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アグネス・チャン

アグネス・チャン(本名:陳美齡、英語:Agnes Meiling Kaneko Chan、広東語:チャン・メイリン、北京語:チェン・メイリン、日本名:金子 陳 美齢(かねこ チャンメイリン)、1955年8月20日 - )は、香港歌手エッセイストカトリック教徒で、「アグネス」は洗礼名である[1]。中学・高校は、香港島の高級住宅街Blue Pool Roadに立つカトリック系ミッションスクール、メリーマウント中學(中国語:瑪利曼中學)[2]卒業、トロント大学卒業。1992年6月スタンフォード大学大学院教育学博士課程を修了。1994年には博士号が授与された[3]。初代日本ユニセフ協会大使(UNICEF国内大使)を経て、2016年より国際連合 (UN) の機関である国際連合児童基金 (UNICEF) の東アジア太平洋地域親善大使(UNICEF地域大使)。血液型AB型。初代「ほほえみ大使」も務める[4]

アグネス・チャン
Agnes Chan cropped 1 John Roos Susan Roos Agnes Chan and Ken Hayami 20100225.jpg
基本情報
繁体字 陳 美齡
簡体字 陈 美龄
漢語拼音 Chén Měilíng
注音符号 ㄔㄣˊ ㄇㄟˇㄌㄧㄥˊ
粤拼 Chan4 Mei5 ling4
出身地 香港の旗 イギリス領香港
生誕 (1955-08-20) 1955年8月20日(63歳)
香港 イギリス領香港
国籍 イギリスの旗 イギリス
英語名 Agnes Chan
職業 歌手タレントエッセイスト教育学博士
活動期間 1972年 -
配偶者 金子 力
子供 3男
祖籍 中華人民共和国の旗 中国広東省東莞市
公式サイト http://www.agneschan.gr.jp/ http://ameblo.jp/agneschan/

目次

概要編集

1972年、代表曲の一つである「ひなげしの花」で、日本での歌手デビューを果たす。高く澄んだ歌声と愛くるしいルックス、たどたどしいが一生懸命日本語で歌う姿が受けて、一躍人気アイドルとなった。日本ではその後も「草原の輝き」、「小さな恋の物語」、「星に願いを」、「ポケットいっぱいの秘密」、「愛の迷い子」、「恋人たちの午後」「白いくつ下は似合わない」、香港における「The Circle Game」「香港香港」、「雨中のカーネション」などヒット曲は多く、台湾アメリカ合衆国などでも音楽活動を行っている。歌手としての活躍のほか、1998年には初代日本ユニセフ協会大使に就任。2016年には、ユニセフ・アジア親善大使にするなど、ボランティアやチャリティーなどを通じた社会奉仕や貧困や平和についての発言でも知られている。近年ではピンクリボン運動への参加や、香港浸会大学の客員教授やニュージーランドの高校の学園長などとしての教育活動も行っている。

