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サザンオールスターズ

日本のロックバンド
画像提供依頼:顔写真の画像提供をお願いします。2017年1月

サザンオールスターズ英語: Southern All Stars)は、日本ロックバンド[注 1]。所属芸能事務所アミューズ。所属レコード会社JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント、所属レーベルタイシタレーベル。略称は「サザン」「SAS」。公式ファンクラブ名は「サザンオールスターズ応援団」。

サザンオールスターズ
別名 SOUTHERN ALL STARS
出身地 日本の旗 日本
ジャンル ポップ・ロック
J-POP
活動期間 1977年 - 1985年
1988年 - 1993年
1995年 - 2000年
2003年 - 2006年
2008年
2013年 -
レーベル Invitation(1978年 - 1992年)
TAISHITA(1983年 - )
SPEEDSTAR RECORDS(1992年 - )
事務所 アミューズ
共同作業者 高垣健
新田一郎
八木正生
藤井丈司
小林武史
島健
斎藤誠
片山敦夫
山本拓夫
曽我淳一
公式サイト SOUTHERN ALL STARS OFFICIAL SITE
メンバー 桑田佳祐ボーカルギター
関口和之ベース
松田弘ドラムス
原由子キーボード・ボーカル)
野沢秀行パーカッション
旧メンバー 大森隆志(ギター)

メンバーは青山学院大学の学生らで結成され1974年から断続的に活動が始まり、1978年に「勝手にシンドバッド」でデビュー。1979年に「いとしのエリー」が大ヒットし、1980年代では「チャコの海岸物語」「Ya Ya (あの時代を忘れない)」「ミス・ブランニュー・デイ」「Bye Bye My Love (U are the one)」などがヒット。1990年代になると「涙のキッス」「エロティカ・セブン」「あなただけを 〜Summer Heartbreak〜」「愛の言霊 〜Spiritual Message〜」の4作がミリオンセラーを記録。2000年代には「TSUNAMI」がダブルミリオンを記録し「HOTEL PACIFIC」や「涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜」「I AM YOUR SINGER」などもヒット。2010年代では、「ピースとハイライト」がオリコンチャートで1位獲得して、1980年代から2010年代まで4つの年代でチャート1位という記録を持ち、幅広い世代に支持されているロックバンドである。大半の曲はバンドのリーダーである桑田佳祐が作詞・作曲・歌唱を担当している。

目次

メンバー編集

名前 よみ 生年月日と年齢 血液型 出身地 愛称 担当 備考
桑田佳祐 くわた けいすけ (1956-02-26) 1956年2月26日(62歳) A型 神奈川県
茅ヶ崎市
すけちゃん
ケイちゃん
桑っちょ
ボーカル
ギター
バンドのリーダー
関口和之 せきぐち かずゆき (1955-12-21) 1955年12月21日(62歳) O型 新潟県 ムクちゃん ベース
コーラス
松田弘 まつだ ひろし (1956-04-04) 1956年4月4日(62歳) O型 宮崎県 ヒロシ
ヒロシくん
ドラムス
コーラス
原由子 はら ゆうこ (1956-12-11) 1956年12月11日(61歳) B型 神奈川県
横浜市
原坊 キーボード
コーラス
ボーカル
唯一の女性メンバー
一部の楽曲ではボーカルを担当
野沢秀行 のざわ ひでゆき (1954-10-19) 1954年10月19日(64歳) A型 東京都 毛ガニ パーカッション
コーラス
メンバーで唯一リードボーカルを務めた経験がない。
元メンバー
名前 よみ 生年月日と年齢 血液型 出身地 愛称 担当 備考
大森隆志 おおもり たかし (1956-12-12) 1956年12月12日(61歳) A型 岡山県
岡山市
ター坊 リードギター
コーラス
2001年8月7日付で独立

経歴編集

各メンバーのソロ活動については個々のページ参照。

結成までの推移とアマチュア時代編集

1974年青山学院大学に入学した桑田佳祐関口和之は、音楽サークル「AFT」(青山フォークサークルたびだち)で知り合い意気投合。同年夏にAFTのメンバーらとロックバンド「温泉あんまももひきバンド」を結成する。

翌1975年には青山学院大学に大森隆志原由子が入学し、同じくAFTに入部。「温泉あんまももひきバンド」を知った原は桑田を危険人物だと思い、他のAFTメンバーらとフォークグループを組んでいた。初夏に「温泉あんまももひきバンド」は「ピストン桑田とシリンダーズ」と改名、この頃から大森は桑田に興味を持つようになり、バンドの練習現場にしばしば現れるようになったという。

同年AFTの夏合宿の際にロック派とフォーク派が対立し、AFTは分裂する。桑田らロック派は新たなサークル「Better Days」を立ち上げるが、同年秋に「ピストン桑田とシリンダーズ」が解散する。まもなく一度はフォーク派に行った原がBetter Daysに移り、同年10月に桑田と原はバンドを結成する。このバンドは「青学ドミノス」「脳卒中」「桑田佳祐とヒッチコック劇場」など、メンバー構成が変わるたびに名前を変えていた。

この時期の一部の活動は、桑田が宮治淳一[注 2]らとともに地元で立ち上げた「湘南ロックンロールセンター」というサークルが企画したコンサートで行われていた。「青学ドミノス」のライブもここで行われていたという。

1976年、桑田の望んでいたパーマネントに近いメンバーが揃ったものの、この時桑田は新たなバンド名を思い付けずにいた。4月11日にコンサートが行われるのに伴い、宮治は桑田にバンド名を早く決めるよう催促していたが、バンド名が決定しないままコンサートのポスター製作が進行されていった。最終的に宮治がバンド名の考案役となり、ニール・ヤングの『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』をBGMにポスターを製作中、一息入れるために風呂でラジオを聴いていた際にファニア・オールスターズの来日コンサートの宣伝が流れ、風呂から上がった際につけっぱなしのレコードからニール・ヤングの「サザン・マン」が流れていて、これを組み合わせた際の響きが良い事と、当時桑田の家が茅ヶ崎市南湖にあった事に掛け[3]、「サザンオールスターズ」という名前を考え出し、バンド名を「桑田佳祐&サザンオールスターズ」とした。宮治によるとこのバンド名を桑田本人に伝えたのはライブ当日だという[4]

桑田が望んでいたパーマネントな「桑田佳祐&サザンオールスターズ」は長く続かず、再びメンバーが頻繁に入れ替わる事態に陥る。後の音楽評論家萩原健太がギタリストとして参加していた時期もあったが、翌1977年初頭に一旦活動を停止する。しかし、このような状況に懸念を抱いた大森が桑田のバンドの復活をもくろみ、桑田に「ちゃんとしたバンドをやろうよ」と声をかけ、昔のバンド仲間で大森を慕い上京していた松田弘を桑田に紹介したり、各メンバーの親の承諾を得たうえで自ら「EastWest」に申し込んだり、バイト先で知り合ったセミプロの野沢秀行をバンドに加入させようとしたり(ただし、野沢は「オレはセミプロだからアマチュア・バンドに付き合ってる暇はないんだよ」と言って断った)するなど暗躍した[5][6]

1977年3月に「サザンオールスターズ」として再編された。この時のメンバーは桑田、大森、原、松田、天野和平(後にトランザム)であった。なお、原の著書によれば、この頃に一度だけ「パロディハウス」という名前に変えようとしたが、「ダサい」との理由で即サザンオールスターズに戻したという。新生サザンはヤマハ主催の音楽コンテスト「EastWest」に参加するが、予選のテープ審査の時期に天野が脱退し、入れ替わりで関口が加入。本選では入賞を果たし、桑田がベストボーカル賞を獲得した。この直後に野沢が大森の勧誘を受ける形でなし崩し的に加入した[注 3]

なお、サザンの事実上の結成はこの再編時の1977年であるが、最初の約1年間は現在で称するところのインディーズとしての活動であった。

レコード会社は早々にビクターに決まったものの、事務所がなかなか決まらなかった。ビクターのディレクターの高垣健が「女呼んでブギ」のカセット(前述のEastWest '77で披露した曲であり、当時の代表曲的存在)を持って事務所周りをしていた際、当時新興事務所のアミューズの社長大里洋吉が興味を持ち、練習スタジオを訪問する。この際に「勝手にシンドバッド」を披露し、大里が「この男をテレビに出したら面白い」と考えたことから契約が決まる。アミューズは原田真二の個人事務所的存在として1977年に設立された会社だったが、大里が解散直前のキャンディーズのプロデュースに専念し事務所の仕事から離れていた時期に、ロック志向を強めていた原田がテレビ的な売り出し方を嫌うようになり、大里が事務所の仕事に復帰した直後に移籍してしまったという。サザンとの出会いはこの事件の2週間後であり、もし原田が移籍してなかったらサザンオールスターズをやる余裕はなかったという[7]

桑田と高垣は事務所周り中に宇崎竜童にあいさつをしたとされ、その際にデモテープを渡したが「言葉のわからないロックは嫌いだ」と言われ突き返されたと桑田は語っている[8][9]。なお、後に宇崎は原に「うさぎの唄」を提供している。

デビューに向けて着々と準備が進めている中、メンバー全員が他のレコード会社の契約書にサインしてしまうという事件があったが、ビクター関係者が出向いて話を収めた。この時期はまだ学生バンドの思い出作り的な意識があったという[10]

デビュー初期編集

1978年6月25日にメジャーデビューした。同日シングル勝手にシンドバッド」でビクター音楽産業(現・JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)から発売となったが、発売当初は売り上げは低迷し、チャート100位にも入らなかった。

同年8月にコミックバンドのザ・ハンダースが「思い出の渚」でレコードデビューしたのを受けて、事務所はコミックバンド的な路線を取る。8月31日にサザンは人気音楽番組『ザ・ベストテン』のスポットライトのコーナーで初出演(新宿ロフトから中継)。この際に桑田の「目立ちたがり屋の芸人です」発言[11][12](この発言はのちに「台本によるもの」と明かしている[13])が飛び出し、この発言で初期サザンの色が決定づけられることになった。青学の後輩やあいざき進也ファンクラブのメンバー[14]を集めてどんちゃん騒ぎの中で「勝手にシンドバッド」を熱唱。「勝手にシンドバッド」は徐々にチャートが上がり売り上げを伸ばしていった。同年11月9日に「勝手にシンドバッド」が『ザ・ベストテン』10位にランキングされスタジオに登場。

当時、桑田の日本語を英語っぽく発音してロックに乗せるいわゆる「巻き舌唱法」は[15][16]、音楽ファンや関係者の間で賛否両論となった。なお、桑田はこの歌唱法や後述の作詞・作曲法をアマチュア時代からしていたため、歌唱法が批判されたりしたことを意外に思っていたという[17]

10ナンバーズ・からっと』を製作していた期間はそれと並行して雑誌の取材やテレビ出演、CM撮影などに忙殺された日々を送っており[18]、精神的にも落ち込んでいたという[19]

1979年3月25日、3rdシングル「いとしのエリー」、同年4月5日、2ndアルバム『10ナンバーズ・からっと』を発表。特に「いとしのエリー」は、徐々にヒットしロングセラー化。この頃から世間のサザンに対する評価は少しずつ変化していくようになった。

