芋煮会(いもにかい)とは、日本の主に山形県、宮城県で行われる季節行事で、河川敷などの野外にグループで集まり、サトイモを使った鍋料理などを作って食べる行事である。

呼称には地域差があるが、ここでは総称として「芋煮」「芋煮会」という呼称を用いる。

河川敷で行なわれる芋煮会(山形風芋煮
仙台宮城風芋煮

目次

概要編集

芋煮会は、親睦を深める行事として、家族・友人・地域・学校・職場などのグループで行われている。青森県を除く東北地方各地では特に盛んに行われ、秋の風物詩となっている。また、新潟県関東地方では、地域イベントを中心に芋煮会が行われている。芋煮会を開催する人々にとっては野外での宴会(またはお楽しみ会)のひとつであり、花見の芋煮会として双璧をなす。

在来種の種芋苗を用いた東北地方でのサトイモ栽培では、収穫時期が例年10月頃になるため、一般的な芋煮会も大抵10月初旬から徐々に行われ始める。その後、大体10月下旬から11月初旬にかけてがピーク期となり、紅葉シーズンの終了、または、初雪が降ると共に終息する。

平成に入る頃からは、「町おこし」や「食のイベント」として大規模な芋煮イベントも行われるようになった。これらのイベントの内いくつかは、一般的な芋煮会のシーズンである秋とは異なる開催時期のものもあり、東北では盛夏や晩夏の開催例が見られ、関東では、春の開催例や東北では寒さのために既に下火となっている11月末の開催例も見られる。

歴史編集

起源編集

サトイモが日本に伝わったのは縄文時代とされるが、里芋は煮て食べるよりは茹でるか焼くか蒸すかが主な調理法であったと考えられるため、「芋煮」の成立は更に後世と考えられる。

江戸時代の不作に備えてサトイモも作られており、「芋煮」自体は家庭料理としても食べられていたが、サトイモの収穫時期に合わせて「芋煮会」の原型とみられることが農村部で行われていた。ただし、江戸時代には豚肉牛肉などの肉類は一般に食べられていなかったため、現代のように芋煮に肉は入っていなかったと考えられる。「芋煮会」の原型は、野外で集団で鍋料理を囲む収穫祭的な意味合いの行事だったが、村をあげてのものだったという記載はないため少人数で行ったとされる。また、現代のように「河原」で行うとは限らなかった。なお、中秋の名月(芋名月)に団子ではなくサトイモなどを供えていたかつての風習[1]との関係も不明。

サトイモの種芋は穴を掘って地中での保存が可能だが、食用のものは7℃ - 12℃に保たないと腐敗する(温度が低すぎても保存できない)ため、寒冷地の東北地方で越冬させるには囲炉裏や屋根裏などの温度が高いところでの保温が必要だった。その保存の難しさから、厳冬期前に消費する意味合いもあって「芋煮会」の原型が行われたと考えられる。また、青森県に「芋煮会」がないのは当時のサトイモの栽培限界より北にあったこと、東海地方以西で行われないのは、サトイモの保存が容易だったことなどが考えられる。

民俗学者野本寛一は、「芋煮会」はこのようなサトイモの収穫祭が発展したものではないかと述べている[2]

多様化編集

1980年代には、旅館やアウトドア施設が花見などと同様に「芋煮会プラン」を商品化し始め、シーズンに入るとタウン情報誌新聞折込チラシなどで多数の広告を見るようになった。また、アウトドア施設(フィールドアスレチック)、遊園地温泉旅館の他、紅葉スポット(紅葉狩り)、渓流釣りカヌー)、海岸砂浜(釣り)など、何か別のアミューズメントとの組み合わせで芋煮会が行われるようになった。対して、以前の中心地である「河原」での芋煮会は、今も主流であるものの、往時と比べて少なくなってきた。 現在では、地域のイベントとして定着しているところもある。

