ユジノサハリンスク

ユジノサハリンスク: Южно-Сахалинск: Yuzhno-Sakhalinsk、ユージュナ・サハリーンスク)は、ロシア連邦実効支配が及ぶ極東連邦管区サハリン州都市で、同州の州都である[1]

ユジノサハリンスク
Южно-Сахалинск
ユジノサハリンスク名所
ユジノサハリンスク名所
ユジノサハリンスクの市旗 ユジノサハリンスクの市章
市旗 市章
位置
ユジノサハリンスクの位置の位置図
ユジノサハリンスクの位置
座標 : 北緯46度57分40秒 東経142度43分57秒 / 北緯46.96111度 東経142.73250度 / 46.96111; 142.73250
歴史
開村 1882年
旧名 豊原市
ウラジミロフカ村
行政
ロシアの旗 ロシア (実効支配)
 連邦管区 極東連邦管区
 行政区画 サハリン州の旗 サハリン州
 市 ユジノサハリンスク
市長 Andrey Lobkin
地理
面積  
  市域 164.66 km2
標高 40 m
人口
人口 (2020年現在)
  市域 200,636人
    人口密度   1,218.49人/km2
その他
等時帯 マガダン時間 (UTC+11)
郵便番号 693000–693023
市外局番 +7 4242
ナンバープレート 65
公式ウェブサイト : http://yuzhno.sakh.ru/

日本語では旧称である「豊原」と呼ぶこともあるが、ユジノサハリンスク市域は日本統治時代の行政区分では、豊原市豊北村川上村のそれぞれの一部にあたり、豊原とは区域が完全には一致していない。日本統治時代(1905年 - 1945年)は樺太庁が置かれていた。

概要編集

 
南東部郊外(ミーラ大通り(旧東8条通り)近辺)に林立するフルシチョフカ様式集合住宅の夜景。遠方にそびえるのはユジノサハリンスキー山脈(旧樺太山脈)

人口20万人(2020年)。サハリン州の州都で、州内で最大の都市である。市名は「南サハリンの町」の意。 サハリン島(樺太)の南部に位置し、東はススヤ連峰(鈴谷山脈)、西はユジノサハリンスキー山脈(樺太山脈)に囲まれた盆地(鈴谷平野)で、ススヤ川(鈴谷川)が市内を流れる。

1965年(昭和40年)に日本の樺太墓参団が訪問した当時の人口は約9万人規模。急ピッチで5~6階建てのコンクリート製フルシチョフカ様式アパート群が建設されており、日本時代を偲ばせられたものは旧豊原駅および旧樺太庁博物館程度だったとされている。住民数に比べて交通量は少なく、市内の目抜き通りであるレーニナ通り(旧豊原大通り)には、まだ信号機が無かった[2]

かつてはホルムスク(真岡)まで通じていた(現在は途中駅迄)鉄道の分岐点。ロシアに存在する都市としては、唯一碁盤目状になっているが、住所表記はロシアおよび欧米全般で一般的な「~通り○番地」が用いられている。輸送機関の修理工場をはじめ、鉱山漁業皮革家具などの工場の他、高等師範学校、林、工、商の各種中等学校がある。

駅前には、レーニン像が残っている。

地理編集

サハリン島で唯一10万人以上の人口を持つ都市。ススヤ川に臨む。外国人の島内旅行や船での航行、海岸や天然湖でのレクリエーションには連邦保安局や国境警備隊の許可が必要である。

気候編集

亜寒帯湿潤気候湿潤大陸性気候)(Dfb)で、夏の最高気温は20℃前後で大陸のハバロフスクイルクーツクより涼しく、が多発する。冬は最高-8℃、最低-19℃と厳寒で、年間降水量は大陸内部より多い。

ユジノサハリンスクの気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 4.3
(39.7)
6.2
(43.2)
12.5
(54.5)
22.9
(73.2)
27.8
(82)
30.8
(87.4)
30.8
(87.4)
34.7
(94.5)
29.0
(84.2)
22.8
(73)
18.1
(64.6)
7.4
(45.3)
34.7
(94.5)
平均最高気温 °C (°F) −6.7
(19.9)
−5.3
(22.5)
−0.3
(31.5)
6.9
(44.4)
13.4
(56.1)
17.7
(63.9)
20.8
(69.4)
22.4
(72.3)
18.9
(66)
12.2
(54)
3.2
(37.8)
−3.7
(25.3)
8.3
(46.9)
日平均気温 °C (°F) −12.2
(10)
−11.6
(11.1)
−5.6
(21.9)
1.7
(35.1)
6.9
(44.4)
11.7
(53.1)
15.5
(59.9)
17.3
(63.1)
13.2
(55.8)
6.5
(43.7)
−1.6
(29.1)
−8.6
(16.5)
2.8
(37)
平均最低気温 °C (°F) −17.0
(1.4)
−17.3
(0.9)
−10.7
(12.7)
−2.4
(27.7)
2.5
(36.5)
7.5
(45.5)
12.0
(53.6)
13.6
(56.5)
8.5
(47.3)
1.8
(35.2)
−5.4
(22.3)
−13.1
(8.4)
−1.7
(28.9)
最低気温記録 °C (°F) −31.6
(−24.9)
−34.8
(−30.6)
−31.1
(−24)
−17.3
(0.9)
−10.0
(14)
−2.0
(28.4)
1.5
(34.7)
1.0
(33.8)
−4.2
(24.4)
−9.0
(15.8)
−22.6
(−8.7)
−29.0
(−20.2)
−34.8
(−30.6)
降水量 mm (inch) 49
(1.93)
37
(1.46)
49
(1.93)
59
(2.32)
67
(2.64)
51
(2.01)
83
(3.27)
110
(4.33)
114
(4.49)
99
(3.9)
81
(3.19)
62
(2.44)
861
(33.9)
降雪量 cm (inch) 49.3
(19.41)
58.1
(22.87)
54.6
(21.5)
30.2
(11.89)
7.3
(2.87)
0.0
(0)
0.0
(0)
0.0
(0)
0.0
(0)
5.2
(2.05)
11.7
(4.61)
21.9
(8.62)
238.3
(93.82)
平均降雨日数 0.3 0.4 2 9 17 17 20 19 19 18 9 2 132.7
平均降雪日数 25 24 24 13 3 0.1 0 0 0 4 20 26 139.1
湿度 83 81 78 76 77 83 86 86 83 80 81 83 82
平均月間日照時間 133.9 142.3 186.0 194.4 200.9 208.3 171.1 156.2 187.2 163.7 115.2 100.8 1,960
出典 1: Pogoda.ru.net[3]
出典 2: [4]

人口編集

人口のうち約2万人は第二次世界大戦前に日本統治下にあった朝鮮半島から移住していた朝鮮系元日本人が、また約2万人は第二次世界大戦後に共産圏の北朝鮮から移住・帰化した元北朝鮮人が占める。

