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ヨーガ

古代インド発祥の修行法
ヨガから転送)
庭園に坐すヨーギー

ヨーガ: योग (Yoga_pronunciation.ogg 聞く), yoga)は、古代インド発祥の伝統的な宗教的行法で、心身を鍛錬によって制御し、精神を統一して古代インドの人生究極の目標である輪廻からの「解脱(モークシャ)」に至ろうとするものである[1][2]ヨガとも表記される。漢訳は瑜伽(ゆが)。

1990年代後半から世界的に流行している、身体的ポーズ(アーサナ)を中心にしたフィットネスのような「現代のヨーガ」は、宗教色を排した身体的なエクササイズとして行われているが、「本来のヨーガ」はインドの諸宗教と深く結びついており、バラモン教ヒンドゥー教仏教ジャイナ教の修行法でもあった[3]

目次

概説編集

森林に入り樹下などで沈思黙考に浸る修行形態は、インドでは紀元前に遡る古い時代から行われていたと言われている[4]。古ウパニシャッドカタ・ウパニシャッドでは、感覚器官の堅固な総持(制御)がヨーガであるとされており[5]、インドの宗教・仏教の研究者奈良康明は、ヨーガを簡潔に説明すると、呼吸を調整しながら、あるものを思念瞑想し、ついには恍惚状態となってその対象と合体する技法であるとしている[6]。ヨーガという言葉及び思想は、インドの長い歴史においては比較的新しいものである[7]。ヨーガ登場以前には苦行(tapas、熱の意)という語が用いられたが、苦行が肉体を苦しめることで強い緊張を伴う精神状態を生じるのに対し、ヨーガは平静な観想を本質とするものであり、両者は多くの関係があるが、同一であるとは言い難い[7]

ヨーガはインドの諸宗教で行われており、仏教に取り入れられたヨーガの行法は中国・日本にも伝えられ、坐禅となった[† 1]。4-6世紀頃に体系化されたと考えられており[9]六派哲学ヨーガ学派の教典『ヨーガ・スートラ』が現在に残されている。ウパニシャッドにもヨーガの行法がしばしば言及され、正統バラモン教ではヨーガ学派に限られずに行われた[† 2]ウパニシャッド梵我一如思想の流れをくむ解脱への道ジュニャーナ・マールガ(智道、知識の道)では、感覚器官を抑制し、輪廻の根源となる行為、さらにその根源である欲望を断つ必要があったため、感覚器官と心の動きを抑制するヨーガは解脱への手段として重視された[6][† 3]ジャイナ教でもヨーガの修行は必須であり、仏教の開祖である釈迦もヨーガを学んでいる[2]。とはいえ、ヨーガ学派はヨーガ自体を解脱への方法と見做したが、ヒンドゥー教全般で見ると、ヨーガは解脱への道の一種の補助的な手段に過ぎない[6]

苦行は苦行者だけでなく、祭祀においても浄め等のために行われたため、祭祀を通じて一般化し、ヨーガも影響を受け、後代では苦行が採用されるようになった[7]。伝統的な動的ヨーガは、肉体的・生理的な鍛錬(苦行)を重視し、気の流れを論じ、肉体の能力の限界に挑み、大宇宙の絶対者ブラフマンとの合一を目指すハタ・ヨーガ[2]とそのヴァリエーションである[10]。「ハタ」は「力、暴力、頑固」などを意味する[10]。ハタ・ヨーガはヨーガの密教版ともいうべきもので、12-13世紀のシヴァ教ナータ派のゴーラクシャナータ英語版(ヒンディー語でゴーラクナート)を祖とする[10]ムドラー(印相)や、プラーナーヤーマ(調息、呼吸法)、シャットカルマ(浄化法)などの身体的修練を重視した。ハタ・ヨーガの主張はヒンドゥー教のシヴァ派やタントラ仏教(後期密教)の聖典群(タントラ)、『バルドゥ・トェ・ドル(チベット死者の書)』の説と共通点が多く、プラーナ(生命の風、)、ナーディー英語版(脈管)、チャクラ(ナーディーの叢)が重要な概念となっている[2]

ただし、今日ヨーガと呼ばれるものの多く動的なヨーガだが、伝統的なハタ・ヨーガの流れとは別である。1990年代後半から、身体的ポーズ(アーサナ)に重点を置いたヨーガがアメリカ、イギリスなどの英語圏を中心に世界的に流行している[11]。現代では、一般に“ヨーガ(ヨガ)”または“ハタ・ヨーガ“と呼ばれるものの多くは、このヨーガを指している。この近現代のヨーガは、日本においてもアメリカなどの影響により、今世紀に入って爆発的な広がりを見せている。その特徴は「アーサナ(ポーズ)」の実践にある。宗教学者のデミケリスはこうしたヨーガを「現代体操ヨーガ(Modern Postural Yoga)」と呼んでいる[12]。この現代の「ヨーガ教室」等で教えられているヨーガは、20世紀前半のインドで西洋の体操やボディビルディングなどの外来の身体鍛錬英語版を取り入れてインド人のための国産エクササイズを作ろうとする動きから生まれた「創られた伝統」を直接的な起源としており、現代のヨーガと元来のヨーガにおける「yoga」とは似て非なる「同音異義語」であると言える[13]。このヨーガは、アメリカで「スピリチュアルな実践」とも解釈されている[11]。多くの現代人はヨーガに「インド古来の、何か難しいポーズをとる、健康に良いらしいもの」というイメージを持っており、現代ヨーガは流派によって練習内容が異なりはしても、「古代インドの修行法」「アーサナ(ポーズ)・呼吸(プラーナーヤーマ=調息)・瞑想」」、「科学的に検証された健康に良い効果」という3点から構成され、この神話的要素ともいえる3つの絡み合いが魅力になり、人気を博していると思われる[14]健康法として多くの効果が喧伝される一方、心身に対する様々な危険性も指摘されている[15][16]

また現代では、様々な文献が翻訳・執筆され容易に入手できるため、書籍や映像により独習されることも少なくない。ヨーガを取り入れていたオウム真理教の教祖麻原彰晃は、正規のグルにつかず文献を基に独学で修行しているが、このことがのちに様々な問題を生ぜしめた要因のひとつであるとも言われている[17][18]。その一方、アヌサラ・ヨーガ英語版ビクラム・ヨーガといった巨大ヨーガ教室のトップがセクハラ、パワハラ、性犯罪で告発されるなどの権力の乱用もあり、商業化された現代のヨーガで、指導者に帰依することは妥当かどうか疑問も持たれている[19]

「ヨーガ」という言葉編集

ヨーガ (योग) は、「牛馬にくびきをつけて車につなぐ」という意味の動詞 根√yuj(ユジュ)から派生した名詞で、「結びつける」という意味もある[4]。つまり語源的に見ると、牛馬を御するように心身を制御するということを示唆しており、「くびき」を意味する英語yokeと同根である。『ヨーガ・スートラ』は「ヨーガとは心の作用のニローダである」(第1章2節)と定義している[20](ニローダは静止、制御の意[21])。森本達雄によると、それは、実践者がすすんで森林樹下の閑静な場所に座し、牛馬に軛をかけて奔放な動きをコントロールするように、自らの感覚器官を制御し、瞑想によって精神を集中する(結びつける)ことを通じて「(日常的な)心の作用を止滅する」ことを意味する[4]

 
ヨーギニー女神の像、10世紀

日本では一般に「ヨガ」という名で知られているが、サンスクリットでは「यो」(ヨー)の字は常に長母音なので「ヨーガ」と発音される[† 4]仏教においては元のサンスクリットを漢字で音写して「瑜伽」(ゆが)と呼ぶか、あるいは意訳して「相応」とも呼ぶ。

ヨーガの行者は日本では一般にヨーギーまたはヨギと呼ばれるが、ヨーガ行者を指すサンスクリットの名詞語幹は男性名詞としてはヨーギン (योगिन्)、女性名詞としてはヨーギニー (योगिनी) であり、ヨーギーはヨーギンの単数主格形(日本語にすると「一人の男性行者は」)に当たる[22]。インド研究家の伊藤武によると、サンスクリット語のヨーギニーに「ヨーガをする女性」の意味はない[23]。現代日本ではヨーガを行う女性を俗にヨギーニと呼ぶことがあるが、前述のようにサンスクリットでは「ヨー」は常に長母音なので、女性名詞はヨーギニー (yoginī) であってヨギーニではない[24]。ヨギーニは英語読みに由来する発音だと説明する本もあるが[25]、英語の発音は /'joʊgəni/ (ヨウギニ)または /'joʊgəniː/ (ヨウギニー)である。

