社会民主党 (日本 1996-)

日本の政党

社会民主党(しゃかいみんしゅとう、: Social Democratic Party、略称: SDP[18]SDPJ[19])は、日本の政党[7][13]。1996年1月に55年体制下で野党第一党であった日本社会党が改称して発足した社会民主主義政党である[1][7][8][9][10]

日本の旗 日本政党
社会民主党
Social Democratic Party
Logo Social Democratic Party.svg
Maruki Enomoto Building 2017-11-26.jpg
社会民主党本部が入居するマルキ榎本ビル
党首 福島瑞穂
副党首 大椿裕子
幹事長 服部良一
成立年月日 1996年1月19日[1]
前身政党 日本社会党[注釈 1]
本部所在地
〒104-0043
東京都中央区3-18-17
マルキ榎本ビル 5階[2]
衆議院議席数
1 / 465   (0%)
(2021年11月1日現在)
参議院議席数
1 / 245   (0%)
(2021年10月15日現在)
都道府県議数
19 / 2,668   (1%)
(2020年12月31日現在[3]
市区町村議数
94 / 29,762   (0%)
(2021年10月31日現在[3]
党員・党友数
約11,000人
(2021年2月21日現在[4]
政治的思想・立場 中道左派[5] - 左派[6]
社会民主主義[7][8][9][10]
民主社会主義[11]
新自由主義と対峙[8]
新保守主義と対峙[8]
環境主義[8]
多文化主義共生主義)[8]
連帯経済[8]
護憲[12][13]
平和主義[13]
機関紙社会新報[14][15]
『月刊社会民主』[15]
政党交付金
3億1228万3000 円
(2021年10月20日決定[16]
公式カラー     スカイブルー [17]
国際組織 社会主義インターナショナル[1]
法人番号 3010005002277 ウィキデータを編集
公式サイト 社民党OfficialWeb
テンプレートを表示

日本語略称は「社民党(しゃみんとう)」[20][21]、「社民(しゃみん)」[22]。1字表記の際は、「」と表記される[22]

国際組織の社会主義インターナショナルに加盟しており、党首の福島が副議長を務めている[23]

概要編集

社会民主党は、綱領的文書の「社会民主党宣言」では「社会民主主義を掲げる政党」としており、「日本における社会民主主義の理念」は「平和自由・平等・共生」としている[8]。また「競争最優先の市場万能主義に立つ新自由主義」「強大な政治、経済、軍事力を背景に特定の価値観を押しつけようとする新保守主義」に最も厳しく対峙するのが社会民主主義であるとしている[8]

1996年1月に日本社会党が改称して発足し、継続して自社さ連立政権に参加。新党さきがけとの合流を模索し、同年9月に合流推進派は民主党を結成したが、不参加者により社民党も存続した[7][8][9][10][1][24]。1998年5月に連立離脱。2009年に民社国連立政権に参加したが、2010年に離脱。

2020年には民主党の系譜上にある立憲民主党との合流を模索したが、地方組織などに慎重意見があることから10月22日の常任理事会で国会議員や地方組織の離党を「容認」する決議を11月14日の臨時党大会で諮ることが決まり、さらに分裂する見通しが確実となった[25][26]

党史編集

 
1990年代の政党の離合集散

村山富市党首時代 (1996)編集

党名変更、民主党への合流を模索編集

1996年1月の日本社会党第64回大会での名称変更決定を受け、3月に第1回大会を開き結成された。初代党首は日本社会党の村山富市委員長が引き続き務め、幹事長には佐藤観樹が就任した。村山内閣総辞職により成立した第1次橋本内閣に引き続き与党として参加し、自社さ連立政権の枠組みを維持した。一方、党名変更と自社さ連立政権に批判的な左派勢力は、1月に離党し新社会党を結党した。

結党時はさらに新党を作るための過渡的政党との位置づけであり、新進党にかわって反自民勢力の中核となりつつあった民主党(いわゆる「旧民主党」)への合流も模索したが、総選挙を控えた1996年9月に民主党は社民党・新党さきがけの長老議員で新党結成に消極的であった者の参加を拒否した(これに批判的なマスメディアなどからは「排除の論理」と呼ばれた)。拒否されなかった佐藤観樹ら右派系および一部左派の議員多数は別個に民主党へ参加したが、社民党としては単独で総選挙を戦うことになる。

土井たか子党首時代 (1996-2003)編集

党勢縮小と自社さ連立政権離脱編集

総選挙に向けた立て直しの一環として、1996年9月28日、社会党時代に委員長を務めた土井たか子が党首に復帰する。社会党時代の支持基盤であった労働組合の大半が民主党支持に転じたため、土井党首は辻元清美市民運動出身者を積極的に立候補者に起用したが、第41回衆議院議員総選挙(10月20日投開票)では15議席しか獲得できなかった。この選挙で初当選した議員は「土井チルドレン」と呼ばれた。総選挙後は、閣外協力として引き続き連立政権第2次橋本内閣)に参加したが、1998年5月に連立政権から離脱した。

政権離脱後の1999年東京都知事選挙では旧社会党時代から唯一の都知事選における自主投票となった。第42回衆議院議員総選挙(2000年6月25日実施)では4議席増の19議席を確保したが、第19回参議院議員通常選挙(2001年7月19日実施)では小泉旋風の煽りをうけて得票・議席とも大幅に減らした。その結果、同年の第7回党大会で自社さ連立政権以来の旧幹部が退き、幹事長に福島瑞穂、政審会長に辻元清美など市民派が重要ポストに就いた。これ以後、自由民主党に対する対決姿勢が強まった。2000年(平成12年)から2003年(平成15年)にかけて女性議員の比率が増加して社民党の衆議院議員が男性9人で女性10人になり衆参の国会議員の男女比がほぼ同数になった。

2001年10月、日本近海で続く北朝鮮不審船対策として、停船命令に従わない不審船への船体射撃を認める海上保安庁法改正案に対し、「警察比例の原則を逸脱し、警備体制の充実を踏み越えた内容である」[27]などの観点から反対した。

2002年4月に国連の「テロ資金供与防止条約」を批准するための関連新法が国会で可決、成立した。テロ資金の授受で仮名口座などが受け皿になることが多いため、金融機関に対し口座開設や200万円以上の現金取引を行う際、顧客の身元確認(本人確認)を義務付ける法案であるが、「罪刑法定主義、構成要件の明確性を求める刑事司法の原則に違背し、この法律が施行されれば思想・良心の自由信教の自由等を侵害する虞があり、戦争その他国家による武力の行使による犠牲者に対する人道的な国際的救援活動を制約する虞もある」という自由人権協会の意見を引用し、反対した[28]

2002年9月17日日朝首脳会談において、北朝鮮側が日本人の拉致を公式に認めたが、このことにより社会党時代より朝鮮労働党と友党関係を結んで積極的に交流していた社民党は、それまでの拉致問題への対応を巡って世論から非難に晒されることになり、党内でも田嶋陽子が公然と党を批判した。

第43回衆議院議員総選挙(2003年11月9日実施)では、自民・民主の二大政党への流れに押され、議席数が18から6へ、3分の1に減じた。党首の土井自身も小選挙区で落選し、比例復活で辛うじて議席を確保した。選挙後、土井は党首を引責辞任した。

福島瑞穂党首時代 (2003-2013)編集

土井前党首落選、自衛隊違憲路線への回帰編集

 
党首辞任後、東京都議会議員選挙を応援する土井たか子(2005年7月2日)。

2003年11月15日福島瑞穂が党首に就任。幹事長には自治労出身の又市征治が就任し、労組、エコロジー派、消費者運動、市民派 (NPO) 等の吸収を目指して、新しいグローバリゼーションの状況に対抗可能な社会民主主義を模索した。

2004年第20回参議院議員通常選挙(2004年7月25日実施)では、前党首の土井が「選挙違反をやっていいとは言わないが、すれすれのところまで、本気になって頑張ろう」と声明を発した[29]。福島をはじめ比例区で2議席を確保し、複数議席獲得により解党などの事態は回避できた。

第44回衆議院議員総選挙(2005年9月11日投開票)では、選挙前に副党首の横光克彦、元政策審議会長の濱田健一らが離党、民主党に移籍した。議席数は公示前の5議席から7議席に回復したが、比例近畿ブロックで単独立候補していた土井が落選した。

2006年2月11日、12日の第10回党大会で「社会民主党宣言」[8]を採択した。この中で自衛隊は「現状、明らかに違憲状態にある自衛隊は縮小を図り、国境警備災害救助・国際協力などの任務別組織に改編・解消して非武装の日本を目指します」と記載され、旧社会党時代の1994年に村山首相が打ち出した自衛隊合憲・容認路線は修正された。同時に、1993年政治改革関連4法案に反対し処分された17名のうち離党した者を除く9名の処分を取り消したほか、元党首の村山、土井両人が「名誉党首」就任した。一方、新社会党及び「9条ネット」については、又市は「『戻ってらっしゃい』と言っている。『村山政権のときに安保・自衛隊を認めた』と、馬鹿みたいな話をまだしている。」と批判した。その後、新社会党幹部の原和美2010年形式的に離党し社民党比例候補として参院選に出馬した。

2007年4月20日、国の海洋政策を一元化するための海洋基本法と、ガス田掘削施設などの周辺への船舶進入を規制する海洋構築物安全水域設定法に対し、党派としては唯一反対。福島は「この法律は領土問題や資源問題について近隣諸国との関係に影響を与えるものである。拙速に行うと、交渉に悪い影響を与えることになる。」とコメントした。

ねじれ国会から政権交代まで編集

2007年に入ると、自民党の支持率が低減し、政権交代が現実味を帯びるようになる。

第21回参議院議員通常選挙(2007年7月29日実施)では、「憲法9条と年金があぶない! 今回は社民党へ」をキャッチコピーに、憲法と年金問題を中心に主張し、政党CMではアニメを採用するユニークなCMを流した。結果は幹事長の又市を含め比例区で2議席確保の参議院計5議席にとどまったが、民主党系会派と社民党の議席の合計が過半数に達し、参議院ではねじれ現象を誕生させた。

同年12月22日、本部にて第11回党大会を開催し、立候補者1名のみの無投票で福島の党首当選(3期目)を正式に決定した。福島は「次回の衆議院選挙で2桁(10人以上)の当選を目指す」と宣言した。この党大会では1998年(自民党当時総裁の橋本龍太郎)以来久々に、他党幹部として民主党代表代行の菅直人国民新党副代表の自見庄三郎らが来賓出席した。また、党役員人事では副党首に幹事長の又市征治、幹事長に国会対策委員長の重野安正、副幹事長に東京都連副会長だった保坂展人が就くことになった。また、参院選比例区候補だった上原公子は、社民党を労組依存体質から脱却し、市民運動NPOの連合体を目指す党改革案を提出し話題となった。

2009年東京都議会議員選挙では議席回復はできなかったが[30]、昭島選挙区で野党系候補(社民党は推薦)の星裕子が当選した(当選後は生活者ネットの会派に所属)。

民主党の連立政権に参加、曖昧な自衛隊の憲法解釈編集

2009年第45回衆議院議員総選挙においては、党として上述の「次回の衆議院選挙で2桁(10人以上)の当選を目指す」に及ばず敗北した。しかし、圧勝した民主党に対して、国民新党と共に政策合意に基づく、歴史的な民社国連立政権に参加することになった。この3党合意により、鳩山内閣において、党首の福島の閣僚入り(消費者・少子化担当相)が決定し、基本政策閣僚委員会が設定された。自社さ連立政権以来、13年ぶりに閣僚を送り込み、11年ぶりに与党に復帰した。また、国土交通副大臣辻元清美が就任した。

2006年の「社会民主党宣言」では、自衛隊は「違憲状態」としたが、社会民主党が政権与党となった際に党首である福島瑞穂は、大臣就任後の2010年3月1日の衆議院予算委員会において、自衛隊の日本国憲法上の位置づけについて「(党として合憲違憲か)結論を出していない」としており、同月12日の参議院予算委員会では、自民党の佐藤正久の「(自衛隊を)合憲と認めるか」との質問に対して、「閣僚としての発言は差し控えさせていただく」として答弁を拒んだが、最終的に「社民党の方針は変わらない。内閣の一員としては内閣の方針に従う。自衛隊は違憲ではない」と答弁した[31]

2009年12月の社民党党首選挙で福島瑞穂は、アメリカ軍普天間基地の問題について、国外や県外への移設を強く主張し、党内の照屋寛徳ら国外・県外移設を強く主張する議員[32] に応えたこともあり、無投票で福島が再選した。

普天間基地移設に反対、福島大臣罷免編集

普天間基地移設問題は、従来からの社民党の主張である基地の国外、県外への移設を連立政権の中でも主張し、閣僚である党首の福島は「鳩山内閣が万が一、辺野古沿岸部に海上基地をつくるという決定をした場合には、社民党にとっても、私にとっても、重大な決意をしなければならない」と述べ、基地問題の解決のために、連立政権からの離脱も辞さない覚悟で基地を国外・県外へ移設させる強い覚悟を示した。2009年12月15日、与党3党で基本政策閣僚委員会を開き、民主党が具体的期日を設けることを求めたのに対して社民党は「重要なことは期限ではなく、沖縄県民の負担軽減と、沖縄県民、日本国民の多くが納得するような結論を3党で力を振り絞って出すこと。そうでなければ結局、この問題は解決しない」と述べ拒否したため、米軍普天間基地の移設先に関する方針決定を先送りし、連立3党実務者でつくる協議機関で再検討することを決めた。

