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酒井 法子(さかい のりこ、1971年2月14日 - )は、日本女優歌手。80年代アイドル。サンミュージックプロダクション(1986年 - 2009年夏)を経て、オフィスニグンニイバ(2012年 - )所属。愛称はのりピー堀越高等学校卒業。

さかい のりこ
酒井 法子
酒井 法子
酒井法子(1998年9月香港にて)
本名 酒井法子
別名義 さかいのりこ
生年月日 (1971-02-14) 1971年2月14日(47歳)
出生地 日本の旗 日本福岡県福岡市
身長 157cm[1]
血液型 B型
職業 女優歌手
活動期間 1986年 - 2009年2012年 -
配偶者 高相祐一(1998年 - 2010年)[2][3]
事務所 オフィスニグンニイバ
公式サイト オフィシャルファンサイト(日本語版)
主な作品
ひとつ屋根の下
星の金貨
続・星の金貨
ひとつ屋根の下2
聖者の行進
天使が消えた街
ムコ殿2003

目次

経歴編集

1986年昭和61年)にアイドルとしてデビュー後、自らを「のりピー」と名乗っていた。同時に「ヤッピー」「いただきマンモス」「うれピー」といった独特の言葉の「のりピー語」も流行させた。デビュー当時のキャッチフレーズは、「おキャンなレディ」。

生い立ち編集

1971年昭和46年)、福岡県福岡市生まれ。その後、埼玉県狭山市の叔母の家で小学校低学年まで育てられ[4]、実父の再婚に伴い福岡へ戻り、福岡市立大名小学校を卒業。父はその後再々婚[4]福岡市立舞鶴中学校時代にはソフトボール部に所属し、中学校3年生時の1985年夏には、9番右翼手福岡県大会に出場し、準優勝している。

オーディション編集

1985年(昭和60年)10月、全国応募総数54,129名のオーディション企画「'86 ミスヘアコロン・イメージガール・コンテスト」(主催・資生堂)に出場、グランプリは水谷麻里が受賞したが、酒井には「BOMB!賞」が授与された[注 1]。本来このコンテストには、このような賞はなく、芸能事務所 サンミュージックの専務が酒井を見初め、「『彼女の』才能を試してみたい」との希望で急遽用意されたものだった[注 2]。こうして、酒井の芸能界デビューは決定した[5]

同年12月、福岡市から上京した酒井は、サンミュージック社長(当時)・相澤秀禎の自宅での下宿生活を始め、学校も東京都内の中学校に転校。

酒井にとって初めての仕事として、テレビドラマ 『春風一番!』(1986年1月- )への出演が決定、1985年年末からその収録に参加する。同時期に雑誌 『Momoco』に登場し、モモコクラブのNo.1482となる。

アイドルとしてデビュー編集

1986年(昭和61年)4月29日、同誌が開催したイベント「'86 モモコ・パーティー」におけるオーディション、『第2回 ミスモモコクラブ』で「ミスVHD賞」を受賞した酒井は、同年11月21日に VHDソフト[注 3] 『YUPPIE』を発売し、本格的にデビューを飾った。VHDソフトを用いたアイドルのデビューは世界初であった。またこの作品では、彼女が初めてレコーディングをした『お願いダーリン』が挿入歌として使用されている。テレビでは同時期放送開始のTBS系『モモコクラブ』にレギュラー出演し、番組の中心メンバーとして人気を博す。この時期から酒井は自身を「のりピー」と自称、同時に「のりピー語」を用いるようになった。

1987年(昭和62年)2月、『男のコになりたい』でアイドル歌手デビューし、オリコン最高6位と幸先のいいスタートを切る。同年の新人賞レースには数多く参戦し、畠田理恵立花理佐BaBe坂本冬美との激戦をくり広げた。また、『第18回 日本歌謡大賞』では最優秀放送音楽新人賞を受賞した。