1980年には「テレビなどに一切出ず、楽曲製作やレコーディングに集中する」「5ヶ月の中で毎月1枚ずつシングルを出す」FIVE ROCK SHOWと銘打った計画を開始[20]。しかし、メディアへの露出が大幅に減ったのが影響し「ヒット」と呼ぶには至らず、アルバムは売れるのにシングルは売れない状況に陥る。FIVE ROCK SHOW終了後再びテレビ番組に出演するようになったが、この傾向は変わらず、1981年発売の12thシングル「Big Star Blues (ビッグスターの悲劇)」はサザン史上シングル中ワーストの売り上げを記録している[21]。その後1982年に「チャコの海岸物語」がヒットし、以降順調にバンド活動を進め、シングルやアルバムがヒットを連発し、野外ライブでは大滝詠一長渕剛沢田研二RCサクセションサード・ワールドなどとも共演し[22]1985年には佐野元春から声がかかり「国際青年年記念 ALL TOGETHER NOW」にも出演した。

同年に、サザンとしては初の2枚組オリジナルアルバム『KAMAKURA』を発売した。同製作時期に原が産休に入り、サザンとしての活動も一旦活動を休止。桑田はKUWATA BANDとしての活動の後に個人ソロを開始し、他のメンバーもそれぞれソロ活動に入った。この活動休止は、桑田が「全員がソロ活動をやって、一つ一つが別個性として出てくれば理想的だね」と持ち掛けたところ、全員がそれを受け入れたことや、「あのままだとサザンはパンク寸前だった」「俯瞰で自分やサザンを見直した方がいいんじゃないか」というムードがメンバー全員にあった事が語られている[23]

10周年での活動再開 - 小林武史とのコラボ編集

1988年6月25日、デビュー10周年の記念となる日に24thシングル「みんなのうた」を発売し、サザンとしての活動を本格的に再開した。加えてこのシングルから小林武史アレンジプロデュース業を共に行うようになっている。同年に桑田はソロ活動で小林と共同プロデュースを行いソロアルバムをリリースしており、「このアルバムのシェフは小林君、自分は素材として気持ちよく仕事ができた」と語っている[24]。また、KUWATA BANDのアルバム『NIPPON NO ROCK BAND』で作詞を手掛けたTommy Snyderもサザンに合流した。

この時期から楽曲製作に関して「桑田(+アレンジャー)+スタジオ・ミュージシャン+プログラマーマニピュレーター+レコーディング・エンジニア」という図式が見られるようになり[25]、桑田以外のメンバーが干渉する割合が減ったと言われている。小林と桑田はさらに原由子の2枚組ソロアルバム『MOTHER』のプロデュースも担当し、桑田はソロライブで「彼が嫌だと言っても、これからのサザン関係巻き込んでいきます!」と小林を絶賛していた[26]

1991年には関口が病気療養で休養に入るが、1992年7月21日に30thシングル「シュラバ★ラ★バンバ」、31stシングル「涙のキッス」を2枚同時発売し、サザン、そしてオリコン初のシングルチャート初登場1,2フィニッシュを果たした。「涙のキッス」はTBSドラマずっとあなたが好きだった」の主題歌となり大ヒット、サザンでは最高記録となる7週連続オリコン首位を獲得するなどサザン初のシングルでのミリオンセラーを突破した[27]。この年には中国北京で公演を行い話題となる。

1993年には32ndシングル「エロティカ・セブン」がフジテレビ系ドラマ「悪魔のKISS」の主題歌となり再びミリオンを超える大ヒットを記録[28]。そんな中1994年には桑田がソロ活動を再開し、サザンの活動は約1年間休止となった。

セルフアレンジ時代へ編集

小林武史がアルバム『世に万葉の花が咲くなり』、34thシングル「クリスマス・ラブ (涙のあとには白い雪が降る)」を最後にサザン(桑田ソロ含め)との共同作業から離れる。これについて桑田は小林のアレンジャーやミュージシャンとしての才能を存分に評価しつつも、サザンの正規のメンバーを差し置いて小林に頼りすぎてしまうという意味で「(小林は)危ないヤツと分かった」という風に語っていた[29]。その後この小林との縁で桑田佳祐&Mr.Children名義でのチャリティー活動や、小林と桜井和寿 (Mr.Children) が中心となって活動するap bank fesへの出演など作品面以外での交友が続いている。

1995年に関口が長期の休養から復帰し、5月22日に35thシングル「マンピーのG★SPOT」で活動を再開。これ以降プロデュース名義は主にサザンオールスターズと表記されるようになった。直後に発売された36thシングル「あなただけを 〜Summer Heartbreak〜」はフジテレビの「月9」枠ドラマいつかまた逢える」の主題歌に使われミリオンセラーとなる。次の37thシングル「愛の言霊 〜Spiritual Message」でもミリオンセラーとなり、アルバム『Young Love』は過去最高のアルバム売り上げを記録した。

しかし1997年あたりからライト層が抱えるイメージである「夏」「爽やか」などの売れ線系路線の曲とは程遠いハードロックプログレなどを意識した曲を多くリリースし、同年の年越しライブ『おっぱいなんてプー』では桑田が「レアでコアでディープな選曲」[30]と述べたようにマニアックな楽曲が中心となり、ライトファン離れが急激に加速していった。1998年にはベスト・アルバムリリースブームの中、ベスト・アルバム『海のYeah!!』を発売し、大ヒットを記録した。しかしほぼ同時に発売したオリジナルアルバム『さくら』は暗い作風や上記のハードロック、プログレなどを意識した作品であったため、過去のアルバム3作連続で記録したミリオンを僅かに下回る結果となった。1999年には初のドームツアーを行い人気の健在振りを示したが、43rdシングル「イエローマン 〜星の王子様〜」は累計で10万枚を(オリジナル盤)下回る結果となった。

「TSUNAMI」記録的ヒット、大森の独立編集

1999年9月26日27日、ファンクラブシークレットライブ『'99 SAS事件簿 in 歌舞伎町』を行う。デビュー以来初めて本格的にライブハウスで行われ、初期のヒット曲・アルバム収録曲が多く披露され、往年のサザンファンを喜ばせた。また、アンコールのオープニングでは桑田が観客に「一緒に歌ってちょうだい」と呼びかけ、アコースティックギターの弾き語りで国歌「君が代」を観客と共に斉唱した。

2000年1月26日に44thシングル「TSUNAMI」を発売。サザンのシングルでは久々となった切ないラブバラードのこの曲は、当時大人気だったTBS系バラエティ番組ウンナンのホントコ!』のコーナー『未来日記III』のテーマソングとなり大ヒットし自身最高の累計293万枚を売り上げ、当時のオリコン歴代シングルランキングで3位にランクインした[31]。かねて何度も逃した日本レコード大賞もこの年に獲得した。今作を機にサザンは長らく続いたセールス低迷から脱け出し、続く45thシングル「HOTEL PACIFIC」もヒットし、夏には桑田の地元である神奈川県茅ヶ崎市の地元住民の署名運動の結果、2日間の野外ライブ『茅ヶ崎ライブ 〜あなただけの茅ヶ崎〜』を行った。

46thシングル「この青い空、みどり 〜BLUE IN GREEN〜」とベストアルバム『バラッド3 〜the album of LOVE〜』が発売された直後に大森が休養を発表し、翌2001年には正式に独立を発表しメンバーから脱退した。その前後から桑田らは再びソロ活動を開始。桑田はシングル「波乗りジョニー」「白い恋人達」がそれぞれミリオンセラーを達成した。以降、5年単位でサザンとしての活動とソロ活動を交互に行うサイクルをとるようになる。

25周年での活動再開、『KAMAKURA』以来の2枚組オリジナルアルバム発表編集

2003年6月25日にデビューから25周年を迎え、それを記念してデビューシングルの復刻盤CD「勝手にシンドバッド 胸さわぎのスペシャルボックス」をリリース。同作は1週間で約22万枚を売り上げ発売から25年のブランクを置いてオリコンウィークリーチャートで1位を記録。また同日にFMラジオ局のいくつかが24時間サザン特集を実施した。

7月23日、47thシングル「涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜」をリリースし活動再開するとともに、5人での活動が本格的に始まる。直後には大規模な野外・スタジアムツアーを行い復活をアピールした。2005年には『KAMAKURA』以来の2枚組オリジナルアルバム『キラーストリート』を発売し、10月からは2度目のドームツアーが行われた。2006年にはTHE 夢人島Fes.を開催しサザンオールスターズとしてもプロモーションのため精力的に活動した。2007年4月、桑田のソロ活動再開に伴い活動休止。

30周年、活動無期限休止編集

2008年1月にメンバーは「サザンという看板に頼らないで、サザンの活動だけをあてにしないで視野を広げていこう」という方針を決め、5月19日に30周年に伴う53rdシングル「I AM YOUR SINGER」の発売やライブなどの活動・プロモーションの発表と同時に、2009年以降メンバー個々の自由な発想による音楽活動を展開するべくサザンオールスターズとしての活動を無期限休止にすることも発表した(2006年のTHE 夢人島 Fes.を最後に実質的にサザンとしての活動は行われていなかったものの、この間を活動休止期間と定めていない)[32]

この活動休止については、発表の当日にNHKの『おはよう日本』がこの活動休止についてを報じた他、民放各局で、報道や特集が大々的になされた。また、直前の2008年5月12日の東京スポーツ紙上で「サザン解散か」などといった誤った報道がなされたこともあり、ファン及び世間に動揺を与えることとなってしまい、桑田はその事への反省の弁を自身のラジオで述べ、活動休止の理由をつまびらかに語り、前述の騒ぎに対する謝罪や無期限休止への理解を求める発言をし、「(サザンの)解散は絶対にない」と断言した[32]

2009年から各自がソロ活動を行う。このソロ期間は、桑田の食道がんによる休養と闘病、東日本大震災の復興支援のための「チーム・アミューズ!!」結成や「宮城ライブ」の開催など、「これまでにない濃密な5年間」と振り返っている。2012年12月に、桑田とスタッフの間で35周年を迎えるにあたっての話が持ち上がったことがきっかけで、「ファンをはじめとした多くの人たちと、楽しめるときに大いに楽しもうじゃないか」とメンバー5人の気持ちが合致した[33][34]

35周年での活動再開編集

デビュー35周年の2013年6月25日に活動再開を発表。8月7日に54thシングル「ピースとハイライト」をリリースし、10日より全国コンサート・ツアーを開始した。2014年9月10日、55thシングル「東京VICTORY」発売。12月31日には第65回NHK紅白歌合戦にシークレットゲストとして31年ぶりに出演。2015年3月31日キラーストリート』以来約10年振りとなるアルバム『葡萄』を発売。オリコン首位達成により1980年代、1990年代、2000年代、2010年代の4世代において首位達成となった。4月から全国ツアー「おいしい葡萄の旅」スタート。