近年は、ホテルのレストランを中心に芋煮を含め、様々な秋の味覚を取り揃えた季節限定コース料理も供されるようになり、収穫祭的な芋煮会の楽しみ方は多様化が進んでいる。

山形県村山地方の芋煮会の歴史編集

江戸時代の芋煮会編集

山形県村山地方では、江戸時代の芋煮会の原型の様子をあらわす話がいくつか伝わっている[3]

中山町長崎では、里芋を鍋で煮て食べるときに鍋をかけたという言い伝えのある「鍋掛の松」が1917年(大正6年)まで残っていた。鍋は、近くの小塩地区の名産だった里芋「小塩芋」と、船に積んできた棒鱈と、最上川でとったザッコをいっしょに煮たものだったという。長崎は、1693年(元禄6年)の最上川五百川峡・黒滝の開鑿までは酒田港と結ぶ最上川舟運の終着港として賑わっていた。このことから、元禄時代以前の船頭たちが積荷を使って鍋をしたのが芋煮会のはじまりであると山形の郷土史家である烏兎沼宏之は述べている[4]

文化文政時代(19世紀初頭)には、山形に移り住んだ近江商人たちが、京都の芋棒に思いを馳せながら、ニシンと里芋を煮て紅花取引の慰労会をしたという。

また、1845年(弘化2年)には、山形藩藩主の秋元志朝が、館林藩に転封されるときに芋煮の野宴を張ったとされる。

明治時代以降の芋煮会編集

明治時代(19世紀後半から20世紀初頭)になると、街の粋人たちが「野掛」といわれた山の芋煮を川原でもするようになり、1892年(明治25年)ころから川原での芋煮が定着した[3]。以降、芋煮会は、山形に置かれていた歩兵第32連隊の兵たちや山形高等学校 (旧制) の学生が行ったり、見合いや商談、送別の場となったりした。

芋煮に牛肉が使われるようになったのは、昭和の初め(1920年代後半)頃からである[4]養蚕農家の人たちが、秋蚕後に繭業者の経費負担で芋煮会を最上川の川原で行い、そのときに当時普及し始めていた牛肉をおごらせたのが最初とされている。なお山形市内には明治時代に創業した牛肉店が多く、その頃から牛肉が普及しはじめたと考えられる。山形高校に在籍した作家の戸川幸夫は、1932年(昭和7年)の芋煮会の様子をエッセイ「わが山高時代の芋煮会」で記述しており、その頃からすでに山形名物の芋煮がは盛んで、大鍋に芋、ねぎ、牛肉、こんにゃくなどを入れ、酒を酌み交わしていた、としている[5]。また、中山町立長崎小学校から1941年に山形県中学校(のちの山形県立山形東高等学校)に進学した烏兎沼宏之は当時、長崎町内の学生団として自分たちで開催したほかには、最上川でも馬見ヶ崎川でも芋煮会の姿は見かけなかったとしている。芋煮の材料は1980年代と同じく、里芋、牛肉、コンニャク、ネギが主であった。太平洋戦争の激化により、烏兎沼らが芋煮会の開催したのは1942年までであった[6]

1945年(昭和20年)の終戦後数年は、肉の代わりにイカを入れていた[3]。暮らしが豊かになると、会場が飲食店に移り、川原の人影は消えていった[3]

1974年(昭和49年)、山形市と山形市観光協会が伝統的な芋煮の研修会を開いたところ、大きな反響があり、川原での芋煮会が促されるようになった。1977年(昭和52年)からは、前年の唐松観音堂復元を機会に「山形いも煮祭り」が開催された[7]。その後は、山形市内のスーパーマーケットが芋煮の材料や薪などのセット販売や鍋の貸出をしたり、飲食店のメニューに芋煮が加わったり、レトルトの芋煮が販売されたりするようになり、芋煮会はますます盛んになっていった。こうした動きの中、1989年(平成元年)に「日本一の芋煮会フェスティバル」が開催され、10万人の人出を集めた[8]

