双葉町

日本の福島県双葉郡の町

双葉町(ふたばまち)は、福島県浜通りに位置し、双葉郡1896年以前は標葉郡)に属する

ふたばまち ウィキデータを編集
双葉町
双葉海水浴場 - panoramio.jpg
双葉町旗 双葉町章
双葉町旗
1985年9月1日制定
双葉町章
1972年10月1日制定
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 福島県
双葉郡
市町村コード 07546-9
法人番号 8000020075469 ウィキデータを編集
面積 51.42km2
総人口 -[編集]
推計人口、2021年8月1日)
人口密度 -人/km2
隣接自治体 双葉郡大熊町浪江町
町の木 栴檀
町の花
町の鳥
双葉町役場
町長 伊澤史朗
所在地 979-1495
福島県双葉郡双葉町大字新山前沖28番地
北緯37度26分56.9秒 東経141度0分44.4秒 / 北緯37.449139度 東経141.012333度 / 37.449139; 141.012333
Futaba Town Office.jpg
(2008年当時の庁舎で、現在は使用されていない)
双葉町役場いわき事務所:福島県いわき市東田町2丁目19-4(2013年6月より)
外部リンク 公式ウェブサイト

双葉町位置図

― 市 / ― 町・村

ウィキプロジェクト
テンプレートを表示

概要編集

福島第一原子力発電所東京電力)の5号機と6号機が立地していた[1]2011年3月11日東日本大震災で被災し、これに誘発されて発生した福島第一原子力発電所事故の影響で、2020年3月現在も、北東部と双葉駅周辺のそれぞれ一部を除いたほぼ全域が「帰還困難区域」(除染・復旧工事関係者以外の一般住民の自由な行き来が終日制限される)に指定されている[2]。そのため、2021年現在、日本で全域が一日を通して人の住む事が出来ない唯一の市区町村である。

一方で、東京電力の福島復興本社などが入る双葉町産業交流センター(エフ・ビック)、東日本大震災・原子力災害伝承館が整備され[3]、復興の拠点にもなっている。

しかしながら、震災から10年経った2021年現在でも、東日本大震災および福島第一原子力発電所事故による仮設住宅みなし仮設住宅(福島県借上げ住宅))の供与を大熊町と双葉町の2町のみがまだ受けており[4][5]、うち、建設型の仮設住宅(プレハブ仮設住宅)からは、いまだ住民の退去の見通しがたたない唯一の東日本大震災による被災市町村である[5][6][7][8]。また、多くの町民は医療費の一部負担金(療養の給付)や介護給付費、介護保険料、後期高齢者医療保険料国民年金保険料の免除[9][10][11]住民税国民健康保険税の減免[12]、賃貸住宅の家賃のほぼ全額の補助[4][13]高速道路料金の一部区間の無料化[14]など様々な支援を国や福島県等から、いまだに受けなければいけない状態であるが、2020年(令和2年)の住民意向調査では、回答者の62.1%が双葉町に戻らないと決めていると回答し、理由の一番の多くは、避難先で自宅を購入・建築し将来も継続的に居住する予定のため。であるのに対し、戻りたいと考えていると回答したのは10.8%にすぎない[15]。これは、多くの住民は避難先で新しい生活環境を築いているが、住民票を移さず住民税の減免等の支援を受けている事となる[16]

地理編集

阿武隈山系の東に開けた浜通り地方の中部に位置し、東は太平洋に開ける[17]。行政上では、北の浪江町と南の大熊町に挟まれた位置にある。面積は51.40km2[17]。東北地方にありながら温暖な気候で冬でもがほとんど降らない[18]ため、福島第一原子力発電所事故の発生前はカーネーションスイートピーホウレンソウなどの栽培が盛んであった。また、下水道の普及率も9割近く全国的にも高い水準であった。

「双葉」という町名は、標葉郡(しねはぐん。夜ノ森以北、相馬氏領)と楢葉郡(ならはぐん。夜ノ森以南、岩城氏領)の合併に因んだ名称であり、こちらの双葉町[19]は旧標葉郡に属する。

  • 山 :十万山 - 標高448m(山頂は浪江町)、登山道入り口から約1時間で登れる。うつくしま百名山に選ばれていたが、原発事故の影響で帰還困難区域となり、2021年現在でも立ち入りが禁止されているため、新うつくしま百名山では選ばれなかった。
  • 河川 :前田川 - 二級河川
  • 沿岸地形:郡山海岸(双葉海水浴場)

隣接する自治体編集

歴史編集

古代編集

国造が割拠した7世紀前半には、現在の双葉町は、染羽国造(しめはのくにのみやつこ)の領土の南限であった。

しかし、律令制が浸透した7世紀後半には、現在の双葉町(長塚)と大熊町(苦麻)の境(概ね福島第一原子力発電所の付近)を境にして、長塚以北は陸奥国に編入された。

713年和銅6年)染羽が標葉と改められる。この時、染羽国造の領土は、陸奥国の標葉郡(しねはぐん)となった。718年養老2年)には陸奥国から分離されて石城国に編入されるも、720年代には石城国は陸奥国に編入された。

722年養老6年)前田稲荷神社に御神木前田の大スギ)が植えられる。

807年大同2年)頃坂上田村麻呂が夷討伐のため訪れる。

標葉氏統治時代編集

平安時代末期の保元年間(1156年 - 1159年)になると、請戸城を本拠地とする標葉隆義(海道小太郎成衡(清原成衡)の四男)の統治下に入り、これ以後、現在の双葉町は標葉郡を領土とする標葉氏の統治下に置かれた。

1189年文治5年)源頼朝奥州征伐では標葉氏を始めとした岩城氏一族は奥州藤原氏と関係が深かったが、鎌倉方として参陣し本領を安堵された。鎌倉時代後期には岩城氏から完全に独立した地位を築いている。

1331年元弘元年)に、標葉隆連標葉氏八代当主標葉持隆の三男)が父の命令により新山城築城する。

鎌倉幕府滅亡後の後醍醐天皇建武の親政の際も標葉氏は本領を安堵され北畠顕家に従い秋田津軽方面の北条方の残党との戦いなどに従軍し以後も西上転戦した。

南北朝時代南朝方に参加し北朝方の北の相馬氏、南の岩城氏に挟まれる事となったが、後に北朝方に服属した。その後も室町幕府のもと周囲との同盟を巧みに結び独立を保った。

1442年(嘉吉2年)に新山城主の標葉隆重が当主の標葉清隆家臣殺害し、それに怒った標葉清隆に攻められ新山城が落城すると標葉隆重は岩城氏領に逃れた。その後も家中の混乱が続くと、岩城氏が白河結城氏と結び1474年文明6年)に同族の楢葉氏を滅ぼし、標葉氏に対し攻勢を強め相馬氏に対抗した。北の相馬氏当主相馬高胤からは不倶戴天の敵とみられており、標葉氏は敵対関係になった浜街道筋の岩城氏と相馬氏と南北ともに領地を接することとなった。そして1492年明応元年)に調略を受けた味方の裏切りにより相馬氏により滅ぼされた。