修行者は男性であった[† 5]タントリズムの性的ヨーガにおいて、男性行者の性行為の相手をする女性がヨーギニーと呼ばれていた[† 6]。南インドで、親が娘を神殿や神(デーヴァ)に嫁がせる宗教上の風習デーヴァダーシー(神の召使い)の対象となった女性もヨーギニーと呼ばれた[33]。彼女たちは伝統舞踊を伝承する巫女であり[34]神聖娼婦、上位カーストのための娼婦であった[33][35](1988年まで合法であった[33])。

インドの歴史編集

原始ヨーガ編集

 
紀元前2500-1500年頃の彫像

ヨーガの起源には不明な点が多く、その成立時期を確定することは難しい。ヨーガの起源を最も古くに見るものは、紀元前2500年-1800年のインダス文明に、その遠い起源を持つとするもので、これは20世紀初頭の考古学者達によって考え出されたものである[36]。1921年にモヘンジョ・ダロハラッパーの遺跡を発掘した考古学者のジョン・マーシャルらは、発掘された印章に彫られた図像を、坐法を行っているシヴァ神の原型であると解釈した[36]。そこから宗教学者エリアーデも、これを「塑造された最初期のヨーガ行者の表象」であるとした[36]。近代に至るヨーガの歴史を研究したマーク・シングルトンは、この印章がのちにヨーガと呼ばれたものであるかは、かなり疑わしいものであったが、古代のヨーガの起源としてたびたび引用されるようになった、と述べている[36]。日本で出版されているヨーガに関する書物でも、インダス文明にヨーガの起源をみるとする立場を取るものも多い。

しかし、佐保田鶴治も指摘するように、このような解釈は、あくまで推論の域を出ないものであるという[37]。インダス文明には、文字らしきものはあっても解読には至っておらず、文字によって文献的に証明することのできない、物言わぬ考古学的な史料であり、全ては「推測」以上に進むことはできない、と佐保田は述べている[37]。また、インド学者のドリス・スリニヴァサンも、この印章に彫られた像をシヴァ神とすることには無理があり、これをヨーガ行法の源流と解することに否定的であるとしている[38]。近年、このようなインダス文明起源説に終止符を打とうとした宗教人類学者のジェフリー・サミュエルは、このような遺物からインダス文明の人々の宗教的実践がどのようなものであったかを知る手がかりはほとんど無いとし、現代に行われているヨーガ実践を見る眼で過去の遺物を見ているのであり、考古学的な遺物のなかに過去の行法実践を読み解くことはできないとしており[39]、具体的証拠に全く欠ける研究の難しさを物語っている。

紀元前12世紀頃に編纂されたリグ・ヴェーダなどのヴェーダの時代には「ヨーガ」やその動詞形の「ユジュ」といった単語がよく登場するが、これは「結合する」「家畜を繋ぐ」といった即物的な意味で、行法としてのヨーガを指す用例はない[40]。比較宗教学者のマッソン・ウルセルは、「ヴェーダにはヨーガはなく、ヨーガにはヴェーダはない」(狭義のヴェーダの時代)と述べている[41]

ウパニシャッドの時代では、単語としての「ヨーガ」が見出される最も古い書物は、紀元前500年-紀元前400年の「古ウパニシャッド初期」に成立した『タイッティリーヤ・ウパニシャッド』である[42]。この書では、ヨーガという語は「ヨーガ・アートマー」という複合語として記述されているが、そのヨーガの意味は「不明」であるという[42]紀元前350年-紀元前300年頃に成立したのではないかとされる「中期ウパニシャッド」の『カタ・ウパニシャッド』にはヨーガの最古の説明が見い出せる[43]

古典ヨーガ編集

 
パタンジャリの典型的な像

紀元後4-5世紀頃には、『ヨーガ・スートラ』が編纂された[44][45]。この書の成立を紀元後3世紀以前に遡らせることは、文献学的な証拠から困難であるという[44]。『ヨーガ・スートラ』の思想は、仏教思想からも多大な影響や刺激を受けている[46][47]

国内外のヨーガ研究者や実践者のなかには、この『ヨーガ・スートラ』をヨーガの「基本教典」であるとするものがあるが、マーク・シングルトンはこのような理解に注意を促している。『ヨーガ・スートラ』は当時数多くあった修行書のひとつに過ぎないのであって、かならずしもヨーガに関する「唯一」の「聖典」のような種類のものではないからである[48]。佐保田鶴治は、サーンキヤ・ヨーガの思想を伝えるためのテキストや教典は、同じ時期に多くの支派の師家の手で作られており、そのなかでたまたま今日に伝えられているのが『ヨーガ・スートラ』であると述べている[49]。『ヨーガ・スートラ』は、ヨーロッパ人研究者の知見に影響を受けながら、20世紀になって英語圏のヨーガ実践者たちによって、また、ヴィヴェーカーナンダH・P・ブラヴァツキーなどの近代ヨーガの推進者たちによって、「基本教典」としての権威を与えられていった[48]

『ヨーガ・スートラ』は、現代のヨーガへの理解に多大な影響を与えている。『ヨーガ・スートラ』の編纂者はパタンジャリとされているが、彼のことはよくわかっていない。同書は「ヨーガ学派」の教典である。同派は、ダルシャナ(インド哲学)のうちシャド・ダルシャナ(六派哲学)の1つに位置づけられている。

ヨーガ学派の世界観・形而上学は、大部分をサーンキヤ学派に依拠しているが、ヨーガ学派では最高神イーシュヴァラの存在を認める点が異なっている[2]。内容としては主に観想法(瞑想)によるヨーガ、静的なヨーガであり、それゆえ「ラージャ・ヨーガ」(=王・ヨーガ)と呼ばれている。その方法はアシュターンガ・ヨーガ(八階梯のヨーガ)と言われ、ヤマ(禁戒)、ニヤマ(勧戒)、アーサナ(座法)、プラーナーヤーマ(調気法、呼吸法を伴ったプラーナ調御)、プラティヤーハーラ(制感、感覚制御)、ダーラナー(精神集中)、ディヤーナ(瞑想、静慮)、サマーディ(三昧)の8つの段階で構成される[50][51]。 『ヨーガ・スートラ』では、ヨーガを次のように定義している。

ヨーガとは心の作用を止滅することである (『ヨーガ・スートラ』1-2)
その時、純粋観照者たる真我は、自己本来の姿にとどまることになる (『ヨーガ・スートラ』1-3)[50]

後期ヨーガ編集

12世紀-13世紀には、タントラ的な身体観を基礎として、動的なヨーガが出現した。これはハタ・ヨーガ(力〔ちから〕ヨーガ)と呼ばれている。内容としては印相(ムドラー)や調気法(プラーナーヤーマ)などを重視し、超能力や三昧を追求する傾向もある。教典としては『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』、『ゲーランダ・サンヒター』、『シヴァ・サンヒター』がある。

 
ヴィヴェーカーナンダ

他に後期ヨーガの流派としては、古典ヨーガの流れを汲むラージャ・ヨーガ、社会生活を通じて解脱を目指すカルマ・ヨーガ英語版(カルマ・マールガ、行為の道)、人格神への献身を説くバクティ・ヨーガ英語版(バクティ・マールガ、信愛の道)、哲学的なジュニャーナ・ヨーガ英語版(ジュニャーナ・マールガ、知識の道)があるとされる[52]。後三者は19世紀末にヴィヴェーカーナンダによって『バガヴァッド・ギーター』の三つのヨーガとして提示された[53]

18世紀後半の時点で、インドにおけるサンスクリット語や聖典、古典の研究は事実上途絶えており、サンスクリット語を理解できる人はほとんどいなくなっていた[54]。19世紀半ばには、インドの伝統的なヨーガの実践と、『ヨーガ・スートラ』の体系のつながりはすでになくなっており、古典ヨーガの体系について教えることのできるインド人の学者はいなかったという[55]。インド人知識人たちは、西欧人に蔑視されるインドにも誇れる文化があることを示そうと、西洋の知的伝統によってインド哲学のヨーガ学派、古典ヨーガの有効性を示そうと試み、『ヨーガ・スートラ』はインドの文化的ナショナリズムと関わる形で注目され、復権し、重視されるようになった[55]

