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松山千春

日本のフォークシンガー (1955-)

松山 千春(まつやま ちはる、1955年12月16日 - )は、日本男性フォークシンガー北海道足寄郡足寄町出身。身長170cm。体重55kg。血液型O型いて座。主な代表曲に「大空と大地の中で」「季節の中で」「長い夜」「君を忘れない」などがある。

松山千春
出生名 松山千春
生誕 (1955-12-16) 1955年12月16日(63歳)
出身地 日本の旗 日本 北海道足寄郡足寄町
学歴 北海道足寄高等学校
ジャンル フォークソング
ニューミュージック
歌謡曲
J-POP
職業 シンガーソングライター
作詞家
作曲家
担当楽器 ボーカル
ギター
活動期間 1976年 -
レーベル キャニオン・レコード
/AARD-VARK
1977年
キャニオン・レコード
/F-LABEL
1977年 - 1978年
キャニオン・レコード
/F-LABEL, Panta
1979年 - 1980年
NEWSレコード
1980年 - 1985年
ALFAレコード
1985年 - 1992年
日本コロムビア
1992年 - )
事務所 オフィス・ゲンキ
公式サイト 松山千春
岡林信康
加川良

略歴

北海道足寄郡足寄町出身。北海道足寄高等学校卒業。

1975年に「全国フォーク音楽祭」の北海道大会に出場するも落選。

1976年STVラジオの竹田健二[1]ディレクターに見出され、同局の「サンデージャンボスペシャル」内の15分コーナー『千春のひとりうた』でメディアデビュー。

1977年1月25日、「旅立ち」でレコードデビューを果たすが、同年8月27日、二人三脚で歩んできた竹田が急性心不全のため36歳で急逝し、一時失意に陥る。しかしこれが契機となり、同年10月には個人事務所として「オフィス・パンタ」(現在のオフィス・ゲンキ)が設立され(正式な法人設立は1978年1月17日)、松山をバックアップすることになる[1]

1977年10月には『オールナイトニッポン』水曜2部のパーソナリティに起用され、全国区の人気になった。これに伴い『サンデージャンボスペシャル』からは降板した。

1978年4月には月曜1部に昇格し全国区の知名度を更に得るようになる。同年に発売したシングル「季節の中で」が大ヒットしたことで一気にスターダムを駆け上り、以後も多数のヒット曲を出し、ニューミュージック界で確固たる地位を築くに至った。

1980年3月3日、清須邦義加川良と共にNEWSレコードを設立。

1982年7月24日には札幌真駒内屋外競技場にて5万人コンサート「大いなる愛よ夢よ’82」を開催。

1984年には『オレたちひょうきん族』内の『タケちゃんマン』に使用された「ビックリ箱のうた」の作詞・作曲を手がけた。

1985年、NEWSレコード事業解散。それに伴い、レコード会社をALFAレコードに移籍した。同年の12月に結婚し、一児(長女)をもうける。

1992年、日本コロムビアに移籍。

2007年には、コンサート公演回数が2000回に達した。

生い立ち・人物など

 
足寄町にある「千春の家」に掲げられた似顔絵

北海道夕張郡栗山町出身の父・松山明と地元出身の母・美代子の次男(第四子)として足寄に生まれる。「千春」と言う名前は松山の生まれた年にオリンピックで優勝したスキー選手「猪谷千春」にあやかって父親が名付けたもの。姉・弟の三人兄弟。長姉は早世、長兄も肺炎のため3歳で早世している。生後間もなく股関節脱臼と診断され、札幌の北海道大学附属病院に半年間入院。この時に父・明は入院費捻出のため多額の借金を背負うことになり、その後の返済が家計を圧迫。このことが幼少期の人格形成に大きく影響を及ぼしている。その後、足寄西小学校を経て足寄中学校に入学。

フォークソングとの出会いは小学校5年生。姉の影響でピーター・ポール&マリージョーン・バエズブラザース・フォア等を知る。翌年、幼なじみの紹介で知った岡林信康が、足寄で弾き語りのコンサートを開き、聴きに行った松山に強烈なメッセージを与えたことに始まる[2]

父・明は、1954年に足寄町でたった一人で旬刊紙『とかち新聞』を創刊し主筆を務めた人物(なお同紙は1984年に休刊した)。しかし経営(=家計)は苦しく、特に1965年には当時の足寄町長の不正を紙面で取り上げたことで裁判沙汰となり、町長からの圧力で購読者数が大きく減少し、松山も納豆売りをして生活費を稼がねばならないところまで追い込まれた(なおこの裁判1969年にとかち新聞側の勝訴で終わっている)[3]

足寄高校では卒業時に首席となるなど成績は優秀で、担任からは大学進学を勧められていたが、このような苦しい家計を踏まえ「早く働いて父を助けたい」との考えから大学進学を断念している[4]。高校時代はバスケットボール部に所属しており、当時は十勝地区で「シュートの鬼」の異名を取ったという。練習ではフリースローを75回連続で成功させたこともある。しかし当時の十勝地区では帯広柏葉高校が圧倒的な力を持つ強豪として立ちはだかっていたため、足寄高校はいつも地区2位で全道大会進出が叶わなかった[5]

高校卒業後は、北見市に出て、叔父が経営する小料理屋の手伝いとクラブ(ストリップショーも兼業)のバーテン兼照明係を行いながら、叔父から下宿提供等の援助を受け普通自動車免許を取得。さらに合間をみて作詞・作曲を行う。その後一時足寄に戻り、父親の仕事を手伝いながら「フォーク音楽祭」に応募。生涯の“師”と仰ぐ竹田健二と出会うことになる。

1995年11月に父・明が他界、1998年4月には姉がで他界している。

高音でソウルフルな歌唱法と、コード進行の単純な楽曲は、素人でも真似が容易なため、多くの芸能人ものまねのレパートリーにしている。

好きなテレビ番組NHK総合テレビ爆笑オンエアバトル』で、「NHKの深夜にやっている球を転がすお笑い番組が好き」とある番組でコメントしている。

テレビ出演を「出るもんじゃなくって、見るものだから」という理由で拒否していたが、「あなたにはたくさん届いた番組出演のリクエストのハガキに何か答えなければならないはず」というプロデューサー・弟子丸千一郎の言葉に感銘を受け、(TBS系『ザ・ベストテン』の出演を承諾。デビュー以来、テレビに初めて出演。その後、同番組には3回の出演を果たした。かつては滅多にテレビに出ない事を売りにしている側面もあったが、30歳になった1985年頃を境に、一転してバラエティや音楽番組、ニュース、ドラマ等にも頻繁に出演する様になった。また、関西テレビフジテレビ系列の『SMAP×SMAP』に出演した際、「松山が生きている限りは自分以上に歌が上手い歌手は出てこない」と、自分の歌唱力に相当な自信をみせるコメントをしたこともある。