略歴編集

  • 1971年に『Second Folk Album』と題するオムニバスアルバムでジョニ・ミッチェルの「サークル・ゲーム」を姉のアイリーン・チャンとカバー。シングル化されてヒットした。
  • 1972年には姉と張徹監督の映画『年輕人』『反叛』に出演、映画が配給されたマレーシアタイなどの東南アジアでも人気がでるようになった。
  • 香港のテレビ番組『Agnes Chan Show』のゲストとして知り合った平尾昌晃によって日本に紹介され、1972年11月25日ワーナーパイオニア(現ワーナーミュージック・ジャパン)より「ひなげしの花」でデビュー。当初の衣裳はロングであったが、翌年ミニスカートに変えて人気が急上昇した。
  • 1973年7月発売の「草原の輝き」が大ヒット、同年12月に第15回日本レコード大賞新人賞を受賞。
  • 1973年10月発売の「小さな恋の物語」が自身最大のヒット曲となり、初のオリコンチャート1位を獲得した。
  • 1973年大晦日、『第24回NHK紅白歌合戦』に「ひなげしの花」で初出場。その後も1974年第25回1975年第26回まで、『NHK紅白歌合戦』へは3年連続3回出場した。
  • 1974年3月、「草原の輝き」が春の選抜高等学校野球大会入場行進曲に選ばれる。また、ブロマイドの売上成績第1位を獲得。この頃のコンサートではバックバンドに鈴木慶一ムーンライダーズ、司会は植田芳暁を起用していた。1976年には「恋のシーソーゲーム」でホットケーキがバックをつとめ、さよならコンサートなどのコンサートに参加した。
  • 1974年、上智大学国際学部に入学。父の勧めもあって、1976年に芸能活動を休んでカナダトロント大学へ留学(編入学)。社会児童心理学を専攻。
  • 1978年、トロント大学を卒業。同年8月に日本に戻り、吉田拓郎作曲の歌「アゲイン」で芸能活動を再開する。復帰コンサートツアーのひとつとして、中国人歌手としては初となる日本武道館でのコンサートも行った。レコード会社は次の「やさしさ知らず」からSMSに移籍。
  • 1979年香港で、初の広東語アルバム『雨中康乃馨』を発売。日本ではゴダイゴとのコラボレーションアルバム『AGNES IN WONDERLAND 不思議の国のアグネス』と『ABC Agnes』を発売。
  • 1984年国際青年年記念平和論文に応募し、特別賞を受賞。フジテレビなるほど!ザ・ワールド』の主題曲「愛のハーモニー」から徳間ジャパンにレコード会社を移籍。
  • 1985年、芸能活動のみでなく、ボランティア活動を再開するようになった。4月、北京首都体育館で5万4千人を動員して宋慶齢基金会チャリティーコンサートを開催、中国で記念のベスト盤カセットテープが販売された。
  • 同年、日本テレビの『24時間テレビ』のために、旱魃による食料不足状態にあったエチオピアを取材。単に悲惨な情況を伝えるだけでなく、「ロンドン橋落ちた」の替え歌アムハラ語で歌って現地の子供と交流する様子も伝えられた[5]
  • 1986年、元マネージャーの金子力(現所属事務所トマス・アンド・アグネス社長)と結婚し、カナダで長男を出産した。
  • 同年、1985年度の日本女性放送者懇談会賞を受賞[6]
  • 1987年、テレビ局などへ生後まもない長男を連れて行ったことを林真理子が批判した。これを端初にアグネス論争が起こる。「アグネス」が新語・流行語大賞大衆賞を受賞するほどの社会的論争となり、男女雇用機会均等法成立の時期ともあいまって、日本の働く母親、女性の立場を再考させるきっかけとなった。
  • 1988年飛鳥涼(現ASKA)作詞・作曲の歌「LIFE」でポニーキャニオンに移籍。
  • 1989年には、米国スタンフォード大学教育学部博士課程に留学、現地で次男を出産。
  • 1990年、留学の合間をぬって帰国、親子のペアファッション・ブランド、DEAR AGNESを発表。
  • 1991年、「幸せなのになぜ涙がでるのは」は7万部を越えるヒットとなった。
  • 1992年10月には、東京カザルスホールにて、20周年記念コンサートを行う。
  • 1994年東京大学とスタンフォード大学の卒業生の10年後の姿を調査し、日米両国の男女間格差の実態をまとめ、教育学博士号(Ph.D.)を取得した。この時の論文は『この道は丘へと続く』と題して2003年に日本でも翻訳出版されている。
  • 1994年目白大学の助教授に就任(2008年現在は客員教授)。国際コミュニケーション学を担当する。
  • 1996年、香港にて三男を出産。その後もエッセイスト、共栄大学客員教授として日本全国で講演を続けた。
  • 1998年、初代日本ユニセフ協会大使に就任(後述)。同年、タイの児童買春の現状を視察。帰国後、様々なマスコミを通してその現状を訴え、翌年の『児童買春・ポルノ禁止法』成立の原動力となった。
  • 1999年日本ユニセフ協会大使として、スーダンを視察。帰国後は、子供兵士の実態を報告。2000年には、東西ティモール、2001年には、フィリピンを視察し、紛争の犠牲になった子供たちの実態や児童労働問題を広くマスコミに訴えた。
  • 2000年には日本クラウンに移籍し、ロングヘアをやめてイメージチェンジして、「この身がちぎれるほどに」を歌うなど、ムード歌謡の分野で歌手活動に力を入れるようになった。
  • 2002年、小説『パーフェクト・カップル』、『銃弾の指輪』を出版し、作家活動も開始した。翌年には月刊『すばる』に短編小説の連載もしている。
  • 2003年終戦後のイラク2005年スーダンダルフール地方を訪問し、平和への思いを強くする。
  • 2005年にリリースした、初のセルフカバー曲『草原の輝き2005』はアサヒ飲料十六茶コマーシャルに使われた。9月に発売された『しあわせの花』は、手話を取り入れた振り付けで歌った。10月には広島大学の主宰する「ペスタロッチー教育賞」の14回目を受賞。
  • 2006年2月、ジャッキー・チェンとのデュエット曲を含む英語盤CD『Forget Yourself』[7]をアメリカで発売した。12月には日本デビュー35周年を記念するコンサートの第1弾が行われた。年末に香港で唾液腺腫瘍の摘出手術を受けるも、その後早くも年明けから芸能活動を行う。
  • 2007年
    • 「そこには幸せがもう生まれているから」など、平和をテーマに山本伸一作詞、自から作曲した3作のシングル(うち1作は2008年発売)とアルバム、それに2作の著作を出した。また、日本各地で日本デビュー35周年のコンサートツアーが行われており、2008年までに「世界へ届け、平和への歌声」のコンサートを112回開催した。
    • 10月31日、北京人民大会堂で同会場初のポップス系の楽曲でチャリティーコンサートを行った。この前に初期の乳ガンが発見され、摘出手術を受けた。
