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人魚

水中に生息する伝説の生物
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人魚(にんぎょ)は、水中に生息すると考えられた伝説の生物である。世界各地に類似の生き物の伝承がある。それらがすべて同一のに属するという保証はないが、ここではそれらを総称して人魚と呼ぶ。

人魚
John William Waterhouse A Mermaid.jpg
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスによる人魚(マーメイド)の絵画(1900年
種類 神話上の生物
副種類 人魚
類似 半魚人セイレーンセルキー
初発見 ケルトの伝承
別名 マーメイド、マーマン
イングランド(現在イメージされる外観)
生息地

図像編集

 
The Land Baby, ジョン・コリア作(1899)

水域に棲み人と魚の特徴を併せ持つという大まかな共通点はあるが、伝承されてきた土地によりその形状や性質は大きく異なる。

ヨーロッパの人魚は、上半身がヒトで下半身が魚類のことが多い。裸のことが多く、服を着ている人魚は稀である。伝説や物語に登場する人魚の多くは、マーメイド(若い女性の人魚)である。今日よく知られている人魚すなわちマーメイドの外観イメージは、16–17世紀頃のイングランド民話を起源とするものであり、それより古いケルトの伝承では、人間と人魚の間に肉体的な外見上の違いはなかったとされている[1]。古い絵などには2つの尾びれを持った人魚も描かれている(ヨーロッパの古い紋章の中にも、2股に分かれた尾部を持つ人魚をかたどるものがある)。

一方、日本の人魚のイメージは、蛇女房、龍女房伝説にヨーロッパの人魚のイメージを重ね合わせたもので、時代により外見などは大きく異なる。

動物学的説明編集

今日では哺乳類のジュゴンの見間違いに端を発したという話が広く流布しているが、学術的根拠があるわけではない。学術的に検証するといくつかの疑問点が浮かび上がる。たとえば、ジュゴンの生息しない海域にも人魚伝説がある[2]。魚類学者の高島春雄は、「日本人が本物のジュゴンを見たのは明治以降だが、古い時代にも人魚の目撃証言がある」と指摘している[3]。また、九州大学名誉教授の内田恵太郎は、魚類のリュウグウノツカイが(少なくとも日本の)人魚の正体であろうとしている[4]

シンボリズム編集

東洋に限らず欧州でも、不吉な象徴とされることが多く、たいていの文学作品では、人魚は最後まで幸せなままでいることはない、と神話学者大林太良は考察している[5]

アンデルセンの童話「人魚姫」では、人魚には「不死の魂」がないのでそのままでは人間との恋は成就しない。ただしこのアイディアはアンデルセンの発案ではなく、フリードリヒ・フーケの『ウンディーネ』などが先行する[6]

西洋の人魚編集

ローレライ編集

ライン川にまつわる伝説。ライン川を通行する舟に歌いかける美しい人魚たちの話。彼女たちの歌声を聞いたものは、その美声に聞き惚れて、舟の舵(かじ)を取り損ねて、川底に沈んでしまう[7]。詳しくはローレライの項を参照。文献によっては、ローレライは人魚の姿をしていないこともある[8]

メロウ編集

メロウ (merrow) は、アイルランドに伝わる人魚である。姿はマーメイドに似ており、女は美しいが、男は醜いという。この人魚が出現すると嵐が起こるとされ、船乗り達には恐れられていた。また、女のメロウが人間の男と結婚し、子供を産むこともあるという。その場合、子供の足には鱗があり、手の指には小さな水掻きがあるとされる[9]

セイレーン編集

航海者を美しい歌声で惹きつけ難破させるという海の魔物で、人魚としても描かれる。もとはギリシア神話に登場する伝説の生物[10]セイレーンの項参照。

メリュジーヌ編集

メリュジーヌ(仏: Melusine)は、フランスの伝承に登場する水の精。異類婚姻譚の主人公。上半身は人間の女性、下半身は蛇(一説に魚)の姿をしている。文献によってはメリュシヌの表記を採用する[11]。レーモンドという貴族がメリュジーヌを見初め、結婚する。結婚にあたって、メリュジーヌは「土曜日には自分の部屋にこもるが、その時は姿を決して見ないこと」という条件を課した。メリュジーヌは夫に策を授け、富をもたらした。ところが夫は「メリュジーヌが浮気している」という噂を耳にすると[12]、つい約束を破ってしまった。彼女は入浴中で、上半身こそ人間だったが下半身は魚に変わっていた。メリュジーヌは夫のもとを去る。