メディア出演を解禁した後もNHK『NHK紅白歌合戦』には「トリなら出る」として出場を辞退し続けている。一方、同じくNHKで放送されているNHKのど自慢にも出演していなかったが、こちらは2015年9月6日と2018年8月5日の放送に出演した。

毒舌キャラで知られる。

地元愛が強く、「北海道を愛するフォーク・シンガーである」というポリシーを持つ。牛肉偽装問題が発覚して大きな騒動を巻き起こした際には北海道「北の食大使・牛肉大使」に任命され、牛肉のPRで全国を飛び回っていた。

スキージャンプの大ファンであり、かつて全日本ジャンプチームに大量の牛肉を差し入れていたほか、ジャンプチームの応援歌として「空-翼を広げて」を製作した。

歌手として売れるようになってからも暫く足寄の実家で生活していたが、現在は普段の生活拠点を札幌に移しており、コンサートで全国を回る際はいつも新千歳空港から出発している。このため、北海道民は空港のロビーで度々目撃している。特に変装することもなく、取り巻きが恐い人ということもなく(大抵はマネージャーと思われる人物が1名いる)、話しかけると、マスメディアで映っている様子と何ら変わらない気さくな人柄(例の独特のなれなれしさと北海道弁丸出し)で応えてくれる。札幌市内でも、よく買い物をする姿は見られているが、店員に対してもいつもの調子で話しかけ、誰かれとなく人を引きつける魅力があるため、北海道民には概ね評判がよい[要出典]。札幌に生活拠点を移した後も、足寄の実家は大事であると考えており、実家のガレージには本人の似顔絵が飾られている。本人は函館稚内といった外れと言った場所でも構わないので、北海道に住み続けたいと語っている。

長らく自由民主党北海道連青年部名誉会長を務め、鈴木宗男明石康らの支援を行なってきたが、鈴木の離党に伴い自らも離党し名誉会長職を辞任。鈴木と共に地域政党新党大地を結党した。新党大地の名付け親は松山であり、「大空と大地の中で」(着うたフル・ゴールド認定、日本レコード協会)は新党大地のテーマ曲である。

同学年であり芸歴では一年後輩のサザンオールスターズ桑田佳祐とはかつては一緒に野球をやっていた仲であった。現在も桑田は松山の才能を認めており、「桑田佳祐のやさしい夜遊び」(TOKYO FM)の企画「桑田佳祐が選ぶ2014邦楽ベスト20」では「歩き出してくれないか」を一位にしている。これについて松山は自身以上にアレンジャーの夏目一朗が喜んでいた事を明かし、「桑田もオレの曲を聴いてくれていたんだな」としみじみ語り、自身も桑田の曲を聴いている事を述べている[6]

2017年8月20日、搭乗した全日空1142便(札幌・新千歳空港発大阪伊丹空港行き)の機内で、客室乗務員に「(Uターンラッシュによる保安検査場の混雑による出発の遅れで)みんなイライラしています」と申し出て、機長の許可を得て機内放送用のマイクで「大空と大地の中で」を歌った。全日空の広報担当者は「松山さんの厚意に感謝したい。」としている[7][8][9]

不祥事

2007年2月12日夜、京都市下京区指定暴力団会津小鉄会の図越利次会長就任10周年記念パーティに招かれ、その場で3曲歌っていたことが京都府警の調べで判明した。この報道を受け、札幌テレビ放送は同年2月18日に予定していた特別番組『松山千春 30年目の旅立ち』の同日の放送を中止し、1976年以来レギュラー番組を持ち続けてきた同局ラジオでは、松山千春 季節の旅人が放送打ち切りとなった。その後、『松山千春のON THE RADIO』をエフエムナックファイブから購入する形で、放送を再開した。

ディスコグラフィ

シングル

発売日 タイトル c/w 形態 オリコン
最高位
キャニオン・レコード / AARD-VARK
1st 1977年1月25日 旅立ち 初恋 EP 74位
キャニオン・レコード / F-LABEL
2nd 1977年6月25日 かざぐるま 銀の雨 EP -
3rd 1977年11月25日 時のいたずら 白い花 EP 29位
4th 1978年4月25日 青春 MY自転車 EP 26位
5th 1978年8月21日 季節の中で 青春II(セカンド) EP 1位
キャニオン・レコード / F-LABEL, Panta
6th 1979年3月21日 卒業 EP 5位
7th 1979年8月21日 夜明け サイクリング EP 5位
8th 1980年1月21日 帰ろうか EP 6位
NEWSレコード
9th 1980年9月21日 人生の空から 雨の夜 EP 4位
海を見つめて
こいこごろ
10th 1981年4月21日 長い夜 わかれ EP 1位
11th 1981年9月21日 ふるさと 風の中 EP 3位
12th 1982年4月21日 夜よ泣かないで 春の足音 EP 4位
13th 1982年9月5日 夢の旅人 二人の季節 EP 3位
14th 1983年3月21日 Sing a Song 涙の街 EP 7位
15th 1983年6月21日 電話 流れ雲 EP 18位
16th 1983年9月21日 流れ星 愛は物語 EP 20位
17th 1984年3月21日 On the Radio 雨の歌 EP 17位
18th 1984年10月21日 男と女 粉雪 EP 22位
ALFAレコード / NEWS
19th 1985年6月25日 ナイト・エンジェル 情熱 EP 23位
20th 1985年11月10日 燃える日々 あふれる愛 EP 29位
21st 1986年4月25日 野良犬 華(HANA) EP 44位
22nd 1986年10月10日 旅路 旅立ち EP 46位
23rd 1987年4月25日 七つちがい あなただけの季節 EP 41位
24th 1987年10月25日 春夏秋冬 ブルース EP 46位
ALFAレコード
25th 1988年5月25日 いつのまにか 幸せ EP 59位
8cmCD
26th 1988年11月10日 愛のぬくもり Trouble EP 40位
8cmCD
27th 1988年12月21日 午前3時 Say EP 77位
8cmCD
28th 1989年4月25日 抱きしめたい ホーム・タウン EP 73位
8cmCD
29th 1989年11月10日 SWAY 希望 8cmCD 75位
30th 1990年4月25日 夏の陽 Lullaby 8cmCD 72位
31st 1990年9月25日 男達の唄 踊り子 8cmCD 48位
32nd 1991年10月21日 純 -愛する者たちへ- 今… 8cmCD 50位
日本コロムビア
33rd 1992年9月1日 INTENTIONAL 陽だまりの中 8cmCD 44位
34th 1993年9月1日 東京 俺の人生 8cmCD 62位
35th 1994年4月21日 生命 風のささやき 8cmCD 99位
36th 1994年10月21日 時計 風は泣いている 8cmCD -
37th 1995年4月21日 夕やけ 8cmCD -
38th 1995年10月21日 泣いてしまいたい それも愛 8cmCD -
39th 1996年4月20日 君を忘れない 今を生きたい 8cmCD 14位
40th 1996年10月19日 あなたのために 10月・雨 8cmCD 55位
41st 1997年5月10日 逢いたくて 愛よ永遠に 8cmCD 80位
42nd 1997年8月30日 ひまわり ねえ君 8cmCD 86位
43rd 1997年11月21日 クリスマス 雪化粧 8cmCD 91位
44th 1998年5月9日 この世で君が一番好き 大空と大地の中で 8cmCD 86位
45th 1998年10月10日 翼を持たない天使 さよなら 8cmCD 72位
46th 1999年5月29日 僕なら ため息をつかせてよ 8cmCD 89位
47th 2000年4月29日 君に soupir 8cmCD 86位
48th 2000年10月21日 遠い愛 僕は君になれない 8cmCD 75位
49th 2001年4月21日 新たなる旅立ち 愛したい 8cmCD 79位
50th 2001年10月21日 宇宙のはるか です。 8cmCD 49位
51st 2002年5月18日 egoist:エゴイスト 受難の時代 12cmCD 53位
コロムビアミュージックエンタテインメント
52nd 2002年10月23日 存在 冬のマリア 12cmCD 39位
53rd 2003年5月21日 都会の天使 兵士の詩 12cmCD 26位
54th 2003年11月5日 最後の涙 君の全てを 12cmCD 58位
55th 2004年5月19日 一輪の花 こもれ陽 12cmCD 37位
56th 2004年11月17日 北風の子守唄 山の向こう 12cmCD 67位
57th 2005年5月18日 青春の街 水溜まり 12cmCD 55位
58th 2006年5月24日 現実 12cmCD 88位
59th 2006年11月1日 祈り 月あかり 12cmCD 55位
60th 2007年5月9日 自壊 青空 12cmCD 43位
宗谷岬
賭け
61st 2007年10月24日 捨石 真冬にサンバ 12cmCD 59位
アヴェマリア
62nd 2008年5月21日 我家 2020年の遺言 12cmCD 40位
激情
夢中
63rd 2008年8月20日 思ひ 君は花 12cmCD 29位
64th 2009年5月20日 ひき潮 涙ポロリ 12cmCD 73位
65th 2010年5月12日 神よ 真夏の一日 12cmCD 39位
66th 慕う 負け犬 12cmCD 32位
日本コロムビア
67th 2010年10月27日 リスペクト 美空ひばり「津軽のふるさと」 - 12cmCD 44位
68th 2011年4月20日 雨の日曜日 I LOVE YOU 12cmCD 37位
69th 2011年10月5日 愛の歌 白い雪は 12cmCD 45位
70th 2012年10月17日 伝言 ふわり ふわり 12cmCD 33位
71st 2013年4月17日 夢破れて尚 君は泣く 12cmCD 43位
72nd 2013年11月6日 最後の恋 愛のさまよい 12cmCD 43位
73rd 2014年4月16日 歩き出してくれないか/生きて - 12cmCD 28位
74th 2014年10月8日 あの日の僕等 生活の中 12cmCD 31位
75th 2015年4月22日 Look me 恋してた 12cmCD 47位
76th 2015年10月14日 真っ直ぐ 冷たい雨 12cmCD 21位
今日を迎える
77th 2017年4月12日 ALL RIGHT 12cmCD 30位
78th 2017年10月18日 初雪 原風景 12cmCD 21位
79th 2018年10月17日 ことば 夜のしじまに 12cmCD 34位
80th 2019年10月9日 かたすみで お前が好きだ 12cmCD TBA