インドには、ヨーガで心身を鍛えた戦闘的サンニヤーシン(托鉢修行僧、遊行者)の長い伝統があり、ハタ・ヨーガと武術訓練とは結びついていた[56]。15世紀頃に、ゴーラクシャナータのハタ・ヨーガを行うナータ派(シヴァ派の一派)から、武装した宗教集団が登場した[57]。彼らはカーストにも社会秩序にも縛られず野放図な振る舞いをし、異様とも見える苦行で心身を鍛え、裸体で武器をもって略奪を行った[57]。交易ルートを支配して、18世紀にはイギリス東インド会社を脅かすほどの勢力となっていた[57]。伊藤武は、マーク・シングルトンは彼らを武装したヨーギーの集団としているが、ナータ派に帰依した土豪の兵というのが正しいと思われ、イギリスの侵略に対する抵抗運動であると述べている[58]。ナータ派武装集団による抵抗運動は失敗に終わった[58]。ヨーギーは支配層からは忌み嫌われ恐れられ、1773年にはベンガルで最初にヨーギーの放浪が規制されて、警察の監視下で非武装化と定住化が促進されるようになり、ヨーガはサーカスのような見世物として生き延び、怪力や綱渡り、心臓停止などがヨーガとして行われていた[57]。イギリス人や西洋的教育を受けたインド人の知識人から見れば、ヨーギーは「曲芸を見せてお金を取り、淫らな悪巧みをする社会的パラサイト」であった[57]。これらの行者のなかには、かなり暴力的な方法で物乞いをする者達もおり、一般の人々から恐れられていたという[59]。正統派ヒンドゥー教徒、西洋人やインド人の知識人たちからは、社会の寄生虫として蔑視され、インド文化の陰の部分として忌まれていた[59][57]

マーク・シングルトンによれば、こうした経緯により近代インドでは、ハタ・ヨーガは望ましくない、危険なものとして避けられる傾向にあった[60]ヴィヴェーカーナンダオーロビンド・ゴーシュラマナ・マハルシら近代の聖者とされる指導者たちは、ラージャ・ヨーガやバクティ・ヨーガ、ジュニャーナ・ヨーガなどのみを語っていて、高度に精神的な働きや鍛錬のことだけを対象としており、ハタ・ヨーガは危険か浅薄なものとして扱われた[60][† 7]。ヨーロッパの人々は、現在ではラージャ・ヨーガと呼ばれる古典ヨーガやヴェーダーンタなどの思想には東洋の深遠な知の体系として高い評価を与えたが、行法としてのヨーガとヨーガ行者には不審の眼を向けた。それは、17世紀以降インドを訪れた欧州の人々が遭遇した現実のハタ・ヨーガの行者等が、不潔と奇妙なふるまい、悪しき行為、時には暴力的な行為におよんだことなどが要因であるという[59]

西洋で講演し人気を博したヴィヴェーカーナンダは「インド人には鉄の筋肉と鉄の心が欠けている」として身体鍛錬文化を支持し、インド帰国後「筋肉的ヒンドゥー教」ともいえる立場を取り、影響を与えた[63]バンキム・チャンドラ・チャートパーディヤーエ英語版の愛国小説『アノンドの僧院英語版』(1884年)やV・D・サヴァルカール英語版のノンフィクション『1857年インド独立戦争(セポイの乱)』(1908年)などで外国の勢力と戦うヨーギーのイメージは高まった[63]。身体文化の活動家でヨーガで鍛え怪力を得たというK・ラマムルティ英語版や世界チャンピオンになったインド人レスラーは、自由への闘争の英雄的シンボルになった[63]。ヨーガ、身体文化の実践者たちは、西洋の身体文化とインドの伝統的な鍛練法であるヨーガを融合し、それを身体文化と見ることもあれば、ヨーガと捉えることもあり、全てインド由来と主張しインドの身体文化の方法の優越性を説くこともあった[63]。ヨーガの指導、練習は戦闘訓練の隠れ蓑としても行われた[63]

近現代編集

19世紀後半から20世紀前半に発達した西洋の身体鍛錬英語版運動に由来するさまざまなポーズ(アーサナ)が、インド独自のものとして「ハタ・ヨーガ」の名によって体系化され、このヨーガ体操が近現代のヨーガのベースとなった。現在、世界中に普及しているヨーガは、この新しい「現代のハタ・ヨーガ」である。現代ヨーガの立役者のひとりであるティルマライ・クリシュナマチャーリヤ英語版(1888年 - 1989年)も、西洋式体操を取り入れてハタ・ヨーガの技法としてアレンジした[11][† 8]。 インド伝統のエクササイズ(健康体操)と喧伝されることで、アーサナが中心となったハタ・ヨーガの名前が近現代に復権することになった[64]

 
アーユルヴェーダ・ヨーガ・伝統医学を担当する「AYUSH省」[† 9]のロゴ

2016年、ユネスコが推進する無形文化遺産にインド申請枠で登録された[65]。それに先立つ2014年、モディ政権は政府に「ヨーガ・アーユルヴェーダ・伝統医学担当省」(AYUSH省)[† 9]を設立するとともに、国連加盟各国に働きかけて夏至の6月21日を「国際ヨガの日」として国連総会で定めることに成功した[66]。インドの身体文化の世界的盛況は、年間約450万人の外国人観光客が訪れるインド国内の観光産業にも波及しており、インド政府は観光資源の最大の目玉と位置づけ、「国家プロジェクト」として、旅行者の誘致をしている[67][68]。インド政府観光局のキャンペーン・ポスターには、ヨーガのポーズをした女性の写真が使われることが多くなっている[68]

グローバルに展開する現代のヨーガの流行は、ヨーガの発祥地であるインドにも影響を与えている[68]。インドでは修行者のような一部の人々に実践され、一般の人々には近寄りがたいイメージであったヨーガは、近年、欧米の流行からの逆輸入としてヨーガが再評価され、肥満問題の深刻化する都市部の新興富裕層や中産階級を中心に、ヨーガのリバイバルが起きている[68][67]。欧米で改良されたエクササイズ的なヨーガは、今日ではインドでも広く受け入れられており、「NY 直輸入」などと謳ったヨーガ教室の看板も多数見られる[68][67]

また、現代ではインドのカトリック教会でもヨーガが取り入れられ、クリスチャン・ヨーガとして実践されている[69]

世界への伝播編集

欧米への紹介編集

 
ラマナ・マハルシ

近世に入って、インドが西欧の文化に接触すると、ヒンドゥー教に改革の機運が生じ、ブラフモ・サマージアーリヤ・サマージ、神智学協会がつくられ、さらに19世紀には現在でも知られるヨーガ行者が何人も現れた[70]。ヴィヴェーカーナンダは、1893年にシカゴ万国博覧会にともない2週間近くにわたって開催された万国宗教会議英語版に出席し、続いて1896年末まで欧米各地でインドの思想を説いてまわった[71]。『バガヴァッド・ギーター』やヨーガ学派の思想を再編成し、ヴェーダーンタを再解釈し、単純化し、近代化して、ヨーガの名によって説いた[72]ネオ・ヴェーダーンタ英語版)。ヴィヴェーカーナンダのヨーガの最終目標はジュニャーナ・ヨーガ(智慧の道) であると考えられているが、アメリカで人気となったのは、プラーナ(呼吸)とプラーナーヤーマ(調息)に関してハタ・ヨーガの生理学的要素を取り入れた、プラクティカルなラージャ・ヨーガ(心身統一の道)であった[73]。個人が自力で霊的な高みに上る方法論として受容され、ロマン・ロランによれば、人びとは「世界征服の幼稚不健全な秘密を求めて力のヨーガ‐ラージャ・ヨーガ‐に飛びついた」のである[72]

このヴィヴェーカーナンダの活動を手始めとして、ヨーガ行者たちはアメリカやヨーロッパに渡航して指導するようになり、ヨーガが欧米の一般社会に次第に紹介されるようになった[74]オーロビンド・ゴーシュラマナ・マハルシなどの思想も書物などによって欧米に知られるようになった[75]。ラマナ・マハルシのもとには、カール・グスタフ・ユングなどヨーロッパの著名人も訪れている[76]

また、ニューヨークで設立された「神智学協会」は、創設者のブラヴァツキー夫人オルコット大佐が、1879年にインドに本部を移し[77]、『ヨーガ・スートラ』などの文献の翻訳、チャクラなどの概念を欧米に紹介し、ヨーガへの貢献が大きかった[78]。神智学協会はインド独立運動も支援した[79]

ニューエイジ・対抗文化編集

 
ビートルズ
 
ミック・ジャガーブライアン・ジョーンズ、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー

1960年代に対抗文化がはじまり、60年代初期にはカリフォルニアのエスリン研究所等の前衛的な「成長センター」で、心理劇エンカウンターグループゲシュタルト療法等のグループ・セラピー、ホロトロピック・ブレスワークボディワークなどの心身技法と共に、瞑想やヨーガが個人変容・自己啓発のテクニックとして教えられるようになり、これらのセンターはヒューマンポテンシャル運動の中心となっていった[80]。こうした潮流から、アメリカから「ニューエイジ運動」が起こった[81]。行き過ぎた近代主義や西洋中心主義に対抗するニューエイジ・ムーヴメントは、東洋思想や神秘主義、エコロジーなどを取り入れて、精神性を追求し、平和や調和を掲げた[82]。初期の象徴的なイベント、モントレーのフェスティバルでは、インド人のラヴィ・シャンカルがシタールを演奏した[83]。また、その規模を拡大したのがウッドストック・フェスティバルであった[83]。この時代のヨーガに多大な影響を与えたのは、ビートルズであった[84]。1968年にビートルズはインドに渡り、超越瞑想を広めたインド人グルのマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーが主催するリシケーシュのアーシュラム(道場)を訪問し、2ヶ月に渡って瞑想やヨーガを実践した[85][86]。この時ビートルズは、ガールフレンドや友人、マネージャー、リポーター等総勢200人以上を引き連れており、インドに渡ったメディアも「ヨーガ」に注目し、流行を後押しした[84][86]