ハゥフル編集

ノルウェー語で人魚をこう呼ぶ。ハゥフル(havfrue) は、漁師の間では嵐や不漁の前兆とされ、見たら仲間に話さずに火打石で火花を立てることで(嵐や不漁を)回避することができるとされる。また、人魚には予知能力があるとされ、予言を聞いたという伝説もある[13][14]

中国の人魚編集

中国の人魚については、半身半魚とも半身半龍とも認識されておりこれらの図像が交錯している[15]

山海経』の「人魚」は河に住む生き物で、四足の(一解釈にサンショウウオ[17])に似るとされる[16][21]。人面とは書かれていないが、同書は䱱魚について𥂕(猿の一種との説あり[17])の如しとしている[16][20][注 1]

その他『山海経』には、人面の魚のような怪異・奇種として、赤鱬せきじゅ中国語版[25]氐人ていじん中国語版[26]陵魚中国語版が挙げられる[27][16]

赤鱬編集

赤鱬(せきじゅ。せきだ[28])については、『山海経』「南山経」青丘(せいきゅう)の山の条に赤鱬について“英水ながれて南流し、即翼(そくよく)の沢に注ぐ。水中には赤鱬が多く、その状は魚の如くで人の面(かお)、その声は鴛鴦(おしどり)のよう。これを食うと疥(ひぜん)にならぬ”とある[29]。一種の食餌療法である[28]

氐人編集

「海内南経」に“氐人国は建木の西にあり。その人となり、人面で魚の身、足がない”とある[30]氐人は、人の胸から下が魚になったような姿をしているとされる[31]鳥山石燕も「人魚」は“氐人国の人なり”と記している[32][33]

陵魚編集

陵魚は鯪魚とも作り、すでに『楚辞』「天問」に言及がある[34]。「海内北経」の姑射(こや)国の条に“陵魚は人面で手足あり。魚の身。海中にあり”としている[35]。4本の足を持つ人面魚である[31]。日本の平安時代の語彙集『和名抄』でも、人魚の別名に陵魚を挙げている[注 2][注 3][37][38]

蛟人・鮫人編集

中国の蛟人鮫人[注 4]も人魚のうちに数えられている[40][39]。『述異記』のいくつかの箇所に記述がみえる[43][45][46]。とくに半人半魚とはされていないが[注 5]、海棲で[48]、棲み処は鮫人室と呼ばれ、"天然の宝や水中の怪"(増子意訳)のある場所である[49][50]。別名が泉先や泉客であるとする(『述異記』)が[43]藪田嘉一郎は、これを泉山地方(現今の福建省泉州 (隋)中国語版)の海人(あま)のことだと考察する[51]

蛟人については幾つかの文献に同様の記述があり、概して南海の水中に棲み、流す涙は真珠となり、機織りを巧みとすると伝わる(『博物志』中国語版[52]、『捜神記[53]、『述異記』[43][54][50]

蛟人の布は蛟綃紗(龍紗)といい、この生地で服を作れば水に入っても濡れることがないという[50][45]

海人編集

淮南子』巻四では、人類を含む各種動植物について独自の進化論が記述されており[55]、“𥥛は海人を生み、海人は若菌を生み、若菌は聖人を生み、聖人は庶人を生んだ。すべて𥥛(薄毛)のあるもの(𥥛者。現生人類)は庶人から生まれた(口語訳)”と書かれている[注 6][56]

この一文は難解だが、楠山春樹は、𥥛[注 7]から段階的に進化を重ねた結果最終的に生まれたのが𥥛者(現生人類)であると解釈した[56]

また、海人は一種の海棲人類であるという説もある。加藤徹はこの一文を、𥥛(細毛におおわれたサル)から海人(海棲人類)、若菌(意味未詳)、聖人(完成された古代の人間)を経て庶人(普通の人間)が生まれ、やがて「およそ𥥛なる者」(未来に出現するであろう退化した人間)に至る進化と退化と解釈した[57]

海人魚編集

中国の人魚。『太平広記』「水族一」の巻に、出典は『洽聞記』だと断ったうえで[58][59]、“海人魚は東シナ海に生息する。大きいもので長さ5-6尺、外形は人のようで眉、目、口、鼻、手、爪、頭は何れも美麗な女子のそれである。足は具えていない。体表は玉のように白い。鱗はなく、長さ1-2寸の五色の軽くて軟らかい毛におおわれている。髪は馬の尾のようで長さ5-6尺。生殖器の形は(人の)男女と同じで、臨海にて多くの鰥寡(寡婦・寡夫)をとらえて池沼で養う。性交の際も人と同じで、また、人を傷つけることはない(日本語訳)”という記述がある[60]