アイドル時代、酒井の活動は多岐に渡り、芸能活動のほかにイラストレーター漫画家ペンネームは平仮名の“さかい のりこ”)としても活動し、少女漫画雑誌『週刊少女コミック』に漫画の連載を持ったこともある。中学生の頃に自ら生み出したというキャラクター『のりピーちゃん』は、日本自動車工業会の交通安全ポスターにも使われた。また、そのキャラクターグッズも自身のショップ 「NORI-P HOUSE」で販売されて人気を博し、当時のタレントショップブームの一翼を担った。1988年7月、富士山の8合目(標高3300m)の山小屋にグッズ店「のりピーちゃんハウス」を開店。「日本一標高の高いタレントショップ」として話題となった。1991年には5合目の山小屋に富士山2号店がオープンしている。同年「のりピーハウスレーシングチーム」というチーム名でN1耐久レース(現在のスーパー耐久)にも参加し、チーム監督として酒井が着任していた。

平成期の活動:アジア各地での人気、女優・歌手編集

タレントとして伸び悩んでいた酒井は、1990年当時、日本の芸能界が目を向けていなかった中華民国台湾での活動を始め、香港中華人民共和国など、中国語圏各地においても、日本での評価以上の人気と知名度を獲得。中国語歌唱による楽曲も発表した。1992年(平成4年)5月には、初めての海外公演として、中華民国台北市でのコンサートを成功させた[注 4]1998年には、中国の中国唱片社が発行する音楽情報誌『音像世界』5月号に掲載された同年3月分のランキングで1位に登場し、同誌6月号では表紙を飾った[6]

「微笑みを見つけた」を中国の標準語(普通話)による歌詞でカバーしている(タイトルは「微笑」)。広東語バージョンは黎瑞恩の歌による「你知我想說甚麼」。

1993年脚本家野島伸司に引き立てられ、主演したドラマ 『ひとつ屋根の下』(フジテレビ)、続いて1995年に『星の金貨』(日本テレビ)が立て続けにヒットする。同ドラマの主題歌となったシングルCD碧いうさぎ』は自身初のミリオンセラーとなり、デビュー9年目にして初めて 『第46回NHK紅白歌合戦』(1995年)に出場した。ドラマでの役柄に合わせて、酒井はこの楽曲を、NHK紅白歌合戦史上初めて、日本手話を交えて歌った。

1996年(平成8年)3月には、個人事務所 「エヌ・コーポレーション」(東京・南青山)設立、継母と共に取締役に就任した。

その後、結婚・出産を経た酒井は、子育てと女優活動を両立、2003年(平成15年)には、伊藤忠商事とサンミュージックが設立した洋服ブランド、『ピーピーリコリノ (PP rikorino)』のプロデュースを始める[7]。さらに、日中文化スポーツ交流年(2007年)・文化親善大使となって、様々なイベントに参加し、当時の内閣総理大臣安倍晋三とも面会[8]、また、最高裁判所制作による、裁判員制度のPR映画審理』(2008年)に主演するなど、芸能人としてのステータスを高めていた。

「のりピー」編集

デビュー当時、酒井のニックネームは、中学校時代からの渾名と同じ、「のりっぺ」だったが、程なくして「のりピー」と自称、同時に「のりピー語」なる独特の言葉遣いを用いるようになった。

のりピー語については後年、「20歳を越えた頃から似つかわしくないと思うようになった」と本人がテレビ番組で語っている。また、当時の事務所社長・相澤秀禎は、「のりピー語」が、酒井を売り出すための戦略であったことを明かしている[5]

私生活編集

1998年(平成10年)12月、当時プロサーファーであった高相祐一と結婚した[2]。同時に妊娠3ヶ月であることも公表され[2]、酒井は翌年7月11日に長男を出産した。

産前産後休業をとっていた酒井は2000年(平成12年)に芸能活動を再開したが、同年7月には、デビュー当時からの担当マネージャー[注 5]が芸能事務所社内で自殺する事件が起きている。

酒井は、子育てと女優活動を両立、酒井を前面に出したファッションブランドをプロデュースし、公的イベントにも参加していたが、2009年(平成21年)には夫とともに覚せい剤取締法違反事件を起こし、二人とも有罪判決を受けるに至った( → 「覚醒剤の所持及び使用事件」を参照)。