2016年からの2年間は各自ソロ活動を行った。ちなみにソロ活動期間中の2017年はサザンとして「三ツ矢サイダー」のCMには出演している。

デビュー40周年を迎えた2018年6月25日、サザンの活動を再開する。

年表編集

1970年代編集

1980年代編集

1990年代編集

  • 1990年
    • 1月13日、9thアルバム『Southern All Stars』発売。初回限定盤と通常版を合算してアルバムでは初のミリオンセラーとなる。
    • 第4回日本ゴールドディスク大賞アーティスト・オブ・ザ・イヤー受賞。
    • 2月28日、5年振りの全国アリーナ(屋内)ツアー『夢で逢いまSHOW』スタート。
    • 7月25日、28thシングル「真夏の果実」発売。
    • 9月1日に、Southern All Stars & All Stars名義でサウンドトラック『稲村ジェーン』発売[41]。ミリオンセラーを記録。
    • 12月31日、年越しライブ『歌うサザンに福来たる』開催。TBS系にて全国ネットで生放送。サポートキーボードとして当時のアレンジャーである小林武史も参加。
    • 「真夏の果実」で第32回日本レコード大賞 ポップスロック部門 ロック・ゴールド・ディスク賞、最優秀ロック・ボーカル賞、作曲賞を受賞。『Southern All Stars』でポップス・ロック部門 優秀アルバム賞受賞。
  • 1991年
    • 第5回日本ゴールドディスク大賞・ベスト5アーティスト賞受賞。更にサザンオールスターズ&オールスターズ名義で発売したサウンドトラック『稲村ジェーン』でロック・フォーク部門(男性)アルバム賞受賞。
    • 7月10日、29thシングル「ネオ・ブラボー!!」発売。
    • 8月14日、東名阪の野外スタジアムツアー『THE 音楽祭 1991』スタート。この時期から関口が体調不良による休養でサザンの活動から一時離れる。
    • 12月29日 - 31日、年越しライブ『闘魂! ブラディ・ファイト年越しライブ』開催。
  • 1992年
  • 1993年
    • 第7回日本ゴールドディスク大賞・ベスト5アーティスト賞受賞。更に『涙のキッス』でベスト5・シングル賞を受賞。
    • 3月27日、ライブビデオ『歌う日本シリーズ 1992〜1993 LIVE at YOKOHAMA ARENA 29th Dec.1992』発売。1982年に発売された『武道館コンサート』は一部抜粋のみの編集だった為、サザンとしては初めてほぼ全編を収録したライブビデオとなった。
    • 7月21日、32ndシングル「エロティカ・セブン」、33rdシングル「素敵なバーディー (NO NO BIRDY)」を同時発売。「エロティカ・セブン」がフジテレビ系ドラマ『悪魔のKISS』の主題歌になり、シングルでは2作目のミリオンとなる。
    • 9月8日、Z団名義でサザンの曲をリミックスしたアルバム(オリコンなどではシングル扱い)『江ノ島 Southern All Stars Golden Hits Medley』を発売。
    • 11月20日、34thシングル「クリスマス・ラブ (涙のあとには白い雪が降る)」発売。
    • 12月11日、年末コンサート『しじみのお味噌汁』スタート。会場は横浜アリーナのみで31日のカウントダウンまで全12公演の予定であったが、中盤の4公演が松田の体調不良の為年明けの1月2日 - 5日に順延となった。
  • 1994年
    • Z団名義で発売した『江ノ島 Southern All Stars Golden Hits Medley』で第8回日本ゴールドディスク大賞・アルバム賞/企画部門を受賞。
    • 2度目の活動休止期間に入り、桑田のみがソロ活動を行う。
    • 12月のAAAにサザンとして出演。休養中だった関口も登場し久々に6人揃った。
  • 1995年
  • 1996年
    • 5月20日、37thシングル「愛の言霊 〜Spiritual Message」発売。シングル4作目のミリオンセラーとなる。
    • 6月25日、38thシングル「太陽は罪な奴」発売。
    • 7月20日、12thアルバム『Young Love』発売。ダブルミリオンを達成し、オリジナル・アルバムでは最高の売上を記録。
    • 8月4日、野外ライブツアー『ザ・ガールズ万座ビーチ』スタート。9月22日の横浜スタジアム公演が台風のため延期となり、10月12日に順延となった。
    • 12月28日 - 31日、年越しライブ『牛』開催。
  • 1997年
    • 3月5日、ビデオ『平和の琉歌 〜Stadium Tour 1996 "ザ・ガールズ万座ビーチ" in 沖縄〜』発売。「平和の琉歌」のPV、ライブツアーのドキュメント、ボーナストラックとして前年末の年越しライブで唄われた「平和の牛歌」が収録された。
    • 8月21日、39thシングル「01MESSENGER 〜電子狂の詩〜」発売。
    • CS特番『01 MESSEAGE』放送。
    • 11月6日、40thシングル「BLUE HEAVEN」発売。
    • 12月27日 - 31日、年越しライブ『おっぱいなんてプー』開催。
  • 1998年
  • 1999年
    • 『海のYeah!!』と『さくら』の2作品で、第13回日本ゴールドディスク大賞・ロックアルバム・オブ・ザ・イヤー受賞。
    • 3月24日、『Se O no Luja na Quites(セオーノ・ルーハ・ナ・キテス)〜素敵な春の逢瀬〜』スタート。初の4大ドーム公演を含めた大規模なツアーとなる。
    • 3月25日、43rdシングル「イエローマン 〜星の王子様〜」発売。
    • 9月26日・27日、ファンクラブ限定ライブ『'99 SAS事件簿 in 歌舞伎町』開催。
    • 12月10日、DVDソフトSPACE MOSA』発売。
    • 12月27日 - 31日、年越しライブ『晴れ着 DE ポン』開催。

2000年代編集

2010年代編集

  • 2011年
    • 5月25日発売のチャリティシングル「Let's try again」にメンバー全員がソロアーティストとして参加。MV内の「勝手にシンドバッド」「LOVE AFFAIR〜秘密のデート〜」の部分では、メンバー5人が揃った映像が見られる。
  • 2013年
    • 6月24日、Yahoo! JAPANトップページのロゴに「明日はサザン35周年」と表示され、そのロゴをクリックすると曲(この時点ではまだ「ピースとハイライト」のタイトルは伏せられている。)のイントロが再生される仕掛けが施される。(曲の再生と同時にロゴ内を左から右へと5種類の音符が流れる。)
    • 6月25日、デビュー35周年の日に活動再開を発表。
    • 8月7日、54thシングル「ピースとハイライト」発売。
    • 8月10日、ツアー『灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!!』を開始。5年前の活動休止の地である日産スタジアムに始まり『茅ヶ崎ライブ』以来13年ぶりとなる茅ヶ崎でのライブを含めた5会場、全9公演を行う。
    • 8月21日、過去全54枚のシングル音源の配信をmoraなどで解禁。
    • 10月、第61回菊池寛賞を受賞。
    • 11月30日 - 12月1日、12月3日 - 12月4日、『桑田佳祐 Act Against AIDS 2013「昭和八十八年度! ひとり紅白歌合戦」』に、メンバー全員がザ・ドリフターズに扮してゲスト出演し、「チョットだけョ! 全員集合」「ドリフのズンドコ節」「ドリフのビバノン音頭」を歌った。
    • 12月31日、ライブDVD・Blu-ray『灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!! 胸熱完全版』発売。
  • 2014年
    • 6月25日、公式サイトにて、9月にニューシングルを発売すること、12月にサザンとしては9年ぶりとなる年越しライブを開催すること、オリジナルアルバム制作中であり年内完成であることを発表した。当日の読売新聞に全面広告で告知が掲載され、当時流行していた漫画「進撃の巨人」をもじり「進撃のサザン」と銘打たれていた。
    • 9月10日 55thシングル「東京VICTORY」を発売。4作連続1位を記録した。
    • 12月17日、ライブ音源を除くシングル55作品、オリジナルアルバム14作品、企画盤アルバム4作品の全266曲のiTunes Storeでの配信を解禁、日本を含む111カ国で配信を開始。同時にmoraでも全アルバム配信を開始[46]
    • 12月30日、「東京VICTORY」が第56回日本レコード大賞優秀作品賞に選ばれた。当日の授賞式にはライブのため参加していない。
    • 12月27日・28日・30日・31日、10年ぶりとなる年越しライブ『ひつじだよ! 全員集合!』開催。12月28日には、安倍晋三首相・昭恵夫人が来場した[47]。12月31日には、第65回NHK紅白歌合戦にシークレットゲストとして中継出演を果たした。グループとしてのNHK紅白歌合戦は31年ぶりとなる。また、その日の終盤には2015年3月31日にオリジナルアルバムをリリースすることと、それに伴う全国ツアーが行われることを発表した[48]。このライブ中に同年秋に桑田が受章した紫綬褒章[49]を披露した際の冗談・ハプニングと、紅白歌合戦出演時に着用した付け髭・2013年のライブツアーで映した社会情勢の映像などに対しての批判やデマが流れ、それらのシーンに対する抗議デモが起きたりするほどになった[50]。(騒動・謝罪の詳細についてはひつじだよ! 全員集合!#紫綬褒章の披露で起きたトラブルピースとハイライト桑田佳祐#出自・思想についてを参照のこと。)
  • 2015年
    • 1月15日、所属事務所のアミューズが桑田との連名で前述の騒動に対する謝罪文を発表[51]
    • 1月17日、桑田本人が自身のラジオ番組「桑田佳祐のやさしい夜遊び」の冒頭で前述の騒動に対する謝罪・釈明と、ネット上で流れた批判への反論やデマの否定を行った[52][53]
    • 3月31日、15thアルバム『葡萄』発売。
    • 4月11日、10年ぶりの全国ツアー、『おいしい葡萄の旅』を愛媛県武道館より開始。8月17日・18日の日本武道館での追加公演まで5大ドームを含む11会場・全23公演が行われた。
    • 4月24日、『葡萄』の発売に合わせ、週刊文春文芸春秋)、週刊現代講談社)、週刊ポスト小学館)、週刊プレイボーイ集英社)、週刊SPA!扶桑社)の5誌との協力により「スペシャルマガジン 総力特集 サザンオールスターズ『葡萄』」が制作され、全国のローソンで無料配布された。収録曲を基に各編集部が自由な発想で記事を制作し[54]長嶋茂雄横田滋早紀江夫妻からの称賛のコメントも掲載された[55][56]。かねてから週刊誌に度々目を通している桑田はこのパンフレットについて「面白い」という感想を残している[55]
    • 12月30日、『葡萄』が第57回日本レコード大賞 最優秀アルバム賞を受賞。桑田がビデオメッセージによるコメントを寄せた。
  • 2016年
  • 2017年
  • 2018年
    • 4月2日、2017年から続くアサヒ飲料『三ツ矢サイダー』のCMソングとして、「勝手にシンドバッド」「みんなのうた」「LOVE AFFAIR~秘密のデート」「I AM YOUR SINGER」が起用される方が発表された。なお、これらの曲はデビューから10年ごとに発表された曲である[58]
    • 4月3日、2014年に発売されたシングル「東京VICTORY」がTBS系列「2018アジア大会&世界バレー」テーマ曲に決定した[59]
    • 4月4日、2017年4月から始まった桑田のスペシャルサイト『ROUND30』が完結され、サイトの動画で2018年にサザンの活動を再開することを発表し、意気込みをジョークを交えて語った[60]
    • 6月15日、1st配信シングル「闘う戦士たちへ愛を込めて」発売[61]。オリコン週間デジタルシングルランキングで1位を獲得し、サザンとしてはシングル・アルバムを通して同チャート初首位獲得となった[62]
    • 6月25日・26日、25日にデビュー40周年を迎えNHKホールでワンマンライブ「キックオフライブ 2018『ちょっとエッチなラララのおじさん』」を開催[63]
    • 7月23日、2nd配信シングル「壮年JUMP」発売[64]
    • 8月1日、ベストアルバム『海のOh, Yeah!!』が発売[65]
    • 8月12日、サザンとしては2005年以来13年ぶりとなる『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2018』に出演[66]
    • 10月11日、MTV Video Music Awards Japan 2018にて、「SAS Lifetime Achievement Award Japan」を受賞。VMAJでアーティスト名が入った賞を獲得するのは初の快挙となった[67]
    • 10月27日、茅ヶ崎市にあるサザンビーチちがさきで『茅ヶ崎サザン芸術花火2018』が開催され、花火に合わせてサザンの楽曲が流れるというイベントで、楽曲提供として“タイシタレーベル”がクレジットされている。なお、メンバー5人は出演しない[68]
    • 11月29日・12月1日・2日、『桑田佳祐 Act Against AIDS 2018 平成三十年度! 第三回ひとり紅白歌合戦』に、第二回の時と同様にメンバー全員がザ・ドリフターズに扮してゲスト出演し、「世界に一つだけの花」(SMAP)と「いい湯だな」(ザ・ドリフターズ)を振り付きで歌唱した[69]

