逗子市

日本の神奈川県の市
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逗子市(ずしし)は、神奈川県の南部に所在する

ずしし
逗子市
View of Mount Fuji from Hiroyama Park.jpg
Flag of Zushi Kanagawa.svg 神奈川県逗子市市章.svg
逗子市旗 逗子市章
1950年12月30日制定
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 神奈川県
市町村コード 14208-5
法人番号 1000020142085 ウィキデータを編集
面積 17.28km2
総人口 56,996[編集]
推計人口、2020年9月1日)
人口密度 3,298人/km2
隣接自治体 横浜市鎌倉市横須賀市三浦郡葉山町
市の木 ツバキ
市の花 ほととぎす[1]
逗子市役所
市長 桐ケ谷覚
所在地 249-8686
神奈川県逗子市逗子五丁目2番16号
北緯35度17分44.2秒東経139度34分49.2秒座標: 北緯35度17分44.2秒 東経139度34分49.2秒
市庁舎位置

逗子市役所庁舎
外部リンク 公式ウェブサイト

逗子市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

特記事項 市外局番:046、0467(小坪の一部)
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三浦半島の西側の付け根にあり、湘南地方の東部と位置付けられることも多い[2]

概要編集

古都保存法の指定都市となっている。

市制30周年を記念して、1984年昭和59年)4月15日に市の花(逗子市の市花を制定)をほととぎすにする[1]。ほととぎすを「市の鳥」と勘違いしている人もいるが、逗子市が制定したものは花のほととぎすであり、鳥のほととぎすではない(市の鳥を制定した実績はない)。

キャッチフレーズは「太陽が生まれたハーフマイルビーチ」。

また、逗子市役所では市政におけるICT(情報通信技術)活用に注力しており、2013年平成25年)11月から議会に参加する議員、職員の全員がタブレット端末を利用して審議を行う「オールタブレット議会」を全国で初めて実現した。このことは、その後、自治体でタブレット端末が導入されるきっかけとなり、逗子市には全国からの視察団が相次だ。2020年には、ビッグデータ人工知能(AI)などICT活用で電気通信大学から協力を得る協定を結んだ[3]

地理編集

三浦半島北西部、相模湾に面する都市で、湘南の一部とされることもある。北西に鎌倉市、南に三浦郡葉山町、東に横須賀市北部、北東で横浜市金沢区に接する。東京都区部や横浜のベッドタウンで、1965年(昭和40年)造成開始の披露山庭園住宅など、新興の高級住宅街が見られる。また鎌倉・葉山などとともに海水浴場のある観光都市でもある。

三浦丘陵の西側にあたるため山がちな地形だが、市内の標高は最高でも140 mほどと特に高い山はない。鎌倉市や葉山町とは尾根筋を境界としているが、山上にも宅地が造成されている。市域の大部分は東部の横須賀市境付近を源流とし、相模湾に注ぐ二級河川田越川の流域で、川沿いに平地が広がっている。

1988年(昭和63年)撮影の逗子市中心部周辺の空中写真。1988年撮影の7枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

隣接している自治体・行政区編集

歴史編集

  • 1950年(昭和25年)7月1日 - 横須賀市より久木、小坪、山野根、新宿、逗子、桜山、池子、沼間の各地区(旧逗子町域)が分離独立し、三浦郡逗子町が再置される。
  • 1952年(昭和27年)1月12日 - 小坪漁港第1種漁港に指定される。
  • 1952年(昭和27年)4月1日 - 横須賀線に東逗子駅開設。

市名の由来編集

 
逗子市の街並み

逗子という地名は、もとは現在の逗子駅南側一帯の町丁(1889年までの逗子村)のもので、これが横須賀線の駅名に採用され、さらに逗子村を含む7村が合併した田越村が町制に移行するにあたり、町名に採用されたもの。

「逗子」の由来に関しては諸説ある。「三浦厨子城」(内容不詳)より、延命寺の延命地蔵尊(伝行基作)を安置する「厨子」より、役人である図師の住まいがあったことにちなむ、道が交差する交通の要衝「辻」(つじ)が転訛したなどが挙げられ、はっきりしていない[6]

なお、戦国時代頃には「豆師」「豆子」「図師」「厨子」などの字が当てられており。「逗子」の字が使われるようになったのは江戸時代からであるという[7]

日本の市町村をアルファベット順に並べると、当市(Zushi)が最後になる。

人口編集

 
逗子市と全国の年齢別人口分布(2005年) 逗子市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 逗子市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