ヨーガの普及は先鋭的な若者たちに限られていたが[87]、当時アメリカに600万人のヨーガ人口があり、イギリス内でのヨーガ教室は全国にまたがり数千カ所に及び、ドイツ、スイス、フランスでも盛んにおこなわれていた[88]

世界的な大流行編集

 
スポーツジムのヨーガ教室
 
プラーナーヤーマを試みる男性

1980年代には、欧米で空前のフィットネスブームがあった[89]。西洋とインドの身体文化がシンクロする形で生まれた「アーサナ体操」は、1980-90年代、特に1990年代後半以降にアメリカをはじめとする世界各国に広がり、「スピリチュアルを喚起するインドの伝統的な身体技法」として受容されるようになった[11][89]。1990年代初頭のアシュタンガ・ヨーガやパワー・ヨーガの台頭である[90]。アメリカでは、ヨーガ・マットを肩からさげて、モダンな雰囲気のヨーガ・スタジオに行くことが、新しいカルチャーになろうとしているという[91]

スワミ・サッチダーナンダの弟子で、カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部教授のディーン・オーニッシュは、心臓病の回復にヨーガが役立ちうるという研究結果を発表し、ヨーガは代替医療としても注目を集め、オーニッシュのヨーガプログラムを取り入れる病院も出てきた[89]。欧米の近現代ヨーガの初期の指導者たちは、インドで時間をかけて修行し学び、教える立場に立ったが、ヨーガへの急激な注目の高まりで指導者の需要が急増し、数日で指導者を養成することが望まれるようになった[89]。ヨーガのコミュニティは、指導者の質の低下や、ジムや病院、保険会社、政府機関が指導基準を作り、ヨーガ業界に押し付けることを危惧するようになり、熟練の指導者たちによるヨガアライアンス(YA)は、1999年に数十年間インドのアシュラムで行われていた1カ月の研修プログラムの時間に基づき、生徒を安全に指導するための最低トレーニング時間を200時間とすることに決めた[89]

アメリカでフィットネス仕様(ワークアウト)にアレンジされた新しいヨーガが、マドンナなどハリウッドのセレブリティ(セレブ)が実践していたことで脚光を浴び、アメリカで広範な人気を得たことで、アメリカ発の爆発的で世界的な大流行をするに至っている[90][92]。2005年の統計によれば、アメリカのヨーガ人口は1650万人となり、特に18-24歳の若者達に限れば、年に50パーセント近い割合で増加したという[92]

日本の状況編集

仏教伝来編集

最初に瑜伽として日本にヨーガが伝わったのは、大同元年(806年)、より帰国した空海にまでさかのぼる。その後、真言宗や天台宗の「阿字観」等の密教行法として、現在に伝わっている。禅宗でいうは仏教の代表的な修行のひとつ「禅定」であるが、その原語はディヤーナ(禅那)で、ヨーガ・スートラ第2章に記述されるディヤーナと同語である。

近代ヨーガの受容編集

アメリカから書籍で日本に紹介され影響のあったヨーガは自称インド人も多く、戦前はアメリカ白人のものが中心だった[93]

近代日本におけるヨーガの受容は、1919年に中村天風が天風会を設立し、ヨーガを「心身統一法」として各界で説法したことに始まる[94]。その後、1940-50年代に神智学者三浦関造が竜王会を主宰し、「綜合ヨガ」の研修会でアーサナや呼吸法を指導した[94]。この二人が、日本のヨーガの「草分け的存在」とされる[94]

実際にヨーガを広めたのは、1950年代より活動を始めた二人の人物である[94]。一人は、沖ヨガの創始者沖正弘で、ヨーガを体系的に指導した先駆者であり、多くの後進を育てたことから「日本ヨガの父」とも呼ばれる[94]。沖と双璧とされるのが、インド哲学の権威佐保田鶴治で、『ヨーガ・スートラ』などのヨーガ文献の翻訳とヨーガの思想をまとめあげ、60歳を過ぎてから本格的な実践を始めて、多くの人に受け入れられるヨーガを紹介した[95]

精神世界の潮流編集

1970年代には、アメリカに端を発したニューエイジ・ムーヴメントが紹介されるようになり、日本でヨーガも含めた「精神世界」として受け入れられるようになった[96]。これは、精神性や心、自然との調和を重視する思想を核とする[96]。人間の内面世界の潜在的可能性を探る実践として、現在まで続いている[96]。この対抗文化の影響を受けたヨーガは青年層が中心であり、自己鍛錬により精神の向上を目指す「修行」のイメージの強いものであった[91]

メディアでの紹介と普及編集

また、1970年代半ば以降カルチャー・センターが人気を得るようになると、そのなかでヨーガ教室も開かれるようになった[97]。ヨーガは一種の「健康体操」として、比較的高齢の人びとに受容されたが、まだ十分に浸透するには至らなかった[97]。同時期、テレビでヨーガのコーナーが設けられ、書籍の出版やメディア出演が行われるようになったが、当時は30代から50代の方が大半で、現在のように若者中心ではなかった[97]1980年代には、若者向けのメディアや新聞にも広く取り上げられるようになり、「健康と美容」で全世代に浸透するようになった[97]

こうしてヨーガは、一定の支持者を獲得していた[98]。そのような時期、1995年に、オウム真理教による「地下鉄サリン事件」を始めとする一連の事件が発生した[98]。瞑想、ヨーガという言葉には、この教団のイメージがつきまとうようになった[98]。この事件がヨーガに与えた影響はきわめて大きかった[98]。看板からヨーガの文字が外されたり、生徒のいないクラスがあるなど、ヨーガは下火となり、廃業する教室も少なくなかった[98]

21世紀のヨーガの流行編集

1990年代後半には既にアメリカで流行していたヨーガは、オウム事件の影響のため、すぐには日本に入ってこなかった[98]。今回のヨーガの流行は、アメリカにおけるそれから10年近く遅れた[98]。ヨーガはメディアに無視されていたことで、多くの人々に「新しいもの」というイメージで捉えられることとなった[98]。2003年にアメリカから入ってきたパワー・ヨーガやアシュタンガ・ヨーガは、マドンナクリスティー・ターリントンに象徴されるセレブリティな雰囲気から爆発的な人気となった[98]。インドのヨーガは、アメリカを経由して新たな装いで洗練されたイメージとなり、こうした流行の最先端をいく人たちの実践によって、ヨーガの普及にさらなる拍車をかけることになった[91]

日本では、上記の異なる時期に発達したヨーガが、重層構造を形成しつつ展開しているものと理解される[91]

また、2016年よりインド政府認可のヨガ検定が一般社団法人全日本ヨガ連盟によって実施されている[99]

内容編集

座法編集

静的なヨーガでは、緊張を緩めて体を楽に保ち、心を無限性に集中させ瞑想にふけるために、座法の熟達が目指される[100]。『ヨーガ・スートラ』では座法の名前は挙げられていないが、ヴィヤーサの『注解』では蓮華座(結跏趺坐に相当)、英雄座など12種類があり、後世になるとますます増えて84種類にもなっている[100]

タントラ編集

インドにはタントラ、タントリズムと呼ばれる潮流があり、定義は困難であるが、ウパニシャッド梵我一如に表される大宇宙と小宇宙の相関符合の神秘思想によって世界観が基礎づけられており、絶対的最高原理を認め、これと融合・合一することで生前解脱することを目指し、現世を肯定してそれを自在に支配しようという教義と実践の体系であると言える[101]。タントリズムでは、解脱と現世の享受が主な関心事であり、解脱と共に神通力・神秘力の体得がもてはやされ、タントリズム特有の行法の秘儀・神秘的人体学が発達した。宇宙生命力としてのプラーナが、人体のナーディー(脈管)を循環し、チャクラに集約されると考えられた[102]。ヨーガによって会陰部のムーラダーラ・チャクラのクンダリニー女神を目覚めさせ、頭頂のサハスラーラのシヴァ神と合一することで法悦に浸るとされ、このヨーガに関連して、マンダラ、ヤントラ、チャクラ、ムドラーといった神秘的道具、附属物が考案され、グルによる入信聖別式は秘密性を深めた[102]。秘儀性は常識を超えた社会的禁忌へと接近させ、肉食、飲酒、乱交の勧めともなった[102]。タントリズムでは、女神から魔女まで女性に帰せられる宇宙のエネルギーであるシャクティが重視され、解脱の障碍にも宇宙支配の具ともなるシャクティをなだめ支配する必要があるとされ、これは性の謳歌に通じたが、退廃の危険性をはらみ、淫乱・狂操という性格も持っていた[103]。人身供儀のような、血なまぐさく陰惨な側面もみられた[101]。ハタ・ヨーガはこうしたタントリズムの一部である。