人口
1885189519201925[5]1935[6]1959[7]1962[8]
5713014 17615 28028 45985 51086 000
1967[8]1970[9]1973[8]1975[10]1976[11]1979[12]1982[13]
92 000105 840120 000130 000130 000139 861150 000
1985[14]1986[11]1987[15]1989[16]1990[17]1991[11]1992[11]
147 000152 000166 000159 299178 000164 000165 000
1993[11]1994[11]1995[14]1996[14]1997[18]1998[14]1999[19]
165 000162 000177 000178 000181 000177 000179 900
2000[20]2001[14]2002[21]2003[8]2004[22]2005[23]2006[24]
179 200176 200175 085175 100174 200173 600173 400
2007[25]2008[26]2009[27]2010[28]2011[29]2012[30]2013[31]
173 200173 800174 722181 728181 651186 267190 227
2014[32]2015[33]2016[34]
192 734192 780193 669

歴史編集

交通編集

 
ユジノサハリンスク国際空港
 
ユジノサハリンスク上空を飛行中のシベリア航空 エアバスA320-214機内からの眺め

航空編集

郊外南西にあるユジノサハリンスク空港(旧:豊原大沢飛行場)で、ロシア国内の主要都市および(日本を含む)周辺国の都市と接続している。

ロシア国内編集

直行便はモスクワブラゴヴェシチェンスクハバロフスクウラジオストク。本空港を経由地としているのは、国後島メンデレーエフ空港)、択捉島ヤースヌイ空港)、オハシャフチョルスクノグリキ

日本編集

日本の間では、オーロラ(旧・サハリン航空)により新千歳空港成田国際空港の間に定期便がある。かつては函館空港との定期便も存在した。

その他編集

ソウルハルビン(運休中)、プーケットプーケット国際空港)。

海上編集

南にある近郊都市コルサコフ市(旧大泊)の港湾施設 - 稚内(日本)間との間を行き来する稚泊連絡船ペンギン33HSLによる船体内部紹介HP)が2017年9月21日迄の夏季期間中、サハリン州の船舶会社サスコ社による運行で就航していた(日本側の窓口はHSL北海道サハリン航路株式会社が担当)。以降の航路再開については現在も調整が続いている。航路利用に限り、8日間までの電子ビザをロシア外務省の特設サイト [1] から請求できる。島西岸のホルムスク港からはロシア本土へのフェリーが運行されている。

2015年迄は、より船体規模も大きく設備も充実していた稚泊連絡船アインス宗谷ハートランドフェリー)が就航(4月から12月までの限定。船内施設解説HP)していた[35]

1989年には、旧ソ連側の運行により、サハリン9号が同航路に就航。

鉄道編集

ユジノサハリンスク駅の入り口玄関は東口のみ。

2000年代前半頃迄には、シネゴルスク・サナトリウム(旧川上温泉)行き専用列車「マトリサ号」が運行していた。

1994年に発生した宝台ループ線トンネル内崩落の復旧が見送られた為、サハリン州第二の都市「ホルムスク(旧真岡)」間の鉄道路線は1995年に廃止されている。

 
現在のユジノサハリンスク駅
 
ユジノサハリンスク駅(改装前)

バス編集

開業は1946年3月20日。現在はユジノサハリンスク駅東口前のレーニン広場南縁西端にバスセンター施設(解説HP)があり、各路線別に料金は一律化されている。循環線はバス車体ではなくマイクロバス車体(マルシュルートカ)で運行。解説HP1解説HP2

主なバス路線編集

  • 63番:(後述の大型ショッピング・モール「シティモール」経由)「ユジノサハリンスク空港」行。
  • 7番、19番、20番、45番:市内循環線
    • 「ガガーリン公園」経由:7番、19番、20番。
    • 「ガガーリン公園」経由および「V.I.記念広場(勝利広場)」経由:7番。
  • 111番:アニワ:(旧:留多加)行。
  • 112番:ドリンスク:(旧:落合)いき。
  • 115番:コルサコフ(旧:大泊)行。

都市間バス編集

500番台の都市間バスは座席予約が必要。

電子ビザ編集

  • 2017年8月8日から、日本国民はユジノサハリンスクからロシア連邦に入国するための電子ビザが取得できるようになった。有効期限は、入国日から8日間有効で、専用Webサイトから無料で申請でき、不備等が無ければ、原則として申請から4日以内に発行される[36]

官公署・公的機関編集

 
レーニン広場(レーニナ通りが接する東縁方向)奥にそびえるユジノサハリンスク市役所庁舎
 
ユジノサハリンスク郵便局
 
ロシア陸軍軍事裁判所

医療機関編集

日本国外務省が発表した『世界の医療事情「ロシア(ユジノサハリンスク)」』にて、詳細がネット公開されている。

 
ユジノサハリンスク陸軍病院

文化編集

マスメディア編集

新聞編集

  • ガジェタ カピータル・エクスプリェッス(ロシア語表記「Газета «Капитал Экспресс»」。「首都特急新聞」のロシア語訳)
  • ガジェタ サハリンスキーイェ・ヴェダマスチー(ロシア語表記「Газета «Сахалинские ведомости»」。「サハリン住民発言新聞」のロシア語訳)
  • ガジェタ ティェリェミール(ロシア語表記「Газета «ТелеМир»」。「世界通信新聞」のロシア語訳)
  • ガジェタ ユージュナ・サハリンスク・シヴォードニャ(ロシア語表記「Газета «Южно-Сахалинск сегодня»」。「『今日のユジノ・サハリンスク』紙」のロシア語訳)
  • ガジェタ ルィバク・サハリーナ(ロシア語表記「Газета «Рыбак Сахалина»」。「サハリン漁師新聞」のロシア語訳) - 1983年創刊。漁業関係機関に設立された業界紙。週1回発行。1994年7月時点での発行部数は約2万。
  • ガジェタ グビェルンスキーイェ・ヴェードモスチー(ロシア語表記「Газета «Губернские ведомости»」。「サハリン州公報新聞」のロシア語訳) - 1991年創刊。サハリン州政府が発行。週1回発行。1994年7月時点での発行部数は約1万。
  • ガジェタ ハローシャヤ・ガジェタ・サハリーナ(ロシア語表記「Газета «Хорошая газета Сахалина»」。「サハリン新聞」のロシア語訳)
  • ガジェタ フ・カージュドゥイ・ドーム・サハリーナ(ロシア語表記「Газета «В Каждый дом Сахалина»」。「『サハリンの全ての家で』新聞」のロシア語訳)
  • ガジェタ サヴィェートスキー・サハリン(ロシア語表記「Газета «Советский Сахалин»」。「サハリン同盟新聞」のロシア語訳)
  • ガジェタ スヴァボードヌィイ・サハリン(ロシア語表記「Газета «Свободный Сахалин»」。「自由サハリン新聞」のロシア語訳) - 1990年創刊。サハリン州議会とユジノサハリンスク市議会が共同発行。週1回発行。1994年7月時点での発行部数は約1万1千。
  • フリー・サハリン・ニュース - 上記「ガジェタ スヴァボードヌィイ・サハリン」の英字新聞版。1993年創刊。
  • ガジェタ フショー・ドゥリャー・ヴシェーフ(ロシア語表記「Газета «Всё для Всех»」。「『全ては皆の為』新聞」」のロシア語訳)
  • ガジェタ カムサモーリスカヤー・プラヴダ・ナ・サハリーニェ(ロシア語表記「Газета «Комсомольская правда на Сахалине»」。「サハリン共産主義者真実新聞」のロシア語訳)
  • ガジェタ エムカー・ナ・サハリーニェ(ロシア語表記「Газета «МК на Сахалине»」。「サハリンMK新聞」のロシア語訳)
  • セ・コリョ・シンムン(「新高麗新聞」) - 1949年創刊。在樺コリアン向けにサハリン州議会が発行。ハングル語使用。1994年7月時点での発行部数は約3千。
  • オーストラフ・サクロービシチ(「宝島」のロシア語訳) - 1991年創刊。ユジノサハリンスク市開基110周年記念の子供新聞。記事の作成および投稿者は、市内在住の小中学生。