アルバム

オリジナル・アルバム

発売日 タイトル 形態 オリコン
最高位
キャニオン・レコード / F-LABEL
1st 1977年6月25日 君のために作った歌 LP 8位
CT
2nd 1978年1月25日 こんな夜は LP 16位
CT
3rd 1978年10月21日 歩き続ける時 LP 1位
CT
キャニオン・レコード / F-LABEL, Panta
4th 1979年5月21日 空を飛ぶ鳥のように 野を駈ける風のように LP 1位
CT
NEWSレコード
5th 1980年5月5日 浪漫 LP 1位
CT
6th 1980年11月21日 木枯しに抱かれて LP 1位
CT
7th 1981年5月21日 時代をこえて LP 1位
CT
8th 1982年5月21日 大いなる愛よ夢よ LP 1位
CT
9th 1983年5月21日 今、失われたものを求めて LP 1位
CT
10th 1983年11月5日 眠れない時代 LP 1位
CT
11th 1984年5月21日 愛を贈る LP 4位
CT
ALFAレコード / NEWS
12th 1985年7月10日 明日のために LP 4位
CT
13th 1985年11月28日 風の歌がきこえる LP 15位
CT
14th 1986年5月10日 あなたが僕を捜す時 LP 9位
CT
CD
15th 1987年5月10日 あなただけの季節 LP 10位
CT
CD
ALFAレコード
16th 1988年5月25日 自由の彼方へ LP 16位
CT
CD
17th 1988年11月28日 Message LP 13位
CT
CD
18th 1989年4月25日 STANCE LP 19位
CT
CD
19th 1989年11月28日 ISHI LP 30位
CT
CD
20th 1990年11月10日 男達の唄 CD 17位
21st 1991年6月1日 燃える涙 CD 29位
22nd 1991年11月1日 CD 19位
日本コロムビア
23rd 1992年9月21日 挫折 CD 25位
24th 1993年9月21日 夏の終わりに CD 23位
25th 1994年11月21日 24時間 CD 49位
26th 1995年11月1日 勇気ありがとう CD 38位
27th 1996年6月21日 TOUR CD 9位
28th 1997年8月30日 叫び CD -
29th 1998年10月1日 笑っていたい CD -
30th 1999年8月1日 ガリレオ CD -
31st 2000年5月10日 La La La CD -
32nd 2002年5月18日 egoist:エゴイスト 自己中心主義者 CD -
コロムビアミュージックエンタテインメント
33rd 2003年11月5日 風光る CD -
34th 2004年11月17日 冬がやってきた CD -
35th 2006年5月31日 現実 CD 18位
36th 2009年5月20日 偶然と必然 CD 30位
37th 2010年5月12日 ずうっと一緒 CD 12位
[日本コロムビア
38th 2013年11月6日 生きている CD 21位
39th 2015年4月22日 伝えなけりゃ CD 21位
40th 2017年10月18日 愛が全て CD 19位

