広川 太一郎(ひろかわ たいちろう、1939年2月15日[6][注 1] - 2008年3月3日[2])は、日本俳優声優司会者ラジオDJ東京府(現:東京都)出身[4]。事務所に所属せず、生涯フリーランスで活動。妻は元女優の加茂良子[3]。実妹は元声優歌手広川あけみ。甥は作曲家藤森崇多[7]

ひろかわ たいちろう
広川 太一郎
プロフィール
本名 広川 諶次郎
(ひろかわ しんじろう)[1][2]
性別 男性
出身地 日本の旗 日本東京府豊島区[3]
死没地 日本の旗 日本・東京都渋谷区
生年月日 (1939-02-15) 1939年2月15日
没年月日 (2008-03-03) 2008年3月3日(69歳没)
血液型 A型[4]
職業 俳優声優司会者ラジオDJ
事務所 フリー
配偶者 加茂良子
著名な家族 広川あけみ(妹)
藤森崇多(甥)
公称サイズ([5]時点)
身長 / 体重 174 cm / 63 kg
活動
活動期間 1961年 - 2008年
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コメディ作品などにおける言葉遊びを駆使したアドリブや独特な口調は「広川節」などと呼ばれ親しまれた[2]

略歴編集

父親は大都映画所属のカメラマンだったこともあり、生後すぐから小学3年生頃まで映画に出演していた[8]

東京都立文京高等学校日本大学芸術学部演劇学科卒業。大学時代は落語研究会に所属し、講師の柳家つばめから大きな影響を受ける[9]。大学卒業後に俳優の道へ進んだ。

1961年、大学の先輩であり東北新社のディレクターだった小林守夫から声をかけられ[10]、海外ドラマ『シャノン』の吹き替えでデビュー[11]。その2年後に『ハワイアン・アイ』の吹き替えでレギュラー出演して以降は、声優としての活動が中心となった[11]

1969年、アニメ『ムーミン』にスノーク役で出演。自身の味を出そうと考えこんだ時期でもあり、他のキャラクターとのギャップを広げようと語尾を変えたり工夫した結果、独特なアドリブスタイルが完成された。それが評判となり、吹き替えなどの他作品でもその口調を求められることが増加。広川は後に「自分にとってもターニングポイントになったのがスノークでした」と述べている[12]

全盛期にはCMナレーションを月に30〜40本務めており[2]、加えて『おはようテレビ朝日』や『競馬中継』などのテレビ番組の司会、ラジオ番組のパーソナリティといったタレント活動も行っていた。

晩年になってからもナレーションを中心に精力的に活動していたが、その後体調を崩すようになる。2008年3月3日、のため東京都渋谷区の病院にて死去[1]。69歳没。第2回声優アワードの冒頭で訃報が告げられた[13]。同年2月下旬に行われた『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』DVD版のナレーション収録が最後の仕事となった[3]

人物編集

渋い二枚目からコミカルなキャラクターまで幅広く演じている[1]。洋画ではトニー・カーティスエリック・アイドルマイケル・ホイロジャー・ムーアディーン・マーティンロバート・レッドフォードなどを持ち役とする。アニメでは『宇宙戦艦ヤマト』シリーズの古代守役や『ムーミン』のスノーク役などがある。

野沢那智富山敬山田康雄堀勝之祐伊武雅刀と並んでアラン・ドロンジャン=ポール・ベルモンドの両者の吹き替えを経験している人物である。

劇団プロダクションには属さず、一貫してフリーで活動した。これに関して、新人時代に舞台俳優を目指し見学した複数の劇団が入団条件とした研究生になることに抵抗感があったことや、「口幅ったい言い方」とした上で「新劇の社会が芸能化してる感じがしてね。なんかケツの穴の小っちぇ世界だなあ」と思ったことから躊躇していた結果、流れでそうならざるを得なくなった、と後に回想している。また、その躊躇していた頃に声優としての仕事を取れたことで、晩年には「浮き草みたいに自由にやってきた。自分でも今日までよく、ひとりでやってこられたなあという気がします(笑)」と語っている[9]