チャクラ編集

 
6つのチャクラの図、18世紀
 
レッドビータに始まる虹色チャクラ説のチャクラの色と場所[104]

ヨーガは実践上、インド古来のチャクラ理論に依拠しており、これはタントラ的な身体観である。ヒンドゥー・ヨーガや仏教におけるチャクラの数、言及される色は一定していない。

チャクラを7つに固定し、各チャクラのプラーナの色に虹の7色をあてる考えが現代では普及しているが、これは伝統的なものではなくインド思想を取り入れた近代神智学を唱えた神智学協会のメンバーであるチャールズ・ウェブスター・レッドビータ(1854年 - 1934年)が20世紀に考案したものである[105]

種類編集

伝統的ヨーガ編集

ラージャ・ヨーガ (राज योग)編集

 
パタンジャリの彫像(ハリドワール)

「ラージャ」は「王の」という意味である。「マハー(偉大な)・ヨーガ」とも呼ばれる。教典はパタンジャリの『ヨーガ・スートラ』(紀元後4-5世紀頃)。サーンキヤ学派同様に、宇宙の究極的な原理として純粋精神(プルシャ)と根本物質(プラクリティ)とを認める二元論であり、根本物質から統覚器官・自我意識・思考器官という心(心理・認識機能を司る器官)を含め、一切が展開するとみなす[106]。よって、心は本来の自己である純粋精神とは本質が異なる物質的なものであるとする[106]。心の作用には煩悩性があり、煩悩を原因とする経験によってが心の中に蓄積するため、苦行・学習・最高神(イーシュヴァラ、自在神)への祈念という行作ヨーガ(クリヤー・ヨーガ、『ヨーガ・スートラ』2:1[107]。クリヤーは行為の意)の実践で煩悩を弱め、禅定によって煩悩の活動を死滅させることで、心は根本物質に帰り、輪廻は消滅し、肉体の死とともに完全な解脱が実現できるとされた[106]

『ヨーガ・スートラ』第2章29節は、実修法として以下の八部門が説かれている[106]

  1. ヤマ(禁戒):不殺生・真実・不盗・不淫・無所有の五戒の実践[106]
  2. ニヤマ(勧戒)・内外の清浄・満足・苦行・学習(読誦)・最高神への祈念[106]
  3. アーサナ座法
  4. プラーナーヤーマ(調気、調息)
  5. プラティヤーハーラ(制感)
  6. ダーラナー(凝念)
  7. ディヤーナ(静慮、禅定)
  8. サマーディ(三昧

第1段階と第2段階は、当時の宗教や哲学体系で説かれた実践徳目と共通するものが多い[106]。第2段階(ニヤマ)のうち、苦行、学習(読誦)、最高神への祈念の3つ、クリヤー・ヨーガは準備段階に当たる。安定した座法で(アーサナ)呼吸を調整し(プラーナーヤーマ)、外界の支配から感覚を引き離して対象と感覚を切り離すことで、感覚器官を支配下に置く(プラティヤーハーラ)[100]。心を一か所に集中し(ダーラナー)、さらに他の観念に妨げられずに中断することなく持続し(ディヤーナ)、ついに集中する対象のみとなって自身が対象そのものであるかのようになる(サマーディ)。第6から8段階は同一の対象に対して行い、これを総制と言い、熟達することで真の智の輝きに達し、解放されると考えられた[100]

実修法は8つの段階で構成されることから、ラージャ・ヨーガをアシュターンガ・ヨーガ(八支ヨーガ)[† 10]とも言う。ハタ・ヨーガをラージャ・ヨーガの準備段階として用いることもある[108]

ヴィヴェーカーナンダは19世紀末にジュニャーナ、バクティ、カルマ、ハタを四大ヨーガとして、その総称をラージャ・ヨーガとしたが[109]、後にラージャ・ヨーガは第5のヨーガを指す言葉とされるようになった[110]。今日ではラージャ・ヨーガは『ヨーガ・スートラ』に示される古典ヨーガと同義とされる[111]。ただし、ラージャ・ヨーガという言葉の文献上の初出はハタ・ヨーガの教典『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』にある[† 11]

ハタ・ヨーガ (हठयोग)編集

 
ナーディー、チャクラ、クンダリニーの図

「ハタ」は「力」(ちから)を意味する。教義上、「ハ」は太陽、「タ」は月をそれぞれ意味すると説明されることもある[† 12][113]アーサナ(姿勢)、プラーナーヤーマ呼吸法)、ムドラー(印・手印や象徴的な体位のこと)、クリヤー/シャットカルマ(浄化法)、バンダ(制御・締め付け)などの肉体的操作により、深い瞑想の条件となる強健で清浄な心身を作り出すヨーガ。その萌芽は8-9世紀[114]ないし9-10世紀頃[115]に遡り、13世紀のゴーラクシャナータによって確立したとされる[114][† 13]。『ハタ・ヨーガ』と『ゴーラクシャ・シャタカ』という教典を書き残したと言われているが、前者は現存していない[117]。インドにおいて社会が荒廃していた時期に密教(タントラ)化した集団がハタ・ヨーガの起源と言われる場合もある。欧米など世界的に学習されているハタ・ヨーガの大半は、伝統的なハタ・ヨーガとは別系統である。アーサナが中心で、身体的なエクササイズの側面が重視されている。(→#現代のハタ・ヨーガ

ラヤ・ヨーガはハタ・ヨーガの奥義とされ、これをクンダリニー・ヨーガともいう[118]。クンダリニー・ヨーガの行法はハタ・ヨーガからタントラ・ヨーガの諸流派が派生していくなかで発達した[119]。ムーラーダーラに眠るというクンダリニーを覚醒させ、身体中のナーディーやチャクラを活性化させ、悟りを目指すヨーガ。密教の軍荼利明王は、性力(シャクティ)を表わすクンダリー(軍荼利)を神格化したものであると言われることもある[120]。クンダリニーの上昇を感じたからヨーガが成就したというのは早計で、その時点ではまだ「初期」の段階にすぎない。「火の呼吸」と呼ばれる呼吸法はクンダリニー・ヨーガの側面もあるがイコールではない。クンダリニー・ヨーガに相似するものとしては、チベット仏教のゾクリム(究竟次第)などがある[要出典]

神智学協会チャールズ・ウェブスター・レッドビータは、ハタ・ヨーガにより「透視力」を得ると、オーラの感知、さらにはアカシック・レコードと呼ばれる霊的な記憶の場にアクセスすることによる過去視・未来視が可能になるとしている[121]

近代インドでは、ハタ・ヨーガ(あるいはクンダリニー・ヨーガ)とその実践者は、不審で望ましくない、危険なものとして避けられる傾向にあった。(#後期ヨーガを参照)

カルマ・ヨーガ (कर्म योग)編集

カルマ・ヨーガ英語版は行のヨーガ[122]。日常生活を修行の場ととらえ、行為(カルマ)の結果としての報酬を求めず、願いを持たず、ただ各自の義務・本務(ダルマ)を行う実践倫理のヨーガである[123][122]

バガヴァッド・ギーター』で説かれた解脱に至る3つの道のうちの一つであり、カルマ・マールガ(行為の道、実践の道)は、先祖祭祀の実行、正しい日常生活、正しいヨーガを学んで実践することで、心身を清め、解脱に到達するものとされている[124]。各ヴァルナ(身分)の義務の遂行を説いており、出家者向けでなく在家者のための教えであると理解されている[123]

バクティ・ヨーガ (भक्ति योग)編集

 
クリシュナが『バガヴァッド・ギーター』をアルジュナに説く場面

バクティ・ヨーガ英語版は、信のヨーガである[122]。呪法祭祀主義のバラモン教を否定して登場した、バクティ(信愛)を精神的支柱とし、ヨーガを実践的支柱とする運動である[122]。有神論のヨーガであり、神への絶対帰依と全き信愛を重視する宗教的なヨーガである[122]。バクティ・ヨーガは神を招く方法でもあり、三昧の境地で神と一体化することを目指す[122]

『バガヴァッド・ギーター』で説かれた解脱に至る3つの道のうちの一つであり、バクティ・マールガ(信愛の道)は、神の恩寵によって解脱に到達するものとされている[124]。『バガヴァッド・ギーター』では3つの道のうち最後に挙げられ、最も重んじられている[124]

ジュニャーナ・ヨーガ (ज्ञान योग)編集

ジュニャーナ・ヨーガ英語版は知のヨーガである[122]

