湯沢町

日本の新潟県南魚沼郡の町

湯沢町(ゆざわまち)は、新潟県南魚沼郡雪国観光圏を構成する自治体の一つ。

ゆざわまち ウィキデータを編集
湯沢町
Naebatop.jpg
湯沢町旗 湯沢町章
湯沢町旗 湯沢町章
(1965年12月制定)
日本の旗 日本
地方 中部地方北陸地方
甲信越地方信越地方
北信越地方上信越地方
広域関東圏
都道府県 新潟県
南魚沼郡
市町村コード 15461-0
法人番号 9000020154610 ウィキデータを編集
面積 357.29km2
(境界未定部分あり)
総人口 7,742[編集]
推計人口、2021年8月1日)
人口密度 21.7人/km2
隣接自治体 南魚沼市十日町市中魚沼郡津南町
群馬県吾妻郡中之条町利根郡みなかみ町
長野県下水内郡栄村
町の木 ベニヤマザクラ
町の花 コスモス
湯沢町役場
町長 田村正幸
所在地 949-6192
新潟県南魚沼郡湯沢町神立300
北緯36度56分2.4秒 東経138度49分2.8秒 / 北緯36.934000度 東経138.817444度 / 36.934000; 138.817444座標: 北緯36度56分2.4秒 東経138度49分2.8秒 / 北緯36.934000度 東経138.817444度 / 36.934000; 138.817444
Yuzawa town hall.JPG
外部リンク 公式ウェブサイト

湯沢町位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

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越後湯沢駅周辺の街並み。その奥にガーラ湯沢駅が見える。

概要編集

日本の温泉地(越後湯沢温泉)や(旧)塩沢町の牧之通りと並ぶ三国街道宿場町の一つで、川端康成小説雪国』の舞台となった。

2000年代以降はフジロックフェスティバルの開催地でもある苗場が、ウィンタースポーツ登山メッカとして人気を集めている。

秋田県湯沢市と区別するため越後湯沢と呼ばれることもある。

世界有数の豪雪地帯であり、周辺の南魚沼市十日町市と並んでスキー場が多い。

また、日本有数の別荘地でもあり、バブル期にはスキー客用のリゾートマンションが多く建設された。このことから、リゾート開発の一モデルとしてよく取り上げられる。そのため、バブル期には「東京都湯沢町」とまで揶揄された[1]。その後、バブル崩壊に伴うスキーブームの終焉により、スキー客は減少した。リゾートマンションは売りに出され、マンション価格は暴落するなど、湯沢町の経済に大きな影響を与えた。

平成の大合併の際に独自路線を選んだことで南魚沼郡に残った唯一の町であり、南魚沼産コシヒカリ日本酒の産地の一つである。

地理編集

新潟県の中部最南端に位置し、群馬県長野県と県境を接する。全域が特別豪雪地帯

魚沼盆地につながる北側を除いて町の東、南、西のいずれも越後山脈三国山脈)に連なる2000m級の山々に囲まれている。町の面積の90%以上が山林[2]

越後山脈から魚沼丘陵に続く山並みで水系が東西に分断されており、東側は第四紀成層火山である飯士山のすそ野に沿って流れる大源太川と、中央分水嶺から日本海に向かって流れる魚野川の堆積により、全体的には小さな盆地状の地形をしている。西側は概ね山域で、そこを流れる清津川に沿うように集落が点在している。

最低地点は南魚沼市との境界付近の294m、最高地点は佐武流山の2,191.5m。

気候編集

日本海側気候

山脈編集

越後山脈三国山脈・谷川連峰)

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白砂山・上ノ間山・稲包山・三坂峠・忠次郎山・上ノ倉山・佐武流山・大黒山・向山・三国峠三国山・筍山・大源太山(太源太山)・天丸木山・赤倉山・赤湯山・平標山仙ノ倉山・松手山・万太郎山谷川岳苗場山一ノ倉岳茂倉岳・神楽ヶ峰・日白山・東谷山・八木尾山・タカマタギ山・武能岳・白板山・向山・雁ヶ峰・足拍子山・荒沢山・七ツ小屋山・正面山・高石山・大源太山 ・柄沢山・方丈山・秋葉山大峰山・立柄山・高津倉山・飯士山高平ノ頭ロクロノ頭

このうち飯士山と苗場山は休火山

河川編集

清津川・セバト川・浅貝川・二居川・地王堂川・カッサ川・藪川・水無川・外ノ川・砥沢川・呑井沢川・魚野川・松川入川・大源太川・足拍子川・戸沢川・駒形川・ツナギ川・奥添地川・湯ノ沢川

湖沼編集

いずれも砂防治水利水などを目的としたダム堰堤による人造湖

二居湖(二居ダム)・田代湖(カッサダム)・カッサ川ダム・大源太湖(大源太川1号砂防堰堤)

自然公園編集

国立公園
県立公園
レクリエーションの森
  • 苗場自然休養林
  • 浅貝自然観察教育林
  • 苗場ふれあいの郷森林スポーツ林
  • 田代原スポーツ林
  • 飯士高原スポーツ林