ベスト・アルバム

発売日 タイトル 形態 オリコン
最高位
キャニオン・レコード / F-LABEL, Panta
1st 1979年11月21日 起承転結 LP 1位
CT
NEWSレコード
2nd 1981年11月21日 起承転結 II LP 1位
CT
3rd 1984年11月21日 起承転結 III LP 19位
CT
CD
ALFAレコード / NEWSレコード
4th 1986年1月25日 メモリアル・コレクションI CD -
5th 1986年10月25日 旅立ち LP 17位
CT
CD
6th 1987年10月25日 起承転結 IV LP 28位
CT
CD
ALFAレコード
7th 1990年4月25日 起承転結 V LP 28位
CT
CD
8th 1992年6月21日 物語/松山千春バラード・セレクション CD 76位
日本コロムビア
9th 1994年4月21日 起承転結 VI CD -
10th 1996年4月20日 風景 CD 8位
11th 1997年3月20日 起承転結 VII CD 39位
12th 1999年4月21日 起承転結8 CD -
13th 2001年3月31日 季節の旅人〜春・夏・秋・冬〜 CD -
14th 2002年10月23日 起承転結9 CD -
コロムビアミュージックエンタテインメント
15th 2005年5月18日 起承転結10 CD -
16th 2008年5月21日 起承転結11 CD 56位
17th 2008年10月1日 プレミアムアルバム 旅立ち〜足寄より〜 CD 49位
18th 2008年10月1日 天才 松山千春のラブバラード CD 50位
日本コロムビア
19th 2010年10月1日 起承転結12 CD 47位
20th 2012年1月25日 35th Anniversary 松山千春の世界 Chiharu Matsuyama Selection CD 16位
21st 2014年4月16日 起承転結13 CD 24位
22nd 2016年4月13日 松山千春の系譜 CD+DVD(初回限定盤) 14位
CD(通常盤)
22nd 2018年10月17日 起承転結14 CD 40位

企画ベスト・アルバム

発売日 タイトル 形態 オリコン
最高位
キャニオン・レコード / F-LABEL
1984年2月10日 THE BEST OF 松山千春 LP -
キャニオン・レコード
1985年9月21日 THE BEST CD -
1987年10月21日 松山千春 BEST CD -
ポニー
1986年10月21日 SUPER BEST CD -
1986年12月15日 NON-STOP 松山千春 CD -
ポニーキャニオン
1989年1月21日 想い BEST HITS16 CD -
1989年11月21日 松山千春 BEST COLLECTION16 CD -
1990年11月21日 ベストコレクション CD -
1991年11月21日 ベスト CD -
1992年11月20日 ソングライター・ルネッサンス CD -
1993年11月19日 松山千春ベストセレクション 〜季節の中で〜 CD -
1993年11月19日 ANTHOLOGY 〜季節の中で〜 CD -
1994年9月21日 スーパーベスト 松山千春 CD -
1996年4月19日 BEST HITS 14 CD -
1996年8月21日 大源流 〜The Early Hit Songs〜 CD -
ANTHOLOGY 〜SINGLE COLLECTION〜 CD
1997年12月17日 Greatest Hits CD -
1999年3月17日 オリジナルセレクション「風の詩」 CD -
2002年4月17日 松山千春 BEST CD -
2003年3月19日 ベスト32 CD -
2004年4月21日 シングルAB面コレクション CD -
2005年10月19日 松山千春 スーパー・ベスト・コレクション CD 84位
2007年6月19日 松山千春 ベストヒット CD -
2008年2月20日 ベスト・コレクション32 CD 223位
2008年7月16日 松山千春 ベスト・コレクション CD -
2009年9月16日 Super Best 34 CD -
2010年9月15日 シングルAB面コレクション カラオケ付ベスト CD -
2011年2月16日 松山千春 ゴールデン☆ベスト CD -
2012年3月21日 松山千春ベスト35 CD -
2013年5月15日 ザ・プレミアムベスト 松山千春 CD -
2015年6月17日 プラチナムベスト 松山千春 UHQCD[10] 77位
日本コロムビア
2018年7月13日 松山千春ベストコレクション 〜THE LATEST COLLECTIONS〜 CD -

インストメンタル・アルバム

発売日 タイトル 形態 オリコン
最高位
NEWSレコード
1st 1982年2月25日 私からの手紙 -MY LIFE LP 1位

カバーアルバム

発売日 タイトル 形態 オリコン
最高位
コロムビアミュージックエンタテインメント
1st 2006年5月31日 再生 CD 12位
日本コロムビア
2nd 2018年4月25日 北のうたたち CD 36位

企画アルバム

発売日 タイトル 形態 発売元 オリコン
最高位
1st 1983年12月21日 出逢い-ルフェーブル meets 千春 LP ロンドンレコード -
CD
CT NEWSレコード

ライブ・アルバム

発売日 タイトル 形態 オリコン
最高位
NEWSレコード
1st 1982年11月21日 STAGE 7-24-1982 MAKOMANAI SAPPORO LP 1位
コロムビアミュージックエンタテインメント
2nd 2001年8月22日 CHIHARU MATSUYAMA LIVE BOX 1980-1999“O・I・RA” CD BOX -
3rd 2009年10月21日 松山千春 LIVE 「風をうけて」〜1980.9 東京・NHKホール〜 CD -
4th 松山千春 LIVE 「時代をこえて」〜1981.6 東京・日比谷野外音楽堂〜 CD -
5th 松山千春 LIVE 「大いなる愛よ夢よ」〜1982.7 札幌・真駒内屋外競技場〜 CD -
6th 松山千春 LIVE 「俺の人生'97」〜1997.8 札幌・芸術の森野外ステージ〜 CD -
7th 松山千春 LIVE 「もうひとりのガリレオ」〜1999.8 東京・恵比寿ガーデンホール〜 CD -

映像作品

発売日 タイトル 形態 発売元
1st 1986年11月28日 松山千春 10th MEMORIAL VIDEO「旅立ち」 VHS ALFAレコード
2nd 1988年11月25日 STAGE 7-24-1982 MAKOMANAI SAPPORO VHS (有)ディスク
βマックス
3rd 起承転結 LD パイオニアLDC
4th 1990年9月10日 CHIHARU.M Visual Message 昨日・今日・明日 VHS ALFAレコード
LD
5th 1994年10月21日 LIVE MESSAGE 俺の人生 VHS 日本コロムビア
6th 1995年11月1日 松山千春 VIDEO COLLECTION Vol.1 STAGE
7th 松山千春 VIDEO COLLECTION Vol.2 旅立ち
8th 1998年1月25日 1/21 MATSUYAMA THIHARU COLLECTION 1997
9th 1998年1月25日 MATSUYAMA THIHARU COLLECTION 1999 もうひとりのガリレオ
10th 2000年8月19日 松山千春1998横浜アリーナ
11th 2006年1月24日 松山千春デビュー30周年記念コンサート2006「再生」 DVD コロムビアミュージックエンタテインメント
12th 2007年4月25日 松山千春 ビデオクリップ集
13th 2010年10月1日 東京厚生年金会館ファイナル ファイナリスト 松山千春 日本コロムビア
14th 2013年1月25日 デビュー35周年記念 松山千春 Summer Live In 十勝 DVD
Blu-ray
15th 2016年12月16日 松山千春 40周年記念弾き語りライブ 日本武道館 2016.8.8 DVD
Blu-ray
16th 2018年1月25日 松山千春コンサート・ツアー2018「弾き語り」2018.6.27 ニトリ文化ホール DVD
Blu-ray

