星の王子さま

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリによる小説

星の王子さま』(ほしのおうじさま、フランス語原題:Le Petit Prince英語: The Little Prince)は、フランス人の飛行士小説家であるアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ小説である。彼の代表作であり、1943年アメリカで出版された。

星の王子さま
『星の王子さま』の像(星の王子さまミュージアム・神奈川県足柄下郡箱根町)
『星の王子さま』の像(星の王子さまミュージアム・神奈川県足柄下郡箱根町)
著者 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ
訳者 内藤濯
(日本語版・岩波書店)
イラスト アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ
発行日 アメリカ合衆国の旗 1943年
フランスの旗 1945年
日本の旗 1953年
発行元 アメリカ合衆国の旗 レイナル・ヒッチコック社
フランスの旗 ガリマール出版社
日本の旗 岩波書店
ジャンル 児童文学
フランスの旗 フランス
言語 フランス語
形態 ハードカバーペーパーバック電子書籍コンパクトディスクオーディオブックコンパクトカセット
その他多数のメディア
前作 戦う操縦士
次作 Letter to a hostage
コード OCLC 22583605
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2015年現在、初版以来、200以上の国と地域の言葉に翻訳される。

概要編集

「大切なものは、目に見えない (Le plus important est invisible)」を初めとした本作の言葉は、生命とは何かといった、人生の重要な問題に答える指針として広く知られている。この作品の元になったと思われる、1935年のリビア砂漠での飛行機墜落事故の体験は、サン=テグジュペリによる随筆集『人間の土地』で語られている。

レイナル・ヒッチコック社(en:Reynal & Hitchcock 現存しない)による1943年の初版以来、作者自身による挿絵が使われ、素朴な主人公や脇役の姿は作品とともに愛されている。

物語の前置きでは、この本を、フランスに住んでいて困難に陥っているあるおとなの人に捧げると述べられている。この献辞にある「おとなの人」「子どもだったころのレオン・ヴェルト」とは、作者の友人のジャーナリスト、レオン・ヴェルトフランス語版を指している。当時は第二次世界大戦中で、ヴェルトは平和主義者で、ナチス・ドイツの弾圧対象となっていたユダヤ人であった。

映画監督のオーソン・ウェルズも実写とアニメーションの融合による映画化を考えていたことがあり、アニメーション部分はディズニー・プロに依頼していたようであるが、実現はしなかった。

慶應義塾大学片木智年(当時助教授)の2006年の時点での解説によると、日本における「星の王子さまブーム」は(2006年までに)3回あったという。1回目は研究者らによる謎解き本が多数出版された1980年代、2回目はサン=テグジュペリ生誕100周年の2000年前後、3回目は数社から新訳が出版された2006年前後で十数社で刊行された[1]

あらすじ編集

 
王子とサンテックス

操縦士「ぼく」は、サハラ砂漠に不時着する。1週間分の水しかなく、周囲1000マイル以内に誰もいないであろう孤独で不安な夜を過ごした「ぼく」は、翌日、1人の少年と出会う。話すうちに、少年がある小惑星からやってきた王子であることを「ぼく」は知る。

王子の星は家ほどの大きさで、そこには3つの火山と、根を張って星を割いてしまう程巨大になるバオバブの芽と、よその星からやってきた種から咲いた1輪のバラの花があった。王子はバラの花を美しいと思い、大切に世話していた。しかし、ある日バラの花とけんかしたことをきっかけに、他の星の世界を見に行くために旅に出る。

といった、どこかへんてこな大人ばかりだった(数字は「○番目の星」として登場する順番)。6番目の星にいた地理学者の勧めを受けて、王子は7番目の星、地球へと向かう。

地球の砂漠に降り立った王子は、まずヘビに出会う。その後、王子は高い火山を見、数千本のバラの群生に出会う。自分の星を愛し、自分の小惑星の火山とバラの花を愛おしく、特別に思っていた王子は、自分の星のものよりずっと高い山、自分の星のバラよりずっとたくさんのバラを見つけて、自分の愛した小惑星、火山、バラはありふれた、つまらないものであったのかと思い、泣く。