    • 11月、民主音楽協会にコンサートツアーの実績が認められ、「民音文化賞」を受賞。
  • 2008年
    • 9月、(財)日本対がん協会「ほほえみ大使」に就任。自分の乳がん体験から、日本全国で催されている「リレー・フォー・ライフ」、「ピンクリボン運動」にも参加。
    • 12月、それまで続けて来た「歌で平和を」の活動が認められ、第50回日本レコード大賞特別賞を受賞。
  • 2009年 9月、ブログ「アグネスちゃんこ鍋」を開設。
  • 2010年
    • 2月、日本ユニセフ協会大使としてソマリアの現状を視察するため、ソマリア北部ハルゲイサを訪問。危険に遭遇した場合に備え、それまでで3度目となる遺書を記した[8]。ソマリアの北部はソマリランドとして事実上独立しており、外務省ではソマリア内戦が続く中にあって比較的安定している地域としながらも、ソマリア全土に最高の危険度を指定している[9]
    • 3月、日本武道館に民主音楽協会主催によるコンサートを32年ぶりに行い、ヒット曲のメドレーなど懐かしい曲を披露し、2月に視察を行ったソマリアの子どもたちへの思いを込めて作詞作曲した「小さな祈り」[10] も披露した。
    • 4月、AICニュージーランド校AICJ中学校・高等学校姉妹校)の学園長に就任。
    • 10月、初のプロデュース活動として、ローラ・チャンを「ひなげしの花」でデビューさせる旨を発表。
    • 10月27日「ユニセフ新戦略=僻地の子を最優先に」(読売ホール)にてソマリアの視察報告を行い、今後の人道支援のあり方をテーマにシンポジウムを行う。
    • 11月、デビュー曲のアンサーソング「あの丘で」をリリース。
  • 2011年
  • 2012年
    • 日本対がん協会主催、リレー・フォー・ライフ横浜in山下公園実行委員長に就任
    • 4月にユニセフミッションでブータン王国を訪ね、「幸せの国」の子供達の現状を視察、テレビ、新聞、雑誌で現状を報告した。
    • 11月にパレスチナをユニセフミッションで訪問。パレスチナとイスラエル問題で揺れる子供達の生活を視察し、広く国内で報告を行った。
    • 日本デビュー40周年の記念曲「午後の通り雨」、CDボックス『Always Agnes 〜アグネス・チャン・ワーナー・イヤーズ・コレクション 1972-1978〜』が発売された。
  • 2013年
    • 4月にユニセフミッションでナイジェリアを視察し、貧富の差で苦しむ子供達の現状をマスコミに広く報告した。
  • 2014年
    • 4月にユニセフミッションで中央アフリカ共和国を視察し、宗教間での争いで被害に遭っている子どもたちの現状をマスコミに広く報告した。
    • 5月に香港浸会大学客員教授として、集中講義を実施。
    • 7月にロングセラーシリーズの第4弾「わたしもぼくも地球人〜みんな地球に生きるひとpart4〜」が岩波ジュニア新書から発売。
    • 9月に新書「女性にやさしい日本になれたのか〜終わらないアグネス子育て論争〜」が潮出版社から発売。
    • 9・11月に香港浸会大学客員教授として、講義を行う。
  • 2015年
    • 3月に香港浸会大学にてアグネス・チャン写真展開催。
    • 4月にユニセフミッションで南スーダンを海外視察。内戦による少年兵の解放・復学の支援状況を報告。
    • 6月、自身のブログで右目の硝子体剥離を告白[13]
    • 同月、新曲「プロポーズ」を発売。また、「リ・プロポーズ推進大使」にも就任し、大使としてこれ以降幾多のブライダル・イベントに参加。
    • 8月1日、香港體育館にて催された「華仁書院チャリティーコンサート」に出演。 
    • 20日には還暦誕生日イベントをデビュー時の思い出深い場所である銀座ケネディハウスで開催。自身がプロデュースした赤いミニ丈ウェディングドレスを身に纏い「還暦アイドル」宣言をした。
    • 12月にパブラボから新刊「ひなげしの終活」を発売。
  • 2016年
    • 1月に香港浸会大学にて特別授業。
    • 3月7日、ユニセフ協会大使を退任し、同日にユニセフよりアジア親善大使を任命される[14]
    • 3月18~23日、ユニセフ・東アジア太平洋地域親善大使として初のミッションでフィジーを視察し、タイフーン被害の状況を報告。
    • 3月30日新刊「スタンフォード大に三人の息子を合格させた50の教育法」を朝日新聞出版から発売。
    • 4月にネットニュースで自身初の連載「ニュース・ソクラ」が開始。
    • 6月にユニセフミッションで20回目の海外視察としてグアテマラ訪問。児童の発育阻害状況を報告。
    • 7月に香港で「スタンフォード大に三人の息子を合格させた50の教育法」の翻訳本「50個教育法 - 我把三個兒子送入了 -」が香港三聯書店から発売。
    • 11月25日、本デビュー 45周年を迎える。
    • 11月30日 「朗らかに」45周年コンサートツアーが名古屋・日本特殊陶業市民会館からスタート。
  • 2017年
    • 2月に香港浸会大学にて授業。
    • 3月に「朗らかに」45周年コンサートツアーで函館・室蘭・苫小牧・小樽・札幌・帯広・釧路の北海道7都市を渡って公演した。
    • 4月にユニセフミッションでシリアを海外視察。内戦に由って難民となった子供たちの窮状を報告。
    • 4月26日、香港で中国語と英語で書かれた教育関係者向けの学術本「40個教育改革提案」が香港三聯書店から発売。上海、北京での発売記念イベントを開催。
    • 5月に「朗らかに」45周年コンサートツアーで東京・中野サンプラザ公演を催した。
    • 6月に中国語で書いた自伝本「人生的38個啓示 ~陳美齢自傅」が香港三聯書店から発売。香港、台湾などで発売記念イベントを開催。
    • 9月に自伝本「人生的38個啓示 ~陳美齢自傅」が香港の文学賞「金閲奨」を受賞。
    • 11月に台湾の女性誌「女人迷」のシンポジウム講演を台北で行った。
  • 2018年
    • 2月、台湾の書展「鰧飛創意ーー香港2018」に文化大使として出席。日本での新刊「子育てで絶対やってはいけない35のこと」が三笠書房から発売。また、香港では新冠番組「美齢的幸福弁当」のロケが始まる。
    • 3月に長男の結婚披露宴が25日に台北、28日に東京、31日に香港にて催された。
    • 4月に子連れ論争を契機に国内でのライフスタイル改革の起因をもたらし、児童教育学博士の見地から書かれた幾多の著書で子育ての大切さを説き、多年に渡るUnicefでの海外視察などでは世界の子供たちの窮状を広く内外に知らしめることに寄りより多くの支援を求めるなど、「我が国の国際的地位及び児童福祉の向上に寄与[15]」したことが認められ春の叙勲で旭日小綬章を受章。

