近鉄百貨店

日本の百貨店

株式会社近鉄百貨店(きんてつひゃっかてん、: KINTETSU Department Store Co., Ltd.)は、日本の百貨店の一つ。近鉄グループの主要企業。本社・本店は大阪市阿倍野区阿倍野筋1-1-43。旧・丸物時代から続き大阪証券取引所第1部(2013年7月16日から東京証券取引所第1部)に株式コード8244で上場する。

株式会社近鉄百貨店
KINTETSU Department Store Co., Ltd.
ロゴ
種類 株式会社
市場情報
本社所在地 日本の旗 日本
545-8545
大阪府大阪市阿倍野区阿倍野筋一丁目1-43
あべのハルカス
設立 1934年9月29日(株式会社丸物)(注1)
業種 小売業
法人番号 3120001098201 ウィキデータを編集
事業内容 百貨店業
代表者 代表者取締役社長執行役員 秋田拓士
資本金 150億円
売上高 単体2,585億円
連結2,834億円
(2020年2月期)
営業利益 単体36億円
連結45億円
(2020年2月期)
純利益 単体25億円
連結32億円
(2020年2月期)
純資産 単体348億円
連結388億円
(2020年2月末現在)
総資産 単体1,200億円
連結1,305億円
(2020年2月末現在)
従業員数 単体1,677名(2020年2月末現在)
決算期 2月末日
主要株主 近鉄グループホールディングス株式会社 63.12%
日本トラスティ・サービス信託銀行(株)(近畿日本鉄道退職給付信託口) 3.57%
(2020年2月末現在)
主要子会社 株式会社近鉄友の会
シュテルン近鉄
関係する人物 中林仁一郎(丸物創業)
野田順弘(元社員)
佐野正幸 (元社員)
Ms.OOJA(元中部近鉄百貨店社員)
外部リンク www.d-kintetsu.co.jp
特記事項:注1:2001年(平成13年)2月28日に株式会社京都近鉄百貨店が(旧)株式会社近鉄百貨店を吸収合併し現商号「株式会社近鉄百貨店」に変更した。創業は1920年(大正9年)1月の京都物産館。
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概要編集

前身は、1920年1月に創業した百貨店京都府京都市が発祥の地の「丸物」(まるぶつ)をルーツとする旧京都近鉄百貨店と、近畿日本鉄道の直営百貨店部門から分離し発展した旧近鉄百貨店に分かれる。親会社の近畿日本鉄道(近鉄)は三菱グループと密接な関係を持つが、近鉄百貨店は大輪会の会員企業である[1]

旧京都近鉄百貨店編集

旧京都近鉄百貨店の前身・丸物は、中林仁一郎によって創業された。創業時は「京都物産館」という名前だったが、そのマーク(○の中に物産館の「物」)と他地域への出店とがきっかけになり1931年に「丸物」に改称した。その後、最盛期には東京・池袋駅ビル(現在のパルコ本館)などにも東京丸物として店舗を展開していた。2012年2月29日に閉店した枚方店も元は「枚方丸物」であった。中林の死後経営が悪化し、1966年4月に近畿日本鉄道の資本参加を受けて近鉄グループ入りする。

最終的に岐阜店と本店の2店が残ったものの、経営状態は悪いまま推移した。本店については京都駅前に立地していることを意図した「FRONT KYOTO まるぶつ」のキャッチコピーが掲げられてきたが、1977年に社名・両店名とも「丸物」から「京都近鉄百貨店」に変更され、「FRONT KYOTO」のキャッチコピーもやがて消えた。なお、枚方丸物(店名は「ひらかた丸物」)は京都近鉄百貨店とは別法人の「枚方近鉄百貨店」として近鉄グループ入りした後、1998年に近鉄百貨店に吸収合併された。

旧近鉄百貨店編集

旧近鉄百貨店は、近畿日本鉄道の前身である大阪電気軌道の直営で開業した上本町店と、旧大阪鉄道の子会社で開店した阿倍野本店を基幹としている。一時期は東京吉祥寺大分県別府にも進出するなど、各地に展開していた。しかし、遠隔地などの店は経営状態が悪かった。このため、橋本店(相模原市)や福山店の出店を断念し、不採算店だった別府店や東京店を閉鎖している。近畿地方においても比較的小型だった桜井店や西京都店は閉鎖した。


リストラの実施編集

京都近鉄百貨店でも岐阜店を閉鎖したが、残った京都店もジェイアール京都伊勢丹の開業で業績がさらに悪化した。このため、京都店を「プラッツ近鉄」に業態変更して、2001年2月28日に旧京都近鉄百貨店と旧近鉄百貨店は合併を行った。これは旧京都近鉄百貨店が旧近鉄百貨店を合併する形ではあったが、目的は経営が悪化していた上場会社の旧京都近鉄百貨店を、非上場の旧近鉄百貨店が救済する合併であった(いわゆる逆さ合併)。合併時に、商号を「株式会社近鉄百貨店」に改めるとともに本店を旧近鉄百貨店の本店に移している。この直後には丸物創業者の長男・中林仁良が取締役から降りたため、経営陣から丸物創業者一族がいなくなり、近畿日本鉄道のカラーが強まることとなった[2]

最古の店舗となった京都店は業態転換後も売上の改善が果たせず、2007年2月28日に閉鎖となった。渡辺節設計の文化財級名建築であった建物は2007年秋に取り壊されており、跡地にヨドバシカメラマルチメディア京都が2010年11月5日に出店した。2012年(平成24年)2月29日には枚方店も閉店し、丸物時代から営業していた近鉄百貨店の店舗は全て閉店した。また、2013年には別会社の近鉄松下百貨店、2014年には桃山店も閉店し、店舗の集約を図った。

また、経費節減策の一環として、2011年8月10日にエイチ・ツー・オーリテイリング(阪急阪神百貨店の親会社)と次世代情報システムの構築で提携することを発表した[3]

本店の建て替え編集

支店からの撤退を進めた一方、阿倍野本店では梅田や難波での商業施設の増床に対抗を図った。本館の西側(旧館)部分を改築して、あべのハルカス[注 1]を建設し、2014年2月22日に「あべのハルカス 近鉄本店」として、日本最大級の店舗として全館開業した[注 2]

また上本町店も、隣接の再開発ビル上本町YUFURAの開業に合わせて、一度全館改装が行なわれた。その後も都心回帰による若年層の人口増加など環境変化を踏まえ、テナントの誘致や食品フロアなどの改装を継続している。

新たな店舗づくり編集

大阪都心の2店舗に対し、地方・郊外の店舗でも新たな取り組みを実施している。2018年より、地域共創型の百貨店として、地域商社事業と称した取組みを開始。同年11月にオープンした奈良店地階の「大和路ショップ」を皮切りに和歌山店「紀州路ショップ」、四日市店「伊勢路ショップ」、草津店「近江路ショップ」の名称で地域産品を集めたコーナーを食品フロアに設けている[4]。もともとの地元名産品に加え、当社と地元生産者の協力で開発した新商品も販売することで地域の活性化や百貨店の新たな役割づくりを目指す。