事件翌年の2010年(平成22年)1月[注 6][9]、酒井は介護士音楽療法士を目指し、群馬県高崎市にある創造学園大学ソーシャルワーク学部ソーシャルワーク学科介護福祉コースに入学。eラーニングを主とした勉強を始めたが、2013年3月に大学は閉校している[10]2010年6月には離婚調停を経て夫との離婚が成立[3]慰謝料はなく、長男(当時11歳)の親権は酒井が得た[11]

覚醒剤の所持及び使用事件編集

2009年平成21年)、覚醒剤を所持・使用したとして、夫(当時)と共に、覚せい剤取締法違反で東京地方裁判所から有罪判決を受けた。

この事件では、テレビ局が報道特別番組を放送[注 7]警察庁長官が事件に言及するなど[12]、世間の注目を大いに集めた。また、酒井は事件前、同年に始まった「裁判員制度」紹介のための広報映画『審理』(最高裁判所制作)に主演(#映画)するなど[13] していた。

事件の経過編集

酒井の逮捕編集

8月3日、夫が東京都渋谷区の路上に駐車中の車内で覚醒剤を隠し持っていたところを逮捕される[14]。酒井も警視庁渋谷警察署から任意同行を求められたが拒否。自宅マンションから大量の荷物を持ち出し、コンビニエンスストア量販店で食料品や飲料水、衣服・下着などを購入。行方をくらました[15]。 8月7日、夫が酒井の覚せい剤使用を供述。警察は酒井の自宅から微量の覚醒剤(8マイクログラム)と酒井の唾液が付着した吸引具を発見、酒井への逮捕令状を取った[注 8]。その翌日の8月8日、酒井は警視庁に出頭、逮捕された[注 9]

8月28日、検察は覚せい剤取締法違反(所持)で酒井を起訴、それを受けてサンミュージックは酒井とのマネジメント契約を解除[16]、所属レコード会社のビクターエンタテインメント(現:JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)も酒井との契約を解除した。その後、酒井は事件前、滞在先の奄美大島のホテルで覚醒剤を吸引していたことも判明[注 10]覚せい剤取締法違反(使用)で追起訴されている[17]

同年9月17日、保釈保証金 500万円を納付し、それまで勾留されていた東京湾岸警察署から保釈された酒井は、警察署の玄関前で謝罪、さらに同日、東京都内の如水会館において記者会見を行った。

裁判と事件の影響編集

酒井は同年10月26日に東京地方裁判所で始まった刑事裁判で起訴事実を認め、「夫と離婚して覚醒剤を断ち切りたい」、「芸能界を引退し、介護の仕事をやりたい」などと述べた。ただし、謹慎中も約束した介護の仕事をすることはなく、また執行猶予が切れたあとも芸能活動を継続している。この公判は世間の関心を集め、裁判傍聴の抽選には20席の傍聴席に対して6,615人が参加するなど、330倍の倍率は日本の刑事裁判史上最高となった[18]。その後、酒井は懲役1年6か月、執行猶予3年の有罪判決を受け[19]、検察側・弁護側とも控訴せず刑が確定した。

なお、この事件では興味本位での報道が過熱したため、放送倫理・番組向上機構が警告を行った[20]

事件後編集

2010年(平成22年)12月18日及び25日放送のTBS系『情報7days ニュースキャスター』にVTR出演。12月3日に発売した自叙伝『贖罪』(朝日新聞出版、2010年)のPRで、本と同様、事件当時の胸中を振り返る内容になった。18日放送分は酒井にとって逮捕後初のテレビ出演となった。

2011年、中国禁毒大使のキャンペーンとして、中国に招聘され、色々なイベントに出席した。

2012年11月の復帰時に、事件の際に前所属事務所サンミュージックが、約5億円の損害賠償を肩代わりしたことが明らかになった[21]

2012年9月27日に、12月から上演される舞台に主演することが発表[22]。役柄は信長の妹お市を演じることとなった[23]。同年11月23日に執行猶予期間終了。翌24日に復帰会見を行った[24]