12月24日、社民党は、基地のグアム移転を目指して党内に米軍普天間飛行場の移設問題に関するプロジェクトチームを発足させた。プロジェクトチームは2010年1月中に米グアム島を視察し、米側の普天間移設問題に対する認識を確認するため、ワシントン訪問も検討した。同年1月10日、福島は、来日中の米議会下院外交委員会「アジア・太平洋・地球環境小委員会」の委員長エニ・ファレオマバエガマイク・ホンダジョゼフ・カオら下院議員と米軍海兵隊を主力とする普天間飛行場移設問題について意見交換した。ファレオマバエガは、会談後の記者会見で「誰もが納得できるような解決につなげるための情報収集を目的に来日した。同移設問題の方針決定は日本の国内問題だが、今後も行方を見守り、解決につなげていきたい」と述べた。

福島は、「環境ジュゴンの問題も大事だが、一番大切なのは沖縄県民の気持ちだ」、「沖縄県民の大多数は県外、国外移設を望んでいると説明した。県民の思いが重要だというファレオマバエガの言葉は沖縄の基地負担を理解しているようで印象的だった」と述べ、米下院での今後の動きに期待を寄せた。1月の名護市長選で当選した稲嶺進は、当選後、就任あいさつで「選挙中、辺野古のにも陸上にも新しい基地は造らせないということを訴えた」と同市辺野古への米軍普天間飛行場の移設反対をあらためて主張した[33]2月24日沖縄県議会本会議では、「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と県内移設に反対し、国外・県外移設を求める意見書」案を全会一致で可決した。これらの世論の動向を受けるかたちで、福島からは、沖縄県内の民意を最大限尊重し、場合によっては、5月末決着を先延ばししてでも、慎重な政権運営を図っていきたいという意向が示された。また、政審会長の阿部知子は、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設案として、米領グアムなどに全面移転する「国外移設案」や、国外移設までの期限付きで九州北部の既存自衛隊基地などに分散移転する「暫定県外移設案」など3案を、3月上旬にも開かれる政府・与党の沖縄基地問題検討委員会に提出し、最終調整に臨む方針(「私案」)も示した[34]

しかし普天間問題で、鳩山は結局自公連立政権時代の案に近い内容で政府案をまとめ、福島にも同意の署名を求めた。福島はこれを拒否し、内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全・少子化対策・男女共同参画)を罷免された。直後に福島党首が開いた会見で「社民党は沖縄を裏切ることはできない」「数々の犠牲を払ってきた沖縄にこれ以上の負担を押し付けることに加担するわけにはいかない」と述べ署名に応じなかった経緯を説明した。また「言葉に責任を持つ政治をやって行きたい」と述べ上記の「重大な決意」を実行した社民党と、「国外、最低でも県外」の公約を守らなかった民主党を比較し民主党を批判した。これを受け党内では、「党首たる福島が罷免された以上連立を維持する意味がない」として、連立解消を求める意見が大勢となり、2010年5月30日に開いた全国幹事長会議で、最終的に連立を解消することを決定した。

琉球新報毎日新聞が合同で緊急の沖縄県民世論調査を行った結果、社民党の政党支持率が大幅に上昇し10.2%でトップとなった。県内で社民党の政党支持率が他党をおさえてトップになるのは初めてである。その調査では普天間基地の辺野古移設に反対が84%、賛成が6%となった[35]

「国鉄改革1047名問題に関する人道的観点からの解決案」編集

民社国連立政権により所謂「国鉄改革1047名問題」に関して新たな解決策が模索された。与党3党及び公明党は2010年4月9日「国鉄改革1047名問題に関する人道的観点からの解決案」を政府に要請した。同日、前原誠司国土交通大臣は、当該解決案を受け入れると表明した[36]

連立政権離脱後編集

第22回参議院議員通常選挙では、組織内候補を立てていた日本私鉄労働組合総連合会(私鉄総連)が、渕上貞雄の引退に伴って立候補先を民主党へ移動[37]、改選議席数3を2に後退させた。沖縄県では比例での得票数こそトップになったものの、沖縄県選挙区では自民党公認の島尻安伊子が再選され、社民党が推薦した候補は次点に終わった。選挙後、辻元清美が離党し、2010年9月衆議院会派「民主党・無所属クラブ」に入会。2011年9月 民主党に入党。

沖縄の基地問題だけでなく自民党などが提出した柳田稔法相問責決議案に賛成するなど[注釈 2]菅内閣への対立姿勢を示しつつも、国会運営に必要な3分の2の議席を必要とする菅内閣からは政権への協力を呼びかけられていた。社民党は与党には戻らないとしながらも、社民党の要求が通るならば政権に協力するという立場を表明した。菅政権も武器輸出三原則の見直しを先送りさせるなどして社民党に配慮した[38]

2011年9月28日、自民・公明など野党7党の国対委員長は、国会内で会談し、社民党を除く6党は、民主党の小沢一郎元代表の資金管理団体による土地取引事件について、小沢本人と、同氏の元秘書で有罪判決を受けた石川知裕衆院議員の証人喚問を求めることで一致し、29日の与野党国対委員長会談で民主党に申し入れた。この件で、社民党は衆院政治倫理審査会を主張した[39]。翌29日午前の与野党国会対策委員長会談で、民主・国民新両党は、開会中の臨時国会再延長せず、30日で閉会する方針を野党側に伝えた。石川知裕衆院議員ら元秘書3人が政治資金規正法違反の罪で有罪判決を受けた小沢一郎元代表の証人喚問についても「応じられない」と回答した[40]

党首・福島は米国の外交専門誌フォーリン・ポリシーが選ぶ2011年の「世界の100人」に名を連ねた。脱原発の活動を長く続けたとして、福島の事実婚のパートナーで原発訴訟に携わる弁護士海渡雄一と共同で選ばれた。同誌は2009年から、その年に政治、経済、平和活動など幅広い分野で影響力をふるった人物を挙げている。日本の政治家では福島が初めてで、オバマ米大統領や英仏独の首相・大統領、ミャンマー(ビルマ)の民主化運動指導者アウンサンスーチーらとともに選ばれた[41]

2012年2月、社民党の党首選が行われ、福島のみが立候補を届け出て、無投票で5選された。立候補には所属する都道府県連合の推薦に加え、党国会議員(10人)の3分の1以上(4人)か、党員200人以上の推薦が必要で、福島は重野安正中島隆利吉泉秀男吉田忠智ら4人の国会議員から推薦を取り付けた。福島と対立する阿部知子照屋寛徳服部良一らは立候補要件を満たせず、対立候補を立てられなかった。また党員推薦で立候補を目指した稲森稔尚・三重県伊賀市議も、同県連合の推薦確保に難航し断念。福島は記者団に「社民党を元気にしたい。衆参の選挙で勝つことが一番大事な仕事だ。生活再建と脱原発を頑張りたい」と語った[42]

なお、民社国連立政権時代には与党原子力政策鳩山イニシアチブに基づく原発依存率の強化と原発増設)を容認し、2012年7月に実施された鹿児島県知事選挙では原発再稼動に反対する反原発団体事務局長で新人の向原祥隆を支援せず、現職の伊藤祐一郎を社民党系の県議全員が支援した(社民党鹿児島県連は自主投票とした)。

相次ぐ離党者や出馬断念、民主党政権崩壊前後編集

2012年11月15日、社民党による政策実現に疑問を持った[43]阿部知子が離党届を提出し日本未来の党に合流した。さらに、第46回衆議院議員総選挙の陣頭指揮をとるはずだった幹事長の重野安正脳梗塞で入院したため、11月18日に出馬断念に追い込まれた(重野の選挙区には吉川元が出馬)。

同選挙では第三極の台頭もあって、旧来政党でしかも小規模な社民党は新党乱立の中で埋没し、これまで以上の苦戦を強いられた。毎回安定した戦いを見せる照屋寛徳沖縄2区を除く全議席が当落線上にあったものの、辛くも比例九州ブロックで1議席を確保。しかし総獲得議席数は小選挙区・比例各1議席ずつの合計2議席と、公示前の半減、阿部離党前と比すと3分の1に減少。比例代表における得票率は2.3%(前回総選挙は4.27%)、得票数は142万票(同300万票)とほぼ半減した(11ブロック中6ブロックで得票率が有効得票数の2%に達せず、新聞広告公費負担から外れた)。同じく第三極台頭の中で埋没した共産党が、議席減を1(9→8議席)[注釈 3]にとどめて比較的善戦したのとは対照的な結果となった。

第18回東京都議会議員選挙(2013年6月23日投開票)では1人を擁立したものの議席獲得はできなかった。

第183回国会会期末の6月25日安倍晋三内閣総理大臣に対する問責決議案生活の党及びみどりの風とともに参議院に共同提出し可決させた、その結果、電気事業法改正案や生活保護法改正案などが審議未了のまま廃案となった[44]

2013年7月21日第23回参議院議員選挙では、先の衆院選時における新党・第三極ブームは収まったものの、与党が圧勝し、参議院でのねじれ解消という展開となった。その中でも共産党や日本維新の会みんなの党といった中堅野党勢力はそれぞれの反与党票を確保し比較的堅調な戦いを見せ、公示前より勢力を拡大させた。一方の社民党は民主党や生活の党などと共に、反与党票の受け皿とはなり得ず、逆に公示前より勢力を減らした。同選挙では選挙区に5人、比例区に4人擁立したが、比例で1議席(又市征治)を獲得するに留まった[注釈 4]。この選挙でもかろうじて得票率が2%を越え、国会に議席が存在する限り2019年まで政党要件喪失を回避する結果とはなったものの、退潮傾向に歯止めがかからないことに変わりはなく、選挙結果を受けて党首の福島瑞穂は引責辞任を表明した[45]

後任を巡る党首選挙では吉田忠智政審会長(参議院比例区)と石川大我豊島区議会議員が立候補し、社民党としては初、旧社会党時代から数えても17年ぶりの党首選挙が実施された[46][47]。結果は、9986票対2239票で吉田が選出された[48]

吉田忠智党首時代 (2013-2018)編集

第47回総選挙と第18回統一地方選編集

吉田体制における初の国政選挙、第47回衆議院議員総選挙(2014年12月14日実施)は、野党各党が対自民の選挙協力を行い、特に普天間飛行場問題が再燃して以降反基地闘争が盛んであった沖縄県で顕著であった[49]。自民党と一騎討ちとなった沖縄2区で照屋寛徳が当選、沖縄県内での比例得票数が10万票の大台に達し、比例九州ブロックの得票率が5.26%に躍進、1議席を維持した。しかし議席はこの2議席にとどまり[50][51]、吉田と党首選を争った石川も比例東京ブロックで落選した[52]。両院の総議席数は、公職選挙法の規定ギリギリの5議席を維持した。

2015年の第18回統一地方選挙では、改選前議席よりわずかに議席を減らす結果となった。これを受けて党は今回の選挙戦は「大変厳しい闘い」であったと結論付けた。ただ、党は全員当選や議席増・県都での空白区解消を勝ち取った県、若手議員の増加などプラス要件もあったとも総括している[53]。また、世田谷区長選で現職の保坂展人保守候補に大差をつけて再選し、八王子市議会選挙で新人の佐藤あずさがトップ当選[54]、石川が豊島区議会議員に返り咲いた。

野党共闘時代へ編集

2015年夏の平和安全法制審議以降、反自民勢力として、民主党・維新の党・共産党・社民党・生活の党と山本太郎となかまたち(のち自由党に改称)の5野党が共産党のイニシアチブのもとで連携を深める[55]。5党(民主・維新両党の合併に伴う民進党の結党後は4党)は翌年の選挙協力を行うことなどを確認したが、この動きは民共共闘などと呼ばれるなど、4党のうち民進・共産両党がメインに扱われ、社民・生活/自由両党は脇役とみなされた。2016年の衆議院議員補欠選挙、知事選挙の一部などは4党の統一候補を立て、社民党はこれを支援する支援策をとった[56][57][58][59][60][59][61][62]

民進党への合流提案と撤回、吉田党首落選編集

第24回参議院議員通常選挙(2016年7月10日実施)では、選挙前の5月12日、吉田が民進党への合流を常任委員会で提案したが、福島ら党内から猛反発を受け[63]、18日に撤回・謝罪に追い込まれた[64][65]。また、比例区における統一名簿構想(「オリーブの木」構想[66])を生活の党とともに検討したが、民進党が「時間的・物理的に困難」という理由で断り[67][68]、結局参院選のみは単独で戦った。

