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ユジノサハリンスク: Южно-Сахалинск: Yuzhno-Sakhalinsk、ユージュナ・サハリーンスク)は、ロシア連邦の実効支配が及ぶ極東連邦管区サハリン州都市で、同州の州都である[1]。なお、この都市を含む北緯50度以南の樺太については、ロシアによる領有を認める国際法は存在しない。

ユジノサハリンスク
Южно-Сахалинск
ユジノサハリンスク名所
ユジノサハリンスク名所
ユジノサハリンスクの市旗 ユジノサハリンスクの市章
市旗 市章
位置
ユジノサハリンスクの位置の位置図
ユジノサハリンスクの位置
座標 : 北緯46度57分40秒 東経142度43分57秒 / 北緯46.96111度 東経142.73250度 / 46.96111; 142.73250
歴史
開村 1882年
旧名 豊原市
ウラジミロフカ村
行政
ロシアの旗 ロシア (実効支配)
 連邦管区 極東連邦管区
 行政区画 サハリン州の旗 サハリン州
 市 ユジノサハリンスク
市長 Andrey Lobkin
地理
面積  
  市域 164.66 km2
標高 40 m
人口
人口 (2018年現在)
  市域 198,973人
    人口密度   1,209人/km2
その他
等時帯 マガダン時間 (UTC+11)
郵便番号 693000–693023
市外局番 +7 4242
ナンバープレート 65
公式ウェブサイト : http://yuzhno.sakh.ru/

日本語では旧称である「豊原」と呼ぶこともあるが、ユジノサハリンスク市域は日本統治時代の行政区分では、豊原市豊北村川上村のそれぞれの一部にあたり、豊原とは区域が完全には一致していない。日本統治時代(1905年 - 1945年)は樺太庁が置かれていた。

目次

概要編集

 
南東部郊外(ミーラ大通り(旧東8条通り)近辺)に林立するフルシチョフカ様式集合住宅の夜景。遠方にそびえるのはユジノサハリンスキー山脈(旧樺太山脈)

人口約19万4千人(2016年)。サハリン州の州都で、州内で最大の都市である。市名は「南サハリンの町」の意。 サハリン島(樺太)の南部に位置し、東はススヤ連峰(鈴谷山脈)、西はユジノサハリンスキー山脈(樺太山脈)に囲まれた盆地(鈴谷平野)で、ススヤ川(鈴谷川)が市内を流れる。

人口のうち約2万人は第二次世界大戦前に日本統治下にあった朝鮮半島から移住していた朝鮮系元日本人が、また約2万人は第二次世界大戦後に共産圏の北朝鮮から移住・帰化した元北朝鮮人が占める。

かつてはホルムスク(真岡)まで通じていた(現在は途中駅迄)鉄道の分岐点。ロシアに存在する都市としては、唯一碁盤目状になっているが、住所表記はロシアおよび欧米全般で一般的な「~通り○番地」が用いられている。輸送機関の修理工場をはじめ、鉱山漁業皮革家具などの工場の他、高等師範学校、林、工、商の各種中等学校がある。

駅前には、レーニン像が残っている。

地理編集

サハリン島で唯一10万人以上の人口を持つ都市。ススヤ川に臨む。外国人の島内旅行や船での航行、海岸や天然湖でのレクリエーションには連邦保安局や国境警備隊の許可が必要である。

気候編集

湿潤大陸性気候で、夏の最高気温は20℃前後で大陸のハバロフスクイルクーツクより涼しく、が多発する。冬は最高-8℃、最低-19℃と厳寒で、年間降水量は大陸内部より多い。

ユジノサハリンスクの気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 4.3
(39.7)
6.2
(43.2)
12.5
(54.5)
22.9
(73.2)
27.8
(82)
30.8
(87.4)
30.8
(87.4)
34.7
(94.5)
29.0
(84.2)
22.8
(73)
18.1
(64.6)
7.4
(45.3)
34.7
(94.5)
平均最高気温 °C (°F) −6.7
(19.9)
−5.3
(22.5)
−0.3
(31.5)
6.9
(44.4)
13.4
(56.1)
17.7
(63.9)
20.8
(69.4)
22.4
(72.3)
18.9
(66)
12.2
(54)
3.2
(37.8)
−3.7
(25.3)
8.3
(46.9)
日平均気温 °C (°F) −12.2
(10)
−11.6
(11.1)
−5.6
(21.9)
1.7
(35.1)
6.9
(44.4)
11.7
(53.1)
15.5
(59.9)
17.3
(63.1)
13.2
(55.8)
6.5
(43.7)
−1.6
(29.1)
−8.6
(16.5)
2.8
(37)
平均最低気温 °C (°F) −17.0
(1.4)
−17.3
(0.9)
−10.7
(12.7)
−2.4
(27.7)
2.5
(36.5)
7.5
(45.5)
12.0
(53.6)
13.6
(56.5)
8.5
(47.3)
1.8
(35.2)
−5.4
(22.3)
−13.1
(8.4)
−1.7
(28.9)
最低気温記録 °C (°F) −31.6
(−24.9)
−34.8
(−30.6)
−31.1
(−24)
−17.3
(0.9)
−10.0
(14)
−2.0
(28.4)
1.5
(34.7)
1.0
(33.8)
−4.2
(24.4)
−9.0
(15.8)
−22.6
(−8.7)
−29.0
(−20.2)
−34.8
(−30.6)
降水量 mm (inch) 49
(1.93)
37
(1.46)
49
(1.93)
59
(2.32)
67
(2.64)
51
(2.01)
83
(3.27)
110
(4.33)
114
(4.49)
99
(3.9)
81
(3.19)
62
(2.44)
861
(33.9)
降雪量 cm (inch) 49.3
(19.41)
58.1
(22.87)
54.6
(21.5)
30.2
(11.89)
7.3
(2.87)
0.0
(0)
0.0
(0)
0.0
(0)
0.0
(0)
5.2
(2.05)
11.7
(4.61)
21.9
(8.62)
238.3
(93.82)
平均降雨日数 0.3 0.4 2 9 17 17 20 19 19 18 9 2 132.7
平均降雪日数 25 24 24 13 3 0.1 0 0 0 4 20 26 139.1
湿度 83 81 78 76 77 83 86 86 83 80 81 83 82
平均月間日照時間 133.9 142.3 186.0 194.4 200.9 208.3 171.1 156.2 187.2 163.7 115.2 100.8 1,960
出典 1: Pogoda.ru.net[2]
出典 2: [3]