バンド・楽曲の特徴編集

楽曲は一般的には夏をイメージしたポップスや、ロック色の強いもの、バラードなどが知られているが、他にもヒップホップ民族音楽郷土音楽歌謡曲ジャズハードロックコミックソングまで幅広い要素を取り入れた楽曲があり、題材は恋愛セックス・郷土愛・ユーモア応援歌反戦・社会風刺ハナモゲラなど多岐にわたり、こうした様々な要素を意欲的に取り入れている。当然、夏以外の季節をイメージした楽曲も多く発表されている[注 5][70][71]。ちなみに、桑田は日本の四季の中では春が一番好きである事を公言している[72]

影響編集

桑田は、ニール・ヤングボブ・ディランポール・マッカートニーエリック・クラプトンアラン・トゥーサンビートルズからの影響を語っている[73]

楽曲制作・レコーディング編集

桑田はメロディやサウンドを鳴らしたいという動機で作曲・演奏を始めたため、主に"曲先"で楽曲を制作している[74]。そのため、初期の頃は「歌詞の意味はどうでもいい」と捉え「料理でいうお皿のようなもの」という感覚だったと述べていた[74]。その後はファンの反応や[75]、サポートミュージシャンを務めた小林武史小倉博和といった桑田曰く「詞の事をとても気にする人達」の影響で洗練されたものが多くなっていった[76]。1990年代からは仏教用語や熟語が少しずつ登場するようになり[77]、2010年代からは英語を意識的に減らしていくようになり日本語の歌詞を重視して書かれることが多くなった[78]

サザンの大半の楽曲のレコーディング形式としてはまず桑田が曲やポイントとなる言葉の一部分を作り、スタジオでメンバー・サポートミュージシャン・スタッフ・エンジニアなどにそれを伝え、全員がアイディアを出し合いながらイメージを膨らませ仮歌やオケを録音する。それと並行して桑田が作詞の作業に取り掛かり、一通り作詞して歌入れを始める。これ以降アレンジなどの細かな修正を繰り返して楽曲が完成するというものである[79][80][81]。また、「曲によって異なったニュアンスを出すため」という理由でベースなどを桑田が担当メンバーに代わって演奏することも時折ある[82]

桑田は作詞をする際に入念な下調べを行っており、さまざまな情報をくまなくチェック・インプットをし、それが曲のアイデアに繋がっていると野沢は述べており、「週刊誌なんかは、ぜんぶ読んでるんじゃないか」といった推測もしている[83]。歌詞はほとんど想像で書くこともあれば[84]、楽曲のテーマに関係する人物あるいはそれに詳しい周囲の人物やスタッフへの取材をもとに書かれることもある[85]。歌詞の中で桑田自身と異なる歌手像やペルソナが設定されていることも多い[86]

桑田が制作した楽曲の歌詞には前述の理由からメロディや符割りを優先する故に文法として正しくないものや[87]、勘違いして書いてしまった歌詞がそのまま使われたりする事もあり[88][83]、スタッフが訂正を促すこともあるが、歌いやすさなどを理由とした桑田の意向で大抵はそのまま残されている[87][88]

近年ではライブなどで演奏することを想定して制作したものも多くなった[89]。過去の作品には制作したものの、作り込み過ぎたが故にライブでの再現ができなかった楽曲が何曲も存在すると桑田は述べている[89]

サザンの楽曲は前述のとおり大半を桑田が制作・歌唱しているが、野沢を除き他のメンバーも一部の楽曲を制作・歌唱している。なお、メンバー全員で制作した曲は「ブルースへようこそ」「シャッポ」、個々のメンバー同士の共作は「チャイナムーンとビーフン娘」「人生の散歩道」のみである。

バンドとしてのスタンス編集

前述の通りバンド活動に集中する時期と各メンバーがソロ活動に集中する時期があるため、関口は「良くも悪くも、何かしら口実を設けないと動きにくいバンド」と表現している[90]。桑田は「大本営発表がある方が動き易いというか、先に流れをパーッと決める方がみんな楽だから。そういうバンドなんですよ(笑)」と語っている[91]

バンド仲について桑田は「やっぱりお互い若い時分には険がありましたよ。だけどもう、これこそ何度かバンドを休ませたりしているうちに、角が取れてきたというか(中略)互いの光る部分を見出し易くなった。今更無理難題を投げ合うくらいなら、その分できる事をたくさん頑張る方がいいもんね」と述べている[91]。また、関口はサザンが長く続いた秘訣として「『休み休みやることかな』としか答えようがない」と述べている[90]

桑田はサザンは5人だけではなく、スタッフを含めた総力戦であると述べている[81]。また、桑田はサザンをディレクションする点で最も重きを置いている点として「自分を含めたメンバー全員のバンドマンとしての気概とプライド」を挙げており[91]、メンバー全員は陰ながら努力を重ねていると述べている[92]

楽曲の世界観編集

和洋折衷

マーティ・フリードマンマキタスポーツのようにコード進行やメロディなどを「和洋折衷」と評す者も多い[93][94]

歌詞については教育学者明治大学文学部教授齋藤孝が「日本語の可能性を最大限に広げている」と評しており、桑田がたびたび行う当て字(二重読み)についても「こうした表現は江戸明治の時代によく見られる表現なんですね(中略)ひらがなは私たちの身体にスッと入っているもの、漢字は理知的で、頭のほうに入って来るものですのでこうして表現をする事によって、頭と身体の両方から掴む効果も生んでいると思います」と評価している。また、文語体口語体の混在も桑田の歌詞の大きな特色であるとしている[95]

桑田は日本語の情緒を「ある面でサザンがやっている事と合うと思う」と考えており、「言葉の意味そのものよりも、古来から日本語の持つ情緒、"粋さ"みたいなもんで自分の感性をダイレクトに出したい」「ビートルズとか外国の文化にもろに影響を受けてるけど、やっぱり日本の“ワビ”“サビ”の感覚っていうのを、もっと音楽に出していきたい」と述べている[96]。また、日本的なものから「平和」を含めた「””という言葉が好き」といった発言もしている[97][98]

初期の楽曲に登場した「ちょいと」などのフレーズに関しては、長唄落語などの語感に影響を受けたものであると述べている[96]

JAPPANEGGAE(ジャパネゲエ)」「CRY 哀 CRY」「通りゃんせ」などのように古語を取り入れた歌詞をロック調のメロディに乗せた楽曲も存在する。

松田はこうした和洋折衷な路線を「自分たちなりの和モノ路線というか、洋楽と和モノの折衷を、俺たちはかっこ悪いものとしてとらえていないから」と述べており、桑田の楽曲に対するバランスのとり方を高く評価している[99]

亀田誠治は、桑田の事を「『日本人である[注 6]』っていうことを最大の武器にして音楽を作られてる方だと思いますね」と評し、上述する和洋折衷な歌詞を「すごく日本っぽいキーワードをたくさん使ってる」「日本っていう国が持つ文化とか日本民族の歴史みたいなものを、桑田さんはごく自然に音楽の歌詞としてまとめあげてるんじゃないかっていう気がするんですね」などと高く評価している[102]

主に初期作品での英詞の監修を手掛けていた小林克也は和洋折衷な表現をする桑田の事を「日本人の洋楽コンプレックスを解放してくれた男」「明治や大正の文豪に連なる人」と評価している[103]

楽曲だけでなくライブの演出やグッズ・DVDなどにも和風要素を取り入れることも多い[104]

異国情緒的なモチーフを取り入れることについては、桑田が監督を務めた映画『稲村ジェーン』の制作時に「(劇中でスペイン語で歌唱する楽曲が流れたり、ハングル文字が書かれた看板やラマが登場する事について)ミスマッチの仕方が、多少定番とズレている方が面白い」といった持論を語っている[105]。また、こういった要素を興味本位で取り入れた楽曲[106]がきっかけで出自に関するデマが流れた事もある[107]

ナチカサヌ恋歌」「平和の琉歌」「神の島遥か国」などのような沖縄音楽を意識した楽曲も制作されている。

エロティック

エロティックな曲を制作する理由について桑田は「音楽って、やっぱりセックスがないとダメだと思うのね。(中略)そういう事の方が素直に歌詞にしやすいわけ。これは性格だと思うんだけど」と述べている[108]

齋藤孝は桑田のエロティックな表現について「日本人が明らかに性を謳歌していた江戸時代の文学作品に通じるものがある」と評している[109]

徳光正行ミッツ・マングローブは、桑田のエロティックな表現を「桑田さんは精神的な”永遠の童貞”的なところがいい」「エロ全開の曲もあれば、私小説のような美しいエロもある」(徳光)、「セックスに憧れている中坊の妄想みたいな感じが歌詞に出てる」「生々しさがない」「これが生々しいエロだったら、老若男女に支持されるはずがない」(ミッツ) と評価している[110]

亀田誠治は、桑田の妻である原由子の存在が桑田のエロティックな表現の品格を上げていると評価しており、「「桑田さんのエロは、かわいいエロなんですよ。ゆるしてあげてね、みんなでパーティー楽しもうね!」といった空気を、原由子さんの存在が醸し出してくれている」と述べている[111]

加山雄三は桑田の事を「本当にいいやつ。心が素晴らしいから、あんなスケベな曲が作れるんだよ」と述べている[112]

社会風刺・反戦歌

社会風刺反戦歌などの楽曲については5thアルバム「NUDE MAN」の頃から制作されている。

こうしたテーマの楽曲を作ることについて桑田は「光を描こうとすれば、どうしてもその対極にある忘れてはならないことも描かなければならない」[86]「明るいだけの歌はあまり面白くない」「大人でいれば辛いことがたくさんある」「世の中が不穏で歪んでいれば、歌だって自ずと歪むと思うんです」[113]「僕だって自分の日常がありますから、全ての問題について毎日思い続けていられるわけじゃない。(中略)ただ、それでもおかしいことはおかしいと思うものだし、たまたまそれがきっかけで音楽が生まれたのなら、それを歌えない空気も、そこで歌えない自分も僕は嫌なんです」[114]といった考えを述べている。一方で、インタビューでは「難しいことはよく分からない」[98]「政治も疎い」[115]といった事も述べている。