隣接自治体編集

※北から西回りに

歴史編集

旧石器時代・縄文時代・弥生時代編集

昭和から平成にかけて大規模なインフラ工事の多かった湯沢町では埋蔵文化財発掘調査も盛んに行われた[3][4][5][6]

有志以前には町内の岩原遺跡などを中心に旧石器時代から人が住んでいた様子が確認できる。

縄文時代にはいくつかのムラがあり、県内の他の地域と同様に火焔型土器を使用する文化があったと見られる。

弥生時代には稲作が伝来し定住生活が営まれるようになった。また一部のムラでは弥生時代に至っても縄文式土器を用いていたと推定されている[7]

古墳時代編集

町内で顕著な遺構は発見されていないが、群馬県と魚野川沿いの古墳遺跡の類似性からこの頃より往来があったと考えられる[1]

飛鳥〜平安〜室町時代編集

大化の改新以前は北陸道高志国の一部だったと見られる。

701年大宝元年)の大宝律令制定により国郡里制が敷かれ、現在の南魚沼市魚沼市津南町などと併せて魚沼郡(伊乎乃、いおの)と称する(和名抄国郡部)。当初は越中国としたが702年大宝2年)に越後国に編入(続日本紀第2巻)。

延暦年間に越後守となった坂上田村麻呂三国峠越後弥彦神社信濃諏訪明神上野赤城明神の三社を祭ったのが三阪神社(御坂三社大明神・三国権現などとも呼称)の起源であると伝えられている[8]

群馬県側の永井宿の伝承では空海(弘法大師)も巡錫の折に三国峠を訪れたとされる[9]

927年延長5年)にまとめられた『延喜式神名帳』の越後国の式内社一覧のうち魚沼神社・伊米神社は同名の神社が町内に存在。

魚沼神社は天平神護年間の創祀と伝わる。

伊米神社は稲作の神として苗場山の山頂にも祀られている。現在にも役行者の信仰が残ることから苗場山の開山は修験者によるものと考えられる。山頂にかつて存在した山小屋「遊仙閣」(2008年取り壊し)は六日町出身の修験者・雲尾東岳によって作られた。

戦国時代編集

戦国時代に入ると国衆による統治の時代に入り、一帯を治める上杉氏の家臣団は上田衆と呼ばれた。

この時代の出来事は永正の乱越後長尾氏上田長尾家上杉謙信御館の乱上杉景勝も参照。

上杉謙信の関東遠征を特に「越山」と呼ぶ[13]

大源太川に沿って遡上しシシゴヤノ頭を越えて群馬県みなかみ町に抜ける道が「謙信ゆかりの道」の名で現在も登山道の一部として整備されている[14]

町内の小坂地内に「謙信手植えの松」として伝わるがあったが雪害等により失われ、現代では三代目の松が地元の有志によって植樹されている。

  • 1560年永禄3年)5月 - 小田原城を攻めるため上杉謙信が最初の三国峠越え。以降、多数の軍馬を通すため軍道沿いの整備が進む。
  • 1563年永禄6年) - 『永禄六年北国下り遣足帳』第三紙表に「湯ノサワ」「アサカイ」の文字が見える[15]
  • 1571年元亀2年) - 浅貝の地に浅貝寄居城が築かれる。
  • 1578年天正6年) - 上杉謙信の死により御館の乱が勃発。景虎方の北条氏の侵攻に備えるため芝原峠に荒戸城(新戸、あらと、荒砥城)が築かれる。北条氏照氏邦らによって荒戸城が攻め落とされるが、本格的な冬の到来の前に撤退する。
    • この頃 - 攻め入ってきた北条氏により泉福寺(後の宝珠庵)が打ち壊される。何者かによって石白古銭が密かに地中に埋められる[16]
  • 1582年天正10年) - 織田軍の滝川一益の軍勢が三国峠まで迫るが上杉軍がこれを退ける(『北国太平記』)
  • 1584年天正12年) - 郡司に命じられた栗林政頼が荒砥に関所を設ける(後の八木沢口留番所)
  • 1598年慶長3年) - 上杉家の会津移封により堀直寄坂戸藩2万石として入る。荒戸城廃城。
    • この頃 - 荒戸城で戦死した城平城主・樋口主水助の甥の清元によって大岳寺が創建。
  • 1600年慶長5年) - 堀直寄堀秀治らにより越後一揆(上杉遺民一揆)が鎮定される。

江戸時代編集

江戸時代には脇往還三国街道(三国越、三国通り、三国往還とも)」の宿場町として発展していく。

佐渡三道(佐州三路)の一つとして佐渡奉行新潟奉行巡見使関八州取締出役などが通った他、越後で産出する米・鮭・塩・麻・紬・縮(越後上布)や佐渡の金・上田の銀の輸送路として、また長岡藩村松藩与板藩(稀に高田藩新発田藩村上藩黒川藩)といった諸大名の参勤交代にも使われようになる[17]

街道沿いの宿駅には移動のための馬と人足や、宿泊のための本陣脇本陣が置かれ、旅籠や木賃宿なども軒を連ねた。浅貝、二居、三俣を合わせて三国三宿とも呼ぶ。戊辰戦争で焼かれなかった三俣宿の「池田家」は建物が現存している。

