メトロ・ゴールドウィン・メイヤー

メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(Metro-Goldwyn-Mayer Inc., MGM)はアメリカの巨大マスメディア企業。主に映画テレビ番組の製作・供給を行う。

目次

歴史編集

「MGMスタジオ」成立編集

 
『ブロードウェイ・メロディ』

1924年、3社の映画スタジオが合併し「MGMスタジオ」が成立。MGMの名前の由来は、その3社の頭文字を取ったもの。「メトロ・ピクチャーズ・コーポレーション」(1915年創業)、サミュエル・ゴールドウィンの「ゴールドウィン・ピクチャーズ」 (1917年創業)、ルイス・B・メイヤーの「ルイス・B・メイヤー・ピクチャーズ」(1918年創業)の3社。

親会社は当時最大の劇場チェーン「ロウズ」社だったために財力に恵まれ、製作も豪華主義で、設立当時から業界トップの地位を約束された。さらに同社を潤わせたのは「ボーイ・ワンダー(神童)」と謳われたアーヴィング・タルバーグの存在である。心臓疾患を持ちながら24時間編集室を出ないという働きぶりで、総帥ルイス・B・メイヤーと組んで初期作品を一手に手がけた。しかし37歳で1936年に早世した。

最初期のミュージカル映画『ブロードウェイ・メロディ』が大ヒットし、その後も多数の所属スターによる豪華なキャスティングや豪華なセットと衣装、そして音楽をつぎ込んだ「大作主義」でミュージカル映画全盛期の1950年代まで隆盛を極めることとなる。

全盛期編集

その後メイヤーがスタジオに独裁体制を敷くことになる。1930年代には「芸術のための芸術」をモットーに、ライオンが咆哮するトレードマーク「レオ・ザ・ライオン」が生まれた。

メイヤー体制下のMGMはジーン・ハーロウロバート・テイラーグレタ・ガルボノーマ・シアラージョーン・クロフォードクラーク・ゲーブルジミー・デュランテをはじめとする多数の大スターを擁し、「空の星の数よりも多いスターたちがいる」がキャッチフレーズだった。またメイヤーは同時に子役スターの育成にも力を入れ、ミッキー・ルーニージュディ・ガーランドなどの子役を発掘、育成し自社のファミリー向け作品の主役に抜擢、スターに育て上げた。

また、1939年9月に勃発し、1941年12月からアメリカが参戦した第二次世界大戦時には、メイヤーの主導でイギリス女優グリア・ガーソンなどが主演した戦時プロパガンダ的な作品を多数製作し、銃後からアメリカ政府や連合国を支援した。

第二次世界大戦終結後の1946年には、レコード事業に参入する(MGMレコード)。ハンク・ウィリアムスコニー・フランシスハーマンズ・ハーミッツなどのスターを生み出すが、ロックンロール全盛の波に乗れず1972年ポリグラムへ売却した。

衰退編集

その後、巨大になりすぎた社の、豪華な「大作主義」を中心とした方針は時代の流れに折り合わず、1960年代から次第に衰退。1973年には配給部門を整理し、ユナイテッド・アーティスツ」(UA)が配給権を掌握した(日本公開はCIC=のちのUIPが委託)。しかしUAは『天国の門』の大失敗で経営破綻し、1981年にMGMが逆にこれを吸収して「MGM/UA」になった。

かつてMGMはロサンゼルス・カルヴァーシティーに巨大なスタジオを所有していたが、1970年にスタジオの敷地を一部売却。売却された土地はその後高級住宅地に生まれ変わった。現在、残された敷地をソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント(SPE)がスタジオとして使用している。

経営権移動編集

1986年にはテッド・ターナー率いる「ターナー・ブロードキャスティング・システム(TBS、現在はタイム・ワーナー傘下)」傘下になり、この時にMGM・ワーナー(1948年以前の旧作)・RKOアソシエイテッド・アーティスツ・プロダクション(a.a.p.)製作の旧作の版権の大部分(『オズの魔法使』・『風と共に去りぬ』・『トムとジェリー』・『ビクター/ビクトリア』など)がターナーに移され、版権が残されたのはUA製作の作品(『お熱いのがお好き』・『噂の二人』・『ロッキー』など)および少数のMGM作品(『野郎どもと女たち』・『昼下りの情事』・『007 美しき獲物たち』など。MGM/UA名義の作品はUA作品の続編(『007』シリーズなど)のみMGMに残されたが、『ポルターガイスト』シリーズのように版権が分断されたものもある)となった。