また、風刺は人を過剰に傷つけるためのものではあってはならないとし、「たとえば直接的に『○×反対』というのではなく、どこか粋でありたいし、○と×の間に様々なグラデーションがあると思います」[113]といった考えを述べている。事実、桑田が風刺や反戦をテーマにして制作した楽曲は、単に世相を批判したり、後ろ向きな事柄を描くだけでなく、曲によっては後ろ向きな事柄を描いた上で前向きな歌詞を書いたり[116]、日本国民に寄り添いエールを送ったり[117]、平和ボケをしている自分たちへの自戒を込めたり[118]、解釈を聞き手にゆだねるものも存在する[119]など、趣向を凝らしている事も特徴である。

なお、かつてはこういったテーマの曲で歌詞に過激なフレーズを入れた事も何度かあったが[注 7]、後年にはそうしたフレーズへの興味はなくなっており、「やっぱり流れが良くないと、尖った言葉ばっかりの羅列だと、やっぱりポップミュージックとしてはね。僕はあまり好きじゃないんですよね。メロディも大事だし」[120]「僕だってこう見えて、コンプライアンスだのなんだのと昔と比べたら相当気を配っているんです」[121]といった発言をしている。

反戦歌を作ることについては「戦争はなかなか無くならないことも、平和を訴えるうえでのある種の虚しさも、大人ですから薄々は気付いています。でも言うだけでも言わなきゃ夢が持てない。僕は夢のない世の中が一番怖いと思っています」と述べている。桑田の反戦を訴える姿勢は祖母や父の影響によるものであり、特に父からは満州からの引揚者だったこともあって、満州での話や「品格とは真逆の、人間が究極の状態に追い込まれた時の様子」などの話をよく聞かされていた事を述べている[114]

また、反戦歌の面ではザ・ビートルズボブ・ディランがきっかけで戦争や平和を意識した事と[97]、社会風刺の面では牧伸二の漫談やハナ肇とクレイジー・キャッツが出演していた『おとなの漫画』が好きだった旨を語っている[86]

渋谷陽一は、桑田がこうしたテーマで制作した楽曲を「自分の言葉のメッセージで社会を変えよう、政治に物申すっていうのではなくて、桑田佳祐も清志郎も、歌にした動機はひとつ、歌いたいからだったと思うんですよね」と評しており、桑田本人もこの主張に賛同している[120]

2015年のインタビューでは「メインストリームで風刺やプロテストソングを歌うアーティストが少ない現代で寂しさや使命感、もしくは矜持のような感情を抱くことはありますか?」といった質問をされ、桑田は「全くありません。そこは人それぞれですから。若い頃は恋愛や遊びに大半の時間を割くし、何より今の若い人と僕らでは生活環境も情報量もまったく違うでしょうから」「(自身に特定の主義主張や思想が無い事や、エロティックな楽曲を多数制作している事を述べた上で)つまり僕も俗物なんですよ」「ましてやシンガーソングライターの矜持なんかじゃない」「強いて言えば“衝動”でしょうか。作品としての歌って、本来は衝動的な叫びみたいなものじゃないですか」と答えている[113]

タイアップ先への気配り

CMソングや映画主題歌などの場合はタイアップのコンセプトや内容に合わせて制作することもあり、桑田がそういったイメージを曲より先に言葉にしてメンバーやスタッフに伝えるケースも存在している[122][123]。これについては桑田自身も「ぜーんぜん関係ない曲が『タイアップ決まりました』って言われても、あんまり楽しくないからね」と語っている[122]

渋谷陽一は「いや、そこがまたすごい。そして、やっぱり正しい、ポップミュージシャンとして」[122]岸谷五朗は「桑田さんが台本をもらって曲を書くと、ものすごいものができる」[124]寺脇康文は「心を震わせるって、こういうことだね。桑田さんの曲って、心を震わせたり、踊らせたりーー耳で聴くっていうより、心に聴かせるという感じ。桑田さん自身がそういう人間だからなんだろうな」[124]とこういった桑田の姿勢を高く評価している。

メンバー、スタッフ、ファンへの感謝

楽曲の中にはメンバー、スタッフ、ファンへの感謝が込められているものも存在している[125][126][43]

パフォーマンス編集

ライブではその時点でリリースした新曲から、初期の頃の楽曲まで幅広く選曲がされており、年々演奏曲が増えていくようになり[127]、現在では曲数はアンコールを含め30曲を超えることが多く、公演時間も長い場合で約3時間半に及ぶ[128]

楽曲によっては世界観を表現するためにバックモニターに楽曲のテーマにちなんだ映像が投影されたりダンサーが登場したりすることがある[129]。また、激しい楽曲に乗せて桑田が観客をあおったり[130]、女性ダンサーと絡んだり、野外ライブでは客席に水を撒く事も特徴である[50]

桑田はよく歌詞や段取りを間違えてしまうことがあり[131][50]、それが全国放送されてしまうこともある。それが2014年の年越しライブ「ひつじだよ! 全員集合!」の時のように一連の騒動を誘発する結果になった事もある[50]

音楽番組やライブでは、桑田が率先して近況・時事ネタ・下ネタ・ジョーク、メンバーやスタッフへのいじり・内輪ネタ・自虐ネタを交えてのトーク[132]、会場の状況に合わせた演出[133]、小道具やコスプレなどで観客や視聴者を笑わせることが多いが[134]、それらの意図が曲解されたり、度が過ぎたことで大きな問題になり、謝罪することになった事が何度かある[50]。また、ライブでは他のメンバーもその時々の流行や会場に合わせたネタをしたり、ものまねや内輪ネタ・自虐ネタ・メンバーいじりなどをして観客を笑わせている[135][131]

近年のライブではエンディングで桑田が観客やファンに対して感謝の念を述べるとともに「みんな死ぬなよ!」「頑張ろうな!」と呼びかけてステージを退場することが多くなった[128][129]

バンド・メンバーへの評価編集

10代から70代まで幅広い年齢層にファンが存在しているのが特徴であり[116]、多くのファンにとってサザンは、幅広い音楽性、パフォーマンス、メンバーのキャラクターを含め、“良質なエンタテインメント”として楽しみ、“青春の1ページ”として心に刻まれているといわれている[136]。また、サザンの楽曲で励まされ、心の支えにしている者も多いのも特徴の一つであり[137]、それゆえに「国民的バンド」と評されることもある[138]。『週刊文春』はこれについて「サザン・サウンドが国民的なのは、単に広い人気を誇るからだけではない。多くの問題を孕みながらも何とか前を向こうとする、そんな「日本の今」の気分が、どの曲にも凝縮されているからだ」と評している[139]

サザンの世代ではない10代・20代は音楽番組や自身の親が楽曲を聞いていたことからサザンを知り、ファンになった人が多い傾向がある[136]

楽曲だけでなくメンバーの人柄も評価されており、2014年にビクタースタジオを取材した『週刊文春』はサザンを「日本一のおもてなしバンド」と評している[140]

ファンに対しての対応も評価されており、チーフマネージャーの話によると、サザンのメンバー全員はファンレターにはすべて目を通しており、返信ハガキが同封されたものは時間が許す限り返信を書いているという[141]。また、桑田は公式BBS[142]やライブ後のアンケートの意見[143]にも目を通しており、それに対して共感したり[143]、ライブの演出の参考にする事もある[142]

サザンの幅広い音楽性やエンターテインメント性は幅広いミュージシャンからリスペクトされている[144]。また、レイ・チャールズ[注 8]KISS[145]などの外国人アーティストからも高い評価を得ている。

メンバーの人柄と上述した多様な作風やエンターテインメント性も相まって、性別や職業はもちろんの事、思想・主義主張や国籍・人種を問わず、多くの者から高い評価を得ているのも特徴である[146][147][148][149][107]

こういった高い評価を得ている一方で、一部楽曲やパフォーマンスに対しては毀誉褒貶・賛否両論となる事もある[50][107]。原は桑田の一部の楽曲やパフォーマンスが物議を醸したりすることに対して「『そんな時は一緒に怒られましょうね』という気持ちです(笑)」とコメントしている[150]。また、2014年のライブで起きた騒動の影響で炎上や曲解を怖れ「詞を書くときは気をつけなければ」と思うようになり、桑田に対して「変な曲解されませんように」と祈るようになった事や、騒動への謝罪の内容が正確に伝わるように伝えることの難しさを角田光代との対談で明かしている[151]

桑田夫妻と交流がある竹内まりやは、桑田の事を”ライブでいつもふざけて、バカばっかりやってる[注 9]”としたうえで「サザンオールスターズの主体はやっぱり原坊だと確信した」と評している[153]

亀田誠治は「サザンは、"大人の世界にはこんなお楽しみがあるんだぜ!!"と公共の電波に乗せて、国民的レベルで知らしめた画期的なバンドだと思うんです(中略)忘れてはいけないことは、桑田さんは、どんなにやんちゃをしても、どんなに激しいメッセージを出したり、どんなにエッチな事を言ったりしても、基本にあるのは"ラブ&ピース"であって、破壊的なパフォーマンスは絶対にしないということです」と評している[154]

サザンの楽曲には桑田の出身地である神奈川県茅ヶ崎市やその周辺都市が取り上げられる事も多く、市の関係者をはじめとして知名度や経済への貢献を評価する声も多い[155]

別名義での活動編集

アルバム『稲村ジェーン』は同名映画のサウンドトラックという性格上、収録されている楽曲により演奏者などのメンバーが異なる。このため、アルバムの名義は「サザンオールスターズアンドオールスターズSOUTHERN ALL STARS and ALL STARS)」とされている[156]

ちなみに、個々の楽曲でこの名義が使われたのは「稲村ジェーン」「美しい砂のテーマ」「LOVE POTION NO.9」「東京サリーちゃん」の4曲のみで、残りの7曲はサザンオールスターズおよび「稲村オーケストラ」「原由子 & 稲村オーケストラ」のいずれかで表記されている。特に、多くのアルバムに収録されている「希望の轍」は「稲村オーケストラ」のものであり、『ミュージックステーション』(テレビ朝日)においても同名義で出演し、披露された[157]

また、その他のユニットなどでは松田・野沢・大森を中心メンバーとする「S.A.S.Project」がオムニバスアルバム『SNOWBIRD HOTEL』に参加している他、関口のソロアルバム『World Hits!? of Southern All Stars』では「関口和之&砂山(SAZAN)オールスターズ」が結成された。