峠越えの立地から、この時代の宿駅機能としては三俣宿が中心であった。関所(番所)もここに置かれた。

なお、河井継之助三国峠越えは史実ではなく『峠 (小説)』による創作である。

明治時代編集

統治機関の変遷は南魚沼郡#歴史も参照。

1893年(明治26年)以降は、新潟と首都圏の間の交通は碓氷峠経由の信越本線が主軸となり交通量が減少する。

大正時代編集

  • 1913年(大正2年) - 逓信管理局員の本間栄太郎が高田で開かれたスキー術普及会に参加し、技術を持ち帰ったことにより当地にスキーが伝来する。ただちに複数の講習会が開かれるなど広がりを見せる[19][20]
  • 1915年(大正4年) - 布場スキー場、岩原スキー場(戦前期)開業[21]
  • 1918年(大正7年) - 三俣の大雪崩発生。死者158名を出した日本史上最大の雪崩災害。
  • 1919年(大正8年) - 岡村貢、南雲喜之七らの40年に及ぶ鉄道敷設運動が結実し、上越線の建設が帝国議会の決定を受ける[22]
  • 1920年(大正9年) - 三国峠が府県道「沼田六日町線」に指定される。
  • 1923年(大正12年) - 清水トンネル土樽側の工事開始。土樽信号場(現:土樽駅)が置かれる。東京電燈湯沢発電所運転開始。
  • 1925年(大正14年) - 村営電気開業[24]。日本水力電気より供給を受ける。
    • 11月1日 - 上越北線の駅として越後湯沢駅(初代駅舎)開業。

昭和編集

町制施行前
  • 1931年(昭和6年) - 清水トンネル完成により上越線が全線開通。土樽信号場の駅舎完成。越後中里駅開業。
    • 11月1日 - 慈恵医大山岳部が和田喜太郎の協力で慈恵苗場ヒュッテを建設(現在のかぐらスキー場・和田小屋の前身)[25]
  • 1932年(昭和7年)
    • 7月9日 - 西山1号温泉井(温度71度、1分間に270L自然湧出)を掘り当てることに成功。その後、次々と温泉掘削に大きな成果を上げたことで現在の湯沢温泉の基礎が出来上がり、大規模な温泉保養地となっていった。明治期には共同浴場だった温泉宿も内風呂を設けるようになった。
  • 1933年(昭和8年) - 岩原スキー場前仮乗降場が開業。土樽信号場も冬季のスキー客のため仮乗降が始まる。
  • 1934年(昭和9年) - 沼田六日町線が(旧)国道9号の一部として指定され改良工事の計画が始まる。
    • 宝珠庵住職の呼び掛けにより寄進が集まり「大峰百番観音」と巡礼路が作られる
    • 9月24日 - 桐生高等工業高校(現・群馬大学工学部)山岳部がバッキガ平に仙ノ倉山荘を創建[26]
  • 1935年(昭和10年) - 川端康成の小説『雪国』の発表が始まる(執筆のための川端の滞在は昭和9,10,11年)
    • 9月25日 - 魚沼大水害[27]
    • 10月 - 乾繭場兼劇場(活動写真)だった旭座で火事
  • 1937年(昭和12年) -『雪国』の単行本(旧版)が刊行され、作品のモデル及び執筆の舞台となったことで越後湯沢温泉の知名度は全国的なものとなる。
    • 6月17日〜18日 - 北原白秋町田嘉章が「湯沢スキーシャンソン」制作取材のため視察に訪れる[28]。白秋は14年初冬にも湯沢を再訪し、いくつかの短歌を作っている[29]
  • 1939年(昭和14年) - 大源太川第1号砂防堰堤が竣工(日本初のアーチ式砂防堰堤)
  • 1941年(昭和16年)
    • 1月15日 - 国鉄山の家の高波吾策らの働きかけにより[30]土樽信号場が土樽駅に昇格
  • 1945年(昭和20年) - 雪崩に伴う架線の漏電で越後湯沢駅の駅舎が全焼。再建工事は昭和33年に完成
  • 1948年(昭和23年) - アイオン台風
  • 1952年(昭和27年) - 道路法施行により(旧)国道9号が一級国道17号に指定される
町制施行後

交通網の発達と1986年(昭和61年)からのバブル景気、1987年(昭和62年)に成立したリゾート法の影響もあり、この頃から50棟近くのリゾートマンションが開発された(第1号は1977年の西武ヴィラ苗場)。

平成以降編集

アメリカのユタ州マグナ地区と協定を結び中学生の相互留学による交流を開始した。

2011年(平成23年)に発生した東日本大震災での被害は少なく、町が積極的に被災者の受け入れをしたことが高く評価された。

交通インフラの充実や苗場地域などでの夏季の冷涼な気候、町内に大規模ダムを抱え、自然エネルギー電源地でもある立地性の良さから、被災地や首都圏からの避難移住が増えてきている。

人口編集

 
湯沢町と全国の年齢別人口分布(2005年) 湯沢町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 湯沢町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