日本の人魚編集

 
鳥山石燕今昔百鬼拾遺』より「人魚」[32]

ここでは日本(アイヌモシリ、琉球王国含む)の人魚について述べる。

日本でも人魚の存在が早くから語られている。最古の記録は619年とされており、『日本書紀』に記述がある[61]

二十七年の夏四月の己亥の朔にして壬寅に、近江の国の言さく、「蒲生河に物あり。其の形、人の如し」とをます。

秋七月に、摂津国に漁夫有りて、罟を堀江に沈けり。物有りて罟に入る。其の形、児の如し。魚にも非ず、人にも非ず、名けむ所を知らず。

(口語訳)推古天皇27年4月4日、近江の国から「日野川に人のような形の生き物がいた」と報告があった。

同年7月、摂津国の漁夫が水路に網を仕掛けたところ、人の子供のような生き物が捕れた。魚でもなく人でもなく、何と呼ぶべきか分からなかった。 — [62]

また聖徳太子近江国(現・滋賀県)で人魚に会い、前世の悪行で人魚に姿を変えられたと聞いて手厚く供養したという話もある(観音正寺の項目参照)[63]

鎌倉時代の『古今著聞集』などでは、日本の人魚はヒト状の顔を持つ魚とされていたが、遅くとも江戸時代後期にはヨーロッパ同様、ヒトの上半身と魚の下半身を持つ姿と伝えられるようになる。西洋の文献を通して流入したマーメイドのイメージが、『和漢三才図会』や『六物新志』などで紹介され、 日本各地に伝搬したという説がある[64]

日本各地に伝わる人魚伝説の中には、人魚を恐ろしいものとみなすものもある。江戸時代越中国(現・富山県)では、角を持った全長11メートルの人魚を人々が450丁もの銃で撃退としたといわれる。また、『諸国里人談』によると、若狭国(現・福井県南部)で漁師が岩の上に寝ていた人魚を殺した後、その村では海鳴りや大地震が頻発し、人魚の祟りと恐れられたという[65]。このように人魚が恐れられたのは、中国の『山海経』に登場する、赤子のような声と脚を持つ人魚の影響を受けたためといわれる[63]

一方では吉兆との説もあり、寿命長久や火難避けとしても崇められたこともある。和歌山県橋本市、高野山の麓、西光寺の学文路苅萱堂(かむろかるかやどう)には全長約50センチメートルの人魚のミイラがあり、不老長寿や無病息災を願う人々の信仰の対象となっている。2009年3月、和歌山県有形民俗文化財に指定される。伝説の生物が都道府県の文化財に指定されるのはこれが初[66]博多津に人魚が出現した際には国家長久の瑞兆と占われ、人魚は龍宮寺(博多区)に埋葬された。龍宮寺には今も人魚の骨が伝えられている[67]

人魚は一匹と数えるのが一応正しいとされるが[68]、一人と数える見解もある。架空の動物は、人に恋をするなど、人と"同類"と考えられる場合は一人と数える[69]

八百比丘尼伝説編集

八百比丘尼やおびくには、人魚など特別なものを食べたことで長寿になった比丘尼である。福井県小浜市と福島県会津地方では「はっぴゃくびくに」、栃木県西方町真名子では「おびくに」、その他の地域では「やおびくに」と呼ばれる。高橋晴美によると、その伝説は全国28都県89区市町村121ヶ所にわたって分布しており、伝承数は166に及ぶ(とくに石川・福井・埼玉・岐阜・愛知に多い)[70]。白比丘尼(しらびくに)とも呼ばれる。800歳まで生きたが、その姿は17~18歳の様に若々しかったといわれている[71]。地方により伝説の細かな部分は異なるが大筋では以下の通りである[72]

ある男が、見知らぬ男などに誘われて家に招待され供応を受ける。その日は庚申講などの講の夜が多く、場所は竜宮や島などの異界であることが多い。そこで男は偶然、人魚の肉が料理されているのを見てしまう。その後、ご馳走として人魚の肉が出されるが、男は気味悪がって食べず、土産として持ち帰るなどする。その人魚の肉を、男の娘または妻が知らずに食べてしまう。それ以来その女は不老長寿を得る。その後娘は村で暮らすが、夫に何度も死に別れたり、知り合いもみな死んでしまったので、出家して比丘尼となって村を出て全国をめぐり、各地に木(椿など)を植えたりする。やがて最後は若狭にたどり着き、入定する。その場所は小浜空印寺と伝えることが多く、齢は八百歳であったといわれる。