百貨店のうち、東大阪店、生駒店、草津店、近鉄パッセ(名古屋店)については専門店の比率が高いため、ほかの商業施設と同じ「商業開発本部」が担当していたが、2021年5月28日の組織改正からは上本町店、橿原店についても同本部の運営に移管した。これにより、複合商業施設としてタウンセンター化を図り、専門店中心のローコストな運営体制となる[5]。本店、奈良店、和歌山店、四日市店については専門店の導入も行うが、百貨店中心の営業形態として引き続き「百貨店事業本部」が運営を行う。

2021年には大阪・関西万博の機運醸成を目的とする公募で「公式ロゴマークを使用した商品を企画、販売する事業者」へ選出され、公益社団法人2025年日本国際博覧会協会とライセンス契約を締結した。9月16日からは近鉄百貨店インターネットショップ・あべのハルカス近鉄本店に常設店舗を設置し、10月6日からは上本町店、奈良店、橿原店、和歌山店、四日市店でも販売を開始している。2022年6月ごろまで販売を行う予定となっている[6]

2022年春からは、あべのハルカス近鉄本店を順次改装し、百貨店の主力商品であったものの売り上げが低迷している衣料品売り場を3割減らす[7]。空いた売り場を活かして衣食住が混在したフロアを作り、消費者に全館を回遊させる店づくりによって従来の店舗構成からの脱却を目指している。他の9店舗についても25年2月期までにすべて同様に改装し、衣料品の売り場を減らす予定である。

三交百貨店の商品券について編集

近鉄グループは三重県にある三重交通グループを傘下に置いている。三重交通百貨店子会社であった三交百貨店は2006年12月30日に閉店したが、近鉄百貨店はその際、営業権の一部を譲り受け、三交百貨店が発行した商品券類の一部を、近鉄百貨店が発行したものとして取り扱う措置をとった。