泣いている王子のところに、キツネが現れる。悲しさを紛らわせるために遊んで欲しいと頼む王子に、仲良くならないと遊べない、とキツネは言う。キツネによれば、「仲良くなる」とは、あるものを他の同じようなものとは違う特別なものだと考えること、あるものに対して他よりもずっと時間をかけ、何かを見るにつけそれをよすがに思い出すようになることだという。これを聞いた王子は、いくらほかにたくさんのバラがあろうとも、自分が美しいと思い精一杯の世話をしたバラはやはり愛おしく、自分にとって一番のバラなのだと悟る。

キツネと別れるときになり、王子は自分がキツネと「仲良く」なっていたことに気付く。別れの悲しさを前に「相手を悲しくさせるのなら、仲良くなんかならなければ良かった」と思う王子に、「黄色く色づく麦畑を見て、王子の美しい金髪を思い出せるなら、仲良くなった事は決して無駄なこと、悪い事ではなかった」とキツネは答える。別れ際、王子は「大切なものは、目に見えない」という「秘密」をキツネから教えられる。

日々飛行機を修理しようと悪戦苦闘するかたわら、こんな話を王子から聞いていた「ぼく」は、ついに蓄えの水が底をつき、途方に暮れる。「井戸を探しに行こう」という王子に、砂漠の中で見つかるわけはないと思いながらついて行った「ぼく」は、本当に井戸を発見する。王子と一緒に水を飲みながら、「ぼく」は王子から、明日で王子が地球に来て1年になると教えられる。王子はその場に残り、「ぼく」は飛行機の修理をするために戻っていった。

翌日、奇跡的に飛行機が直り、「ぼく」は王子に知らせに行く。すると、王子はヘビと話をしていた。王子が砂漠にやってきたのは、1年前と星の配置が全く同じ時に、ヘビに噛まれることで、身体を置いて自分の小惑星に帰るためだったのだ。別れを悲しむ「ぼく」に、「自分は自分の星に帰るのだから、きみは夜空を見上げて、その星のどれかの上で、自分が笑っていると想像すれば良い。そうすれば、君は星全部が笑っているように見えるはずだから」と語る。王子はヘビに噛まれて砂漠に倒れた。

翌日、王子の身体は跡形もなくなっていた。王子が自分の星に帰れたのだと「ぼく」は考え、夜空を見上げる。王子が笑っているのだろうと考えるときには、夜空は笑顔で満ちているように見えるのだが、万一王子が悲しんでいたらと考えると、そのうちのひとつに王子がいるであろういくつもの星々がみな、涙でいっぱいになっているかのように、「ぼく」には見えるのであった。

献辞について編集

献辞レオン・ヴェルトフランス語版と呼ばれる人物が登場する。作者にとってこの人物は

  1. この世で一番の親友であり、
  2. おとなだけど、なんでもわかる人で、また、
  3. 今フランスにいて、お腹を空かせ、寒い思いをしているのでなんとかなぐさめてあげたい、

と作者自身語っている。

このレオン・ヴェルトは実在の人物である。ヴェルトはサン=テグジュベリよりも22歳年上で、1931年ごろ知り合い、互いに無二の親友となった。ジャーナリスト、作家、批評家といった仕事をし、第一次世界大戦の経験から、熱烈な平和主義者だったが、ユダヤ人であったため、ナチスによる弾圧を避け、フランス東部のジュラ県サンタムール (fr:Saint-Amour (Jura)) にあった別荘に隠れ住んでいた。

原画の存在編集

この本の初版にはサン=テグジュペリ自身の筆になる挿絵が大小47点描かれている。原画は失われたと長らく信じられてきたが、2006年4月に「原画発見」の報が走った。「積み重なるゾウ」の「原画」を、パリのある古書店が売りに出したのである。