なお、双葉町の合併前の新山町は、1331年元弘元年)に築かれた新山城に因んだ名称である。

相馬氏統治時代編集

1492年明応元年)になると、標葉氏は相馬氏に滅ぼされ[20]、これ以後の戦国時代後半から戊辰戦争終結まで、現在の双葉町域は相馬氏の統治下に置かれた。江戸時代の中村藩政下では、浜街道宿場町長塚宿新山宿)であった。

戊辰戦争勃発から第二次世界大戦終結まで編集

  • 1868年慶應4年/明治元年) - 戊辰戦争が勃発し、現在の双葉町域でも磐城の戦いが起こった。双葉町域では、7月29日より福岡藩津藩長州藩広島藩岩国藩によって新山宿を制圧される。前日の7月28日に夜ノ森(富岡町)付近での戦闘で新政府軍に敗北した同盟軍は、中村藩領の熊川宿(大熊町)に仙台藩兵などが火が放ち、仙台藩兵は自領の駒ヶ嶺城相馬郡新地町)の手前である藩境の中村相馬市)まで、中村藩兵は浪江まで後退したため、南標葉郷(双葉町、大熊町)に守備兵はほとんどなく商人や農民などの領民は見捨てられる形となった。新政府軍は熊川宿の火災により迂回し北上したが、さしたる足止めにもならず、翌日には新山までまたたく間に制圧され新政府軍による徴発略奪が行なわれた[21]。高瀬川(浪江町)を挟んで行なわれた浪江の戦いの時には、新山宿は新政府軍の拠点となった。この戦いに奥羽越列藩同盟の一員として参戦していた中村藩は仙台藩等の同盟軍の援軍がなく単独で戦い一時は新政府軍を退却させるなど奮闘したが8月1日には新政府軍の前に敗北した。この敗北により仙台藩兵など同盟軍は中村より自領等へ引き上げた。これにより中村藩は新政府軍に降伏し8月6日に受諾される。その後も中村藩領では仙台藩が降伏するまでの約2ヶ月におよんで新政府軍により徴発が行なわれた。
  • 明治4年7月14日(新暦 : 1871年8月29日) - 廃藩置県により中村県が成立する。
  • 明治4年11月29日(新暦 : 1872年1月9日) - 中村県と平県が合併されて磐前県が成立し、現在の双葉町域は同県に属する。
  • 1874年明治7年) - 学制発布により新山小学校、長塚小学校が開校。
  • 1876年(明治9年)8月21日 - 磐前県・福島県若松県が合併して現在の福島県が成立し、現在の双葉町域は同県に属する。
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、標葉郡新山村(しんざんむら)と長塚村が発足する。
  • 1896年(明治29年)4月1日 - 標葉郡が楢葉郡と合併し、双葉郡となる。
  • 1898年(明治31年)8月23日 - 常磐線長塚駅(現在の双葉駅)が開業。
  • 1913年大正2年)2月1日 - 新山村が町制施行して新山町(しんざんまち)となる。
  • 1913年(大正2年) - 天王山公園[22]で双葉忠魂碑除幕式が行われる。
  • 1923年(大正12年)4月16日 - 福島県立双葉中学校(福島県立双葉高等学校)が開校。
  • 1945年昭和20年) - 米軍により新山、長塚、前田、鴻草、郡山、細谷、中浜が空襲を受ける。(磐城陸軍飛行場への空襲)