山形市内で里芋の栽培・販売を行っているさとう農園株式会社は、明治時代に行われた馬見ヶ崎川改修工事がきっかけで河原での芋煮会が広まったとしている[9]。1891年(明治24年)まで行われた馬見ヶ崎川改修工事において、河川改良工事に従事した人たちは河原で大鍋を用いたちゃんこ鍋のようなものを昼飯として食べていた。これらの人たちが、1945年の終戦後に当時を偲んで河原で秋に大鍋を囲むようになり、その具材として里芋も用いたのだという[9]

呼称の分類編集

「芋煮」にあたる呼称には地域差があり、同じ名称でも作られる料理が異なる例が見られる。すなわち、呼称と料理は必ずしも一致しない。

芋煮
南東北宮城県山形県福島県)、新潟県関東地方に分布。会合を指す言葉は「芋煮会」。
芋の子
岩手県北上盆地秋田県横手盆地南部、山形県新庄盆地最上地方)、宮城県大崎地方の一部に分布。「芋の子汁」とも呼ばれる。会合を指す言葉は「芋の子会」、年配者は「芋の子食い」と言う。
鍋っこ
秋田県に分布。遠足に付随する「なべっこ」は「なべっこ遠足」と呼ばれ、学校行事になっている小中学校もある。

料理の分類編集

呼称以外に、地域によって材料・味付けが異なる。また、同一呼称地域内でも、それぞれの集団でアレンジされ、地域的に特徴的な具材の他に、白菜ゴボウ油揚げ大根ニンジン豆腐きのこ類などさまざまな具材が投入される。サトイモの代わりにジャガイモを入れる場合もある。細分すると正月料理の雑煮並みに種類があるが、ここでは、1.使用する肉、2.味付けの2点を基準に分類する。小分類は、a.呼称、b.使用するイモ類。

豚肉みそ味編集

豚肉みそ味の芋煮
  • 宮城県の仙台平野では、豚肉・里芋を主な材料とし、仙台味噌で味付けをする豚肉みそ味の芋煮がつくられる。「仙台風芋煮」と呼ばれる。
  • 福島県の浜通り中通りでも豚肉みそ味の芋煮が一般的。
  • 山形県の庄内地方では、豚肉みそ味の芋煮が一般的である。
  • 栃木県などの様にイベントとして導入された関東地方ほかでは、豚肉みそ味の芋煮が一般的である。
「豚肉みそ味」芋の子汁
  • 芋の子汁の地域でも一部で豚肉みそ味の芋の子汁がつくられる。
豚肉みそ味のなべっこ
  • 秋田市由利本荘市能代市などを中心とする秋田県沿岸では「なべっこ」と呼ばれ、豚肉みそ味のなべっこも作られることがある。
ブレンド系「豚肉みそ味」芋煮
  • 会津地方を中心に、福島県各地で味噌と醤油をブレンドした味付けが見られる。材料は豚肉みそ味の芋煮と同様。
「豚肉みそ味」+「牛肉しょうゆ味」芋煮
  • 山形県最上地方では、庄内地方(「豚肉みそ味」芋煮)と村山地方(「牛肉しょうゆ味」芋煮)の間に位置しているために双方の影響を受け、豚肉・醤油味の芋煮が存在する。

とりすき風編集

とりすき」とは異なるが、ここでは便宜的に、鶏肉・醤油味の芋煮を「とりすき風」芋煮と記す。

「とりすき風」芋の子汁
  • 岩手県の北上盆地では、「とりすき風」芋の子汁が一般的である。また、盛岡市周辺では、津志田芋と呼ばれる若干固めの里芋が多く用いられ、北上市周辺では、二子芋と呼ばれる粘り気の強い里芋が多く用いられる事が多い。
  • 「芋の子会」の名称が用いられる地域では、里芋と鶏肉を主な材料とし、醤油で味付けをする。「豚肉みそ味」芋の子汁も作られる。