沿革編集

あべのハルカス 近鉄本店(旧阿倍野本店)(タワー館:2013年5月撮影) 近鉄南大阪線大阪阿部野橋駅と併設。
四日市店(近鉄四日市駅と併設)
和歌山店 (和歌山駅前)
名古屋店(近鉄パッセ、近鉄名古屋駅と併設/右奥に聳え立つのは名古屋駅を兼ねたJRセントラルタワーズ
  • 1920年(大正9年)1月 - 京都物産館が京都駅前で創業。
  • 1920年(大正9年)2月 - 合名会社京都物産館設立。
  • 1926年(大正15年) - 大阪電気軌道(大軌・後の近鉄の直系母体)が上本町の大軌ビルディング内に直営食堂開業。同地下から3階まで三笠屋百貨店が開店[8]
  • 1930年(昭和5年) - 合名会社京都物産館が岐阜市柳ヶ瀬に支店開店。
  • 1931年(昭和6年)9月 - 「合名会社京都物産館」を「合名会社丸物」に商号変更。
  • 1934年(昭和9年)9月 - 「合名会社丸物」を「株式会社丸物」に改組(資本金150万円)。
  • 1934年(昭和9年) - 大阪鉄道(大鉄・現在の近鉄南大阪線などの当時の運営会社)、株式会社大鉄百貨店を創立。
  • 1936年(昭和11年)9月 - 大軌百貨店全館開業(上本町) 。
  • 1937年(昭和12年)11月 - 大鉄百貨店全館開業(阿倍野橋)。
  • 1941年(昭和16年)3月 - 大阪電気軌道参宮急行電鉄(参急・近鉄大阪線の多くや近鉄山田線などを当時運営していた大軌の子会社)を合併し、関西急行鉄道(関急)に社名変更。大軌百貨店は関急百貨店に改称。
  • 1944年(昭和19年)4月1日 - 関西急行鉄道は大阪鉄道を合併。大鉄百貨店は関急百貨店阿倍野店、関急百貨店は関急百貨店上本町店として再発足。
  • 1944年(昭和19年)6月1日 - 関西急行鉄道と南海鉄道(南海。1947年(昭和22年)に再度分離して現在の南海電気鉄道となる)が合併して近畿日本鉄道(近畿日本)が発足[注 3]。百貨店は「近畿日本鉄道上本町百貨店」と「近畿日本鉄道阿倍野百貨店」に名称変更[9]
  • 1945年(昭和20年)3月14日 - 空襲により阿倍野店罹災 。
  • 1948年(昭和23年) - 「近鉄百貨店上本町店」・「近鉄百貨店阿倍野店」と店名を変更[注 4]
  • 1949年(昭和24年)7月 - 株式会社丸物が大証1部に上場。
  • 1960年(昭和35年)9月 - 別府近鉄会館開業。
  • 1961年(昭和36年)7月1日 - 「別府近鉄会館」を「別府近鉄百貨店」に変更。
  • 1965年(昭和40年)4月 - 阿倍野店の第2次増築工事が完了。
  • 1966年(昭和41年)4月 - 株式会社丸物が近畿日本鉄道の資本参加を受ける[10]
  • 1969年(昭和44年)11月 - 上本町ターミナル整備の一環として上本町店の増築を実施。
  • 1972年(昭和47年)3月14日 - 奈良店開業(奈良ファミリー内)。
  • 1972年(昭和47年)6月1日 - 「株式会社近鉄百貨店」として分離独立。
  • 1974年(昭和49年)
  • 1977年(昭和52年)5月 - 「株式会社丸物」を「株式会社京都近鉄百貨店」に商号変更。
  • 1978年(昭和53年)10月5日 - 東大阪店開業。
  • 1982年(昭和57年)11月15日 - 西京都店開業(京都ファミリー内)。
  • 1983年(昭和58年)3月1日 - (株)近鉄百貨店が(株)東京近鉄百貨店を吸収合併。
  • 1986年(昭和61年)4月25日 - 橿原店開業。
  • 1988年(昭和63年)11月11日 - 阿倍野店増床。CIを導入しロゴマークを変更。
  • 1991年(平成3年)3月1日 - (株)近鉄百貨店が(株)別府近鉄百貨店を吸収合併。
  • 1991年(平成3年)4月12日 - 桜井店開業。
  • 1994年(平成6年)3月31日 - 桜井店閉店。
  • 1994年(平成6年)8月31日 - 別府店閉店。
  • 1995年(平成7年)2月28日 - 西京都店閉店。
  • 1995年(平成7年)3月 - 京都近鉄百貨店京都店が大規模に増床オープン。1997年に予定されていたJR京都伊勢丹を迎え撃つための措置であった。
  • 1996年(平成8年)11月26日 - 桃山店開業。
  • 1997年(平成9年)3月19日 - 生駒店開業。
  • 1998年(平成10年)9月1日 - (株)近鉄百貨店が(株)枚方近鉄百貨店を吸収合併。
  • 1998年(平成10年)9月19日 - 桔梗が丘近鉄百貨店開業。
  • 1999年(平成11年)9月30日 - 京都近鉄百貨店岐阜店と「近鉄アミコ」閉店。跡地には中日新聞社岐阜支社が建設された。
  • 2000年(平成12年)3月25日 - 京都近鉄百貨店京都店全面改装。「プラッツ近鉄」として開業。
  • 2000年(平成12年)9月1日 - 本店南側にHOOP開業。
  • 2001年(平成13年)2月20日 - 東京店閉店[注 5]
  • 2001年(平成13年)2月28日 - (株)京都近鉄百貨店が(株)近鉄百貨店を吸収合併し「株式会社近鉄百貨店」に商号変更。
  • 2005年(平成17年)6月 - 近鉄モータース株式をクインランドに売却。
  • 2005年(平成17年)7月29日 - 京都店の土地・建物をヨドバシカメラに売却。店舗2007年(平成19年)2月末までの営業となった。
  • 2005年(平成17年)8月25日 - 旧別府店の敷地を県内業者に売却。跡地に高層複合マンション建設予定。
  • 2006年(平成18年)7月31日 - 旧東京店の土地・建物を投資会社に売却。
  • 2006年(平成18年)12月30日 - 三重県三交百貨店がこの日で閉店。営業権の一部を譲り受けた。
  • 2007年(平成19年)2月28日 - 京都店を閉店。なお京都店の建物は解体され、跡地に建設される新ビルにヨドバシカメラが出店することとなった。
  • 2008年(平成20年)3月頃 - 旧京都店の建物の解体が終了。これ以降ヨドバシカメラのビルへ建替(2010年11月5日にヨドバシカメラ・マルチメディア京都〈京都ヨドバシ〉が開店)。
  • 2008年(平成20年)9月9日 - HOOP南側にand開業。
  • 2009年(平成21年)3月1日 - (株)中部近鉄百貨店持分法適用会社)と(株)和歌山近鉄百貨店近畿日本鉄道完全子会社=兄弟会社に相当)を吸収合併し、四日市名古屋草津和歌山の4店舗を直営化。
  • 2009年(平成21年)3月19日 - 阿倍野本店の本館西側(旧館)部分を建て替えのため閉鎖[12]。翌3月20日より、本館の東側(1988年に増床した新館(現:ウイング館))部分のみでの営業を開始(2014年の建て替え完成(あべのハルカス開業)まで)。
  • 2009年(平成21年)11月20日 - 大阪市住之江区咲洲(南港)のアジア太平洋トレードセンター(ATC)のITM棟に、2010年2月末までの期間限定店舗「近鉄百貨店ショップATC」を開設。
  • 2010年(平成22年)8月26日 - 上本町店の全館リニューアルが完成。同店南側に「上本町YUFURA」が開業。
  • 2011年(平成23年)8月10日 - エイチ・ツー・オーリテイリング(阪急阪神百貨店)との間で、情報システムの共同開発に関する提携を発表。
  • 2012年(平成24年)2月29日 - 枚方店を閉店[13]
  • 2012年(平成24年)3月3日 - 旧桔梗が丘店が、直営面積縮小・業態転換により「近鉄百貨店ショップ桔梗が丘」として新装開店[13]
  • 2012年(平成24年)3月29日 - 子会社の書籍販売業「ビッグウィル」の株式の大半をジュンク堂書店に譲渡。
  • 2013年(平成25年)6月13日 - 阿倍野本店のうち、あべのハルカス・タワー館(地上14階〜地下2階)部分が先行開業(ウイング館の一部(9階催会場など)を含む)。売場面積は57,000m2(タワー館(西側:50,000m2)とウイング館(東側:7,000m2)の合計)。同日より店名を「あべのハルカス 近鉄本店」に改称。あわせて包装紙・ショッピングバッグのデザインを変更。
  • 2013年(平成25年)7月16日 - 大阪証券取引所と東京証券取引所との現物株市場統合に伴い、東京証券取引所第1部に指定替え。
  • 2013年(平成25年)10月10日 - あべのハルカス 近鉄本店の第2期分(ウイング館の4階の一部〜8階部分)が開業。売場面積は77,000m2(タワー館(西側:57,000m2)とウイング館(東側:20,000m2)の合計)。
  • 2014年(平成26年)2月22日 - あべのハルカス 近鉄本店が全館開業(ウイング館の地下2階〜4階の残り部分の開業)。売場面積は100,000m2(タワー館(西側:57,000m2)とウイング館(東側:43,000m2)の合計)。
  • 2014年(平成26年)3月7日 - あべのハルカスがグランドオープン(オフィスフロア・大阪マリオット都ホテルあべのハルカス美術館ハルカス300(展望台)を含む)。
  • 2014年(平成26年)9月30日 - 桃山店閉店。
  • 2018年(平成30年)3月31日 - 近鉄百貨店ショップ桔梗が丘閉店[14]
  • 2021年令和3年)5月28日 - 上本町店と橿原店を百貨店事業本部から商業施設や専門店中心の百貨店を運営する商業開発本部に移管する[5]
  • 2021年(令和3年)9月16日 -大阪・関西万博関連グッズを近鉄百貨店インターネットショップ・あべのハルカス近鉄本店で販売開始。10月6日からは上本町店、奈良店、橿原店、和歌山店、四日市店でも販売し、2022年6月ごろまで販売予定[6]

現在の営業店舗編集

大阪府、奈良県、三重県、愛知県と近鉄沿線を中心に、沿線外の和歌山県に和歌山店、滋賀県に草津店をそれぞれ出店している。

あべのハルカス近鉄本店編集

近鉄百貨店あべのハルカス 近鉄本店
Kintesu Department Store Abeno Harukas Main Store
 
ウイング館(手前(東側)とタワー館(奥(西側)
店舗概要
所在地 大阪市阿倍野区阿倍野筋1丁目1番43号
開業日 1938年昭和13年)10月(大鉄百貨店の全面開業)
建物名称 あべのハルカス
施設所有者 株式会社近鉄不動産
施設管理者 株式会社近鉄百貨店
商業施設面積 100,000 m²
営業時間 10:00 - 20:30
前身 大鉄百貨店、旧:本店(阿倍野店)
最寄駅 大阪阿部野橋駅天王寺駅、天王寺駅前停留場
最寄IC 阪神高速14号松原線天王寺出口阿倍野入口文の里出入口
外部リンク 公式サイト
 
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当百貨店の本店であり、圧倒的な主力店舗となっている。高さ日本一の高層ビル「あべのハルカス」の低層階を占めるタワー館57,000 m2と、1988年に増床した部分を改装した東側のウイング館43,000 m2で構成され、売場面積は100,000 m2。これは松坂屋名古屋店を上回り、百貨店としては日本最大となる。