湯沢町(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


行政・政治編集

衆議院は新潟県第5区比例北陸信越ブロック、参議院は新潟県選挙区新潟県議会は南魚沼市南魚沼郡選挙区。

2012年(平成24年)、財政力の低下により、34年ぶりに地方交付税交付団体に変更される。

町長編集

氏名 就任 退任 備考
初代 角谷虎繁 1955年4月30日 1968年7月6日
2代 高橋好政 1968年8月10日 1976年8月9日
3代 森下菊二 1976年8月10日 1986年1月1日
4代 南雲幸蔵 1986年2月6日 1989年11月30日 1期4年
5代 村山隆征 1989年12月10日 2005年12月9日 4期16年
6代 上村清隆 2005年12月10日 2013年12月9日 2期8年
7代 田村正幸 2013年12月10日 現職 現在2期

町議会編集

定数12。議会事務局、議場は町役場本庁舎の中にある。

  • 総務文教常任委員会
  • 生活福祉常任委員会
  • 産業建設常任委員会

町役場編集

副町長を1名置いている。

  • 総務部
    • 総務監理課
    • 企画政策課
  • 税務町民部
    • 税務課
    • 町民課
  • 健康福祉部
    • 健康増進課
    • 福祉介護課
  • 産業観光部
    • 観光商工課
    • 環境農林課
  • 地域整備部
    • 建設課
    • 上下水道課
  • 子育て教育部
    • 教育課
    • 子育て支援課

県の機関編集

南魚沼地域振興局の所管

国の機関編集

経済・産業編集

湯沢町商工会が統括を行っている。

温泉観光地として発展した結果、2000年(平成12年)には全就業人口の81%が第3次産業に従事している一方、第1次産業・第2次産業はその立地が難しい地勢条件などから年々減少している。1982年(昭和57年)の上越新幹線開通と、1985年(昭和60年)関越自動車道全線開通、1997年(平成9年)の北越急行ほくほく線開業など、交通が便利になることによって、当町の就労人口、特に第3次産業就業者が増え続けた。

南魚沼市への通勤率は11.0%(2010年国勢調査)。

魚沼コシヒカリについては、温暖化の影響で標高300 - 400m地域の品質向上が注目されている。

産業別就業人口編集

  • 第1次産業: 204人
  • 第2次産業: 725人
  • 第3次産業: 4,026人

総務省統計局 / 国勢調査(2005年)

農業編集

みなみ魚沼農業協同組合湯沢支店が置かれている。農事組合法人は1件。土地改良区は1箇所。

主な農産物[35]

他にソバトマト、山菜、野草、タケノコ(ネマガリタケ)、キノコ類など

漁業編集

イワナヤマメニジマスカジカなどの渓流釣りが主体で魚沼漁業協同組合が遊漁券を扱っている他、管理釣り場や養魚場がある。

林業編集

中越森林管理署の管轄

当町に本社がある主な企業編集

(五十音順)

当町に事業所・支店がある主な企業編集

(五十音順)

地域・生活編集

町内の大字編集

合併前の村名を引き継いでいる。

愛宕(あたご)・一之町(いちのちょう)・駅通(えきどおり)・上熊野(かみくまの)・上中(かみなか)・下熊野(しもくまの)・下中(しもなか)・諏訪(すわ)・滝沢(たきのさわ)・西中(にしなか)・西山(にしやま)・布場(ぬのば)・幅下(はばした)・堀切(ほりきり)・谷地(やち)・湯元(ゆもと)・楽町(らくちょう)・湯沢(ゆざわ)1丁目~5丁目

石白(いしじろ)・小原(こばら)・栄町(さかえちょう)・芝原(しばはら)・堰場(せきば)・田中(たなか)・戸沢(とざわ)・七谷切(ななたぎり)・原(はら)・原新田(はらしんでん)・平沢(ひらさわ)・宮林(みやばやし)・湯鉄石白(ゆてついしじろ)・湯鉄神立(ゆてつかんだつ)

旭原(あさひばら)・岩原(いわっぱら)・小坂(こさか)・古野(この)1~2・添名(そえな)・滝ノ又(たきのまた)・土樽(つちたる)・中子(なかご)・中里(なかざと)・西原(にしはら)・萩原(はぎっぱら)・原(はら)・松川(まつかわ)・谷後(やご)

大島(おおじま)・三俣(みつまた)1~2区・八木沢(やぎさわ)・貝掛(かいかけ)

浅貝(あさかい)・二居(ふたい)・苗場別荘地(なえばべっそうち)・苗場ふれあいの郷別荘地(なえばふれあいのさとべっそうち)・白樺平別荘地(しらかばだいらべっそうち)

郵便編集

  • 湯沢郵便局
  • 土樽郵便局
  • 三俣郵便局
  • 二居簡易郵便局
  • 三国郵便局

電話編集

六日町MAに属し、市外局番は全域で「025」。2002/7/20の市外局番変更以前は0257。

  • 越後湯沢電話交換所
  • 土樽電話交換所
  • 三俣電話交換所
  • 三国電話交換所

教育編集

  • 湯沢学園
    • 湯沢町立湯沢小学校
    • 湯沢町立湯沢中学校
    • 湯沢認定こども園
  • みくに国際学園(運営:国際教育研究会)