活動編集

UNICEF東アジア太平洋地域親善大使編集

 
2010年2月25日、駐日アメリカ合衆国大使ジョン・ルース(左から1人目)、大使夫人スーザン・ルース(左から2人目)、日本ユニセフ協会専務速水研(右から1人目)と

1998年、アグネスは日本ユニセフ協会の大使に就任した。日本ユニセフ協会は、現在先進国を中心に36の国と地域に設置されているユニセフ協会(国内委員会)の一つ。各国内委員会は、ユニセフ本部との協力協定に基づき、募金活動、広報活動、アドボカシー活動(政策提言)に取り組んでいる。

就任後、これまでにタイ南スーダン、東西ティモール、フィリピンカンボジアイラクスーダンレソトモルドバインド中国ブルキナファソソマリアブータンイスラエルナイジェリア中央アフリカ共和国を公式訪問し、現地の子どもたちの窮状を伝えるほか、『わたしが愛する日本』などの著作で、日本の平和を目指す提言を行っている。

その功績が「国際連合児童基金」(UNICEF)本部に認められ、2016年3月に、UNICEFの東アジアおよび太平洋地域の地域大使である東アジア太平洋地域親善大使(UNICEF Regional Ambassador for East Asia and the Pacific Region)に任命された[16]

なお、アグネスがかつて務めた「日本ユニセフ協会大使」(国内大使)は、「財団法人日本ユニセフ協会」という日本の公益財団法人民間団体)が任命する称号であった。それに対して、現在アグネスが務める「ユニセフ地域親善大使」は、UNICEF(国連機関)が任命する称号である。

児童ポルノ批判編集

アグネスは、児童ポルノの被害者を実際にタイ、カンボジア、フィリピンの現状を見て、児童ポルノに関して厳しい立場をとっている。2008年3月11日には自民党森山眞弓元法務大臣と共に、「児童ポルノの単純所持禁止」という声明を発表。政府、国会に意見を求めている。

エピソード編集

  • 6人兄弟の3女。
  • アメリカンスクールに通っていた頃、英語が堪能だった先輩の南沙織とは仲が良く、彼女の引退直前にはインタビューもされている。
  • 彼女の父の口癖は「迷ったら、一番険しい道を選びなさい」「裏切られたひとの幸せを祈りなさい」だった[17]
  • デビュー曲「ひなげしの花」の歌い出し(♪丘の上ひなげしの花で~)は「オッカノウエ~」と歌っているが、「オーカノウエ~」と歌うようレコーディングの際にディレクターに指示されるも、何度か歌っても結局「オッカノウエ~」となるので、このままレコード化され、結果歌い方にパンチがあると評価された。[18]
  • 1976年に芸能活動を休止し、トロント大学に留学したのは父の勧めであったという。しかし父は翌1977年に死去し、大学を卒業する姿を見せることはできなかった。
  • 2007年10月の北京でのチャリティコンサートは、9月開催の予定が延期となり、その時に空いたスケジュールで受けた検査で乳ガンが発見された。10月に摘出手術を受けて無事成功し、わずか1週間で芸能活動を再開している。
  • 2007年に発表した平和をテーマにした曲の第1弾は、自らピアノを弾きながら詞にメロディーをつけた「そこには幸せがもう生まれているから」[19]。続く「ピースフルワールド」、「朗らかに」をリリース。いずれもアグネスが作詞しており、「みんな地球に生きるひと」など、平和をテーマにしたこの3曲のカップリング曲はすべて彼女の詞である。
  • 1985年には広尾に自宅を購入。リビング・ルームは事務所の会議室も兼ねるため、人が集まる「運命の場所」だという考えから、風水を取り入れて広めに設計した。
  • 家庭では子供たちが納得するまで最長8時間説教したことが学びの場.comで公表されている[20]
  • 乳がんの薬の副作用で増えた体重を抑えるために、「エア縄跳び」を始めている[21]
  • 日本中央競馬会 (JRA) の馬主渡辺孝男は、自身の娘2人がアグネス・チャンのファンだったことに由来し、所有馬の冠名に「アグネス」と付けるようになった[22]