大鉄百貨店編集

当百貨店は現在の南大阪線・長野線など運行していた大阪鉄道(大鉄)が設立した子会社を発祥とする。大鉄は大正15年(1926年)から大阪阿部野橋駅で様々な店舗を集めた「大鉄アーケード」を営業していた。昭和10年(1935年)10月には百貨店の新設工事に着手し、昭和13年(1938年)10月、営業面積約16,000m2の大鉄百貨店として全面開業した[15]。その後、昭和19年(1944年)6月、大阪鉄道を吸収した関西急行電鉄が南海鉄道(現在の南海電気鉄道の前身)と合併し、近畿日本鉄道株式会社が誕生。大鉄百貨店を日本鉄道阿倍野百貨店に改称している。 第二次世界大戦が激化すると、統制経済のため当店にも約100名の軍隊が配備されるなど、限定された形での営業を余儀なくされる。昭和20年(1945年)には、当店付近も空襲に遭い、同年3月には日本鉄道阿倍野百貨店も罹災した。

近鉄百貨店阿倍野本店編集

昭和20年(1945年)8月に終戦を迎え、同年の12月には復旧工事が着工された、翌21年(1946年)6月に2階の雑貨売り場が先行開業するなど、順次開業を繰り返し、昭和23年(1948年)4月には全館が営業再開にこぎつけた。同年、近鉄百貨店阿倍野店へ改称。昭和25年(1950年)7月には1階へ日本初の「ドラッグストア」を開業している。1960年(昭和35年)には約74億円だった売り上げは1965年(昭和40年)には約170億円を突破した。

1970年代には泉州沖に関西国際空港の建設が予定され、大阪の南の玄関として天王寺・阿倍野エリアの重要性が高まっていた。1977年(昭和52年)、親会社の近畿日本鉄道では阿部野橋駅周辺整備プロジェクトチームを設け、「阿部野橋ターミナル整備構想」を策定した。この中には当店の増床工事が含まれており、1983年(昭和58年1983年)に着工し、(昭和63年)11月11日 には増床部分(現在のウイング館)がオープン。同時に、上本町店、奈良店、東京店を管轄下におく本店となり、近鉄百貨店阿倍野本店へ改称した。営業面積は西日本一の約58,600m2に拡大している。 2000年(平成14年)9月には南側に「Hoop」、2008年(平成16年)9月には「Hoop」南側の常磐官舎跡地に大型商業施設「and(アンド)」を開業し、阿倍野本店との相乗効果を狙った。

阿倍野本店再開発プロジェクト編集

阿倍野本店の再開発や開業から1周年を迎える「あべのキューズモール」のアピールのため、近鉄百貨店と「あべのキューズモール」を運営する東急不動産SCマネジメントでは2012年2月1日から14日にかけて初の共同販促企画「あべので愛のはさみうち。バレンタインスタンプラリー」を実施した[16]。その後も同様の共同販促を継続的に実施し、梅田や難波に対抗するため、天王寺・あべのエリア全体の活性化を図っている。

2013年6月13日には「タワー館(あべのハルカスの低層階(西側)部分(地上14階 - 地下2階))」の先行開業(第1期分オープン)に合わせ、店名を「あべのハルカス 近鉄本店」と改称した。そして2014年3月7日には、同店を含め、あべのハルカス(オフィスフロア・大阪マリオット都ホテルあべのハルカス美術館ハルカス300(展望台))がグランドオープンしている。

新店舗開業後編集

あべのハルカス近鉄本店としての開業初年度の売上高としては当初1210億円を見込んでいたが、実際の売上高は983億円となった。これは目標を大きく下回っており、2016年度の売上高も974億円と前年度並みにとどまっている。しかし、2016年11月には「無印良品」が若年女性向け専門店ゾーン「solaha(ソラハ)」を改装した場所に入居。客の流れが周囲へ波及して女性向け商品の売り上げも改善が見られる。2017年3月にはロールケーキの「堂島ロール」を販売する「モンシェール」が入居してデパ地下も賑わうようになった。 さらに、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)との共同企画や中国での情報発信によって訪日外国人も増加している。このため、近鉄百貨店では2017年度の売上高は前期比7.5%増の1048億円を見込んでいた[17]

また、先述のドラッグストアをはじめ、専門店の入居・運営も積極的に行っている。2021年(令和3年)4月9日には、約8億円を投じた大型改装の一環として、台湾の食や文化に関する商品を集めた新エリアをオープン。三つの売り場を展開しており、特に食材や雑貨を扱う「神農生活」は日本初上陸となる。同年9月には関西初の北海道どさんこプラザをオープンした。

上本町店編集

近鉄百貨店上本町店
Kintesu Department Store Uehonmachi Store
 
大阪上本町駅ビルに入居。
店舗概要
所在地 大阪市天王寺区上本町6-1-55
開業日 1926年(大正15年)9月16日三笠屋百貨店)、1936年(昭和11年)9月(大軌百貨店)
建物名称 上本町駅ビル
施設所有者 株式会社近畿日本鉄道
施設管理者 株式会社近鉄百貨店
商業施設面積 33,902 m²
前身 三笠屋百貨店、大軌百貨店
最寄駅 大阪上本町駅谷町九丁目駅
外部リンク 公式サイト
 
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当地では大阪電気軌道(大軌)の建物で「三笠屋百貨店」が営業し、一説によると阪急うめだ本店よりも先にできたターミナルデパートともいわれる[18]

当店は紳士協定に基づいて三笠屋百貨店が退店した後、「大軌百貨店」として開業し、やはり上本町駅のターミナルデパートとして機能してきた。しかし、近鉄難波駅(現在の大阪難波駅)まで難波線が延伸するなど環境の変化もあり、現在は文教地区に立地する店として性格を変えつつある。訪日客が多く、年間売上高1000億円を超える本店に対し、上本町店は地元客が多い売上高240億円強(2018年度)の中型店[19]である。Osaka Metro谷町線で本店まではたった2駅であるが、大阪市内の百貨店としては足元商圏の顧客や50歳代以上の顧客が多く、本店とはターゲット層が異なるのが特徴である。

しかし、近年は高層マンションが近隣に立ち並び、30~40歳代の住民が増加している。kのため、既存の比較的高齢な客に限らず、新規顧客を取り込むため、幾度かの改装を繰り返している。 2016年春には約2億6千万円をかけて、子供服売場、スポーツ用品売場、婦人洋品売場について大型専門店を新規導入するほか、地下2階に富澤商店ゴディバを入居させるなどデパ地下の強化も実施[20]。大規模なリニューアル効果もあり、売上高は2017年6月より9か月連続で前年を上回って推移した。2018年度も引き続き改装を実施し、特に次世代顧客の取り込みを目的に専門店(「ニトリ」の小型店舗「ニトリEXPRESS」)の導入や食料品売場の改装を実施[21]するなど店舗のリニューアルが続けられている。

2021年5月28日の組織改正では橿原店とともに「百貨店事業本部」から「商業開発本部」に移管され、ローコストな専門店中心の運営体制へのシフトを図る[5]

また、親会社の近鉄グループホールディングスでは将来的には周囲も含めた再開発も検討している。

奈良店編集

橿原店編集

近鉄百貨店橿原店
店舗概要
所在地 奈良県橿原市北八木町
開業日 1986年(昭和61年)4月25日
施設管理者 株式会社近鉄百貨店
商業施設面積 23,223 m²
営業時間 10:00 - 19:00
最寄駅 近鉄大阪線橿原線大和八木駅
外部リンク 公式サイト
 