人口編集

人口
1885189519201925[4]1935[5]1959[6]1962[7]
5713014 17615 28028 45985 51086 000
1967[7]1970[8]1973[7]1975[9]1976[10]1979[11]1982[12]
92 000105 840120 000130 000130 000139 861150 000
1985[13]1986[10]1987[14]1989[15]1990[16]1991[10]1992[10]
147 000152 000166 000159 299178 000164 000165 000
1993[10]1994[10]1995[13]1996[13]1997[17]1998[13]1999[18]
165 000162 000177 000178 000181 000177 000179 900
2000[19]2001[13]2002[20]2003[7]2004[21]2005[22]2006[23]
179 200176 200175 085175 100174 200173 600173 400
2007[24]2008[25]2009[26]2010[27]2011[28]2012[29]2013[30]
173 200173 800174 722181 728181 651186 267190 227
2014[31]2015[32]2016[33]
192 734192 780193 669
 

歴史編集

交通編集

 
ユジノサハリンスク国際空港
 
ユジノサハリンスク上空を飛行中のシベリア航空 エアバスA320-214機内からの眺め

航空編集

郊外南西にあるユジノサハリンスク空港(旧:豊原大沢飛行場)で、ロシア国内の主要都市および(日本を含む)周辺国の都市と接続している。

ロシア国内編集

直行便はモスクワブラゴヴェシチェンスクハバロフスクウラジオストク。本空港を経由地としているのは、国後島メンデレーエフ空港)、択捉島ヤースヌイ空港)、オハシャフチョルスクノグリキ

日本編集

日本の間では、オーロラ(旧・サハリン航空)により新千歳空港ヤクーツク航空により成田国際空港の間に定期便がある。かつては函館空港との定期便も存在した。

その他編集

ソウルハルビン(運休中)、プーケットプーケット国際空港)。

海上編集

南にある近郊都市コルサコフ市(旧大泊)の港湾施設 - 稚内(日本)間との間を行き来する稚泊連絡船ペンギン33HSLによる船体内部紹介HP)が2017年9月21日迄の夏季期間中、サハリン州の船舶会社サスコ社による運行で就航していた(日本側の窓口はHSL北海道サハリン航路株式会社が担当)。以降の航路再開については現在も調整が続いている。航路利用に限り、8日間までの電子ビザをロシア外務省の特設サイト[1]から請求できる。島西岸のホルムスク港からはロシア本土へのフェリーが運行されている。

2015年迄は、より船体規模も大きく設備も充実していた稚泊連絡船アインス宗谷ハートランドフェリー)が就航(4月から12月までの限定。船内施設解説HP)していた[34]

1989年には、旧ソ連側の運行により、サハリン9号が同航路に就航。

鉄道編集

ユジノサハリンスク駅の入り口玄関は東口のみ。

2000年代前半頃迄には、シネゴルスク・サナトリウム(旧川上温泉)行き専用列車「マトリサ号」が運行していた。

1994年に発生した宝台ループ線トンネル内崩落の復旧が見送られた為、サハリン州第二の都市「ホルムスク(旧真岡)」間の鉄道路線は1995年に廃止されている。

 
現在のユジノサハリンスク駅
 
ユジノサハリンスク駅(改装前)

バス編集

開業は1946年3月20日。現在はユジノサハリンスク駅東口前のレーニン広場南縁西端にバスセンター施設(解説HP)があり、各路線別に料金は一律化されている。循環線はバス車体ではなくマイクロバス車体(マルシュルートカ)で運行。解説HP1解説HP2

主なバス路線編集

  • 63番:(後述の大型ショッピング・モール「シティモール」経由)ユジノサハリンスク空港行。
  • 7番、19番、20番、45番:市内循環線。途中、ガガーリン公園に寄るのは、7番・19番・20番。V.I.記念広場(勝利広場)に寄るのは、7番。
  • 115番:コルサコフ(旧:大泊)行。

電子ビザ編集

  • 2017年8月8日から、日本国民はユジノサハリンスクからロシア連邦に入国するための電子ビザが取得できるようになった。有効期限は、入国日から8日間有効で、専用Webサイトから無料で申請でき、不備等が無ければ、原則として申請から4日以内に発行される[35]