牛肉しょうゆ味編集

「牛肉しょうゆ味」芋煮
  • 山形県村山地方では、牛肉、里芋、こんにゃくねぎを主な材料とし、醤油で味付けをする。「山形風芋煮」と呼ばれる。初めに鍋に肉を入れ、醤油で味をつけながら軽く火を通し、一旦皿に取る。残った煮汁に水を入れ沸騰したら鍋に皮をむいた里芋を入れ、軟らかくなるまで煮る。その後こんにゃく、肉の順に入れ、醤油・砂糖・酒で味を調えた後、最後にねぎを入れる。また最近ではこの他にシメジ・舞茸などを入れることが多くなっている。
ブレンド系「牛肉しょうゆ味」芋煮
  • 山形県の置賜地方では、村山地方の芋煮と同じく牛肉を用いて主な材料も同じだが、加えて豆腐が入ることが一番の違いである。更に大根が入り、こんにゃくも場合によっては糸こんにゃくを用いるところが異なる。また、福島市(「豚肉みそ味」芋煮)と隣接しているせいか、醤油だけでなく味噌少々を加える。

寄せ鍋風編集

魚のみを入れる場合、魚と豚肉を入れる場合など様々ある。味付けも醤油味の他、味噌味もある。イモ類を入れる。

「寄せ鍋風」芋煮
  • 三陸海岸ではジャガイモが使われる傾向がやや高く、豊富な魚介類も用いられる。
  • 山形県村山地方にある朝日町では、棒鱈を使い、醤油で味付けする例が見られる。ただし、他の村山地方と同様に「山形風芋煮」が主流。

その他編集

  • 残りの汁に、ご飯を入れて雑炊にしたり、市販のカレー粉などを入れてカレーうどんにしたりするのみならず、最初からカレーライスを作ってしまう例も若い世代には見られる。
  • 近年では、地元の芋煮の他に他地域の芋煮を同時につくったり、韓国風チゲ鍋、バーベキュー、さんまの塩焼きなどを同時に作ったりする例もしばしば見られる。

芋煮会シーズン中の様子編集

 
芋煮会の様子(シーズンになると、沢山の人が河川敷に集まって会を開く光景が見られる)

山形県や宮城県では、秋になるとコンビニエンスストアの前にまで堆くが積まれ、店内では着火材も販売されている。当地の人間にとっては秋の日常風景で何ら違和感を抱かないが、他地方から来た人々には、「冬に備えて暖房用に売られている」と誤解されることもある。一般のスーパーマーケット大学生協などでは、具材の販売はもちろん、芋煮に必要な鍋の貸し出しなども行われている。一部では、指定した場所まで宅配サービスを行う業者もいる。

一般的に芋煮会は、河川敷やキャンプ場、海岸のような屋外で行われるが、この時期に屋内で集団で台所で作った芋煮を食べる場合にも、長時間屋外に出られない老人や病人のための季節行事の1つとして、広い意味で「芋煮会」と呼ばれる。また、地域色を出した観光客向けメニューとして、飲食店で「芋煮」が供されることもある。

「芋煮会」の風習のある地域の学校では、昭和30年代あたりから課外授業の一つとして芋煮会を取り入れている所が多い。子供達が一班5,6人程度の小グループに分かれ、それぞれが予算内で買い物をしたり里芋などの食材の一部を分担して持ち寄ったりして、調理まで分担して行う。学校で行われる場合は、校庭の一角・河原や沼や湖の岸辺・アウトドア施設など、地域の実情によって開催地は異なる。現在ほどモータリゼーションが進んでいなかった時代には、リヤカー手押し車に必要機材や具材を載せて河原まで行き芋煮をする「リヤカー芋煮」が行われていた地域もある。

主な芋煮イベント編集

岩手県編集

奥州市水沢産業まつり「大芋の子会」
岩手県奥州市水沢区水沢公園で、毎年10月中旬頃に行われる「水沢産業まつり」において、1989年(平成元年)から「大芋の子会」(奥州水沢グルメまつり)が同時開催されている。直径3.5mの大鍋で作った6,000人分の「とりすき風」芋の子汁が、無料で供される[10]南部鉄器の地元であるため、「鍋は製」にこだわっていて、その重さは5tにも及ぶ。