同選挙では、選挙区(東京・神奈川・愛知・福岡)は全敗、比例区では改選数2のところ1議席しか確保できず、党の名簿内の順位が1位になった福島のみ当選、吉田は2位に終わり、党首が落選という結党以来の事態となった。両院の総議席数も4となったが、比例区の得票率が2%を超えたため政党要件はクリアし、2022年までの延命を果たした。26日、生活の党とともに参議院で統一会派「希望の会(生活・社民)」(生活3人、社民2人)を結成し、会派代表には福島が就任した[69](なおこの統一会派結成に伴い、社会民主党への改称以来20年余にわたり使用されてきた会派名「社会民主党・護憲連合」が消滅した[70])。吉田は今回の選挙の敗戦の責任を取って、党首の辞意を表明していたが、9月1日に行われた党常任幹事会の慰留を受け入れて続投することとなった。非議員の党首は、社会党時代の飛鳥田一雄委員長(当時:横浜市長)以来となる[71]

史上初の共産党大会への出席、共産党を含む野党共闘の模索編集

2017年1月、静岡県熱海市で開かれた第27回日本共産党大会に吉田は民進党代表代行安住淳や自由党代表小沢一郎、参院会派「沖縄の風」の参院議員糸数慶子と共に出席し、野党共闘を内外に改めて示した[72][73]

第48回衆議院議員総選挙(10月10日公示、22日投開票)では、民進党が希望の党に参加して分裂、自由党も参加したが、共産党、社民党、立憲民主党(民進党の内、希望の党不参加の左派系議員で結成)の3党で引き続き候補者調整などの選挙協力を行った[74]。総選挙では立憲民主党が躍進して野党第一党となったが、社民党や共産党は立憲民主党や希望の党が野党の主体となる選挙戦の中で埋没する形となった。

議席数は、沖縄2区の照屋と比例九州ブロックの吉川が、いずれも再選して現有議席を維持したが、吉川の議席は最下位から2番目という厳しい水準で、比例区得票率は1.69%と結党以来初めて2%を割り込み、2019年の第25回参議院議員通常選挙の結果次第では、公職選挙法上の政党要件を失う見通しとなった。この結果について、吉田は「大変厳しい結果になった。国民の選択に値する政党として再建・再生していきたい」と述べた[75]。また、野党共闘について吉田党首は「立憲民主党を軸に、共産党とも協力」していくことを改めて表明した[75]

その後、吉田は自身が非議員による活動に制約が生じることを理由に、2018年2月の任期満了をもって退任することを表明した[76][77]。1月26日に公示された党首選では、又市征治幹事長以外に立候補の届出がなく無投票で党首に当選した[78]

又市征治党首時代 (2018-2020)編集

立憲民主党会派への参加、第25回参院選編集

2019年1月24日、参議院において立憲民主党との統一会派「立憲民主党・民友会・希望の会」を結成した[79]。 「希望の会」の名称は、自由党との統一会派時代の名称を引き継いだものである(自由党は国民民主党の会派に合流、後に党としても合流し、解散)。しかしその後、 立憲民主党が第25回参議院議員通常選挙の公認候補として石川大我ら社民党の地方議員を引き抜き擁立するなど、他党へ離脱する動きも相次いだ。又市は、立民幹事長の福山哲郎に対し、「極めて不愉快だ。両党間のひびになりかねない」と批判した[80]

同年春の第19回統一地方選挙においては、都道府県議会では改選前の47議席から22議席へと勢力を半減、市町村議会選挙においても19議席減の53議席の獲得に留まるなど苦戦を強いられた。

2019年7月の第25回参院選では、比例区の得票率が2%以上獲得できないと、公職選挙法上の政党要件を失うため、党の存亡を懸けた「負けられない戦い」と位置付けた[81]。結果、3選挙区は全敗したが、比例区(4人擁立)では1議席を獲得、吉田が国政に復帰した。比例区での得票率2%を上回り、公職選挙法が定める政党要件を2022年(政治資金規正法上は2025年)まで維持した[82]。なお、又市は4月末に発見された肺がんの手術を受け、改選の参院選には立候補せず(代表は続投)、テレビなどの党首討論ならびに遊説には、吉川元幹事長が党を代表した[83]

選挙後の8月5日には立憲民主党が国民民主党、社民党、旧民進党系の衆院会派「社会保障を立て直す国民会議」に対し、衆議院での立憲会派への参加を打診したが、又市は同日に参加を見送る考えを伝えた[84]。8月20日には立憲・国民両党首間で衆参両院での統一会派結成に合意[85]、社民党は22日の常任幹事会で参議院において立憲・国民両党会派が合流後も統一会派を離脱しない方針を決めたが、衆議院については「党の存在感を無くさないため」として改めて統一会派に参加しない意向を示した[86]。しかし、9月27日には内閣改造・自民党役員人事で「改憲シフト」が強まったと判断し、野党の結束を強化するためとして衆議院でも統一会派に参加する方向に方針転換した[87]

立憲民主党への合流構想編集

統一会派結成を実現させた立憲民主党は12月6日に、会派に参加する国民民主党、社民党、旧民進党系無所属議員らに対し、事実上の立憲民主党への合流を呼び掛けた[88]。これを受け社民党は12日の常任幹事会で党合流の協議に入る方針を決めた[89]。党執行部は2020年1月の全国幹事長会議で地方の意見集約を図り、2月の党大会で結論を出すとしており、また合流の議論が進んでいることを踏まえ、2月に予定されていた又市の任期満了に伴う党首選挙をいったん取りやめる方針を固めた[90]

2020年1月6日に又市は「党名にこだわる必要はない」と述べ立憲民主党への吸収合併を容認する考えを示し[91]、9日には「理念・政策では大筋一致している」と述べ、合流に前向きな姿勢を示した[92]が、同21日に同様に立憲に合流を呼び掛けられていた国民民主党が立憲との合流協議で決裂し、当面野党合流への国民民主党の参加が見送りとなると、又市は「地方には『時間をかけろ』という意見が多い。29日の全国幹事長会議で一定の方向を出すことはない」と述べ、一転して慎重姿勢に転じ、党首選も予定通り2月に実施される方向となった[93]

2020年2月22日、東京都内で党大会を開き、新党首に合流慎重派とされる福島瑞穂参院議員を選出した(翌23日に正式に就任)。党首選には又市や吉田忠智も立候補を模索したが、党内対立を回避するため知名度の高い福島への一本化で一致し、無投票で選出された。福島にとっては7年ぶりの党首復帰となった[94]。23日には立憲民主党との合流協議継続を盛り込んだ議案を採択したほか、幹事長に吉田、副党首に吉川が就く役員体制も承認された[95]

福島瑞穂党首時代 (2020-)編集

党分裂編集

党首に復帰した福島は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により、日本国政府が配布を決めたいわゆるアベノマスクと呼ばれる布マスクに異物が混入していた問題を巡り、受注企業の社名公表や契約書の開示につなげるなどした[96][97][98]。一方、改正新型インフルエンザ等対策特別措置法を巡っては、党が賛成方針を決めたのに対し福島は採決を欠席。党首が党方針に造反するという異例の事態に対し、福島は「ガバナンスに問題があるかもしれないが、社民党の支持者は人権やいろんなことを大事にしていると思う」と釈明した[99]。また、立憲民主党との合流協議については、2月の党大会で「議論の継続」を確認したものの、4月15日には新型コロナウイルスの感染拡大を理由に、一時中断する考えを示した[100]

6月25日、立憲民主党との間で取りまとめた、合流した場合の党のあり方をまとめた文書を公表した。この中では「自公政権に対峙する力をつくり、政権交代を実現する。両党合流でその歩みを進める意義を確認した」と明記したほか、次期衆院選の比例代表名簿で小選挙区との重複立候補者を同一順位とし処遇に差をつけないことや、地方組織の統合に当たり一部に暫定期間を設けることも盛り込んだ[101]。この文書は立憲幹事長の福山哲郎と吉田で作成し、吉田は立憲民主党との合流の是非を判断する臨時党大会を今秋にも開く意向を示したが、福島は「社民党は合流の意義について確認していない。ゼロベースだ」と述べるなど党内の温度差が明らかとなった[102]

2020年8月より、福島や大椿が中心となってネット配信番組「夜もフェミテレビ」を開始。主な他の出演者は北原みのり石川優実菱山南帆子、笛美など[103]。2021年10月現在で14回放送している[104]

9月に立憲民主党と国民民主党の一部などが合流し、(新)立憲民主党が結成されたことに対しては、福島は「合流相手の前提条件が変わった」と慎重姿勢を強めた一方、吉田は「新立憲の綱領や規約を精査したが、(前提を)見直す必要はない」と合流に前向きな姿勢を示した[105]

10月22日、立憲との合流の是非を巡って常任幹事会で協議したが、地方組織からは「党名をなくすべきではない」との意見が相次いでおり、党の解散・合併に必要な党大会での代議員の3分の2以上の賛成が得られる見通しが低いことから、解党による合流を断念した[106]。一方、福島を除く3人の国会議員や、沖縄や大分、東京などの都県組織は合流に前向きであり、代替案として、希望する国会議員や地方組織が党を離れるのを容認するかどうかを問う議案を11月14日の臨時党大会で諮ると決めた[107][108]

11月14日、臨時党大会が開催され、立憲民主党への合流を希望する所属議員の離党を容認する議案が可決され、事実上の分裂が決まった[109]。約4時間に及んだ党大会では、合流賛成論と反対論が拮抗し、賛成派の照屋が「先輩方がきずいた遺産をすべて食いつぶしたのはあなただ」と公然と福島を批判した一方、地方組織の代議員が立憲との合流を推進した吉田幹事長の解任を求める動議を提出し否決されるなど時に怒号が飛び交う厳しいものとなり、離党を容認する決議についても出席した167人の代議員のうち賛成は84人で僅差での可決であった[110][111]。この時点では、所属国会議員4人のうち党に残るのは党首の福島のみで、吉田、吉川、照屋の3人は年内にも離党し立憲民主党に入党する見通しと報じられた[112]。議案可決後、吉田と吉川は離党の意思や時期について支持者らと相談するとして記者団に明言を避けた。照屋は「現段階では考えていない」と早期の離党を否定[113]。12月4日には後継候補の新垣邦男が社民党に残留する意向を示していることから、照屋も残留する意向を固めたと報じられた[114]

12月17日、吉田忠智幹事長は大分市で記者団の取材に応じ、「離党して立憲民主に合流する。政治を正すためには質的にも量的にもしっかりした野党を作っていかなければならず、社会民主主義的な理念政策を立憲民主の中で広げていきたい」と述べ、立憲民主党への合流を明言した。吉川副党首も「吉田幹事長と一心同体だ」と語った[115]。12月24日の常任幹事会で吉田・吉川の離党が承認され、元衆議院議員の服部良一が新たに幹事長兼選対委員長に就いた[116]。同日には名誉党首と顧問を務める村山富市が党には残るものの、高齢を理由に役職を辞任した[117]。また、11人いた党本部職員は9人が立憲民主党に移籍した[118]

合流推進派が立憲民主党への合流を急いだ背景には、党勢の衰退により近年の国政選挙では政党要件の維持も危機的な状況にあり、「国会議員がいなくなったら、立憲民主党に相手にもされなくなる」との危機感があったほか、支持母体である自治労の意向もあったとされる[119]

分裂後編集

2021年1月13日、分裂後初となる立憲民主党との党首会談が行われ、衆参両院での統一会派を維持するなどの連携維持を確認した[120]。1月15日には院内で所属議員が1人しかいない政党は会派名から省くという慣例により、衆議院会派の名称が「立憲民主党・社民・無所属」から「立憲民主党・無所属」に変更され、社民の名称が消滅した。一方で参議院では衆議院と慣例が異なるため、会派名の「立憲民主・社民」は維持された[121]

5月9日の全国代表者会議では、前年2月の党大会以降これまでに、党員全体の3割にあたるおよそ4,000人が離党し、党員が1万人を割り込んだと公表した。また、47都道府県にあった地方組織も17の組織で分割や解散となるなど、党勢の衰退が進んでいることもあわせて報じられた[122][123]。党の支持率は同年5月8日、9日のJNN世論調査によれば、前回から0.3ポイント下落し、0%になった[124]

8月18日、社民党や新社会党緑の党などのリベラル・革新勢力を機軸として、さらなる立憲野党勢力の野党の連携を後押しする「共同テーブル」が設立された。共同テーブルは「いのちの安全保障確立に向けて非正規社会からの脱却を目指す」ことを理念とするネットワークとなることを目指している。呼びかけ人として佐高信杉浦ひとみ上原公子室井佑月竹信三恵子前田朗纐纈厚白石孝(NPO法人官製ワーキングプア研究会理事長)、清水雅彦らが参加した[125][126][127]

10月31日、第49回衆議院議員総選挙の投開票が行われ、照屋の後継として立候補した新垣邦男が沖縄2区での議席を守り、福島は「新生社民党となって初めて迎えた総選挙だ。党公認で当選することができてよかった」と述べた[128]。一方、比例代表では結党以来初めて議席を獲得できず、社民党の獲得議席は公示前と同じ1議席に留まった[129]。ただし、党分裂前の2017年の第48回総選挙の全国合計の比例票が941,324票(1.69%)だったのに対して、今回は1,018,588票(1.77%)と結果的にはやや総獲得票数は増した。