官公署・公的機関編集

 
レーニン広場(レーニナ通りが接する東縁方向)奥にそびえるユジノサハリンスク市役所庁舎
 
ユジノサハリンスク郵便局
 
ロシア陸軍軍事裁判所

医療機関編集

日本国外務省が発表した『世界の医療事情「ロシア(ユジノサハリンスク)」』にて、詳細がネット公開されている。

 
ユジノサハリンスク陸軍病院

文化編集

マスメディア編集

新聞編集

  • ガジェタ カピータル・エクスプリェス(ロシア語表記「Газета «Капитал Экспресс»」。「首都特急新聞」のロシア語訳)
  • ガジェタ サハリンスキーイェ・ヴェダマスチー(ロシア語表記「Газета «Сахалинские ведомости»」。「サハリン住民発言新聞」のロシア語訳)
  • ガジェタ ティェリェミール(ロシア語表記「Газета «ТелеМир»」。「世界通信新聞」のロシア語訳)
  • ガジェタ ユージュナ・サハリンスク・シェゴードニャー(ロシア語表記「Газета «Южно-Сахалинск сегодня»」。「『今日のユジノ・サハリンスク』紙」のロシア語訳)
  • ガジェタ ルィバク・サハリーナ(ロシア語表記「Газета «Рыбак Сахалина»」。「サハリン漁師新聞」のロシア語訳) - 1983年創刊。漁業関係機関に設立された業界紙。週1回発行。1994年7月時点での発行部数は約2万。
  • ガジェタ グビェルンスキーイェ・ヴェードモスチー(ロシア語表記「Газета «Губернские ведомости»」。「サハリン州公報新聞」のロシア語訳) - 1991年創刊。サハリン州政府が発行。週1回発行。1994年7月時点での発行部数は約1万。
  • ガジェタ ハラシャヤー・ガジェタ・サハリーナ(ロシア語表記「Газета «Хорошая газета Сахалина»」。「サハリン新聞」のロシア語訳)
  • ガジェタ フ・カジュドゥイ・ドーム・サハリーナ(ロシア語表記「Газета «В Каждый дом Сахалина»」。「『サハリンの全ての家で』新聞」のロシア語訳)
  • ガジェタ サヴィェートスキーイ・サハリン(ロシア語表記「Газета «Советский Сахалин»」。「サハリン同盟新聞」のロシア語訳)
  • ガジェタ スヴァボードヌィイ・サハリン(ロシア語表記「Газета «Свободный Сахалин»」。「自由サハリン新聞」のロシア語訳) - 1990年創刊。サハリン州議会とユジノサハリンスク市議会が共同発行。週1回発行。1994年7月時点での発行部数は約1万1千。
  • フリー・サハリン・ニュース - 上記「ガジェタ スヴァボードヌィイ・サハリン」の英字新聞版。1993年創刊。
  • ガジェタ フ・ショードゥリャー・ヴシェフ(ロシア語表記「Газета «Всё для Всех»」。「『全ては皆の為』新聞」」のロシア語訳)
  • ガジェタ カムサモーリスカヤー・プラヴダ・ナ・サハリーニェ(ロシア語表記「Газета «Комсомольская правда на Сахалине»」。「サハリン共産主義者真実新聞」のロシア語訳)
  • ガジェタ エムカー・ナ・サハリーニェ(ロシア語表記「Газета «МК на Сахалине»」。「サハリンMK新聞」のロシア語訳)
  • セ・コリョ・シンムン(「新高麗新聞」) - 1949年創刊。在樺コリアン向けにサハリン州議会が発行。ハングル語使用。1994年7月時点での発行部数は約3千。
  • オーストロフ・ソクロビシチ(「宝島」のロシア語訳) - 1991年創刊。ユジノサハリンスク市開基110周年記念の子供新聞。記事の作成および投稿者は、市内在住の小中学生。

地域ローカル雑誌、タウン情報誌編集

  • ガロードスコイ・インフォルマチオンニイ 2ゲーイーエス(ロシア語表記「Городской информационный справочник «2ГИС»」。「都市情報ガイド『2GIS』」のロシア語訳) - 2013年 4月1日創刊。
  • アフトモビーリヌイイ・ジュルナル ナ・ウリーチャフ・ガローダ(ロシア語表記「Автомобильный журнал «На улицах города»」。「自動車雑誌『街の街』」のロシア語訳) - 2010年創刊。
  • イェジェミェシャーチュヌィイー・ジュルナル アサバイェー・ムニェニーイェー(ロシア語表記「Ежемесячный журнал «Особое Мнение»」。「月刊誌「特別意見』」のロシア語訳)
  • ジュルナヤー ジェラヴァイー・ユージュナ・サハリンスク(ロシア語表記「Журнал «Деловой Южно-Сахалинск»」。「雑誌『商業サハリン』」のロシア語訳) - 2007年創刊。
  • ジュルナヤー サブィチーヤー・サハリーナ(ロシア語表記「Журнал «События Сахалина»」。「雑誌『サハリンの出来事』」のロシア語訳)
  • ピェギーアナリナイェー・イーンフォルマチーアンナイェ・アギェーントストヴァ サハリン・クリールィ(ロシア語表記「Региональное информационное агентство «Сахалин-Курилы»」。「地域情報機関誌『サハリン・クリル諸島(旧千島列島)』」のロシア語訳)
  • テーイーアー アストローヴァ(ロシア語表記「ТИА «Острова»」。「TIA 『諸島』」のロシア語訳)
  • ガジェタ アルグメントゥイ・イ・ファクトゥイ(ロシア語表記「Газета Аргументы и факты」。「新聞の議論と事実」のロシア語訳)。2008年時点における発行部数は約300万部。

地上波テレビ放送編集

地域ローカル局編集
全国ネット局系列編集

ロシア東西にて10種類に区分されている放送用時間帯(国内時差とは別物)の内、「第1地域」に分類され、首都モスクワとの時差は(日本とモスクワとの時差より更に1時間多い)7時間もあるサハリン州ユジノサハリンスク市においては、モスクワと同じタイムテーブルの番組をそのまま放送する訳にはいかず、(一般人には開放していない)国内各遠隔地向け衛星回線や同用途の地上マイクロ通信回線を通じてキー局より一度受信・デジタル録画。その後、各地の配列局が各自担当する放送時間帯に合わせてタイムテーブルを調整し再送放送している。