作品編集

シングル
  1. 1978年: 勝手にシンドバッド
  2. 1978年: 気分しだいで責めないで
  3. 1979年: いとしのエリー
  4. 1979年: 思い過ごしも恋のうち
  5. 1979年: C調言葉に御用心
  6. 1980年: 涙のアベニュー
  7. 1980年: 恋するマンスリー・デイ
  8. 1980年: いなせなロコモーション
  9. 1980年: ジャズマン (JAZZ MAN)
  10. 1980年: わすれじのレイド・バック
  11. 1980年: シャ・ラ・ラ/ごめんねチャーリー
  12. 1981年: Big Star Blues (ビッグスターの悲劇)
  13. 1981年: 栞のテーマ
  14. 1982年: チャコの海岸物語
  15. 1982年: 匂艶 THE NIGHT CLUB
  16. 1982年: Ya Ya (あの時代を忘れない)
  17. 1983年: ボディ・スペシャル II (BODY SPECIAL)
  18. 1983年: EMANON
  19. 1983年: 東京シャッフル
  20. 1984年: ミス・ブランニュー・デイ (MISS BRAND-NEW DAY)
  21. 1984年: Tarako
  22. 1985年: Bye Bye My Love (U are the one)
  23. 1985年: メロディ (Melody)
  24. 1988年: みんなのうた
  25. 1989年: 女神達への情歌 (報道されないY型の彼方へ)
  26. 1989年: さよならベイビー
  27. 1989年: フリフリ'65
  28. 1990年: 真夏の果実
  29. 1991年: ネオ・ブラボー!!
  30. 1992年: シュラバ★ラ★バンバ SHULABA-LA-BAMBA
  31. 1992年: 涙のキッス
  32. 1993年: エロティカ・セブン EROTICA SEVEN
  33. 1993年: 素敵なバーディー (NO NO BIRDY)
  34. 1993年: クリスマス・ラブ (涙のあとには白い雪が降る)
  35. 1995年: マンピーのG★SPOT
  36. 1995年: あなただけを 〜Summer Heartbreak〜
  37. 1996年: 愛の言霊 〜Spiritual Message
  38. 1996年: 太陽は罪な奴
  39. 1997年: 01MESSENGER 〜電子狂の詩〜
  40. 1997年: BLUE HEAVEN
  41. 1998年: LOVE AFFAIR 〜秘密のデート
  42. 1998年: PARADISE
  43. 1999年: イエローマン 〜星の王子様〜
  44. 2000年: TSUNAMI
  45. 2000年: HOTEL PACIFIC
  46. 2000年: この青い空、みどり 〜BLUE IN GREEN〜
  47. 2003年: 涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜
  48. 2004年: 彩 〜Aja〜
  49. 2004年: 君こそスターだ/夢に消えたジュリア
  50. 2004年: 愛と欲望の日々
  51. 2005年: BOHBO No.5/神の島遥か国
  52. 2006年: DIRTY OLD MAN 〜さらば夏よ〜
  53. 2008年: I AM YOUR SINGER
  54. 2013年: ピースとハイライト
  55. 2014年: 東京VICTORY
配信限定シングル
  1. 2018年:闘う戦士たちへ愛を込めて
  2. 2018年:壮年JUMP
スタジオ・アルバム
  1. 1978年: 熱い胸さわぎ
  2. 1979年: 10ナンバーズ・からっと
  3. 1980年: タイニイ・バブルス
  4. 1981年: ステレオ太陽族
  5. 1982年: NUDE MAN
  6. 1983年: 綺麗
  7. 1984年: 人気者で行こう
  8. 1985年: KAMAKURA
  9. 1990年: Southern All Stars
  10. 1990年: 稲村ジェーン
  11. 1992年: 世に万葉の花が咲くなり
  12. 1996年: Young Love
  13. 1998年: さくら
  14. 2005年: キラーストリート
  15. 2015年: 葡萄

ライブ・コンサートツアー編集

タイトル 公演規模・会場
1978 - 79年 サザンオールスターズデビューコンサート「胸さわぎ」
1979年 春五十番コンサート
Further on up the road
1980年 サザンオールスターズがやってくる ニャー! ニャー! ニャー!
ゆく年・くる年コンサート
1981年 そちらにおうかがいしてもよろしいですか?
1982年 愛で金魚が救えるか? サザンオールスターズ Paa Pooツアー '82
1982 - 83年 青年サザンのふらちな社会学 ツアー THE NUDE MAN
1983年 年越しライブ『俺たち今年も縁起者!』[158] 12月31日 渋谷ライブ・イン
1983 - 84年 SASたいした発表会 私は騙された!!ツアー '83〜'84[159]
1984年 少年マガジンプレゼンツ
熱帯絶命!ツアー夏 「出席とります」
1984 - 85年 大衆音楽取締法違反 "やっぱりアイツはクロだった!" 実刑判決2月まで
1984年 縁起者で行こう 12月31日 新宿コマ劇場
1985年 富士通スペシャル
KAMAKURA TO SENEGAL SOUTHERN ALL STARS avec TOURÉ KUNDA
1988年 NISSEKI SUPER LIVE 100 真夏の夜の夢
サザンオールスターズプレゼンツ 1988大復活祭
1989年 ハッピーニューイヤーズ'イブ いっちゃえ'89 サザンde'90 12月31日 横浜アリーナ
1990年 Panasonic Cheers!!
Southern All Stars Concert Tour 1990 夢で逢いまSHOW
サザンオールスターズ 年越しライブ 歌うサザンに福来たる 12月31日 横浜アリーナ
1991年 WOWOW MEETS
Southern All Stars THE 音楽祭 1991
Coca-Cola Special
サザンオールスターズ 闘魂!! ブラディ・ファイト 年越しLIVE
1992年 南天群星 北京で逢いましょう
1992 - 93年 NTT DoCoMo PRESENTS
サザンオールスターズ コンサートツアー "歌う日本シリーズ 1992〜1993"
1993 - 94年 Victor PRESENTS
サザンオールスターズ1993年末スペシャル 「しじみのお味噌汁」コンサート
1995年 サザンオールスターズ スーパー・ライブ・イン・横浜 ホタル・カリフォルニア
1996年 KIRIN LAGER PRESENTS
サザンオールスターズ スタジアムツアー 1996 「ザ・ガールズ万座ビーチ」
SOUTHERN ALL STARS 1996 年越しライブ in 横浜アリーナ 「牛」
1997年 サザンオールスターズ 年越しライブ 1997 「おっぱいなんてプー」
1998年 1998年 夏 サザンオールスターズ スーパーライブ in 渚園
"モロ出し祭り 〜過剰サービスに鰻はネットリ父ウットリ〜"
1999年 三菱電機 DIGITAL FESTA
サザンオールスターズ 1999
「Se O no Luja na Quites(セオーノ・ルーハ・ナ・キテス) 〜素敵な春の逢瀬〜」
サザンオールスターズ・シークレットライブ '99 SAS事件簿 in 歌舞伎町
SAISON CARD PRESENTS
サザンオールスターズ 年越しLIVE 1999 「晴れ着 DE ポン」
2000年 サザンオールスターズ 茅ヶ崎ライブ
サザンオールスターズ 年越しライブ '00-'01 「ゴン太君のつどい」
2003年 サザンオールスターズ SPECIAL LIVE IN 建長寺 6月28日 建長寺
SAS応援団 presents
サザンオールスターズ SUMMER LIVE 2003
「流石(SASが)だ真夏ツアー! あっっ!生。だが、SAS! 〜カーニバル出るバニーか!?〜」
ファンクラブ・スペシャルライブ
JAL presents
サザンオールスターズ SUMMER LIVE 2003
「流石(SASが)だ真夏ツアー! あっっ!生。だが、SAS! 〜カーニバル出るバニーか!?〜」

supported by WOWOW
特別公演 サザンオールスターズ SUMMER LIVE 2003
「流石(SASが)だ真夏ツアー! あっっ!生。だが、SAS! 〜カーニバル出るバニーか!?〜」
in OKINAWA
2004年 SAS応援団 presents
サザンオールスターズ 真夏の夜の生ライブ 海の日スペシャル
7月18日 ディファ有明
サザンオールスターズ 年越しライブ 2004-2005 「暮れのサナカ」
2005年 TOYOTA presents
SOUTHERN ALL STARS Live Tour 2005 みんなが好きです!
supported by RUSS-K
2006年 THE 夢人島 Fes.2006WOW‼
紅白! エンタのフレンドパーク Hey Hey ステーション …に泊まろう!
2008年 au by KDDI presents
サザンオールスターズ 「真夏の大感謝祭」 30周年記念LIVE
supported by WOWOW
2013年 WOWOW presents
サザンオールスターズ SUPER SUMMER LIVE 2013 「灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!!」
supported by Volkswagen Golf
2014年 サザンオールスターズ 年越しライブ2014 「ひつじだよ!全員集合!」
2015年 WOWOW presents
サザンオールスターズ LIVE TOUR 2015 「おいしい葡萄の旅」
2018年 サザンオールスターズ キックオフライブ 2018「ちょっとエッチなラララのおじさん」

なお、「年越しライブ」と呼ばれるカウントダウンライブは、横浜アリーナが所在する神奈川県の条例により18歳未満の入場が禁止となっている(12月31日公演のみ。かつては20歳以上の保護者同伴の場合だけ許可されていたが、2007年からの条例改正で入場が完全禁止となった)。

その他イベント編集

タイトル 公演規模・会場
1977年 East West'77
1978年 学園祭コンサート
1979年 JAPAN JAM
1980年 JAPAN JAM2
1983年 オールナイト・ニッポン スーパー・フェス `83 7月24日 西武ライオンズ球場
2005年 ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2005 8月7日 国営ひたち海浜公園
2018年 ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2018 8月12日 国営ひたち海浜公園

本表ではサザンオールスターズが出演した公演日のみを記載してあり、それ以外の公演日は記載していない。

受賞編集

日本レコード大賞編集

作品 カテゴリー
1979 10ナンバーズ・からっと ベスト・アルバム賞
1981 ステレオ太陽族 '81アルバムベスト10
1982 NUDE MAN ベスト・アルバム賞
'82アルバムベスト10
1983 綺麗 ベスト・アルバム賞
'83アルバムベスト10
1984 人気者で行こう 優秀アルバム賞
1985 KAMAKURA 優秀アルバム賞
1990 真夏の果実 最優秀ロック・ボーカル賞
ロック・ゴールド・ディスク賞
作曲賞
Southern All Stars 優秀アルバム賞
1992 世に万葉の花が咲くなり アルバム大賞
優秀アルバム賞
涙のキッス ゴールド・ディスク賞
2000 TSUNAMI 日本レコード大賞
優秀作品賞
2014 東京VICTORY 優秀作品賞
2015 葡萄 最優秀アルバム賞
2018 N/A 特別賞

日本ゴールドディスク大賞編集

作品 カテゴリー
1990 N/A アーティスト・オブ・ザ・イヤー
ベスト5・アーティスト・オブ・ザ・イヤー
1991 N/A ベスト5アーティスト賞
稲村ジェーン アルバム賞 ロック・フォーク部門(男性)
1993 N/A ベスト5アーティスト賞
涙のキッス ベスト5・シングル賞
1994 江ノ島 Southern All Stars Golden Hits Medley[注 10] アルバム賞 企画部門
1999 海のYeah!! ロック・アルバム・オブ・ザ・イヤー
さくら ロック・アルバム・オブ・ザ・イヤー
2000 TSUNAMI ソング・オブ・ザ・イヤー
2001 バラッド3 〜the album of LOVE〜 ロック・アルバム・オブ・ザ・イヤー
2004 涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜 ソング・オブ・ザ・イヤー
2005 君こそスターだ/夢に消えたジュリア ソング・オブ・ザ・イヤー
2006 キラーストリート ロック&ホップ・アルバム・オブ・ザ・イヤー
2009 I AM YOUR SINGER シングル・オブ・ザ・イヤー