音楽編集

シングル編集

# 発売日 タイトル 作詞 作曲 編曲
1970年代
1 1972年
11月25日
ひなげしの花 山上路夫 森田公一 馬飼野俊一
2 1973年
4月10日
妖精の詩 松山猛 加藤和彦 馬飼野俊一
3 1973年
7月25日
草原の輝き 安井かずみ 平尾昌晃 馬飼野俊一
4 1973年
10月25日
小さな恋の物語 山上路夫 森田公一 馬飼野俊一
5 1974年
2月25日
星に願いを 安井かずみ 平尾昌晃 馬飼野俊一
6 1974年
6月10日
ポケットいっぱいの秘密 松本隆 穂口雄右 東海林修
キャラメル・ママ
7 1974年
9月10日
美しい朝がきます 安井かずみ 井上忠夫 馬飼野俊一
8 1974年
12月21日
愛の迷い子 安井かずみ 平尾昌晃 馬飼野俊一
9 1975年
3月25日
恋人たちの午後 山上路夫 森田公一 馬飼野俊一
10 1975年
6月10日
はだしの冒険 松本隆 平尾昌晃 馬飼野俊一
11 1975年
8月25日
白いくつ下は似合わない 荒井由実 あかのたちお
12 1975年
12月10日
冬の日の帰り道[23] 小泉まさみ 竜崎孝路
13 1976年
4月10日
恋のシーソー・ゲーム 落合恵子 井上忠夫 東海林修
14 1976年
8月10日
夢をください 山川啓介 小泉まさみ 佐藤準
15 1977年
4月25日
心に翼を下さい 松本隆 加瀬邦彦 船山基紀
16 1977年
8月25日
少し待ってて 三浦徳子 梅垣達志
17 1977年
11月25日
花のささやき[24] 音羽たかし C.Donida 船山基紀
18 1978年
8月25日
アゲイン 松本隆 吉田拓郎 松任谷正隆
19 1978年
11月25日
やさしさ知らず 松本隆 松任谷正隆
20 1979年
3月30日
鏡の中の私 奈良橋陽子
山上路夫
タケカワユキヒデ ミッキー吉野
21 1979年
7月25日
100万人のJabberwocky 奈良橋陽子
三浦徳子
タケカワユキヒデ ミッキー吉野
22 1979年
11月25日
春不遠 喜多條忠 鈴木キサブロー 大村雅朗
1980年代
23 1980年
4月25日
ぼくの海 岡田冨美子 アグネス・チャン 戸塚修
24 1980年
10月21日
シャイン・オン・ミー 竜真知子 佐瀬寿一 岡田徹
25 1981年
3月30日
原野牧歌 門谷憲二 黄仁清 大村雅朗
26 1981年
8月21日
愛の呪文 アグネス・チャン 森田公一 天野正道
27 1982年
6月21日
24時間のララバイ 尾関昌也 尾関裕司 上田薫
28 1983年
3月30日
小さな質問 山崎ハコ 石川鷹彦
29 1983年
12月16日
Lady Of The Wind 三好礼子 久保田早紀 山川恵津子
30 1984年
11月25日
愛のハーモニー 安井かずみ 加藤和彦 奥慶一
31 1985年
6月25日
帰って来たつばめ 喜多條忠 アグネス・チャン 葦沢聖吉
32 1985年
10月25日
愛がみつかりそう 安井かずみ 加藤和彦 国吉良一
33 1986年
5月25日
Thanks マイ・フレンド 神沢礼江 小林明子 大村雅朗
34 1988年
8月31日
LIFE 飛鳥涼 矢賀部竜成
1990年代
35  1992年
9月18日
好きになってもいいですか 渡辺なつみ アグネス・チャン 山川恵津子
36 1994年
7月1日
鳥の幸せ[25] 木村明子
アグネス・チャン
アグネス・チャン 山川恵津子
2000年代
37 2000年
6月21日
この身がちぎれるほどに
-Lovin' you is killin' me-
荒木とよひさ 三木たかし 若草恵
38 2001年
4月25日
忘れないで
-time to say goodbye-
荒木とよひさ 三木たかし 若草恵
39 2001年
9月21日
私小説
-my love story-
荒木とよひさ 三木たかし 若草恵
40 2002年
7月21日
香港国際空港[26] 秋元康 平尾昌晃 矢野立美
41 2003年
4月23日
愛のゆくえに 荒木とよひさ 平尾昌晃 若草恵
42 2003年
10月22日
心の旅人 荒木とよひさ 三木たかし 若草恵
43 2004年
6月23日
2番目のしあわせ 秋元康 平尾昌晃 矢野立美
44 2005年
4月1日
草原の輝き2005 安井かずみ 平尾昌晃 川口真
45 2005年
9月21日
しあわせの花 渡辺なつみ 田尾将実 川口真
46 2007年
3月7日
そこには幸せが
もう生まれているから
山本伸一 アグネス・チャン 川口真
47 2007年
8月3日
ピースフル ワールド 山本伸一 アグネス・チャン 坂本昌之
48 2008年
3月5日
朗らかに 山本伸一 アグネス・チャン 若草恵
49 2008年
9月3日
この良き日に アグネス・チャン 若草恵
50 2009年
9月2日
あなたの忘れ物 アグネス・チャン 鈴木慶一
2010年代
51 2010年
11月3日
あの丘で カシアス島田 高原兄 岩室晶子
52 2012年
8月8日
午後の通り雨 石原信一 川口真
53 2015年
6月3日
プロポーズ 及川眠子 都志見隆 船山基紀
その他のシングル

アルバム編集

  • 1971年、Will the circle game be unbroken
  • 1972年、ORIGINAL (1) 、ひなげしの花、With Love from Agnes、All I Want For Christmas Is My Two Front Teeth
  • 1973年、花のように、星のように、草原の輝き、FLOWER CONCERT
  • 1974年、アグネスの小さな日記、あなたとわたしのコンサート、燕飛翔
  • 1975年、あなたにありがとう、小さな恋のおはなし、ファミリー・コンサート、はじめまして青春、Loving Songs、我在戀愛
  • 1976年、Mei Mei いつでも夢を、また逢う日まで、愛人那裡去尋找、AGNES CHAN、愛のメモリアル
  • 1977年、How are you? お元気ですか、私の恋人、カナダより愛をこめて
  • 1978年、Happy Again、ヨーイドン
  • 1979年、AGNES IN WONDERLAND 不思議の国のアグネス、ABC AGNES、雨中康乃馨、美しい日々
  • 1980年、MESSAGE、晨星・情劫・流浪客・問我是誰、歸來的燕子(『台灣旅日紅星2枚組』の内1枚として2002年にCD化)
  • 1981年、Love Me Little Love Me Long、愛的咒語、痴戀・忘憂草
  • 1982年、漓江曲、HALF TIME・Cristmas Song Medley
  • 1983年、小さな質問、Girl Friends、願你繼續醉
  • 1985年、愛的Harmony、愛が見つかりそう CITY ROMANCE
  • 1990年、ディア・アグネス・カーペンターズ・コレクション
  • 1992年、世界の童謡子守唄全集I〜V
  • 1997年、陳美齡精選
  • 1999年、世界の子守唄童謡名曲集
  • 2000年、アグネスのたのしいどうよう、アグネスのえいごのうた、Melancholy、LOVE PEACE&FREEDOM
  • 2001年、私小説-My Love Story-
  • 2002年、アグネス・チャン CD-BOX
  • 2005年、Lost & Found-私のもとへ-
  • 2006年、Forget Yourself(アメリカ限定発売。DVD付き)
  • 2007年、世界へとどけ平和への歌声-ピースフルワールド-
  • 2012年、Always Agnes 〜アグネス・チャン・ワーナー・イヤーズ・コレクション 1972-1978〜