『バガヴァッド・ギーター』で説かれた解脱に至る3つの道のうちの一つであり、ジュニャーナ・マールガ(知識の道)は、正しい知識を学び、正しく認識することによって解脱に到達するとされている[124]。霊肉の関係を正しく分別することを学び、絶対者との本質的合一を己の精神の中に確立することを目指すもので、ウパニシャッド梵我一如の思想の流れを汲むと言える[6]。『バガヴァッド・ギーター』で言われるジュニャーナ・ヨーガは、無神論のヨーガであるサーンキヤ・ヨーガ学派のことであり、静かに座して観法すること主とする、非行動的な、哲学的ヨーガである[122]真我(観照能力)と自性(宇宙的普遍存在)の一致による解脱を目的とする[122]

マントラ・ヨーガ (मंत्र योग)編集

 
聖音オーム

マントラを使うヨーガ。ガーヤトリー・マントラをはじめ、マハー・マントラ、ハレークリシュナ・マントラ等、主にサンスクリット語のインヴォケーション・マントラ(神を讃えるマントラ)などが広く用いられている。音(ヴァイブレーション=振動)のヨーガである、ナーダ・ヨーガ(नादयोग)の一種。

マントラに簡単なメロディをつけ、コール・アンド・レスポンス(初めに一人が一節を歌い、次に参加者が同様に歌う)方式で、複数人から大勢で歌うものをキールタン(कीर्तन)という。キールタンと混同されやすいものにバジャン (भजन) がある。

現代では、ヒンドゥー教系新宗教とも言われる超越瞑想で、マントラを心の中で唱えて雑念を追い払う瞑想(超越瞑想)が行われる。

ジャパ・ヨーガ (जप योग)編集

基本的には、数珠を用いて定数のマントラを唱えるヨーガ。紙に定数のマントラの文字を書いてゆくものを、リキタ・ジャパという。

チベットのヨーガ編集

チベット語ではヨーガのことを ワイリー方式rnal 'byor (ネンジョル、ネージョル、ナルジョル)という。チベット密教にもさまざまなヨーガが伝承されている。

夢のヨーガ編集

夢のヨーガ英語版、夢ヨーガ (チベット語: rmi-lam もしくは nyilam; サンスクリット語: स्वप्नदर्शन, svapnadarśana)は、チベット仏教密教の階梯で行われるもの。チベット仏教では伝統的に、明晰夢を訓練で導き出す技術を養ってきた[125]。最初は夢の中で、次は夢のない睡眠の中で、さらに24時間常にはっきり覚醒した状態を保つ訓練を行い、最終的に通常の覚醒そのものが夢であるという認識を目指す[125]

日本のヨーガ編集

阿字観編集

真言宗の伝統的な瞑想法で、僧侶の鍛錬の方法である。仏と行者の一体を観想するものが、阿字の観法である[126]。正式な阿字観への言及は、弘法大師空海が口述したものを、その弟子実慧が記録したといわれる「阿字観用心口決」が最初といわれる[127]。本尊である大日如来の象徴である阿字観掛け軸(大きな月輪(がちりん)の中に梵字の「阿」が蓮華の花の上に鎮座している図・曼荼羅)の前に座禅し、半眼または目を閉じて阿字観本尊を観じ、曼荼羅世界に入っていく[127][128]

近年では、高野山に外部から瞑想はないのかという問い合わせがあり、一般向けにも指導が行われるようになった[126]。僧侶の指導の下で行われる。

近年の種類編集

 
ヨガマット
 
ハタ・ヨーガの練習をする人々
 
スポーツジムのヨーガ教室

近現代に創られた、新たな「ハタ・ヨーガ」にフィットネス等の要素を取り入れ改良を加えたものが、現代人に人気である。B.K.S.アイアンガー(1918年 - 2014年)によって、滑らない個人用のマット上で実施することや、補助具を利用して安全性や運動の効果を高める工夫がなされた[129]

ハタ・ヨーガ(ヨーガ体操)編集

 
現代になってティルマライ・クリシュナマチャーリヤ英語版が重視したといわれる「シールシャーサナ」(頭立ちのポーズ、ヘッドスタンド)[130]

現代の英語圏ではアーサナに重点を置いた体操的なヨーガがハタ・ヨーガと呼ばれて広まっているが、マーク・シングルトンの研究によると、それは中世のハタ・ヨーガが連綿と現代に伝えられたものではない。その直接的な起源は、西洋の身体鍛錬文化英語版体操法の影響を受けて20世紀初頭の数十年間にインドで形成された「創られた伝統」であった[13]

現在世界的に普及している体操的なヨーガのポーズの多くは、イギリスの筋肉的キリスト教などを背景に19世紀後半から20世紀前半に西洋で発達した身体鍛錬運動に由来しており、それらはキリスト教を伝道するYMCAやイギリス陸軍によってインドに輸入されたものである[11][56]。宗教社会学者の伊藤雅之は、この西洋身体鍛錬に由来するヨーガ体操はハタ・ヨーガと呼ばれるが、現在のハタ・ヨーガのアーサナと、『ヨーガ・スートラ』に代表される伝統的な古典ヨーガや中世以降発展した(本来の)ハタ・ヨーガとのつながりは極めて弱いと指摘している[11]。イギリス人はインド人とインド社会は肉体的、道徳的、精神的に堕落しているという脆弱神話を唱えてインド支配を正当化しようとし、インド人も脆弱神話を内面化していたため、インド人知識人たちは身体鍛錬文化に興味を持ち、肉体を強化して個人と社会の堕落と言われる状態を克服しようとし、またイギリスとの武力闘争の闘士を育てようとした[56]。1920-30年代に、西洋の身体鍛錬から発生した多様な体操法などが融合してインド伝統のハタ・ヨーガの技法として確立した[11]

「現代ヨーガの父」と呼ばれるティルマライ・クリシュナマチャーリヤ英語版(1888年 - 1989年)も、西洋式体操の影響を受けた身体技法を自らのヨーガ・クラスに取り入れ、思想面にヴィヴェーカーナンダ(1863年 - 1902年)などのヒンドゥー復興運動の思想と『ヨーガ・スートラ』を援用した[11]。現代のハタ・ヨーガはアーサナ(ポーズ)主体で、解剖学を修め、『ヨーガ・スートラ』を聖典とし[58]、現代の多くのヨーガのアーサナは、現代のハタ・ヨーガがベースになっている[11]シールシャーサナ英語版(頭立ちのポーズ)やサルヴァンガーサナ英語版(肩立ちのポーズ)はクリシュナマチャーリヤが重要視したものといわれ、現代のほとんどのヨーガ教師は、クリシャナマチャーリヤとは別系統の人々も含め、直接的・間接的に彼の影響を受けていると言われる[130]

アシュターンガ・ヴィニヤーサ・ヨーガ編集

現在のパワー・ヨーガの源流ともなっているヨーガ。呼吸と共にアーサナを行う。

現在、一般的にヨーガのシーンで「アシュタンガ・ヨガ」と呼ばれているものは正式には「アシュターンガ・ヴィニヤーサ・ヨーガ英語版」(アシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨガ)という(本来は、アシュターンガ・ヨーガという語は『ヨーガ・スートラ』第2章29節に記述されている八部門ないし八階梯からなる修行体系を指す)。ティルマライ・クリシュナマチャーリヤに教えを受けたパッタビ・ジョイス英語版がこのヨーガの創始者である。現在は継承者でパッタビ・ジョイスの孫であるシャラスが指導している。

パワー・ヨーガ編集

パワー・ヨーガ英語版」(パワーヨガ)は、アシュターンガ・ヴィニヤーサ・ヨーガをベースにしたヨーガで、アーサナを実践することで脂肪を燃焼させ、美しい肉体を作ることを目的として主にアメリカで開発された。ハリウッドスターを中心に一大ブームとなり先進諸国に広がったことから「ハリウッド・ヨーガ」ともいう。

ハタ・ヨーガ(ヨーガ体操)が、1つのポーズをとったまま一定時間静止した上で次のポーズに移行するのに比べ、アシュターンガ・ヴィニヤーサ・ヨーガをベースにしたパワー・ヨーガは、各種ポーズをストレッチのように一連の流れの中で行うのが特徴である。アイソメトリックな運動によるフィットネスが主な目的である。

ホット・ヨーガ編集

ホット・ヨーガ、ホットヨガは、室温35〜39度前後、湿度60%前後に保たれた室内でアーサナを中心としたエクササイズを行うヨーガである。実施する室内環境は、ヨーガ発祥の地インドの気候を模したとも言われる[131]。パワー・ヨーガ、ビクラム・ヨーガ(40度以上で行う)、フォレスト・ヨーガ英語版などの形態がある。アメリカ合衆国西海岸で1970年代に始まり、日本では2009年ごろから広まった[131]。2015年時点で日本で30万人が行っているとも言われる(出典のデータが何の統計によるかは不明)[131]