その古書店に「原画」を売ったのが、コンスエロ(fr:Consuelo de Saint-Exupéry。サン=テグジュペリ未亡人。)の遺産相続人であるホセ・マルチネス・フルクトゥオーソであることが判明した。週刊誌「L'Express レクスプレス」の取材インタビューに対してフルクトゥオーソは、コンスエロの遺品の中に“Le Petit Prince”挿絵原画が存在することを認め、「狩人」と「砂漠の花」(1994年に今回と同じ古書店主がニューヨークで購入)および今回の「積み重なるゾウ」の計3点[2]を売却したことを明らかにした[3]。 フルクトゥオーソは、2006年にフランスのカンで開かれたコンスエロ遺品展[4]に、「渡り鳥にぶら下がって旅立つプリンス」と「ヘビと話する塀の上のプリンス」の2点を出品した。以上5点が、フルクトゥオーソが認めた「Le Petit Prince 挿絵原画」であって、残りは未公開である。 サン=テグジュペリ自筆と目される水彩画が日本で見つかった。1994年に開かれた東京の古書市で、山梨県北杜市高根町の美術館、えほんミュージアム清里代表である渋谷稔がアメリカ合衆国にある希少本専門書店から入手していたもので、Le Petit Prince 挿絵にある「ビジネスマン」に酷似している(細部では、重要な違いも含めて、異なる点が複数ある)。2007年4月に「6点目の挿絵原画」発見と報道され、国内5都市を巡回開催された「サン=テグジュペリの星の王子さま展」に出品展示された[5]。サイズはおおよそA4判のオニオンスキンペーパー (onionskin) で、それを納めた厚紙製の枠にはサン=テグジュペリのサインがあり、編集者による指示書き(初版本の掲載ページ番号)が絵の裏側に書かれているとされる。「1994年」「ニューヨークの古書店から購入」が前記2原画との共通項として支持材料にはなるものの、指示書きの筆跡鑑定その他の検証はまだなされておらず、裏側への記入は他の3点と異なる、等の問題をはらんでいる[要出典]。47点すべてがコンスエロ遺品中に存在したのであれば、「3点を売却した」というフルクトゥオーソの言明と突き合わせると、「挿絵原画」であるか否かについては留保すべき点があり、「6点目の原画」であることが確認鑑定されたわけではない。この他にも、挿絵「バラを見つめるプリンス」に酷似した絵がニューヨークの古書店から売りに出されていることもあり、多数描いた習作のひとつであるか、本物の「挿絵原画」であるかは、軽々に論じられない事情がある[要出典]

解釈、解説編集

通説

(日本での)通説は、主として翻訳を行った内藤濯の解釈に基づくものであり、長らく支配的な説であった[要出典]。しかし後述の異説が提示され、立場は揺らいでいる[要出典]

作品の冒頭「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。)」とあるように、この作品は、子供の心を忘れてしまった大人に向けたものである。王子が訪れた小惑星で出会うのは、いずれも愚かさを風刺化された大人たちであるし、子供の心を持ち続けようとする「ぼく」も、飛行機の修理に夢中になるあまりに、王子の話をぞんざいに聞いてしまったりする。また、別の場面に登場する、何をするにつけても急ぎ、どこに行くかもよく理解しないまま特急列車であちこちに移動したり、時間を節約することにあくせくして、節約した時間で何をするかを考えていなかったりという大人たちの姿も、作者による痛烈な批判である。

キツネとの対話は、この作品の重要な場面である。あるものを他と違っていとしく思うことができるのはなぜなのか。自分の愛情の対象であった小惑星やバラへの自信を失って悩む王子に対して、キツネは「仲良くなる」とはどういうことかを通じて、友情、ひいては愛情(人間愛ではなく恋愛的な意味での愛情)についてを語ることになる。「大切なものは、目に見えない」という作品上の重要な台詞が登場するのもこの場面である。この台詞に基づく考えは後にも登場し、「砂漠が美しく見えるのは、そのどこかに井戸を隠しているから」、さらには「夜空が美しく見えるのは、そのどこかに王子が今もバラと暮らしているから」という考え方に繋がるのである。

「星の王子さま」の最後のシーンでは、「ぼく」の最期ははっきりとは描かれていない。そして、作者のサン=テグジュペリ自身は、敵軍の偵察に向かうため飛行機で基地を飛び立ったまま消息を絶ち、二度と戻って来なかったのである。

異説

「星の王子さまはとてもファンタジーな本」とする説とは異なる説も提示されている。日本でその嚆矢となったのは、塚崎幹夫の『星の王子さまの世界〜読み方くらべへの招待』(中公新書、1982年刊[6])である。