しかしターナーの取引銀行はMGMの巨額の負債を理由にこの買収を支持しなかったため、実質UAの後継会社となった「MGM/UA」を買収から74日後に再度カーコリアンに売却した。さらに1990年代初頭はオーナーの交代が相次ぎ、1996年に前社長で大投資家のカーク・カーコリアンが株を買い戻し、元のMGMに復帰。1997年に、復興後のオライオン・ピクチャーズを傘下に収める。

現在編集

2005年には、ソニーを始めとする投資家グループ(コンソーシアム)がMGM/UAを約6,000億円で買収(ソニーのMGM所有権は20%で非連結である)。北アメリカ市場においてMGMとUAの映画はソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント (SPE)が配給・DVD発売をすることになった。しかし2006年にアメリカでは自社配給に改め、20世紀フォックスからDVDを発売するようになった(SPEとの共同製作品を除く)[1]。日本では20世紀フォックスが劇場配給やDVDの発売を行っている。アップルiTunesによる映像ライブラリのインターネット配信も行っており、ソニーから独立した経営をしている。

ソニーの資本が入った2005年以降、UA作品の続編・リメークを中心にSPEとの合作が頻繁に行われるようになった(『ロッキー・ザ・ファイナル』、『ピンクパンサー』(2006年版)、『007 カジノ・ロワイヤル』(2006年版)、等)。20世紀フォックスとSPEの、どちらが配給/DVD発売するかは作品毎に決める。

2006年11月には、UAのトップに人気俳優のトム・クルーズと、パートナーのポーラ・ワグナーが就任。「新生UA」として2007年から映画製作を開始したが、数本の映画を製作したのみで、2008年8月に退任した。

2010年4月20日には経営難を理由に2011年公開予定であった007シリーズ第23作目『007 スカイフォール』の無期限延期を決定した[2]。2010年3月には約37億ドルの負債返済延期を決定しており、タイム・ワーナーをはじめとする同社の買収に複数のオファーがあったが不成功に終わっている。コンソーシアム傘下になり経営再建が急がれていたが、2010年10月29日、債権者による投票で採択された再建案により、米連邦倒産法第11章の適用を申請。事前調整型の法的整理により、結果米国の投資会社サーベラス・キャピタル・マネジメント傘下の新興映画制作会社スパイグラス・エンターテインメントの支援で再建を目指すこととなった[3]

主な映画編集

1920年代編集

1930年代編集

1940年代編集

1950年代編集

1960年代編集

1970年代編集

1980年 - 1985年編集

↑ここまでは現在タイム・ワーナーが版権を保有(注釈付きを除く)↑

1986年以降編集

レオ・ザ・ライオン編集

1924年の創業当時からライオンがほえるオープニングロゴを使用、「レオ・ザ・ライオンLeo the Lion)」の愛称で親しまれている。一時期ライオンのシルエット静止画を意匠としたものも使われた(『グラン・プリ』・『2001年宇宙の旅』で使用)が、すぐに元に戻している(MGMレコードのロゴにも使われた)。

パロディとして使われることも多い。一例として『トムとジェリー』では、チャック・ジョーンズ期のオープニングでライオンのかわりにトムがほえるというものがあったり、ジーン・ダイッチ期の一部作品でもジェリーが同様のまねをしている。またMGM作品以外にも『ドラえもん のび太の宇宙小戦争』では、凶暴なジャイアンが冒頭でライオンの代わりにほえており、バラエティ番組の『内村プロデュース』ではメインMCの内村光良がライオンの代わりにほえるオープニングが一時(2005年4月25日放送分から最終回まで)使用されていた。タケモトピアノのテレビCMでも最後に財津一郎がバージョンごとに異なる一言を言う際に使われている。『ざわざわ森のがんこちゃん』の20周年でも、BGM中に「ギャオー!」と吠える。この他、『ポケットモンスター』や、『それいけ!アンパンマン』、『銀魂』などでも、パロディシーンが出てくる。

主要子会社編集

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ “Why Sony Is Now A Bit Player At MGM”. BusinessWeek. (2006年11月20日). http://www.businessweek.com/magazine/content/06_47/b4010065.htm 2007年12月31日閲覧。 (英語)
  2. ^ 007新作の製作が無期限延期に=MGMの将来に不安[リンク切れ]時事ドットコム 2010年4月21日
  3. ^ 米映画会社MGM倒産へ 「007」「ロッキー」制作[リンク切れ] アサヒ・コム 2010年10月30日 投資家のカール・アイカーンが、カナダの映画制作会社ライオンズ・ゲート・エンターテインメントとの合併案も提案していた。MGMの負債総額は約40億ドル(約3200億円)。ソニーは2006年度末の段階で投資の全額を償却しており、新たな損失は発生しない。

外部リンク編集