医療編集

電力編集

東北電力魚沼営業所(東北電力ネットワーク魚沼電力センター)が供給を行う。

豪雪地帯特有の豊富な雪解け水と首都圏に近い立地、ダム建設に適した急峻な地形といった特徴を生かし、水力発電所が複数存在。

奥清津発電所と奥清津第二発電所を合わせた発電量は日本最大級の160万kw[36]

  • 電源開発株式会社 奥清津発電所
  • 電源開発株式会社 奥清津第二発電所
  • 東京電力株式会社 清津川発電所
  • 東京電力株式会社 湯沢発電所
  • 東京発電株式会社 土樽発電所

東京電力湯沢発電所の水利権問題も参照。

  • JR東日本 湯沢変電所
  • JR東日本 新湯沢変電所
  • JR東日本 越後中里き電区分所
  • JR東日本 土樽変電所
  • 東北電力 越後湯沢変電所
  • 東北電力 神立変電所
  • 東北電力 越後中里変電所
  • 東北電力 浅貝変電所

警察編集

新潟県警察南魚沼警察署管内

  • 苗場警備派出所
  • 湯沢交番
  • 土樽駐在所

消防編集

南魚沼市消防本部に消防事務を委託している。

  • 湯沢消防署
  • 湯沢町消防団

交通編集

 
越後湯沢駅

鉄道および高速道路は概ね魚野川に沿って敷設されており、いくつかの長距離トンネルで太平洋側と繋がっている。国道17号は町域を結ぶように中央から南西部を通って上越国境三国トンネルで群馬県側と繋がる。

国道353号の群馬県境部分は不通

長野県との県境は全て登山道のみ。

鉄道編集

越後湯沢駅上越新幹線をはじめ、上越線、更には北越急行ほくほく線の大半の列車が発着する、新潟県南部のターミナル駅となっている。

新幹線は東京新潟間の「とき」の他、東京〜越後湯沢間の「たにがわ」が、それぞれ約1時間間隔で運転される。

土樽スキー場湯沢中里スキー場(現:湯沢中里スノーリゾート)岩原スキー場に代表されるように駅前=ゲレンデのイメージ戦略もあり、国鉄の時代からスキー客専用の臨時列車が存在するなど鉄道との結び付きは強い。1982年の上越新幹線開業を経て1987年にJR東日本になってからもその傾向は続き、上越新幹線の保線基地を生かしたガーラ湯沢スキー場直結かつ冬季のみ季節営業のスキー場専用駅であるガーラ湯沢駅が建設された(ガーラ湯沢スキー場は夏季もサマーパークとして営業)。

時を同じくして、JR東日本 SKI SKIキャンペーンの展開により、東京など首都圏から新幹線でスキー場へ(CMの際には東京 - ガーラ湯沢 最短○分と表記)というスタイルも確立された。

東日本旅客鉄道(JR東日本新潟支社
  上越新幹線
  上越新幹線支線(正式には上越線支線)
上越線
北越急行
ほくほく線
  • 湯沢町内には路線・駅はないが、大部分の快速列車・普通列車が六日町駅 - 越後湯沢駅間を上越線に乗り入れている
  • 特急はくたか廃止後はスノーラビットが「超快速」として運用されている

路線バス編集

  • 南越後観光バス[3](主な運行営業所:湯沢車庫)
    • 湯沢 - 三俣 - 貝掛温泉 - 浅貝 - 西武クリスタル線
    • <急行>湯沢 - 三俣ステーション - 田代ステーション - 苗場プリンスホテル線(スキー場営業シーズンのみ)
    • 湯沢 - 湯沢学園 - 中里 - 土樽線
    • 湯沢 - 湯沢学園 - 小坂 - 谷後 - 旭原・大源太線
    • 旧小学校 - 湯沢駅 - 湯沢学園線
    • 湯沢 - 清津峡 - 津南 - 森宮野原駅線
    • 湯沢 - 塩沢 - 六日町線
    • <臨時>清津峡行き直通バス(観光シーズンのみ)

高速バス編集

道路編集

高速道路
一般国道

北陸地方整備局長岡国道事務所の管内(三国トンネルのみ関東地方整備局高崎河川国道事務所)

  • 国道17号
    • 三国トンネル - 三国スノーシェッド - 建設路側浅貝 - 火打スノーシェッド1~12号 - 二居パーキング(二居除雪基地) - 二居大橋 - 二居トンネル - 船ヶ沢トンネル - 萱付トンネル - 新境橋 - 貝掛スノーシェッド - 三俣スノーシェッド - 道の駅みつまた - 八木沢トンネル - 芝原トンネル - 七谷切スノーシェッド - 七谷切橋 - 湯沢道路情報ターミナル「みちしるべ湯沢」(湯沢道路ステーション・神立除雪基地) - 建設路側神立 - 堀切スノーシェッド
  • 国道353号
一般県道
林道
  • 高石林道
  • 一之沢滝ノ又線 (全延長11km、幅員5m)
  • 小松原林道
  • 田代林道
  • 赤湯林道
  • 向山林道
  • 三国峠(標高1,244m) - 上越国境 三国権現 三国路自然歩道 三国山登山道
  • 火打峠(標高983m) - 白樺平と浅貝地区の境界
  • 三坂峠 - 浅貝地区から四万温泉へ抜ける古道(奥州古道・木の根宿古道)で三国峠の間道。2000年頃から慶應義塾大学WV部が登山道として再整備
  • 二居峠(標高810m) - 歴史の道百選 中部北陸自然歩道「越後三国街道石畳のみち」 トレッキング湯沢Ⅱ
  • 芝原峠(標高680m) - 芝原地区と八木沢地区の境界 荒戸城
  • 鉢巻峠 - 三俣集落から苗場山の登山道としてかつて通られた。現在かぐらスキー場みつまたゲレンデの一部
  • 蓬峠(標高1,529m) - 上越国境
  • 栄太郎峠(標高994m) - トレッキング湯沢Ⅰ
  • ガーラ峠