2013年1月、中華人民共和国最大ネットサイトの年度文化、ファンション賞「アジア最注目女優大賞」を受賞[25]。5月29日には23日に病没した先代社長・相沢秀禎の告別式にも参列。「出来の悪い不良娘で申し訳ありません」と霊前に詫びたという。

2013年10月、『さんまのまんま』(関西テレビ)に出演し、バラエティ番組にも復帰。

2014年今井雅之の舞台『手をつないでかえろうよ〜シャングリラの向こうで〜』に出演予定だったが、所属事務所オフィスニグンニイバが直前の1月16日になって辞退を申し入れる。代役は高橋明日香[26]

2016年9月22日、16年ぶりの正式なコンサート『酒井法子30th ANNIVERSARY コンサート』を開催[27]し、2017年2月14日には、26年ぶりのバースデーイベント『酒井法子 30th ANNIVERSARY FINAL ?BIRTHDAY & VALENTINEファンミーティング-』を開催した[28]

2017年10月には、5年ぶりの主演舞台『うんちゃん2』に出演[29][30]

2018年7月18日、ブルーシー・アンド・グリーンランド財団の「子どもの健全育成大使」に任命された[31]

音楽編集

シングル編集

# 発売日 タイトル 作詞 作曲 編曲 オリコン
最高位
1980年代
1 1987年
2月5日
男のコになりたい 三浦徳子 Frankie T. 萩田光雄 8位
2 1987年
5月21日
渚のファンタシィ 竹花いち子 タケカワユキヒデ 新川博 4位
3 1987年
8月25日
ノ・レ・な・い Teen-age 森浩美 西木栄二 戸塚修 4位
4 1987年
11月25日
夢冒険 森浩美 西木栄二 中村暢之 4位
5 1988年
2月24日
GUANBARE 森雪之丞 馬飼野康二 7位
6 1988年
5月18日
1億のスマイル
-PLEASE YOUR SMILE-
森浩美 飛鳥涼 船山基紀 2位
7 1988年
9月21日
HAPPY AGAIN 森浩美 西木栄二 船山基紀 4位
8 1989年
1月1日
ホンキをだして 森浩美 筒美京平 船山基紀 4位
9 1989年
2月14日
おとぎの国のBirthday 石坂まさを 和泉常寛 山本健司 6位
10 1989年
4月26日
Love Letter 尾崎亜美 佐藤準 5位
11 1989年
8月2日
さよならを過ぎて 来生えつこ 前田克樹 船山基紀 8位
12 1989年
11月21日
ALL RIGHT 遠藤京子 鷺巣詩郎 10位
1990年代
13 1990年
2月21日
幸福なんてほしくないわ 松本隆 入江剣 船山基紀 10位
14 1990年
5月21日
ダイヤモンド☆ブルー 遠藤京子 井上日徳 9位
15 1990年
8月21日
微笑みを見つけた 遠藤京子 鈴木キサブロー 井上日徳 9位
16 1990年
11月21日
イヴの卵 及川眠子 MAYUMI 山川恵津子 10位
17 1991年
3月21日
あなたに天使が見える時 森雪之丞 土橋安騎夫 12位
18 1991年
6月21日
モンタージュ 森雪之丞 土橋安騎夫 16位
19 1991年
11月7日
涙がとまらない
〜HOW! AW! YA!〜
康珍化 原田真二 松本晃彦 21位
20 1992年
3月4日
軽い気持ちのジュリア 康珍化 上田知華 URAN 19位
21 1992年
6月21日
渚のピテカントロプス 康珍化 羽田一郎 34位
22 1992年
11月6日
たぶんタブー さいとうみわこ 松田信男 西平彰 54位
23 1993年
5月21日
あなたが満ちてゆく 朝水彼方 PROJECT
MOONLIGHT CAFE
田代修二 60位
24 1993年
11月21日
笑顔が忘れられない M&M 山川恵津子 89位
25 1994年
6月22日
誘われて… MOONLIGHT CAFE 65位
26 1995年
2月22日
OH OH OH
〜We are the Winners〜
[32]
秋元康 M.White
B.Myers
K.Misawa
西脇辰弥 -
27 1995年
5月10日
碧いうさぎ 牧穂エミ 織田哲郎 新川博 5位
28 1996年
4月24日
Here I am
〜泣きたい時は泣けばいい〜
秋元康 川島だりあ 新川博 24位
29 1996年
10月9日
鏡のドレス 三浦らら 宇佐元恭一 土方隆行 9位
30 1997年
7月24日
涙色 河村隆一 土方隆行 20位
31 1998年
5月13日
横顔 辛島美登里 十川知司 30位
32 1999年
4月1日
PURE 藤井フミヤ 増本直樹 土方隆行 50位
2000年代
33 2000年
4月5日
WORDS OF LOVE 原由子 本山晴一郎 42位
34 2000年
11月1日
miracle 宮原芽映 村山晋一郎 -
35 2004年
6月23日
天下無敵の愛 斉藤由貴 崎谷健次郎 -
36 2007年
8月22日
世界中の誰よりきっと 上杉昇
中山美穂
織田哲郎 上杉洋史 44位