広川節編集

コメディ作品などでは、ダジャレなどのアドリブを吹き替えに交えて作品の魅力を引き出した。「ようっとな」「いいんでないかい」「なんともはや」「…っちゃったりなんかして」「はた?」「恥ずらかしい」「きらーん♪」といった台詞回しは「広川節」「広川調」と呼ばれ親しまれた[2]。広川自身はこれについて「披露したのは全出演作のうち2割ほどだが、それが突出して世間に行き渡っている」と述べている[14]

言葉遊びについて、原点は大学の落語研究会所属時だといい「昔からある言葉にフリカケをすることで、今に蘇らせたいんですよ。たとえば“けっこう毛だらけ猫はいだらけ”って言葉のあとに、“サハラ砂漠は砂だらけ”って繋げると、なんだか面白いセンテンスになるでしょ」と語っている[9]。また、吹き替えでは日本だと伝わらないジョークなどもあり「日本人が聞いているんだから、今生きてる日本語でもって伝えたいなということが芯にあったんです。そのためには、ちょっととっちらかってもいいかなってやったことなんです」と発言している[10]

アドリブと称される独特のフレーズについて、実際には最初からシナリオ通りだとTBSラジオにて発言している。事前にもらった台本に自身が考えた駄洒落やフレーズをびっしりと書き込み、これを基にスタッフと打ち合わせをして収録するのだという。アフレコでは共同作業であることを考慮し、リハーサルのうちから共演者に内容を明かしていた[10]。一方で『ダンディ2 華麗な冒険』で広川と共演したささきいさおは、広川が「いさおちゃんだから」とリハーサルと本番で異なるアドリブを披露していたことを後に明かしている[15]

アドリブの入れる作品はわきまえており、不必要な作品にアドリブめいた台詞は一切入れなかったという。『007 美しき獲物たち』の吹き替えではリハーサルの際に「ヘンなアドリブは入れません」と公言、演出を手掛けた伊達康将も最初からアドリブはしないと決めていたんだろうと当時を回想している[16]

晩年は、広川のアドリブで育ったファンが制作者側となりオファーされることが増加していた[17]。テレビアニメ『MEZZO -メゾ-』の黒川健一役や特撮『獣拳戦隊ゲキレンジャー』の臨獣ピッグ拳タブー役では事前から台詞にこれらの演出があり、後者においては広川の出演を知った番組アクション監督の石垣広文が「広川さんが(声を)演るなら、オレがタブー(のスーツアクター)演りますよ。誰か別の監督立てて下さい」と申し出たという[18]

エピソード編集

吹き替えについて、口パクなどの間尺を合わせることは基本だとしつつも、そればかりが最優先されることには疑問を呈していた。広川自身は吹き替えにある程度慣れると台詞を生かす方に力を入れるようになり、その結果アドリブをするようになったという[19]

表現者や演者などクリエーターを目指す人に対しては、「始めは模倣やモノマネからはじめてもいい。モノマネとはある意味その人をリスペクトしているということ。そこからそのモノマネを吸収、たまったものを発酵させてしっかりオリジナリティをもった表現者になってほしいと思うし、僕もそういう風にありたいと思っている」という趣の言葉を残している[19]

Mr.BOO!』シリーズがフジテレビで放送された際、担当したマイケル・ホイの台詞が「もたもたして古臭い。吹き替えで面白くしないと」と感じ、ディレクターと相談してオリジナルにない「広川節」を連発しヒットした。2005年にシリーズのDVDが発売された際には、一部を除いて当時の吹替が収録。発売記念で来日したマイケル・ホイは会見で「(人気の理由の)一つにはこの広川さんの声の吹き替えがあったから。彼の吹き替えは生き生きしていて本当に素晴らしい!」と語り、広川との対談も実現した[20]

ラジオ関東深夜放送男たちの夜かな』では、私財をなげうち自らスポンサーとなっていた。女学生を中心に莫大な投書が寄せられ、シンナー中毒の女学生とその友人の話を聴くために自ら更生施設へ出向いたこともあったという。

