白石市

日本の宮城県の市

白石市(しろいしし)は、宮城県南部の

しろいしし
白石市
Shiroishi image 2.jpg
Flag of Shiroishi Miyagi.JPG Shiroishi Miyagi chapter.JPG
白石市旗 白石市章
1954年昭和29年)10月制定[1]
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 宮城県
市町村コード 04206-4
法人番号 8000020042064 ウィキデータを編集
面積 286.48km2
総人口 32,830[編集]
推計人口、2020年8月1日)
人口密度 115人/km2
隣接自治体 角田市
刈田郡七ヶ宿町蔵王町
柴田郡大河原町
伊具郡丸森町
福島県
福島市伊達市
伊達郡国見町桑折町
市の木 ブナ
市の花 ヤマブキ
市の鳥 ウグイス
白石市役所
市長 山田裕一
所在地 989-0292
宮城県白石市大手町1番1号
北緯38度0分8.888秒東経140度37分10.806秒
Shiroishi City Office.JPG
白石市役所(2013年7月10日撮影)
外部リンク 公式ウェブサイト (日本語)

白石市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

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蔵王連峰のふもとに位置する。江戸時代に白石城の城下町として繁栄を築き上げ、それに伴う名所や旧跡が点在する。

地理編集

 
大萩山から望む白石市街。

宮城県の南部に位置し、宮城県内の市としては最南端にあたる。宮城県の県庁所在地である仙台市と、福島県福島市共におよそ45キロメートル圏内に位置する。その中間地としての土地柄、同県仙台エリアとの関係はもちろん福島県側とも経済や文化など様々な面で密接な関係にある。市域の西南から北東に向けて白石川が流れる。

江戸時代以降は当地周辺の中心都市としての地位を築いていたが、明治時代以降、広域行政機関の多くが大河原に設置されたのを皮切りに仙南圏の中心としての拠点性は失われている。

人口編集

平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、5.75%減の35,272人であり、増減率は県下35市町村中22位。40行政区域中27位。

 
白石市と全国の年齢別人口分布(2005年) 白石市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 白石市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

白石市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


歴史編集

 
1976年昭和51年)度撮影の国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
当時の白石市の市街地は、白石城がある丘陵(写真中央)の東から北にかけて広がっていた。

古代東山道、中世奥大道、近世には関東から奥羽東北地方)へと続く奥州道中の宿駅が設けられた。白石からは、山中七ヶ宿街道から二井宿峠金山峠越え、あるいは蔵王町宮を経て四方峠、笹谷峠越えの出羽道、角田・丸森を経て大沢峠越えの相馬道があり、古来、交通の要衝であった。

奈良時代養老5年に柴田郡から苅田郷・篤借郷を割いて、苅田郡として成立した。平安時代中期(10世紀前半)に成立した『和名類聚抄』によれば、苅田郡は篤借郷・苅田郷・坂田郷・三田郷の四郷に増えている。刈田郡家は白石市本郷遺跡・大畑遺跡に所在することが発掘調査によって明らかにされている。

平安時代末の11世紀に、藤原経清(亘理権大夫)の子で奥州藤原氏初代・藤原清衡と同母兄弟の刈田経元は後三年の役を清衡と共に戦い、戦後源義家から刈田・伊具の両郡を与えられ、刈田郡白石に土着して刈田氏を称した。経元の玄孫である第5代目当主の刈田秀信は文治5年(1189年)に源頼朝に従い、世代的に族父にあたる藤原泰衡討伐に従軍したが、戦死を遂げた。 刈田郡と伊達郡の境にある厚樫山が奥州藤原氏と源頼朝率いる鎌倉勢との最大の激戦地となった。秀信の弟である第6代当主・秀長から白石氏を称し、鎌倉時代から室町時代まで、刈田郡を統治していた。