地域ローカル雑誌、タウン情報誌編集

  • ガロードスカイ・インファルマツィオーンヌィー 2ゲーイーエス(ロシア語表記「Городской информационный справочник «2ГИС»」。「都市情報ガイド『2GIS』」のロシア語訳) - 2013年 4月1日創刊。
  • アフトーマビリヌィー・ジュールナル ナ・ウリーツァフ・ガローダ(ロシア語表記「Автомобильный журнал «На улицах города»」。「自動車雑誌『街の街』」のロシア語訳) - 2010年創刊。
  • イェジェミェシャーチュヌィー・ジュールナル アソーバイェ・ムニェーニイェ(ロシア語表記「Ежемесячный журнал «Особое Мнение»」。「月刊誌「特別意見』」のロシア語訳)
  • ジュールナヤ ヂェローヴァイ・ユージュナ・サハリーンスク(ロシア語表記「Журнал «Деловой Южно-Сахалинск»」。「雑誌『商業サハリン』」のロシア語訳) - 2007年創刊。
  • ジュールナヤ サブィーチヤ・サハリーナ(ロシア語表記「Журнал «События Сахалина»」。「雑誌『サハリンの出来事』」のロシア語訳)
  • リェギアナーリナイェ・インファルマツィオーンナイェ・アギェーントストヴァ サハリーン・クリールィ(ロシア語表記「Региональное информационное агентство «Сахалин-Курилы»」。「地域情報機関誌『サハリン・クリル諸島(旧千島列島)』」のロシア語訳)
  • テーイーアー オーストラヴァ(ロシア語表記「ТИА «Острова»」。「TIA 『諸島』」のロシア語訳)
  • ガジェタ アルグメーントゥイ・イ・ファークトゥイ(ロシア語表記「Газета Аргументы и факты」。「新聞の議論と事実」のロシア語訳)。2008年時点における発行部数は約300万部。

地上波デジタル・テレビ放送編集

全国ネット局(主に「ロシア1」「チャンネル1」「エヌテーヴェー」)については、ロシア東西にて10種類に区分されている放送用時間帯(国内時差とは別物)の内、「第1地域」に分類され、首都モスクワとの時差は(日本とモスクワとの時差より更に1時間多い)7時間もあるサハリン州ユジノサハリンスク市においては、モスクワと同じタイムテーブルの番組をそのまま放送する訳にはいかず、(一般人には開放していない)国内各遠隔地向け衛星回線や同用途の地上マイクロ通信回線を通じてキー局より一度受信・デジタル録画。その後、各地の配列局が各自担当する放送時間帯に合わせてタイムテーブルを調整し再送放送している。

チャンネル 放送局名 キー局 地上波アナログでも放送 備考 ネット放送
3 チャンネル1(ロシア語表記「 1TV Россия」) 同一局 経営母体の筆頭株主は「連邦国家資産管理局」。「ソビエト連邦中央テレビ」を発祥とし、その後「Soviet Television Channel 1」→「Soviet Television Network 1」→「Ostankino Channel 1」→「Public Russian Television」を経て、現局に至る。旧ソ連時代から現ロシア連邦初期に至る長い年月の中で、事実上のフラグシップTV局であった。視聴者参加政治討論番組や健康番組、ニュース番組など。
5 ロシア24(ロシア語表記「Россия 24」) 同一局 全ロシア国営テレビ・ラジオ放送会社(Всероссийская государственная телевизионная и радиовещательная компания (ВГТРК) )」が運営するニュース専門チャンネル。
10 ロシア1(ロシア語表記「Россия 1」) 同一局 前述の「全ロシア国営テレビ・ラジオ放送会社」が経営母体。ソ連崩壊前に、エリツィン大統領が末期ソ連政府公共放送「チャンネル1」に対抗する目的・意図を以つ「当時ソ連構成国で最大であったロシア共和国」版公共放送として改組した。「Program Three」を発祥とし、その後「All-Union Program Two」→「All-Union Television 2」→「All-Union Channel 2」→「RTR」→「RTR1」→「RTRロシア」を経て、現局に至る。ニュース番組や音楽番組、学園コメディドラマなど。 ②(ロシア国内よりネット接続PCのみ視聴可)
12 アーエステーヴェー(アリチェルナチーフナエ)(ロシア語表記「АСТВ (Альтернативное Сахалинское Телевидение)」) 「ASTV 次世代サハリン・テレビ」のロシア語訳。公式HP
21 ピェールヴィ・ムリチープリェクス・ツィフローヴァガ・テーヴェー DVB T2(ロシア語表記「 Первый мультиплекс цифрового ТВ DVB T2」) 同一局 「第一多重化デジタルテレビ DVB T2」のロシア語訳。
23 チェ(ロシア語表記「Че」) 同一局 「(近くの物を指し示す)それ」のロシア語訳。ドラマ番組が多くを占める。 ①(ロシア国内もしくはウクライナ国内よりネット接続PCのみ視聴可)
27 オーテーヴェー サハリン・イ・クリールィ(ロシア語表記「ОТВ - Сахалин и Курилы」) 「Oテレビ サハリン・クリル諸島」のロシア語訳。公式HP(グーグル翻訳を介した日本語訳表示)
30 エヌテーヴェー(ロシア語表記「НТВ (Россия) 同一局 現在の経営母体は「ガスプロム・メディア」。局名の先頭文字である「Н」は「Независимое (独立)」「Новое (新しい)」「Наше (我々の)」 等の意味が込められ、その名の通り、政府に批判的なニュースや報道で人気を博したが、近年ではプーチン政権の圧力に屈し、報道番組は激減。その為、政治要素の薄い娯楽系番組(ロシア映画、刑事ドラマ)や凶悪犯罪分析ドキュメンタリー番組、家庭内問題調停バラエティ番組が放送の大半を占めている。「Program 4」を発祥とし、その後「Network 4」→「National Channel 4」→「Channel 4 Ostankino」を経て、現局に至る。
33 エステーエス(ロシア語表記「СТС」) 同一局 「STS」のロシア語訳。ドラマ、子供向けアニメ、料理番組など。 ①(ロシア国内もしくはウクライナ国内よりネット接続PCのみ視聴可)
35 エルイェーエヌTV /エーハ・サハリーナ(ロシア語表記「РЕН ТВ / Эхо Сахалина」) 「REN TV /サハリンの反響」のロシア語訳。
43 マートチュTV(ロシア語表記「Матч ТВ」) 同一局 「一致TV」のロシア語訳。
46 カーナル5(ロシア語表記「5 Канал」) 同一局 「チャンネル5」のロシア語訳。推理ドラマ、コメディドラマなど。 ①(ロシア国内もしくはウクライナ国内よりネット接続PCのみ視聴可)
49 ロシアK(ロシア語表記「Россия К」) 同一局 前述の「全ロシア国営テレビ・ラジオ放送会社」が経営母体。いわゆる教育TVチャンネル(局名の「К」は「文化」のロシア語訳「Культура」頭文字)。 ①(ロシア国内よりネット接続PCのみ視聴可)
51 フトーライ・ムリチープリェクス・ツィフローヴァガ・テーヴェー DVB T2(ロシア語表記「Второй мультиплекс цифрового ТВ DVB T2 同一局 「第ニ多重化デジタルテレビ DVB T2」のロシア語訳。