全国放映能力を有していた旧ソビエト時代の国営放送の内、様々な紆余曲折を経て生き残ったロシア版三大ネットワークTVとも言うべき下記局が挙げられる。

  • ロシア1 - ソ連崩壊前に、エリツィン大統領が末期ソ連政府公共放送「チャンネル1」に対抗する目的・意図を以つ「当時ソ連構成国で最大であったロシア共和国」版公共放送として改組した。「Program Three」を発祥とし、その後「All-Union Program Two」→「All-Union Television 2」→「All-Union Channel 2」→「RTR」→「RTR1」→「RTRロシア」を経て、現局に至る。ネット放送(ビデオオンデマンド(極東地域向け))
  • チャンネル1 - 「Soviet Central TV」を発祥とし、その後「Soviet Television Channel 1」→「Soviet Television Network 1」→「Ostankino Channel 1」→「Public Russian Television」を経て、現局に至る。旧ソ連時代から現ロシア連邦初期に至る長い年月の中で、事実上のフラグシップTV局であった。ネット放送(ライブストリーミング)
  • エヌテーヴェー(ロシア語表記「НТВ」) - 局名の先頭文字である「Н」は「Независимое (独立)」「Новое (新しい)」「Наше (我々の)」 等の意味が込められ、その名の通り、政府に批判的なニュースや報道で人気を博したが、近年ではプーチン政権の圧力に屈し、報道番組は激減。その為、政治要素の薄い娯楽系ロシア映画作品が放送の大半を占めている。「Program 4」を発祥とし、その後「Network 4」→「National Channel 4」→「Channel 4 Ostankino」を経て、現局に至る。ネット放送(ライブストリーミング)

ラジオ放送編集

FMラジオ編集

放送時間帯「第1地域」に準拠した番組タイムテーブル再編成および再送については、「地上波テレビ放送」全国ネット局系列で述べた事情と同じ(「デジタル録画」ではなく「デジタル録音」)。

ユジノサハリンスク・ラジオ放送局(旧日本放送協会豊原放送局)より送信。

下記放送の幾つかは、ライブストリーミング方式にてネット配信もされている。ネット放送HP

周波数
MHz
放送局名 キー局 備考 ネット放送
87,90 アフト・ラジオ(ロシア語表記「Авторадио」) 同一局 「自動ラジオ」のロシア語訳
88,30 リェートロFM(ロシア語表記「Ретро FM」) 同一局 「懐古FM」のロシア語訳。旧ソ連時代の若者向けラジオ放送局「リェートロ・ラジオ」が発祥。 http://retrofm.ru/online/player.php
88,90 ラジオ・ピェーカルド(ロシア語表記「Радио Рекорд」) 同一局 エアチェック・ラジオ」のロシア語訳
89,90 ルースカイェ・ラジオ(ロシア語表記「Русское радио」) 同一局 「ロシア・ラジオ」のロシア語訳
101,70 ラジオ・シャンソーン(ロシア語表記「Радио Шансон」) 同一局 シャンソン・ラジオ」のロシア語訳
102,50 エヴローパ・プリュース(ロシア語表記「Европа Плюс」) 同一局 「欧州プラス」のロシア語訳 http://retrofm.ru/online/player.php
102,90 ロックFM(ロシア語表記「Rock FM」) 同一局 「ロックFM」のロシア語訳
103,50 ラジオ・マヤーク(ロシア語表記「Радио Маяк」) 同一局 ビーコン無線」のロシア語訳
104,40 シティ・サハリン(もしくは「シチー・サハリーン」(ロシア語表記「Сити Сахалин」)) ラヴ・ラジオ(ロシア語表記「Love Radio」。「愛情ラジオ」のロシア語訳 かつての旧王子製紙豊原工場敷地の一角に立地。公式HP(ロシア語) http://www.loveradio.ru/player.htm?region=26711#
105,10 グプラン・ラジオ・ダーチャ(ロシア語表記「план Радио Дача」) 同一局 別荘(ダーチャ)計画ラジオ」のロシア語訳
105,50 ラジオACTB(ロシア語表記「Радио АСТВ」) 同一局 「ACT無線」のロシア語訳
106,00 ラジオ・ロッシイー(ロシア語表記「Радио России」) 同一局 「ロシア・ラジオ」のロシア語訳
106,50 ダロージュナイェ・ラジオ(ロシア語表記「Дорожное радио」) 同一局 道路ラジオ」のロシア語訳 http://retrofm.ru/online/player.php
107,20 ヴェスティーFM(ロシア語表記「Вести FM」) 同一局 「ニュースFM」のロシア語訳。全国ネットTV局の一つ「ロシア1」のFMラジオ放送部門。
AMラジオ編集

夜間には、稚内ラジオ中継局からの中波放送(NHKラジオ第1放送NHKラジオ第2放送STVラジオHBCラジオ)が鮮明に受信出来る。

周波数
kHz
放送局名 呼出符号 空中線
電力
放送対象地域 (日本国内における)放送区域
内世帯数
開局日 ネット放送
927 NHK
旭川第1
なし 1kW 道北圏(上川留萌
宗谷・北空知
約2万6500世帯 1947年
3月21日
http://radiko.jp/#!/live/JOIK
1197 STV
ラジオ
北海道 1986年
11月6日
http://radiko.jp/#!/live/STV
1368 HBC
北海道放送
JOTS http://radiko.jp/#!/live/HBC
1467 NHK
旭川第2
なし 全国 1953年
3月29日
http://radiko.jp/#!/live/JOAB