論争・問題編集

オウム真理教におけるヨーガによる自己変容体験の悪用編集

オウム真理教には、ヨーガがきっかけになって入信した信者が多かった。教祖の麻原彰晃は、阿含宗での修行ののちに『ヨーガ・スートラ』に出合い、『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』、『ゲーランダ・サンヒター』、『シヴァ・サンヒター』(いずれも佐保田鶴治訳)と教典をもとに独学し、空中浮揚するまでに至ったという。新宗教を研究する沼田健哉は、このように正規のグルにつかずに修行をしていたことで、いわゆる「魔境」に陥った可能性を指摘し、のちに様々な問題を生ぜしめた要因のひとつであると述べている[17][18]。オウム真理教ではヨーガによるクンダリニー覚醒の実践が中心的な位置を占めており、沼田は、「ヨーガによる自己変容としての解脱体験こそ、80年代前半の麻原の宗教的アイデンティティの柱の一つとみなしうる」と述べている。本来ヨーガや瞑想によって常人にない能力を得ることは否定されてはいないが、オウム真理教の信者には超能力を獲得することを主な目的とする者も少なくなかった[17]

ヨーガや瞑想などの修行法、断食などの苦行も、本来は真の自己を見出すためのセルフ・コントロールの一種である。沼田は、破壊的カルトと呼ばれるような新宗教の教団で行われている行為と、東洋の伝統的なヨーガや瞑想などの修行法は似ている部分が少なくないが、行われるコンテクストが異なっていると反対の結果を生じうると述べている。またオウム真理教にみられる強固な教祖 = グル崇拝は、麻原や幹部による洗脳やマインドコントロールをより容易にしたことを指摘している[17]

指導者の無資格問題・講習の質と時間編集

ヨーガの指導者になるのに定まった資格はなく、だれでもなることができるが、全米ヨガアライアンス(YA)200時間(週末10-12回分)のYoga Teacher Training(YTT)の修了がスタジオやジムで教えるための必須条件となっていることが多いため、これを受ける人が多い。200時間YTTを行うYA認定校は5500以上、YA認定指導者は6万人以上にのぼる。2016年には世界中で10万人以上が年間平均3000ドルを200時間YTTに投資した。200時間YTTは、インドである程度長い時間を費やしてヨーガを習得した初期のアメリカの熟練の講師たちによって、講師の短期間での育成を防ぐために設定された。しかし、200時間は初期の欧米のヨーガの指導者たちが教える立場になるまでに費やした時間とは比べ物にならないほど短く、たった200時間のトレーニングで十分なのかという疑問の声もある。200時間YTTでは、生徒の安全を図るための解剖学に十分な時間を費やしておらず、クラスの作り方や生徒の生徒の肉体的、精神的ニーズへの理解、ヨーガの伝統を十分学ぶことは難しい。YTT修了者には、コースの内容が指導者になるには不十分と感じ、生徒をサポートし安全に指導することはできないと考え、指導者になることをあきらめる人も少なくない。[89]

指導者の低収入編集

全米ヨガアライアンスの調べでは、ヨーガの指導が主要な収入源となっているインストラクターは30%にも満たない。そのため、コロラド州議会では、ヨーガ講師は職業として認められないという論争があった。[89]

女性への性的虐待編集

近年では、ヨーガ教室で、指導者が生徒や関係者に不適切な性関係を強いたり、セクシャルハラスメントをしたり、生徒のアジャスト(姿勢の調整)の際に性的な接触を行ったり、セラピーと称して性行為、性儀式を行うといったスキャンダルが相次いでいる。「ヨガジャーナル」の記者は、ヨーガの歴史の中で、ヨガの流派やしきたり、またはヨーガ道場や関連の組織のなかで、違法な性的行為の問題は正しく認識されないことが多く、対策も講じられてこなかったと指摘している[132]。現代のヨーガの世界には、男性指導者を教祖や聖者であるかのように思わせる、カリスマ的な物語があふれている[133]

現代ハタ・ヨーガの一種であるアヌサラ・ヨーガ英語版の創始者ジョン・フレンド英語版は、ウイッカカブン魔術的な性関係を持ち(セックス・ヨーガを含むタントラ・ヨーガ(ネオタントラ)を指導していたと言われるが、伝統的なものではないと言われる[134][135][136])、既婚者を含む関係者や生徒と不適切な性関係を持っていると告発された。このスキャンダルで教師は次々辞職し、ジョン・フレンドは指導者の地位を退いている[137][138][136]。(加えて、被雇用者の年金等の雇用条件に関する違法行為の疑惑がある[137][136]。)

現代ハタ・ヨーガ、ホット・ヨーガの一種であるビクラムヨガでは、の創始者で巨大ヨーガスクールを経営し世界的にフランチャイズ展開していたビクラム・チョードリー英語版が、生徒からセクハラ、パワハラ、性犯罪で民事告訴された[139][140]

2017年の#MeToo運動の盛り上がりの際には、ヨーガ教師で企業家のレイチェル・ブラゼンが、ヨーガ教室・コミュニティ内で女性が受けた性的虐待、セクシャルハラスメント、性的暴行の経験の告白を300件以上集め、ヨーガの世界に衝撃を与えた[141]。ブラゼンは、このような被害の申し立ては比較的最近に始まったが(2018年時点)、「何十年もの間、ヨガのコミュニティ内での虐待については皆知っていました」と述べ、長年続く問題であると指摘し、「少なくとも、虐待を行ったティーチャーが信用を失う仕組みが必要です」と述べた[141]。ヨーガの生徒には、社会的な立場が弱く、心のバランスや静けさを求めて学びに来る人も多く、虐待の被害者は、神聖で安全であると考えていた場所で、尊敬する教師やメンバーから暴行されたことで非常に大きなショックを受けているという[132][141]。ヨーガ産業の中心に君臨するアシュターンガ・ヴィニヤーサ・ヨーガを創始したパッタビ・ジョイス英語版は、慈悲深い父親的存在として尊敬を集めてきたが、生前も死後もヨーガの指導での性的虐待の噂があり、#MeToo運動で性的な不正行為および性的暴行を繰り返していたとして、指導者や生徒から告発があった[133][132]

スピリチュアルな世界では、権力の乱用による虐待は珍しい話ではない[132]。Kripalu Center for Yoga & Healthの元CEOであるリプシウスは、性的虐待のヨーガ界への影響は壊滅的なものであり、加害者が追放されても被害者の後遺症が数十年間も続く現実を見てきたという[132]。全米ヨガアライアンスは、被害者のためのホットラインと支援を始め、状況の改善を試みている[132][141]

健康への影響と研究編集

エクササイズとしての現代のヨーガの健康への影響がさまざまに研究されてきたが、多くの研究は対象が少なすぎるなどの問題があり質が低いため、ほとんどの場合、健康管理のために有望であると言えるが、効果があると科学的に証明されているわけではない[142]。ヨーガを行う場合、個々人の健康状態に合わせてインストラクターや医療従事者と話し合うべきであるが、適切に行われれば健康な人にとっては一般的に安全であると考えられている[142]

2012年のアメリカの全国調査によると、実践者の多くはヨーガが一般的な健康問題を改善すると信じており、ストレス管理、バランス、メンタルヘルスなどの健康を助け、健全な食生活と運動の習慣の向上に役立つというエビデンスも出始めている[142]。腰痛や首の痛みを和らげ、糖尿病患者の血糖値をコントロールするのに役立ち、太りすぎ、肥満の人が体重を減らす助けになると考えられている[142]。がん、多発性硬化症、慢性閉塞性肺疾患などの慢性疾患を持つ人々の症状の管理、生活の質の向上の援助に役立つ可能性があるという有望な証拠がある[142]。女性の更年期障害の肉体的・精神的な症状の改善を助け、睡眠障害の改善、禁煙の実行を助けることができるかもしれない可能性が示唆されている[142]。人生の困難な状況における不安や気分の落ち込みの改善に役立つかもしれないが、不安障害、うつ病、または心的外傷後ストレス障害の管理に役立つという証拠はない[142]

男性と女性では、ヨーガのポーズが筋肉に与える影響が異なるというエビデンスがある[142]

ヨーガを行っている人の3分の2は、そのことを医療従事者に話していなかった[142]

アメリカのヨーガの研究は、主にヨーガが最も人気がある層、比較的裕福で高度な教育を受けた白人女性のグループが対象で、他の人々、特に少数民族のグループやより収入の少ない人々は過小評価されている[142]

怪我・身心への悪影響編集

 
後屈のポーズ

現代の一般的なヨーガは、十分に訓練されたインストラクターの指導の下で適切に行われる場合、健康な人にとっては安全な身体運動であるとみなされているが、他の運動同様に怪我のリスクはあり、スポーツ障害と同様の肉体的な損傷が生じうるポーズがある[143][144][145][146]。ヨーガが原因の怪我で最も一般的なものは捻挫と肉離れである[142]。65歳以上の怪我の割合は、若年者より多い[142]。衝撃の大きなスポーツより怪我のリスクは低く、重傷はまれである[142]