第二次世界大戦終結から東日本大震災及び福島第一原子力発電所事故発生まで編集

  • 1947年昭和22年) - 新制中学校発足により、長塚村・新山町組合立標葉中学校が開校。
  • 1951年(昭和26年)4月1日 - 新山町と長塚村が合併して標葉町(しねはまち)が発足[23]
  • 1951年(昭和26年) - 標葉町立標葉中学校・標葉町立新山小学校・標葉町立長塚小学校へ改称。
  • 1952年(昭和27年) - 長塚字鬼木[24]で標葉町立標葉中学校の落成式。
  • 1956年(昭和31年)4月1日 - 標葉町から双葉町に改名[25]
  • 1956年(昭和31年) - 「標葉町立標葉中学校」が「双葉町立双葉中学校」に、「標葉町立新山小学校」が「双葉町立双葉南小学校」に、「標葉町立長塚小学校」が「双葉町立双葉北小学校」に改称。
  • 1957年(昭和32年)5月17日 - 前田地区ゲート付近にて常磐線急行「北上」脱線事故が発生。死傷者46名。
  • 1958年(昭和33年)4月1日 - 浪江町の旧 請戸村域から中野地区、両竹地区(一部)を編入[26]
  • 1960年(昭和35年)4月1日 - 浪江町の旧 請戸村域から中浜地区(一部)、両竹地区(一部)を編入[27]
  • 1961年(昭和36年)10月22日 - 双葉町議会が原子力発電所誘致を議決。
  • 1962年(昭和41年) - 双葉町児童館を新設。
  • 1967年(昭和42年) - 清戸迫横穴が発見される。
  • 1969年(昭和44年) - 双葉南小学校新校舎落成式、新山字東舘から新山字清戸迫に新設し移転。
  • 1969年(昭和44年) - 双葉町公民館を新設。
  • 1971年(昭和46年)3月26日 - 福島第一原子力発電所が営業運転開始。それまで農業の出来ない冬には出稼ぎに行っていた大熊町浪江町など福島の海岸地帯の住民は原発関連の仕事をすることで一年中、地元で働けるようになったため、双葉町でも安定的な働き口とかなりの補助金を与えてくれた“福の神”とされていた[28]。大熊町とともに国から電源立地地域対策交付金などの多額の交付金や補助金を受けることになり次々と図書館などハコモノを作っていった。次第に町民からも『大熊町にあるのになぜ双葉町に無いのか』などの声が大きくなり、小さな隣町同士で人口規模に見合わない施設を互いに作るようになった。また、町長や町職員も運用経験のない巨額の公金を運用することとなりその知識や能力が乏しいまま使用し続けた結果、ついには借金を作ることとなった。
  • 1972年(昭和47年) - 双葉町町章を制定。
  • 1973年(昭和48年) - 双葉北小学校新校舎を新設。
  • 1974年(昭和49年) - 双葉幼稚園を新設。
  • 1977年(昭和52年) - 双葉町立双葉中学校が長塚字鬼木から新山字東舘[29]に新設し移転。
  • 1977年(昭和52年) - 双葉町立双葉中学校跡地に町民グラウンドを新設。
  • 1977年(昭和52年) - 双葉町体育館を新設。
  • 1977年(昭和52年) - 老人福祉会館(後に、ふれあい福祉会館に改称)を新設。
  • 1978年(昭和53年)4月18日 - 福島第一原子力発電所5号機が双葉町内で営業運転開始。
  • 1979年(昭和54年)10月24日 - 福島第一原子力発電所6号機が双葉町内で営業運転開始。これにより、1号機から6号機までのすべての総出力量が当時の世界最大の原子力発電所となった。
  • 1981年(昭和56年)3月11日 - 町民憲章制定。
  • 1982年(昭和57年) - 双葉地方広域市町村圏組合公立双葉准看護学院が開校。
  • 1983年(昭和58年)4月1日 - 双葉町役場が新山字前沖28番地に新設[30]し移転。
  • 1984年(昭和59年) - 双葉町図書館を新設。
  • 1984年(昭和59年) - 北部コミュニティーセンターを新設。
  • 1985年(昭和60年)9月1日 - 町旗制定。
  • 1986年(昭和61年)10月1日 - 町の花、木、鳥を制定。
  • 1986年(昭和61年) - 双葉町農村広場を新設。
  • 1987年(昭和62年)- 総事業費は50億円超の大事業として、野球場テニスコートなどがある総合運動公園事業をスタートしたが、作った野球場の規格では公式戦が行えないなど不備が多々あり、福島第一原子力発電所事故までの約25年にわたり、ほとんど収益が無く維持費を支払い続け、ついに完成することがないまま中間貯蔵施設の用地となった。
  • 1987年(昭和62年) - 双葉北幼稚園を新設。双葉幼稚園が双葉南幼稚園に改称。
  • 1987年(昭和62年) - 町営墓地「双葉町越田霊園」を新設。
  • 1987年(昭和62年) - 青年婦人会館を新設。
  • 1988年(昭和63年)5月1日 - 双葉町民の歌及びふたば音頭を制定。
  • 1988年(昭和63年) - 町内に地区公民館を新設。
  • 1989年平成元年) - 双葉町浄化センターを新設。
  • 1990年(平成2年) - 双葉町海浜公園を新設。
  • 1991年(平成3年)9月25日- 双葉町議会「原発増設に関する決議」を全会一致で採決。
  • 1992年(平成4年) - 双葉町歴史民俗資料館を新設。
  • 1994年(平成6年) - 瑞穂町 (京都府)姉妹都市連携。
  • 1994年(平成6年) - 双葉町児童館が新山字広町より長塚字鬼木へ新設し移転。
  • 1998年(平成10年) - ステーションプラザふたば新設。双葉町コミュニティーセンター設置。
  • 1999年(平成11年) - ヘルスケアふたば[31]を新設。
  • 2001年(平成13年) - 双葉町の公式サイトを開設。
  • 2001年(平成13年) - 双葉北幼稚園・南幼稚園が合併し「ふたば幼稚園」が発足[32]
  • 2002年(平成14年) 9月20日- 8月29日に公表された、原子力安全・保安院及び東京電力の原子力発電所に係る不正問題を受け、東京電力が9月4日に7号機8号機の増設計画を延期したことから、双葉町議会「原発増設に関する決議」を凍結。
  • 2005年(平成17年) - マスコットキャラクターフタバくんが決定。
  • 2007年(平成19年)6月15日 - 双葉町議会「原発増設に関する決議」について凍結を解除する決議案を可決。
  • 2009年(平成21年) - 2008年度決算で、借金返済の重さを示す実質公債費比率が基準値の25%超の29.4%となり、早期健全化団体に指定される[33]
  • 2011年(平成23年) - 双葉町学校給食センター新設。