この説によると本書は、「ヨーロッパで戦争に巻き込まれて辛い思いをしている人々への勇気づけの書」であるとされている。この観点から読み解けば、エピソードの多くは具体的な背景を持つ。以下に3つほど例示する。

  • 3本のバオバブの木を放置しておいたために破滅した星
  • 自分の体面を保つために汲々としている王
    • このエピソードは、王が王子を大使に任命して終わっている。サン=テグジュペリ自身も、フランス国外に脱出したあと、フランス・ヴィシー政府(ドイツによるフランス攻撃でフランスが劣勢になった後に作られた「枢軸国寄り」と評されることも多い、妥協的な政府)から文化大使に任命されている。
  • 501622731
    • 5億162万2731という妙に直截な数字は、第二次世界大戦を引き起こした国民の合計になる[要出典]。そのまえの数字の足し算は、第二次大戦に加担した人間が増えるさまを克明に記録している。[7][8]

著作権と翻訳権編集

フランスを始めEU加盟国の著作権保護期間は個人の死後70年であり、死亡宣告で1944年没と認定されたサン=テグジュペリの保護期間満了は通例では2014年であるが、サン=テグジュペリはフランス著作権法第123条の10における「愛国殉職者」の認定を受けているため、フランス国内では2044年まで著作権が存続する予定である。著作権の保護期間を世界最長の「死後100年」と定めているメキシコでもフランスと同様に2044年まで、アメリカ合衆国では1978年のベルヌ条約加盟以前に旧法下で保護期間を満了しなかった著作物に対する特例に基づき「死後95年または公表後120年のどちらか短い方」の前者が適用され2039年まで著作権が存続する予定。カナダニュージーランドでは1994年末に保護期間を満了し、パブリックドメインとなっている。

日本では岩波書店が独占的な翻訳権を有していたが、原著の日本における著作権の保護期間、サン=テグジュペリのフランスにおける消息不明期間の満了日である1945年9月20日を起算日として、没後50年による正規の保護期間が1995年12月31日に満了し、さらにサンフランシスコ平和条約に基づく戦時加算分の日数として英語版初版本の発行日である1943年4月7日から平和条約発行日の前日の1952年4月28日までの期間が加算されて、2005年1月22日に満了した。これによって論創社宝島社中央公論新社など数社から相次いで新訳が出版された。ただし、日本語の書名である『星の王子さま』は、岩波版の翻訳者であるフランス文学者の内藤濯によるもの(直訳では『小さい王子』あるいは『小さい大公』)であるため、新訳本の出版の際には新訳にふさわしい別の書名をつけるか、本の扉裏やあとがきに内藤濯の考案であることを明示してほしいと、岩波書店などは要望している。

日本語版編集

 
日本語初版表紙・帯(岩波書店)[9]

上述のように、日本では岩波書店が長らく作品の翻訳権を有しており内藤訳のものが流通していたが、2005年1月に翻訳出版権が消失したので、新訳が多く出版された。

なお加藤晴久が2007年に『憂い顔の「星の王子さま」続出誤訳のケーススタディと翻訳者のメチエ』(書肆心水 社)を刊行し、内藤訳と新訳14冊を検証し、強く批判した。また2006年に、注釈本『自分で訳す星の王子さま』(三修社)を刊行した。