新潟県佐渡島にある羽茂町(現在の佐渡市)に伝わる話では、八百比丘尼はここで誕生し、上記の通りに人魚の肉を食べて1000年の寿命を得たが、自身は年をとらないことをかえってはかなみ、200歳を国主に譲って諸国を巡り、最期は800歳になった時に若狭へ渡って入定したという[73]

また、岐阜県下呂市馬瀬中切に伝承される八百比丘尼物語は「浦島太郎」と「八百比丘尼」が混ざった話として存在し、全国的にも稀である[74]

1449年、200歳とも800歳ともいわれる比丘尼が若狭から上洛したという記録が残っている[75]。役人の日記である『中原康富記』の5月26日の項に「今月20日白比丘尼という200歳の女性が上洛した。見世物として料金を取っている。白髪だから白比丘尼というのだろうか」と記されている。『唐橋綱光卿記』の6月8日の項では、比丘尼の年齢を800歳としている。『臥雲日件録』の7月26日の項では白比丘尼は八百老尼と同じであると解されている。金持ちからは銭100枚、貧しいものからは銭10枚を徴収していると記されている。ただし、この老尼は八百比丘尼伝説を利用した芸能者だったと考えられている。当時から八百尼丘尼の伝説は尼によって布教活動に利用されており、こうした伝説を利用する女性も少なくなかった一例である[76]。彼女は歩き巫女(あるきみこ)だったという説がある[77]

京都府北部の丹後半島の京丹後市丹後町では、丹後町丹後乗原(のんばら)に住んだ大久保家の娘が、人魚の肉を食べて800年生きたと伝えられている。京都府北部では、栗田半島にも八尾比丘尼の伝承が残されている[78]。丹後地域にはこのほか徐福伝説(伊根町)や田道間守伝説(網野町木津)など、不老長寿にまつわる伝承が残されている。

八百比丘尼が晩年に仕えたとされる小浜市の神明神社の境内には、八百比丘尼を祀る社があり、長寿を願う人々に厚く信仰されている[71]。境内の八百姫宮には、室町時代と江戸時代(17世紀後半)に造られたとされる2体の像がまつられており、江戸時代の新像は、神式風の衣装で、右手に願いを叶える宝珠、左手には白玉椿の枝を持ち、目に水晶の玉眼を施している[79]。本来は新旧ともに非公開であったが、2017年以降は期間限定で福井県立若狭歴史博物館で公開されている[79]

福井県おおい町と京都府綾部市の境界付近に尼来峠(あまきとうげ)という地名が残っている。小浜市の八百比丘尼が綾部市の寺に通うために通ったと伝えられ、彼女がいつまでも若いままであることが近隣住民の評判になり、尼来峠と呼ばれるに至った[80]

絵本小夜時雨編集

 
『絵本小夜時雨』二
「浪華東堀に異魚を釣」[81]

江戸時代の古書『絵本小夜時雨』の二「浪華東堀に異魚を釣」に記述がある。寛政12年(1800年)、大阪西堀平野町の浜で釣り上げられたとされる体長約3尺(約90センチメートル)の怪魚。同書では人魚の一種とされるが、多くの伝承上の人魚と異なり人間状の上半身はなく、人に似た顔を持つ魚であり、ボラに似た鱗を持ち、人間の幼児のような声をあげたという[81]。水木しげるの著書には「髪魚(はつぎょ)」として載っている[82]

アイヌソッキ編集

アイヌ民話で北海道内浦湾に住むと伝えられる人魚によく似た伝説の生物。八百比丘尼の伝説と同様、この生物の肉を食べると長寿を保つことができるという[83]。文献によっては、アイヌソッキを人魚の別名とする[84]

人魚供養札編集

秋田県井川町洲崎(すざき)遺跡(13–16世紀、鎌倉室町期)出土の墨書板絵の一つに「人魚供養札」がある。これは民話ではなく、出土遺物であるが、僧侶と人魚が描かれた中世における物的資料である。井戸跡から見つかり、長さ80.6センチ。魚の体に両腕と両足が描かれ(尾びれはある)、人の顔だが髪はなく、鱗で覆われている。板絵を観る限り、僧侶より小さい体であるが、犬くらいはある。前述の『古今著聞集』の記述とは形体が違い、四足動物のような外見(両生類とも半魚人ともいえぬ姿)をしている[85]。西洋的分類としては、魚人に近い面がある。国立歴史民俗博物館准教授・三上喜孝は、鎌倉幕府の歴史書である『吾妻鏡』を参照の上、不吉な出来事を避けるために供養したのではないかという説を唱えた[86]