山形県編集

日本一の芋煮会フェスティバル
 
2012年(平成24年)9月
通称・略称 芋煮フェス
開催時期 9月の第1日曜日(~2013年)→敬老の日前日の日曜日(2014年~)
初回開催 1989年(平成元年)
会場 山形市馬見ヶ崎川河川敷
主催 日本一の芋煮会フェスティバル協議会・山形市・山形商工会議所・山形商工会議所青年部
共催 国土交通省東北地方整備局山形河川国道事務所 ほか
協力 陸上自衛隊第20普通科連隊 ほか
来場者数 20万人(2009年)[11]
最寄駅 JR山形駅
直通バス 駐車場~会場間にシャトルバスあり(8時~16時)。山形駅からは路線バス利用。
駐車場 山形市総合スポーツセンター山形県庁駐車場、山形一中東側県庁駐車場、県研修センター駐車場
公式サイト
備考
運営費3550万(うち山形市負担分1080万円)[12]
「日本一の芋煮会フェスティバル」
毎年9月、山形市内の馬見ヶ崎川河川敷を会場として「日本一の芋煮会フェスティバル」が開催されている。1989年(平成元年)に初開催。以降、毎年9月の第1日曜日に開催されてきたが、近年のサトイモの生育状況ならびに残暑の厳しさを考慮し2014年(平成26年)からは敬老の日前日の日曜日に開催日が変更された。
左岸(街側)の河川敷では、直径6mの「鍋太郎」と名付けられている山形鋳物アルミ合金製大鍋に約3万食の山形風「牛肉しょうゆ味」芋煮が作られ、右岸(山側)では直径3mの大鍋で庄内風「豚肉みそ味」芋煮約5千食分が作られる。芋煮一杯300円以上の協賛金を支払い、協賛チケットと芋煮を交換する。自衛隊が主催する防災ゾーンでは、炊き出し車輌による五目飯の無料配布も行われる。
調理する際には、大鍋に対応して大型重機(バックホー)や専用大型調理器具を用いるなど大掛かりとなる。人の口に入る食べ物を作るため、大型重機は工事現場で使われたことがないものを使用し、油圧作動油や潤滑油にも食用油脂を用いており、衛生上問題が起きないよう配慮されている。
芋煮会フェスティバルで使われる大鍋は一年中野外に置かれているので、芋煮会フェスティバル前に鍋を洗う作業が行われる。地元山形県では、「芋煮会フェスティバル用の芋煮鍋洗い」が季節の風物詩として地域のニュースになる。2017年で二代目である大鍋は老朽化のため引退した。
20周年にあたる2008年(平成20年)のフェスティバルでは5万食が作られたとされ、来場者数は15万人[13]にのぼった。2009年(平成21年)は主催者側の予想を上回る過去最高の20万人が訪れ、芋煮が足りなくなるトラブルが発生した[11]2010年(平成22年)は気温が34℃を超える猛暑の影響で人出がのびず、3万食分用意した山形風芋煮が2万食で販売打ち切りとなり、庄内風芋煮も用意した6500食分のうち販売出来たのは4000食に留まった[14]
このフェスティバルを以って山形県の芋煮シーズンは始まるが、従来の種芋苗を用いた東北地方でのサトイモ栽培では収穫時期が10月になるため、シーズン当初の商用の里芋は千葉県等の県外産や輸入物の里芋を用いている。ただし、少なくともこのフェスティバルで用いるサトイモは県内産でまかなおうと、9月に収穫できる品種の栽培も行われている。現在では、砂糖以外の食材はすべて県内産のものを使用している。