教育編集

大学編集

専門学校編集

その他編集

スポーツ編集

 
アジアリーグアイスホッケー「PSKサハリン 対 王子イーグルス」(アイスパレスクリスタル。2016年4月10日)
 
FCサハリン・ユジノサハリンスク試合チケット

宗教施設編集

キリスト教(ロシア正教会)編集

グーグルマップ「русская православная церковь Южно-Сахалинск」の参照も推奨。

 
復活主教座聖
 
聖ニコライ聖堂(ユジノサハリンスク市)

キリスト教(カトリック)編集

 
ユジノサハリンスク・カトリック教会
  • ユジノサハリンスク・カトリック教会(カトリチェスキャー・ツェエルコブィ・ユージュナサハリンスク(Католическая церковь в Южно-Сахалинске))

キリスト教(プロテスタント)編集

 
複音の家パブテスト教会(ユジノサハリンスク市)

日本統治時代に建てられた宗教施設編集

2000年代半ば前後および2010年代半ば前後に、神奈川大学が訪露。現地で現況を調査し、下記論文をまとめている(両論文共にネット上で公開)。

神道系編集
 
現在の旧樺太神社跡地に造られたコンクリート製の宝物殿風建造物
  • 官幣大社樺太神社 - 当時の建造物は全て解体撤去されており、跡地には1963年に建てられたコンクリート製3階建て洋館(旧ソ連時代に建てられた共産党幹部専用迎賓館。ペレストロイカを機に市営ホテル「ゴルカ」となり、現在は会社事務所となっている)と、建造時期や建造目的がはっきりとしていない宝物殿風デザインのコンクリート製高床式建造物が残っている[36]。管理は事実上放棄状態に近く、内部は心無い落書きで荒らされている。他の詳細については、ロケットニュース24による現況解説記事を参照の事。
  • 樺太護国神社 - ゴーリコヴァ通り沿い(栄光広場 - 勝利広場 間のほぼ中間)にある(1960年代に建設された)ユジノサハリンスク市立病院後庭に近接。建物は残っていないが、階段・基壇・土台は残っており、同病院正面右入り口に燈籠らしき(「奉納/佐々木時蔵/昭和十年」と彫られた)石台が残っている。前述病院建物の中で伝染病隔離病棟が最も近い事もあり、市民から忌避されてきた為、然程荒らされていない。立地場所(グーグルマップ)
  • 鼎社豊原神社樺太招魂社 - 神社跡地を偲ばせる形跡は(敷地を斜めに流れる小川「リカ・ロガトカ(旧玉川)」支流を除き)地面に埋没した礎石および二本の樹木(マロニエ)以外、一切残っていない。戦後すぐにコンクリート製2階建ての保育園が建設・開園。2000年代前半頃に死体検死所となり、現在は文房具店「カンツ・ビュロ(Канц-Бюро)」が立地している。グーグルストリートビュー画像
  • 北辰神社 - 跡地には、正面玄関形状が赤い鳥居風(赤い東洋風屋根も装飾されている)のゲオログホテル(ロシア語表記「Геолог Гостиница」)が立地している。実際に鳥居や石段を再利用したのかは不明。グーグルストリートビュー画像
仏教系編集
  • 法恩寺
  • 慈恵院
  • 日蓮寺
  • 乗願寺 - 1974年頃迄には、地区郵便局建物として利用されていた。
  • 弘法寺 - 1974年頃迄には、住居として利用されていた。
  • 景行寺 - 建物は現存せず、跡地に家具・建築資材店「ドム・メーベリ」立地。

その他編集

 
共同墓地(ユジノサハリンスク市)
  • 共同墓地 - 中心部より南方。路線バスで約40分程。墓地内には墓参者向けのベンチやテーブルも設置されている。
    • 奥にある日本人墓地は容易に乗り越えられない程の高さがある(黒色塗装金属製の檻の様な)塀で囲っている。
    • グーグルマップで同墓地を検索すると、神社の鳥居画像が併せて表示されるが、その様な建造物は此処には存在していない。