映像作品編集

  • 1975年、東宝映画 アグネスからの贈りもの
  • 1997年、歌の妖精 Vol.5(アグネス・チャン、テレサ・テン欧陽菲菲
  • 2001年、アグネス・チャンコンサート2000 リ・インカーネーション〜再会〜
  • 2007年、アグネス・チャン35周年記念コンサート〜世界へとどけ平和への歌声!〜TALK & LIVE

他に、本人出演のカラオケDVD、カラオケLD、カラオケVCDがいくつかある。

みんなのうた編集

  • 1983年 ロバちょっとすねた
  • 1987年 神父さんのパイプオルガン

主要著作編集

  • 1974年、小さな恋のおはなし(ワールドレジャー)
  • 1975年、小さな恋のおはなしPART II(ワールドレジャー)
  • 1976年、小さな恋のおはなしPART III、また逢う日まで(ペップ出版)
  • 1977年、鈴木武樹とアグネス・チャンの英語の時間です(サンリオ)、お元気ですかLOVE LETTER from AGNES CHAN(ペップ出版)
  • 1978年、ハッピー・アゲイン(二見書房)
  • 1979年、不思議の国のアグネス(六興出版)
  • 1980年、HAPPY ENGLISH〜英語は目で覚えよう(集英社)
  • 1983年、アグネス・マイ・中華(誠文堂新光社)
  • 1984年、ひなげし語録(現代出版)
  • 1985年、アグネスの香港指南(講談社)、歌で平和を…。-帰ってきたつばめ-(徳間ジャパン)、E.T.2緑の惑星ストーリーブック(CBS・ソニー出版)、ひなげし語録2 愛が見つかりそう(現代出版)
  • 1986年、不思議の国のアグネス<文庫>(河出書房新社)、
  • 1987年、私の赤チャンネル(フジテレビ出版)、みんな地球に生きるひと(岩波書店)、ひなげし語録<文庫>(三笠書房)、アグネスの中国家庭料理入門(講談社)、アグネス・チャンと世界を語ろう(三修社)
  • 1988年、アグネスの命がいっぱい(小学館)、アグネスのLOVE JAPAN(南雲堂)、"子連れ出勤"を考える(岩波書店)
  • 1989年、アグネスの体験的国際交流論(日本放送出版協会)、愛、抱きしめて(現代書林)、COSMO READINGS 心をこめて アグネス(南雲堂)、ツバメの来た道(中央公論社)、アグネスの香港指南<文庫>(講談社)
  • 1990年、アジアのことが気にならないあなたに(共著)(めこん)、ごめんなさいがいえなくて(産研)
  • 1991年、幸せなのになぜ涙がでるの(労働旬報社)
  • 1992年、スタンフォードの朝(日本文芸社)
  • 1993年、不思議の国のOLたち(にっかん書房)、A TALK WITH AGNES CHAN(南雲堂)、新しい女(読売新聞社)
  • 1994年、ママ、博士にならなくてもいいよ(朝日新聞社)、お母さんの子育て心理学(労働旬報社)
  • 1995年、大人だって泣いていい(小学館)、Dr.アグネスのポジティブ育児(立風書房)
  • 1996年、アグネスのおやつですよ(主婦と生活社)、みんな地球に生きるひとPart2(岩波書店)、KEEP ON SMILING(南雲堂)、いじめない いじめられない いじめさせない(労働旬報社)、かわうそオリバーとゆかいななかま1~4(訳)(学研)
  • 1997年、アグネスの 旅 香港指南(扶桑社)、アグネスの英語で世界を考える(筑摩書房)、白い靴下はもう似合わない(実業之日本社)
  • 1998年、タギーへの手紙(訳)(佼成出版社)、アグネスのナチュラル薬膳-きれいになるレシピ35(新声社)、ねがいをのぼる太陽に(訳)(日本航空文化事業センター)
  • 1999年、アグネスが教える とっさのひとこと 中国語(ロングセラーズ)、THE ROAD WONGS UPHILL ALL THE WAY(The MIT Press)、木からのおくりもの(学習研究社)、アグネスのファミリー・フィッシング入門(ラジオ短波出版)、みんな未来に生きるひと(旬報社)
  • 2000年、アグネスの「子育てはTWO WAY」(佼成出版社)
  • 2001年、ねことねずみ(訳)(講談社)、アグネスのポジティブ育児(成美堂出版)
  • 2002年、パーフェクト・カップル(幻冬舎)、銃弾の指輪(幻冬舎)、アグネス・チャンのやさしい中国料理(ブティック社)
  • 2003年、戦争と平和 そして子どもたちは…(オリコン・エンタテインメント)、この道は丘へと続く〜The Road Winds Uphill All The Way(共著)(共同通信社)
  • 2004年、わたしの先生(岩波ジュニア新書)、アグネスの世界に乾杯!(東京ニュース通信社)、わたしが愛する日本(かもがわ出版)、小さな命からの伝言(新日本出版社)
  • 2005年、「結婚生活」って何?(共著)(講談社)
  • 2006年、アグネス流エイジング薬膳デトックス(家の光協会)、花とカラーの誕生日メッセージ(共著)(EH春潮社)
  • 2007年、みんな地球に生きるひとPart3(岩波書店)、わたしの失敗II(共著)(文藝春秋)、しあわせを見つける マザー・テレサ26の愛の言葉(主婦と生活社)、家族ってなんだろう(共著)(佼成出版社)、差別のない世界を作る(国際社会のルール3)(旬報社)、アグネス・チャンの命を育むスープ(主婦の友社)
  • 2008年、アグネスのはじめての子育て(近代映画社)、そこには幸せがもう生まれているから(潮出版社)、東京タワーがピンクに染まった日(現代人文社)
  • 2009年、楽しい中国語(ロングセラーズ)
  • 2013年、ブータン 幸せの国の子どもたち(東京書籍)
  • 2014年、わたしもぼくも地球人〜みんな地球に生きるひとpart4〜(岩波ジュニア新書)、女性にやさしい日本になれたのか〜終わらない「アグネス子育て論争」〜(潮出版社)
  • 2015年、ひなげしの終活 -人生の最期にどんな記号を付ける?-(パブラボ)
  • 2016年、スタンフォード大に三人の息子を合格させた 50の教育法(朝日新聞出版)