東日本大震災及び福島第一原子力発電所事故以後編集

  • 2011年(平成23年)
    • 3月11日 - 午後2時46分、東北地方太平洋沖地震東日本大震災)が発生し、町内で震度6強を観測し、午後3時30分頃には大津波を観測する。消防団の必死の救助活動も津波により死者・行方不明者併せて21名の被害を受けた。福島第一原子力発電所も津波の被害を受けたことから、同日夜に、発電所から半径3㎞圏内に避難指示、3〜10km圏内に屋内退避指示が出される。これは双葉町の大部分を占める面積である。これにより、翌朝から再開が予定されていた、津波被災地域の行方不明者の捜索が困難となる。
    • 3月12日 - 午前5時44分、政府より福島第一原子力発電所半径20km圏内(町内全域)に避難指示。しかし、町はその避難指示を政府や関係省庁からでなく、マスコミ報道等により遅れて知ることとなる。町は川俣町に避難者の受け入れを要望し承諾を受け、午前7時30分に災害対策会議を開き午前7時40分から福島市方面(福島県伊達郡川俣町)に避難するよう防災無線等で数回にわたり住民に広報する。これにより、住民約2200人が川俣町へ避難した。町の要請を受け、川俣町長古川道郎、川俣町役場職員、地元住民らも自らも地震による被害が甚大ななか、川俣町を上げて、川俣小学校や川俣町体育館など複数の避難所を設置し、双葉町からの避難者は入浴炊き出しなど多大な支援を受けた[34]。双葉町役場も閉鎖され川俣町合宿所に災害対策本部を設置した。最大で当時の町の人口の半分以上の4000人超の町民が川俣町へ避難した。午前9時過ぎにベント開始。大熊町に立地する福島第一原子力発電所で、午後3時36分、1号機の原子炉建屋が水素爆発福島第一原子力発電所事故)。
    • 3月19日 - 原発事故の影響を受けて住民の避難が必至となり、40台のバスで約1200人の被災住民は役場の機能ともに埼玉県さいたま市中央区さいたまスーパーアリーナへ集団避難したほか、住民によっては他の場所にも避難した[35][36]。さいたまスーパーアリーナ内に「埼玉出張所」を設置。役場は避難者と一緒に生活し交代制で24時間体制で対応。(役場と住民の避難所が別れる同年9月頃まで続いた。)
    • 3月30日 - 31日 - 役場の機能および避難住民が、埼玉県加須市にある廃校(旧 埼玉県立騎西高等学校)へ再移転・移動し、同所にある校舎を拠点とする[36][37][38]。また、避難した小中学生は4月から移動先の学区の学校に転入する[39]。さいたまスーパーアリーナを避難所としての使用を終了し「埼玉出張所」を閉鎖。
    • 4月1日 - 埼玉県加須市の旧埼玉県立騎西高等学校内に「双葉町埼玉支所」を福島県耶麻郡猪苗代町のホテルリステル猪苗代内に「双葉町猪苗代出張所」を開設。
    • 4月4日 - ホテルリステル猪苗代に避難者の受入を開始。
    • 4月8日 - 川俣町合宿所の災害対策本部を退去。
    • 4月18日 - 福島県警が福島第一原子力発電所から10㎞圏内で双葉町内の捜索を開始。
    • 4月21日 - 福島第一原子力発電所から半径20km圏内の警戒区域設定が決まる。翌日22日区域設定。町内全域が警戒区域となる。
    • 4月25日 - 福島県警と警視庁機動隊及び双葉地方広域市町村圏組合消防本部の隊員等が防護服をまとい福島第一原子力発電所から5㎞圏内で重機を使い本格的に双葉町内の地震や津波の行方不明者捜索を開始。発見された中には死因餓死等の犠牲者もおり、原発事故が無く、他の被災地域同様に震災翌日明朝の早期に捜索が開始されていれば助かった命もあった。
    • 5月26日 - 警戒区域への町民の一時帰宅開始。
    • 6月11日 - 警戒区域内(浜野地区)で双葉町慰霊祭を開催。
    • 7月1日 - 福島県内の応急仮設住宅に住民の入居開始。
    • 8月26日 - 福島第一原子力発電所から3km圏内の一時帰宅開始。
    • 9月30日 - リステル猪苗代避難所を閉鎖。ピーク時には800人超が避難していた。役場職員は事務処理のためその後もしばらく滞在。
    • 10月28日 - 福島県郡山市に「双葉町福島支所」を開設。
    • 10月31日 - 旧騎西高避難所でのプライベートのない生活に次第に不満が高まる。町長は「できるだけ放射線の危険から、町民を離したい。安全が確認されるまでは(主な機能は)埼玉に」と主張するが、福島県内で避難生活を送る町民からは「われわれの安全はどう考えてくれるのか」との声があがる[40]
    • 12月12日 - 茨城県つくば市に「つくば連絡所」を開設[41]
    • 12月28日 - 細野豪志環境相兼原発事故担当相が福島第一原発事故による汚染廃棄物を受け入れる中間貯蔵施設双葉郡内に整備する意向を佐藤雄平知事と地元首長に正式に伝達[42]
  • 2012年(平成24年)
  • 2013年(平成25年)
    • 1月5日 - 町長井戸川克隆は避難先の埼玉県加須市で行われた仕事始めの訓示で「目標を暫定的に30年後とする」との方針を示した[45]
    • 1月23日 - 町長井戸川克隆が2月12日付けでの辞職を表明。
    • 2月12日 - 町長井戸川克隆が辞職、副町長井上一芳が町長職務代理者となる。
    • 3月10日 - 町長伊澤史朗が就任。
    • 3月12日 - 町長伊澤史朗が初登庁するも前町長等から何も引継ぎをされないまま職務にあたる[46]
    • 5月28日 - 警戒区域が解除され町域が「帰還困難区域」と「避難指示解除準備区域」の2つに再編される[47]
      • 日中の立ち入りが許される「避難指示解除準備区域」に指定されたのは、町北東の沿岸部にある3地区(大字両竹・大字中野・大字中浜)、町の4%に過ぎず、残り96%の地域は「帰還困難区域」に指定されており、除染と瓦礫撤去作業に携わる作業員以外の一般住民は一時帰宅を含めた町内への立ち入りが厳しく制限されている。
    • 6月11日 - 町長伊澤史朗は旧騎西高避難所閉鎖に向け、福島県いわき市内に町民向けの集合住宅を新たに確保する方針を示した。「旧騎西高避難所の町民の約半数が埼玉県に残りたいと考えている」アンケート結果を県に報告した事を明らかにした[48]
    • 6月17日 - 福島県いわき市内に町役場仮庁舎「いわき事務所」開所[49]。役場機能が2年3ヶ月ぶりに県内に戻る。「双葉町福島支所」を「双葉町郡山支所」へ名称変更し、引き続き、主に会津中通り方面の避難者支援のため設置。
    • 7月19日 - 双葉町は埼玉県加須市の旧騎西高避難所を閉鎖する方針を固め、避難所の住民に移転先の希望を聞く調査を行った[50]
    • 10月1日 - 「双葉町埼玉支所」を旧騎西高校から埼玉県加須市騎西総合支所内へ移転。
    • 12月27日 - 旧騎西高校避難所の入所者全員が退所。
  • 2014年(平成26年)
    • 3月27日 - 町は埼玉県加須市の旧騎西高校避難所を埼玉県に返還した。2013年12月に最後の住民が退去し、片付けと清掃が完了したため。町長伊澤史朗が埼玉県知事上田清司に謝意を伝え鍵を渡した[51]
    • 5月7日 - 小学館の漫画誌『週刊ビッグコミックスピリッツ』に掲載された漫画「美味しんぼ」に、福島第一原発を訪れた主人公らが原因不明の鼻血を出す場面があった問題で、町は小学館に抗議文を発送した。抗議文の内容は「原因不明の鼻血などの症状を訴える町民が大勢いるという事実はない」「風評被害を生じさせ、双葉町民と福島県民への差別が助長されると危惧している」というもの[52]
    • 6月30日 - 福島県南相馬市に「南相馬連絡所」を開設。
    • 8月24日 - 町が福島県いわき市錦町に建設を進めてきた、ふたば幼稚園、双葉南、双葉北両小、双葉中の仮設校舎が完成し、落成式が行われた[53]
    • 9月14日 - 国道6号の町内の帰還困難区域の自由通行が可能となる。
    • 11月7日 - 双葉町民向けに福島県が整備した県営の災害公営住宅、鉄筋コンクリート造り3階建て1棟(20戸)が福島県郡山市で完成[54]
  • 2015年(平成27年)
    • 1月13日 - 1月14日、原発事故に伴う除染廃棄物を保管する中間貯蔵施設の受け入れを町長が提案し、町議会が了承[55]
    • 3月25日 - 環境省双葉町の仮置き場から施設内にある一時保管場へ除染廃棄物の搬入を開始[56]
    • 4月16日 - 双葉町教育委員会筑波大学が、双葉町が保有する東日本大震災の資料をホームページ「福島県双葉町の東日本大震災関係資料を将来へ残す」で公開[57]
    • 5月20日 - 環境省による本格除染が始まる[58]
  • 2016年(平成28年)
  • 2017年(平成29年)
    • 3月22日 - 双葉町復興整備協議会を設立。
    • 5月1日 - 4月29日落雷により浪江町井出地区の国有林で発生した山林火災が双葉町石熊地区にも延焼。これにより浪江町の対策本部へ双葉町も合流し合同対策本部を設置、町職員を交代で情報収集や自衛隊及び消防隊の後方支援のため現地に派遣。放射線量が高く人の立ち入りが禁止されている帰還困難区域内での消火活動は、自衛隊や宮城県などの隣県のヘリによる消火活動に加えて、自衛隊員や消防隊員等が、連日、早朝から日没まで十万山の登山口などから高線量の山林の中の火元まで行き消火活動を行なった。5月6日鎮圧、5月10日鎮火。この火災の焼失面積約75haのうち双葉町の焼失面積は約53ha。鎮火まで動員した人数は述べ6385人。これは、平成以降福島県内最大規模の山林火災である。
  • 2018年(平成30年)
    • 5月9日 - 双葉町農地保全組合を設立。
    • 6月1日 - 町営墓地「寺内前霊園」を設置し募集開始。
  • 2020年令和2年)
  • 2021年(令和3年)
    • 1月9日 - 新型コロナウィルスの影響で双葉町ダルマ市は中止となったが、有志により東日本大震災後初めて町内で双葉ダルマを販売[65]
    • 2月2日 - 町内での交通死亡事故ゼロの期間が6000日を達成[66]
    • 3月11日 - 町内で東日本大震災後初めて東日本大震災双葉町追悼式が挙行される[67]
    • 3月25日 - JR常磐線双葉駅前広場において東京2020オリンピック・パラリンピック聖火リレーが行われる[68]
    • 5月1日 - 町内での成人式を東日本大震災後では初めて開催。新成人62人のうち避難先から19人が出席[69]
    • 5月19日 - 町内で東日本大震災後初めて水稲試験栽培として田植えが行われる。町内での田植えは11年ぶり[70]
    • 8月8日 - 東日本大震災の津波で流出した中野八幡神社の竣工祭が行われる[71]
    • 9月5日 - 特定復興再生拠点区域内の農地で野菜の作付け実証を開始[72]