英語版編集

1943年に最初の英語版がキャサリン・ウッズによる翻訳で出版されて以来、多くの英訳版が出版されている。

翻案作品編集

映画編集

劇場アニメ編集

アニメ編集

星の王子さま プチ・プランス編集

星の王子さま プチ・プランス
ジャンル テレビアニメ
原作 サン・テグジュペリ
企画 西野清市(ナック)、島谷陽一郎
演出 安彦良和ほか
出演者 松野達也(現・松野太紀)
横沢啓子
矢島正明ほか
オープニング 「星の王子さま プチ・プランス」(鈴木賢一郎)
エンディング 「星のサンバ」(トゥンインクル・シスターズ)
プロデューサー 茂垣弘道(ナック)、橋岡宥
制作 朝日放送ナック明通企画
放送
放送国・地域   日本
放送期間 1978年7月4日~1979年3月27日
放送時間 火曜19:30 - 20:00
放送枠 テレビ朝日系列火曜夜7時台枠のアニメ
放送分 30分
回数 35
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1978年7月4日から1979年3月27日まで、日本で『星の王子さま プチ・プランス』のタイトルでアニメーションが放送された。朝日放送(ABC)制作で、毎週火曜日の19時30分 - 20時放送。全39話(本放送では第35話まで)。王子の設定や結末は原作に準拠しているが、王子が様々な星の旅を「ぼく」に語る原作と異なり、王子の地球での一年間の旅を描く物語となっている。王子は自分の星から地球に直行しているため、他の小惑星のエピソードは無い。「ぼく」自体は登場せず、王子の地球における最初の友人となる操縦士と、最終回で王子の帰還を見届ける学者がそれぞれ登場する。それに伴い、原作にないアニメオリジナルのエピソードが大半を占める。提供はキッコーマン1社単独。何度か再放送され、1978年度第3回文化庁こども向けテレビ用優秀映画賞受賞。アメリカにも輸出された(アメリカ版は全26話)。1998年にはBS2衛星アニメ劇場で火曜18時30分から再放送された。

キャスト編集
ゲストキャラクター編集
ゲストキャラクター
第2話 「砂漠と友情」
  • パイロット:矢島正明

第3話 「みどりの星・地球」

第4話「命かがやく朝」

第5話「心のともしび」

第6話「それでも星はまたたく」

第7話「海に浮かぶ城」

第8話「湖のほとりで」

第9話「小さな約束」

第10話「湖をわたる笛の音」

第11話「タンポポと少女」

第12話「山から来た英雄」

第13話「心を結ぶ赤いバラ」

第14話「バラの船長さん」

第15話「虹と少年と盗賊と」

第16話「カモメとぶ海」

第17話「大自然の友情」

  • ジミー:菅谷政子
  • 父親:池田勝

第18話「屋根裏のスミレ」

第19話「なつかしい遠メガネ」

  • クリフ:山本嘉子
  • パパ:岡部政明
  • ママ:渡辺知子

第20話「手のひらの星」

第21話「爽快!木馬レース」

第22話「嵐の中の父と子」

第23話「シモンじいさんの贈り物」

第24話「夢を掘る男」

第25話「飛べ気球!山脈をこえて」

  • マイケル:仲村秀生
  • リック:丸山裕子
  • 母:角谷美佐子

第26話「ローエン山の小さな花」

第27話「走れ!機関車」

  • サム:永井一郎

第28話「愛のララバイ草」

第29話「オーロラの輝くとき」

第30、31話ドリーム号の冒険―前編―、―後編―[11]

第32話「星へ帰りたい」

第33話「飛べ流星号!」

第34話「湖底に消えた村」

  • ウエルトン:池田勝

第35話「友情の橋」

  • アリス:江川菜子
  • オレンジ村長:龍田直樹
  • エリン:向殿あさみ

第36話「森の彫刻[13]

第37話「勇者の丘」[13]

  • ポール:
  • ポールの兄/世話係:井上瑤
  • ニーデル:
  • 王様:

第38話「心に歌うヴァイオリン」[13]

  • マーシャル:
  • タルタン:西尾徳
  • マミエル:

第39話「おやすみなさい王子さま」[13]

  • 考古学者:

冒頭のあいさつ文は字幕テロップとともに以下のとおり放送された。

この物語りを
世界中の子供達に
また自分が子供だった頃を
忘れがちな大人達に
そして
うわべだけでなく
物事の ほんとうの美しさを
見つめる勇気を持った
すべての人々に
心からの友情をこめて
 贈ります。
     サン・テクジュペリ

[14]

スタッフ編集
主題歌編集
  • オープニングテーマ「星の王子さま プチ・プランス

   作詞 - 阿久悠 / 作曲 - 三木たかし / 編曲 - 長戸大幸 / 歌 - 鈴木賢三郎

鈴木はフレーベル館が運営するコーラスグループ「フレーベル少年合唱団」のメンバー時代にソロでテーマソングを吹き込んだ。現在もOB会などがあるときにゲスト出演することがある。