政策編集

基本政策編集

綱領的文書の「社会民主党宣言」(2006年採択)では「社会民主主義を掲げる政党」とし、「日本における社会民主主義の理念」を「平和・自由・平等・共生」とした[8][130]

  1. 社会的な規制による公正な市場経済 - 自由主義経済の是認、格差対策公共サービスの重視など。
  2. 生きがい、働きがいの持てる労働環境 - 労働条件の向上など。
  3. 公平で持続的な税財政 - 消費税引き上げ反対、所得税引き上げなど。
  4. 社会の連帯を柱とした社会保障 - 新年金制度、公的医療、介護制度など。
  5. 豊かで多様な自治の展開 - 住民主権、地方への権限・財源委譲など。
  6. 世界の人々と共生する平和な日本 - 国連憲章憲法九条を指針とし、自衛隊の縮小、在日米軍基地の縮小・撤去など。
  7. 公正な国際経済と平和を基礎にしたアジア経済圏 - 南北格差国内産業空洞化に対する公正なルール、東アジア共同体構想など。
  8. 両性平等社会の実現 - 男女平等ジェンダーフリーなど。
  9. 豊かな自然環境を次世代に - 循環型社会への転換、地球温暖化防止、脱原発自然エネルギーなど。
  10. 食と生命の安全を担う農林水産業 - 第一次産業の維持・発展など。
  11. 一人ひとりを大切にする教育の実現 - 個性の重視。
  12. あらゆる価値観を保障した創造的文化 - 表現の自由言論の自由の擁護。
  13. 民意を反映する政治への改革 - 小選挙区制から比例得票数を中心とした選挙制度へ、企業・団体献金の廃止。

憲法、安全保障関連編集

税制編集

  • 累進課税を機能させる[133]
  • 消費税は向こう3年間ゼロ[133]

経済、資源・エネルギー関連編集

  • TPP環太平洋協定)」に反対
  • カジノ合法化」に反対。
  • 原発ゼロ」と「脱原発社会」の実現[134]。 原発・各施設の廃止に向けた具体的なロードマップを作成。2050年を期限に電力の自然エネルギーへの完全転換や温室効果ガス排出ゼロを目指す[133]
  • 経済対策として「雇用回復、グリーン社会への転換、地域・地方の活性化、貧困の解消」など[135]

民法、家族制度編集

  • 選択的夫婦別姓制度導入を推進[132]
  • 良質な保育や学童保育を増やし、子どもの育ちの場を保障することをめざす[132]
  • 同性婚の合法化に賛成。

社会保障、労働環境編集

  • 救急患者のたらい回しをなくすため「周産期医療ネットワーク」と「救急搬送受け入れ体制」を早急に整備し、周産期医療の後方支援体制を確立する。
  • 生活保護の母子加算の復活、児童扶養手当の父子家庭への支給を実現をめざす[132]
  • 教育予算を他の先進国並みの対GDP比5%水準への引き上げ[132]
  • 賃金の男女差別の撤廃推進[132]
  • 労働者の権利を守るため、客観的・合理的な理由がなく「就職内定の取り消し」をされた場合は、「就職内定の取り消し」を無効とし、悪質な「就職内定の取り消し」を行った企業は、企業名を公表するとしている。

その他編集

組織編集

本部編集

社会民主党は党則で「各地方が連合する全国政党である」(党則2条2項[138])と形態を定義しており、中央組織及び本部を「全国連合」と称する。なお日本社会党時代には中央本部と称していた。

2017年現在の本部所在地は東京都中央区の民間ビル内である[2]

地方組織編集

中央組織である全国連合の下に、「都道府県連合」「支部連合」「総支部」「支部」を設ける(党則21条1項[138])。また、これに準じる組織としてブロック協議会が規定されている。末端の支部組織は他党と比べて細かいレベルに達する。

ブロック協議会編集

衆議院比例代表選挙のブロックごとに設けられ、選挙活動をはじめとする党活動全般にわたる都道府県連合の活動の協力と調整を行う。ブロック協議会は比例単独候補者の決定と順位付け、および小選挙区の他党候補者に対する推薦の決定について協議・確認の上全国連合常任幹事会に承認を求める(党則31条3項・4項[138])。

都道府県連合編集

都道府県連合は、自民党の都道府県支部連合会、民主党の総支部連合会に相当する組織であり、各都道府県に1つずつ設置される(党則23条[138][139]。なお日本社会党時代は都道府県本部と称していた。

都道府県連合は後述する職域支部と専門分野別支部を管下に置くことができ、直接指導を行う。

支部連合編集

支部連合は自民党の選挙区支部、民主党の総支部に相当するもので、衆議院の小選挙区ごとに1つ設置される(党則24条[138])。日本社会党時代は支部協議会と称していた。

総支部編集

総支部は基礎自治体ごとではなく都道府県議会の選挙区に準じて編成される規定になっており、公明党のそれや日本共産党の地区委員会に相当する。

総支部は傘下に2つ以上の支部を持っていなければならない(党則25条1項[138][140]

支部編集

支部は3名以上の党員によって構成される社民党の最末端組織である。日本社会党時代は党員30名以上で支部を構成し、支部に所属する者のうち5人以上で班を構成するとされていたが、社会民主党発足の際に従来の班よりも細かい単位で支部を結成できると改められた。党員3人で支部を結成できるという制度は、日本共産党と同じである。

支部は党則上では議員支部地域支部職場支部職域支部専門(業種)分野別支部の5つの種類に分かれ、各党員は自らの選択でそのうちの1種類の支部に参加する(党則26条2項[138])。

5種類のうち、議員・地域・職場の各支部は地元の総支部の管下となる。職域・専門分野別支部は人数や広域性などによって都道府県連合の直属とすることができる。

党員編集

最低限の要件として、「本党の基本理念及び政策・党則に賛同する18歳以上の者」(党則4条1項[138])が掲げられている。日本国民の他、外国人でも日本国内に3年以上定住していれば入党を申し込むことができる。日本の主要政党で外国人の入党を認めているのは、2015年現在では本党と公明党のみとなる。

党籍は一般党員協力党員の2種類があり、一般党員は年齢によって毎月の党費が変わる。39歳以下は月額1,300円、40歳から59歳までは月額2,000円、60歳以上は月額1,000円となっている。この制度は社会民主党になってから改正されたもので、日本社会党時代は社会主義の原則による公平負担を掲げ、毎月の実収入の1%を徴収する制度が長年続いた。このため日本共産党と同様に党費を納めないまま党籍を維持することができた。また、日本共産党の10条該当党員に相当する活動実態のない党員も多数いて、一定の期間後に支部の判断で除籍することも可能だった。この名残で、現在でも最大1年間までの党費滞納は党則上も容認されている(党則5条4項[138])。

協力党員は民主党のサポーターに近い制度で、月額500円または1年前納で6,000円。党首選挙への投票は可能だが、公職選挙における党公認候補者になれない(党則7条1項但書[138]。推薦は一部条件付きで可)、党各級連合の会議への参加が一部に限られるなど、一般党員と比べて権利に制限がある。

入党・離党の手続きは最寄りの党組織で受け付ける。ただし国会議員のみ都道府県連合で受け付け、全国連合常任幹事会の承認を受ける必要がある(党則5条3項[138])。また、除名・除籍者の再入党は都道府県連合常任幹事会の承認が必要となる(党則4条3項[138])。

役職編集

党則によって、党首を含めた役員の任期は2年と定められている[138]

全国連合執行部役員表編集

2021年4月14日現在[141][142][143]

役職 氏名 肩書
党首 福島瑞穂 参議院議員
副党首 大椿裕子 前大阪教育合同労働組合執行委員長
幹事長・政策審議会長[144]・選対委員長 服部良一 衆議院議員
常任幹事 伊地智恭子 東京都多摩市議会議員
伊是名夏子 コラムニスト
山城博治 沖縄平和運動センター議長
中島修 党全国連合総務企画局長
渡辺英明 党全国連合組織団体局長
国会対策委員長
(非常任幹事)
照屋寛徳 衆議院議員

歴代党首一覧編集

党首 在任期間 備考
1   村山富市 1 1996年1月19日 - 1996年9月28日 第41回衆院選に向けた党体制立て直しのため退任。
2   土井たか子
 
2 1996年9月28日 - 1998年12月22日 第41回衆院選の敗北により連立離脱。任期満了
3 1998年12月22日 - 2000年1月21日 任期満了
4 2000年1月21日 - 2002年3月26日
5 2002年3月26日 - 2003年11月15日 第43回衆院選の敗北により辞任。
3   福島瑞穂
  
6 2003年11月15日 - 2005年12月2日 任期満了
7 2005年12月2日 - 2007年11月27日
8 2007年11月27日 - 2009年12月4日 民社国連立政権樹立。鳩山内閣国務大臣に就任。任期満了
9 2009年12月4日 - 2012年1月20日 普天間基地移設問題を巡り連立離脱。任期満了
10 2012年1月20日 - 2013年7月25日 第46回衆院選第23回参院選の敗北により辞任[注釈 5]
4   吉田忠智 11 2013年10月14日 - 2016年2月24日 旧社会党以来17年ぶりの決選投票で選出。任期満了
12 2016年2月24日 - 2018年2月25日 任期満了
5   又市征治 13 2018年2月25日 - 2020年2月23日
6   福島瑞穂 14 2020年2月23日 - 現職 旧社会党以来で2人目の党首再登板。
  •   は社民党が政権離脱した時点での党首。
  •   は社民党が政権入りした時点での党首。

歴代の全国連合執行部役員表編集

党首 副党首 幹事長 政策審議会長 院内総務会長
国会対策委員長
参議院議員会長 就任年月
村山富市 久保亘 五十嵐広三 日野市朗 岡崎トミ子 佐藤観樹 伊藤茂 池端清一 久保亘 1996年1月
土井たか子 野坂浩賢 上原康助 伊藤茂 及川一夫 秋葉忠利 日下部禧代子 1996年9月
日下部禧代子 秋葉忠利 前島秀行 1998年1月
伊藤茂 渕上貞雄 浜田健一 村沢牧 1999年1月
山口鶴男 清水澄子 中西績介 梶原敬義 2000年2月
谷本巍 東門美津子 辻元清美 2000年7月
渕上貞雄 福島瑞穂 山本正和 2001年10月
中西績介 大脇雅子 大渕絹子 2002年3月
渕上貞雄 2002年10月
福島瑞穂 横光克彦 照屋寛徳 又市征治 阿部知子 横光克彦 2003年11月
重野安正 2005年9月
又市征治 重野安正 日森文尋 2007年12月
辻元清美 2009年9月
照屋寛徳 2010年1月
又市征治 2010年8月
又市征治 吉田忠智 2013年1月
吉田忠智 福島瑞穂 吉川元 2013年11月
又市征治 吉川元 福島瑞穂 2018年2月
福島瑞穂 吉川元 吉田忠智 吉川元 2020年2月
大椿裕子 服部良一 服部良一 照屋寛徳 2021年2月

閣僚経験者等編集

()内は入閣直前の党役職
第1次橋本内閣
大蔵大臣副総理):久保亘(副党首)
郵政大臣日野市朗(副党首)
労働大臣永井孝信
総務庁長官中西績介
環境庁長官岩垂壽喜男
内閣官房副長官:渡辺嘉蔵藁科滿治【1996年10月11日 ‐ 】
大蔵政務次官:鉢呂吉雄
文部政務次官:日下部禧代子
運輸政務次官:北沢清功
建設政務次官:沢藤礼次郎
経済企画政務次官:清水澄子
鳩山由紀夫内閣
内閣府特命担当大臣消費者・食品安全少子化対策男女共同参画):福島瑞穂(党首)
国土交通副大臣辻元清美(国会対策委員長)

財政編集

党職員のリストラ問題編集

2005年政党交付金の激減による財政[145] から党職員の整理解雇を職員団体に通告した。労働者の党を標榜する党の理念を自ら破る行為に対し、「党の労働政策と矛盾している」と反発の声が挙がっていたが、当時幹事長の又市征治は「人件費を切り詰めざるを得ない」として[146]、同年2月17日、33名の本部職員のうち、55歳以上の高齢者、兼職、職務怠慢のいずれかを理由に9名に指名解雇をした[147]。被解雇者中3名は労働組合を結成し、解雇無効の訴訟を起こしたが[148]、2007年4月11日の一審判決[149]、同年9月13日の二審判決[150]、2008年2月1日最高裁判決[151]は、ともに党が勝訴した。もう一人の訴訟者に対する2007年8月30日の一審判決も党が勝訴したが[152]、2008年1月に東京高裁で金銭和解が成立した[153]

本部移転問題編集

 
2013年1月の移転まで本部を置いていた社会文化会館(北緯35度40分45.5秒 東経139度44分43.2秒 / 北緯35.679306度 東経139.745333度 / 35.679306; 139.745333 (社会文化会館)

社民党の本部は、前身の社会党時代の1964年、それまでの党本部が1964年東京オリンピック開催に伴う国道246号の拡幅工事で立ち退きが必要となり、政府が代替地として提供した現地を、年間約2850万円で借り受けて1964年に建築された「社会文化会館」(地上7階地下1階・約6600平方メートル)であり[注釈 6]、近くにある坂の名前から通称三宅坂と呼ばれ、長らく活動の拠点となってきた[154]