行政・議会編集

町役場編集

  • 福島県双葉郡双葉町大字新山前沖28番地に所在するが、福島第一原子力発電所事故により2011年3月19日に埼玉県内に移転し、2013年6月17日に福島県浜通り南端のいわき市に移転した。
  • 双葉町いわき事務所が福島県いわき市東田町二丁目19番地の4に置かれ、実質的な町役場として機能している[73]。その補助的役割として双葉町郡山支所が福島県郡山市朝日一丁目20-2に、双葉町埼玉支所が埼玉県加須市騎西36-1に置かれている。

町長編集

  • 町長:伊澤史朗(2013年(平成25年)3月10日就任、3期目)
  • 歴代町長
氏名 就任 退任 備考
1 天野楯夫 1951年(昭和26年)4月30日 1955年(昭和30年)4月29日
2 冨沢理七 1955年(昭和30年)4月30日 1963年(昭和38年)4月29日 在職中町名変更
3 田中清太郎 1963年(昭和38年)4月30日 1985年(昭和60年)
4 岩本忠夫 1985年(昭和60年)12月8日 2005年(平成17年)12月7日
5 井戸川克隆 2005年(平成17年)12月8日 2013年(平成25年)2月12日
6 伊澤史朗 2013年(平成25年)3月10日 現職
  • 副町長:徳永修宏(任期:2020年4月1日 - 2024年3月31日)

議会編集

  • 定数:8人
  • 任期:2021年2月3日 - 2025年2月2日
  • 議長:伊藤哲雄(無所属)
  • 副議長:高萩文孝(無所属)


姉妹都市・友好都市編集

施設編集

  • 東日本大震災・原子力災害伝承館
  • 双葉町産業交流センター
  • 双葉町ふれあい広場
  • 旧双葉駅舎
  • 聖香苑
  • 双葉町コミュニティセンター
  • ステーションプラザふたば
  • 双葉町減容化施設
  • 双葉町図書館
  • 双葉町歴史民俗資料館
  • 福島第一原子力発電所
  • ヘルスケアふたば
  • 青年婦人会館
  • 双葉町児童館
  • ふれあい福祉会館
  • 双葉町体育館(東日本大震災の被害により解体)
  • 双葉町公民館(東日本大震災の被害により解体)

地域編集

人口編集

2015年は全住民避難に伴い計測不能(0人)のため、記載されていない。


双葉町(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


行政区編集

  • 南地区:新山・下条・郡山・細谷・三字(前田・水沢・目迫)・山田(山田・松迫)・石熊
  • 北地区:長塚・下長塚・下羽鳥・上羽鳥・寺松(寺沢・松倉)・渋川・鴻草・中田・両竹・浜野(中野・中浜)

管轄編集

その他編集

経済・産業編集

産業人口[74]編集

  • 第一次産業:263人(平成27年国調
  • 第二次産業:912人(平成27年国調)
  • 第三次産業:2170人(平成27年国調)

町内に事業所を置く主な企業編集

  • 東京電力ホールディングス株式会社福島復興本社
  • 前田建設工業株式会社東北支店
  • 田中建設株式会社
  • 東北アクセス株式会社
  • 日興建設株式会社
  • 株式会社アルメディオ
  • 双葉中央アスコン 双葉住コン株式会社・大林道路株式会社共同企業体
  • 株式会社アイワビルド
  • 株式会社勝山工業
  • 株式会社伊藤工務店
  • 浅野撚糸株式会社
  • JFEエンジニアリング株式会社
  • 日建リース工業株式会社
  • 株式会社アルムシステム
  • 株式会社ユタカ建設
  • 株式会社エナジー
  • 株式会社双新電子
  • 株式会社双葉事務器
  • 一般社団法人ふたばプロジェクト

商業施設編集

  • 伊藤物産株式会社(金物店)
  • HONDA EveryGo 双葉駅前ステーション(カーシェアリング)
  • 出光 双葉SS / 田中合名会社(ガソリンスタンド)
  • コスモ石油 双葉伊達屋SS / ㈱伊達屋(ガソリンスタンド)
  • ペンギン(飲食店)
  • せんだん亭(飲食店)
  • レストランエフ(飲食店)
  • サンプラザふたば(土産物店)