タイアップ一覧

楽曲 タイアップ 収録作品
大空と大地の中で 「ミルクランド北海道」キャンペーンソング アルバム『君のために作った歌
雪印乳業「ウィンターギフト」CMソング
新党大地イメージソング
フジテレビ系ドラマ『みにくいアヒルの子』挿入歌
セイコーマート「セイコーマートの牛乳」CMソング
足寄より TBSドラマチック22『改札口・'90北海道秋物語 -帰省編』主題歌・挿入歌
季節の中で グリコ「アーモンドチョコレート」CMソング シングル「季節の中で
JRグループ「ナイスミディパス」CMソング
JR東日本「東京NEXT」CMソング
TBS系ドラマチック22『改札口・'90北海道秋物語 -帰省編』主題歌
雪化粧 コロナ暖房機器「SPACE21シリーズ」CMソング アルバム『歩き続ける時
生きがい 日本航空「秋の北海道キャンペーン」CMソング アルバム『空を飛ぶ鳥のように 野を駈ける風のように
夜明け NHK銀河テレビ小説「家族日記」主題歌 シングル「季節の中で
NHK銀河テレビ小説「海を渡って」主題歌
残照 TBS系ドラマ『三男三女婿一匹』主題歌 アルバム『浪漫
フジテレビ系ドラマ『北の国から』挿入歌
風の詩 日本コカ・コーラファンタ」CMソング
インストゥルメンタル ミズノ・スポーツ「ラッセル」CMソング 未音源化
コカ・コーラ「ファンタ」CMソング アルバム『時代をこえて
大いなる愛よ夢よ ホクレン農業協同組合連合会企業イメージ広告 アルバム『大いなる愛よ夢よ
ばんえい競馬CMソング
札幌テレビドキュメンタリー番組「彼方にはフロンティア」テーマ曲
Sing a Song 日本コカ・コーラ「コカ・コーラ」CMソング シングル「Sing a Song
Only You TBS系ドラマ『看護婦日記 パートI』主題歌 アルバム『今、失われたものを求めて
流れ星 TBS系ドラマ『胸さわぐ苺たち』主題歌 シングル「流れ星
眠れない時代 テレビ朝日系『稲尾Q談』テーマ曲 アルバム『今、失われたものを求めて
On the Radio NACK5松山千春のON THE RADIO』テーマソング シングル「On the Radio
男と女 テレビ朝日系ドラマ『私鉄沿線97分署』オープニングテーマ シングル「男と女
粉雪 テレビ朝日系ドラマ『私鉄沿線97分署』エンディングテーマ
あなただけの季節 野村證券「野村のエース」CMソング シングル「七つちがい
春夏秋冬 サッポロビールサッポロクラシック」CMソング シングル「春夏秋冬
幸せ アサヒ緑健「緑効青汁」CMソング シングル「いつのまにか
愛のぬくもり 明治乳業「明治ラブ・エース」CMソング シングル「愛のぬくもり
流浪 TBS系ドラマチック22『改札口・'90北海道秋物語 -帰省編』主題歌・挿入歌 アルバム『Message
抱きしめたい TBS系『世界・ふしぎ発見!』エンディングテーマ シングル「抱きしめたい
燃える涙 関西テレビ制作・フジテレビ系ドラマ『千代の富士物語』主題歌 アルバム『燃える涙
関西テレビ制作・フジテレビ系ドラマ『千代の富士物語II』主題歌
新成トラスト「ゆとりing。・スワンズマンション」CMソング
純 -愛する者たちへ- 東映映画『極道戦争 武闘派』主題歌 シングル「純 -愛する者たちへ-」
INTENTIONAL 味の素ほんだし」CMソング シングル「INTENTIONAL」
夕暮れ時の町 アルバム『挫折
生命 住友生命「愛&愛」CMソング シングル「生命」
さくら不動産 CMソング
君を忘れない フジテレビ系ドラマ「みにくいアヒルの子」主題歌 シングル「君を忘れない
アサヒ緑健「緑効青汁」CMソング
ねえ君 JR北海道「ダイヤ改正・スーパーおおぞら」CMソング アルバム『TOUR
あなたのために コロナ暖房機器「床暖パルスシリーズ」CMソング シングル「あなたのために」
さよなら テレビ朝日系ドラマ『新選組血風録』主題歌 シングル「翼を持たない天使」
ため息をつかせてよ 映画『ジャイブ 海風に吹かれて』エンディングテーマ アルバム『ガリレオ』
君に フジテレビ系ヒューマン・ドラマスペシャル『最後のストライク〜炎のストッパー津田恒美・愛と死を見つめた直球人生〜』主題歌 シングル「君に」
新たなる旅立ち 北海道文化放送のりゆきのトークDE北海道』テーマ曲 シングル「新たなる旅立ち」
です。 ハウス食品「北海道シチュー・北海道グラタン」CMソング シングル「宇宙のはるか」
一輪の花 テレビ朝日系月曜時代劇銭形平次』主題歌 シングル「一輪の花」
北風の子守唄 北海道文化放送『のりゆきのトークDE北海道』テーマ曲 アルバム『冬がやってきた』
祈り 朝日放送ホップ!ステップ!シャンプー!』エンディングテーマ シングル「祈り」
申し訳ない テレビ朝日系火曜時代劇太閤記〜天下を獲った男・秀吉』主題歌 アルバム『現実』
オロオロ 札幌テレビ放送ドキュメンタリー番組「神々の住む森」テーマ曲
青空 アサヒ緑健「緑効青汁」CMソング シングル「自壊」
我家 映画『旅立ち〜足寄より〜』主題歌 シングル「自壊」
思ひ 日本テレビ系開局55年記念特別ドラマ『霧の火 樺太・真岡郵便局に散った九人の乙女たち』主題歌 シングル「思ひ」
自分なりに ニッポン放送ショウアップナイター』エンディングテーマ アルバム『偶然と必然』
生きております アサヒ緑健「緑効青汁」CMソング
小さな幸せ 愛グループ「日本セレモニー・典礼会館」「あいプラン・やわらぎ」CMソング アルバム『ずうっと一緒』
慕う テレビ東京系『開運!なんでも鑑定団』エンディングテーマ シングル「慕う」
歩き出してくれないか ニッポン放送THEラジオパーク in 日比谷』イメージソング シングル「歩き出してくれないか/生きて」
かたすみで テレビ東京系『開運!なんでも鑑定団』エンディングテーマ シングル「かたすみで」

参考補足

未音源化発表曲[11]
  • 君と僕とのレッセッセ(1977)
  • スターになれない(1977)
  • 街に灯りともる頃(1977)
  • センチメンタルに(1977)
  • にわか雨(1977)
  • 青春の坂道(1977)
  • 強くなりたい(1977)
  • ぶらぶら(1977)
  • 北風うけて(1978)
  • オホーツク(旧)(1979)
  • 春になれば(1979)
  • 忘れてしまおう(1979)
  • 君だけを(1979)
  • 四季(1979)
  • おいら(1981)
  • 君がいる僕がいる(1981)
  • あんた(1982)
  • 道(旧)(1984)
  • 父へ(1986)
  • 夜汽車に揺られて(1988)
  • Good Night(1989)
  • 南風(1990)
  • 煙草(1993)
  • なぜなんだ(2003)