21世紀に入って党勢が低下してからは空き部屋も増えたが、多目的ホールなどを撮影に貸し出すなどしており、レトロな雰囲気の相まって、テレビ関係者の口コミで頻繁にドラマ撮影などに貸し出され、最盛期には年間9千万円、2010年には年間30回利用され、123万円の利用料収入を上げていた。党側も、宣伝になるとして貸し出しに積極的であった[155][156]

しかし2011年の東日本大震災以後、ビルの耐震性が問題視されて一般貸し出しが出来ない状態に陥り、管理財団は2012年3月31日に解散。以降ビルのメンテナンスは党職員が行うことになった[157]

党として継続費用を模索するも、専門家による耐震診断の結果は「即時使用制限」となった。修繕しようにも修繕積立などは全く行われていなかったため対応できず、また退去しようにも敷地は国有地であるため退去時は解体費用を負担する必要が対応が困難であった。2013年1月28日に社会文化会館を退去することとなった時点で、館内の8フロアのうち党本部と東京都連が1フロアずつ利用しているのみで、ほかのフロアは節電のため常に消灯している状況であった。

のちにこれら費用のうち、耐震診断については党が千代田区に助成を申請し、費用の全額約850万円が公費で賄われたことが明らかとなった。その内訳は、3分の1の280万円余りが平成24年度日本国政府復興予算「全国防災対策費」から拠出され、残りは東京都が助成した。

解体費用についても、党は千代田区に助成を申請し、区は約3分の1の助成を決定して党に通知した。解体費用の助成は新年度予算からの支出となるが、このうち半額は国費で賄われたことが明らかとなった[158]

これらの公費助成の根拠法である東日本大震災復興基本法(2011年6月施行)は、社民党所属全議員を含む与野党の賛成多数で可決成立[159]したものである。同法では、その目的を、東日本大震災からの復興の円滑かつ迅速な推進と活力ある日本の再生を図ることを目的とする(法1条)と明記しており、いわゆる復興予算が被災地の震災復興だけに使われるものではないことが明示されていた。

しかし、社民党は、党代表を含む所属全議員の賛成により成立したこの法律を根拠とし、条文に明示されている運用に基づいている復興予算の被災地以外の事業適用であるにもかかわらず、目的外に流用されていたなどとして政府与党を批判する一方、党としてはその恩恵を受けていたことから、その姿勢が問われるとの報道がなされた。

この報道の後、社民党は「違法ではないが好ましくない」として、耐震診断についての復興予算相当分の280万円については、被災地に寄付することを表明した。一方で、解体費用についての復興予算相当分については、その金額自体が明示されなかった[160]

社会文化会館は3月に解体作業を開始[154]、8月には解体を完了した[161][注釈 7]

退去後の党本部は、総理大臣官邸の裏に立地する民間ビル「永田町ビル」の2フロアへ移転したが[162][163]、2017年5月8日、党勢低迷で賃料を削ってでも選挙費用などに充てるべきだとの判断から、東京都中央区湊3丁目にある民間ビルに再移転した[164][165][166]

政党交付金編集

平成27年度に交付された政党交付金は約4億7000万円。収入額は19億2083万546円。

近年の政党交付金は以下の通り。

  • 2009年(平成22年)- 8億9055万円
  • 2010年(平成23年)- 8億6400万円
  • 2011年(平成24年) - 7億6230万円
  • 2012年(平成25年) - 7億6369万円
  • 2013年(平成26年)₋ 4億2,900万円[167]
  • 2014年(平成27年)- 4億7,000万円[167]
  • 2016年(平成28年)- 4億7,196万8,000円[168]
  • 2017年(平成29年)- 3億9,536万8,000万円[169]
  • 2018年(平成30年)- 3億7,994万7,000円[170]
  • 2019年(平成31年・令和元年) - 3億8,417万3,000円[171]
  • 2020年(令和2年) - 3億6,276万9,000円[172]

平成27年度の政治資金収支報告書によれば、党費による収入は約1億4000万円[注釈 8]、機関紙による収入は約2億7000万円である。

党勢編集

衆議院編集

選挙 当選/候補者 定数 得票数(得票率) 備考
選挙区 比例代表
(改称時) 63/- 511 第41回総選挙前には30
(大多数民主党へ移籍)
第41回総選挙 15/48 500 1,240,649(2.2%) 3,547,240(6.4%)
第42回総選挙 19/76 480 2,315,235(3.8%) 5,603,680(9.4%)
第43回総選挙 6/65 1,708,672(2.9%) 3,027,390(5.1%)
第44回総選挙 7/45 996,007(1.5%) 3,719,522(5.5%)
第45回総選挙 7/37 1,376,739(2.0%) 3,006,160(4.3%) 離党-2
第46回総選挙 2/33 451,762(0.7%) 1,420,790(2.3%)
第47回総選挙 2/25 475 419,347(0.7%) 1,314,441(2.4%)
第48回総選挙 2/21 465 634,719(1.15%) 941,324(1.69%) 離党-1
第49回総選挙 1/15 313,193(0.55%) 1,018,588(1.77%)

参議院編集

選挙 当選/候補者 非改選 定数 得票数(得票率) 備考
選挙区 比例代表
(改称時) 39/- - 252 第18回通常選挙前には20
(大多数民主党へ移籍)
第18回通常選挙 5/37 8 2,403,649(4.3%) 4,370,763(7.8%)
第19回通常選挙 3/24 5 247 1,874,299(3.5%) 3,628,635(6.6%)
第20回通常選挙 2(会派+1)/15 3 242 984,338(1.8%) 2,990,665(5.4%)
第21回通常選挙 2/23 1,352,018(2.3%) 2,634,713(4.5%)
第22回通常選挙 2/14 2 602,684(1.0%) 2,242,735(3.8%) 無所属共同推薦候補も
4人いたが全員落選
第23回通常選挙 1/9 271,547(0.5%) 1,255,235(2.4%)
第24回通常選挙 1/11 1 289,899(0.5%) 1,536,238(2.7%)
第25回通常選挙 1/7 245 191,820(0.38%) 1,046,011(2.09%) 離党-1

(参考文献:石川真澄(一部山口二郎による加筆)『戦後政治史』2004年8月、岩波書店岩波新書ISBN 4-00-430904-2

所属国会議員編集

2021年11月1日現在、所属国会議員数2名(衆議院議員1名、参議院議員1名)

衆議院議員
新垣邦男
(1回、沖縄2区
参議院議員
2022年改選
福島瑞穂
(4回、比例

なお、2010年の参院選において渕上貞雄が引退した事で、日本社会党時代から在籍している国会議員は全員姿を消した。(ただし、吉川元は非議員時代に日本社会党に所属していた。)また、第25回参議院議員通常選挙にて比例区の得票率が2%を超えているために、2025年の第27回参議院議員通常選挙まで所属国会議員が1名以上いれば政党として活動が可能で政党助成金も受け取れる。

地方政治編集

  • 地方議員:243人[3]
    • 都道府県議会:31人
    • 市区町村議会:212人
  • 政党支部数:246

政党収入額編集

  • 2010年 - 32億1,861万円
  • 2015年 - 19億2,083万円

対外関係編集

中華人民共和国編集

中国による尖閣漁船衝突事件への姿勢編集

中国漁船が尖閣漁船衝突事件を起こした際に社民党は、「尖閣諸島は、歴史的にみて明らかに日本の領土であり、沖縄県石垣市に属するである。領海内で他国の漁船が操業することは、特段の取り決めがない限り断じて認められないことであり、海上保安庁が取り締まることは当然である。」との談話を発した。この事件について中国が日本側に謝罪と賠償を求めたが、これは全く論拠がなく認められない主張であるとして社民党は、中華人民共和国に謝罪と賠償の要求を直ちに取り下げるように求めた[173]

中国共産党建党100周年での祝辞編集

2021年7月1日に行われた中国共産党建党100周年にて社民党は福島代表名義で「中国共産党が、習近平氏による新時代の中国の特色ある社会主義思想の指導の下、中華民族の偉大な復興を実現する道を、引き続き突き進まれることをお祈りする」との祝辞を発表した[174]

朝鮮民主主義人民共和国編集

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)とは、日本社会党時代から長きに渡り引き続き良好な関係を保っていたが、2002年日朝首脳会談金正日拉致を認めた後、社民党の朝鮮労働党宛質問状に返答がなかったためと称して、「労働党との関係凍結についてはもう少し慎重に検討すべき」(宇賀神文雄幹事長(栃木))などの反対意見を封殺して、「多角的な議論の上で」(福島幹事長)同年12月関係を凍結すると発表する一方、在日本朝鮮人総聯合会に対して、従来通り友好関係を維持(福島幹事長)するとしている[175]

また、一部の地方組織では、北朝鮮と引き続き関係を保っているところもある[176][177]

北朝鮮による日本人拉致事件への姿勢編集

社民党は、社会党時代の1963年に第一次訪朝団を派遣して以来、朝鮮労働党との交流を積み上げ、「朝鮮労働党唯一の友党」を標榜してきた。

一方で、党の拉致事件への対応について、日本社会党時代から朝鮮統一問題に取り組んできた田英夫は「『ご説ごもっとも。友好第一』で、本当の友人として批判する態度ではなかった」[178]、「拉致を信じていなかった。だまされた」と述べている[179]

1990年に、自民党の金丸信と訪朝した田邊誠元社会党委員長は、当時拉致問題に関しては全く知らなかったと釈明し、「家族からの陳情も私には届いていなかった。行方不明者がいるという話を小耳にはさみ、訪朝前に外務省や警察庁に聞いたが確認できなかった」[181]と主張した。

社民党機関誌『月刊社会民主』1997年7月号では、社会科学研究所「月刊日韓分析」編集員の北川広和の論文「食糧支援拒否する日本政府」[182]が掲載され、次のような記載がなされた。「拉致疑惑の根拠とされているのは、つい最近、韓国の国家安全企画部(安企部)によってもたらされた情報だけである」「産経新聞に掲載された元工作員の証言内容に不自然な点がある」。従って「拉致疑惑事件が安企部の脚本、産経の脚色によるデッチあげ事件との疑惑が浮かび上がる」。「20年前に少女が行方不明になったのは、紛れもない事実である。しかし、それが北朝鮮の犯行とする少女拉致疑惑事件は新しく創作された事件というほかない。……拉致疑惑事件は、日本政府に北朝鮮への食糧支援をさせないことを狙いとして、最近になって考え出された事件なのである」[180]2001年日本人拉致事件が明るみに出て以降も、同論文は同党の公式ウェブサイトに掲載され続けた。

2002年9月17日小泉純一郎金正日との日朝首脳会談以降、「これまで朝鮮労働党は、社民党が参加してきた森団長、村山団長の2度にわたる訪朝団との会談で『拉致は存在しない』『行方不明者として調査する』と対応してきた。社民党も同会議の席上、拉致・行方不明者の生存確認の追及を厳しく求めてきた。」[183]との立場を取りつつも、上記論文について、2002年10月3日の常任幹事会後の記者会見で、保坂展人総合企画室長(当時)は、「党の見解と同一かを確認したことはないが、なるべく早い時期に見解を出したい」と述べ、当面は掲載を続ける考えを示した[184]

しかし、既に当該論文の内容や社民党における取り扱いなどが、マスメディアによって周知されており、この党の対応に対しては、党員からも抗議が殺到、保坂展人総合企画室長(当時)は「論文が拉致がなかったという内容で、家族の気持ちを思うと不適当だと判断した。今日、執筆者と連絡が取れ、削ってもいいという了解をもらった」 として、論文の削除を行った[185]

2002年10月7日、所属する田嶋陽子が、一連の対応を「(拉致事件という)現実に対する対応にスピード感も柔軟性もない」と批判のうえ、離党を表明する事態に陥ると、福島瑞穂幹事長(当時)は、本来、党の政治的見解等の広報を担う機関誌に掲載した論文であるにもかかわらず「当時の状況下における個人論文で党の見解ではない」と釈明し、土井たか子党首(当時)は田嶋陽子の離党に関する記者会見において、「(朝鮮労働党との間で)拉致問題を取り上げなかったわけではないが、追及が十分とは言えなかった。被害者の家族には申し訳ありませんと、お詫びしたい」と発言している[186]

安倍晋三内閣官房副長官(当時)は、そのような党の姿勢について、「いかにも(自分が)昔から取り組んでいたかのように、小泉純一郎首相の決断を批判するのは、ちゃんちゃらおかしい。まずは反省するべきだ」「警察も外務省も対応が冷たく、新聞もどこも報道しなかった。それどころか社民、民主の議員は『いいかげんなことを言うな』とわめいていた」等と厳しく批判した[187]

平沢勝栄からは「拉致はないと言っていたんだから社会党は。それを信じていたんだから。」「拉致問題はないとは言ってないと言いますけどね、私は土井たか子さんの(発言を)鮮明に覚えてます。土井たか子さんはね、『拉致問題拉致問題って言うけど、先方が拉致なんかないって言っているんだからないんです』とテレビで言った。これは鮮明に覚えています。」と厳しい批判を受け、また、拉致被害者家族の有本嘉代子からは「社民党ですか? 私、あれ日本の政治家と思ってませんよ。あれは北朝鮮の政治家です。」と厳しく批判されている[188][出典無効]