観光編集

市内地図1」「市内地図2」も併せて参照を推奨。

公園編集

 
レーニン広場
 
サハリン州立動物園で飼われているアルパカ
 
ガガーリン記念文化公園遊園地
 
ガガーリン公園内のヴェルフニー湖
 
ガガーリン公園内の子供鉄道
 
勝利広場

ミュージアム、演劇場、映画館編集

 
サハリン州立ユジノサハリンスク郷土史博物館
 
サハリン州立ユジノサハリンスク郷土史博物館内の展示物の一つ
 
サフィンツェントル本館
 
チェーホフ『サハリン島』記念館
 
A.P.チェホフ記念サハリン国際ドラマ劇場
 
カムサモーリェッツ映画館 館内
  • サハリン州立ユジノサハリンスク郷土史博物館(サハリンスキー・オブラスノイ・クラィエヴエチェスキー) - かつて前州都「アレクサンドロフスク・サハリンスキー」にあった歴史博物館機能および陳列品も吸収統合している。1990年には同館内にあったチェーホフ・コーナーが(同じ市内にある「チェーホフ『サハリン島』記念館」にではなく)逆にアレクサンドロフスク・サハリンスキーにあるチェーホフ記念施設へ移設されている。解説HP
  • サハリン州立美術館中国語: 萨哈林州美术馆 - 前述のレーニン広場東縁沿いを南北に伸びるレーニナ通り(旧豊原大通り)沿いに立地する旧北海道拓殖銀行豊原支店建物(新古典主義建築)建物を流用。収蔵点数は約1万4000点を誇り、近現代美術作品の他、イコン画や北方少数民族の生活用品・工芸品を展示。解説HPグーグル・ストリートビュー画像
  • 勝利広場内
    • マヤ・イストーリア(ロシア語で「私の歴史」)博物館 - 2015年開館。古代から現代に渡るロシア全土の歴史を網羅。
    • パペーダ(ロシア語で「幾つかの勝利」)博物館 - 2015年開館。第二次世界大戦終戦直後に行われた北方領土侵攻作戦の成功を記念。「占守島の戦い」再現ジオラマも展示。
  • サハリン鉄道歴史博物館 - ユジノサハリンスク駅およびホテルユーラシア北隣りに立地。機関車が動体保存展示。解説HPグーグル・ストリートビュー画像
  • 栄光広場内
    • 軍事技術博物館
  • 地質博物館
  • サフィンツェントル本館(もしくは「サヒンセンター」「貿易センタービル」) - コンベンション・センター施設も兼ねたサハリン州所有の7階建て巨大ビル。海外観光客向けの物産土産物販売コーナーも附設。2005年には、前庭にてTHE BOOMが野外コンサートを開催。
  • チェーホフ・センター - ロシアの劇作家・短編小説家「アントン・チェーホフ」を偲び、記念に建造された屋内文化施設群。中心部をユジノサハリンスク駅よりガガーリン記念文化公園手前まで東西を横断するカムニスチーチェスキー通り(旧神社通り)カムサモーリスカヤー通り(旧東11条通り)が交差する角地に立地。現在は全ての世代の市民・観光客に門戸が開かれた文化娯楽施設集積地区だが、かつて旧ソ連時代においては(アントン・チェーホフ記念施設以外は)ピオネールなど完全選抜制の共産党青少年組織向け施設群や共産党員専用ホテル「ラーダ」(現インターナショナル・ビジネスセンター・ホテル。解説HP)が立地していた。
    • チェーホフ『サハリン島』記念館(もしくは「チェーホフ・ミュージアム) - 解説HP
    • A.P.チェホフ記念サハリン国際ドラマ劇場 - 旧樺太庁豊原高等女学校(建物は現存せず)跡地に立地。
    • 児童と若者用劇場
    • コンサートホール「カプリチオ(ロシア語で「狂想曲」「奇想曲」の意味)」
    • 児童館施設チルドレンズ・クリエイティビティ・パレス児童演劇場 - かつては旧ソ連時代の「ピオネール宮殿ユジノサハリンスク支部」建物を2000年より映画館プリミエル(ロシア語で「主役」)として運営していたが、現在は再び児童館施設に戻されている。
  • カムサモーリェッツ映画館 - 前述のレーニナ通りおよび(前述のカムニスチーチェスキー通りに北方向に四区画置いて並行し、東西に伸びる)サハリーンスカヤ通り(旧真岡通り)が交差する角地(後述のサハリンデパート北方向向かい)に立地するロシア語吹替専門映画館。旧ソ連時代は共産党青年組織「コムソモール」施設「若者文化センター・コムソモール」。
  • 映画コンサートホール「キノ・テアトル・アクチャブリィ(ロシア語で「10月の映画館」)」 - 隔年1月下旬にて、「日本映画祭 in サハリン」が在ユジノサハリンスク日本総領事館主催で開催される。旧ソ連時代は共産党少年組織ピオネールの下位組織「オクチャブリャータ」施設。
  • 人形劇専用劇場「奇跡の島」 - 前述の「映画コンサートホール「キノ・テアトル・アクチャブリィ」裏手に立地。
  • 他の市内映画館としては、後述の大型ショッピングモール「シティモール」3Fフロア内映画館、後述の複合型商業施設パノラマホテル映画館がある。