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橿原市の代表駅であり、最も利用客の多い大和八木駅の駅前に1986年(昭和61年)4月25日開業した。大和八木駅の北口から地下通路で当店の地下1階(デパ地下)へ連絡している。開業時は奈良店が大規模増床前で奈良そごう(現在のミ・ナーラ)も開業していなかったため、奈良県内で最大の百貨店であった。 2021年5月28日の組織改正では上本町店とともに「百貨店事業本部」から「商業開発本部」に移管され、ローコストな専門店中心の運営体制へのシフトを図る[5]

生駒店編集

東大阪店編集

近鉄百貨店東大阪店
 
店舗概要
所在地 大阪府東大阪市長堂1-1-1
開業日 1978年(昭和53年)10月5日
施設管理者 株式会社近鉄百貨店
商業施設面積 7,873 m²
営業時間 10:00 - 20:00
最寄駅 近鉄大阪線奈良線布施駅
外部リンク 公式サイト
 
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アパレルショップやドラッグストアなどが入居する「カジュアル・スポット Fusse(フッセ)」と食品・ギフトセンター・商品券売場で構成される1フロアの店舗である。

2019年(平成31年)3月7日には2007年6月以来11年ぶりに改装して、リフレッシュオープンした。食品売場には新たに3ショップが登場。10ショップがリフレッシュオープンし、人気のスイーツショップや日常の買物に便利な売り場を充実させた。また、照明をLED電球に更新し、明るく買物しやすい店に生まれ変わっている[22]。当店は商業開発本部が運営しており、専門店の導入を積極的に行っている。

なお、宝塚阪急など大阪府と兵庫県には同様に鉄道駅の高架下に1~2フロアで入居する百貨店が存在する。その中では当店が最も先に開業しており、ほかの店舗はすべて平成期の開業である。

和歌山店編集

  • 和歌山県和歌山市友田町、JR和歌山駅前 和歌山ターミナルビル 売場面積32,400 m2
    2009年2月28日まで、旧和歌山近鉄百貨店の店舗だった。大丸丸正高島屋といったライバル百貨店が次々撤退し、現在は和歌山県内唯一の百貨店となっている。県内の岩出市にギフトショップ「ショップ岩出」を営業。

四日市店編集

草津店編集

近鉄百貨店草津店
 
店舗概要
所在地 滋賀県草津市渋川1-1-50
開業日 1997年(平成9年)9月
建物名称 草津百貨店ビル
施設所有者 株式会社近鉄百貨店
施設管理者 株式会社近鉄百貨店
商業施設面積 23,106 m²
駐車台数 600台
前身 草津近鉄百貨店・中部近鉄百貨店草津店
最寄駅 JR西日本琵琶湖線東海道本線)・草津線草津駅
最寄IC 名神高速栗東IC
外部リンク 公式サイト
 
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1997年(平成9年)9月にJR草津駅前へ開業した。当初の計画では1995年春に開業する予定であったが、景気後退による条件の見直しについて、地権者との交渉で折り合いがつかなかったことにより、一旦断念[23]している。 当店は京都近鉄百貨店などが出資する「株式会社草津近鉄百貨店」が運営していたが、中部近鉄百貨店との合併を経て2009年(平成21年)3月1日 に近鉄百貨店の直営店となった。商業開発本部が運営しており、専門店の導入を積極的に行っている(後述)。

開業初年度には目標の約120億円をほぼ達成した[24]ものの、その後は売り上げが伸び悩んでいる。このため、2018年度(平成30年度)には従来型百貨店から百貨店と専門店の複合型店舗を目指し、段階的にリニューアルを開始した。 滋賀県初出店となる「成城石井」などのフランチャイズ方式での展開、「TSUTAYA BOOKSTORE」などの専門店誘致、食品を中心に滋賀県の産品を展開する「近江路」コーナーのオープンなどを行い、2020年(令和2年)2月21日には東急ハンズと協業して地域の魅力を発信する「プラグス マーケット(Plugs Market)」の開業にあわせて2階のリニューアルが完了[25]。同日にはこれを記念して特設ステージで滋賀県知事の三日月大造や当社の代表などによる式典を行った。 滋賀県内の百貨店としては地域一番店であったが、2020年8月31日西武大津店が閉店したため、滋賀県内唯一の百貨店となっている。

当店の周辺には阪急百貨店系列の阪急オアシスが出店するエルティ932・ガーデンシティ草津平和堂などが立地し、滋賀県内有数の商業地域である。

名古屋店(近鉄パッセ)編集

商業施設編集

商業開発本部が運営を行う。詳細は各個別項目を参考。

  • Hoop(近鉄百貨店阿倍野本店別館): 大阪市阿倍野区阿倍野筋 営業面積14,825m2 あべのハルカス近鉄本店南側
  • and(近鉄百貨店阿倍野本店新館): 大阪市阿倍野区阿倍野筋 営業面積14,000m2 Hoop南側
  • 上本町YUFURA:大阪市天王寺区上本町 営業面積8,275m2 上本町店南側(旧近鉄劇場

過去に存在した店舗編集

近鉄百貨店をもともと経営していた近畿日本鉄道やそのグループ企業が各地に展開しており、近鉄百貨店自身も近鉄沿線に加えて東京(武蔵野市吉祥寺)や九州でも営業していた時期もあった。これとは別に丸物・京都近鉄百貨店も京都店を本店として東は東京(池袋)、西は九州(八幡)まで店舗を広げていた。ほとんどの店舗が2010年代前半までに整理されており、旧・丸物の店舗は近鉄百貨店としては現存せず、近鉄沿線以外に立地する近鉄百貨店は和歌山店と草津店のみとなっている[注 6]

丸物以外の百貨店店舗編集

東京店編集

近鉄百貨店京都店
Kintesu Department Store Tokyo Store
店舗概要
所在地 東京都武蔵野市吉祥寺本町
開業日 1974年(昭和49年)5月11日
閉業日 2001年(平成13年)2月20日
施設所有者 株式会社近鉄百貨店
施設管理者 株式会社近鉄百貨店
前身 東京近鉄百貨店
後身 三越吉祥寺店→ヨドバシ吉祥寺
最寄駅 JR東日本中央本線京王井の頭線吉祥寺駅
 
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関東地方唯一の近鉄百貨店として近畿地方出身者などに親しまれていた。株式会社東京近鉄百貨店の店舗として開業したのち、1983年に直営化して近鉄百貨店東京店に改称している。閉鎖後は当社から三越とIDC大塚家具に貸していたものの、投資ファンドへ建物を売却して閉店した。2007年6月に外観を改装した上でヨドバシカメラマルチメディア吉祥寺が出店している。

西京都店編集

京都市右京区、京都ファミリー内。1982年 - 1995年。

桜井店編集

奈良県桜井市桜井駅前の拠点施設「エルト桜井」が1991年(平成3年)にオープンした当初、その1・2階に展開していた[26]。商圏が狭い[注 7]ことも手伝い、1994年(平成6年)にわずか3年で撤退した。短命の小型店舗である。