拉致被害者の有本恵子は、土井たか子の選挙地盤であった西宮市の出身であり、有本夫妻は当初、北朝鮮にパイプを持つ土井に拉致問題の調査を依頼したものの、拉致の存在を信じていなかった土井は、積極的に取り組まず、土井や社民党に失望した有本夫妻は、土井の対抗馬であり、民社党兵庫県議会議員時代から、日本人拉致事件に取り組んできた自由民主党大前繁雄2003年の総選挙において応援。その結果、土井たか子は党首であるにも関わらず、兵庫県第7区で落選を喫し、近畿ブロック比例区で復活当選した。

2003年11月2日放送の『報道2001』では、司会の「かつて社民党は拉致は『でっち上げ』ということをおっしゃっていましたよね」との質問に対し、土井たか子は「そんなことを党として言った事はないですよ、それはおかしい報道ですね。それは事実と違います」と発言した[189][出典無効]

ヨーロッパ編集

ドイツ社民党フランス社会党と友党関係にある。

支援団体編集

ここで挙げた団体は必ずしも社民党のみを支援するとは限らず、場合によっては立憲民主党日本共産党新社会党緑の党グリーンズジャパンなど他党を支援することもある。

カテゴリー 団体
労働組合・労働に関する団体
大衆組織、市民団体
農民団体
反核団体
共闘関係にある地方議会に議席を持つ政党
その他の団体
  • 財団法人社会文化会館
  • 社会文化法律センター

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 法規上は、前身の日本社会党と同一政党である
  2. ^ ただし2010年11月18日に提出された仙谷由人官房長官馬淵澄夫国土交通相の問責決議案には反対した。
  3. ^ 共産党は現職の落選が無かった(減少した1議席は政界引退によるもの)。
  4. ^ 但し推薦も含めると、沖縄社会大衆党糸数慶子沖縄県選挙区で当選している。
  5. ^ 党首が空席になったため、党幹事長の又市征治が次期党首決定までの代行を務めた。
  6. ^ 正確には、社民党の事実上の支配下にあった「財団法人社会文化会館」が所有、運営していた。
  7. ^ 旧社会文化会館跡地には、警視庁本庁舎改修のためプレハブ工法による仮設で警視庁永田町庁舎が建てられた。
  8. ^ なお、平成27年度の党費納入者の数は1万5670人である。