観光・文化・スポーツ編集

 
NASPAコスモスガーデン

登山・トレッキング・ハイキング編集

  • 上信越自然歩道
  • 中部北陸自然歩道
  • 信越トレイル
  • ぐんま県境トレイル
  • スノーカントリートレイル
  • トレッキング湯沢I - 湯沢高原から栄太郎峠を通って清津峡遊歩道を結ぶ
  • トレッキング湯沢II - 貝掛温泉から二居峠を通って元橋を結ぶ
  • 大峰百番観音巡礼路 - 湯元薬師堂・大峰山秋葉山・宝珠庵
  • 蓬新道(蓬峠登山道)
  • 茂倉新道(茂倉岳登山道)
  • 吾策新道万太郎登山道)
  • 飯士山登山道
  • 方丈山登山道
  • 苗場山登山道(祓川ルート・赤湯ルート・昌次新道)
  • 平標登山道(平元新道・松手尾根・平標新道)
  • 大源太山登山道
  • 謙信ゆかりの道

観光スポット編集

  • 浅貝水芭蕉群生地
  • 穴沢河川公園
  • 清津峡
  • 上越線毛渡沢橋梁
  • 体験工房「大源太」
  • 大源太キャニオンキャンプ場・湯沢アウトドアセンター
  • 大源太川第1号砂防堰堤(国内初のアーチ式砂防堰堤・登録有形文化財
  • 滝沢公園・不動滝
  • 田代ロープウェイ(最高地上高日本一:230m)
  • ちょうちん岩
  • つちたる自然公園
  • 電源開発奥清津発電所電力ミュージアム「OKKY」(日本最大級:160万kw)
  • 陶芸工房「旭窯」
  • ドラゴンドラ(日本最長:5481m)
  • 苗場インディペンデンスボードウォーク(日本最長:1.7km)
  • NASPAコスモスガーデン
  • 越後のお酒ミュージアム「ぽんしゅ館」
  • 主水公園(雪国の碑) - 樋口主水助兼一屋敷跡地
  • 山鳥原公園
  • 雪国文学散歩道
  • 湯沢いちご村
  • 湯沢高原ロープウェイ(日本最大級:166人乗り)・パノラマパーク・アルプの里・恋人の聖地(天空の鐘)
  • 湯沢中央公園
  • 湯沢中里カタクリの里
  • 湯沢中里ホタルの里
  • 湯沢中里フォレストアドベンチャー
  • 湯沢町桜100選
  • 湯沢町ブナ100選
  • 歴史民俗資料館「雪国館」
  • レジャープール「オーロラ」
  • 「わらべの詩」童画の父川上四郎記念越後湯沢全国童画展入選作品常設展示場(二居共同浴場「宿場の湯」内)

史跡編集

  • 小坂百庚申塔一群:町指定有形民俗文化財(有形民俗資料)
  • 荒戸城跡:県指定史跡
  • 八木沢口留番所跡
  • 雪災碑 - 三俣の大雪崩慰霊碑
  • 鶴女碑
  • 三復庵跡
  • 三国街道三俣宿 本陣関新右衛門宅跡
  • 三国街道三俣宿 旧脇本陣越後屋
  • 三国街道三俣宿 旧脇本陣池田家:県指定史跡
  • 三俣百庚申
  • 三国街道二居宿 旧本陣富沢家:町指定史跡
  • 浅貝寄居城跡:町指定史跡
  • 浅貝百庚申
寺社仏閣
  • 諏訪社 - 諏訪社の大杉(町の指定天然記念物)
  • 湯元薬師堂
  • 布場スキー神社
  • 熊野神社
  • 大岳寺
  • 本城寺
  • 宝珠庵
  • 泰宗院
  • 魚沼神社
  • 荒谷毘沙門堂 - 荒谷毘沙門堂の大杉(町の指定天然記念物)
  • 両山神社
  • 本明院
  • 瑞祥庵 - 石川雲蝶の仁王像
  • 八木沢十二神社
  • 八木沢観音堂
  • 大島十二神社
  • 大島観音堂
  • 三俣観音堂
  • 伊米神社
  • 二居神社
  • 浅貝十二神社
  • 御坂三社神社(三国権現)