別府店編集

大分県別府市。1960年 - 1994年。別府駅前にあった。2001年に建物解体、土地は2005年に県内の不動産会社に売却された。

上海店編集

上海商場にテナントとして出店した小型店。

桃山店編集

ショップ桔梗が丘編集

  • 名張市桔梗が丘一番町、桔梗が丘駅近鉄プラザ桔梗が丘
    • 2012年2月末までは旧桔梗が丘店(売場面積11,706 m2):もともと近商ストアが営業していたが「近鉄プラザ百貨店」を設立の上で百貨店化し、周囲のスーパーとの差別化を図った。しかし、売り上げが伸び悩んだため、2012年3月3日に直営売場面積を縮小・業態転換して新装開店した。この際、橿原店の管轄になるなどコスト削減を図ったものの、赤字転落し、ともに入居していた近商ハーベスと同時に2018年3月31日に閉店した。

跡地は「ぎゅーとら」桔梗が丘店などがオープンしたが、2020年10月31日に閉店して「近鉄プラザ桔梗が丘」自体が空き店舗となった。

丸物関連編集

近鉄百貨店の直営店となったのは京都店と枚方店のみ。岐阜店は京都近鉄百貨店時代の1999年(平成11年)、その他の各店は丸物時代に閉鎖・売却されている。

京都店編集

近鉄百貨店京都店
Kintesu Department Store Kyoto Store
 
晩年の近鉄百貨店京都店『プラッツ近鉄』
店舗概要
所在地 京都府京都市下京区烏丸七条下ル
開業日 1920年大正9年)1月 (京都物産館)
閉業日 2007年平成19年)2月28日
施設所有者 株式会社近鉄百貨店

株式会社ヨドバシカメラ(土地は東本願寺)
施設管理者 株式会社近鉄百貨店
前身 丸物本店→京都近鉄百貨店 本店
後身 京都ヨドバシ
最寄駅 京都市営地下鉄JR西日本JR東海近鉄京都駅
最寄IC 名神高速京都南IC
 
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京都駅の烏丸口側に京都物産館として開業し、丸物の本店であった。当店と別に上京区にはマルブツ西陣分店を営業していた時期もある。「京都近鉄百貨店」になった後も本店だったが、2001年(平成13年)「近鉄百貨店」との合併後は旧近鉄百貨店の阿倍野本店が本店となったので、当店は支店扱いの京都店となった。

丸物時代には京都駅前に立地していることを意図した「FRONT KYOTO まるぶつ」のキャッチコピーが掲げられてきたが、1960年代に丸物の近鉄グループ入りを経て、1977年に「丸物」から「京都近鉄百貨店」に変更されて以降、「FRONT KYOTO」のキャッチコピーもやがて使われなくなった。

1954年(昭和29年)ごろには「活かして使える半端もの」を集めて販売する「活端市(かっぱいち)」という催事を開いたり、1969年(昭和44年)から1981年(昭和56年)までは当店から「まるぶつWAIWAIカーニバル」のラジオ公開生放送を京都放送で実施するなど[27]、老舗の高島屋大丸よりも庶民的な百貨店として親しまれていた。

1997年(平成9年)のJR京都伊勢丹開業に備えて1995年(平成7年)に大規模な増床を実施するなど当店でも対策を講じた。京都駅周辺の買い物客は増えたものの、当店は京都タワーよりも北側でJR線・近鉄線の駅からは遠い立地なども災いして顧客をJR京都伊勢丹に大きく奪われている。2001年には若者向けにソフマップ無印良品などをテナントとして誘致した「近鉄プラッツ」に業態転換を図った。しかし業績は回復せず、ついに2007年に閉店に追い込まれた。

閉店前に建物を取得したヨドバシカメラが建物を建て替えた後、ヨドバシカメラ・マルチメディア京都が、2010年11月5日に出店している。

岐阜店編集

京都近鉄百貨店岐阜店
Kyoto Kintesu Department Store Gifu Store
店舗概要
所在地 岐阜県岐阜市柳ヶ瀬1丁目12
開業日 1930年昭和5年)6月
(京都物産館岐阜支店)
閉業日 1999年平成11年)9月30日
施設所有者 株式会社京都近鉄百貨店
施設管理者 株式会社京都近鉄百貨店
前身 京都物産館岐阜支店→丸物岐阜店
後身 岐阜中日ビル
最寄駅 名鉄岐阜市内線美濃町線徹明町駅
 
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閉店時の名称は京都近鉄百貨店岐阜店で、近鉄百貨店の直営店として営業したことはない。

京都物産館岐阜支店として開業した丸物最初の支店であり、数少ない本体直営の店舗だった。また、京都の本店と同様、京都物産館から「丸物」への改称から「京都近鉄百貨店」への改称までずっと営業を続けていた店舗である。

長年、岐阜最大の繁華街である柳ヶ瀬の中核店舗として親しまれていたが、柳ヶ瀬西部の再開発で1977年(昭和52年)9月岐阜髙島屋が進出して競争が激化した。当店も同年に京都近鉄百貨店岐阜店と改称し、専門店街「近鉄アミコ」を柳ヶ瀬ビル(現在のオアシス柳ヶ瀬ビル)へ建設するなど対抗策を講じ、1991年(平成3年)に売上高のピークを迎えた。しかし、以降はアピタジャスコカラフルタウンなどの郊外進出に伴って赤字転落。1999年3月期には年商110億7900万円にまで売り上げが低下し、閉店に追い込まれた。その後も、パルコ、名鉄グループの新岐阜百貨店メルサといった大型店舗の多くが撤退し、当百貨店周辺を走っていた路面電車名鉄岐阜市内線美濃町線2005年(平成17年)4月1日付で廃止されるなど、岐阜市内中心部の空洞化が進行している。

解体された当店の壁面から1945年(昭和20年)の岐阜空襲による煤けた跡が見つかり、その部分を岐阜市平和資料室で保存している。


枚方店編集

枚方市岡東町。京阪本線枚方市駅前。1975年(昭和50年)4月1日開業 - 2012年2月29日閉店。 近鉄傘下となってから唯一開業した丸物の店舗で、最後の新店舗でもある。開業後2年足らずで「ひらかた丸物」から「枚方近鉄百貨店」に改称したため、丸物の名称を使用した期間は一番短い店舗となった。跡地はカルチュア・コンビニエンス・クラブにより「枚方T-SITE」として再開発[28]