ラジオ放送編集

FMラジオ編集

放送時間帯「第1地域」に準拠した番組タイムテーブル再編成および再送については、「地上波テレビ放送」全国ネット局系列で述べた事情と同じ(「デジタル録画」ではなく「デジタル録音」)。

ユジノサハリンスク・ラジオ放送局(旧日本放送協会豊原放送局)より送信。

下記放送の幾つかは、ライブストリーミング方式にてネット配信もされている。ネット放送HP

周波数
MHz
放送局名 キー局 備考 ネット放送
87,90 アフト・ラジオ(ロシア語表記「Авторадио」) 同一局 「自動ラジオ」のロシア語訳
88,30 リェートロFM(ロシア語表記「Ретро FM」) 同一局 「懐古FM」のロシア語訳。旧ソ連時代の若者向けラジオ放送局「リェートロ・ラジオ」が発祥。 http://retrofm.ru/online/player.php
88,90 ラジオ・ピェーカルド(ロシア語表記「Радио Рекорд」) 同一局 エアチェック・ラジオ」のロシア語訳
89,90 ルースカイェ・ラジオ(ロシア語表記「Русское радио」) 同一局 「ロシア・ラジオ」のロシア語訳
101,70 ラジオ・シャンソーン(ロシア語表記「Радио Шансон」) 同一局 シャンソン・ラジオ」のロシア語訳 https://radioshanson.ru/
102,50 エヴローパ・プリュース(ロシア語表記「Европа Плюс」) 同一局 「欧州プラス」のロシア語訳 http://retrofm.ru/online/player.php
102,90 ロックFM(ロシア語表記「Rock FM」) 同一局 「ロックFM」のロシア語訳
103,50 ラジオ・マヤーク(ロシア語表記「Радио Маяк」) 同一局 ビーコン無線」のロシア語訳
104,40 シティ・サハリン(もしくは「シーチ・サハリーン」(ロシア語表記「Сити Сахалин」)) ラヴ・ラジオ(ロシア語表記「Love Radio」。「愛情ラジオ」のロシア語訳 かつての旧王子製紙豊原工場敷地の一角に立地。公式HP(ロシア語) http://www.loveradio.ru/player.htm?region=26711#
105,10 グプラン・ラジオ・ダーチャ(ロシア語表記「план Радио Дача」) 同一局 別荘(ダーチャ)計画ラジオ」のロシア語訳。公式HP http://www.radiodacha.ru/player.htm
105,50 ラジオACTB(ロシア語表記「Радио АСТВ」) 前述の「ASTV 次世代サハリン・テレビ」FMラジオ放送部門 https://radio.astv.ru/#horoscope
106,00 ラジオ・ロッシイー(ロシア語表記「Радио России」) 同一局 「ロシア・ラジオ」のロシア語訳 https://www.radiorus.ru/
106,50 ダロージュナイェ・ラジオ(ロシア語表記「Дорожное радио」) 同一局 道路ラジオ」のロシア語訳 http://retrofm.ru/online/player.php
107,20 ヴェスティーFM(ロシア語表記「Вести FM」) 同一局 「ニュースFM」のロシア語訳。前述の「全ロシア国営テレビ・ラジオ放送会社」が経営母体。
AMラジオ編集

夜間には、稚内ラジオ中継局からの中波放送(NHKラジオ第1放送NHKラジオ第2放送STVラジオHBCラジオ)が鮮明に受信出来る。

周波数
kHz
放送局名 呼出符号 空中線
電力
放送対象地域 (日本国内における)放送区域
内世帯数
開局日 ネット放送
927 NHK
旭川第1
なし 1 kW 道北圏(上川留萌
宗谷・北空知
約2万6500世帯 1947年
3月21日
http://radiko.jp/#!/live/JOIK
1197 STV
ラジオ
北海道 1986年
11月6日
http://radiko.jp/#!/live/STV
1368 HBC
北海道放送
JOTS http://radiko.jp/#!/live/HBC
1467 NHK
旭川第2
なし 全国 1953年
3月29日
http://radiko.jp/#!/live/JOAB

この他、かつて米ソ冷戦時代の対日政治宣伝を主要目的として開局された「旧モスクワ日本語放送(後に「ロシアの声」に改称)」サハリン局(720 kHz (500 kW) )がユジノサハリンスク市(送信施設:北緯46度50分00秒東経142度54分00秒)に存在し、毎日夜間6時間以上におよぶ長時間放送を行なっていたが、2013年12月31日を以って閉局している。

教育編集

大学編集

専門学校編集

高等学校編集

  • マオーウ・ソーシュ(公立高等学校。ロシア語表記:МАОУ СОШ)
    • 第13校 - ミーラ大通り(旧東8条通り)・ハバロフスカヤ通り・クリーリスカヤ通り・フィスクリツールナヤ通りに囲まれた区画に立地。グーグル・ストリートビュー画像