宿泊施設編集

  • ビジネスホテルARM双葉

教育編集

原発事故により双葉高等学校はいわき明星大学(現在の医療創生大学)に校舎を設置していたが、2017年(平成29年)4月より休校となった。また、小中学校及び幼稚園は全て休校していたが、2014年(平成26年)から、福島県いわき市錦町に仮設校舎を設置している。

交通編集

鉄道編集

 
双葉駅

バス編集

  • 東北アクセスシャトルバス) - 常磐線双葉駅前と中野地区復興産業拠点(東日本大震災・原子力災害伝承館、双葉町産業交流センター前)間を運行。(運賃は2021年4月1日より片道、大人200円、子供100円)[76]
  • 新常磐交通 - 福島第一原発事故の影響により町内全ての路線が運休中である。以下は同事故発生時点で運行していた路線。

道路編集

一般国道
主要地方道
一般県道
高速道路

空路編集

  • 福島空港 - 空港まで最短距離で約80kmあり車では一般国道とあぶくま高原道路を利用し約1時間40分でアクセス可能。常磐自動車道磐越自動車道、あぶくま高原道路を利用すると約1時間30分でアクセスできるが距離は約120kmかかる。公共交通機関等を使用する場合、鉄道で郡山駅まで(常磐線いわき駅経由、磐越東線郡山駅)そこから福島空港行きのバスに乗るため5〜6時間[77]かかる。
  • 仙台空港 - 空港まで約90kmあり車では常磐自動車道を利用し約1時間10分、鉄道では常磐線特急「ひたち」を利用(仙台駅経由)した場合、約1時間40分でアクセス可能。
  • 茨城空港 - 空港まで約180kmあり車では、常磐自動車道、北関東自動車道東関東自動車道を利用し約2時間、公共交通機関を利用する場合、常磐線特急「ひたち」を利用し水戸駅まで、そこからバスを利用し約3時間50分でアクセス可能。
    • 福島県にありながら福島空港より仙台空港(宮城県名取市岩沼市)の方が利用しやすいため、最寄りの空港は仙台空港となる。なお、公共交通機関しか利用できない場合、仙台空港や茨城空港だけでなく、東京国際空港(羽田空港)(東京都大田区)まで約3時間50分、成田国際空港千葉県成田市)まで約4時間10分でアクセス可能(常磐線特急「ひたち」で上野駅や品川駅を利用した場合)なことから、これらの空港の方が利用しやすい。

名所旧跡編集

観光スポット編集

  • 双葉ばら園 - 700種類、7000株ほどのバラが咲いていたが、原発事故の影響により閉園中[78]
  • 双葉海水浴場 - 快水浴場百選日本の水浴場55選日本の水浴場88選に選ばれている。原発事故の影響で海水浴場としては開設されていない。
  • 双葉海浜公園 - キャンプ場やログハウスがあり海水浴場も近く例年夏には多くの観光客に利用されていたが、東日本大震災による津波により全て消失した。
  • 前田川沿いの桜並木
  • せんだん温泉 -青年婦人会館内にある小さな温泉。原発事故の影響により閉館中。
  • 東日本大震災慰霊碑 - 国道6号沿い新山字下条にある。
  • 東日本大震災・原子力災害伝承館 - 2020年9月20日に開館。原子力災害を後世に伝えることを目的とした博物館・情報発信施設。
  • OVERALLs wall art - 常磐線双葉駅前の建物の壁に描かれたアート作品。
  • Futaba Art District. HERE WE ARE~ヨイショ!~

祭事・催事編集

  • 双葉町ダルマ市(毎年1月に開催)
  • 標葉せんだん太鼓
  • 双葉町ミニ野馬追神旗争奪戦 - 相馬野馬追への参加に加え期間中に双葉町内において双葉町騎馬隊により行われる。現在は、原発事故の影響により実施されていないが、双葉町騎馬隊は標葉郷として現在も相馬野馬追に参陣している。
  • 前沢の女宝財踊り
  • 山田のじゃんがら念仏踊り
  • ふたば音頭
  • 奉納神楽大会
  • 初日の出参拝 - 毎年1月1日双葉海水浴場において標葉せんだん太鼓の演奏とともに行われていたが、現在は、原発事故の影響により行われていない。
  • 源弱山の火明かし - 毎年8月13日の夜に鴻草地区で『山』の字を逆さまにした形で火をたく行事。南北朝時代戦争で亡くなった人たちの霊を慰めるため行われている。また、源弱山には「炭食いばばあ」が住んでいるため火を焚いて炭を食べさせないと怒って農作物を荒らした。などの言い伝えも残っている。現在は、原発事故の影響により行われていない。
  • 町民盆踊り大会 - 現在は、原発事故の影響により行われていない。
  • 交通安全鼓笛隊パレード - 南北小学校の児童などにより行われていた。現在は、原発事故の影響により行われていない。
  • 太鼓フェスティバル - 現在は、原発事故の影響により行われていない。
  • サマーチャレンジinふたば - 現在は、原発事故の影響により行われていない。
  • 町民体育祭 - 現在は、原発事故の影響により行われていない。
  • 十万山登山 - 現在は、原発事故の影響により行われていない。
  • 産業まつり - 現在は、原発事故の影響により行われていない。
  • 新山秋市 - 毎年11月に新山商店街で双葉町産業まつりとともに行われていた。現在は、原発事故の影響により行われていない。
  • 夢王国ふたば - 双葉駅前などで冬のイルミネーション。現在は、原発事故の影響により行われていない。

名産編集

  • 双葉ダルマ
  • 相馬漬け
  • 梅のワイン漬け

出身著名人編集

その他編集

キャラクター編集

  • フタバくん
  • 双葉ダルマさん
  • キヨトくん
  • せんだんちゃん

ドキュメンタリー編集

  • 盆唄 - 中江裕司監督のドキュメンタリー映画(2019年2月15日公開)[83]
  • BS1スペシャル「双葉から遠く離れて 10年」(2021年3月7日、NHK-BS)[84][85]
  • 福島県双葉町~未来の設計図〜(2021年6月19日、福島テレビ)[46]