スポーツ観戦施設、健康施設編集

 
屋外サッカー場スパルタク・スタジアム
 
シネゴルスク・サナトリウム付近の泥火山

商業編集

買い物スポット解説HPの参照も推奨。

駅近辺(レーニナ通り(旧豊原大通り)沿い、サハリーンスカヤ通り(旧真岡通り)沿い)編集

 
露天型自由市場「ルイノク」
  • サハリンデパート(もしくは「サハリンスキー・ウニヴェルマーグ」。ロシア語表記「Сахалинский универмаг」)ユジノサハリンスク本店 - 前述のレーニナ通りおよび前述のサハリーンスカヤ通りが交差する角地に立地する市内随一の老舗百貨店。地上4階・地下1階があり、総床面積は4,000㎡(フロア・マップ(公式HP(ロシア語)))。敷地内に専用駐車場も設けているが、土地が不足している都心部という事もあり、約60台程しか駐車出来ない。戦前の三越百貨店旧豊原支店建物(新古典主義建築。二つの通りに沿ってL字状に建てられている)を利用。市場型経済への急激な移行でロシア経済が混乱していた1990年代前半頃は経営を立て直す必要に迫られ、(旧ソ連時代の都市によく見られた)子供百貨店「タヴァールィ・ドピャー・ヂェチェイー(ТОВАРЫ ДПЯ ДЕТЕИ、「子供用品」のロシア語訳)」として経営されていた期間もあった。最上階の窓は、日本国内の老舗百貨店にてよく見られる大きな窓が並んでいる(室内からの眺望性を重視する飲食店街が最上階に入居するケースが顕著だった為)が、大衆食堂形式の飲食店は地階に配置されている。前述の交差点角方向沿いの壁面に大型LEDモニタを設置。公式HP(ロシア語)グーグル・ストリートビュー画像
  • 自由市場ウクペフ」 - 前述のサハリーンスカヤ通りおよび(ユジノサハリンスク駅より北方向に続く)線路が交差する踏切手前(踏切を挟んだ隣地は露天型自由市場「ルイノク」)に立地する屋内施設型自由市場(外見は大型ショッピングモール)。「成功」のロシア語訳が店名の由来。裏手の通りには、在樺コリアン業者が多くを占める露天型自由市場「ヴァストーク市場」が開かれている。グーグル・ストリートビュー画像
  • カリンカ - サハリーンスカヤ通り沿い、前述の自由市場ウクペフに隣接する大型商業施設。スーパーがテナントで入居。グーグル・ストリートビュー画像
  • 食品・衣料品スーパーオケアン - レーニナ通り沿いに立地。旧ソ連時代は全国各地に展開していた国営(主に缶詰加工された)海産物卸売チェーンだったが、現在は民営化。地階にはユジノサハリンスク市内大手のDVDショップチェーン店も入居。グーグル・ストリートビュー画像
  • ドムピータ - レーニナ通り沿い(但し、駅東口より南方向)に立地する中型商業施設。グーグル・ストリートビュー画像
  • その他、中規模以上の商業施設(いずれも中心部に立地)として、スーパー・スタリーチヌイ、スーパー・ピェールヴィー・セメイヌィー(もしくはピエルビー・マガジン。「マガジン」とはロシア語で「商店」を意味する)ユジノサハリンスク店がある。他、旧ソ連時代から市内各地に見られたキオスク珍品玩具購入体験者による解説HP)も健在である。

閉店編集

  • 衣料品店ルスラン
  • 国営レコードレーベルメロディア」直営レコード店チェーン・ユジノサハリンスク店 - 1990年代半ば頃に閉店。レーニナ通り沿い(駅東口より南方向)に立地していた。現在、跡地は書店になっている。

郊外南西部(ホムトヴォ国際空港(旧豊原大澤飛行場)手前付近)編集

 
シティモール(北側)
 
シティモール(西側)
 
シティモール3階フードコートフロア
 
シティモール店内を周回するパーク・トレイン風低速バッテリーカー(児童のみ乗降可)

主なフロア構成は下記の通り。

フロア概要
6F キッチン家具ショールーム
5F ゲームセンター
4F 家具店、複数テナント店
3F フードコート解説HP映画館、子供向け屋内遊園器具パーク
2F 複数アパレルショップ
1F 食品スーパー「シティマーケット」、複数テナント店
  • 大型玩具店「ブブリー・グム」(ロシア語表記「Бублb Гум」) - ミーラ大通り(旧東8条通り)沿いに立地。グーグル・ストリートビュー画像
  • その他、中規模以上の商業施設として、サハリン州大手家電量販店チェーン「DNS」ユジノサハリンスク支店がある。

中心部東部(ミーラ大通り(旧東8条通り)沿い・近辺、およびカムサモーリスカヤー通り(旧東11条通り)沿い・近辺)編集

 
複合型商業施設パノラマ・ホテル

郊外北東部(ミーラ大通り(旧東8条通り)沿い・旧王子製紙豊原工場敷地周辺)編集

祭り・催事編集

 
午後8時を過ぎても「ユジノサハリンスク「まちの日」祭典」で賑わうレーニン広場

名物・名産品編集

菓子、嗜好品、料理、食料品編集

 
スカタンチク
 
スニェトーク

雑貨、宝飾品編集

 
マトリョーシカ

進出している日系企業・団体編集

日本との関係編集

日本製品など編集

 
日本も参加しているサハリン2 LNGプロジェクト
 
現在もサハリン州所有ビジネスビル「サフィンツェントル別館」として利用されている旧豊原市役所庁舎建物
 
帝冠様式が特徴の旧樺太庁博物館(現サハリン州立ユジノサハリンスク郷土史博物館)正面入り口玄関
 
サハリン鉄道歴史博物館にて動体展示されているD51機関車

ユジノサハリンスク市内のホテルでは、CNNの他にNHK衛星放送を見ることが出来る。市内には、日本食レストランが数軒あり、日本から輸入した食材で食事ができる。市内にはみちのく銀行の支店があったが、2007年12月29日限りで営業を終了した。

日本統治時代の建築および日本統治時代からの残留日本人もわずかながら残っている。2003年には日本建築学会から、「ユジノーサハリンスクにおける日本期歴史建造物調査」が発表された[38]。日本時代の建造物の状況について、まとめられている。その他、有志による草の根的な考察も随時行われている[39]