その他編集

  • 児童館子供と青年の創作活動の家(その他の呼称として「子供の宮殿」「チルドレンズ・クリエイティビティ・パレス」等) - 後述のチェーホフ・センター一角に立地する児童向け課外活動教育施設。旧ソ連時代、全土に置かれたピオネール宮殿のユジノサハリンスク支部建物を(一時期は映画館施設「プリミエル」に転用の後)再び児童館施設として復帰。運動施設(コマンドサンボ柔道器械体操)や文化教育施設(絵画彫刻チェス裁縫ダンス)、その他、児童劇団公演ステージ等。夏季にはサマーキャンプも企画・開催される。
  • マオーウ・ノーシュ(公立小中一貫校。ロシア語表記:МАОУ НОШ)
  • ジェツカヤ・フドジェストヴェンナヤ・シュコーラ(ロシア語表記:Детская художественная школа。「児童美術学校」のロシア語訳) - 旧樺太公立豊原第一国民学校跡地(ロシア政府機関「フェデラーナリエ・ブチー(ロシア語表記:Федеральное БТИ。「連邦BTI」のロシア語訳)」やフルシチョフカ様式アパート数棟が立地)の南方向隣接区画に立地。

スポーツ編集

 
アジアリーグアイスホッケー「PSKサハリン 対 王子イーグルス」(アイスパレスクリスタル。2016年4月10日)
 
FCサハリン・ユジノサハリンスク試合チケット
  • サッカー
    • FCサハリン・ユジノサハリンスク - 1969年創設。ホームスタジアムは(勝利広場内にある)屋外サッカー場「スパルタク・スタジアム。1992年(当時、ピーク人口5万1800人を迎えていた)同州都市ホルムスク(旧真岡町)に一度ホーム移転(チーム名称も「FCポルトヴィク・エネルギア・ホルムスク」に改名)していたが、2004年より再びユジノサハリンスク市にホーム復帰。2011年にはロシア全体の3部リーグに当たるロシア・セカンドディビジョンに所属。
    • かつて1993年~1995年(FCサハリンがホーム地をホルムスクに移転していた期間)の間、(ロシア国内の各地に様々なスポーツクラブを保有・運営していた)アヴドモビリスト(もしくは「アフトーマビリスト」。ロシア語表記:Автомобилист)もユジノサハリンスクをホーム地とするサッカー新クラブ「アフトーマビリスト・サハリン」を創設・運営していたが、現在は存在しない(解散したのか、ホーム地をロシア国内の別都市に移転したのか、それとも他クラブに吸収統合されたのか不明(調査中))
  • アイスホッケー
  • 女子バレーボール
    • PSK「サハリン」 - チーム創設は2012年。前述のアイスホッケークラブおよび後述のバスケットボールチームと経営会社およびホームスタジアムは同一。2016年4月、ロシア2部リーグ「ロシアAリーグ」で優勝を果たし、ロシア1部リーグ「ロシア・バレーボール・スーパーリーグ」に昇格。

宗教施設編集

キリスト教(ロシア正教会)編集

グーグルマップ「русская православная церковь Южно-Сахалинск」 の参照も推奨。

 
復活主教座聖
 
聖ニコライ聖堂(ユジノサハリンスク市)

キリスト教(カトリック)編集

 
ユジノサハリンスク・カトリック教会
  • ユジノサハリンスク・カトリック教会(カトリチェスキャー・ツェエルコブィ・ユージュナサハリンスク(Католическая церковь в Южно-Сахалинске)) - パピェードゥイ大通り沿い(西方向近隣に日本料理屋「ニホンミタイ」)に立地。グーグルストリートビュー画像立地場所(グーグルマップ)

キリスト教(プロテスタント)編集

 
複音の家パブテスト教会(ユジノサハリンスク市)

日本統治時代に建てられた宗教施設編集

2000年代半ば前後および2010年代半ば前後に、神奈川大学が訪露。現地で現況を調査し、下記論文をまとめている(両論文共にネット上で公開)。

 
1929年(昭和4年)の旧豊原市街地図。幾つかの寺院名・立地場所が確認出来る。
 
1933年(昭和8年)以降の旧豊原豊原市街地図。「寺」とだけ記載された宗教施設が幾つか確認出来る。
神道系編集
 
現在の旧官幣大社樺太神社跡地に造られたコンクリート製の宝物殿風建造物
仏教系編集
  • 景行寺 - レーニナ通り(旧豊原大通り)とハバロフスカヤ通りが交差する角地(北西側区画)のやや奥に立地していた(ちなみに同交差角地の北東側区画にはサハリン州立美術館(旧北海道拓殖銀行豊原支店)が立地)。現在、建物は現存せず、跡地に家具・建築資材店「ドーム・メーベリ(「家具の家」のロシア語訳)」が立地している。グーグル・ストリートビュー
  • 日蓮寺 - パピェードゥイ通り南側にT字に繋がるアムールスカヤ通り(旧東一条通りの一部)沿い(「ギームナジーヤー No.2」(「第二体育館」のロシア語訳。ロシア語表記:Гимназия №2。旧「樺太公立豊原第二国民学校」)南西近隣付近)にに立地していた。建物は現存せず跡地にはフルシチョフカ様式アパート群が林立している。グーグル・ストリートビュー
  • 乗願寺 - 上述の「旧日蓮寺」西方向に隣接して(同じくパピェードゥイ通り南側およびアムールスカヤ通り(旧東一条通りの一部)沿いに)立地していた。1974年頃迄には、地区郵便局建物として利用されていたが、現在、建物は現存せず跡地には美容院「ユージュナヤ(ロシア語表記:Южная。「南」のロシア語訳)」、スーパー「ガストロノム・ユジュニ(ロシア語表記:。「ユジュニー食料品店」のロシア語訳)」、ドラッグストア「アプチェーカ № 24(ロシア語表記:Аптека № 24。「第24薬局」のロシア語訳)」、靴店「ラルフ・リンガー」が立地している。グーグル・ストリートビュー
  • 法恩寺 - 旧南三丁目およびクリリスカヤ通り南側付近に立地していた。グーグル・ストリートビュー
  • 慈恵院 - 旧南八丁目および「チェホヴァ通り」「ラジュジェストヴェーンスカヤ通り」「クラスナヤ通り」に囲まれた付近に立地していたが、建物は現存せず。跡地南西部分には後述されている商業施設「スラビヤンスキー・バザール」、同南東部分にはフルシチョフカ様式アパート、同北西部分には生地店「リュビモエ・デロ(ロシア語表記:Любимое дело。「好きな商売」のロシア語訳)」、国際宅配便「クリエル・セルヴィス・エクスプリェース(ロシア語表記:Курьер Сервис Экспресс。「特急宅配便」のロシア語訳)」、「ソガス保険(ロシア語表記:Согаз)」、高級喫茶「チェルナヤ・コーシュカ(ロシア語表記:Черная кошка。「黒猫」のロシア語訳)」、同北東部分にはエステティックサロン「グロッス(ロシア語表記:Глосс)」、日焼けサロン「ソリャリ・リュクス(ロシア語表記:Солярий Люкс)」、喫茶「ブランチ・カフェ」、建築会社「エスカーエフ・スフェーラ(ロシア語表記:СКФ "Сфера"。「SKF球」のロシア語訳)」が立地している。グーグル・ストリートビュー(北西角より中央方向)グーグル・ストリートビュー(北東角より中央方向)グーグル・ストリートビュー(南西角より中央方向)グーグル・ストリートビュー(南東角より中央方向)
  • 弘法寺 - 1974年頃迄には、住居として利用されていた。