日本有線大賞編集

作品 カテゴリー
1978 勝手にシンドバッド 新人賞[163]
1979 いとしのエリー 有線音楽賞[163]
1982 N/A 最多リクエスト歌手賞[163]
匂艶 THE NIGHT CLUB 有線音楽賞[163]
1993 エロティカ・セブン EROTICA SEVEN 有線音楽優秀賞[163]

その他編集

主な記録編集

オリコン編集

  • シングル・アルバム総売上:4897.0万枚(歴代5位・2017年6月現在)[165]

シングル記録編集

  • シングル売上ランキング(2008年現在)[166]
順位 曲名 発売日 売上枚数
1 TSUNAMI 2000年1月26日 293.6万枚[167]
2 エロティカ・セブン EROTICA SEVEN 1993年7月21日 174.3万枚
3 涙のキッス 1992年7月18日 154.9万枚
4 愛の言霊 〜Spiritual Message〜 1996年5月20日 139.5万枚
5 あなただけを 〜Summer Heartbreak〜 1995年7月17日 113.2万枚
6 シュラバ★ラ★バンバ SHULABA-LA-BAMBA 1992年7月18日 96.9万枚
7 HOTEL PACIFIC 2000年7月20日 82.3万枚
8 勝手にシンドバッド 1978年6月25日 80.6万枚
9 涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜 2003年7月23日 74.2万枚
10 いとしのエリー 1979年3月25日 72.8万枚

※「勝手にシンドバッド」は、2003年に再発された売上枚数も含む。

アルバム記録編集

  • アルバム売上ランキング(2008年現在)[166]
順位 タイトル 発売日 売上枚数
1 海のYeah!! 1998年6月25日 348.9万枚[173]
2 バラッド3 〜the album of LOVE〜 2000年11月22日 284.5万枚
3 Young Love 1996年7月20日 249.4万枚
4 世に万葉の花が咲くなり 1992年9月26日 179.4万枚
5 稲村ジェーン 1990年9月1日 133.7万枚
6 Southern All Stars 1990年1月13日 119.3万枚
7 キラーストリート 2005年10月5日 112.9万枚
8 NUDE MAN 1982年7月21日 97.1万枚
9 さくら 1998年10月21日 96.9万枚
10 KAMAKURA 1985年9月14日 95.6万枚

映像作品記録編集

ザ・ベストテン編集

  • 16週以上ベストテン入りした曲:4位タイ「いとしのエリー
  • 100週以上ベストテン入りした歌手:歴代9位(120週)
  • 10曲以上ベストテン入りした歌手:歴代13位タイ(14曲)
  • 10週以上第1位を獲得した歌手:歴代9位(14週)
  • 3曲以上第1位を獲得した歌手:歴代8位タイ(4曲)

出演編集

桑田佳祐も参照のこと。桑田の単独出演は、サザン名義の楽曲が使われたCMのみ掲載。その他各メンバーの出演番組などは、それぞれのページを参照。

CM編集

NHK紅白歌合戦出場歴編集

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1979年(昭和54年)/第30回 いとしのエリー 07/23 大橋純子
1982年(昭和57年)/第33回 2 チャコの海岸物語 07/22 Sugar
1983年(昭和58年)/第34回 3 東京シャッフル 15/21 青江三奈
2014年(平成26年)/第65回 特別出演 ピースとハイライト〜東京VICTORY - - トリ前、シークレットゲスト
注意点
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。

タイアップ楽曲編集

グループのソロ曲やカバー曲などは含まない。アルバムCMのために使用された曲など、サザン関連のCMで使用された楽曲は除く。

※タイアップやテーマソングとして使用された順に掲載。同一楽曲の別時期に渡る仕様の場合、1曲として使用順に掲載する。

2008年放送の『the波乗りレストラン』で使用された楽曲は、当該項目を参照。

楽曲 タイアップ
勝手にシンドバッド アサヒ飲料三ツ矢サイダーCMソング1978年)「三ツ矢andサザン2018」『まっすぐな青春編』CMソング(2018年
日本テレビドラマおとなの夏休み」第1話主題歌2005年
アブダ・カ・ダブラ 日清焼そばU.F.O.」CMソング[タイアップ注 1]
Let It Boogie LION「ザクトライオン」CMソング
宝塚歌劇団宙組公演「満天星大夜総会」
C調言葉に御用心 ナビスコ「チップスター」CMソング
青い空の心 (No me? More no!) アサヒ「三ツ矢サイダー」CMソング
ジャズマン (JAZZ MAN) 朝日放送バラエティさんまの駐在さん」エンディングテーマ
ふたりだけのパーティ ナビスコ「チップスター」CMソング
いなせなロコモーション アサヒ「三ツ矢サイダー」CMソング
Big Star Blues(ビッグスターの悲劇) アミューズ映画モーニング・ムーンは粗雑に」主題歌
朝方ムーンライト アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌
恋の女のストーリー アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌
Let's Take a Chance アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌
ステレオ太陽族 アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌(1981年
松竹映画「男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日」挿入歌(1988年
栞のテーマ アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌(1981年)[タイアップ注 1]
モンクレール 企業CMソング(1981年)
アシックス「アシックス・ジャケット」CMソング
フジテレビ系バラエティ「はねるのトびら」内『栞と博のテーマ』劇中歌 (2004年
素顔で踊らせて ユニ・チャーム「アンネナプキン」CMソング
MY FOREPLAY MUSIC サントリートリスウイスキー」CMソング
走れ!! トーキョー・タウン 日産パルサー」CMソング
逢いたさ見たさ病めるMy Mind 松下電器「ザ・サード」CMソング
女流詩人の哀歌 ユニ・チャーム CMソング
講談社文庫 企業CMソング
雪印「スライスチーズ」CMソング
NUDE MAN 松下電器「ヘッドフォンステレオ WAY」CMソング
来いなジャマイカ 日産「パルサー」CMソング
いとしのエリー TBS系ドラマ「ふぞろいの林檎たち」主題歌
Computer Children 富士通「富士通テレホン」CMソング
怪物君の空 大塚製薬オロナミンC」CMソング
悲しみはメリーゴーランド 三菱鉛筆「EXCEED」CMソング[タイアップ注 2]
旅姿六人衆 テレビ朝日系「ワールドプロレスリング」エンディングテーマ(1988年
日本テレビ系バラエティ「ザ!世界仰天ニュース」内『加藤大ダイエット企画』テーマソング (2005年
フジテレビ系ドラマ「死亡推定時刻」エンディングテーマ(2006年
女神達への情歌(報道されないY型の彼方へ) フジテレビ系バラエティ「夢で逢えたら」オープニングテーマ
さよならベイビー 東宝映画「彼女が水着にきがえたら」主題歌
フリフリ'65 フジテレビ系バラエティ「夢で逢えたら」オープニングテーマ
愛は花のように (Olé!) NISSAY 企業CMソング
忘れられた Big Wave リクルート「B-ing」CMソング
東宝映画「稲村ジェーン」挿入歌
YOU NISSAY 企業CMソング
真夏の果実 東宝映画「稲村ジェーン」主題歌
auLISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング
希望の轍[タイアップ注 3] 東宝映画「稲村ジェーン」挿入歌(1990年
フジテレビ系情報番組めざましテレビ」内『ワールドキャラバン』テーマソング(1994年
テレビ朝日系アニメ「クレヨンしんちゃん」劇中歌(1999年
フジテレビ系「FNS ALLSTARS 27時間笑いの夢列島」テーマソング(2001年
JR東日本茅ケ崎駅東海道線ホーム発車メロディ2014年
ネオ・ブラボー!! JNN・TBS系報道番組筑紫哲也 NEWS23」エンディングテーマ
シュラバ★ラ★バンバ
SHULABA-LA-BAMBA
NTT DoCoMo 企業CMソング
TBS系ドラマ「ずっとあなたが好きだった」挿入歌
君だけに夢をもう一度 TOYOTAカリーナ」CMソング
涙のキッス TBS系ドラマ「ずっとあなたが好きだった」主題歌
au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング
CHRISTMAS TIME FOREVER 丸井「'92 ○|のクリスマス;」キャンペーンソング
せつない胸に風が吹いてた TBS系「39時間テレビ」テーマソング
エロティカ・セブン EROTICA SEVEN フジテレビ系ドラマ「悪魔のKISS」主題歌(1993年
宝塚歌劇団花組舞台公演「cooktail」劇中歌(2002年
クリスマス・ラブ(涙のあとには白い雪が降る) 丸井「'93 ○|のクリスマス」キャンペーンソング
あなただけを 〜Summer Heartbreak〜 フジテレビ系ドラマ「いつかまた逢える」主題歌(1995年
テレビ朝日アニメクレヨンしんちゃんスペシャル! 家族みんなでハワイだゾ しかもオラ人魚に恋したゾ」挿入歌(1997年
愛の言霊 〜Spiritual Message 日本テレビ系ドラマ「透明人間」主題歌
au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング
恋のジャック・ナイフ キリンビールキリン・ラガー」CMソング
太陽は罪な奴 キリンビール「キリン・ラガー」CMソング
胸いっぱいの愛と情熱をあなたへ ゼネラルモーターズキャデラック・セヴィル」CMソング
Moon Light Lover ニフティNIFTY-Serve」CMソング
01MESSENGER 〜電子狂の詩〜 NISSANルキノ」CMソング
BLUE HEAVEN ケンタッキー「ケンタッキークリスマス '97」キャンペーンソング
LOVE AFFAIR 〜秘密のデート〜 TBS系ドラマ「Sweet Season」主題歌
アサヒ飲料「三ツ矢andサザン2018」『焦がした心編』CMソング(2018年)
Ya Ya(あの時代を忘れない) MAZDAMPV」CMソング[タイアップ注 2]
平和の琉歌 JNN・TBS系報道番組「筑紫哲也 NEWS23」エンディングテーマ
PARADISE フジテレビ系ドラマ「ハッピーマニア」主題歌
CRY 哀 CRY 三菱電機「モバイルキャンペーン」CMソング
唐人物語(ラシャメンのうた) テレビ朝日系ドキュメンタリー番組驚きももの木20世紀」テーマソング
素敵な夢を叶えましょう 関西テレビ系ドラマ「こいまち」主題歌(1998年
TBSラジオ爆笑問題カーボーイ」エンディングテーマ(2006年
TSUNAMI TBS系バラエティ「ウンナンのホントコ!」内『未来日記III』テーマソング
TBS系ドラマ「元カレ」挿入歌
au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング
HOTEL PACIFIC WOWOW「サマーキャンペーン」CMソング
この青い空、みどり 〜BLUE IN GREEN〜 関西テレビ系ドラマ「神様のいたずら」主題歌
フジテレビ系音楽バラエティ桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜」エンディングテーマ
雨上がりにもう一度キスをして JAL「FLY! JAL! '03」キャンペーンソング
涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜 フジテレビ系ドラマ「僕だけのマドンナ」主題歌
経験II TBS系音楽バラエティ「うたばん」オープニングテーマ
彩 〜Aja〜 JAL「FLY! JAL! '04 Spring」キャンペーンソング
FRIENDS 地球ゴージャスミュージカル「クラウディア」主題歌
夢見るアニバーサリー[タイアップ注 3] JAL「FLY! JAL! 銀婚旅行編」キャンペーンソング
君こそスターだ TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング
au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング
夢に消えたジュリア JAL「FLY! JAL! '04 Summer」キャンペーンソング
愛と欲望の日々 フジテレビ系ドラマ「大奥 〜第一章〜」主題歌
LONELY WOMAN TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング
神の島遥か国 TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング
BOHBO No.5 TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング
ロックンロール・スーパーマン 〜Rock'n Roll Superman〜 TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング
DIRTY OLD MAN 〜さらば夏よ〜 フジテレビ「お台場冒険王 2006」テーマソング
I AM YOUR SINGER au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング
アサヒ飲料「三ツ矢andサザン2018」『照りつける太陽編』 CMソング(2018年)
OH!! SUMMER QUEEN 〜夏の女王様〜 資生堂「サマーキャンペーン」CMソング
ピースとハイライト フォルクスワーゲンNew Golf」CMソング
栄光の男 三井住友銀行「NEVER STOP CHANGING」キャンペーンソング
東宝映画「永遠の0」主題歌[タイアップ注 4]
パリの痴話喧嘩 サッポロビール「プレミアムアルコールフリー」CMソング
東京VICTORY 三井住友銀行「Lady, Fight!」キャンペーンソング
TBS系「2014 アジア大会&世界バレー」テーマソング
TBS系「2018 アジア大会&世界バレー」テーマソング
SUBARUフォレスター」CMソング
イヤな事だらけの世の中で TBS日曜劇場『流星ワゴン』主題歌(2015年)[182]
平和の鐘が鳴る NHK 放送90年イメージソング
アロエ WOWOW 2015 CMソング
はっぴいえんど ジェイティービー「JTBの夏旅」CMソング
天井棧敷の怪人 NACK5ファンキーフライデー」エンディングテーマ
弥蜜塌菜のしらべ アサヒ飲料 三ツ矢サイダー「夏とサザンとサイダーと」「三ツ矢andサザン2018」CMソング
みんなのうた アサヒ飲料 三ツ矢サイダー「三ツ矢andサザン2018」『まぶしすぎる記憶編』CMソング
闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて 松竹映画『空飛ぶタイヤ』主題歌
壮年JUMP アサヒ飲料 三ツ矢サイダー 「三ツ矢andサザン2018」『走り続ける情熱編』CMソング
北鎌倉の思い出 20世紀フォックス映画 KADOKAWA配給映画「ビブリア古書堂の事件手帖」主題歌
  1. ^ a b タイアップ用に歌詞やメロディが書き換えられている未作品化のもの
  2. ^ a b CM用にアレンジされたもの
  3. ^ a b 厳密にはサザンオールスターズ名義でないもの
  4. ^ 映画用にアレンジされたもの