東京丸物の店舗編集

全て閉鎖。東京丸物の法人は西武百貨店傘下(セゾングループ)へ移り、パルコになった。

豊橋丸物編集

八幡丸物編集

商業施設編集


出店を中止した店舗編集

  • 岸和田店: 大阪府岸和田市宮本町に出店を予定していたが、同じ場所に出店を予定していたニチイ(現:イオンリテール)が出店したため予定は白紙になった(ニチイものちに閉店した)。
  • 橋本店: 相模原市、現在のイオン橋本店近辺に位置する。JR橋本駅前市街地再開発の一環で、賃料坪単価8,000円以上(競合した近鉄の2倍の提示額。なおこの場所は地元の京王百貨店の出店が有力視されていた)でそごうはコンペを制した。だがそごうも1994年出店凍結。1997年出店断念。
  • 福山店: 広島県福山市JR福山駅南西の伏見町再開発事業の一環。天満屋西武、そごう、近鉄が競合したものの、最終的にそごうが制した。後にそごうも出店断念。なお、後に福山ロッツ→リム・ふくやまとなった旧福山そごうとは別物である。
  • りんくうタウン店: 1994年関西国際空港の開業に向けて、三菱銀行三菱商事などの三菱グループと共同でりんくうタウンの商業業務ゾーンに進出し、オフィス、ホテル、ショッピング機能を備えた複合超高層ビルの商業施設に出店する予定であった[29]。しかし、景気後退と府の計画変更に伴う土地分譲価格の引き下げを巡る折り合いがつかなかったことにより、出店計画は白紙となった[30]
  • 伊勢店: 1980年から始動した宇治山田駅前周辺における再開発の一環として、1991年には出店計画がまとまった。しかし、厳しい経済情勢や地元商業者の反対等により、計画を凍結[31]
  • 岡山店:岡山県岡山市岡山駅前周辺の再開発事業の一環として、再開発ビル(現在の天満屋ハピーズ岡山駅前店に当たる所)に進出することが内定していたが、のちに断念し、ダイエーが進出することになった[32]

プロ野球の優勝・応援セールの扱い編集

近畿日本鉄道が大阪近鉄バファローズのオーナーとなっていた時代、近鉄グループである同社は、同球団のパシフィック・リーグ優勝記念セールおよび日本シリーズご声援感謝セール(いわゆる残念セール)を行ってきた[注 8]。2004年を最後にオリックス・ブルーウェーブとの合併により「オリックス・バファローズ」となってからは、優勝実績がなかったこともあり、優勝記念セールや、ご声援感謝セールは行われなくなっていた。

しかし2008年には、同社各店(名古屋店(近鉄パッセ)・四日市店を除く)において、読売ジャイアンツセントラル・リーグ優勝記念セールが行われた。これは、同球団の優勝記念セールの権利を所有する三越伊勢丹グループの店舗が少ない近畿地区において[注 9]、それを補助するために行われている。加えて、オリックス・バファローズ発足後は近鉄グループが同球団へ20%出資し、ユニフォームの袖部分にも「近鉄」のロゴを掲示するという3年間の暫定処置が2007年に終了し、同球団から近鉄グループが完全に撤退したことも理由に考えられている。

また近鉄百貨店自身も、かつては三越との間で、商品券の相互利用を行ったり、中元歳暮など贈答品の共同配送を行う、などの提携関係があった他、近畿地区の他の百貨店・スーパーマーケット各社は、どちらかと言えば阪神タイガースの優勝・応援セールの方を行ってきた[注 10][注 11]こともあり、それを行ってこなかった近鉄百貨店が引き受けることになったもの、とも言われている。

また近鉄球団が1990年代まで後述の監督人事や交換トレードなどで巨人フロントと相互連携を行っていたなど、友好的な関係があった過去もある[33]

2009年度は9月23日に巨人が3年連続でセ・リーグの優勝を決めたことで、近鉄百貨店(名古屋・四日市両店を除き、近鉄松下百貨店を含む。)としては2度目となる、「セ・リーグ優勝記念セール」が、翌9月24日から9月30日までの7日間開催された(阿倍野店のみ24日は閉店のため、翌25日から6日間の開催であった)。そして11月7日に、同球団が日本シリーズで優勝したことにより、翌8日から14日までの7日間、前述した各店舗にて、(旧近鉄バファローズ時代を含めて)同社としては初の「日本シリーズ優勝記念セール」が行われた(枚方・草津の両店舗は、12日は定休日であった)。

なお2012年度は、巨人が3年ぶりのセ・リーグ優勝、ならびに日本シリーズ優勝を決めたが、同社各店(近鉄松下百貨店を含む)では、優勝記念セールは行われなかった。そして、三越など他の多くの小売店でも2014年を最後に読売ジャイアンツの優勝セールは行わなくなった。詳細は該当項目を参考のこと。

その後、近鉄百貨店ではプロ野球チームの優勝セール等は行われていなかったが、2021年にオリックス・バファローズが大阪近鉄バファローズとの合併以後では初めてとなるリーグ優勝の可能性が出てきたことから、同年10月15日から初めて同球団の応援セールを各店舗およびネットショップにて実施する。また、パ・リーグ優勝が決定した場合には優勝翌日から1週間にわたり優勝セールを実施する[34]

中日ドラゴンズ優勝セール編集

上記の通り、読売ジャイアンツの優勝セールを行う店から名古屋店と四日市店が除かれていた。これは、両店舗とも中日ドラゴンズのホームテリトリー(及び親会社の中日新聞社の購読エリア)という事情によるものである。両店舗では、2008年と2009年にそれぞれ「中日ドラゴンズご声援感謝セール」が行われたほか、2010年と2011年には、ドラゴンズがセ・リーグの優勝を決めたことで、両店舗では「セントラルリーグ優勝記念セール」が行われた。

ロゴマーク編集

ロゴマークは店名のローマ字がデザインされている。

「K ntetsu」が海、「i」が緑(木)を表し、全体が地球を表しており、地球と調和しようとする姿勢を表現している。 包装紙・ショッピングバッグのデザインは、ロゴマークと同色の青と緑色のものであったが、2013年6月13日の「あべのハルカス 近鉄本店」タワー館の先行開業に合わせて、「K」を起点とした一筆書きの「ひろがるつながり」をテーマとした、黄色を基調とする新デザインに変更された。

  • かつて使用していたもの
    • 近鉄百貨店 - 近畿日本鉄道の社章をアレンジ(若干中の模様が丸みを帯びている)。現在も正式な社章である。
    • 大軌百貨店 - 通称「大軌」。大阪電気軌道直営だったが、同社の社章ではなく「大軌」を縦書きにして丸型にしたもの
    • 大鉄百貨店 - 大阪鉄道の社章の一部を変更したもの(中央に「百」の文字が入る)
    • 丸物 - 沿革の項にある通り、「物」を丸で囲ったもの

関連会社編集

 
近鉄松下百貨店(山口県周南市)
  • 近鉄グループホールディングス - 現在の親会社。近畿日本鉄道の初代法人の法人格を引き継いだ。
  • 近畿日本鉄道 - 上記の通り初代法人が当社の親会社だった。現在は兄弟会社。
  • 近商ストア(スーパーマーケットKINSHO) - かつての子会社。現在は中間持株会社・近鉄リテールホールディングスの子会社となっているが、近鉄百貨店の商品券や日本百貨店協会の商品券が使用可能。
  • ミディ総合管理 - 店舗管理・清掃など:2013年5月に株式譲渡により当社の子会社でなくなったが、引き継ぎ近鉄グループに残留。