著書

再編集文庫版「春・人間論」「夏・人物論」「秋・対談集」「冬・社会論」(2005年1月、扶桑社)
共著
  • 『CDブック愛の哲学 松山千春デビュー40周年記念スペシャル』佐藤優共著 アスコム 2016

コラム連載・月刊誌

  • 天才松山千春 とにかく言わせろ(2008年1月5日 - 2月26日、全32回。東京スポーツ
  • 月刊松山「SAGA」サーガ(2001年1月 - 2004年9月、全19冊、TOKYO FM出版 → アミューズブックス
  • 松山千春責任編集月刊松山「捨石」(2007年8月 - 2009年6月まで9冊、以降休刊中 アスコム

ラジオ番組

レギュラー番組のみ記載、単発番組は除く

番組名 キーステーション 期間
千春のひとりうた(コーナー枠) STVラジオ 1976年4月 - 1977年10月
アタックヤング月曜深夜 1977年4月 - 1978年3月
オールナイトニッポン木曜二部 ニッポン放送 1977年10月 - 1978年3月
オールナイトニッポン月曜一部 1978年4月 - 1979年3月
アタックヤング水曜深夜 STVラジオ 1978年4月 - 1979年4月
ひとつぶの青春 FM東京 1978年10月 - 1979年9月
松山千春の今夜はきめよう! STVラジオ 1979年4月 - 1980年10月
オールナイトニッポン火曜一部 ニッポン放送 1980年4月 - 1981年3月
松山千春の今夜はきめよう! partII STVラジオ 1981年4月 - 1982年4月
松山千春のワンダーランド 朝から最高 ニッポン放送 1982年4月 - 1983年4月
松山千春のポテトタイム STVラジオ 1982年4月 - 1983年4月
松山千春のMY LIFE & MY TALK 1983年4月 - 1986年4月
松山千春 スターダストタイム 1986年4月 - 1987年4月
松山千春 風にのせて 1987年4月 - 2001年4月
松山千春・おまたせ! 10分 文化放送 1996年4月 - 1996年9月
松山千春のオールナイトニッポンDX ニッポン放送 1997年10月 - 1998年3月
松山千春 君に勇気ありがとう 1998年4月 - 1998年9月
松山千春のスーパーミュージック・スタジアム 2000年10月 - 2001年3月
松山千春 季節の旅人 STVラジオ 2001年4月 - 2007年2月
松山千春 新たなる旅立ち〜21世紀の君に勇気ありがとう〜 ニッポン放送 2001年10月 - 2002年3月
松山千春のON THE RADIO FM NACK5 2007年7月 - 現在

バラエティー番組

レギュラー番組のみ記載、単発番組は除く

番組名 キーステーション 期間
ハロー!ミッドナイト TBS 1984年10月 - 1985年3月

出演映画

極道戦争 武闘派東映
映画初出演。第15回日本アカデミー賞優秀助演男優賞・新人俳優賞受賞。中井貴一との共演。

自伝映画「旅立ち〜足寄より〜」

2008年11月22日より北海道にて先行上映され、以降全国へ公開された。配給はプラスミック・シーエフピー。主題歌は松山千春の「我家」。監督は今井和久、脚本は鴨義信。

主な交友関係・関連人物 (50音順)