出演編集

現在のレギュラー番組編集

テレビ編集

ラジオ編集

過去のレギュラー番組編集

テレビ編集

準レギュラー編集
NHK紅白歌合戦編集
  • 1973年 第24回(初出場)「ひなげしの花」
  • 1974年 第25回(2年連続2回目)「ポケットいっぱいの秘密」
  • 1975年 第26回(3年連続3回目)「愛の迷い子」

ラジオ編集

インターネット番組編集

ドラマ編集

CM編集

テレビCM編集

CMソングのみ編集

脚注編集

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  1. ^ アグネス・チャンさん、マザー・テレサの本を出版 2007年09月24日13時40分 asahi.com
  2. ^ [1]
  3. ^ アグネス・チャン プロフィール
  4. ^ 日本対がん協会
  5. ^ 2010年3月12日 日刊ゲンダイ『「人生を変えた運命の出会い“アグネス・チャン”」と「徳永瑞子さん(看護師、NGO“アフリカ友の会”代表)」』
  6. ^ 歴代受賞者”. 日本女性放送者懇談会 SJWRT. 2016年6月21日閲覧。
  7. ^ アーカイブされたコピー”. 2006年11月4日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2006年11月4日閲覧。
  8. ^ “アグネス残す3度目の遺書…ユニセフ大使ソマリア出発”. スポーツ報知. (2010年2月16日) 
  9. ^ 海外安全ホームページ”. 外務省. 2010年11月8日閲覧。
  10. ^ “日本ユニセフ協会からのお知らせ” 
  11. ^ アグネス・チャンが1000万円寄付 2011年3月19日『日刊スポーツ』
  12. ^ 中村雅俊感動鞠躬謝港人 2011年4月3日『星島日報』
  13. ^ アグネス、右目の硝子体剥離に「ダマしダマしに毎日明るく頑張る」”. スポニチ (2015年6月27日). 2015年6月29日閲覧。
  14. ^ アグネス、アジア親善大使に 世界各地の児童惨状伝える”. スポニチアネックス (2016年3月7日). 2016年3月7日閲覧。
  15. ^ 「平成30年春の外国叙勲 受章者名簿」(平成30年4月29日付け発令) 内閣府 の18頁、功労概要より
  16. ^ http://www.unicef.or.jp/news/2016/0060.html
  17. ^ アグネス・チャンさん「人はすでに誰かのためになっている」”. 健康情報誌 遊和 公式サイト. 2014年12月9日閲覧。
  18. ^ 自叙伝「ツバメの来た道」より
  19. ^ Forum21 2008-1-1 信濃町探偵団―創価学会最新動向
  20. ^ アグネス・チャン 教育学博士、そして母として語る〜子どもは自信を持てば、どんどん伸びていきます。[リンク切れ]」 内田洋行 教育総合研究所、2009年3月4日。
  21. ^ 八尾市立病院開院60周年記念対談(アグネス・チャンさん)”. 大阪府八尾市ホームページ (2010年10月2日). 2014年12月9日閲覧。
  22. ^ 『優駿』、日本中央競馬会、2000年7月、 87頁
  23. ^ B面に収録された「ハロー・グッドバイ」は、後に「ハロー・グッバイ」と改題され、様々なアーティストにカバーされている。特に1981年に発売された柏原芳恵(当時は柏原いくえ名義。)によるカバーシングルは、オリコン最高6位を記録するヒット曲となった。
  24. ^ ウィルマ・ゴイクの「In un fiore」のカバー。
  25. ^ 第48回「愛鳥週間・全国野鳥保護のつどい」のテーマソングとして使用された。
  26. ^ 平尾昌晃とのデュエット。
  27. ^ 香港デビュー盤。
  28. ^ アグネス大学公式サイト
  29. ^ アグネス・チャンと天地真理をモデルにしたフィギュアが発売されていた。このほかにも同世代のアイドルをモデルにしたフィギュアなども発売されている。