子会社編集

  • シュテルン近鉄 - 本社は大阪市城東区メルセデス・ベンツの販売を行う。なお、かつては同業の近鉄モータース(本社:東京都港区)も子会社だった。
  • 近畿配送サービス - 配送会社
  • 近鉄松下百貨店 - 山口県周南市(JR徳山駅前):2013年2月28日をもって閉店。閉店まで近鉄百貨店本体へは合併せず、唯一別会社になっていた。
  • 三交百貨店 - 三重県松阪市松阪駅前):2006年12月30日を最後に閉店した。
  • 株式会社近創 - 内装工事などを行う会社で当社の完全子会社である。上記の通り、かつての百貨店・九州百貨店→八幡丸物の法人格を引き継ぎ、本社を京都へ移転している。(旧)株式会社丸物工器を合併して(新)株式会社丸物工器に改称。近畿日本鉄道の出資を経て「近鉄丸物工器」、「近創インテリア」を経て現社名となった。

関連項目編集

  • 三越 - かつては商品券の共通使用や贈答品の共通配送などの提携を行っていた。一時期、当社の東京店跡地に吉祥寺店を出店していた時期もある。

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 2011年8月25日に正式名称が決定。仮称は「阿部野橋ターミナルビル・タワー館」。
  2. ^ 「あべのハルカス」全体のグランドオープンは同年3月7日となった。
  3. ^ 近畿日本鉄道の発足当時、既に近江鉄道の通称が「近鉄」(おうてつ/きんてつ)だったことから、「近畿日本」ないし「日本鉄道」を公式略称としていた。
  4. ^ これは公式的に「近鉄」の略称を用いた初期の事例である
  5. ^ 三越が営業権を継承し、同年6月より吉祥寺三越および大塚家具として営業開始したが、2006年5月で両店撤退。2007年6月29日にヨドバシカメラマルチメディア吉祥寺がオープン
  6. ^ 最寄り駅に近鉄が乗り入れている店舗でも桜井店、京都店、桔梗が丘店→ショップ桔梗が丘は閉店している。
  7. ^ 1986年に開業したばかりだった橿原店が近鉄大阪線の急行で桜井駅からわずか4分の大和八木駅前にある。
  8. ^ 同百貨店の東京店は、バファローズ優勝時に関東地区でほぼ唯一の優勝セール実施店舗となっていた。また、学生時代からバファローズファンだった佐野正幸は同店(当時は東京近鉄百貨店)に就職後、バファローズ私設応援団長となり、会社側の理解も得て、関東地方をはじめとした各地の球場で応援活動を続けていた。
  9. ^ 2017年現在、近畿地区には「ジェイアール西日本伊勢丹」の2店(ジェイアール京都伊勢丹・ルクア1100内のイセタンショップ)のみであるが、後者はJR大阪三越伊勢丹時代も巨人優勝セールの実施はない
  10. ^ 阪神電気鉄道直系である阪神百貨店と、阪神電鉄・阪神球団から許諾を得た大丸ダイエー甲子園店など関西圏の一部店舗。南海の買収による球団競合時代も許諾を得て継続)は「タイガース優勝セール」と表現できていた(大丸と経営統合で同系となった松坂屋は、元々愛知県が発祥のため中日ドラゴンズの応援セールを開催)が、それ以外は阪神電鉄・阪神球団の許諾を得られず、直接に「タイガース優勝セール」とは表現できず、「大阪バンザイセール」などの名称で実施。1985年の阪神優勝時は鉄道・野球・百貨店事業のいずれも競合していたため「阪神優勝セール」は行われなかった。
  11. ^ 阪神電気鉄道と読売新聞グループ本社は、無協約時代にはタイガースとジャイアンツの球団株式を相互に持ち合っていた(現在は協約で禁止されている)他、読売新聞大阪進出には阪神電鉄が社屋用地を仲介し、日本テレビの『ズームイン!!朝!』で放送された「プロ野球いれコミ情報」で読売テレビが阪神タイガースを応援するなど、企業としての阪神グループと読売グループは比較的良好な関係である。

出典編集

  1. ^ 大輪会(だいりんかい)とは - 泉佐野丘陵緑地公式サイト内のページ。
  2. ^ 京都近鉄の創業一族退任/近鉄百貨店が役員人事”. 四国新聞. 2021年10月13日閲覧。
  3. ^ “H2Oと近鉄百 情報システムで提携”. 産経新聞 (産経新聞社). (2011年8月11日) 
  4. ^ 株式会社近鉄百貨店「「地域商社事業“発”の名産品」第一弾誕生 地域共創型の百貨店として本格始動」(2018年11月15日)
  5. ^ a b c d 業務組織の改正、役員担当業務の変更および人事異動のお知らせ - 株式会社近鉄百貨店(2021年5月28日)
  6. ^ a b 近鉄百貨店各店で大阪・関西万博公式ライセンスグッズを期間限定で販売します ~10月6日(水)から上本町店、奈良店、橿原店、和歌山店、四日市店でも販売スタート~ - 株式会社近鉄百貨店(2021年10月5日)
  7. ^ 近鉄百貨店、衣料品売り場3割減 あべのハルカス改装 - 日本経済新聞(2021年9月16日)
  8. ^ 『近畿日本鉄道 80年の歩み』近畿日本鉄道、1990年。
  9. ^ 近畿日本鉄道 『最近20年のあゆみ』、1980年、371頁。 
  10. ^ 高度経済成長期の輸送力増強 近鉄資料館(近畿日本鉄道) 2021年9月27日閲覧
  11. ^ 中学生から事情聴く 脅迫状の指紋が一致『朝日新聞』昭和49年(1974年)9月26日夕刊、3版、9面
  12. ^ あべのハルカスの場所 写真で振り返る10年前の風景 THE PAGE 2017年10月29日
  13. ^ a b “大阪周辺百貨店 テコ入れ急ぐ”. 日本経済新聞. (2012年2月24日). https://r.nikkei.com/article/DGXNASHD0800E_T20C12A2LDA000 2020年10月16日閲覧。 
  14. ^ ショップ桔梗が丘 | 名張市桔梗が丘1番町1街区2番1 近鉄ブラザ桔梗が丘 内 (近鉄百貨店 ショップ桔梗が丘 閉店のお知らせ)
  15. ^ 近鉄とあべのの歴史|ギャラリー|あべのハルカス
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  18. ^ 谷内正往. “戦前のターミナルデパート‐大軌百貨店(現、近鉄百貨店上本町店)の開業”. 梅信 No.569 (近畿大学通信教育部教務学生課) (2012-2-1). 
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  33. ^ 「プロ野球トレード史Ⅱ」ベースボール・マガジン社1992年。一例として千葉茂の近鉄監督就任、長嶋茂雄立教大学の先輩である西本幸雄の近鉄監督就任、淡口憲治有田修三香田勲男阿波野秀幸といった主力選手同士の交換トレードなど。
  34. ^ 【近鉄百貨店】「オリックス・バファローズ応援セール」を開催します (PDF)”. 近鉄百貨店(近鉄グループホールディングス) (2021年10月14日). 2021年10月14日閲覧。

外部リンク編集