オープニング映像は、再放送用の素材が1種類しか現存していないらしく、作画監督などの表記がすべて昆進之介名義になっている。本放送用のオープニング映像は、最後の部分が提供用として少し尺が長くなっている。これはDVDの映像特典で確認できる。

  • エンディングテーマ 「星のサンバ」

   作詞 - 阿久悠 / 作曲 - 三木たかし / 編曲 - 長戸大幸 / 歌 - トゥインクル・シスターズ

再放送では、エンディング映像が現存していなかったために全話、第9話の映像を使用していた。近年DVD化に伴い発掘作業を行った結果、一部を除くほとんどのエンディング映像が見つかった。

レコードは本放送時にキャニオンレコード(現在のポニーキャニオン)からリリースされたものの、アニメソング関係のCDアルバムに収録されていなかったために入手が困難であったが、2018年12月19日に日本コロムビアからリリースされた「誰もが勇気を忘れちゃいけない〜大事なことはすべて阿久悠が教えてくれた〜」で両曲とも収録されたことにより、約40年ぶりに日の目を見ることとなった。

放送リスト編集
放送日 話数 サブタイトル 脚本 演出 絵コンテ 備考
1978年
7月4日
1 ふるさとの小さな星 多地映一 安彦良和 タイトルのバックは宇宙に浮かぶB612番星
7月11日 2 砂漠の友情 吉田進
7月18日 3 みどりの星・地球 伊東恒久 関田修 タイトルのバックは最初に王子が降り立った夜の砂漠
7月25日 4 命かがやく朝 三浦将則
8月1日 5 心のともしび 多地映一
8月8日 6 それでも星はまたたく 金子武郎
8月15日 7 海に浮かぶ城 伊東恒久 鹿島典夫
8月22日 8 湖のほとりで 吉田喜昭
8月29日 9 小さな約束 足立明
9月5日 10 湖をわたる笛の音 桜井正明 関田修
9月12日 11 タンポポと少女 山崎晴哉 鹿島典夫
9月26日 12 山から来た英雄 伊東恒久 三浦将則
10月3日 13 心を結ぶ赤いバラ 神田武幸
10月10日 14 バラの船長さん 吉田喜昭 寺田和男 タイトルのバックが宇宙に浮かぶB612番星に戻る
10月17日 15 虹と少年と盗賊と 山崎晴哉 関田修
10月24日 16 カモメとぶ海 安藤豊弘 寺田和男
10月31日 17 大自然の友情 吉田喜昭 関田修
11月7日 18 屋根裏のスミレ 三浦将則 安彦良和
11月14日 19 なつかしい遠メガネ 鹿島典夫 岡本良雄
11月21日 20 手のひらの星 関田修 神田武幸
11月28日 21 爽快!木馬レース 山崎晴哉   寺田和男
12月5日 22 嵐の中の父と子 安藤豊弘 関田修 中村一
12月19日 23 シモンじいさんの贈り物 吉田進 神田武幸
1979年
1月9日
24 夢を掘る男 杉江慧子 三浦将則 岡本良雄
1月16日 25 飛べ気球!山脈をこえて 桜井正明 鹿島典夫 中村一
1月23日 26 ローエン山の小さな花 吉田喜昭 関田修 勝井千賀雄
1月30日 27 走れ!機関車 桜井正明 寺田和男
2月6日 28 愛のララバイ草 杉江慧子 三浦将則 中村一
2月13日 29 オーロラの輝くとき 山崎晴哉   寺田和男
2月20日 30 ドリーム号の冒険 ―前編― [15]
2月27日 31 ドリーム号の冒険 ―後編― 伊東恒久 関田修 福原悠一
3月6日 32 星へ帰りたい 鹿島典夫 神田武幸
3月13日 33 飛べ流星号! 善名らい太   寺田和男
3月20日 34 湖底に消えた村 筒井ともみ 田中一 福原悠一
3月27日 35 友情の橋 伊東恒久 関田修
未放送 36 森の彫刻師 [15]
37 勇者の丘
38 心にうたうヴァイオリン
39(最終話) おやすみなさい王子さま
放送局編集
テレビ朝日系ABC制作) 火曜19時台後半(1978年7月 - 1979年3月)
前番組 番組名 次番組
星の王子さま プチ・プランス
※ここまでABC制作アニメ枠