関連文献編集

  • アグネス・チャン、チャック・ウイルソンピーター・バラカン「日本の若い奴らに礼儀教えます」『文藝春秋』62巻10号、1984年9月、460-467頁。
  • アグネス・チャン、梁泰昊「国籍は、どうってことないの」『世界』480号、1985年10月、209-222頁。
  • 大和田滝恵「これが『新大学改革か』――アグネス・チャンを客員講師にした信州大経済学部教官公募の内幕」『朝日ジャーナル』28巻9号、1986年3月7日、11-15頁。
  • アグネス・チャン「アグネス・バッシングなんかに負けない」『中央公論』102巻12号、1987年10月、244-251頁。
  • 竹内好美「林真理子のアグネス・チャン批判――『会社に託児所』を要求しない働く女性の論理」『朝日ジャーナル』30巻21号、1988年5月27日、84-86頁。
  • 「連載 親子のカタチ 88」『週刊朝日』2008年3/21、65-69頁。
  • 「即興政治論 希望の窓を開かせよう」『東京新聞』2008年4月15日。
  • 「アグネス子連れ論争から20年」『AERA』2008年5/26、18-19頁。
  • 「安藤優子の 私の人生の師匠たち」第15回『marisol』2008年、175-179頁。
  • 「更年期のクスリ」『STORY』2008年9月、275-277頁。
  • 「ピンクリボン特集2008」『AERA』2008年10/6。
  • 「沁みる歌ひとつ『この良き日に』」『ミュージックスター』vol.216、2008年11月、14-15頁。
  • 「乳がん体験を語る」『読売新聞』2009年1月19日。
  • 「ほほえみ大使として」『ザ・パーム』2009年春号、18-22頁。
  • 「アグネスのブルキナファソ報告」共同通信配信 地方紙各紙(『信濃毎日新聞』2009年5月11日)。
  • 「Burkina Faso: Mining for a better life」『THE JAPAN TIMES』2009年6月30日。
  • 「一歩ずつ世界平和に励む」『毎日新聞』2009年10月14日。
  • 「失敗も楽しめる余裕が持てるようになりました」PHP『ほんとうの時代』2010年3月号、28-30頁。
  • 「悩んだとき、支えにしている父のことば」学研『心に響くあの人のことば』No.2、2010年2月、4-7頁。
  • 「アグネスのソマリア報告」共同通信配信 地方紙各紙(『高知新聞』2010年3月24日)。
  • 「ソマリア現地視察レポート」『週刊女性』2010年3/30号、154-155頁。
  • 「書きかけの履歴書25」光文社『HERS』2010年4月号、113-117頁。
  • 「水の惑星に生まれて〜美しい海と森について〜」-アグネス・チャン客員研究員講演会の報告-『農林水産政策研究だより』VOL.25。
  • 「ソマリア報告 過酷な状況に生きる子どもと女性たち」サンパウロ『家庭の友』2010年6月号、2-9頁。
  • 「STAGEシアター③ アグネス・チャン in 武道館」『月刊歌謡アリーナ』2010年6月号、14頁。
  • 「A glimmer of hope in war-ravaged Somalia」『THE JAPAN TIMES』2010年6月17日。
  • 「今も生き続けるマザー・テレサの愛」『家庭の友』2010年8月号、2-9頁。
  • 「ソマリア視察報告」『UNICEF NEWS』2010年、Vol.226、1-3頁。
  • 「期待される報道の役割」『メディア展望』第587号、2010年12月、1-5頁。
  • 「読者の夢インタビュー」『読売新聞』2012年3月8日。
  • 「ゆるがぬこころ」曹洞宗宗務庁『禅の風』第36号、2011年、33頁。
  • 「スペシャルインタビュー」読売新聞『病院の実力』、2011年、19-21頁。
  • 「明日をひらく③ もっと生きたい」『中学道徳』中学校第3学年用、2012年、154-159頁。
  • 「人生に乾杯!」『週刊朝日』増大号/2012年2月10日、59-63頁。
  • 「ブータン王国視察レポート」『Asahi Weekly』June 17,2012、14頁。
  • 「アグネス・チャンが見た ブータンの幸せ」『家の光』2012年9月号、18-21頁。
  • 「アグネス訪問記(上) ブータンの子どもたち」共同通信配信 地方紙各紙(『信濃毎日新聞』2012年8月31日)。
  • 「ひと」『朝日新聞』2012年9月12日。
  • 「緊急座談会 あなたはいじめ問題にどう向き合う?」『教職課程』Vol.38、2012年10月号、108-113頁。
  • 「イスラエルの「封鎖」が子どもたちを苦しめている」『自然と人間』Vol.198、2012年12月号、9-11頁。
  • 「新春対談 互いに支えあう社会を目指して」『日本医師会雑誌』第141巻・第10号/2013年1月号、2131-2144頁。
  • 「笑顔の世界へ」『第三文明』No.641、2013年5月号、92頁 他。
  • 3人の息子をスタンフォード大学に入れたアグネス・チャンさんの子育てとは?https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180624-00001664-tamahiyo-life
  • 女性進出の先駆者アグネス・チャン 30年前にあった論争に改めて注目https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180511-00000014-tospoweb-ent
  • アグネス・チャン 旭日小綬章受章を母と他界した父に報告「親孝行できたのではないか」https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180510-00000008-tospoweb-ent
  • アグネス・チャンの子育て法「親は子供に判断材料を渡し、あとは見守ればいい」https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180319-00011921-jprime-ent

関連項目編集

外部リンク編集