明石康…元国連事務次長
自民党推薦、連立政権を組む小沢自由党都連、半年後に連立入りする公明党都本部推薦で1999年東京都知事選挙に出馬の際、応援。鈴木宗男離党前は自民党の積極的な支持者だった。
荒井正吾奈良県知事
共通の知人を介して約10年前からの知り合い。奈良県庁を表敬訪問した際、「関西広域連合について、橋下徹知事のペースではいいことはない!」と発言した[12]
猪谷千春1956年コルチナ・ダンペッツオオリンピックの銀メダリスト。元IOC副会長
父親が、松山に千春と名づけるきっかけとなった人物。千春が誕生した頃に、猪谷がオリンピックを目指して活躍していたことから、千春と名づけられたらしいと松山が語っている。
上木政章…福岡市・ウエキフーズ代表取締役社長
アサヒ緑健の古賀社長とともにゴルフのメンツであり、福岡へ来訪した際に時折世話をしているためか自身が出演するラジオ番組でハナシのタネにされている。
おすぎ…タレント・映画評論家
デビューし上京時、同じマンションに住んでいたことなどをきっかけに親交が深まる。札幌のSTVラジオで、松山のデビュー当時からレギュラーを持っており、デビュー前後の経緯にも詳しい。また、シングル「長い夜」とアルバム「時代をこえて」のジャケットの写真をプロデュース。その時の絵が、足寄の実家の車庫の上に掲げてある。松山の実家でコロッケを揚げて待っていたなど、現在もラジオなどでエピソードを語ることが多く、若い頃の松山に恋心を抱いていたことを告白している。
小野伸二コンサドーレ札幌
小野が松山のコンサートに行って感銘したためにスキンヘッドにしたのは有名。松山は「俺も、伸二がやっちゃったときにはびっくりしたよ。」と語った。
柏原芳恵…歌手・女優
1983年9月に「タイニー・メモリー」(後にセルフカバー)を書き下ろしで提供した。なお松山が女性歌手へ曲を書き下ろしたのは、1977年8月のピコ「あなたと私のレッセッセ」、1980年2月の伊東ゆかり「もう1度」以来である。1983年11月23日に発売されたアルバム『TINY MEMORY』で、柏原は全10曲松山の唄をカバーしている。
桂竹丸…落語家・ラジオパーソナリティー
STVラジオで同じ時期にパーソナリティーとして活動し始めた時に出会う。北海道でのデビュー当時をよく知っており、立場や世界は違えど本音で明け透け語り合える間柄。ちなみに、竹丸の地元局であるMBCラジオで現在放送されている松山の冠番組「松山千春のON THE RADIO」をMBCで放送する手助けを桂がしたらしい(松山が当番組内で発言)。
喜瀬ひろし札幌テレビ放送嘱託アナウンサー
同時代にSTVラジオの人気深夜番組『アタックヤング』などのパーソナリティーで活躍した元札幌テレビ(STV)アナウンサー(2007年定年退職)。1975年当時のSTVで、松山が出場した「全国フォーク音楽祭北海道大会」の司会を担当しており、松山のデビューに至る経緯を目の当たりにしている。ゆえに、この業界で厳しい上下関係を抜きにして、公の場で『千春君!』と呼べる数少ないアナウンサー。
GLAY…ロックバンド
同じ北海道出身ということもあり、深い親交がある。メンバーには「チー様」と呼ばれている。GLAYがゲスト出演した音楽番組にスペシャルゲストとして松山も出演し、メンバーとの交流歴やGLAYの音楽について語ったこともある。また2007年7月1日に行われた「CUE MUSIC JAM-BOREE IN YUBARI」にGLAYが出演した際に、松山のヒット曲「長い夜」をカバーし披露した。
古賀良太…株式会社アサヒ緑健代表取締役社長
松山の楽曲を何曲かCMソングに採用している。ゴルフのメンツで、たびたび自身が出演するラジオ番組でハナシのタネとして登場している。
権藤博…野球評論家・元横浜ベイスターズ監督・元中日ドラゴンズ投手及び三塁手。前・中日ドラゴンズの一軍投手コーチ。
横浜が1998年の日本シリーズを制覇した際の監督で、北海道遠征時に真っ先に松山へ連絡を入れる。
佐伯三貴…女子プロゴルファー
プロ転向後も所属先が決まらなかったが、佐伯の父親が松山と20年来の親友の縁で、松山の個人事務所「オフィス・ゲンキ」にマネジメント所属している。正式所属は日立アプライアンス
佐々木主浩…野球評論家・元プロ野球選手
松山がかつて『加藤晴彦のオールナイトニッポンコム』にゲスト出演した際、当時シアトル・マリナーズ所属の佐々木に現地時間午前5時に電話をかけたことがあることを話している。過去、松山はお忍びで打席に立ったことがあり、その時に佐々木が投げたボールのスピードと球威に打席に立った時の怖さを後日語っている。
さだまさしシンガーソングライター
同時期にニューミュージックの一時代を築いている。書籍やコンサートでは「作詞はさだの方が上である」と、さだを褒めるコメントを出している。かつて松山は脚本家の倉本聰に傾倒し、テレビドラマ『北の国から』の主題歌作成を依頼されていたが、北海道をめぐる価値観の相違から仲たがいし、「北海道のことなど何も知らないくせに」と罵り嫌悪を始めた。そのため松山は主題歌作成の適任として倉本にさだを推薦する。事情を知らず倉本に呼び出されたさだは、「僕は九州人。北海道出身の人物がふさわしいのでは?」と倉本に進言するが、結局さだが主題歌を書くこととなった。
松山とさだの2人で札幌で飲んでいたら、そこへたまたまビートたけしが入ってきて、結局3人で飲んだ、という事もあった。松山は酒が飲めないので「ずっとコーラを飲んでいる」とさだは語っている。長年に渡る活動により、さだとは音楽観・人生観の相違が出てきたため現在は疎遠となっているが、さだ自身司会のNHK『松山から生放送! 大型連休もさだまさし』では松山の歌を歌うなどしている。2009年にリリースされたさだのライブ・アルバム『さだまさし35周年記念コンサート FESTIVAL HALL200』のステージ・トークでさだは「スタッフ同士は仲が良いので、(2008年6月に松山が)倒れたときはすぐに情報が来た」という表現をした。
ジャイアント馬場プロレスラー
1980年頃に知人を通じて知り合い、公私ともに親しい付き合いを続けていた[13]。1998年5月1日の全日本プロレス東京ドーム大会ではアカペラで『君が代』を披露するとともに、テレビ中継のゲスト解説を務めている。
アルバム『ガリレオ』に収録されている「Champ Never Die」は、元々ジャイアント馬場が 1998年暮れに入院したときに、歌でメッセージを伝えようとして作った応援歌であった(制作時のタイトルは「勇気をもう一度」)。またシングル「男達の唄」もジャイアント馬場をイメージして作った曲であり、1999年2月7日に日本テレビで14時から放映された追悼番組『ジャイアント馬場よ永遠に!』でも流されている。なお同番組には松山も出演している。
角盈男…元プロ野球選手・コーチ・野球評論家・タレント
現役当時より親交があり、今でも毎年コンサートに行き楽屋で挨拶する。
鈴木宗男…前衆議院議員新党大地代表
地元足寄町出身で高校の先輩後輩の仲。鈴木宗男が初当選する1983年第37回衆議院議員総選挙から選挙応援をしている。鈴木宗男が代表である地域政党「新党大地」の名付け親は松山。新党大地・鈴木宗男の政治資金パーティーや勉強会にも顔を出す。松山は鈴木宗男後援会青年部の名誉会長も務めている。2002年からの鈴木宗男疑惑に対するムネオバッシングの際にも一貫して鈴木を援護し続け、自身のラジオ番組などには擁護に対する批判の声があがった。
2011年3月、在職25年以上の永年在職表彰のため、作製された鈴木宗男の肖像画の中に異例となる「新党大地 命名松山千春」が記された額縁が国会内の衆院第17委員室に掲示された。また新党大地の控え室の党看板(命名・松山千春)とともに松山の名前が国会内に掲示されることになった[14]。 
図越利次…指定暴力団会津小鉄会5代目会長
京都で行われた図越会長の就任10周年を祝う催しの際には無償で歌を披露するなど、十数年来の付き合いである。個人的な友人である。
竹田健二^…元札幌テレビ放送ラジオ局(現・STVラジオ)ディレクター
1975年の全国フォーク音楽祭北海道大会に落選した松山に光るものを感じ、自身の担当番組に起用、松山のプロデビューに奔走した、松山の音楽人生における恩人[15][16]。松山のプロ生活を全面的にバックアップしたが、1977年8月27日[16][15]、急性心不全のため[16] 36歳で急死[15]
松山は、自身のコンサートのステージにはいつもバラの花を一輪置くが、これは竹田のアイディアによる[15]
千代の富士貢(のち九重親方)…元大相撲力士、第58代横綱
同じ北海道(松前郡福島町)出身で、更に1955年生まれの同学年で大親友だった。フジテレビ系ドラマ(花王ファミリースペシャル)「千代の富士物語」では自らエンディング・テーマ曲として「燃える涙」を製作した。千代の富士が膵臓癌のため2016年7月31日に61歳で死去した際には、自身のラジオ番組で「バカか、貢! お前はやることがまだ一杯あっただろ!!」と語っていた[17]
トシタカアンドトシ・三浦敏和)…お笑い芸人。
千春がデビューしてから数年間、トシの父親がマネージャーを務めていたことがあり、その当時、千春がトシの家に麻雀をしに来たことがあったことを語っている[18]
中井貴一…俳優
1991年公開の映画『極道戦争 武闘派』にて、ともに主役として共演して以来親交がある。
中島みゆき…シンガーソングライター
同時期にニューミュージックの一時代を築いている。ともに北海道出身ということで、かつては両者の比較を、雑誌、ラジオ等がよく企画していた。さだと松山(二人とも髪が薄い)がワカメスープを飲んでいるのを中島が発見し、『オールナイトニッポン』でネタにしたこともある。関西ローカルのやしきたかじんの番組内において、松山はかつて男女の関係にあったことを匂わせる発言をしたことがあるが、真偽のほどは不明である。松山が、みゆきがパーソナリティを務める『オールナイトニッポン』に遊びに来たとき、2人の昔話をしたなかで、みゆきが風邪で寝込んでいたとき、松山が彼女の自宅を見舞って、みゆきの母親と会って話をしてと語っていた。これについてみゆきは特に否定せず、「そんなこともあったね」と語っている。
浜地紀生…前東海クリエイト社長
名古屋を中心にイベント・会場設営を行う企業の前社長。松山が主宰していた草野球チーム「スーパースターズ」がナゴヤ球場での試合の際に、会場設営をした時からの付き合いである[19]。松山が出演するラジオ番組の東海ラジオ限定スポンサーをつとめるほか、東海地方の松山のコンサート設営を手がける。また松山も自身が出演するラジオ番組で浜地のことを語ることがあった。なお、松山が死去した場合の葬儀委員長を務める予定だと松山自身がパーソナリティを務めるラジオ番組で語っている[20]。しかしながら肺炎の為、2010年11月5日に逝去[21]
北勝海信芳(現八角日本相撲協会理事長)…元大相撲力士、第61代横綱
同じ北海道でかつ十勝地方広尾郡広尾町)の出身。九重部屋の兄弟子だった千代の富士と同様に、現役時代から親交が有る。
松山明人…ユニバーサルミュージック合同会社クラシックス&ジャズ制作編成部第1グループ主査
実弟。2006年、日本音楽業界史上最多の180枚組モーツァルト生誕250年記念企画CDをプロデュース。25万円を超える価格にもかかわらず驚異的なセールスを記録する。オペラなどクラシック音楽の多くのジャンルに精通していることから、クラシック啓蒙の為の講演会などに講師として招かれることもある。
三井浩二プロ野球埼玉西武ライオンズ投手
地元足寄町出身で学校の後輩。自身の変化球に「チハルボール」なる名称を付けており、交流も深い。
宮地佑紀生…名古屋のタレント・パーソナリティ・シンガーソングライター
宮地が全国フォーク音楽祭で作詞賞を取った(同北海道大会で松山は落選)頃から長年に渡り親交があるアーティスト。宮地がアクセサリーショップ経営の不振による借金で苦しんでいた頃に自身のSTVラジオ番組のパートナーに迎え入れ、不遇を救ったことから宮地は松山を年下の兄貴として公言、慕っている。聞いてみや〜ちのリスナープレゼントに私物を提供するほか[22]、コンサート等で東海地方を訪れた際に、同番組にゲスト出演したり、名古屋で開催される松山のコンサートに宮地が飛び入りでステージに登壇する事があるなど親交が深い。
やしきたかじん…シンガーソングライター・タレント・司会者
たかじんの番組「たかじんONE MAN」に特別ゲストとして出演し、バーで対談したのが初対面で、以降、意気投合し親友の間柄となった。また大阪での松山のコンサートにもアンコールで飛び入り出演している。2006年4月2日放送の『たかじんのそこまで言って委員会』(読売テレビ)では鈴木宗男が翌週の出演に先立って、たかじんにメッセージを送っており、そのなかで「たかじんさんの親友の松山千春さんの…」という趣旨を述べている。『ムハハnoたかじん』(関西テレビ)でも共演をした際、一度コンサートに飛び入り参加するとたかじんが明言し、同年6月2日のコンサートツアー「我家」大阪厚生年金会館で実現した(たかじんと松山のふたりで「恋」をデュエットし、たかじんが持ち歌の「やっぱ好きやねん」を歌った)。2008年不安定狭心症で入院した時も、たかじんは病院に見舞いに行き、復帰直後にはたかじんプロデュースのKoi-conにゲスト出演。二人で「東京」、「やっぱ好きやねん」をデュエットした。また、2012年にたかじんが食道癌を患った際も、松山を頼って札幌で一時療養していたことをたかじんが明かしている。
山本詔治…所属事務所オフィス・パンタ(現在はオフィス・ゲンキと改称)の元社長。
キャニオンレコードのディレクター。元NEWSレコード社長。元ロンドンレコード副社長。
所属事務所オフィス・パンタの名は、同社長の「がに股」の風貌がパンタグラフを連想させることから命名された。1982年6月に松山との出会いなどを記した『遙かなり』を出版。