室町時代後期(戦国時代)になると、白石は伊達氏の支配下に置かれた。伊達政宗豊臣秀吉の停戦命令を無視して、会津地方の蘆名氏を攻め滅ぼし、さらに須賀川の二階堂氏をも攻め滅ぼした。こうした政宗の領土拡張で伊達成実と共に特に功績が大きかった白石宗実は、政宗の領土仕置によって白石を離れ宮森城(福島県安達郡岩代町)へと移った[注釈 1]1590年天正18年)、天下統一が成ると、秀吉は奥州仕置蒲生氏郷を会津に入れ、白石は氏郷の領地となった。氏郷の死後には、その領地を上杉景勝が引き継ぎ、白石は上杉120万石の一部となった。秀吉の死後、政宗は徳川家康に協力し、会津征伐では上杉勢と戦った。政宗は白石城の戦いで上杉氏から白石城を奪い取り、白石に側近である亘理城片倉景綱(小十郎)を入れた。こうして白石は仙台藩の一部となった。

戦後、家康は一国一城令を発令し日本全国の城を破却させた。しかし白石城は例外的に城として認められ、白石は明治維新までの260余年間、片倉氏城下町として栄えた。戊辰戦争の際、仙台藩が奥羽越列藩同盟の盟主になると、白石城に列藩同盟公議府が置かれた。しかし、戊辰戦争の敗北により同盟政府は崩壊した。片倉家主従は、亘理伊達家主従や岩出山伊達家主従、角田石川家主従らと共に北海道へ移住し、片倉家主従は幌別郡(現在の登別市)および白石村(現在の札幌市白石区)・月寒村(現在の札幌市豊平区)を開拓した。札幌市には現在も「白石」の地名が残る。

戊辰戦争の敗北により、白石をはじめとする仙台藩南部の5郡は一時南部氏の所領となる。その後「白石県」「角田県」となった後、「宮城県」となる。

行政編集

歴代町長編集

氏名 就任 退任 備考
1 斎藤吉弥 1889年明治22年)4月21日 1890年(明治23年)3月10日
2 鈴木味右ェ門 1890年(明治23年)3月11日 1891年(明治24年)2月1日
3 斎藤吉弥 1891年(明治24年)2月2日 1892年(明治25年)5月13日 再任
4 今泉杏庵 1892年(明治25年)5月14日 1893年(明治26年)4月6日
5 渡辺儀蔵 1893年(明治26年)4月7日 1895年(明治28年)7月9日
6
7
8 斎藤吉弥 1895年(明治28年)7月10日 1901年(明治34年)5月6日 再々任
9
10 水野健治 1901年(明治34年)5月7日 1901年(明治34年)10月16日
11 村上伊佐治 1901年(明治34年)10月17日 1901年(明治34年)11月25日
12 十二村辰五郎 1901年(明治34年)11月26日 1905年(明治38年)12月14日
13 水野健治 1905年(明治38年)12月11日 1914年大正3年)2月9日 再任
14
15 鈴木惣四郎 1914年(大正3年)2月10日 1923年(大正12年)8月19日
16
17
18 菅野円蔵 1923年(大正12年)10月15日 1926年(大正15年)5月30日
19 鈴木富太郎 1926年(大正15年)6月5日 1927年昭和2年)2月24日
20 鈴木俊一郎 1927年(昭和2年)3月11日 1936年(昭和11年)2月10日
21
22
23 和泉辰治 1936年(昭和11年)4月9日 1937年(昭和12年)8月10日
24 鈴木俊一郎 1937年(昭和12年)10月28日 1940年(昭和15年)10月12日 再任
25 朝倉松吉 1940年(昭和15年)11月7日 1946年(昭和21年)4月15日
26 阿子島俊治 1946年(昭和21年)5月7日 1947年(昭和22年)1月5日
27 麻生寛道 1947年(昭和22年)4月6日 1954年(昭和29年)3月31日
28

歴代市長編集

氏名 就任 退任 備考
1 麻生寛道 1954年(昭和29年)5月12日 1976年(昭和51年)9月27日 町長より留任
2
3
4
5
6
7 鈴木孝一郎 1976年(昭和51年)11月14日 1980年(昭和55年)11月13日
8 関谷宗一 1980年(昭和55年)11月14日 1984年(昭和59年)11月13日
9 川井貞一 1984年(昭和59年)11月14日 2004年平成16年)11月13日
10
11
12
13
14 風間康静 2004年(平成16年)11月14日 2016年(平成28年)11月13日
15
16
17 山田裕一 2016年(平成28年)11月14日 現職

姉妹都市・友好都市編集

姉妹都市編集

友好都市編集

  •   白石区(北海道札幌市):明治初期に、片倉家家臣団が同地に移住したことを縁とする[2]