脚注・出典編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 計画されていた7号機・8号機も立地する予定だった。なお、1号機から4号機までは隣接する大熊町に立地していた。
  2. ^ 福島県庁 (2020年3月10日). “避難指示区域の状況” (日本語). ふくしま復興ステーション 復興情報ポータルサイト. 2020年8月13日閲覧。
  3. ^ 「双葉町産業交流センター」10月1日開所!通称はエフ・ビック 福島民友ニュース(2020年09月30日配信)2020年10月21日閲覧
  4. ^ a b 東日本大震災に係る福島県借上げ住宅の供与期間の延長について - 福島県ホームページ”. www.pref.fukushima.lg.jp. 2021年8月1日閲覧。
  5. ^ a b 借り上げ住宅などの無償提供を1年延長 大熊町と双葉町の避難者対象 福島県” (日本語). 福島民報. 2021年9月6日閲覧。
  6. ^ 応急仮設住宅に関するお知らせ - 福島県ホームページ”. www.pref.fukushima.lg.jp. 2021年8月1日閲覧。
  7. ^ 応急仮設住宅・借上げ住宅・公営住宅の進捗状況(入居状況) - 福島県ホームページ”. www.pref.fukushima.lg.jp. 2021年8月1日閲覧。
  8. ^ 仮設住宅の当初の供与期間は工事完了から2年3ヶ月間だった。
  9. ^ 医療費一部負担金等免除期間の延長について| 双葉町公式ホームページ”. www.town.fukushima-futaba.lg.jp. 2021年8月1日閲覧。
  10. ^ 介護保険をご利用の皆様へ(介護保険関係書類の送付)| 双葉町公式ホームページ”. www.town.fukushima-futaba.lg.jp. 2021年8月1日閲覧。
  11. ^ 原子力災害に伴う国民年金保険料特例免除の期限延長について| 双葉町公式ホームページ”. www.town.fukushima-futaba.lg.jp. 2021年8月1日閲覧。
  12. ^ 令和3年度町税の免除、減免等について(お知らせ)| 双葉町公式ホームページ”. www.town.fukushima-futaba.lg.jp. 2021年8月1日閲覧。
  13. ^ 福島県避難市町村家賃等支援事業について【大熊町、双葉町の皆さまへ】(令和3年3月31日公表) - 福島県ホームページ”. www.pref.fukushima.lg.jp. 2021年8月1日閲覧。
  14. ^ 高速道路の無料措置期間が延長されます| 双葉町公式ホームページ”. www.town.fukushima-futaba.lg.jp. 2021年8月1日閲覧。
  15. ^ 令和2年度「双葉町住民意向調査」調査結果(速報版)の公表について| 双葉町公式ホームページ”. www.town.fukushima-futaba.lg.jp. 2021年8月5日閲覧。
  16. ^ 転出すると住民税の減免は受けられない. 
  17. ^ a b 双葉郡双葉町 - 市町村詳細データ”. ふくしま・ふるさとUIターン(公式ウェブサイト). 双葉町. 2011年4月3日閲覧。
  18. ^ 降雪日数は年間5日程度
  19. ^ もう一つの双葉郡双葉町は、1950年から1955年まで存在したが合併により町は廃止された。現在の富岡町北部であり、この双葉郡双葉町は旧楢葉郡に属する。
  20. ^ 標葉氏宗家は滅びたが一族の泉田氏、藤橋氏(新山城主の系譜)などが相馬氏に仕えた。. 
  21. ^ 当時を経験した領民の話を直接聞いた地元の明治生まれの高齢者等は新政府軍による徴発や略奪があったと語っている。. 
  22. ^ 2021年現在、忠魂碑がある中央公園ではなく、新山町の高万迫付近にあった公園、現在の忠魂碑はそこから移動されたものと伝わっている。. 
  23. ^ 総理府告示第150号「町村の廃置分合」(1951年5月19日)
  24. ^ 東日本大震災時の図書館、児童館、歴史民俗資料館、町民グラウンドの場所
  25. ^ 総理府告示第135号「町の名称変更」(1956年3月31日)
  26. ^ 総理府告示第94号「町の境界変更」(1958年4月1日)「
  27. ^ 総理府告示第110号「町の境界変更」(1960年4月1日)
  28. ^ [ルポ]「原発事故から6年、まだ故郷に戻れません」 韓国『ハンギョレ新聞』2017年3月9日(2021年5月8日閲覧)
  29. ^ 旧双葉南小学校跡地
  30. ^ 地上4階地下1階で総工費約15億円。当時では双葉郡内一の役場だった。
  31. ^ 介護保険制度開始に伴う高齢者支援のための施設. 
  32. ^ 南幼稚園を廃止し北幼稚園に統合. 
  33. ^ 2010年度決算から脱却した。. 
  34. ^ 【あの時の判断】元川俣町長・古川道郎氏 避難説明に心砕く 山木屋の未来、住民と懇談” (日本語). 福島民報. 2021年8月6日閲覧。
  35. ^ 双葉町 役場ごとさいたま市へ - NHK(2011年3月19日付)
  36. ^ a b 東日本大震災:アリーナ避難者、全員移転終える/埼玉[リンク切れ]」『毎日新聞』2011年4月1日付
  37. ^ 双葉町 公式ウェブサイト〈災害版〉、2011年4月1日閲覧。
  38. ^ 「福島・双葉町の避難住民、加須市の廃校に避難場所移転」[リンク切れ]FNN(2011年3月30日配信)
  39. ^ 福島原発事故 集団避難・双葉町の小中高生 制服新調や転入説明会”. 東京新聞(ウェブサイト). 東京新聞社 (2011年4月3日). 2011年4月3日閲覧。
  40. ^ 苦悩する自治体/双葉町(25) 迫られる重い決断 町民の不満どう受け止める”. 福島民報(ウェブサイト). 福島民報社 (2011年10月31日). 2015年3月26日閲覧。
  41. ^ 茨城県が国からつくば市にある、国家公務員宿舎を借上げ、それを無償で福島県からの被災者に提供したことから、つくば市に避難する住民の数が増え、それらの住民からの強い要望があったため。
  42. ^ 大熊、双葉町など候補地 中間貯蔵施設 環境相が正式要請”. 福島民報(ウェブサイト). 福島民報社 (2011年12月29日). 2015年3月23日閲覧。
  43. ^ 2021年現在、閉鎖している。閉鎖年月日は不明。. 
  44. ^ 会長の井戸川双葉町長辞任 後任に山田広野町長 双葉地方町村会”. 福島民報(ウェブサイト). 福島民報社 (2012年12月11日). 2015年3月26日閲覧。
  45. ^ 双葉町長「帰還まで30年」 仕事始めで表明 セシウム半減期理由に”. 福島民報(ウェブサイト). 福島民報社 (2013年1月5日). 2015年3月26日閲覧。
  46. ^ a b 福島県双葉町~未来の設計図~”. 福島テレビ. 2021年6月19日閲覧。