出典編集

  1. ^ a b c d 日本大百科全書(ニッポニカ)『社会民主党(1996年結成) しゃかいみんしゅとう』 - コトバンク
  2. ^ a b 社民党OfficialWeb┃お問い合わせ
  3. ^ a b c Template:(令和3年10月31日現在)
  4. ^ url=https://www.asahi.com/articles/ASP2Q6KRGP2QUTFK01N.html}}
  5. ^ The Buraku Issue and Modern Japan: The Career of Matsumoto Jiichiro. Author - Ian Neary. P.67. Published by Routledge in London and New York in 2010.
  6. ^ Janet Hunter, Cornelia Storz, ed (2006). Institutional and Technological Change in Japan's Economy: Past and Present. Routledge 
  7. ^ a b c d ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典『社会民主党[日本]』 - コトバンク
  8. ^ a b c d e f g h i j k l “社会民主党宣言” (プレスリリース), 社会民主党, (2006年2月11日), http://www5.sdp.or.jp/vision/vision.htm 
  9. ^ a b c 定義なき保守バブル 有権者の解釈多様 西日本新聞. (2017年10月16日, 06時00分) 「各党が掲げる『理念』」の表を参照。 2019年2月1日閲覧。
  10. ^ a b c しゃかいみんしゅ‐とう シャクヮイタウ【社会民主党】”. コトバンク. 精選版 日本国語大辞典. 2019年8月27日閲覧。
  11. ^ 安世舟. “民主社会主義とは § 日本大百科全書(ニッポニカ)の解説” (日本語). コトバンク. 小学館『日本大百科全書』. 朝日新聞社. 2020年6月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月12日閲覧。 “日本では民主社会主義を標榜する政党は民社党であったが、同党が1994年(平成6)に解党して以降は、末期の日本社会党や96年に発足した社会民主党にその傾向がみられる程度である。”
  12. ^ 加藤哲郎. 日本大百科全書(ニッポニカ). コトバンク. 2019年2月27日閲覧。 「…その後も党勢は伸びず少数派護憲政党として存続するが、…」
  13. ^ a b c デジタル大辞泉 コトバンク. 2018年8月4日閲覧。
  14. ^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 コトバンク. 2018年8月6日閲覧。
  15. ^ a b 社民党OfficialWeb┃広報
  16. ^ “令和元年分政党交付金の変更決定等” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 総務省, (2020年4月1日), https://www.soumu.go.jp/main_content/000774140.pdf 2020年10月20日閲覧。 
  17. ^ 日本に定着するか、政党のカラー”. nikkei.com. 日本経済新聞社 (2017年10月21日). 2019年7月26日閲覧。
  18. ^ "SDP leader Yoshida to resign over Upper House election defeat". The Japan Times (英語). 14 July 2016. 2019年12月10日閲覧
  19. ^ プログレッシブ英和中辞典(第4版) コトバンク. 2018年8月6日閲覧。
  20. ^ デジタル大辞泉
  21. ^ 大辞林 第三版 コトバンク. 2018年9月3日閲覧。
  22. ^ a b 【衆院選(衆議院選挙)】:衆議院選挙2017:選挙:読売新聞 2018年8月6日閲覧。
  23. ^ https://www.socialistinternational.org/about-us/presidium/
  24. ^ “社民党、55年体制からの歴史に幕か”. 産経新聞. (2020年1月23日). https://www.sankei.com/politics/news/200123/plt2001230021-n1.html 
  25. ^ 社民党に分裂危機 国会議員4人中3人が離党の可能性:朝日新聞デジタル」『』。2020年10月22日閲覧。
  26. ^ 社民、分裂へ 立憲合流で離党容認:時事ドットコム” (日本語). 時事ドットコム. 2020年10月22日閲覧。
  27. ^ “国土交通委員会”. 3. 第153回国会. (2001-10-25). http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/153/0064/15310250064003c.html 
  28. ^ “外交防衛委員会”. 14. 第154回国会. (2002-05-16). http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/154/0059/15405160059014a.html 
  29. ^ “土井前社民党首「参院選、違反すれすれで頑張ろう」”. 読売新聞. (2004年6月23日). http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin2004/news/20040623ia22.htm [リンク切れ]
  30. ^ “【都議選】「自公は雇用を見事に壊した」 福島社民党首が第一声”. MSN産経ニュース. (2009年7月3日). http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/tokyo/090703/tky0907031139004-n1.htm 2011年1月10日閲覧。 [リンク切れ]
  31. ^ “福島氏「自衛隊合憲」認める答弁ただし「閣僚として」”. 朝日新聞. (2010年3月12日). http://www.asahi.com/seikenkotai2009/TKY201003120361.html 
  32. ^ “普天間問題めぐり党内で連立離脱の強硬論が台頭”. 毎日新聞. (2009年11月30日). オリジナルの2009年12月2日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20091202081810/mainichi.jp/select/seiji/news/20091130k0000m010044000c.html 
  33. ^ “普天間問題「県民の思い重要」 米下院議員、福島氏と会談”. 琉球新報. (2010年1月11日). http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-155452-storytopic-3.html 2012年4月13日閲覧。 
  34. ^ “普天間移設:北沢防衛相「陸上案検討」認める”. 毎日新聞. (2010年2月25日). オリジナルの2010年2月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100227014855/mainichi.jp/select/seiji/news/20100226k0000m010106000c.html 
  35. ^ “「辺野古」反対84% 琉球新報・毎日新聞 県民世論調査”. 琉球新報. (2010年5月31日). http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-162838-storytopic-1.html 2012年4月13日閲覧。 
  36. ^ 国土交通大臣談話 国鉄改革1047名問題の解決策(四党申入れ)について
  37. ^ “私鉄総連、民主支援へ…社民支援の民間労組ゼロに”. 読売新聞. (2009年7月17日). オリジナルの2009年7月18日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090718071445/www.yomiuri.co.jp/politics/news/20090717-OYT1T00049.htm 
  38. ^ “懲りぬ「鬼門」頼み…首相、社民と連立も視野 即、武器輸出三原則「あっさり先送り」”. MSN産経ニュース. (2011年1月13日). オリジナルの2011年1月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110121092237/http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110113/plc11011318120133-n1.htm 
  39. ^ “復興増税の与野党協議、民主が要請 野党は回答留保”. 朝日新聞. (2011年9月30日). http://www.asahi.com/special/minshu/TKY201109300179.html 
  40. ^ “事前協議に応ぜず=自民総裁、3次補正で—臨時国会、20日閉幕”. 朝日新聞. (2011年9月29日). http://www.asahi.com/politics/jiji/JJT201109290127.html 2012年4月13日閲覧。 [リンク切れ]
  41. ^ “福島・社民党首「世界の100人」 米外交専門誌が選出”. 朝日新聞. (2011年11月29日). オリジナルの2011年11月29日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20111129121545/http://www.asahi.com/politics/update/1129/TKY201111290181.html 
  42. ^ “福島党首、5選へ 社民党首選告示”. 朝日新聞. (2012年1月20日). http://www.asahi.com/politics/update/0120/TKY201201200211.html 2012年4月13日閲覧。 [リンク切れ]
  43. ^ “2012/11/15 阿部知子衆議院議員 緊急記者会見”. Independent Web Journal. (2012年11月15日). http://iwj.co.jp/wj/open/archives/40432 
  44. ^ “参院、首相問責を可決 電事法改正案は廃案へ”. 日本経済新聞. (2013年6月26日). https://www.nikkei.com/article/DGXNASFS2600N_W3A620C1MM0000/ 2021年11月1日閲覧。 
  45. ^ 社民党OfficialWeb┃議員┃役員一覧2013年7月25日 第63回常任幹事会
  46. ^ “社民党首選、2人が届け出 来月14日開票”. 日本経済新聞. (2013年9月27日). https://www.nikkei.com/article/DGXNASFS2702V_X20C13A9PP8000/ 
  47. ^ “社民党党首選が告示、政審会長vs豊島区議、初の選挙戦”. 産経新聞. (2013年9月27日). https://www.sankei.com/politics/news/130927/plt1309270021-n1.html 
  48. ^ “社民党新党首に吉田氏を選出”. 産経新聞. (2013年10月14日). https://www.sankei.com/politics/news/131014/plt1310140005-n1.html 
  49. ^ “「4人全員勝利に全力」山下書記局長 沖縄共闘区を訪問・激励”. しんぶん赤旗. (2014年12月2日). http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-12-02/2014120202_01_1.html 
  50. ^ “第47回衆議院議員総選挙の結果について(声明)” (プレスリリース), 社会民主党, (2014年12月15日), http://www5.sdp.or.jp/comment/2014/12/15/3146/ 
  51. ^ “<衆院選>東北・社民党の退潮止まらず”. 河北新報. (2014年11月27日). http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201411/20141127_71019.html [リンク切れ]
  52. ^ “比例代表 東京ブロック 当選者一覧”. 産経新聞. (2014年12月15日). https://www.sankei.com/politics/election2014/board/hireiku-05.html#e14h2 
  53. ^ “統一自治体選挙後半戦の結果について(談話)” (プレスリリース), 社会民主党, (2015年4月27日), http://www5.sdp.or.jp/comment/2015/04/27/3252/ 
  54. ^ “佐藤あずさ氏が八王子市議選トップ当選”. 日刊スポーツ. (2015年4月27日). http://www.nikkansports.com/general/news/1467653.html [リンク切れ]
  55. ^ “野党5党、安保関連法廃止法案を提出 党首会談で協力確認”. 日本経済新聞. (2016年2月19日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS19H0H_Z10C16A2EAF000/ 
  56. ^ “北海道5区補選、自民新人・和田義明氏が当選確実”. 北海道新聞. (2016年4月24日). http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/politics/politics/1-0263157-s.html 
  57. ^ “都知事選挙 小池 百合子氏が初当選 291万2,628票を獲得”. FNNNEWS. (2016年8月1日). http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00332032.html 
  58. ^ “社民、民進に候補者一本化要求へ 10月の2衆院補選”. 朝日新聞. (2016年9月1日). http://www.asahi.com/articles/ASJ9163TPJ91UTFK00W.html 
  59. ^ a b “衆院補選 野党統一候補の擁立で合意 4野党書記局長・幹事長会談 勝利へ協力と旗印を確認”. しんぶん赤旗. (2016年10月6日). http://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2016-10-06/2016100601_01_1.html 2016年10月13日閲覧。 
  60. ^ 新井候補勝利へ全力 衆院福6区補選 小林氏が決意”. 日本共産党福岡県委員会 (2016年10月7日). 2016年10月13日閲覧。
  61. ^ 東京10区補選 市民団体と政策協定 鈴木庸介予定候補 格差是正など10項目”. 日本共産党東京都委員会 (2016年10月11日). 2016年10月13日閲覧。
  62. ^ “東京10区は若狭氏、福岡6区は鳩山氏が当選 衆院補選で自民系2勝”. 東京新聞. (2016年10月24日). http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201610/CK2016102402000129.html 
  63. ^ “社民党首、民進への合流提案…分裂含みの展開も”. 読売新聞. (2016年5月12日). http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin/2016/news1/20160512-OYT1T50123.html 
  64. ^ “社民党首「心からお詫び」 民進への合流提案を撤回”. 日本経済新聞. (2016年5月18日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASFK18H6A_Y6A510C1000000/ 
  65. ^ 岡田浩明 (2016年6月1日). “【岡田浩明の社民党哀歌】吉田忠智党首は行くも地獄、戻るも地獄… 「タダトモの乱」瞬時に鎮圧 残るは瑞穂姫の高笑いだけ…”. 産経新聞. https://www.sankei.com/premium/news/160526/prm1605260003-n1.html 
  66. ^ “野党が一体となって戦い政権を奪取する(談話)” (プレスリリース), 生活の党と山本太郎となかまたち, (2015年12月3日), http://www.seikatsu1.jp/activity/declaration/20151203.html, "「オリーブの木」構想で国政選挙を戦うべき" 
  67. ^ “社民が統一名簿構想断念、比例は単独で臨む公算”. 読売新聞. (2016年6月3日). http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin/2016/news1/20160603-OYT1T50013.html 
  68. ^ “統一名簿方式、民進が断念 参院選比例区、社民も単独に”. 朝日新聞. (2016年6月4日). http://www.asahi.com/articles/ASJ635K4RJ63UTFK00L.html 
  69. ^ “社民・生活が参院統一会派「希望の会」結成”. 産経新聞. (2016年7月26日). https://www.sankei.com/politics/news/160726/plt1607260026-n1.html 
  70. ^ “参院の新勢力が確定…社民の会派名称消える”. 読売新聞. (2016年7月28日). http://www.yomiuri.co.jp/politics/20160727-OYT1T50166.html 
  71. ^ “社民、吉田党首が続投 参院選引責の辞意撤回”. 産経新聞. (2016年9月1日). https://www.sankei.com/photo/daily/news/160901/dly1609010015-n1.html 
  72. ^ “共産党大会に民進、自由、社民出席へ 他党幹部は史上初”. 産経新聞. (2016年12月19日). https://www.sankei.com/politics/news/161219/plt1612190033-n1.html 
  73. ^ “日本共産党第27回大会 3野党・1会派代表のあいさつ”. しんぶん赤旗. (2017年1月16日). http://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2017-01-16/2017011603_01_0.html 
  74. ^ “共産など野党3党 241選挙区で候補一本化”. 産経新聞. (2017年10月7日). https://www.sankei.com/politics/news/171007/plt1710070006-n1.html 
  75. ^ a b “【衆院選】社民・吉田忠智党首、立憲躍進「本当によかった」 共産との3野党共闘継続に意欲”. 産経新聞. (2017年10月23日). https://www.sankei.com/politics/news/171023/plt1710230326-n1.html 
  76. ^ “社民・吉田忠智党首が最後の記者会見「日本のサンダース…まだ及ばず」”. 産経新聞. (2018年2月22日). https://www.sankei.com/politics/news/180222/plt1802220014-n1.html 2019年3月23日閲覧。 
  77. ^ 岡田浩明 (2018年1月11日). “【政界徒然草】党首さえ決められず消滅寸前 「タダトモ」頼みの社民党に存在価値あるか”. 産経新聞. https://www.sankei.com/premium/news/180125/prm1801250007-n1.html 
  78. ^ “社民党新党首に又市征治氏 無投票で決まる”. 産経新聞. (2018年1月26日). https://www.sankei.com/politics/news/180126/plt1801260032-n1.html 
  79. ^ “野党、参院主導権争い再び 立民・社民が統一会派”. 日本経済新聞. (2019年1月25日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO40424110U9A120C1PP8000/ 
  80. ^ “立憲、社民・国民からも擁立 浴びる反発「引き抜きだ」”. 朝日新聞. (2019年3月27日). https://www.asahi.com/articles/ASM3V5GFJM3VUTFK01J.html 
  81. ^ 清宮真一 (2019年7月8日). “【野党ウオッチ】社民党は「政党」であり続けられるのか 崖っぷちの参院選”. 産経新聞. https://www.sankei.com/premium/news/190708/prm1907080008-n1.html 
  82. ^ “社民、政党要件を維持 参院選比例で得票率2%以上獲得”. 毎日新聞. (2019年7月22日). https://mainichi.jp/senkyo/articles/20190722/k00/00m/010/111000c 2019年9月29日閲覧。 
  83. ^ “社民党、参院選で存亡かけた戦いへ 又市党首が不出馬”. 産経新聞. (2019年6月18日). https://www.sankei.com/politics/news/190618/plt1906180037-n1.html 
  84. ^ “立憲、国民民主に衆院会派入り提案=旧民進、再結集の見通し”. 時事ドットコム. (2019年8月5日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2019080500686&g=pol 2019年9月29日閲覧。 
  85. ^ “衆参で統一会派結成へ=立憲・国民が合意”. 時事ドットコム. (2019年8月20日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2019082000556&g=pol 2019年9月29日閲覧。 
  86. ^ “野田前首相ら立民・国民と合流協議へ 社民は参院会派離脱せず”. 日本経済新聞. (2019年8月22日). https://r.nikkei.com/article/DGXMZO48866960S9A820C1PP8000 2019年9月29日閲覧。 
  87. ^ “社民、衆院でも統一会派に参加へ 野党結束へ方針転換”. 毎日新聞. (2019年9月27日). https://mainichi.jp/senkyo/articles/20190927/k00/00m/010/315000c 2019年9月29日閲覧。 
  88. ^ “立憲、国民と社民に合流呼びかけ 玉木氏「対等」な合併求める”. 毎日新聞. (2019年12月6日). https://mainichi.jp/articles/20191206/k00/00m/010/257000c 2019年12月19日閲覧。 
  89. ^ “社民、立憲に合流協議方針伝達 国民も協議入りは認める”. 毎日新聞. (2019年12月12日). https://mainichi.jp/senkyo/articles/20191212/k00/00m/010/218000c 2019年12月19日閲覧。 
  90. ^ “社民党、地方と「立憲合流問題」協議 2月の党大会までに結論へ”. 毎日新聞. (2019年12月19日). https://mainichi.jp/articles/20191219/k00/00m/010/197000c 2019年12月19日閲覧。 
  91. ^ “社民、吸収合併を容認 又市氏「党名こだわらず」”. 産経新聞. (2020年1月6日). https://www.sankei.com/politics/news/200106/plt2001060036-n1.html 
  92. ^ “野党合流「理念政策は一致」でも「まだ白紙」 社民党首”. 朝日新聞. (2020年1月9日). https://www.asahi.com/articles/ASN194SXVN19UTFK008.html 
  93. ^ “社民、野田Gの合流機運後退 「立・国」先送り影響”. 時事ドットコム. (2020年1月27日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2020012600280&g=pol 2020年1月27日閲覧。 