広川本人が公認した広川節のものまねで知られる人物に、イラストレーターのもりいくすおがいる。『コサキンDEワァオ!』で初共演した際には思想体系まで再現することに太鼓判を押しており、広川没後に製作されたアニメ『プリンセス・プリンシパル』では広川を意識した役にもりいが起用された[21]

子安武人は尊敬する役者に広川の名を挙げており、彼が死去した際には自身の公式ブログで「心の師逝く。」と題した追悼コメントを出した[22]。広川の甥である藤森崇多は、自身が公式動画などで様々な駄洒落(藤森自身は「おやじギャグ」とかけて「こやじギャグ」と称している)を披露していることについて、広川に影響を受けており、尊敬する「コヤジスト」であると発言している[23]

後任編集

広川の死後、持ち役を引き継いだ人物は以下の通り。

出演編集

太字はメインキャラクター。

テレビドラマ編集

映画編集

テレビアニメ編集

1965年
1966年
1967年
1968年
1969年
1971年
1973年
1974年
1975年
1978年
1979年
1981年
1984年
1993年
1998年
2004年

劇場アニメ編集

OVA編集

ゲーム編集

ドラマCD編集

吹き替え編集

俳優編集

エリック・アイドル
エルヴィス・プレスリー
クエンティン・タランティーノ
ジーン・ワイルダー
ダン・エイクロイド
ディーン・マーティン
トニー・カーティス
マイケル・ケイン
マイケル・ホイ
リー・メジャース
ローレンス・ハーヴェイ
  • アラモ(ウィリアム・トラヴィス大佐)
  • 影なき狙撃者(レイモンド・ショー)
  • 獅子王リチャード(サー・ケネス・オブ・ザ・レパード)
  • バターフィールド8(ウェストン・リゲット)
  • 暴行(ウェイクフィールド大佐)
  • 夜をみつめて(ジョン・ホイーラー)
ロジャー・ムーア
ロック・ハドソン
ロバート・レッドフォード

映画編集

ドラマ編集

アニメ編集

人形劇編集

テレビ番組編集

特撮編集

劇中歌編集

CD編集

ラジオ編集

CM編集

その他コンテンツ編集

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 資料によって1940年生まれとするものと1939年生まれとするものがある。
  2. ^ 当時同社から発売されていた、「うんどうかい」、「ユラレール」、「ストントコースター」の3つの玩具を1本のテレビCMとまとめて放映していた[要出典]