経済編集

 
仙南信用金庫の本店。

藩政期から戦後の高度成長期において、仙南圏の経済・商業の中核を担ってきた白石市ではあったが、近年その中核性は柴田郡大河原町柴田町国道4号バイパス沿いに展開するロードサイド店舗を中心とする商圏に移行している。

白石市の中心市街地は仙南圏では唯一のアーケード商店街を保持しているが、市内の経済・商業の中核地域も国道4号白石バイパス沿いのロードサイドショップに移行しつつある。

法人編集

  • 日本郵便郵便局
    • 白石郵便局(集配局)
    • 白石南郵便局
    • 越河郵便局
    • 小原郵便局
    • 越河駅前郵便局
    • 白石駅前郵便局
    • 斎川郵便局
    • 白石大平郵便局
    • 大鷹沢郵便局
    • 北白川郵便局
  • 簡易郵便局
    • 白石東簡易郵便局
    • 白石北簡易郵便局
    • 鎌先簡易郵便局
    • 赤井畑簡易郵便局

産業編集

第一次産業編集

農業については、平野部ではの栽培が主であるが、蔵王山麓では冷涼な気候を生かした高原野菜の栽培や酪農、斎川地区や越河地区、小原地区などではリンゴナシモモ、わずかだがブルーベリーといった果樹栽培が行われている。

農業総産出額は490,000万円(2006年)[3]

第二次産業編集

電子機械製造、食品加工業など中心に、主に東北自動車道白石インターチェンジ周辺や東北新幹線白石蔵王駅周辺に事業所が集積している。

製造品総出荷額は10,270,586万円(2009年)[4]

市内にある主な事業所

第三次産業編集

東北本線白石駅周辺の中心市街地や国道4号白石バイパス沿線に商業地域が集積する。また鎌先温泉小原温泉、蔵王山麓部では旅館・サービス業の集積も見られる。

教育編集

 
白石高校の校舎。

高等学校編集

※ 白石市の受験生は宮城県の公立高校以外に、福島県立梁川高校を志願できる[5]

中学校編集

  • 白石市立白石中学校
  • 白石市立福岡中学校
    • 白石市立福岡中学校病院分校
  • 白石市立小原中学校
  • 白石市立東中学校

小学校編集

  • 白石市立白石第一小学校
  • 白石市立白石第二小学校
  • 白石市立越河小学校
  • 白石市立大平小学校
  • 白石市立大鷹沢小学校
  • 白石市立白川小学校
  • 白石市立福岡小学校
    • 白石市立福岡小学校八宮分校(休校中)
    • 白石市立福岡小学校長峰分校(休校中)
    • 白石市立福岡小学校不忘分校(休校中)
    • 白石市立福岡小学校病院分校
  • 白石市立深谷小学校
    • 白石市立深谷小学校三住分校(休校中)
  • 白石市立小原小学校

特別支援学校編集

本来は、小学部と中学部は別立地だが、2016年(平成28年)度現在は、白石市立白石中学校内に小学部と中学部の両方が間借りしている状態となっている。

交通編集

 
東北新幹線の白石蔵王駅。
 
東北本線の白石駅。

鉄道編集

東日本旅客鉄道(JR東日本)

バス編集

 
白石市民バス(きゃっするくん)。

道路編集

観光編集

名所編集

レジャー編集

祭事編集

名産編集

このうち白石温麺、白石和紙、白石葛の3品目を合わせて「白石三白(さんぱく)」と呼ぶ場合がある。

その他編集

作品編集

白石市が舞台となっている作品

著名な出身者編集

政治編集

経済編集

教育編集

芸能編集

スポーツ編集

ゆかりの著名人編集

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ こののち宗実の子・白石宗直は政宗から伊達の姓を賜り、登米伊達家の祖となる。

出典編集

  1. ^ 『図典 日本の市町村章』36頁
  2. ^ a b c d 姉妹都市・友好都市交流”(白石市)2020年5月2日閲覧。
  3. ^ 『白石市統計書平成23年版』p83
  4. ^ 『白石市統計書平成23年版』p92
  5. ^ 宮城県教委 高校教育課事業案内

関連項目編集

外部リンク編集