在外公館編集

  • 在ユジノサハリンスク日本国総領事館 - 2001年1月、日本外務省がユジノサハリンスク市に設置。

友好都市編集

脚注編集

  1. ^ 加賀美雅弘『世界地誌シリーズ 9 ロシア』朝倉書店、2017年、149頁。ISBN 978-4-254-16929-4
  2. ^ Pogoda.ru.net” (Russian). 2007年9月8日閲覧。
  3. ^ http://www.wunderground.com/NORMS/DisplayIntlNORMS.asp?CityCode=32150&Units=metric Seasonal Weather Averages
  4. ^ Администрация губернаторства Карафуто Результаты переписи 1925 года: Домовладения и численность населения — Тоёхара, 1926. — С. 18—27. — 30 с.
  5. ^ Администрация губернаторства Карафуто Результаты переписи 1935 года: Домовладения и численность населения — Тоёхара, 1936. — С. 15—19. — 25 с.
  6. ^ Всесоюзная перепись населения 1959 года. Численность городского населения РСФСР, её территориальных единиц, городских поселений и городских районов по полу”. Демоскоп Weekly. 2013年4月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年9月25日閲覧。
  7. ^ a b c d Народная энциклопедия «Мой город». Южно-Сахалинск
  8. ^ Всесоюзная перепись населения 1970 года Численность городского населения РСФСР, её территориальных единиц, городских поселений и городских районов по полу.”. Демоскоп Weekly. 2013年4月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年9月25日閲覧。
  9. ^ Российский статистический ежегодник, 1998 год
  10. ^ a b c d e f Российский статистический ежегодник. 1994”. 2016年5月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年5月18日閲覧。
  11. ^ Всесоюзная перепись населения 1979 года Численность городского населения РСФСР, её территориальных единиц, городских поселений и городских районов по полу.”. Демоскоп Weekly. 2013年4月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年9月25日閲覧。
  12. ^ Народное хозяйство СССР 1922-1982 (Юбилейный статистический ежегодник)
  13. ^ a b c d e Российский статистический ежегодник. Госкомстат, Москва, 2001”. 2015年5月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年5月12日閲覧。
  14. ^ Народное хозяйство СССР за 70 лет. Юбилейный статистический ежегодник. Финансы и статистика, Москва, 1987 год”. 2016年6月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月28日閲覧。
  15. ^ Всесоюзная перепись населения 1989 года. Численность городского населения”. 2011年8月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月22日閲覧。
  16. ^ Российский статистический ежегодник.2002 : Стат.сб. / Госкомстат России. – М. : Госкомстат России, 2002. – 690 с. – На рус. яз. – ISBN 5-89476-123-9 : 539.00.
  17. ^ Российский статистический ежегодник. 1997 год”. 2016年5月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年5月22日閲覧。
  18. ^ Российский статистический ежегодник. 1999 год”. 2016年6月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月14日閲覧。
  19. ^ Российский статистический ежегодник. 2000 год”. 2016年6月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月13日閲覧。
  20. ^ Всероссийская перепись населения 2002 года. Том. 1, таблица 4. Численность населения России, федеральных округов, субъектов Российской Федерации, районов, городских поселений, сельских населённых пунктов - райцентров и сельских населённых пунктов с населением 3 тысячи и более”. 2012年2月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年2月3日閲覧。
  21. ^ Российский статистический ежегодник. 2004 год”. 2016年6月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月9日閲覧。
  22. ^ Российский статистический ежегодник, 2005 год”. 2016年5月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年5月9日閲覧。
  23. ^ Российский статистический ежегодник, 2006 год”. 2016年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年5月10日閲覧。
  24. ^ Российский статистический ежегодник, 2007 год”. 2016年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年5月11日閲覧。
  25. ^ Российский статистический ежегодник, 2008 год”. 2016年5月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年5月12日閲覧。
  26. ^ Численность постоянного населения Российской Федерации по городам, посёлкам городского типа и районам на 1 января 2009 года”. 2014年1月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年1月2日閲覧。
  27. ^ Всероссийская перепись населения 2010 года. Сахалинская область. Численность населения городских округов, муниципальных районов, городских и сельских поселений, городских населённых пунктов, сельских населённых пунктов”. 2014年7月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年7月28日閲覧。
  28. ^ Сахалинская область. Оценка численности постоянного населения на 1 января 2011-2016 годов
  29. ^ Численность населения Российской Федерации по муниципальным образованиям. Таблица 35. Оценка численности постоянного населения на 1 января 2012 года”. 2014年5月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年5月31日閲覧。
  30. ^ Численность населения Российской Федерации по муниципальным образованиям на 1 января 2013 года. — М.: Федеральная служба государственной статистики Росстат, 2013. — 528 с. (Табл. 33. Численность населения городских округов, муниципальных районов, городских и сельских поселений, городских населённых пунктов, сельских населённых пунктов)”. 2013年11月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年11月16日閲覧。
  31. ^ Таблица 33. Численность населения Российской Федерации по муниципальным образованиям на 1 января 2014 года”. 2014年8月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月2日閲覧。
  32. ^ Численность населения Российской Федерации по муниципальным образованиям на 1 января 2015 года”. 2015年8月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年8月6日閲覧。
  33. ^ Численность населения Российской Федерации по муниципальным образованиям на 1 января 2016 года
  34. ^ “サハリン航路が再開 第1便、稚内港に到着”. 産経新聞. (2016年8月2日). http://www.sankei.com/photo/daily/news/160801/dly1608010030-n1.html 2016年8月1日閲覧。 
  35. ^ 電子ビザで極東へようこそ!”. electronic-visa.kdmid.ru. ロシア連邦外務省. 2019年8月30日閲覧。
  36. ^ 書籍「'94サハリン紀行 北緯50度線を越える鉄道の旅」(共著:小林博明三田真弘、出版:日本興行株式会社)第3章 サハリン最後の夜
  37. ^ 神奈川大学論文「人類文化研究のための非文字資料の体系化, 01: 126-157『旧樺太(南サハリン)神社跡地調査報告(2004年3月)』」(共著:冨井正憲、藤田庄市、中島三千男)
  38. ^ 井澗裕, 角幸博、「ユジノーサハリンスクにおける日本期歴史建造物調査」『日本建築学会計画系論文集』 2003年 68巻 571号 p.121-128, doi:10.3130/aija.68.121_2, 日本建築学会
  39. ^ 調査・解説HP(注:樺太神社を豊原神社と混同や豊原高等女学校跡地調査など、ごく僅かの間違いを含んでいる)

外部リンク編集

  サハリン州の市町  
州都: ユジノ=サハリンスク

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