脚注

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  1. ^ 『松山千春 - さすらいの青春』(富澤一誠著、立風書房1979年)pp.166 - 176
  2. ^ 自伝『足寄より』抜粋
  3. ^ 『松山千春 - さすらいの青春』pp.28 - 30
  4. ^ 『松山千春 - さすらいの青春』p.79
  5. ^ 『松山千春 - さすらいの青春』pp.57 - 62
  6. ^ 松山千春が明かすサザン桑田との秘話 2014年12月26日 東スポweb
  7. ^ 松山千春「みんなイライラ」機内で歌唱…乗客笑顔に(日刊スポーツ 2017年8月21日)
  8. ^ 松山千春さん、遅延の機内で熱唱 - TBS NEWSTBS NEWS 2017年8月21日公開)
  9. ^ 【神対応】松山千春、粋な対応! 遅延した飛行機でピリピリする機内を一気に拍手で沸かせる 2017/8/21(2017年8月20日公開)
  10. ^ UHQCDとは? - HQCD / UHQCD 公式サイト
  11. ^ JASRAC作品データベース検索サービスより抽出作成
  12. ^ 松山千春さんが奈良県知事にエール「橋下知事のペースではいいことない!」”. 2011年7月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年6月12日閲覧。
  13. ^ 松山千春 故G馬場さんに捧げる歌「Champ-」を都内でレコーディング(日刊スポーツ 1999年4月19日)
  14. ^ “鈴木宗男氏の肖像画掲示=松山千春さんの名前も―国会”. 時事通信. (2012年3月21日). http://www.jiji.com/jc/zc?k=201203/2012032100615 2012年3月25日閲覧。 
  15. ^ a b c d "1977年1月25日 松山千春がレコードデビューした日". おもいっきりDON!. 日本テレビ放送網. 2010年1月25日放送.
  16. ^ a b c シンガーソングライターの松山千春、シングル「旅立ち」でデビュー(1977)”. ヤマハ. 2016年11月27日閲覧。
  17. ^ “松山千春、九重親方悼む「バカか、貢! おまえはやることがまだ…」”. スポーツ報知. (2016年8月1日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20160801-OHT1T50032.html 2016年11月27日閲覧。 
  18. ^ 「タカアンドトシ 本音か!!」(ワニブックス)298ページより
  19. ^ スーパーアーティスト選書『松山千春の世界 風光る』(オリコン・エンタティンメント 2003年11月7日)参考
  20. ^ 2010年9月3日放送(FMNACK5の放送日)の松山千春のON THE RADIOより。リリース曲『2020年の遺言』歌詞の中には浜地の名前がある。
  21. ^ 2010年11月14日放送(FMNACK5の放送日)の松山千春のON THE RADIOより。この事を語る時、最後は涙声になっていた。
  22. ^ 宮地容疑者、不可解な「怒りスイッチ」 松山千春がらみか?リスナーに憶測広まる”. J-CASTニュース (2016年7月1日). 2017年12月11日閲覧。

外部リンク