本節の冒頭付近にて画像掲載されている「1933年(昭和8年)以降の旧豊原中心部」地図にて、「寺」とのみ記載されている(ちなみに「1929年(昭和4年)の旧豊原市街」地図ではまだ存在していないらしく未記載)下記寺院は、上述した旧弘法寺もしくは別の寺院かは不明。

その他編集

 
共同墓地(ユジノサハリンスク市)
  • 共同墓地 - 中心部より南方。路線バスで約40分程。墓地内には墓参者向けのベンチやテーブルも設置されている。
    • 奥にある日本人墓地は容易に乗り越えられない程の高さがある(黒色塗装金属製の檻の様な)塀で囲っている。
    • グーグルマップで同墓地を検索すると、神社の鳥居画像が併せて表示されるが、その様な建造物は此処には存在していない。

観光編集

市内地図1」「市内地図2」も併せて参照を推奨。

公園編集

 
レーニン広場
 
サハリン州立動物園で飼われているアルパカ
 
ガガーリン記念文化公園遊園地
 
ガガーリン公園内のヴェルフニー湖
 
ガガーリン公園内の子供鉄道
 
勝利広場

ミュージアム、演劇場、映画館編集

 
サハリン州立ユジノサハリンスク郷土史博物館
 
サハリン州立ユジノサハリンスク郷土史博物館内の展示物の一つ
 
サフィンツェントル本館
 
チェーホフ『サハリン島』記念館
 
A.P.チェホフ記念サハリン国際ドラマ劇場
 
カムサモーリェッツ映画館 館内
  • サハリン州立ユジノサハリンスク郷土史博物館(サハリンスキー・オブラスノイ・クラィエヴエチェスキー) - 1931年(昭和6年)、旧「樺太庁博物館」建物として貝塚良雄により設計・建築。かつて前州都「アレクサンドロフスク・サハリンスキー」にあった歴史博物館機能および陳列品も吸収統合している。1990年には同館内にあったチェーホフ・コーナーが(同じ市内にある「チェーホフ『サハリン島』記念館」にではなく)逆にアレクサンドロフスク・サハリンスキーにあるチェーホフ記念施設へ移設されている。1950年代後半には、横綱大鵬(出生当時のロシア名は「イヴァーン・ボリシコ」)の実父であるウクライナ系残留ロシア人マルキャン・ボリシコも守衛を勤めていた事がある。解説HP
  • サハリン州立美術館中国語: 萨哈林州美术馆 - 前述のレーニン広場東縁沿いを南北に伸びるレーニナ通り(旧豊原大通り)沿いに立地する旧北海道拓殖銀行豊原支店建物(新古典主義建築)建物を流用。収蔵点数は約1万4000点を誇り、近現代美術作品の他、イコン画や北方少数民族の生活用品・工芸品を展示。解説HPグーグル・ストリートビュー画像
  • サハリンスキー・ムゼイ・メドヴェジャ(「サハリン生息クマ博物館」ロシア語訳) - 後述の大型ショッピングモール「シーチモルル」5Fに入居(ガガーリン記念文化公園(旧御大典記念豊原市民公園)内より移転)。公式HP(ロシア語)店内グーグル・ストリートビュー画像)」
  • 勝利広場内
    • マヤ・イストーリア(「私の歴史」ロシア語訳)博物館 - 2015年開館。古代から現代に渡るロシア全土の歴史を網羅。
    • パペーダ(「幾多の勝利」ロシア語訳)博物館(もしくは「対日戦勝記念博物館」) - 2015年開館。第二次世界大戦終戦直後に行われた北方領土侵攻作戦の成功を記念。「占守島の戦い」再現ジオラマも展示。解説HP
  • サハリン鉄道歴史博物館 - ユジノサハリンスク駅およびホテルユーラシア北隣りに立地。機関車が動体保存展示。解説HPグーグル・ストリートビュー画像
  • 栄光広場(旧官幣大社樺太神社鳥居前広場)内
    • 軍事技術博物館
  • 地質博物館
  • サフィンツェントル本館(もしくは「サヒンセンター」「貿易センタービル」) - コンベンション・センター施設も兼ねたサハリン州所有の7階建て巨大ビル。海外観光客向けの物産土産物販売コーナーも附設。2005年には、前庭にてTHE BOOMが野外コンサートを開催。
  • チェーホフ・センター - ロシアの劇作家・短編小説家「アントン・チェーホフ」を偲び、記念に建造された屋内文化施設群。中心部をユジノサハリンスク駅よりガガーリン記念文化公園手前まで東西を横断するカムニスチーチェスキー通り(旧神社通り)カムサモーリスカヤー通り(旧東11条通り)が交差する角地に立地。現在は全ての世代の市民・観光客に門戸が開かれた文化娯楽施設集積地区だが、かつて旧ソ連時代においては(アントン・チェーホフ記念施設以外は)ピオネールなど完全選抜制の共産党青少年組織向け施設群や共産党員専用ホテル「ラーダ」(現インターナショナル・ビジネスセンター・ホテル。解説HP)が立地していた。
    • チェーホフ『サハリン島』記念館(もしくは「チェーホフ・ミュージアム) - 解説HP
    • A.P.チェホフ記念サハリン国際ドラマ劇場 - 旧樺太庁豊原高等女学校(建物は現存せず)跡地に立地。
    • 児童と若者用劇場
    • コンサートホール「カプリチオ(「狂想曲」「奇想曲」ロシア語訳)」
    • 児童館施設チルドレンズ・クリエイティビティ・パレス児童演劇場 - かつては旧ソ連時代の「ピオネール宮殿ユジノサハリンスク支部」建物を2000年より映画館プリミエル(「主役」ロシア語訳)として運営していたが、現在は再び児童館施設に戻されている。
  • カムサモーリェッツ映画館 - 前述のレーニナ通りおよび(前述のカムニスチーチェスキー通りに北方向に四区画置いて並行し、東西に伸びる)サハリーンスカヤ通り(旧真岡通り)が交差する角地(後述のサハリンデパート北方向向かい)に立地するロシア語吹替専門映画館。旧ソ連時代は共産党青年組織「コムソモール」施設「若者文化センター・コムソモール」。
  • 映画コンサートホール「キノ・テアトル・アクチャブリィ(「10月の映画館」ロシア語訳)」 - 隔年1月下旬にて、「日本映画祭 in サハリン」が在ユジノサハリンスク日本総領事館主催で開催される。旧ソ連時代は共産党少年組織ピオネールの下位組織「オクチャブリャータ」施設。
  • 人形劇専用劇場「奇跡の島」 - 前述の「映画コンサートホール「キノ・テアトル・アクチャブリィ」裏手に立地。
  • 他の市内映画館としては、後述の大型ショッピングモール「シティモール」3Fフロア内映画館、後述の複合型商業施設パノラマホテル映画館がある。

