[B]
  アラン・ジレス 1998.7-1998.10 11 4 2 5 10 11 -1 36.36
-
-
-
-
1998
-
-
-
-
-
  フィリップ・ベルジュロー 1999.3-2000.12 75 35 16 24 116 101 +15 46.67
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
  ヴァヒド・ハリルホジッチ 2003.7-2005.2 80 36 27 17 100 75 +25 45.00
-
-
2004
-
-
-
-
-
-
-
[B]
  ローラン・フルニエ 2005.2-2005.12 36 17 7 12 47 38 +9 47.22
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
[B]
  ギー・ラコンブ 2005.12-2007.1 55 18 21 16 70 57 +13 32.73
-
-
2006
-
-
-
-
-
-
-
  ポール・ル・グエン 2007.1-2009.6 132 62 30 40 167 127 +40 46.97
-
-
-
2008
-
-
-
-
-
-
[B]
  アントワーヌ・コンブアレ 2009.7-2011.12 134 61 39 34 205 138 +67 45.52
-
-
2010
-
-
-
-
-
-
-
[B]
  カルロ・アンチェロッティ 2011.12-2013.6 77 59 18 10 153 69 +84 76.62
2013
-
-
-
-
-
-
-
-
-
  ローラン・ブラン 2013.6-2016.6 172 126 31 15 390 126 +264 73.26
2014, 2015, 2016
-
2015, 2016
2014, 2015, 2016
2013, 2014, 2015
-
-
-
-
-
  ウナイ・エメリ 2016.6-2018.6 114 87 15 12 76.32
2018
-
2017, 2018
2017, 2018
2016, 2017
-
-
-
-
-
  トーマス・トゥヘル 2018.7-

歴代所属選手編集

GK編集

DF編集

MF編集

FW編集

脚注編集

  1. ^ “Palmares”. パリ・サンジェルマン公式サイト. http://www.psg.fr/en/Club/608001/Palmares 2010年10月12日閲覧。 
  2. ^ “IFFHS Club World Ranking 1994”. IFFHS. http://www.iffhs.de/?eedbca388d8569d817285fdcdc3bfcdc0aec70a21c 2010年10月12日閲覧。 
  3. ^ “UEFA Team Ranking 1998”. XS4ALL. http://www.xs4all.nl/~kassiesa/bert/uefa/data/method1/trank1998.html 2010年10月12日閲覧。 
  4. ^ “IFFHS Club World Ranking”. IFFHS. (2010年9月30日). http://www.iffhs.de/?10f42e00fa2d17f73702fa3016e23c17f7370eff3702bb1c2bbb6f28f53512 2010年10月12日閲覧。 
  5. ^ “UEFA Team Ranking 2012”. XS4ALL. (2011年7月22日). http://kassiesa.home.xs4all.nl/bert/uefa/data/method4/trank2012.html 2011年7月22日閲覧。 
  6. ^ a b c “L'Histoire du Parc”. Le Parc des Princes. オリジナル2012年3月2日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120302162910/http://www.leparcdesprinces.fr/L-histoire.html 2010年10月21日閲覧。 
  7. ^ a b “Parc des Princes Paris”. Stadium and Attendances. http://www.stadium-attendances.com/parc-des-princes-paris.htm 2011年11月22日閲覧。 
  8. ^ a b “Présentation (centre de formation)”. パリ・サンジェルマン公式サイト. http://www.psg.fr/fr/Formation/400001/Presentation-formation 2011年11月27日閲覧。 
  9. ^ a b “Le PSG relance le Tournoi de Paris dès 2010”. PSG MAG. (2009年12月24日). http://www.psgmag.net/1876-Le-PSG-relance-le-Tournoi-de-Paris.html 2012年2月5日閲覧。 
  10. ^ a b “France's passion play”. FIFA. http://www.fifa.com/classicfootball/stories/classicderby/news/newsid=1037223.html#frances+passion+play 2009年10月25日閲覧。 
  11. ^ “Capital gains: well-connected PSG's revival is good for French football”. FourFourTwo. (2011年12月21日). http://fourfourtwo.com/blogs/thefrenchconnection/archive/2011/12/21/capital-gains-well-connected-psg-s-revival-is-good-for-french-football.aspx 2012年2月13日閲覧。 
  12. ^ “Attendances 2011/12”. リーグ・アン公式サイト. http://www.ligue1.com/ligue1/affluences/club 2012年6月8日閲覧。 
  13. ^ “Paris is Earning”. The Classical. (2012年1月11日). http://theclassical.org/articles/paris-is-earning 2012年2月13日閲覧。 
  14. ^ “Blasons, Logos, Écussons du PSG”. PSG70. http://psg70.free.fr/blasons.htm 2010年10月7日閲覧。 
  15. ^ “PSG、新エンブレムを公開”. Goal.com. (2013年2月23日). http://www.goal.com/jp/news/126/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9/2013/02/23/3772472/psg%E6%96%B0%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AC%E3%83%A0%E3%82%92%E5%85%AC%E9%96%8B 2013年2月25日閲覧。 
  16. ^ “Les maillots du PSG depuis 1970”. PSG70. http://psg70.free.fr/maillots.htm 2010年9月29日閲覧。 
  17. ^ a b “Présentation (féminines)”. パリ・サンジェルマン公式サイト. http://www.psg.fr/fr/Feminines/409001/Presentation-feminines 2010年9月30日閲覧。 
  18. ^ a b c d サッカー批評編集部『世界のサッカー応援スタイル』カンゼン、2009年、176-179頁
  19. ^ Deloitte Football Money League 2014 Archived 2014年9月7日, at the Wayback Machine.(2014年1月に国際監査法人『デロイト』が公表した2012-2013シーズンの欧州サッカーのクラブ収入ランキング)
  20. ^ PSG、史上最速優勝でまず1冠 イブラヒモビッチの4ゴールなどで大勝(Goal.com 2016年3月14日閲覧。)
  21. ^ 正確にはパリ郊外のコロンブに本拠地を置いていた。
  22. ^ サッカージャーナリストのフローラン・ダバディはグヨの孫である
  23. ^ a b c “PSG firmly in the pantheon”. FIFA. (2008年10月17日). http://www.fifa.com/classicfootball/clubs/club=33191/index.html 2010年1月19日閲覧。 
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外部リンク編集