日本のその他の人魚編集

これらの他にも、江戸時代に肥後国で疫病の流行を予言したアマビエ石垣島明和の大津波を予言したザンなどの伝承がある。詳細はそれぞれの項目参照。

アジアの人魚編集

日中以外のアジア地域にも人魚の伝承はある。

朝鮮編集

浪奸物語編集

高句麗の都・平壌に伝わる人魚伝説。あるとき李鏡殊(イ・ジンスウ、이진수)という漁夫が、海上で美女(この人は人魚ではない)に誘われ、龍宮へ行って1日を遊ぶ。帰るときに、食すると不老長寿になるという高麗人参に似た土産(これを人参ではなく人魚と称する)をもらった。訝った李鏡殊は食べずに隠しておいたが、娘の浪奸(ナンガン、낭간)がそれを食べてしまう。彼女は類い稀な変わらぬ美貌を得たが、結婚や子宝には恵まれなかった。300歳のとき、牡丹峰に登り、そのまま行方不明となった[87][88]

シンジキ(シンジケ)編集

全羅南道巨文島(コムンド)の人魚。色白で長い黒髪を持つ。絶壁に石をぶつけたり音を立てたりして暗礁への座礁を警告してくれる、あるいは台風から救ってくれるという伝説がある[89]

オセアニアの人魚編集

パプアニューギニアの人魚編集

パプアニューギニアニューアイルランド島東海岸に住むナケラ族の伝承と民間信仰に登場する。人類学者のRoy Wagnerは、1960年代から70年代にかけてパプアニューギニアで現地文化に関する聞き取り調査を行った。そのなかでリ(ri, Ri)と呼ばれる生き物の話を大量に採取した。リは空気を呼吸し、ヒトの頭部・腕・生殖器と魚の下半身(一対の鰭)を持つという[90][91]。"Ilkai", "Pishmeri"はこの動物の別名である[92]。マングローブの端や海辺に生息する。美しい音楽を奏でるともいう[93]

ニュージーランドの人魚編集

マオリ族の民間信仰に登場する女性タイプの海の精。リー(Ri)と呼ばれる[94]

中南米の人魚編集

イアーラ編集

イアーラはインディオの美しい娘だったが、ヒョウに襲われて川に逃げ込むと人魚に姿を変えた。今もその場所で美しい歌を歌っているが、その誘惑に逆らえない者は正気を失うという。姿かたちは文献により異なる。人のように2本の脚をもつイアーラを描写した作家もいる[95]。文献によっては、恋人の男性とともに水底に消えそのまま幸せに暮らしたというエンディングもある[96]

現代美術・文学・大衆文化編集

人魚姫の像編集

ハンス・クリスチャン・アンデルセン作の物語である『人魚姫』を記念して作られた人魚姫の像は、人魚姫の物語を演じたバレエに感銘を受けた、 カール・ヤコブセン(カールスバーグ醸造所創立者の息子)の要請で、彫刻家エドヴァルド・エリクセンにより1913年に制作された。そのバレエの主役を演じ、当時デンマーク王立劇場プリマドンナであったエレン・プリースがモデルだったが(厳密には真偽不明[97])、彼女が裸体モデルを拒否したため頭部のみのモデルとなり、エドヴァルドの妻エリーネ・エリクセンが、首から下のモデルとなっている。アンデルセンの原作では、腰から下は魚だったはずだが、この人魚像は足首の辺りまで人間で、そこから先が魚のひれになっている。神谷敏郎によると、作者は可憐な姫を魚体にすることを不憫に思って人の脚に近い造形にしたとのこと。[98]コペンハーゲンの港に設置されている。

日本の文学編集

現代日本の歌詞において、叶わぬ恋や報われない愛を象徴的に表すために、人魚という単語が用いられることがある。たとえば田村英里子「虹色の涙」、岡田有希子「十月の人魚」、中山美穂人魚姫 mermaid」など。

その他編集

パラオ共和国では1992年以降海洋生物保護の記念コインを発行しているが、デザインに人魚を取り入れたものもある[99]