逗子市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


地域編集

逗子市では、一部の区域で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。住居表示実施前の町名等欄で下線がある町名はその全部、それ以外はその一部であり、その町名の末尾に数字がある場合には丁目を表す。なお、町名欄に※印があるものについては、その町の区域の一部に住居表示未実施の区域があることを示す。

行政編集

歴代町長編集

1950年に横須賀市から分離独立した逗子町の町長。1943年に横須賀市に吸収される以前の逗子町の町長は「逗子町#行政」を参照。

歴代町長[9]
氏名 就任 退任 備考
1 1 荒井友三郎 1950年(昭和25年) 7月24日 1953年(昭和28年) 7月27日 早雲山道了山別院に滞在中、土砂崩れにより在職中死去[10]
2 2 山田俊介 1953年(昭和28年) 9月13日 1954年(昭和29年)4月15日 内務官僚、第42代青森県知事満州国警務総局長[11]、第35代福岡県知事

歴代市長編集

歴代市長[9]
氏名 就任 退任 備考
1 1 山田俊介 1954年(昭和29年)4月15日 1957年(昭和32年)9月12日 市制施行に伴い市長に就任。
2 1957年(昭和32年)9月13日 1961年(昭和36年)9月12日
3 1961年(昭和36年)9月13日 1965年(昭和40年)9月12日
4 1965年(昭和40年)9月13日 1969年(昭和44年)7月1日 在職中死去。
5 2 高橋鯛蔵 1969年(昭和44年)8月17日 1973年(昭和48年)8月16日
6 3 三島虎好 1973年(昭和48年)8月17日 1977年(昭和52年)8月16日
7 1977年(昭和52年)8月17日 1981年(昭和56年)8月16日
8 1981年(昭和56年)8月17日 1984年(昭和59年)10月6日 池子問題において池子米軍住宅建設を条件付きで受け入れ辞職。
9 4 富野暉一郎 1984年(昭和59年)11月11日 1987年(昭和62年)8月28日 住宅建設反対派。池子問題で当時建設容認派多数の市議会と対立して辞職。
10 1987年(昭和62年)10月12日 1988年(昭和63年)11月10日
11 1988年(昭和63年)11月11日 1992年(平成4年)11月10日
12 5 澤光代 1992年(平成4年)11月11日 1994年(平成6年)11月30日 池子米軍住宅建設の白紙撤回要求を断念、条件付き合意後辞職。住宅建設反対派。
13 6 平井義男 1994年(平成6年)12月25日 1998年(平成10年)12月24日 住宅建設容認派。
14 7 長島一由 1998年(平成10年)12月25日 2002年(平成14年)12月24日
15 2002年(平成14年)12月25日 2003年(平成15年)8月24日 米軍住宅追加建設問題で、市民の信を問うため辞職。
16 2003年(平成15年)9月14日 2006年(平成18年)12月24日
17 8 平井竜一 2006年(平成18年)12月25日 2010年(平成22年)12月24日
18 2010年(平成22年)12月25日 2014年(平成26年)12月24日
19 2014年(平成26年)12月25日 2018年(平成30年)12月24日
20 9 桐ケ谷覚 2018年(平成30年)12月25日 現職

立法編集

市議会編集

産業編集

姉妹都市・提携都市編集

国内編集

海外編集

公共施設編集

 
池子の森自然公園・緑地エリア
  • 池子の森自然公園
    400メートルトラック(兼サッカーラグビー場)
    野球場
    テニスコート
    緑地エリア(土・日・祝日のみ開園、8:45〜17:00)[15]
  • 飯島公園プール
  • 逗子市高齢者センター
    池子デイサービスセンター
  • 逗子市環境クリーンセンター
  • 青少年会館
  • 小坪公民館
  • 沼間公民館
  • 逗子市郷土資料館

教育編集

高等学校編集

中学校編集

小学校編集

交通編集

鉄道路線編集

東日本旅客鉄道(JR東日本)横須賀線が北西から東へ、京浜急行電鉄逗子線が北東から中央部へと走り、それぞれ逗子市内には2駅、計4駅がある。市の代表駅は市の中心部にある逗子駅および逗子・葉山駅

東日本旅客鉄道(JR東日本)
  • 横須賀線
京浜急行電鉄
  • 逗子線

バス路線編集

道路編集

海岸沿いと谷筋に沿って幹線道路が延びている。他の市町とは基本的にトンネルで連絡するが、山上に住宅団地が造成されているため住宅地の区画道路が市境となっている箇所も見られる。幹線道路を含め、大半の道路が2車線以下である。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