スキー場編集

かつて存在したスキー場編集

  • 土樽スキー場 - 1941年開業、2004年閉鎖
  • 三国スキー場 - 1980年開業、2004年閉鎖
  • 浅貝スキー場 - 1969年開業、1994年に苗場スキー場と合併
  • 二居スキー場 - 1970年開業、2000年閉鎖
  • 加山キャプテンコーストスキー場 - 1990年開業、2011年閉鎖 夏には湯沢フィールド音楽祭が開かれていた
  • 城平スキー場
  • 布場スキー場 - 湯沢高原スキー場と合併
  • 白板高原スキー場
  • 湯沢ファミリースキー場 - 1973年開業、1980年頃閉鎖
  • みつまたスキー場 - かぐらスキー場と合併
  • 田代スキー場 - かぐらスキー場と合併

ゴルフ場編集

  • ゴールド越後湯沢カントリークラブ

フィッシングパーク編集

  • 湯沢フィッシングパーク
  • 大川フィッシングパーク

温泉編集

催事編集

 
フジロック・フェスティバル

観光大使・PRアンバサダー編集

  • ミス駒子 - 公募で選ばれ任期は1年
  • ミスMt.Naebaクイーンコンテスト - 苗場スキー場とかぐらスキー場によるミスコン

特別観光大使編集

観光カリスマ編集

  • 南雲友美(にいがた観光カリスマ)[4]

湯沢町を題材、ロケ地にした作品編集

古典編集

随筆編集

小説編集

映画編集

  • 雪国(1957年) - 湯沢町がモデルとなった同名の小説の映画化
  • 雪国(1965年) - 上記作品の再映画化
  • 喜劇初詣列車(1963年) - 湯沢高原スキー場、湯沢東映ホテルが劇中に登場する
  • アルプスの若大将(1973年) - 苗場スキー場がロケに協力
  • ホワイトアウト(2000年) - 奥遠和ダムの発電室などのロケ地として奥清津第二発電所が使用されている
  • BECK(2009年) - 野外ライブシーンにおいてフジロックフェスティバルのステージをそのまま使用
  • 少年少女映画(2017年) - 全編湯沢ロケ
  • ミッドナイト・バス(2018年) - 象徴的な存在として関越トンネルが繰り返し登場

ドラマ編集

アニメ編集

特撮編集

漫画編集

歌曲・民謡編集

  • 土樽小唄
  • 三国馬子唄
  • 湯沢スキー小唄
  • 湯沢スキーシャンソン
  • とろりこ節(三橋美智也・福原千恵子)[矢野亮作詞 細川潤一作曲] - 湯沢観光協会制定歌で町内の地名や観光スポットが曲に多く盛り込まれている。運動会や夏まつりの民謡流しなどで今でも積極的に用いられる。
  • 北風小僧の寒太郎 - 「みんなのうた」放映版で新潟県出身の月岡貞夫が描いたアニメに「越後湯沢」の塚と三国峠の風景が登場
  • あゝ三国峠(三波春夫
  • 苗場音頭(円山京子)
  • 湯沢旅情(加山雄三
  • 湯沢の女(美川憲一
  • 越後湯沢駅(香田晋
  • 雪国〜駒子 その愛〜(坂本冬美

当町に拠点を置く主な特定非営利活動法人編集

メディア編集

南魚沼エリアとして南魚沼市と一体に扱うものを含む

  • 魚沼よみうり[5] - 月2回発行のミニコミ誌 1998年7月創刊 2019年3月休刊
  • 雪国新聞[6] - 週一回発行 有料 2019年3月創刊
  • VITA湯沢[7] - 株式会社ひまわりの発行するクーポンを中心とした季刊の無料ミニコミ誌 2007年7月創刊
  • 湯沢ぐらし - 移住者を中心とした二地域居住の無料情報誌 VITA湯沢と合併
  • 雪ありて[8] - 株式会社みらいが発行する隔月発行のフリーペーパー 2017年創刊
  • 雪国うおぬMAP - エフエム雪国が発行する季刊のフリーペーパー
  • ら字お - エフエム雪国が発行するフリーペーパー アナウンサーの紹介やタイムテーブルが記載
  • くらしの情報[9] - 株式会社みらいが発行する月1~2回発行の集合広告
  • LINK[10] - 月1回発行の集合広告
  • お茶の間通[11] - 月1回発行の集合広告
  • NICうおぬま - 新潟日報販売店インフォメーションペーパー 月1回発行
  • 魚沼へ[12] - 八海醸造の発行する季刊誌
  • 雪と旅Snow & Journeys[13] - 株式会社滝沢印刷の発行するフリーペーパー。スノーカントリーフリーク(scf)から改題
  • ほっくほくマガジン - ほくほく線沿線地域振興連絡協議会

放送局編集

防災無線を兼ねてほぼ全世帯でエフエム雪国(76.2MHz)が受信可能。町内に中継局があるが、大和FM中継局のNHKFM(83.5MHz)とFM新潟(86.5MHz)の電波も場所によっては届く。AMは関東圏のラジオ局電波がほぼそのまま拾える他、NHK新潟ラジオ第一は六日町ラジオ中継放送所(1323kHz)、BSNは塩沢ラジオ中継局(1485kHz)が比較的近い。