バージョン違いの楽曲編集

サザンの楽曲の中には、タイトルに表記がされていなくとも、シングルとアルバムでバージョンやテイクの異なる曲がいくつか存在する。また、シリーズものや、メドレー形式で構成される歌詞やテイクの異なった楽曲も多い。

※シングルに収録されたライブテイク、再発によるリマスタリング、『キラーストリート』収録曲でアレンジの変更が無い楽曲は除く。

曲名 オリジナル収録作品 バージョン違い収録作品 アルバムバージョンでの違い オリジナル版のアルバム収録
気分しだいで責めないで 気分しだいで責めないで 10ナンバーズ・からっと 唯一完全にテイク違いの楽曲。
イントロアウトロの展開の変更、間奏のフェイクや歌いまわしの変更など。
×
アブダ・カ・ダ・ブラ (TYPE 3) いとしのエリー アレンジの異なるTYPE 1、歌詞の異なるTYPE 2が存在。
先出が先行シングルc/wのTYPE 3であり、TYPE 3のみアルバム未収録。
×
思い過ごしも恋のうち 10ナンバーズ・からっと 思い過ごしも恋のうち ボーカルやテイクに変更は無いが、ホルン及びコーラスに手が加えられている。
アルバムからのシングルカットであるため、シングルバージョンが後出。
×
Hey! Ryudo! 涙のアベニュー タイニイ・バブルス 演奏部分は同一だが、シングル版のラストにあった桑田と関口の掛け合い及びそれに続くアウトロが省略されている。 ×
Tiny Bubbles (type-A) タイニイ・バブルス オリジナルは『ふたりだけのパーティ〜Tiny Bubbles (type-A)』というメドレー曲の中での一幕。
同アルバムに『tiny Bubbles (type-B)』が存在し、こちらはテイク違い。
ボディ・スペシャルI ボディ・スペシャルII ボディ・スペシャルII タイトルこそシリーズ物である『ボディ・スペシャルI』がc/wとして存在するが、作曲者がそれぞれ桑田、原で異なる完全な別物。後者はインスト曲。 ×
(IIのみ収録)
ALLSTAR'S JUNGO EMANON 綺麗 オリジナル版のほか、短いインスト版となったバージョンが『ALLSTAR'S JUNGO (Instrumental)』として共にアルバムに収録された。
単なるカラオケバージョンではなく、演奏時間やイントロが変更されている。
JAPANEGGAE (ジャパネゲエ) 人気者で行こう Tarako メロディなどはほぼ同一だが、テイク及び歌詞が英語に書き換えられた『Japaneggae (Sentimental)』が存在する。 ×
悲しみはメリーゴーランド KAMAKURA KAMAKURA 楽曲の一部分がインストとして短く『夕陽に別れを告げて 〜 メリーゴーランド』のアウトロ部分にメドレー形式で収録。
アルバムの収録曲順では『夕陽に〜』の方が先であるため、『メリーゴーランド』部分がフルバージョンで収録された形とも言える。
真夏の果実 真夏の果実 稲村ジェーン 楽曲部分には一切手が加えられていないが、楽曲終了後にサウンドトラックの特性上、カップルの会話がそのまま収録されている。
愛は花のように (Olé!)
忘れられた Big Wave
Southern All Stars
恋のジャック・ナイフ 愛の言霊 〜Spiritual Message Young Love イントロ部分のラップのみテイク違い。『海のYeah!!』収録版もアルバムバージョン。 ×
太陽は罪な奴 太陽は罪な奴 アルバムの構成上、イントロに波の音が収録されている。
それ以外はシングル版と全く同一であり、上記の理由でイントロに手が加えられている事情もあり、『海のYeah!!』にはオリジナル版が収録された。
LOVE AFFAIR 〜秘密のデート〜 LOVE AFFAIR 〜秘密のデート〜 さくら イコライザーで高音域を狭めた演出効果上のアレンジが加えられている。MIX自体はシングル版と同じ。
01MESSENGER 〜電子狂の詩〜 01MESSENGER 〜電子狂の詩〜 同一楽曲のアルバムバージョンとしては、唯一タイトルが異なる楽曲。
『(The Return of)01MESSENGER 〜電子狂の詩〜 <Album Version>』と改題されテイク及びアレンジが異なる。
×
雨上がりにもう一度キスをして 涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜 キラーストリート イントロにドラムスの追加、アウトロの省略[82]それ以外の演奏部分は同一。 ×
恋人は南風 ラストのフェイクがカット[82]。それ以外は完全に同一。 ×
君こそスターだ 君こそスターだ/夢に消えたジュリア イントロにカウント及びハンドクラップの追加。ギター追加[82] ×
BOHBO No.5 BOHBO No.5/神の島遥か国 ボーカル及びホーンセクションの音量が上がりより派手に[82]。それ以外は同一。 ×
LONELY WOMAN 愛と欲望の日々/LONELY WOMAN 1番Bメロにコーラスを追加[82]。それ以外は同一。 ×
キラーストリート キラーストリート 基はインスト曲だが、同アルバムに『The Track for the Japanese Typical Foods called “Karaage” & “Soba” 〜 キラーストリート (Reprise)』として、歌詞の付いたショートバージョンが収録。

書籍編集

写真集編集

関連書籍編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ ただし、桑田は「やはり僕は日本人。いくらロックに憧れても、僕らは発祥地たる西洋の人たちと同じにできないじゃないですか」(『週刊文春』2014年9月18日号でのインタビュー特集 p17)といい、自らの音楽を「ロック」と述べる事は少なく、「歌謡曲」(「BRUTUS」2011年3月1日号 p.36)「芸能」「ポップス」(『週刊文春』2014年9月18日号でのインタビュー特集 p15)「大衆音楽」(『葡萄』のキャッチコピー「大衆音楽の粋、ここに極まれり!」[1] など)という事が多い。
  2. ^ 小中学校の同級生で、バンド仲間だった。後にワーナーミュージック・ジャパンストラテジック本部シニア・チーフプロデューサー等の役職に就く傍ら地元・茅ヶ崎でミュージック・ライブラリー&カフェ「Brandin」を営む[2]
  3. ^ なお、大森が語ったところによると、野沢が大森に「このバンドでパーマネントでやりたいと真剣に考えてる」と告げ、後日この旨を聞かされた桑田はそれに対して「ああそう?」と述べ、良いとも悪いとも言わなかったという[6]
  4. ^ 茅ヶ崎でのライブ実施に伴う署名に徳光和夫が参加した。
  5. ^ 春では「彩 〜Aja〜」「DEAR MY FRIEND(桑田ソロ曲)」。秋では「NEVER FALL IN LOVE AGAIN」。冬では「シャ・ラ・ラ」「クリスマス・ラブ (涙のあとには白い雪が降る)」「白い恋人達(桑田ソロ曲)」「LONELY WOMAN」などがある。また「通りゃんせ」「イヤな事だらけの世の中で」のように一曲の中に全ての季節を想起させるフレーズを入れた楽曲も存在する。
  6. ^ 桑田は度々著書やインタビューで「僕の中にあるのは、当然、日本人の情緒そのもの[100]」「みんなもっと日本人であることを懐かしむべきだよ[96]」「やはり僕は日本人[101]」といった事を発言している。
  7. ^ Mr.ブラック・ジャック 〜裸の王様〜」の四番などのように歌詞カードが伏字にされたケースもある。
  8. ^ 1989年には、サントリーが発売するウイスキーホワイト」のCMソングとして「いとしのエリー」をカヴァーしている。
  9. ^ ただし、その一方で竹内は桑田の人柄を「とても純粋な人」とも評しており、エロティックな発言やジョークなどについても「照れ隠し」と認識している旨も述べている[152]
  10. ^ サザンオールスターズ名義ではなく、Z団名義で発売された作品。
  11. ^ 2003年盤である。オリジナル版(1978年発売)は3位である。
  12. ^ CHAGE and ASKADREAMS COME TRUE安室奈美恵宇多田ヒカルなどが同じく歴代5位である。
  13. ^ 桑田佳祐もソロとして同記録を保持している。
  14. ^ 本作発売当時は消費税3%である。

出典編集

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関連項目編集

外部リンク編集