国指定文化財[16]編集

重要文化財編集

  • 五輪塔
石造五輪塔で「乾元二年(寛元2年、1244年)癸卯七月八日」の刻銘がある。池子の東昌寺(池子2丁目8-33)に所在。1935年に「石造五輪塔一基」として重要美術品等に認定[17]。1953年8月29日に「高養寺五輪塔」として重要文化財指定[18]、1977年6月27日に「五輪塔」へ名称変更[19]

史跡編集

県指定文化財[20]編集

  • 絹本着色大威徳明王像(絵画、神武寺:沼間2丁目1402)
  • 絹本着色千手観音像(絵画、神武寺:沼間2丁目1402)
  • 銅鐘応永十年銘)(工芸、海宝院:沼間2丁目12-15)
  • 木造阿弥陀如来立像(彫刻、光照寺:沼間2丁目20-17)
  • 薬師堂(建造物、神武寺:沼間2丁目1402)
  • 五霊神社の大イチョウとその周辺の樹木(天然記念物、五霊神社:沼間3丁目10-34)
  • 鐙摺(あぶずり)の不整合を示す露頭(天然記念物、桜山9丁目2405-21)
  • 逗子市池子遺跡群出土品(考古資料:池子遺跡群資料館)

景勝十選[21]編集

 
大崎公園
  1. 田越川の
  2. 久木大池公園
  3. 名越切通
  4. 大崎公園の展望
  5. 濾花記念公園
  6. 六代御前の墓
  7. 岩殿寺
  8. 逗子海岸と浪子不動
  9. 披露山公園
  10. 神武寺

その他編集

 
逗子マリーナ

関連人物編集

出身人物編集

人物はほぼ50音順。

在住者編集

逗子に在住した人物(既に移住した人物、故人も含む)

(1972-04-16) 1972年4月16日(72歳没)   日本・神奈川県逗子市小坪
逗子マリーナの仕事用マンションの一室にて死去

ゆかりの人物編集

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ a b 1984年(昭和59年)4月15日、逗子市告示第17号「逗子市の市の花」
  2. ^ 朝日新聞社「好書好日」2019年4月3日配信:長年続く「湘南はどこからどこまで?」論争に増淵敏之教授が終止符をうつ!(2020年12月6日閲覧)における、『「湘南」の誕生 音楽とポップ・カルチャーが果たした役割』(リットーミュージック)著者である増淵敏之法政大学大学院政策創造研究科教授インタビューによる。
  3. ^ 神奈川県逗子市、電通大とデータ活用などで包括協定日本経済新聞ニュースサイト(2020年11月4日)2020年12月6日閲覧
  4. ^ 同日、政令第4号
  5. ^ 神奈川県逗子市、官民連携のプラットフォーム設立」日本経済新聞ニュースサイト(2019年10月25日)2020年12月6日閲覧
  6. ^ 逗子市立図書館レファレンス事例詳細「地名「逗子」の由来」
  7. ^ 『逗子市史-通史編 古代・中世・近世・近現代編』(逗子市、1997年3月)pp13-15
  8. ^ 平成30年12月16日執行 逗子市長選挙候補者名簿
  9. ^ a b 歴代逗子市長、副市長(助役)及び収入役
  10. ^ 誰か昭和を想わざる 昭和ラプソディ 昭和28年(7月~9月)<神奈川・箱根>早雲山で山津波、10人死亡
  11. ^ 山田俊介追悼録編集委員会『山田俊介追悼録』昭和46年12月20日発行
  12. ^ 逗子市公式サイト>伊香保町との姉妹都市交流について
  13. ^ 逗子市公式サイト>国際友好都市 (ナザレ市)
  14. ^ ポルトガル大使館>二国間関係
  15. ^ 逗子市役所「池子の森自然公園」
  16. ^ 逗子市役所「逗子市内所在の重要文化財指定物件」
  17. ^ 同年、文部省告示第202号
  18. ^ 同年10月2日、文化財保護委員会告示第75号
  19. ^ 同日、文部省告示第130号
  20. ^ 逗子市役所「逗子市内所在の重要文化財指定物件」
  21. ^ 逗子市役所「逗子景勝十選」
  22. ^ a b c d e f g h i 逗子市編集『池子の森』(ぎょうせい発行 1993年2月20日発行)p.75
  23. ^ 『逗子は燃えた、そして 池子住民訴訟ノート』インパクト出版会 1990年12月25日発行

外部リンク編集