出典編集

  1. ^ a b c 声優の広川太一郎さん死去”. asahi.com (2008年3月8日). 2016年8月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月25日閲覧。
  2. ^ a b c d e “アドリブ吹き替え広川太一郎さんが死去”. 日刊スポーツ. (2008年3月9日). http://www.nikkansports.com/entertainment/cinema/news/p-et-tp1-20080309-333128.html 2009年7月10日閲覧。 
  3. ^ a b c 広川 太一郎とは” (日本語). コトバンク. 2022年1月11日閲覧。
  4. ^ a b 広川太一郎(ひろかわたいちろう)の解説”. goo人名事典. 2020年5月25日閲覧。
  5. ^ 『日本タレント名鑑(1987年版)』VIPタイムズ社、1987年、203頁。
  6. ^ 『声優名鑑』成美堂出版、1999年、601頁。ISBN 4-415-00878-X
  7. ^ 藤森崇多 [@SotaFujimori] (2010年6月28日). "藤森本人の投稿" (ツイート). Twitterより2021年10月2日閲覧
  8. ^ “リレー・エッセイ「映画と私」第64回 広川太一郎”. キネマ旬報 1997年11月下旬号 (キネマ旬報社): 128. http://www.kinenote.com/main/public/cinema/book.aspx?book_id=1224. 
  9. ^ a b c 轟夕起夫 (2020年7月19日). “「ありゃま、こら、どーしたことだ」「なんてぇことを言ったりしてからに」…神業フレーズの数々、声の魔術師!インタビューでたどる【声優・広川太一郎】の仕事!”. 読む映画館. https://todorokiyukio.net/2020/07/19/6124/ 2021年10月2日閲覧。 
  10. ^ a b c 声優名鑑 - 広川太一郎”. スーパー!ドラマTV. 2012年4月1日閲覧。
  11. ^ a b “声の履歴書 NO.7 広川太一郎”. テレビジョンエイジ (四季出版新社). (1972-04). 
  12. ^ とり・みき、吹替愛好会 『吹替映画大事典』 三一書房、1995年、63頁。ISBN 9784380952685 
  13. ^ 日詰明嘉 (2008年3月14日). “第2回声優アワードレポート”. アニメ!アニメ!. https://animeanime.jp/article/2008/03/14/2885.html 2021年10月2日閲覧。 
  14. ^ “広川太一郎 インタビュー”. MOVIE&TVドラマDX/日経エンタテインメント 増刊 3月号 (日経BP). (2005社). 
  15. ^ 『ふきカエ ゴールデン・エイジ』前編”. YouTube. 洋画専門チャンネル ザ・シネマ (2017年8月31日). 2021年10月2日閲覧。
  16. ^ 第五回007シリーズTV放送吹替ディレクターに聞く 〜伊達康将 〜”. 007 TV吹替初収録 特別版DVDシリーズ. 2013年5月9日閲覧。
  17. ^ “RECOMMEND「声」を遊び尽くす男 広川太一郎的ダンディズム”. CONTINUE SPECIAL ハチミツとクローバー (太田出版). (2005). 
  18. ^ 獣拳戦隊ゲキレンジャー 第23話”. 獣拳戦隊ゲキレンジャー TOEI TV WEBSITE. 2011年6月17日閲覧。
  19. ^ a b 吹替偉人伝 特別版「広川太一郎」(2003年)
  20. ^ 白石映子. “許冠文/マイケル・ホイ来日記者会見”. シネマジャーナル. 2021年10月2日閲覧。
  21. ^ 橘正紀 [@tachicol_] (2017年8月13日). "監督の橘の投稿" (ツイート). Twitterより2021年10月2日閲覧
  22. ^ 子安武人. “心の師逝く。”. 2021年11月15日閲覧。
  23. ^ (日本語) JAEPO2014 「beatnation Records」ステージ, https://www.youtube.com/watch?v=wYTWfHUUUdM 2020年5月10日閲覧。 
  24. ^ あしたのジョー1”. トムス・エンタテイメント. 2021年10月3日閲覧。
  25. ^ ゼロテスター”. メディア芸術データベース. 2016年12月7日閲覧。
  26. ^ ラ・セーヌの星”. メディア芸術データベース. 2016年9月27日閲覧。
  27. ^ キャプテン・フューチャー”. 東映アニメーション. 2016年6月16日閲覧。
  28. ^ 宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち”. バンダイビジュアル. 2016年6月13日閲覧。
  29. ^ 名探偵ホームズ”. トムス・エンタテイメント. 2016年5月12日閲覧。
  30. ^ 宇宙戦艦ヤマト 劇場版”. バンダイビジュアル. 2016年6月13日閲覧。
  31. ^ さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち”. バンダイビジュアル. 2016年6月13日閲覧。
  32. ^ ヤマトよ永遠に”. バンダイビジュアル. 2016年6月13日閲覧。
  33. ^ 嘉倫 Ga Lun” (広東語). 香港影庫 HKMDB. 2014年12月25日閲覧。
  34. ^ ロケット・ロビンフッド('71)  Rocket Robin Hood('67米)”. Kanemoto.mydns.jp. 2019年10月18日閲覧。
  35. ^ 研究「600万ドルの男」-研究結果16”. Home.t01.itscom.net. 2019年10月18日閲覧。
  36. ^ 日本テレビ系で土曜23時に放映されていた同社一社提供番組「今夜は最高!」内で放映されたテレビCMにてナレーションを担当。なお「TVX-500」のテレビCMには、広川本人が出演したこともある。

外部リンク編集