斉藤由貴の星の王子様編集

原題:Der Kleine Prinz(1990)WOWOW(ドイツのアニメーション)

【日本語版】

Le Petit Prince 星の王子様(プラネタリウム番組用)編集

五藤光学研究所により2006年に製作されたプラネタリウム番組。25分。バーチャリウム用全天周版とスライド版の2バージョンが存在する。

【主要キャスト】

星の王子さま(2010年版)編集

2010年にメソッド・アニメーションにより製作された全52話の3DCGアニメ。同年12月にフランス3で初めて放送。主題歌はヤニック・ノア、音楽はフレデリック・タルゴーンケルンWDR交響楽団の演奏であった。

舞台編集

1985年の舞台編集

1985年2月14日 - 3月5日 民音、ユニゾン・カムパニー、コマ・スタジアムによる「ミュージカル 星の王子さま」をシアター・アプルで上演。脚本・作詞・演出 佐藤信。主演、吉田日出子加藤健一1987年1月21日 - 2月11日再演。

音楽座の舞台編集

初演

1993年音楽座が「リトルプリンス」を初演。上演直前に、『星の王子さま』原作の権利を管理するガリマール出版社からクレームを受けるが、3か月限定、再演は不可という形で許可を得た。上演後、音楽座を運営する株式会社ヒューマンデザインがガリマール出版社と交渉し、内容を一部原作に忠実に改め、タイトルを『星の王子さま』として、ミュージカル化権を世界で初めて正式に獲得した。

再演

2000年TBSホリプロが、株式会社ヒューマンデザインより上演権を買い取り(音楽座が1998年に解散している)、トリビュート音楽座ミュージカルを上演。茂森あゆみが主演。

再々演

2003年2005年宮﨑あおいが主演(制作・TBS)。

宝塚歌劇団の舞台編集

2012年7月27日から宝塚歌劇団花組が『サン=テグジュペリ―「星の王子さま」になった操縦士』(宝塚大劇場:7月27日 - 8月27日・東京宝塚劇場:9月14日 - 10月14日)として蘭寿とむ蘭乃はなが主演。

星の王女さま編集

星の王女さま(ほしのおうじょさま)は「星の王子様」をモチーフにした作品。2018年4月に上演[21]。出演は伊藤理々杏ほか乃木坂46の3期生8名[21]

上演日程

配役

(以上、乃木坂46)

スタッフ

朗読・音楽編集

ドラマCD編集

発売・販売元: キャラモモ(2009年9月24日発売)

【キャスト】

ゲーム編集

星の王子さま:その先の物語(日本語版:2015年8月発売)[24]

漫画編集

星の王子さま

商業使用編集

サン=テグジュペリの死後、権利継承者である遺族は、星の王子さまが純粋な童話であることを理由に、作品の商業ライセンスを長年許可しなかった。しかし、世界的な要望と、違法な無断使用の出現を無視できなくなったことから、1986年、「作品の本来のイメージを損なわない」ことを条件にして、商業ライセンス使用を世界的に解禁することとなった。[27]

日本では、1987年に「株式会社セラム」が日本国内のライセンスの総代理店になり、星の王子さまビジネスを展開してきた。2006年には、ライセンス管理をグループ会社「株式会社Le Petit Prince」に移管し、株式会社セラムは商品開発とイベント運営を行う体制とした[28]

2014年3月1日より、日本国内での商品化ライセンス管理が「ワーナー・ブラザース コンシューマープロダクツ」(ワーナー ブラザース ジャパン)に移管された。セラム社は「箱根星の王子さまミュージアム」「寄居 星の王子さまPA」「自社開発グッズ」で「Succession Antoine de Saint-Exupery」のライセンスを保有している。