  47. ^ 福島・双葉町、2区域に再編 住民帰還、見通し立たず 」MSN産経ニュース(2013年5月28日付)
  48. ^ いわきに集合住宅確保へ 双葉町、避難所閉鎖見据え”. 福島民報(ウェブサイト). 福島民報社 (2013年6月12日). 2015年3月26日閲覧。
  49. ^ 古里絆より強く 顔合わせ活動充実へ 双葉町役場いわき開所 「つながりなくさない」”. 福島民報(ウェブサイト). 福島民報社 (2013年6月18日). 2015年3月26日閲覧。
  50. ^ 大熊、双葉町など候補地 埼玉の避難所 年内にも閉鎖 双葉町が方針 23日から住民に移転先希望調査”. 福島民報(ウェブサイト). 福島民報社 (2013年7月20日). 2015年3月23日閲覧。
  51. ^ 埼玉県に旧騎西高返還 双葉町長、上田知事に鍵渡す”. 福島民報(ウェブサイト). 福島民報社 (2014年3月28日). 2015年3月23日閲覧。
  52. ^ 美味しんぼ問題 小学館に抗議文 双葉町」福島民報:福島第一原発事故アーカイブ(2014年5月8日付)
  53. ^ 双葉町の幼稚園、小・中学校仮設校舎がいわきに完成 施設充実、学び後押し”. 福島民報(ウェブサイト). 福島民報社 (2014年8月25日). 2015年3月26日閲覧。
  54. ^ 初の県営災害公営住宅 郡山に2棟完成 富岡、双葉町民が入居へ”. 福島民報(ウェブサイト). 福島民報社 (2014年11月8日). 2015年3月26日閲覧。
  55. ^ 双葉町も中間貯蔵建設受け入れ 予定地2町足並みそろう”. 福島民報(ウェブサイト). 福島民報社 (2015年1月14日). 2015年3月26日閲覧。
  56. ^ 双葉でも搬入開始 中間貯蔵”. 福島民報(ウェブサイト). 福島民報社 (2015年3月26日). 2015年3月30日閲覧。
  57. ^ 双葉町保有の震災資料HPで公開”. 福島民報(ウェブサイト). 福島民報社 (2015年4月17日). 2015年7月11日閲覧。
  58. ^ 双葉で本格除染開始 環境省 特別地域全て着手”. 福島民報(ウェブサイト). 福島民報社 (2015年5月21日). 2015年7月11日閲覧。
  59. ^ コンビニエンスストア等における証明書等の自動交付| 双葉町公式ホームページ”. www.town.fukushima-futaba.lg.jp. 2021年7月30日閲覧。
  60. ^ 福島)双葉町、埼玉県加須市と友好都市に:朝日新聞デジタル” (日本語). 朝日新聞デジタル. 2021年9月6日閲覧。
  61. ^ 双葉の一部避難解除 帰還困難区域初 2022年帰還へ復興加速”. 福島民報(ウェブサイト). 福島民報社 (2020年3月4日). 2020年3月13日閲覧。
  62. ^ 双葉町役場コミュニティーセンター連絡所開所のお知らせ| 双葉町公式ホームページ”. www.town.fukushima-futaba.lg.jp. 2021年8月5日閲覧。
  63. ^ a b 常磐線(富岡駅~浪江駅間)の運転再開及びおトクなきっぷの発売等について -東日本旅客鉄道水戸支社
  64. ^ 「国道288号」9年9カ月ぶり全線再開通 郡山と双葉結ぶ道路” (日本語). 47NEWS. 2021年9月6日閲覧。
  65. ^ 帰ってきた!双葉10年ぶり...巨大ダルマ引き 古里の伝統つなぐ” (日本語). 福島民友新聞社. 2021年8月5日閲覧。
  66. ^ 交通事故死亡ゼロ6,000日を達成| 双葉町公式ホームページ”. www.town.fukushima-futaba.lg.jp. 2021年8月5日閲覧。
  67. ^ 犠牲者の魂の平安祈る 浜通り10市町追悼式、さらなる復興誓う” (日本語). 福島民友新聞社. 2021年8月5日閲覧。
  68. ^ 福島発の聖火リレー「復興の光」を演出 帰れぬ原発事故被災者に募る違和感” (日本語). 河北新報オンラインニュース (2021年3月26日). 2021年8月5日閲覧。
  69. ^ 「震災後初 双葉町内で成人式」『読売新聞』朝刊2021年5月2日(社会面)
  70. ^ 2021年5月19日 双葉町内で田植え”. 2021年7月16日閲覧。
  71. ^ 中野八幡神社の再建祝う 震災津波で流失、安寧願い神楽奉納” (日本語). 福島民友新聞社. 2021年9月6日閲覧。
  72. ^ 福島県双葉町で野菜の作付け実証 ホウレンソウやコマツナなど” (日本語). 福島民報. 2021年9月6日閲覧。
  73. ^ 双葉町. “双葉町” (日本語). 2017年12月29日閲覧。
  74. ^ 福島県市町村要覧2021 55双葉町”. www.fksm.jp. 2021年9月8日閲覧。
  75. ^ 福島・双葉准看護学院、再開後初の卒業式 平均40歳、挑戦胸に” (日本語). 毎日新聞. 2021年7月30日閲覧。
  76. ^ 双葉町シャトルバス | 東北アクセス株式会社”. touhoku-access.com. 2021年8月5日閲覧。
  77. ^ 双葉駅からいわき駅まで1時間かかり磐越東線郡山駅行きが2〜5時間に1本、郡山駅からのバスが2時間に1本しかない。また、いわき駅から福島空港行きバスは2時間に1本で所要時間が3時間かかる。. 
  78. ^ Futaba Rose Garden(HPアーカイブ)
  79. ^ うつくしま電子辞典”. 福島県教育委員会. 2021年4月20日閲覧。
  80. ^ 男性箏(琴)奏者 | 箏男kotomen大川義秋 | 日本” (日本語). kotomen. 2021年7月16日閲覧。
  81. ^ 桜men オフィシャルサイト” (日本語). 桜men オフィシャルサイト. 2021年7月16日閲覧。
  82. ^ “桜庭梨那「双葉町走れたら最高」福島で聖火ランナー”. 日刊スポーツ. (2020年1月19日). https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202001180000717.html 
  83. ^ 映画『盆唄』オフィシャルサイト”. 2021年4月15日閲覧。
  84. ^ 「双葉から遠く離れて 10年」”. NHK. 2021年3月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月13日閲覧。
  85. ^ 「双葉から遠く離れて 10年」”. 2021年3月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月13日閲覧。

参考文献編集

  • 『双葉町史』第一巻(福島県双葉郡双葉町、1995年)
  • 『双葉郡誌』(福島県教育委員会、1904年)
  • 『双葉町東日本大震災記録誌』(福島県双葉郡双葉町、2017年)

関連項目編集

外部リンク編集