スポーツ観戦施設、健康施設編集

 
屋外サッカー場スパルタク・スタジアム
 
シネゴルスク・サナトリウム付近の泥火山

解説HP1解説HP2グーグル・マップYouTube上での同施設公式チャンネル動画集(ロシア語)

商業編集

買い物スポット解説HP の参照も推奨。

駅近辺(レーニナ通り(旧豊原大通り)沿い、サハリーンスカヤ通り(旧真岡通り)沿い)編集

 
露天型自由市場「ルイノク」
  • サハリンデパート(もしくは「サハリンスキー・ウニヴェルマーグ」。ロシア語表記「Сахалинский универмаг」)ユジノサハリンスク本店 - 前述のレーニナ通りおよび前述のサハリーンスカヤ通りが交差する角地に立地する市内随一の老舗百貨店。地上4階・地下1階があり、総床面積は4,000㎡(フロア・マップ(公式HP(ロシア語)))。敷地内に専用駐車場も設けているが、土地が不足している都心部という事もあり、約60台程しか駐車出来ない。戦前の三越百貨店旧豊原支店建物(新古典主義建築。二つの通りに沿ってL字状に建てられている)を利用。市場型経済への急激な移行でロシア経済が混乱していた1990年代前半頃は経営を立て直す必要に迫られ、(旧ソ連時代の都市によく見られた)子供百貨店「タヴァールィ・ドリャー・ヂェチェイー(ТОВАРЫ ДЛЯ ДЕТЕИ、「子供用品」のロシア語訳)」として経営されていた期間もあった。最上階の窓は、日本国内の老舗百貨店にてよく見られる大きな窓が並んでいる(室内からの眺望性を重視し且つ陽光による陳列商品の色落ち劣化を心配する必要の無い飲食店街が最上階に入居するケースが顕著だった為)が、大衆食堂形式の飲食店は地階に配置されている。前述の交差点角方向沿いの壁面に大型LEDモニタを設置。公式HP(ロシア語)グーグル・ストリートビュー画像

主なフロア構成は下記の通り。

フロア概要
4F 理髪店、他複数テナント店、店内調光管理室、支配人室
3F 観光ガイド映像TV、最新アパレル店、レース加工品店、針刺し店、宝石店、サロン型家具店、他複数テナント店
2F 書店写真スタジオ手芸品店衣料品店キーロフ産専門毛皮店記念品店および画廊、他複数テナント店
1F 薬局花屋時計修理屋靴屋カメラ店、鉢植え園芸店、小サイズ靴店、リボン店、両替店、他複数テナント店
B1F 食品スーパースタローヴァヤ(ロシア風大衆食堂)、他複数テナント店
  • 自由市場ウクペフ」 - 前述のサハリーンスカヤ通りおよび(ユジノサハリンスク駅より北方向に続く)線路が交差する踏切手前(踏切を挟んだ隣地は露天型自由市場「ルイノク」)に立地する屋内施設型自由市場(外見は大型ショッピングモール)。「成功」のロシア語訳が店名の由来。裏手の通りには、在樺コリアン業者が多くを占める露天型自由市場「ヴァストーク市場」が開かれている。グーグル・ストリートビュー画像
  • カリンカ - サハリーンスカヤ通り沿い、前述の自由市場ウクペフに隣接する大型商業施設。スーパーがテナントで入居。グーグル・ストリートビュー画像
  • 食品・衣料品スーパーオケアン - レーニナ通り沿いに立地。旧ソ連時代は全国各地に展開していた国営(主に缶詰加工された)海産物卸売チェーンだったが、現在は民営化。地階にはユジノサハリンスク市内大手のDVDショップチェーン店も入居。グーグル・ストリートビュー画像
  • ドムピータ - レーニナ通り沿い(但し、駅東口より南方向)に立地する中型商業施設。グーグル・ストリートビュー画像
  • テフニカ市場 - レーニナ通り沿い(駅東口より南方向へ徒歩約12分)に立地する中型商業施設。主に生鮮食料品が主体。店内で購入したピロシキなど食事出来るフードコートも備わっている。
    • かつて市内在住朝鮮系ロシア人が経営していた「海産物店アホーツカエ・モーリェ(ロシア語で「オホーツク海」を意味する)」建物再利用の可能性がある(調査中)。
  • その他、中規模以上の商業施設(いずれも中心部に立地)として、スーパー・スタリーチヌイ、スーパー・ピェールヴィー・セメイヌィー(もしくはピエルビー・マガジン。「マガジン」とはロシア語で「商店」を意味する)ユジノサハリンスク店(解説HP)や、(西方向裏手(旧景行寺跡地に立地)になるが)家具・建築資材店「ドーム・メーベリ」がある。他、旧ソ連時代から市内各地に見られたキオスク珍品玩具購入体験者による解説HP)も健在である。

閉店編集

  • 衣料品店ルスラン
  • 国営レコードレーベルメロディア」直営レコード店チェーン・ユジノサハリンスク店 - 1990年代半ば頃に閉店。レーニナ通り(駅東口より南方向)およびパピェードゥイ通りが交差する角地(北東側区画)に立地していた。現在、跡地は書店になっている。

郊外南西部(旧大沢地区、ホムトヴォ国際空港(旧豊原大澤飛行場)手前付近)編集

 
シティモール(北側)
 
シティモール(西側)
 
シティモール3階フードコートフロア
 
シティモール店内を周回するパーク・トレイン風低速バッテリーカー(児童のみ乗降可)

主なフロア構成は下記の通り。

フロア概要
6F キッチン家具ショールーム
5F サハリン生息クマ博物館(二代目)、ゲームセンター
4F 家具店、複数テナント店
3F フードコート解説HP映画館、子供向け屋内遊園器具パーク
2F 複数アパレルショップ
1F 食品スーパー「シティマーケット」、複数テナント店
  • 大型玩具店「ブブリー・グム」(ロシア語表記「Бублb Гум」) - ミーラ大通り(旧東8条通り)沿いに立地。グーグル・ストリートビュー画像
  • その他、中規模以上の商業施設として、サハリン州大手家電量販店チェーン「DNS」ユジノサハリンスク支店がある。