企画シングル編集

オリジナルアルバム編集

  1. ファンタジア (Fantasia) / NORIKO Part I(1987年7月1日)
  2. 夢冒険 / NORIKO SPECIAL(1988年1月1日)
  3. GUANBARE / NORIKO Part II(1988年3月16日)
  4. LOVELY TIMES / NORIKO Part III(1988年8月21日)
  5. Blue Wind 〜NORIKO Part IV〜(1989年6月21日)
  6. My Dear / NORIKO Part V(1989年12月16日)
  7. White Girl 〜NORIKO Part VI〜(1990年7月4日)
  8. Sweet'n' Bitter 〜NORIKO Part VII〜(1991年1月21日)
  9. マジカル・モンタージュ・カムパニー / Noriko Part VIII(1991年7月21日)
  10. マンモス / Noriko Part IX(1992年7月22日)
  11. あなたが満ちてゆく / Noriko Part X(1993年7月21日)
  12. 10 SONGS / Noriko Part XI(1994年7月21日)
  13. 素顔(ノーメイク)(1996年5月22日)
  14. スノーフレイクス(1996年12月18日)
  15. work out fine(1998年7月1日)

ミニアルバム編集

発売日 タイトル 品番 オリコン最高位
1st 2014年1月22日 涙ひとつぶ
2nd 2015年11月11日 Truth〜飛べない鳥よ〜

カバーアルバム編集

発売日 タイトル 品番 オリコン最高位
1st 2003年9月6日 Moments

ベストアルバム編集

発売日 タイトル 品番 オリコン最高位
1st 1990年3月21日 Singles 〜NORIKO BEST〜 1位
14th 2007年9月19日 大好き 〜My Moments Best〜
15th 2016年9月21日 The Best Exhibition 酒井法子30thアニバーサリーベストアルバム VICL-64635/6
16th 2017年2月22日[注 11] GOLDEN☆BEST 酒井法子 VICL-70226
17th 2017年3月15日 NORIKO BOX [30th Anniversary Mammoth Edition][33] VIZL-1104
  1. CDファイル Noriko Sakai Vol.1(1991年2月21日)
  2. CDファイル Noriko Sakai Vol.2(1991年2月21日)
  3. CDファイル Noriko Sakai Vol.3(1991年2月21日)
  4. Sentimental Best(1991年12月5日)
  5. Singles 〜NORIKO BEST〜 II(1992年12月2日)
  6. natural best(1994年2月2日)
  7. Watercolour(1995年6月21日)
  8. Twin Best(1995年7月12日)
  9. PURE COLLECTION (1999年6月23日)
  10. Singles 〜NORIKO BEST〜 III(2000年4月5日)
  11. 〈COLEZO!〉Noriko Sakai Best Selection(2005年3月24日)
  12. 〈COLEZO! TWIN〉酒井法子(2005年12月16日)