オーストラリアのヨーガ関係者の調査によると、回答者の約20%が練習中に何らかの身体的傷害を負っていた[143]。 過去12か月間で、回答者の4.6%が長期的な痛みのある、または医療による治療が必要な怪我を負っていた[144]。頭立ち、肩立ち、蓮華座及び半蓮華座、前屈、後屈、倒立が最も多く負傷者を出していた[143]

専門家が指摘するヨーガの悪影響は、初心者の競争心とインストラクターに資格がないことが理由として挙げられる[144]。教室の需要が高まるにつれて、多くの人が各々の組織や教室でヨーガ・インストラクターとして独自に認定されたが、インストラクターになるのに特別な資格は必要なく、骨格や筋肉など、体の仕組みについての専門知識を学ぶことは義務づけられていない[147]。新しいインストラクターのすべてが、教室の初心者全員に十分目を配り、けがを防ぐのに適切な指導を行えるわけではない[144]。同様に初心者は、自分の身体能力を過大評価し、ポーズを行うの十分な柔軟性や筋力を備える前に、高度なポーズができるよう間違った努力をしがちである[144]。『メディカルヨガ(原題:Yoga as Medicine)』の著者で、「ヨガジャーナル」の編集者である医学博士のティモシー・マッコールは、生徒は怪我をしても「先生を慕っているから、歯を食いしばって大丈夫だと言う。だがひそかに整形外科に通っているんだ」、そのため、指導者は生徒の怪我の問題を把握できず、生徒を管理しきれないだろうと語っている[89]。なお、初心者や生徒だけでなく、指導する方・される方の双方がベテランの指導者であっても、不適切なアジャストで大怪我を負うこともある[148]

 
ヨーガの練習で裂傷が生じる可能性のある頸部動脈

血液を脳に供給する頸部動脈の裂傷である椎骨動脈解離英語版は、首を伸ばしながら回すことで起こる可能性があり、幾つかのヨガのポーズで起こりうる。これは非常に深刻な症状であり、血管の裂ける場所や程度によっては、脳梗塞脳卒中くも膜下出血等を引き起こすこともある[149][150][151]

大腿骨股関節を結ぶ股関節唇(こかんせつしん:臼蓋部分を覆う軟骨の一種)損傷は、股関節を大きく開く動きをするスポーツなどで多く見受けられるが、ヨーガの練習で生じたという報告がある[152][153]。ヨーガの練習で股関節に筋断裂、大腿骨骨挫傷、股関節唇損傷の大怪我を負った現役講師は、原因はポーズの指導で受けた強いアジャストであり、指導者によるアジャストの負荷が自分の限界を超えていたことはわかったが、強い力で固定されて逃げ場がなく、「痛い!」という訴えも聞き流されてしまったと語っている[148][147]

日本でもヨーガのブームによる教室の急増で被害の訴えが増加しており、国民生活センターには、「肩の腱板(肩甲骨と腕の骨をつなぐ重要な腱)を損傷した」、「運動中に圧迫骨折した」など、重大な怪我をしたという相談があり、ホットヨーガで「アレルギー症状が出た」、「じんましんになった」、「皮膚がただれた」等の訴えもある[147]

国際医療福祉大学の岡孝和は、2013年に厚生労働省の研究班の代表としてヨーガの効果や安全性を調査し、全国200か所余りの教室で、ヨーガを行った直後の2508人の生徒に聞き取りをしたところ、3割近くが心身に何らかの異常を訴えていた。岡孝和は、国民生活センターに寄せられた相談件数について「氷山の一角にすぎないと思います」と述べている[147]

ホット・ヨーガは様々な利点が主張されているが、エクササイズやダイエットの効果は通常のヨーガと変わらないと指摘されており、高温多湿の環境で行うことが肉体に悪い影響を及ぼすこともある[154]

健康に問題がある人、年配の人、妊娠中の女性は、いくつかのヨーガのポーズや練習を避けるか、修正して行う必要があると考えられている[142]

著名なヨーガ指導者編集

アーナンダ・マイー・マー英語版(1896年 – 1982年):女性ヨーガ行者[155]

存命人物

理論家編集

  • 山口恵照(1918年 - ) - 古代インド哲学、サーンキヤ哲学研究者

脚注編集

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補注編集

  1. ^ 禅定はヨーガの一種であるが[6]禅宗の坐禅とヨーガの瞑想は、思想・方法とも、必ずしも同じというわけではない[8]
  2. ^ 唯物論チャールヴァーカと祭事に専念するミーマーンサー学派を除く[2]
  3. ^ カタ・ウパニシャッドでは、「感官(感覚器官)の彼方に対象あり、対象の彼方に意あり…未顕現の彼方に純粋精神あり。純粋精神の彼方には何ものもなし。」とサーンキヤ哲学(ヨーガ学派との関係が深い学派)の諸原理が説かれており、今西順吉によると、これはヨーガによる精神の沈潜の深まりに対応すると考えられる[5]
  4. ^ ただし、日本語の長母音はサンスクリット語の三倍母音なので長くのばしすぎるのも問題である。インド人の発音を聞くとヨゥガと言っているように聞こえる。
  5. ^ マヌ法典』では、女性はどのヴァルナ(身分)であっても、入門式(ウパナヤナ)を受けてヴェーダを学ぶ男子として「再生」するドヴィジャ(二度生まれる者、再生族)ではなく、入門式を受けられず一度生まれるだけのエーカージャ(一生族)とされていたシュードラ(隷民)と同等視され、女性は再生族である夫と食事を共にすることはなく、祭祀を主催したり、マントラを唱えることも禁止されていた[26]
  6. ^ 伊藤武によると、ヨーギニーという言葉は本来、尸林英語版(シュマシャーナ)で土俗信仰の女神を祀り特異な儀礼にたずさわった巫女たちを指す言葉で、魔女の意味合いを帯びるようになった。その多くは被差別カーストの出身であった[27]。母系制社会を形成していた彼女たちは、中世インドの後期密教の時代にヨーギニー(瑜伽女)またはダーキニー(拏吉尼)と呼ばれた[28]。彼女らは男性行者を導く師の役割を演じることもあり[29]、その時代の大成就者英語版たちの伝記である『八十四成就者伝』には悟りを得た女性が複数登場する[30]。後期密教の性的儀礼における男性行者の相手の女性はムドラー(印契)とも呼ばれた[31]。『ハタヨーガ・プラディーピカー』は、ヴァジュローリー・ムドラーでラジャス(性分泌物と解される)を再吸収し、保持することのできる女性をヨーギニーと呼んでいる[32]
  7. ^ 例えば、近代インドを代表する聖者であるラマナ・マハルシ[61]の『あるがままに - ラマナ・マハルシの教え』は、修練方法としてジュニャーナ・ヨーガ、バクティ・ヨーガ、ラージャ・ヨーガを勧めている。ラマナは、霊性の向上は「心」そのものを扱うことで解決ができるという基本的前提から、ハタ・ヨーガには否定的であった。また、クンダリニー・ヨーガは、潜在的に危険であり必要もないものであり、クンダリニーがサハスラーラに到達したとしても真我の実現は起こらないと発言している[62]
  8. ^ 伊藤雅之はこれを1920年代から1930年代のこととしているが、シングルトン 2014によれば、少なくともクリシュナマチャーリヤに関して言えば1930年代以降のことである。伊藤論文では西洋式体操から編み出された近代ハタ・ヨーガをひとりクリシュナマチャーリヤのみに帰しているような記述となっているが[11]、シングルトンによれば同時代のスワーミー・クヴァラヤーナンダとシュリー・ヨーゲーンドラも重要であり、クヴァラヤーナンダの活動はクリシュナマチャーリヤに先行している。また、伊藤は近代ハタ・ヨーガにはインド伝統武術に由来する要素もあるとしているが、シングルトンの著書にはそれを示唆する記述はない。
  9. ^ a b AYUSHは、次の頭文字をとった略語。AはAyurveda(アーユルヴェーダ)、YはYoga&Naturopathy(ヨーガとナチュロパシー=自然療法)、UはUnani(ユナニ医学)、SはSiddha(シッダ医学)、HはHomeopathy(ホメオパシー)。
  10. ^ アシュタ=8つ、アンガ=枝、支分、部門。
  11. ^ 伊藤武の解釈するところによると、『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』のいうラージャ・ヨーガはハタ・ヨーガの奥義を意味し、ラヤ・ヨーガ(クンダリニー・ヨーガ)のことを指している[112]
  12. ^ 印度哲学研究者の山下博司によると、これは通俗語源的な解釈である。
  13. ^ ゴーラクシャを山下は10-12世紀[116]、伊藤は12世紀前半の人物とする[117]

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参考文献編集

関連項目編集