中心部東部(ミーラ大通り(旧東8条通り)沿い・近辺、およびカムサモーリスカヤ通り(旧東11条通り)沿い・近辺)編集

 
複合型商業施設パノラマ・ホテル

主なフロア構成は下記の通り。

フロア概要
3F 衣料品店、衣服修繕店、ネイルサロン、サハリン州土産物屋アパレル店、美容コンサル店、韓国化粧品専門店、韓国料理喫茶、アップルストアパソコンショップ、男性洋服店、婦人服店、子供服店、タイ式マッサージ店、トイレ(男性用および女性用)
2F 衣料品店、ストッキング専門店、子供洋品店、家具洋品店、紳士服店、婦人服店、家具店空中連絡通路
1F 珈琲店、ネイルサロン、花屋宝石店ワイシャツネクタイ店、電子タバコ専門店、アウトドア店眼鏡屋薬局携帯ショップ靴屋下着店、時計屋香水店、紳士服チェーン店、水着屋、衣料品店、トイレ(男性用)、連絡通路
B1F スーパーマーケット珈琲豆紅茶販売店
  • メガポリスデパート - (ガガーリン記念公園南側縁の中央付近を起点として南へ伸びている)ゴーリカヴァ通り沿い立地。ユジノサハリンスクで最初にエスカレーターが設置された商業施設。グーグル・ストリートビュー画像
  • 複合型商業施設パノラマ(ロシア語で「眺望」)・ホテル - ミーラ大通り(旧東8条通り)沿い南方に立地。(主にホームセンターである)大型商業施設パノラマ、映画館パノラマ、ホテルにより構成。グーグル・ストリートビュー画像
  • スラビヤンスキー・バザール - 旧「慈恵院」跡地の一部(南西側)に立地。駐在外国人や富裕層の需要を狙って起業された輸入食材専門の高級スーパー。物価が日本と然程変わらないユジノサハリンスク市にある食材店でありながら、日本製カップラーメン等が約3~4倍程の価格で売られている。グーグル・ストリートビュー画像
  • その他、中規模以上の商業施設(いずれも中心部に立地)として、マナルフ(前述のメガポリスデパート向かい)、プラザ、トゥリ・セミョルキ、回転寿司屋ニホンミタイ、ゲルメス・ルシがある。

郊外北東部(ミーラ大通り(旧東8条通り)沿い・旧王子製紙豊原工場敷地周辺)編集

祭り・催事編集

 
午後8時を過ぎても「ユジノサハリンスク「まちの日」祭典」で賑わうレーニン広場

名物・名産品編集

菓子、嗜好品、料理、食料品編集

 
スタカンチク
 
旧ソ連時代に多く普及したガラスコップ備え付けモルス自動販売機
ファイル:Конфеты Приморские.jpg
プリモールスキー・カンヂーチェル販売版「鳥のミルク」である「プリモルスキエ」箱パッケージ
 
スニェトーク

雑貨、宝飾品編集

 
マトリョーシカ

進出している日系企業・団体編集

日本との関係編集

日本製品など編集

 
日本も参加しているサハリン2 LNGプロジェクト
 
現在もサハリン州所有ビジネスビル「サフィンツェントル別館」として利用されている旧豊原市役所庁舎建物
 
帝冠様式が特徴の旧樺太庁博物館(現サハリン州立ユジノサハリンスク郷土史博物館)正面入り口玄関
 
サハリン鉄道歴史博物館にて動体展示されているD51機関車

ユジノサハリンスク市内のホテルでは、CNNの他にNHK衛星放送を見ることが出来る。市内には、日本食レストランが数軒あり、日本から輸入した食材で食事ができる。市内にはみちのく銀行の支店があったが、2007年12月29日限りで営業を終了した。

日本統治時代の建築および日本統治時代からの残留日本人もわずかながら残っている。2003年には日本建築学会から、「ユジノーサハリンスクにおける日本期歴史建造物調査」が発表された[39]。日本時代の建造物の状況について、まとめられている。その他、有志による草の根的な考察も随時行われている[40]

在外公館編集

友好都市編集

脚注編集

  1. ^ 加賀美雅弘『世界地誌シリーズ 9 ロシア』朝倉書店、2017年、149頁。ISBN 978-4-254-16929-4
  2. ^ 「20年ぶりの樺太 消え去った日本色」『日本経済新聞』昭和40年8月1日.14面
  3. ^ Pogoda.ru.net” (Russian). 2007年9月8日閲覧。
  4. ^ http://www.wunderground.com/NORMS/DisplayIntlNORMS.asp?CityCode=32150&Units=metric Seasonal Weather Averages
  5. ^ Администрация губернаторства Карафуто Результаты переписи 1925 года: Домовладения и численность населения — Тоёхара, 1926. — С. 18—27. — 30 с.
  6. ^ Администрация губернаторства Карафуто Результаты переписи 1935 года: Домовладения и численность населения — Тоёхара, 1936. — С. 15—19. — 25 с.
  7. ^ Всесоюзная перепись населения 1959 года. Численность городского населения РСФСР, её территориальных единиц, городских поселений и городских районов по полу”. Демоскоп Weekly. 2013年4月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年9月25日閲覧。
  8. ^ a b c d Народная энциклопедия «Мой город». Южно-Сахалинск
  9. ^ Всесоюзная перепись населения 1970 года Численность городского населения РСФСР, её территориальных единиц, городских поселений и городских районов по полу.”. Демоскоп Weekly. 2013年4月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年9月25日閲覧。
  10. ^ Российский статистический ежегодник, 1998 год
  11. ^ a b c d e f Российский статистический ежегодник. 1994”. 2016年5月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年5月18日閲覧。
  12. ^ Всесоюзная перепись населения 1979 года Численность городского населения РСФСР, её территориальных единиц, городских поселений и городских районов по полу.”. Демоскоп Weekly. 2013年4月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年9月25日閲覧。
  13. ^ Народное хозяйство СССР 1922-1982 (Юбилейный статистический ежегодник)
  14. ^ a b c d e Российский статистический ежегодник. Госкомстат, Москва, 2001”. 2015年5月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年5月12日閲覧。
  15. ^ Народное хозяйство СССР за 70 лет. Юбилейный статистический ежегодник. Финансы и статистика, Москва, 1987 год”. 2016年6月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月28日閲覧。
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  37. ^ 書籍「'94サハリン紀行 北緯50度線を越える鉄道の旅」(共著:小林博明三田真弘、出版:日本興行株式会社)第3章 サハリン最後の夜
  38. ^ 神奈川大学論文「人類文化研究のための非文字資料の体系化, 01: 126-157『旧樺太(南サハリン)神社跡地調査報告(2004年3月)』」(共著:冨井正憲、藤田庄市、中島三千男)
  39. ^ 井澗裕, 角幸博、「ユジノーサハリンスクにおける日本期歴史建造物調査」『日本建築学会計画系論文集』 2003年 68巻 571号 p.121-128, doi:10.3130/aija.68.121_2, 日本建築学会
  40. ^ 調査・解説HP(注:樺太神社を豊原神社と混同や豊原高等女学校跡地調査など、ごく僅かの間違いを含んでいる)

外部リンク編集

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