湯沢町出身の有名人編集

湯沢町にゆかりのある人物編集

参考文献編集

  • 新潟県 編『新潟県史』通史編・資料編・別編(新潟県、1980年-1988年発行)
  • 南魚沼郡教育会 編『南魚沼郡誌』(南魚沼郡教育会、1920年発行)
  • 南魚沼郡誌編集委員会 編『南魚沼郡誌 続編』上・下(新潟県魚沼郡町村会、1971年発行)
  • 湯沢町教育委員会 編『湯沢町誌』(湯沢町教育委員会、1978年発行)
  • 湯沢町史編纂室 編『湯沢町史』通史編・資料編(湯沢町教育員会、2004年発行)
  • 湯沢町史編纂室 編『湯沢町史・双書1~9』(湯沢町教育員会、2000年-2006年発行)

関連図書編集

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 新潟日報が1988年から1989年にかけて連載していた特集のタイトルから。
  2. ^ 森林の整備に関する基本的な事項”. 湯沢町. 2021年7月30日閲覧。
  3. ^ 新潟県教育委員会 (1990). “関越自動車道関係発掘調査報告書-岩原1遺跡・上林塚遺跡-”. 新潟県埋蔵文化財報告書 第56集. 
  4. ^ 佐藤雅一 (1987). “戸沢川流域埋蔵文化財発掘調査報告書-川久保遺跡II・宮林B遺跡-”. 湯沢町埋蔵文化財報告 . 
  5. ^ 湯沢町教育委員会 (1989). “岩原ゴンドラスキーコース整備工事に伴う岩原2遺跡第3次発掘調査報告書”. 湯沢町埋蔵文化財報告 11. 
  6. ^ 佐藤雅一 (1991). “リゾート型共同住宅建設に伴う緊急発掘調査報告書-大刈野遺跡第3次発掘調査”. 湯沢町埋蔵文化財報告 13. 
  7. ^ 原始・古代時代の湯沢町”. 湯沢町. 2020年2月28日閲覧。
  8. ^ 雪国観光圏について”. 雪国観光舎. 2021年7月30日閲覧。
  9. ^ 三国峠の三国権現前にある石碑に「三国峠を越えた人々」の名が記されている
  10. ^ 雪国の宿・高半 公式サイト”. 雪国の宿・高半. 2021年8月1日閲覧。
  11. ^ 現地の案内板より
  12. ^ 国王塚について”. 湯沢町子育て教育部教育課教育係. 2020年2月28日閲覧。
  13. ^ 『謙信越山』JBPress、2021年。
  14. ^ 越後湯沢つちたる見どころマップより
  15. ^ 「永禄六年北国下り遣足帳」について”. 国立歴史民俗博物館. 2021年9月5日閲覧。
  16. ^ 湯沢町教育委員会 (1976). “伝・泉福寺遺跡―石白中世備蓄古銭の報告書”. 湯沢町文化財報告 . 
  17. ^ 三国峠温泉宿御宿本陣|歴史資料館”. 三国峠温泉宿御宿本陣. 2021年8月7日閲覧。
  18. ^ 『三国街道三俣宿 四つの出来事』自費出版、2018年。
  19. ^ 『湯沢町史・双書1「雪の湯沢」 -雪国に暮らして-』湯沢町、1999年。
  20. ^ 湯沢町歴史民俗資料館の展示内容より
  21. ^ 岩原スキー場の歴史”. 岩原スキー場. 2021年8月3日閲覧。
  22. ^ 『上越鉄道敷設に賭けた岡村貢の生涯』塩沢町歴史資料刊行会、1987年8月。
  23. ^ 『山岳,第十六年第三号』日本山岳会、大正十二年五月、1-20頁。
  24. ^ 西野寿章 (2013). “戦前における町村営電気事業の類型化に関する一考察(2)”. 『地域政策研究』(高崎経済大学地域政策学) 第16巻第1号: 53~64. 
  25. ^ 多彩な慈恵の歴史 - 苗場スキー場と慈恵医大山岳部”. 東京慈恵会医科大学. 2021年8月24日閲覧。
  26. ^ 群馬大学山岳部OB会”. 群馬大学工学部 群馬大学工業会. 2021年8月24日閲覧。
  27. ^ 災害の歴史”. 湯沢砂防事務所. 2021年8月27日閲覧。
  28. ^ 『多磨 昭和12年7月号』多磨短歌会、1937年。
  29. ^ 『歌集 黒檜』八雲書林、1940年。
  30. ^ 『山小屋のぬし』日本経済新聞社、1960年、140頁。
  31. ^ 小沢勝次『高松宮殿下のスキー随行記』金沢文庫、1975年。
  32. ^ kwvのあゆみ”. KWV三田会広報委員会. 2021年9月3日閲覧。
  33. ^ いなごの小屋について”. 早稲田大学生物同好会. 2014年11月24日閲覧。
  34. ^ 越後湯沢温泉 - 温泉紹介”. 雪国観光舎. 2021年8月24日閲覧。
  35. ^ 南魚沼地域の農業の概要”. 新潟県庁農林水産部農業総務課. 2020年3月26日閲覧。
  36. ^ 奥清津発電所ホームページ”. 電源開発株式会社. 2021年8月1日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集

行政
観光
計画