栃木県編集

栃木県の以下のイベントはいずれも豚肉みそ味芋煮である。

日光けっこうフェスティバル「関東一芋煮会」
栃木県日光市で10月初旬に行われる「日光けっこうフェスティバル」では、「関東一芋煮会」と銘打って芋煮会が行われている。直径2.5mの大鍋で約3,000人分がつくられる。「日光けっこうフェスティバル」は1995年に、納涼夏祭りをこの時期をずらして衣替えした。
天平の菊まつり「天平の芋煮会」
栃木県下野市(旧国分寺町)の天平の丘公園花広場で、1988年(昭和63年)より毎年11月初旬に開催されている「天平の菊まつり」において、期間中の週末1日を以って「天平の芋煮会」が開催されている。関東一とされる直径2.5mの大鍋で、地元特産のかんぴょうが入った芋煮が3,000食つくられる。
にのみや秋まつり「尊徳大鍋」
栃木県真岡市(旧二宮町)で行われる様々なイベントにおいて、二宮尊徳にあやかった尊徳大鍋が振舞われている。11月下旬の「にのみや秋まつり」での尊徳大鍋は1500人分の芋煮が作られる。

ドイツ連邦共和国編集

「ライン川・欧州一の芋煮会」 
2008年(平成20年)以来、日本一の芋煮会フェスティバルの旧開催日と同じ毎年9月の第1日曜にドイツ連邦共和国デュッセルドルフ市内のライン川岸辺を会場として、ドイツ東北県人会が「ライン川・欧州一の芋煮会」を開催している。

2012年の第5回からは、山形の「日本一の芋煮会」の姉妹芋煮会第1号の公認を受け、山形から芋煮大使の派遣、山形の地元企業各社からの協賛も得て、山形名物の「玉こん」や山形そばでの「芋煮そば」「流しそば」も振る舞われている。2015年には、山形のゆるキャラ「ペロリン」の初海外出張として、ドイツでの「ライン川・欧州一の芋煮会」に参加している。 会場では、山形風「牛肉しょうゆ味」芋煮が作られる。

オランダ王国編集

「オランダ一の芋煮会」 2014年(平成26年)以来、毎年9月第2日曜日に、アムステルダム市のボス公園の湖畔の広場で、現地の日本食品宅配店「三五八屋(Sagohachi-ya)」の主催にて、山形風牛肉しょうゆ味での「オランダ一の芋煮会」が開催されている。

「欧州一のお花見DE芋煮会」 2015年より毎年4月第2日曜日には、欧州一の桜の名所でもあるアムステルフェーン市のBloemsePark(俗称:桜公園)にて、三五八屋の主催にて「欧州一のお花見DE芋煮会」が 400本のソメイヨシノの桜の下で、お花見を兼ねた「春の芋煮会」も開催されている

フランス共和国編集

「仏蘭西一の芋煮会」

2017年(平成29年)以来、毎年9月第3日曜日に、パリ市のエッフェル塔前のシャン・ド・マルス公園にて、

フランス山形県人会」の主催にて、山形風牛肉しょうゆ味での「仏蘭西一の芋煮会」が開催されている。

その他編集

東北地方以外において、地域イベント(1000食以下)として「豚肉みそ味」芋煮が振舞われている芋煮会の例を以下に示す。ただし、東北地方出身者の県人会同窓会などでは、各出身地の芋煮を用いた内輪のイベントも見られる[15]

「千人鍋」と呼ばれる直径1m程の大鍋を用いた芋煮イベントとしては、大阪府泉南市の「芋煮鍋」[16]鹿児島県出水市高尾野町の「たかおのいも煮会」[17]の例がある。

小さな鍋を用いた芋煮イベントとしては、東京都港区[18]清瀬市[19]調布市[20]神奈川県川崎市多摩区[21]、同麻生区[22]横浜市都筑区[23]千葉県佐倉市[24]など南関東に例が見られる。

類例編集

青森県の野外鍋料理イベント編集

現在の青森県内の稲作地域は、県西部の津軽地方が主で、その他の地域では畑作が中心である。米作とサトイモの関連する「芋煮会」分布域から若干外れるため、青森県では「芋煮会」はあまり見られない。青森県で野外で鍋料理をするのは、地域イベントの時である。