その他編集

小惑星編集

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 日本経済新聞」2006年4月4日付夕刊および下記参照。
  2. ^ サン=テグジュペリ デッサン集成, みすず書房, 2007.4.25, p.316-319
  3. ^ Jérôme Dupuis, L'Express Livres; On a retrouvé les dessins du Petit Prince!”. L'Express. 2006年6月閲覧。, 鳥取絹子;読売新聞2006年5月16日号
  4. ^ [1]
  5. ^ 同展図録, TBS, 2007.4.24, p.113
  6. ^ ISBN 978-4121006387
  7. ^ 『その数字に対してわざわざ「私はこまかいんだ!(大久保訳)」という台詞を附しているのも、この戦争に巻き込んだ全ての国に対する憎悪がある』[要出典]
  8. ^ 『こういった理由から、本書については、「ファンタジーの衣をまとってはいるが、極めて政治的な告発のために執筆が試みられた可能性」を含む指摘がある。この説は、「ファンタジーである」とする説と両立するものであるようにも思われ、「ファンタジー説」を攻撃的に批判するような形態はとっていないようにも思える。しかし、ファンタジー派からはいまだ強い反感を抱かれている』[要出典]
  9. ^ 星の王子さま(岩波初版)
  10. ^ 王子役は、当時児童劇団所属で小学校5年生だった松野太紀(当時は本名でもある「達也」名義)が務め、松野の事実上の声優デビュー作となった。
  11. ^ 第30話のエンディングが見つかっていないためキャストは定かではない。
  12. ^ a b c エンディングのクレジットでは表記なし
  13. ^ a b c d エンディングが見つかっていないためキャストは定かではない。
  14. ^ オープニングテーマが終わった後、舞台となった星からフレームインする形で「Pure&Natural(ピュアー・アンド・ナチュラル)」の略「P&N」のロゴを写し、その後ズームダウンして、キッコーマンの当時の企業姿勢

    「Pure&Natural」
    純粋・自然であること。
    これがキッコーマンのねがいです

    という字幕を出しながら矢島が提供クレジット「ピュアー・アンド・ナチュラル。キッコーマンは食生活に失われがちな純粋なもの、自然なものを大切にしてきました。味の世界を豊かに広げるキッコーマンがお送りします」と述べていた。

  15. ^ a b エンディングが見つかっていないため第9話のエンディングの映像を使用
  16. ^ 河北新報』1979年3月4日 - 5月5日付朝刊、テレビ欄。
  17. ^ 日刊スポーツ』1978年9月10日 - 10月8日付、テレビ欄。
  18. ^ 『河北新報』1978年7月4日 - 1979年3月27日付朝刊、テレビ欄。
  19. ^ 福島民報』1978年8月7日 - 1979年4月16日付朝刊、テレビ欄。
  20. ^ 『日刊スポーツ』1978年9月2日 - 10月7日付、テレビ欄。
  21. ^ a b c d e 乃木坂46の3期生メンバーによる舞台「星の王女さま」上演決定. ナタリー (ナターシャ). (2018年3月6日) 2018年3月31日閲覧。
  22. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 「星の王女さま」Nelke Planning ネルケプランニング 2018年4月1日閲覧.
  23. ^ a b c d e f g “乃木坂46、3期生出演の舞台開幕「選抜メンバーのいない8人と思われたくない」”. 音楽ナタリー (ナターシャ). (2018年4月6日). https://natalie.mu/music/news/276951 2018年4月9日閲覧。 
  24. ^ 「星の王子さま」のカードゲーム登場、飛行機に乗って王子を探す冒険へ”. 映画ナタリー (2015年8月17日). 2015年8月17日閲覧。
  25. ^ 少年ジャンプ+ 星の王子さま
  26. ^ 漫☆画太郎12年ぶり週刊連載は、サン☆テグジュペリ原作の「星の王子さま」”. コミックナタリー (2017年9月25日). 2017年12月23日閲覧。
  27. ^ 「星の王子さま」日本国内HPウェイバックマシン(2000年10月2日アーカイブ分)
  28. ^ 「星の王子さま」日本国内HPウェイバックマシン(2007年9月11日アーカイブ分)
  29. ^ 書籍検索(星の王子さま フランス語) - 第三書房
  30. ^ 「はやぶさ」を支えた声。2005年11月29日。

関連項目編集

外部リンク編集