企画アルバム編集

  1. 微笑(1994年11月1日)
  2. 我愛美人魚(1996年2月1日)
  3. 有縁千里(1996年5月22日) - エリック・ソン(孫耀威)とデュエット曲「有縁千里」収録
  4. ASIAN COLLECTION 97(1997年11月28日)
  5. ASIAN TOUR SPECIAL〜ASIAN COLLECTION 98〜(1998年10月1日)
  6. Asia 2000〜Words Of Love〜(2000年10月1日)

コンピレーション編集

発売日 商品名 楽曲 タイアップ
?年
?月?日 酒井法子 「アクティブ・ハート」 OVA『トップをねらえ!』オープニングテーマ
「トライ Again...!」 OVA『トップをねらえ!』エンディングテーマ

楽曲出版権利編集

  • ビクター音楽産業、ビクターエンタテインメント時代の『碧いうさぎ』『世界中の誰よりきっと』以外全ての音楽版権は前事務所のサンミュージック出版にある。ただし『碧いうさぎ』『世界中の誰よりきっと』に関してはバーニングプロダクション系列バーニングパブリッシャーズが持っている。[34]

出演編集

ドラマ編集

連続ドラマ
単発ドラマ

映画編集

  • 必殺!5 黄金の血(1991年11月23日) - お浅役
  • 花のお江戸の釣りバカ日誌(1998年12月23日) - 浜崎美津役
  • 呪怨2(2003年8月23日) - 原瀬京子役
  • ムーンライト・ジェリーフィッシュ(2004年8月7日) - 寺沢由紀子役
  • 予言(2004年10月2日) - 里見綾香役
  • SS エスエス(2008年1月12日) - 大佛久美子役
  • 審理(裁判員制度広報用映画、2008年3月25日試写会開催) - 木村奈緒子役
  • 空蝉の森(2014年 製作会社ニューウェーブ(株)の倒産により未公開) - 加賀美結子役

劇場アニメ編集

テレビアニメ編集

バラエティー編集

NHK紅白歌合戦出場歴編集

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手
1995年(平成7年)/第46回 碧いうさぎ 01/25 シャ乱Q
注意点
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。

CM編集

ラジオ編集

  • ときめきパジャマ MARI NORI AKIのドッキンタイム(1986年4月13日開始、ニッポン放送
    ※歌手デビュー前に同じ事務所の水谷麻里岡谷章子と共に出演。
  • きらきらサンデーアイドルおちゃめランド(文化放送
    ※当時事務所の後輩だった田村英里子と共に出演。
  • のりピー 不思議な夢冒険
  • のりピー 気ままにセンセーション
  • 酒井法子 すてきにロマンス
  • 酒井法子 ドライブパートナー
    ※以上4番組は放送された局によって番組名が違うが、内容は同じものである。
  • 酒井法子のストレートライフ・夢色プリズム(アール・エフ・ラジオ日本
  • Radio THISMBSラジオ
  • ヤンタン茶屋町学園 (MBSラジオ

舞台編集

  • 喜劇 雪之丞変化(1991年2月2日 - 2月28日、東京宝塚劇場) - 浪路役
  • ミュージカル サウンド・オブ・ミュージック(1992年3月3日 - 4月22日、青山劇場) - リーズル役
  • ミュージカル シンデレラ(1995年8月2日 - 8月29日、新宿コマ劇場) - シンデレラ役
  • ブロードウェイミュージカル big(1998年7月8日 - 8月30日、東京国際フォーラム) - スーザン役
  • 碧空の狂詩曲〜お市の方外伝〜(2012年12月15日 - 12月24日、渋谷区文化総合センター大和田さくらホール) - お市役
  • うんちゃん2(2017年10月3日 - 5日、草月ホール/7日 - 8日、入間市民会館)