  94. ^ “社民党、福島瑞穂氏が党首復帰 立憲への合流は慎重姿勢”. 朝日新聞. (2020年2月22日). https://www.asahi.com/articles/ASN2Q62W2N2QUTFK005.html 
  95. ^ “社民、立民と合流協議継続を確認 党大会で”. 日本経済新聞. (2020年2月23日). https://r.nikkei.com/article/DGXMZO55990040T20C20A2PE8000 2020年6月28日閲覧。 
  96. ^ “政府配布の布マスク、受注3社が判明 計90億円で契約”. 朝日新聞. (2020年4月21日). https://www.asahi.com/articles/ASN4P6GRPN4PUTFK022.html 
  97. ^ “アベノマスク「国策」随契2社、深まる謎 業務分割し発注 契約書に合計金額なく”. 毎日新聞. (2020年5月2日). https://mainichi.jp/articles/20200502/k00/00m/040/234000c 2020年5月29日閲覧。 
  98. ^ “社民・福島氏、「党首力」に期待と嘆き 採決造反、合流棚上げ”. 時事ドットコム. (2020年4月30日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2020042900460&g=pol 2020年5月29日閲覧。 
  99. ^ “社民・福島党首、自身の特措法造反に「ガバナンス不足」と釈明”. 毎日新聞. (2020年3月18日). https://mainichi.jp/articles/20200318/k00/00m/010/203000c 2020年5月29日閲覧。 
  100. ^ “社民・福島党首、立憲との合流協議「棚上げ」を表明”. 毎日新聞. (2020年4月15日). https://www.asahi.com/articles/ASN4H6GWLN4HUTFK012.html 2020年5月29日閲覧。 
  101. ^ “「合流で政権交代を」 立民・社民が文書公表”. 日本経済新聞. (2020年6月25日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO60793100V20C20A6PP8000/ 2020年6月28日閲覧。 
  102. ^ “社民、秋にも立憲との合流判断 吉田幹事長意向 地方組織は反対根強く”. 毎日新聞. (2020年6月25日). https://mainichi.jp/articles/20200625/k00/00m/010/265000c 2020年6月28日閲覧。 
  103. ^ 『今夜もフェミテレビ』〈福島みずほ×石川優実×大椿ゆうこ×北原みのり×菱山南帆子×笛美〉(Youtube)
  104. ^ #今夜もフェミテレビ 14th 〜緊急事態宣言の夜はオンラインで集まろう〜(Youtube)
  105. ^ “立憲合流協議 社民は11月にも結論 福島党首は慎重姿勢強める”. 毎日新聞. (2020年9月18日). https://mainichi.jp/articles/20200918/k00/00m/010/179000c 2020年10月22日閲覧。 
  106. ^ “社民党に分裂危機 国会議員4人中3人が離党の可能性”. 朝日新聞. (2020年10月22日). https://www.asahi.com/articles/ASNBQ65QCNBQUTFK00R.html 
  107. ^ “社民、解党し立民に合流を断念 事実上の分裂も、党大会採決”. 共同通信. (2020年10月22日). https://this.kiji.is/691953088373032033?c=39546741839462401 2020年10月22日閲覧。 
  108. ^ “社民、立憲と合流せず 議員の離党は容認 議案可決なら分裂へ”. 毎日新聞. (2020年10月22日). https://mainichi.jp/articles/20201022/k00/00m/010/229000c 2020年10月22日閲覧。 
  109. ^ “社民党が事実上分裂 所属国会議員の残留は福島瑞穂党首のみ”. 毎日新聞. (2020年11月14日). https://mainichi.jp/articles/20201114/k00/00m/010/173000c 2020年11月14日閲覧。 
  110. ^ “社民が事実上の分裂 議員の立憲合流容認、飛び交う怒号”. 朝日新聞. (2020年11月14日). https://www.asahi.com/articles/ASNCG5QWCNCGUTFK009.html 
  111. ^ “社民党分裂が確定的に 村山元首相「さらに小さく…残念」 立民合流容認、福島党首のみ残留へ ”. 産経新聞. (2020年11月14日). https://www.sankei.com/politics/news/201114/plt2011140019-n1.html 
  112. ^ ““老舗”社民党分裂 3人離れ福島党首ただひとりに”. テレビ朝日. (2020年11月14日). https://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/000198472.html 2020年11月15日閲覧。 
  113. ^ [1]
  114. ^ “照屋氏、社民残留の意向 吉田、吉川氏は立憲へ”. 時事ドットコム. (2020年12月4日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2020120401020&g=pol 2020年12月4日閲覧。 
  115. ^ [2]
  116. ^ “照屋氏は残留、所属議員2人に”. 共同通信. (2020年12月24日). https://this.kiji.is/714679579539013632 2020年12月24日閲覧。 
  117. ^ “社民党、幹事長と副党首の離党承認 立憲に合流、所属国会議員は2人に”. 毎日新聞. (2020年12月24日). https://mainichi.jp/articles/20201224/k00/00m/010/288000c 2020年12月25日閲覧。 
  118. ^ “社民、再建の道険し 来月代表者会議で再スタートも党機能縮小・財政悪化”. 産経新聞. (2021年1月28日). https://www.sankei.com/politics/news/210128/plt2101280028-n1.html 2021年1月28日閲覧。 
  119. ^ “社民党分裂へ 一部は立憲と合流か 残るは福島氏だけ”. 朝日新聞. (2020年11月13日). https://www.asahi.com/articles/ASNCF61QVNCFUTFK00M.html 2020年12月20日閲覧。 
  120. ^ “立憲と社民党首が会談 連携維持を確認 国政選挙でも協力”. 毎日新聞. (2021年1月13日). https://mainichi.jp/articles/20210113/k00/00m/010/217000c 2021年1月28日閲覧。 
  121. ^ “立憲など衆院統一会派、会派名から「社民」削る”. 毎日新聞. (2021年1月15日). https://mainichi.jp/articles/20210115/k00/00m/010/175000c 2021年1月28日閲覧。 
  122. ^ 社民党 党員3割が離党 組織の再生急務に”. NHKニュース (2021年5月9日). 2021年5月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年5月9日閲覧。
  123. ^ “社民が全国代表者会議 福島氏「国会議員増やす」”. 産経デジタル. (2021年5月9日). https://www.sankei.com/politics/news/210509/plt2105090016-n1.html 2021年5月21日閲覧。 
  124. ^ TBS「世論調査」”. TBS NEWS (2021年5月). 2021年5月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月28日閲覧。
  125. ^ 正念場の社民 野党連携へ支援団体が発足 佐高信さんら発起人 毎日新聞 2021/8/18
  126. ^ いのちの安全保障確立を 「共同テーブル」発足で佐高さんら訴え 社会新報 2021.08.20
  127. ^ 共同テーブル公式サイト(2021年10月閲覧)
  128. ^ “選挙区1議席確保に安堵 社民【21衆院選】”. 時事ドットコム. (2021年11月1日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2021110100032 2021年11月1日閲覧。 
  129. ^ “社民、比例議席得られず 現行制度で初めて”. 日本経済新聞. (2021年11月1日). https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA316RS0R31C21A0000000/ 2021年11月1日閲覧。 
  130. ^ 社民党OfficialWeb┃政策(時系列)
  131. ^ “憲法記念日にあたって” (プレスリリース), 社会民主党, (2012年5月3日), http://www5.sdp.or.jp/comment/2012/05/03/憲法記念日にあたって/ 
  132. ^ a b c d e f “衆議院選挙公約 2009「マニフェスト」 ダイジェスト版” (プレスリリース), 社会民主党, (2009年8月13日), http://www5.sdp.or.jp/policy/policy/election/manifesto02_01.htm 
  133. ^ a b c 社民党 - 基本政策”. 2021年7月14日閲覧。
  134. ^ “「原発ゼロ」をきっかけに脱原発社会に向かって歩みだそう(談話)” (プレスリリース), 社会民主党, (2012年6月26日), http://www5.sdp.or.jp/comment/2012/05/05/「原発ゼロ」をきっかけに脱原発社会に向かって/ 
  135. ^ “緊急経済対策4本柱の提言 ~雇用回復、グリーン社会への転換、地域・地方の活性化、貧困の解消へ~” (プレスリリース), 社会民主党, (2010年8月27日), http://www5.sdp.or.jp/policy/policy/other/100827_keizai.htm 
  136. ^ “郵政民営化法改正案の成立に当たって(談話)” (プレスリリース), 社会民主党, (2012年4月27日), http://www5.sdp.or.jp/comment/2012/04/27/郵政民営化法改正案の成立に当たって(談話)/ 
  137. ^ “死刑執行に強く抗議する(談話)” (プレスリリース), 社会民主党, (2012年9月27日), http://www5.sdp.or.jp/comment/2012/09/27/死刑執行に強く抗議する(談話)-16/ 
  138. ^ a b c d e f g h i j k l m “社会民主党党則” (プレスリリース), 社会民主党, (2006年2月11日), http://www5.sdp.or.jp/vision/vision02.htm 
  139. ^ 社民党OfficialWeb┃リンク┃全国の社民党 各都道府県連合
  140. ^ 社民党OfficialWeb┃リンク┃社民党地方議員・支部
  141. ^ SDPJapanのツイート(1363444059830767616)
  142. ^ shakaishimpouのツイート(1382905876781047810)
  143. ^ 社民党 役員
  144. ^ 生存のための政権交代を-服部政審会長が重点政策を解説する-
  145. ^ “社民党職員にもリストラの波 政党交付金減、財政火の車”. 朝日新聞. (2004年2月20日). http://www.asahi.com/politics/update/0220/010.html 
  146. ^ “「雇用守る」はずが…社民党、財政難で職員リストラ”. 読売新聞. (2004年3月1日). http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20040301ia01.htm 
  147. ^ “社民党「労働者の党」で雇用内紛“勃発” 来週、党本部職員9人を解雇”. 産経新聞. (2005年1月12日). http://www.sankei.co.jp/news/morning/12pol002.htm 
  148. ^ “社民党職員が不当解雇で提訴”. レイバーネット日本. (2005年6月14日). http://www.labornetjp.org/NewsItem/20050614m2 
  149. ^ “声明・社民党職員解雇無効裁判の控訴に当たって”. レイバーネット日本. (2007年4月23日). http://www.labornetjp.org/news/2007/1177295947216staff01 
  150. ^ “社民党不当解雇裁判、控訴審でも不当・反動判決!”. レイバーネット日本. (2007年9月14日). http://www.labornetjp.org/news/2007/1189735905133staff01 
  151. ^ “最高裁反動判決を糾弾し、社民党の再生にさらに邁進する”. レイバーネット日本. (2008年2月5日). http://www.labornetjp.org/news/2008/1202198866935staff01 
  152. ^ “社民党不当解雇撤回裁判で東京高裁が「和解」を強く勧告”. レイバーネット日本. (2007年12月5日). http://www.labornetjp.org/news/2007/1196826724795staff01 
  153. ^ “社民党不当解雇裁判、労働者側の事実上の勝利!”. レイバーネット日本. (2008年1月31日). http://www.labornetjp.org/news/2008/1201742746674staff01 
  154. ^ a b 知恵蔵mini『社会文化会館』 - コトバンク
  155. ^ “社民党の貸会議室、良い収入 レトロが受けドラマ撮影も”. 朝日新聞. (2010年12月3日). オリジナルの2010年12月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20101204115540/http://www.asahi.com/politics/update/1203/TKY201012030266.html 
  156. ^ “キムタクも演説 「相棒」にも登場 ドラマロケで大人気の社民党本部ビル”. スポニチアネックス. (2011年1月11日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2011/01/11/kiji/K20110111000028030.html 
  157. ^ “社民党本部ビル、荒廃の恐れ 資金難から建て替え、移転出来ず”. 読売新聞. (2012年4月1日). オリジナルの2012年4月2日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120402161758/http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120401-OYT1T00376.htm 
  158. ^ “社民党旧本部、復興予算で耐震診断 「流用」批判と矛盾”. 朝日新聞. (2013年2月2日). オリジナルの2013年2月2日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130202052043/http://www.asahi.com/politics/update/0202/TKY201302010506.html 
  159. ^ “参議院本会議”. 第177回国会. (2011-06-20). http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/vote/177/177-0620-v001.htm 
  160. ^ “社民党、復興予算同額寄付へ 旧本部の耐震診断に使用”. 朝日新聞. (2013年2月7日). オリジナルの2013年2月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130207071130/http://www.asahi.com/politics/update/0207/TKY201302070068.html 
  161. ^ “社民党、10月に党首選 「推薦人200人」のハードル越えられるか”. 産経新聞. (2013年8月29日). https://www.sankei.com/politics/news/130829/plt1308290003-n1.html 
  162. ^ “「三宅坂」半世紀の歴史に幕 社民党本部、26日から移転”. 産経新聞. (2013年1月20日). https://www.sankei.com/politics/news/130120/plt1301200004-n1.html 
  163. ^ “さようなら三宅坂 社民党本部、引っ越し開始”. 産経新聞. (2013年1月26日). https://www.sankei.com/region/news/130126/rgn1301260003-n1.html 
  164. ^ “社民、党本部を移転へ 賃料年四千数百万円 党勢低迷、交付金減少で財政難 職員16人の早期退職も”. 産経新聞. (2017年2月7日). https://www.sankei.com/politics/news/170206/plt1702060009-n1.html 
  165. ^ 岡田浩明 (2017年3月20日). “ついに「都落ち」の社民党 2度目の党本部移転”. 産経新聞. https://www.sankei.com/premium/news/170320/prm1703200012-n1.html 
  166. ^ “社民、隅田川沿いで新たな党本部始動 家賃3分の1に圧縮”. 産経新聞. (2017年5月8日). https://www.sankei.com/politics/news/170508/plt1705080004-n1.html 
  167. ^ a b 総務省|政党助成関連資料” (日本語). 総務省. 2020年4月21日閲覧。
  168. ^ 平成28年分政党交付金の交付決定”. 総務省 自治行政局 選挙部 政党助成室. 2021年11月8日閲覧。
  169. ^ 平成29年分政党交付金の交付決定”. 総務省 自治行政局 選挙部 政党助成室. 2021年11月8日閲覧。
  170. ^ 平成30年分政党交付金の交付決定”. 総務省 自治行政局 選挙部 政党助成室. 2021年11月8日閲覧。
  171. ^ 平成31年分政党交付金の交付決定”. 総務省 自治行政局 選挙部 政党助成室. 2021年11月8日閲覧。
  172. ^ 令和2年分政党交付金の交付決定”. 総務省 自治行政局 選挙部 政党助成室. 2021年11月8日閲覧。
  173. ^ “尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件について(談話)” (プレスリリース), 社会民主党, (2010年9月27日), http://www5.sdp.or.jp/comment/2010/09/27/尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件について(談話/ 
  174. ^ 公明祝意共産対応せず中国共産党創建100年産経新聞2021年7月1日付
  175. ^ “社民党全国都道府県連合幹事長・選対責任者合同会議 質疑・答弁(要旨)” (プレスリリース), 社会民主党, (2002年12月15日), http://www5.sdp.or.jp/central/activity/situgi021215.html 
  176. ^ “大分県各界人士が訪朝 日朝連帯組織結成の契機に”. 朝鮮新報. (2008年9月5日). http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2008/05/0805j0905-00001.htm 
  177. ^ “金正恩最高司令官の生誕と就任を祝賀して チュチェ思想セミナーと宴会が沖縄で開かれる” (プレスリリース), 金日成・金正日主義研究会, (2012年1月15日), http://dprkj.v.wol.ne.jp/120115.htm, "パーティーには、参議院議員の山内徳信氏からつぎのようなメッセージが寄せられました。「苦難のたたかいのなかから生まれたのが『チュチェ思想』であり沖縄の『命どぅ宝』の思想も同じ生きる哲学だと思います。…金日成主席生誕100周年を迎える今年、朝鮮の若き指導者金正恩氏のもとで21世紀に輝く国づくりが展開されますことを心から祈念申し上げます」" 
  178. ^ “世論に押され「過去」反省 土井社民党首”. 産経新聞. (2002年10月8日). http://channel.goo.ne.jp/news/sankei/seiji/20021008/NAIS-1008-04-02-16.html 
  179. ^ “拉致事件、社民党が朝鮮労働党に厳重抗議文送る”. 読売新聞. (2002年10月11日). http://www.yomiuri.co.jp/01/20021011i213.htm 
  180. ^ a b “拉致事件を放置した政治家・外務省・言論人” (プレスリリース), 日本政策研究センター, (2002年11月7日), http://www.seisaku-center.net/node/401 
  181. ^ 2002年9月22日 読売新聞[180]
  182. ^ “食糧支援拒否する日本政府”. 社会新報. (1997年7月). オリジナルの2001年11月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20011121173525/www5.sdp.or.jp/central/gekkan/syamin07kitagawa.html 
  183. ^ “主張「日朝首脳会談」正常化交渉の再開を率直に評価”. 社会新報. (2002年9月25日). オリジナルの2002年10月12日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20021012034930/http://www5.sdp.or.jp/central/shinpou/syuchou/syutyou0925.html 
  184. ^ “社民党、「拉致は創作」とHPに掲載 機関誌掲載の論文を削除せず”. zakzak. (2002年10月4日). オリジナルの2003年10月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20031007214719/http://www.zakzak.co.jp/top/t-2002_10/2t2002100401.html 
  185. ^ “「拉致事件は考え出された」論文、社民党がHPから削除”. 朝日新聞. (2002年10月4日). オリジナルの2002年10月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20021007192454/http://www.asahi.com/politics/update/1004/012.html 
  186. ^ “社民党、HPから拉致事件否定の論文削除、抗議メール殺到で”. 毎日新聞. (2002年10月7日) 
  187. ^ “土井、菅両氏は間抜け 拉致対応で安倍氏が批判”. 共同通信. (2002年10月19日). http://www.47news.jp/CN/200210/CN2002101901000189.html [リンク切れ]
  188. ^ "小泉外交・非常事態宣言!". ビートたけしのTVタックル. 18 November 2002. テレビ朝日。
  189. ^ "6党首本音討論! 拉致は解決できるのか?". 報道2001. 2 November 2003. フジテレビ。
  190. ^ 連帯ユニオンを支援する政治家のネットワーク「連帯ユニオン議員ネットには複数の社民党所属の地方議員や党員(社民党大阪府連代表の長崎由美子など)が参加している
  191. ^ 連帯ユニオン議員ネットは、2021年秋に実施される第49回衆議院議員総選挙では、社民党の大椿ゆうこ(大阪9区)を推薦している。連帯ユニオン議員ネットとして連帯労組弾圧反対明示の「大椿ゆうこ」「大石あきこ」「つじ恵」3氏の推薦を表明します 2021.08.22 #旗旗

関連項目編集

外部リンク編集

座標: 北緯35度40分10.1秒 東経139度46分50.1秒 / 北緯35.669472度 東経139.780583度 / 35.669472; 139.780583