愛媛県の「いも炊き」編集

愛媛県でも、芋煮会と同様な「いも炊き」という行事がある。中秋の名月の頃の月見行事であり、300年の伝統があるとも言われるが、現在は昼間から行われている。行事の時のみならず、「いも炊き」自体が秋の季節料理となり、家庭やレストランでも供されている。肉は鶏肉が一般的。

東予地方西条市加茂川や、松山平野重信川の4ヶ所の河川敷などで、各地域の商工会の主催でいも炊き会場が設営され、毎年数万人の人出がある。

エビイモを用いる鍋物編集

その他編集

参考文献編集

  • 黒木衛 『山形の芋煮会』 山形市観光協会、1991年9月13日
  • 鳥兎沼宏之 『芋煮会のはじまり考』 藻南研究所、1981年10月1日

脚注編集

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  1. ^ 十五夜(農林水産省統計部「農林水産とうけい歳時記」Vol.12)
  2. ^ なっトク!古今東北
  3. ^ a b c d 『山形の芋煮会』, pp. 13-14.
  4. ^ a b 鳥兎沼宏之『芋煮会のはじまり考』, p. 9.
  5. ^ 『伝承写真館 日本の食文化 日本の食文化02東北2』 農文協、農山漁村文化協会(農文協)、2006年7月1日ISBN 4540062247
  6. ^ 鳥兎沼宏之『芋煮会のはじまり考』, p. 4.
  7. ^ 『山形の芋煮会』, pp. 15-16.
  8. ^ 『山形の芋煮会』, pp. 37-42.
  9. ^ a b 芋煮会のルーツ」(さとう農園)
  10. ^ 10月19日に水沢で「大芋の子会」胆江日日新聞「奥州平泉観光新聞」 2008年10月3日)
  11. ^ a b “日本一の芋煮会、最高の20万人 芋煮が不足、約2000人に払い戻し”. 山形新聞. (2009年9月6日). オリジナル2009年9月7日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090907230928/http://yamagata-np.jp/news/200909/06/kj_2009090600087.php 
  12. ^ “3000人超ミスミス食せず 山形・芋煮フェス品切れ”. 河北新報. (2009年9月9日). オリジナル2009年9月11日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090911202331/http://www.kahoku.co.jp/news/2009/09/20090909t13027.htm 
  13. ^ 9月・山形のフェス 芋煮振る舞い来場呼び掛け 仙台(河北新報 2009年7月16日)
  14. ^ “残暑の中「日本一の芋煮会」・山形”. (2010年9月5日). オリジナル2010年9月8日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100908074335/http://yamagata-np.jp/news/201009/05/kj_2010090500489.php 
  15. ^ 平成20年度山形県人東京連合会 大芋煮会(山形県)
  16. ^ 里山の秋祭り! 紀泉わいわい村 収穫感謝祭(大阪府 報道発表資料)
  17. ^ 「たかおのいも煮会」農林水産省九州農政局
  18. ^ 港区青少年対策赤坂地区委員会主催のいも煮会が行われました!(港区)
  19. ^ 市報きよせ(清瀬市)
  20. ^ 調布狛江民主商工会
  21. ^ 小沢城址里山の会川崎市公園緑地協会)
  22. ^ 森の植樹祭&収穫祭(k-press)
  23. ^ 体育祭&いも煮会〔中川地区〕(横浜市都筑区「地域福祉保健活動100選」)
  24. ^ よみがえれ印旛沼秋祭り in 佐倉(佐倉市):佐倉市ふるさと広場(風車前)で行われる地域イベントにおいて豚肉みそ味の芋煮が振舞われる。
  25. ^ 津和野の芋煮
  26. ^ 発売当初の名前は「日清のみちのく路 どん兵衛 芋煮うどん」だった。
  27. ^ 日清食品 新発売のご案内

関連項目編集

外部リンク編集