その他編集

写真集編集

  • 夢冒険(1988年1月1日、学習研究社) 撮影: 荒木英仁
  • LET'S NORI-P(1988年5月23日、音楽専科社) 撮影: 荒木英仁
  • LOVELY TIMES(1988年9月5日、近代映画社) 撮影: KUNIHIKO SESHIMOTO
  • Blue Peare(1989年2月25日、ワニブックス) 撮影: 井ノ元浩二
  • Shuffle Heart(1989年11月12日、音楽専科社) 撮影: 石川正勝
  • AQUARIUS(1990年3月31日、近代映画社) 撮影: 武藤義
  • White girl(1990年8月10日、ワニブックス) 撮影: 井ノ元浩二
  • Comme le Cinema(1991年4月20日、学習研究社) 撮影: 山内順仁(撮り下ろし)、荒木英仁(15 - 18歳のカット)
  • ZEPHYROS(1991年10月10日、ワニブックス) 撮影: 山内順仁
  • sentire,(1992年9月10日、ワニブックス) 撮影: 山内順仁
  • Shinin' Run(1993年3月10日、ワニブックス) 撮影: 井ノ元浩二
  • ORANGE HOTEL(1994年11月25日、ワニブックス) 撮影: 石田東
  • Naturelle(1996年3月1日、ワニブックス) 撮影: 石田東
  • 緑色の扉(1996年12月25日、ワニブックス) 撮影: 石田東
  • fizz(1997年12月10日、ワニブックス) 撮影: 井ノ元浩二

書籍編集

受賞歴編集

  • 第1回COTTON USAアワード『Mrs. COTTON USA』(2004年)
  • 中国最大ネットサイドの年度文化、ファンション賞「アジア最注目女優大賞」を受賞(2012年)[3]

関連項目編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 昭和60年10月26日開催 この際、準グランプリを岡谷章子、Momoco賞を畠田理恵が、それぞれ受賞している
  2. ^ この賞はコンテストの後日、昭和60年11月22日に授与された
  3. ^ 当時、日本の電気メーカー、日本ビクターが開発したVHDは、LDなどとの規格争いの最中だった
  4. ^ 1992年5月10日と11日 台北市立総合体育場で開催
  5. ^ 1986年(昭和61年)に自殺した岡田有希子のマネージャーだった。
  6. ^ 創造学園大学の受験、合格については、2009年(平成21年)11月10日、大学側が明らかにした
  7. ^ TBSテレビは、酒井の逮捕状が取られた時点で特別番組を放送した
  8. ^ 覚せい剤取締法違反(所持)容疑 2009年8月7日
  9. ^ 酒井は警視庁富坂分庁舎(東京・文京区)の組織犯罪対策5課に出頭し、逮捕された
  10. ^ 2009年7月下旬の使用歴により、同年9月11日に追起訴された
  11. ^ 2009年9月16日発売予定だったが、一旦発売中止となった。

出典編集

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  7. ^ 伊藤忠商事のプレスリリース 2007年9月26日他
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  21. ^ 酒井法子 全額返済の意思に前事務所社長「その気持ち忘れないことが大切」 - スポーツニッポン 2012年11月24日
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  23. ^ 公演情報 | 一期一会 公式サイト
  24. ^ 酒井法子が涙の女優復帰 愛息子に「頑張る背中見せていく」 - オリコン 2012年11月24日
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  28. ^ 酒井法子、26年ぶりBDイベント開催 織田哲郎氏もサプライズ登場 オリコン 2017年2月14日
  29. ^ 酒井法子、5年ぶり主演舞台で泣き演技 長男に感謝も「ひたすら、いい子どもでよかった」 オリコン 2017年10月3日
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  31. ^ 酒井法子、子ども健全育成大使就任 大役に葛藤も「私にできることがあれば…」 オリコン 2018年7月18日
  32. ^ 酒井法子 with L・リーガーズ名義。当時の現役女子サッカー選手10人がコーラスとして参加。また、本楽曲はL・リーグの公式テーマソングとして使用された。
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  37. ^ “のりピー「ふんだんに楽しめる」芸能活動30周年記念BOX販売”. スポニチアネックス. (2016年11月1日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/11/01/kiji/K20161101013640340.html 2016年11月1日閲覧。 

外部リンク編集