三浦徳子

日本の作詞家

三浦 徳子(みうら よしこ、1949年昭和24年) - 、出生月日非公開)は、日本作詞家アップフロントグループ所属。

三浦 徳子
別名 亜伊林
生誕 1949年 -
(出生月日非公開)
出身地 日本の旗 日本青森県弘前市
学歴 明治学院大学卒業
ジャンル J-POP
職業 作詞家
活動期間 1977年 -
事務所 アップフロントグループ

青森県弘前市出身。明治学院大学卒業。兄は文芸評論家三浦雅士

亜伊林」の名義でも活動している[1]

経歴編集

1949年、青森市で出生[2]。小学校3年までは青森県の大鰐町、それ以後は八戸市で育った。三浦が中学生のとき、兄の三浦雅士弘前高校に進学し下宿したため、同兄と一緒に育ったのはそれまでである。三浦自身は弘前中央高校を卒業した[3]

コピーライターを経て、1977年に高田みづえのシングル「硝子坂」のB面「DÔMO DÔMO」にて作詞家デビュー。なお、そのときの名義は、「みうらよしこ」。1970年代後半から1980年代にかけて、岩崎宏美石川ひとみ松田聖子早見優堀ちえみ工藤静香などの女性アイドル歌手全盛時にヒットチャートを席捲した。ほか沢田研二郷ひろみ田原俊彦少年隊などの男性アイドル歌手や、八神純子TUBEらのシンガーソングライターにも、数々のヒット作品を提供している。

音楽性編集

作詞の特徴としては、メロディーが望む言葉をそのとき思いつくかどうかを重視し[4]、作詞家の仕事はやって来るものをガバッとつかむものでディレクターから直されたり、悩んだりすると魅力がなくなり、悩むとお客さんに見破られると語っている[5][6]。ただ「サビがうまくいかないと、納得するまで何度も書き直しますね」とも述べ[5]、作詞家の労働時間は、歩いているときも、同時に考えていることは考えているという[6]

面倒なことを歌いたい人はいないという理由から意味もなく語彙を増やすことには否定的であり、語彙の量や質よりも、言葉と言葉の組み合わせによる新たな効果を重視するという[3]

三浦の出世作である「みずいろの雨」については、八神純子側は複数の作詞家に作詞を発注しており、いわゆる競作であった。三浦は曲を聴く前にすでに「みずいろの雨」というテーマを決めていた。みずいろは日本人が好む色であり、歌謡曲といえば雨と考えたからである。三浦は「曲を聞いたら、ちょうど『みずいろの雨』でよかったんです」と述べている。「みずいろ」をひらがなにしたのは、漢字にするとイメージが固まってしまうからであった。「くずれてしまえ」という命令形の歌詞について、三浦は、当時としては珍しいものであり、当時の八神純子が気の強い女の子であったから浮かんだ歌詞だったのだろうと語っている[5]

主な作詞楽曲編集

あ行編集

か行編集

さ行編集

た行編集

な行編集

は行編集

ま行編集

や行以降編集

ハロプロ関連編集

ジャニーズ事務所関連編集

アニメソング編集

童謡編集

  • きつねのコンピューター

NHK Eテレ関連編集

  • はしって ダアー!
  • ふゆがやってきたーっ!
  • ブンブン ブキューン!
  • カエデの木のうた
  • ソラハアオイヨ
  • パチパチ パレードっ!
  • パッパ らっぱ
  • ずーっといっしょ
  • まる、まるっ

いずれも作曲はつんくで、いないいないばあっ!の曲。

以下もいないいないばあっ!の曲。

  • ぐにゅぐにゅにょろにょろ
  • ワンワンパラダイス
  • TOBALI 7(亜伊林名義)[7]
  • ちょー ちっちゃいはなし[8]

脚注編集

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