注釈編集

  1. ^ 『山海経』「中山経」本文では𥂕蜼は不詳とあるが[16]、注釈者呉任臣中国語版の提案によれば𥂕蜼とは蒙頌もうしょうのことであり[22]李時珍本草綱目』によれば蒙頌は猿の一種である[23]。しかしこれについては別の解釈の余地もある。任臣は䱱魚を「」の類だともしており、蒙頌はマングースのことだともされている[24]
  2. ^ 『和名抄』は、『山海経』を引いて小児にような声を発するためこの名があるとしている。
  3. ^ ちなみに「鯪鯉」とは哺乳類のセンザンコウのことだと『本草綱目』には記される[36]
  4. ^ 「蛟人」または「鮫人」とも表記されるが、人魚の認識が龍人から半魚人へと変遷したと論考される[39]
  5. ^ 『山海経』「海内南経」に雕題国中国語版の項があるが、郭璞注によればこれは顔や体に鱗のいれずみをほどこす蛟人のことを指している[47][26]
  6. ^ (読み下し):“𥥛(ハツ)は海人を生じ、海人は若菌(じゃくきん)を生じ、若菌は聖人を生じ、聖人は庶人を生ず。凡そ𥥛なる者は庶人より生ず”。
  7. ^ 𥥛という字は他にほとんど用例が見られず、兪樾(体の表面に生える小さい毛)の誤りだろうとする[56]

出典編集

脚注
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  1. ^ ボブ・カラン『ケルトの精霊物語』萩野弘巳訳、青土社、2000年、141-142頁。ISBN 978-4-7917-5884-5
  2. ^ 荒俣宏『世界大博物図鑑第5巻[哺乳類]』平凡社、1988年、378頁。
  3. ^ 安冨和男『蟹の泡ふき―やさしい動物学』北隆館、1982年、35頁。
  4. ^ 内田 1960年、47頁および吉岡 1993年、42頁
  5. ^ 大林 1979年、68頁。
  6. ^ 日本児童文学会[編]『アンデルセン研究』小峰書店、1975年、117-118頁。
  7. ^ 朱鷺田祐介(編著) (2006年11月1日) (日本語). 海の神話 (電子書籍). 新紀元社.. ISBN 9784775304945 
  8. ^ 吾孫子豊『ラインの伝説 ヨーロッパの父なる川騎士と古城の綺譚集成』八坂書房、2017年、149-156頁。ISBN 978-4-89694-229-3
  9. ^ 草野巧『幻想動物事典』新紀元社、1997年、304頁。ISBN 4-88317-283-X
  10. ^ クリストファー・デル『世界の怪物・魔物文化図鑑』柊風舎、2010年、105頁。
  11. ^ 『世界神話事典』角川書店、2005年、294頁。ISBN 4-04-703375-8
  12. ^ トニー・アラン『世界幻想動物百科 ヴィジュアル版』上原ゆうこ訳、原書房、2009年、209頁。ISBN 978-4-562-04530-3
  13. ^ Kristian Bugge (1934). “Folkeminneoptegnelser: Et utvalg”. Norsk folkeminnelags skrifter (31): 92. 
  14. ^ Knut Hermundstad (1944). “I Manns Minne: Gamal Valdreskultur III”. Norsk folkeminnelags skrifter (55): 120. 
  15. ^ 松岡 1982年、52–53頁。
  16. ^ a b c d e 九頭見 2006年、53頁
  17. ^ a b 『山海経』訳者前野直彬の注[16]
  18. ^ 卷02 西山經”. 山海經 (四庫全書本). - ウィキソース. 
  19. ^ 卷03 北山經”. 山海經 (四庫全書本). - ウィキソース. 
  20. ^ a b 卷05 中山經”. 山海經 (四庫全書本). - ウィキソース. 
  21. ^ 巻二「西山経」[18]、巻三「北山経」[19]、巻五「中山経」[20]
  22. ^ 卷05 中山經”. 山海經広注 (四庫全書本). - ウィキソース. 
  23. ^ 南方 1920年「十二支考・猴」、南方 1985年、6頁。
  24. ^ Roderich Ptak (2011). “From Siam to Guangdong and Macao. A Note on the Mongoose in Ming and Qing Sources”. Revista de cultura (39): 133-142. http://www.icm.gov.mo/rc/viewer/40039 2019年8月28日閲覧。. 
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  29. ^ 高馬 1994年『山海経 中国古代の神話世界』、15頁
  30. ^ 高馬 1994年『山海経 中国古代の神話世界』、135頁
  31. ^ a b 九頭見 2006年、44-48頁
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関連項目編集

外部リンク編集